アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

ヌミノース

2017-05-26 06:24:47 | 究極というものの可能性
◎深い感情的動きを伴う情動付きエネルギー

悟りを心理現象として捉えることに意味はないが、敢えて悟りを心理現象として捉えれば、意識が無意識をコントロールしようとトライを始めるが、無意識の圧倒的な力と存在感を感じることで常に不安と絶望に直面させられる。それは必ず自分の死を思い起こさせるものである。

その不条理との葛藤の中で、自分の無力さが極限まで追い詰められ、足元の大地ががらがら崩れるが如き崖っぷちに追いやられる。

そこで、人は自殺か発狂か悟りへという三つの分岐点に立つ。

悟りにあっては、無意識が意識をコントロールするという逆転が起こる。神が人となる。

そうした局面に追い詰める、心理的には無意識だが、現実的にはのっぴきならない抵抗するすべもない状況の力、それを心理学者ユングは、ヌミノースと表現しているのだろうと思う。

ヌミノースとは、心理学者ユングが無意識の元型中の一部についてその力感と無慈悲について総合的な意味を込めたものである。


アンドリュー・サミュエルズのユング心理学辞典によれば、ヌミノースとは以下。

『1937年,ユングは、ヌミノースにつ
いて以下のように述べている。

「意志という恣意的な働きによって引き起こしえない力動的な作用もしくは効果である。逆に,ヌミノースは,人間という主体を捉えコントロールする。つまり,人間がそれを創り出すというよりも,つねにその犠牲になっているといえる。

ヌミノースは, その作用の源泉がいかなるものであろうと,主体の意志にかかわりなく生じる経験である。
… ヌミノースは目に見える対象に帰属しうる性質でもあれば,目に見えない何ものかの現前がもたらす影響でもあり,意識の特異な変容を引き起こす。(CW11 , para.6)

ヌミノースは,説明できないものであるが, 神秘的で謎めいているにせよ,深く印象的なメッセージを個別にもたらすと考えられる。

意識的であれ無意識的であれ,超越的な力をあらかじめ信頼しようとする準備態勢,すなわち,なんらかの信仰が,ヌミノース経験にとって必要条件だとユングは考えた。ヌミノース的なものは,克服できるものではなく、ただそこに自らを開くことができるだけである。

しかし,ヌミノース経験には,強制力をもった莫大な力を経験すること以上のものがある。つまり,この経験は,それまで明らかになったことのない,魅惑的で運命的な意味を暗示する力に直面することでもある。』
(ユング心理学辞典/アンドリュー・サミュエルズ他/創元社p127-128から引用)

ヌミノースには、オープンマインドしかできないというのは、ケン・ウィルバーが東日本大震災でオープンマインドを唱えたタームリーさを思い起こさせる。

ヌミノースは深い感情的動きを伴う情動でもあるが、これを心理と捉えれば経験ということに留まるが、これぞ願望の現実化へのエネルギーの性質であるとみることもできると思う。

カオスな宇宙に遍満するエネルギーを情念と意思の力で、特定の形に整流成型していく、それが現実化ということではないかと思う。これが密教あるいはクンダリーニ・ヨーガの行き方。

それは、初めには、肯定でも否定でもなく、どちらでもない形で存在しているが、非合理な第三のものこそ創造である。
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