アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

米欧回覧実記

2009-04-04 07:42:42 | 時代のおわり
◎近代西欧文明本格導入の端緒

爛熟を極めた日本。陰謀論好きの方ならば、そもそも近代西欧文明を津々浦々まで浸透させ、かつて圧倒的な農業国だった日本を、商工業中心の国家に変貌させた原点のひとつが、明治初頭の岩倉使節団の1年半にわたる米欧遊覧ツアーであったことに気がつくだろう。

岩倉使節団は、右大臣岩倉具視を特命全権大使とし、木戸孝允、大久保利通、伊藤博文など当時の政界の大立者を含む大使節団であった。1年半ほどのツアー期間のうち、7か月をアメリカ滞在に費やしているが、日米修好通商条約を修正再締結する全権委任状を日本に取りに戻ったりしたことで4か月ほどを費やしたためであって、当時からアメリカの植民地みたいだったからこんな長逗留したというわけではない。

国家のトップが異国に長逗留と言えば、建国直後の1949年12月に毛沢東がスターリンのモスクワに中ソ友好同盟相互援助条約締結のために3カ月も足止めを食らった例があるが、その雰囲気とは異なり米欧諸国は大人としての度量を示し終始友好的に歓待してくれた。 

このツアーは、もともと長崎にあったオランダ系アメリカ人宣教師のフルベッキが、明治新政府の顧問として、当初大隈重信に提案したものだった。安政六年に来日した宣教師としてのフルベッキの門下生には、大隈重信、江藤新平、大久保利通、伊藤博文がいて、いわば仲間うちのツアーという色彩もあったことがうかがえる。

宣教師の門下生とは言っても、神仏習合の社会で武士道精神の下に漢文素読で教養を育ててきた面々であるから、ワン・ワールド政府実現のために日本国として大いに協力するための政策のネタを仕込むために1年半もの遊覧をしたというようなものではないように思った。

すなわち近代西欧文明における文物に全く出会ったことのないオリエンタル精神の政府要人が、骨の髄からキリスト教を基調とする発展した文明社会に出会って、西欧諸国と肩を並べる国力の涵養のための方策を探りに行ったというところのように思われる。

というのは、明治になってキリスト教は解禁されたが、だからといって岩倉使節団が「西欧諸国に追いつくには、キリスト教を国教にせねばならない」などという結論には至らなかったからである。廃仏毀釈はやったけれど。

外国の手によって、時代の転換点たる要所要所で立て替えをしてもらってきた日本。その外国は、ある時は唐だったり、元だったり、英仏米蘭だったり、アメリカ合衆国だったりするが、昭和の古神道家出口王仁三郎の眼には、次回の日本の立て替えも外国の手によって起こると映っている。




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岩倉使節団 大久保利通 フルベッキ 武士道精神 アメリカ合衆国 出口王仁三郎 明治新政府 ワン・ワールド オランダ系アメリカ人 特命全権大使
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