アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

Facebook=実名主義の恐怖

2012-02-12 07:37:58 | 時代のおわり
◎思想・信教の自由のない環境下での逃げ道喪失

NHKで、イギリスの制作したテレビ・ドキュメンタリーが放映された。これは個人情報を消したある人間を、数チームがその個人を何も手がかりのないところから追跡しようというトライアルで、30日間個人情報を消した人間が追跡チームから逃げおおせられるかという実験だった。この番組の冒頭で逃亡役がアドバイザーから個人情報を露見されないための助言を受けるのだが、その中に「Facebookは使ってはいけない。FacebookはCIAが作ったとも言われているし・・。」などという思わせぶりのアドバイスがあった。

先頃話題になったブータン関連で、農業学者の中尾佐助さんの1958年のブータン紀行文に、専制君主のもとでの人権のはかなさについての記事があった。
カラコラムの小王国、フンザとナギールは最近パキスタンの一県になったが、私が訪れた時には、まだ典型的な封建的専制王国だった。住民も王家もアリアン系で、ブロンドの髪に青い目をした子供もいた。ミール・フンザは中年ぶとりしたスペイン紳士といったところだった。とてもあいそよく、私たちをフンザ料理のパーティーに招いてくれた。彼の先代は逸話に富んだ人だ。

ヤングハズバンド卿がここを訪れた時、話が鉄砲の腕自慢になった。ミールははるかな丘を指さし、そこに見える人かげを的にしようといい出した。ヤングハズバンドがためらうと、ミールは銃をとりあげた。「お前の射撃は役にたたない。銃はこう使うものだ」といいながら、一発で撃ち殺したと伝えられている。』
(秘境ブータン/中尾佐助/岩波現代文庫P150から引用)

このように権力者からみれば個人の人権などは、屁みたいなものであって、その例としては隣国中国が世界から人権問題でたたかれているとおりである。その中国の1966年からの文化大革命では思想が右寄りの者を、職場、学校、などで批判の中で徹底的にあぶりだす手法がとられた。最初は議論で始まるが最後は集団つるし上げの拷問みたいになる。

この中で生徒が先生を糾弾する、部下が上司を批判するなどというのは序の口で、子供が親を密告したり、妻が夫を批判するなどということも行われ、そのことは今も中国人の心性に大きな影響を残している。またこの手法はチベットでは今なお用いられているという。

1960年代当時はアナログ時代であって、文書やPCのログに右寄りの思想が残されていなければ、人によっては逃げ切る人もいた(逃げ切った人のインタビューが時々テレビで流れることがある)。これが今度Facebookで思想信条と実名がセットで残されていれば、今後の思想・信教の自由が制限された局面では、その個人に逃げ場はなく、思想犯・政治犯として処罰を受けることになる。

仮にここに世界の秩序維持のために将来思想・信条や信教の自由を(世界的に)制限しようと考える勢力がいた場合、その勢力は将来Facebookは、その自由を制限するのに非常に都合の良い道具であると気が付くだろう。

その時、Facebookの実名はあなたの人権を守るために使われるのではない。権力者が見せしめにあるいは治安・思想引き締めのための秩序維持のための、ライフルの照準決めのために使われることになるのではないか。






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信教の自由 文化大革命 岩波現代文庫 パキスタン カラコラム
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