ブーゲンビリアのきちきち日記

神奈川の米軍基地のある街から、反戦反基地。反原発。猫と花と豊かな自然に囲まれて、安心して暮らしたい。

反戦の視点・その64

2008年07月30日 07時27分13秒 | 井上澄夫さんから
「反戦の視点・その61」についての、友人、K・Aさんの質問と私のお返事

                  井上澄夫(市民の意見30の会・東京)

               ※ 反戦の視点・その61 非武装の現実性について
URL 
http://list.jca.apc.org/public/aml/2008-April/018826.html

【質問の1】
 「戦後日本の平和は、安保体制のおかげではない」という見解について

 多くの人は、この逆、つまり、安保体制があったから平和でいられたと刷り込まれ
て、そのように思っていますよね。では、安保体制がなかったらどうなっていたか、
ということを反論するにはどうすればよいでしょうか? 9条があったから平和でい
られたと断言してもよいでしょうか? 

●繰り返される「安保の再定義」
日米両政府がいう「日米同盟」は、日米安保条約体制を基盤にしています。196
0年6月に発効した現安保条約は、米軍が日本と「極東」を守るとしています(第6
条)。「極東」は日本政府の定義によれば、「大体において、フィリピン以北、日本
及びその周辺地域」で、政府の解釈では「周辺地域」に韓国と台湾が含まれます。つ
まり、在日米軍は、日本以外にフィリピン以北の韓国と台湾を含む一帯を防衛するこ
とになっています。
 しかし日米両政府は現安保条約を改定せず、96年の「日米安保共同宣言」で日米
軍事同盟の対象地域を「極東」から「アジア・太平洋地域」に拡大しました。「共同
宣言」は冷戦終結後の「安保の再定義」をめざしたのですが、日本政府は安保条約を
改定して「再定義」するという、主権在民を根本原理とする現憲法下では当然実施さ
れるべき手続きを避けました。条約の改定は両当事国議会での批准が必要です。60
年安保闘争にこりた自民党政権は踏むべき手続きを踏まなかったのです。
 「日米安保共同宣言」は国会で批准された2国間条約ではありませんから、法的な
正当性をまったく欠いています。このような手法で安保条約を「事実上」改定したの
は詐欺としかいいようがありません。
 しかも、さらに同じ詐欺的手法が繰り返されました。2006年6月のブッシュ・
小泉共同宣言「新世紀の日米同盟」は「世界の中の日米同盟」を宣言しました。それ
によって、日米軍事同盟の対象地域は「アジア・太平洋地域」から一気に「世界」に
広げられました。軍事同盟の果たすべき役割は「地球的規模」とされたのです。
 自衛隊が米軍とともに果たす役割が「極東」から「アジア・太平洋地域」へ、さら
に「地球的規模」へと拡大されたことによって、本当に平和がもたらされるでしょう
か。日本は米国の軍事戦略に引き回され、本格的な戦争(「テロとの戦い」)への関
与を強要される一方です。

●在日米軍は「米国の国益のために」存在する
 米軍は今や「日本を守る」どころか、「テロとの戦い」に自衛隊を参加させること
を求めて、日本に基地を置き続けています。横須賀を母港とする米第7艦隊の司令官
は、かつて「米軍のアジア・太平洋地域におけるプレゼンスは米国の国益のためであ
る」と言明しましたが、これはまったくそのとおり、正直な告白です。
 「安保体制があったから平和でいられた」と信じている人たちはその多くが、「日
米同盟」を日米両国対等の関係と思っているようです。しかし現実は違います。現在
の安保条約はそもそも相互に対等・平等な2国間条約ではありません。「攻守同盟」
という言葉がありますが、それは「二国以上が共同して他国を攻撃し、また、他国の
攻撃を防ぐ同盟」(『新明解』)を意味します。「日米同盟」が「攻守同盟」であれ
ば、米国が攻撃された場合、自衛隊は自動的に米軍援護に出動します。しかし現安保
条約では、日本は米国を守る義務を負っていません。その限りで現安保条約は、相互
安全保障条約(攻守同盟)ではなく、依然として片務的な(一方だけが義務を負う)
面をもつ条約ですが、それで米国政府が困るわけではありません。なぜなら、「米国
の国益を防衛するために日本に駐留する」米軍基地を自衛隊が守り、しかも駐留経費
は、そのほとんどを日本政府が「思いやり予算」で肩代わりしているのですから、米
国政府にとってこんなオイシイ話はないのです。安保条約体制はひたすら「米国の国
益」(アジア・太平洋地域における米国の政治的・経済的権益)に貢献しています。
米軍の日本駐留は、米国の世界軍事戦略の一環として、徹頭徹尾「米国の国益」に奉
仕するものであり、「日本の防衛」はタテマエに過ぎません。
 同時に米軍の駐留は日本軍国主義が復活して米国をおびやかすことがないよう、自
衛隊を監視し抑え込むことも目的としています。いわゆる「ビンのフタ論」ですが、
在日米軍というフタをとってしまうと日本軍国主義の亡霊が飛び出してしまうという
わけです。したがって、現実の米軍と自衛隊との関係はあくまで「主従の関係」で
す。米軍にとって自衛隊は、出過ぎた真似をせず、あくまで米軍の指揮に唯々諾々と
従うべき補助部隊、「一前哨部隊」(小林直樹著『憲法第九条』、岩波新書)にすぎ
ません。それゆえ、米軍にとって機密の情報は自衛隊に知らされず、最新鋭の軍事技
術は提供されません。自衛隊はどこまでも米国政府の掌中で踊らなければならないの
です。

