アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

もろもろの花のみ摘みて

2016-11-07 05:30:58 | 究極というものの可能性
◎愛、大慈大悲に向かう

釈迦
のダンマパダ(法句経)より

『もろもろの花のみ摘みて
心とらわれたる人をば
死は連れ去る
眠れる村を大洪水の流し去るごとくに

もろもろの花のみ摘みて
心とらわれたる人をば
いまだ諸欲に飽かざるうちに
死神は征服するなり』
(原始仏典7 ブッダの詩/講談社P12より引用)

「もろもろの花のみ摘みて 心とらわれたる人」とは、引寄せの法則とか、メリデメ(メリット、デメリット)とか、コスパ(コストパフォーマンス)とかを最大の関心事とする人。あるいは、人間の生の側面ばかりに目を向けて滅の側面、死の側を無視してかかる人々。

一たび発展した国はやがて滅び、少壮気鋭だった青年たちはやがて老いて死ぬ。老境にさしかかっても、あらゆる欲望は脳裏を駆け巡り、さらに不満と煩悶をくすぶらせる。最後までチャンスをあきらめないのは良いことだなどというプロパガンダに影響されて、素敵な欲望の現実化を夢見るが、成就の喜びは一瞬に過ぎ去ることはいつも意識の最下層にあって思い出すことは稀。

こうして死は、あらゆる願望実現の夢をあきらめないうちに卒然とやってくる。

賢明な人は、自己実現、願望実現に、不壊なるもの永遠なるものなどないことを見て取る。そして自分が死に、愛、大慈大悲に向かっていく。
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