アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

神を斎(いつ)かぬくにの行くすゑ

2017-07-27 05:43:54 | 古神道の手振り
◎出口王仁三郎の「五十音歌」から

出口王仁三郎の歌集東の光の「五十音歌」から

『琉球の嶋にわたりて思ふかな
神を斎(いつ)かぬくにの行くすゑを

類例もなき救世(よすくひ)の神教(みをしへ)を邪教とけなすは外教のみなる

蓮華台しもふる夜半に只一人
天地に祈る霊婦かしこし

老若のけじめ無き代とつつしみて
天地に祈れ若き人たち
稚比売(わかひめ)の神の命(みこと)は地に降り
貴(うづ)の御教(みのり)を宣(の)らせたまへり

古(いにしえ)の百の聖者も悟り得ぬ
まことの御教(みのり)世に出でにけり

うつくしき神の御国(みくに)も
人皆の心の罪にけがれ行くなり

エルサレム神の都も近づきて
月の御光(みひかり)いよいよ冴えたり

大本の神に背きし曲人(まがひと)のまなこ醒まさむとはなりけり』


『神を斎(いつ)かぬくに』とは、この歌集の昭和三年の時点では、ソ連などの共産主義国家であり、国家神道という只の人間を主神に据えた国家のことだったろう。
現在にあっては、まだ共産主義をやっている中国や北朝鮮のことではある。実質無神論国家日本のことでもある。

『うつくしき神の御国(みくに)』は、『神の都』と同列であるから、日本だけのことでなく、世界全体のことをさす。

昭和10年第二次大本教事件にて、日本国官憲は、出口王仁三郎の教えを邪教と認定し弾圧した。『類例もなき救世(よすくひ)の神教(みをしへ)を邪教とけなすは外教のみなる』

万教同根は、言うは易いが、一朝一夕には成らない。
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