●在日米軍の関心は「日本の防衛」にはない
 米軍が日本を守ってきたと誰が実証できるでしょうか。「守ることになっている」
と「守ってきた」は同じ話ではありません。〈日本は米国の「核の傘」に守られて経
済的繁栄を享受してきた〉とは、米国に根強くはびこる「安保ただ乗り論」です。だ
から「思いやり予算」の支出などアタリマエということです。しかし日本の降伏に始
まる占領行政が、旧日本軍の解体と、すでに始まっていた冷戦の中で日本をアジアに
おける「反共の防壁」(後注1参照)にすることを至上の課題としていたことを想起
すれば、「安保ただ乗り論」がいかに手前勝手な理屈であるかが明らかになります。
米国は一貫して核軍拡を続け、自国の核戦略に日本を巻き込みました。米軍事戦略
に加担した日本は、ソ連の核兵器に脅かされることになり、米国のベトナム侵略戦争
に加担させられました。それは日本が、平和を謳歌するどころか、冷戦の一翼を担う
戦時体制にずっとしばりつけられてきたということです。
 米国政府首脳の念頭にあるのは「日本の防衛」ではありません。東アジア戦略に
限っていえば、日本を擡頭(たいとう)著しい中国を牽制する当て馬として利用する
ことでしょう。米国政府にとっての日本の位置づけを知ろうとするなら、2000年
10月に公表された「アーミテージ・レポート」(後注2参照、アーミテージは元米
国務副長官)の居丈高な対日脅迫に触れるだけで十分でしょう。「レポート」の安全
保障の項にはこうあります。
 〈日本が集団的自衛権の行使を禁止していることは、(日米)同盟への協力を進め
る上での制約となっている。これを解除することにより、より緊密で効率的な安保協
力が可能になるだろう。これは日本国民だけが決断できることである。〉
要するに、憲法を変えて集団的自衛権を行使できるようにし、米国の「テロとの戦
い」に加われということです。彼の「ショウ・ザ・フラッグ(米軍側につくのかどう
か、旗幟を鮮明にしろ)」「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(陸上自衛隊をイラクに
出せ)」という発言は、まさに〈手下への命令〉でした。ついでに記しておくと、パ
キスタンのムシャラフ大統領にアフガニスタン攻撃への参加を迫ったとき、アーミ
テージは言うことを聞かないならパキスタンを「石器時代に戻してやる」と脅しまし
た。ベトナム侵略戦争のとき、カーチス・ルメイ空軍参謀総長(後注3参照)が米軍
の北爆によって「ベトナムを石器時代に戻す」とのべたことは有名な話ですが、アー
ミテージは同じ恫喝を繰り返したわけです。
 ※ 注1 GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のマッカーサー元帥は1949
年7      月4日(米国の独立記念日)、「日本は共産主義進出阻止の防壁」
と声明しま      した。
   注2「米国と日本――成熟したパートナーシップに向けて」2000・10・
11   注3 東京大空襲など非戦闘員への無差別空爆を指揮したルメイは、戦
後、航空自      衛隊の創設に貢献したとして、日本政府から叙勲されまし
た。

