アヴァンギャルド精神世界

冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。そこに次の時代が・・・。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。

キリスト教と善悪の結婚

2017-05-19 05:28:04 | キリスト者の秘蹟
◎善悪同格の罠

母性を欠いた三位一体モデルのキリスト教は、当然に女性的なもの、母性の補完を要求する。

キリスト教は善であり、母性はより物質や肉体に近いものであるが故に悪と位置づけられる。よって母性はキリスト教社会にあっては、闇であり、光の影であり、悪であり、錬金術や魔術などとして、キリスト教の底辺に連綿として存在し続けてきた。

もっとも聖母教会は、エリファス・レヴィの活躍したフランスでは多く、モンマルトルにはノートルダムという聖母教会があり、南フランス、スペインには黒い聖母を含む聖母教会が点在しているので、キリスト教サイドも母性、女性性の欠如に全く無関心だったわけではない。

心理学者C.G.ユングは、『悪は善と同じように考慮されるだろう。というのは善と悪は結局行為の観念的な延長と抽象にほかならないからである。

その両者は人生の明暗の現象に属している。悪が生まれえないような善は結局ないし、善が生まれえないような悪はない』
(C.G.ユング/ゲルハルト・ヴェーア/青土社P161-162から引用)

いわゆる神には善と悪の面がかならずペアになっていると言っているわけだ。

出口王仁三郎は、人間の母性的で肉体に近い部分を悪ではあるが必要なものとして副守護神とよび、それはエーテル体を指すと思われるのだが、人間の一部であると指摘した。

確かに論理的には善と悪は並列かもしれないが、並列ということを前面に出して進むと人は悪に落ちる可能性も高く、その危険性は、覚者たちが指摘しているとおりである。

つまり見神、見仏、見性してもそれだけでは、悪の側に落ちる可能性が大いにあるので、禅でも悟後の聖胎長養として一旦得たそれを大切に守り育てねばならないとする。

悪の側に落ちた典型例は、チベット密教のドルジェタクなのだが、神知らぬまま悪の側に落ちた冥想修行者、錬金術者、魔術家、あるいは、自殺や狂気に終わった人々は決して少なくあるまいと思う。

鉛から黄金を作ろうとした人々は、そのような人々だろうと思う。

魔術書、錬金術関係書にはあまりにも善悪同格みたいな主張が強く、それはどうかと思った次第。



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