アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

自分の判断を疑わずに幸福感に包まれて死へと向かう

2016-10-19 05:33:55 | ソーマ・ヨーガ(冥想法5)
◎不思議な悲しみ

弟子カルロス・カスタネダに対して、ドン・ファンが語る。
『「逃げ出して場当たり的に行動するのではなく、自分の判断を疑わずに幸福感に包まれて死へと向かっていくかもしれないんだ」

ドン・ファンのことばには、不思議な悲しみがこもっていた。たぶんのその悲しみはわたしの悲しみだったのだろう。わたしたちは長いこと黙り込んでいた。』
(力の話/カルロス・カスタネダ/太田出版P146から引用)

人は死と隣り合わせに生きている。若いときは、総じて死を意識するサイクルは少ないものだが、親が老いて弱って来たり、自分の肉体の老化を感じるとき、死を意識するものだ。

最近は、東日本大震災、熊本地震と突然の死を意識する時が増えた。

現代文明は、死を忌避するという特徴が文化、社会通念全般に行きわたっており(アポロン型文明)、死から逃げ出して場当たり的に行動するということが起こっても、世間的にはまずその行動に疑念を抱かれることはない。

ところが、このドン・ファンの自分の判断を疑わずに幸福感に包まれて死へと向う生き方とは、死の世界をクリアして生が何の問題もないことを承知しながら天命を生きるということ。死生両全。

換言すれば、悟りを持ちながら人生を押しわたっていくこと。悟りとは命の悲しみのこと。このシーンには、その悲しみがしみ渡っている。
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