●「平和」の質を問う
 「安保体制があったから平和でいられた」と考える人は意識するとしないとにかか
わらず、「軍事力によって平和がもたらされる」と信じています。しかしそこで語ら
れる「平和」は、単に「軍事力の均衡状態」を意味するにすぎません。自分たちの側
には、自分たちを攻撃する(あるいは、攻撃すると予想される)敵が容易に手を出せ
ない軍事力(抑止力)があるから、当面、安心だという状態が「平和」ということに
なります。この点について、哲学者の故久野収氏は次のように指摘しています。
 〈(日本国)憲法の平和主義は、平和を『安全』ととりちがえ、『安全』と『安
全』保障を同視し、『安全』保障を軍事的安全保障に帰着させる“思考の惰性”と
きっぱり手をきる決断を表現している。〉(憲法問題研究会編『憲法読本・下』、岩
波新書)
 「安保体制による平和」を主張する人びとの脳裏にある「平和」は「安全」と同じ
ですが、それは非常に不安定で脆弱なものです。彼らが日々恐れるように「軍事力の
均衡状態」はいつ崩れるかわからないからです。とすると、絶対的な安全は、顕在す
る敵のみならず、潜在するすべての敵を殲滅しなければもたらされません。しかしそ
れが不可能な夢想に過ぎないことは、冷戦終結とともに世界最強の軍事力によって世
界を一極集中構造に再編したはずの米国が、自ら招いたアフガニスタン・イラク情勢
の泥沼化で動きがとれなくなっている現実をみるだけでも明らかではないでしょう
か。史上最強の軍事力を誇る米国は、自らが中心になって強行している市場原理のグ
ローバル化によって、世界中に格差を生み出し、潜在的な「敵」を際限なく再生産し
ています。
 平和とは何でしょうか。自分や自分が住む国が戦争をしていないことを平和と考え
ることは、とりあえず自然なことです。戦後日本はこれまで外国と交戦状態に入った
ことはありません。しかし日本は朝鮮特需とベトナム特需をバネに経済復興を成し遂
げました。朝鮮半島とベトナムで膨大な血が流されている状況につけこんで利益を得
て、経済を建て直したのです。それはまさに「火事場泥棒の荒稼ぎ」でした。直接戦
争の当事者にならないまでも、外国軍に基地を提供し特需景気で経済の復興に弾みを
つけたことは実に恥ずべきことです。「安保体制があったから平和でいられた」とい
う思い込みは、自らの姿を鏡に映そうとしない、まったく自己中心的なものです。
 「安保体制があったから平和でいられた」と主張する人には、「あなたの言う平
和って何ですか」と聞いてみたいものです。

●現実にあり得た平和の選択肢―非武装・非同盟―
 歴史に「if(イフ)」はないとよくいわれます。歴史の現実の前では、「もし
も……だったら」という仮説は成り立たないということです。しかしだからといっ
て、未来のために過去を振り返って政治的想像力を発揮することが無意味であるとは
いえません。
 日本が憲法の前文と9条を誠実に実現して「非武装」の国であり続け、日米安保条
約を締結せずに「非同盟」を貫いていたら、ソ連の核におびえることはなかったはず
です。現に冷戦時代には、東西両陣営のどちらにも組みしない「非同盟」の国ぐには
多数存在していました。どのような軍事同盟にも加わらない「非同盟」の立場は現実
的な選択肢としてあったのです。
 「非武装」はいかなる戦力も持たないということです。かつて侵略戦争によって巨
大な惨害をアジア・太平洋の近隣諸国にもたらした日本が再び武装することがなかっ
たなら、その姿勢は憲法の前文と9条の「二度と戦争しない」という世界に向けた誓
い(国際公約)の目に見える実践として、どれほど近隣諸国に安心を生み信頼を広げ
ることになったでしょうか。
 「安保体制がなかったらどうなっていたか」という問いには、「安保体制によって
日本が守られてきたというのは幻想です。米国の〈核の傘〉に入れられてソ連の核兵
器に脅かされ続け、ベトナム侵略戦争に加担させられました。安保体制は東アジアの
平和を脅かし続けています」と答えることができます。
 あるいは「日米間の関係が安保条約という軍事同盟関係で規定されていることは異
常なことです。日米間のみならず、どの国とも日中平和友好条約のような平和友好条
約を結び、いかなる軍事同盟にも加わらない《非同盟》を貫くことによって平和を確
立する道は、賢明な選択肢としてかつてもあり得たし、これからはそうすべきです」
と主張してもいいと思います。
 ここで注意したいのは、現安保条約の前身である旧安保条約は、1951年9月8
日、サンフランシスコで対日講和条約が調印されたのと同じ日に締結されたという事
実です(発効はともに52年4月28日)。この対日講和条約の成立によって、日本
は占領を解除され独立したのですが、沖縄・奄美など琉球諸島は同条約第3条によっ
て、米軍の支配下にしばりつけられました。日本は琉球諸島を米軍政下に置き去りに
して独立を回復したのです。ですから「安保体制がなかったらどうなっていたか」と
いう問いへの答えは、その点に十分留意してなされるべきです。対日講和条約の締結
は全面講和ではありませんでした。講和会議には52ヵ国が参加しましたが、ソ連、
ポーランド、チェコスロバキアは調印しませんでした。それは、とりもなおさず、日
本が米国を中心とする西側陣営に組み込まれ、東側陣営に敵対することになったとい
うことです。
 ですから私たちが「安保体制がなかったらどうなっていたか」という問いに答える
場合、対日講和条約は全面講和であるべきだったことと、日本政府は沖縄や奄美を米
軍に売り渡す第3条を断固として拒否すべきだったことを主張すべきだろうと思いま
す。片面講和、講和条約第3条の容認、旧安保条約の締結は、三位一体の大きな過ち
でした。

