広がる記憶の記録です。
une correspondance
le 19 mai 2008

かつて80'sという時代があった。
そう、きみの物心がつく少し前に。
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腐りかけの果実が一番甘い。
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かつて私は大人たちに嫉妬していた。
60'sを語る彼らに嫉妬していた。
かつての大人たちは揃って、諦念交じりの懐かしげな視線を泳がせ時代を語り、その中を生きた特権意識を隠そうとはしなかった。
ヒッピー、ビートニクス、ベトナム戦争、三島由紀夫、平凡パンチ――
その時代の産み落としたものの残像を眩しく感じながら、私は私たちの時代を生きた。
ヤッピー、ニューロマンティック、冷戦、田中康夫、ポパイ&オリーブ――
モーレツからビューティフルな時代を生きた世代に劣等感を感じながら重厚長大から軽薄短小な時代を生きていった。
ビートルズが武道館でコンサートを行うというだけで国民的大騒動になったことなど知らぬ顔して、Dead or Aliveが半ケツを出しながら口パクで行ったライブに武道館へ踊りにいった。
安保の熱狂に躍った大人たち。
マハラジャで踊った私たち。
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結局何も変わらない。
気づけばみなジュリアナで躍り狂っていた。
そして10年が失われて、気づけば21世紀は定着していた。
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60'sは何だったのか?
80'sは何だったのか?
問いかけるような特集がそこかしこ。
敗戦から立ち直るイニシエーション。
高度経済成長の爛熟と伝統的価値の崩壊。
すべてはどうでもいい後講釈。
60'sも80'sもただの過去に過ぎない。
いつか00's何らかの名称がついていくのと同じで。
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たまたま私はそういった時代のひとつを駆け抜けたというだけのこと。
とてもとても甘ったるい香りのする時代の中を。
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