◎自分を守らないのが基本−3
自我の発達の極みにおいては、人は孤独に追いやられ、自分の無力感をいやというほど味あわされ、人の世の無常をなめ尽くす羽目になるものだ。人の欲望というものは、運良く成就し続ければ、その一家を支配し、町を切り従え、一国を思うがままにしてもなお満足することはない。
そして自我というものがある限り、決して満足することがないという、欲望そのものの性質に内心気がついていたりするものだ。
さて、わりとちゃんとわかっている指導者の人でも、あなたは前世で何をやっていましたなどと前世の経験を刺激として使うことがある。
私はまだアカシック・レコードを見に行ったことはないが、色々な話を総合すると、人の輪廻というものは、64億人の個別の魂がバラバラに単線的に何十万年も並行して輪廻しているものではなさそうだということには誰でも気がつくものだと思う。
64億人の魂が約100年おきに転生を繰り返すのだとすれば、世界の人口も有史以来60億人前後であまり変わらないはずである。ところが、2000年前の人口は世界全体で、せいぜい3億人位だったのではないかという説がある。
そうすると過去2千年、世界の9割以上の人は、人間ではない前世を何回もやっていたはずである。そうすると、たとえば私は前世はペットの猫ちゃんでしたとか、家畜として牛をやっていましたとかという前世記憶になるはず。ところが、そうではなく、みんな人間の前世を語るというのは不思議なことである。
自我はその欲望に限りがあることを自分で見切るところにまで発達、成熟することを要求され、その欲望が極大に達したところで、自ら破裂を迎えるものである。破裂が近いことを予感すれば、誰でも震えおののくものだ。
前世でもそうした自我のプチ破裂というものは何回か繰り返しているのだと思うけれど、この時代は自我の終りの時代なので、そうした自我の記憶の中から自我の終りを容易にイメージできる前世記憶を選んで、指導者があなたを刺激していると見ることができると思う。
オーラの泉のオーラの色は何をかいわんやだが、番組で前世記憶を一生懸命説明してくれるのは、そのツボを刺激してくれていることになるのだろう。
自我がクールな末路を飾るためには、自我は十分に成熟することを待たなければならない。メディテーション・冥想は、成熟した自我に与えられた。高飛び込みの練習であり、これから飛び込むプールの水そのものでもある。
自分を守らないのが基本であると胸を張って言えるのは、そのプールに飛び込んでみた後のことである。





1日1善。1日1クリ。 
自我の発達の極みにおいては、人は孤独に追いやられ、自分の無力感をいやというほど味あわされ、人の世の無常をなめ尽くす羽目になるものだ。人の欲望というものは、運良く成就し続ければ、その一家を支配し、町を切り従え、一国を思うがままにしてもなお満足することはない。
そして自我というものがある限り、決して満足することがないという、欲望そのものの性質に内心気がついていたりするものだ。
さて、わりとちゃんとわかっている指導者の人でも、あなたは前世で何をやっていましたなどと前世の経験を刺激として使うことがある。
私はまだアカシック・レコードを見に行ったことはないが、色々な話を総合すると、人の輪廻というものは、64億人の個別の魂がバラバラに単線的に何十万年も並行して輪廻しているものではなさそうだということには誰でも気がつくものだと思う。
64億人の魂が約100年おきに転生を繰り返すのだとすれば、世界の人口も有史以来60億人前後であまり変わらないはずである。ところが、2000年前の人口は世界全体で、せいぜい3億人位だったのではないかという説がある。
そうすると過去2千年、世界の9割以上の人は、人間ではない前世を何回もやっていたはずである。そうすると、たとえば私は前世はペットの猫ちゃんでしたとか、家畜として牛をやっていましたとかという前世記憶になるはず。ところが、そうではなく、みんな人間の前世を語るというのは不思議なことである。
自我はその欲望に限りがあることを自分で見切るところにまで発達、成熟することを要求され、その欲望が極大に達したところで、自ら破裂を迎えるものである。破裂が近いことを予感すれば、誰でも震えおののくものだ。
前世でもそうした自我のプチ破裂というものは何回か繰り返しているのだと思うけれど、この時代は自我の終りの時代なので、そうした自我の記憶の中から自我の終りを容易にイメージできる前世記憶を選んで、指導者があなたを刺激していると見ることができると思う。
オーラの泉のオーラの色は何をかいわんやだが、番組で前世記憶を一生懸命説明してくれるのは、そのツボを刺激してくれていることになるのだろう。
自我がクールな末路を飾るためには、自我は十分に成熟することを待たなければならない。メディテーション・冥想は、成熟した自我に与えられた。高飛び込みの練習であり、これから飛び込むプールの水そのものでもある。
自分を守らないのが基本であると胸を張って言えるのは、そのプールに飛び込んでみた後のことである。





1日1善。1日1クリ。 












昨日は丁寧なお返事ありがとうございました。
そうですね。プールに飛び込むにはまず自我を
強固にしておかなければやはり危険ですよね。。
自我を敵視、何をさておき滅することを肯定される
様子を目の当たりにして、そしてそこがあまりにも
未知なる世界であったため、私にも少し迷いが生じて
おりましたが、いろいろな方のお話を伺って、少し
見えてきたものがありました。。。
ありがとうございました。
どういたしまして。
自我やエゴを簡単に否定したり、
見よ、と言うだけじゃダメなんじゃないかと
思っていました。
おっしゃるように、自我の発達を きちっと
話せるグルはいるのでしょうか・・・。
自我の成熟度を見極めることが課題ですね。
私にはわからないので、自我の発達に
日々勤めたいと思います。
グルの人は、自我の発達階梯を体系的に説明するよりは、出会ったその場で、一生役に立つ指針を与える方がよいと思っているのだと思います。冥想指導はマンツーマンが基本ですから。
出会えないのは私も問題ですものね
ありがとうございます。
湖南さんはご存知ですか・
もしくは湖南さん?
悟ってたら、ブログの内容は、言い切り型になって、「思います」なんて言い方はあまりしないことでしょう。