アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

シミュレーションとしてのハロウィン

2016-10-25 06:52:29 | 時代のおわり
◎祭りと虚無

最近の若者は、ハロウィン・ネイティブなどともてはやされ、渋谷などの繁華街で仮装やコスプレで盛り上がるようになった。

日本のハロウィンは宗教的土台も迷信の伝統もないのだから、ひたすら商業主義の産物である。

商業での客引きの基本線は、シミュレーションの方が本物よりセンセーショナルに造れるというのがあって、シミュレーションの方が本物の宗教的儀式・デコレーションより遥かにアトラクティブにできる。

夜中に松明を持って、あるいは大きな焚火の周りに集まって土俗宗教儀式を行うよりは、気軽にコスチュームを変えてアクセサリーで飾り付け、仲間などで集まって街頭を練り歩いたほうが気分も高揚しようというもの。

こうして町中に突然出現する自由の女神や金のライオンとか天守閣とか、それを心得た構築物は津々浦々にいくらでもある。

シミュレーションとしてのハロウィンは、こうした流れから出現したもの。ヨーロッパ中世の厳格なアポロン的キリスト教社会において、ハロウィンの季節に仄の見える異界。それは、広義の死の世界だが、それもまぎれもない現実。

シミュレーションといえば、テレビ、ビデオゲーム、スマホとあらゆる液晶画面の世界のことでもあるが、その裏側には広大な虚無が広がっている。その虚無に内側はさいなまれ、貧困化により外側を蝕まれる日本人は、いつのまにか、「どうしてこんな時代になったのか」と自問する。


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