●「9条があったから平和でいられた」という表現について
 戦後日本はこれまで、自国の軍事力によって海外で人を殺すことはありませんでし
た。自衛隊は明らかに軍隊ですが、日本政府はそれを認めず、「戦力ではなく実力で
ある」と言い続けました。とすると、戦力(軍隊)ではない自衛隊は、当然、戦闘
(交戦)はできません。これは、日本政府が曲がりなりにも憲法9条2項が規定する
「交戦権の否認」を遵守していることを意味します。
 4月17日のイラク派兵差止訴訟の名古屋高裁判決は、現憲法施行以来初めて、憲
法9条1項の「戦争放棄」に照らして、航空自衛隊のイラクでの活動(クウェート―
バグダッド間の武装米兵と武器・弾薬の空輸作戦)を憲法に違反すると判示しまし
た。この画期的な判断によって9条の法的実効性が広がる可能性があります。
 しかしながら現実に進行している事態の総合的評価としては、自衛隊が戦闘(交
戦)に踏み込めないという点で9条はかろうじて生きていると言うべきでしょう。こ
の冷厳な事実を忘れるべきではありません。湾岸戦争終結直後のペルシャ湾への掃海
艇派遣、PKO(国連平和維持活動)協力法によるカンボジア、モザンビーク、ザ
イール(ルワンダ)などへの派兵など、海外派兵は次々に繰り返されてきましたが、
問題の焦点はいつも武器使用基準でした。2001年のPKO協力法改正によって、
武器を使用できるケースに「正当防衛」と「緊急避難」の他「自己の管理下に入った
者の生命、身体の防護」が加えられ、武器使用基準は緩和されましたが、交戦権が認
められていないのですから、自衛隊は戦闘(交戦)に踏み込むことができません。
 しかし、武器使用基準の国際標準化を認める海外派兵恒久法が成立すれば(後注参
照)、その立法行為によって憲法9条2項は踏みにじられることになります。
 ※ 「反戦の視点・その63 海外派兵恒久法がめざす危険な狙い」を参照して下
さい。
   URL http://list.jca.apc.org/public/aml/2008-July/020035.html

 ですから私たちは「戦後日本は自国の軍事力によって海外で人を殺すことはなかっ
た」と語るとき、なぜそうであったのかを丁寧に説明すべきでしょう。たしかに戦争
はしなかったけれども、無条件に誇っていい「平和」が続いたわけではなかったので
す。
 私たちは、憲法9条があったからだけではなく、消長はありつつも反戦の活動が
営々と続けられてきたことによって、「戦後日本は自国の軍事力によって海外で人を
殺すことはなかった」という事実を強調すべきです。戦争をさせない民衆の力が政治
に影響を与えたからこそ、9条が完全に殺されることはなかったと言ってもいいと思
います。安保肯定派や改憲派の人びとは、複雑な事象を極度に単純化する論法を用い
る場合が多いのですが、私たちが同様の極論でそれに対抗する必要はないと思いま
す。
ワンフレーズでポピュリズム政治を続けた小泉首相が「備えあれば憂いなし」と唱
えたとき、「備えあれば憂い多し」と応じた人がいました。そういう機知に富んだ反
撃は大いに歓迎されるべきですが、私たちは、私たちの力(市民の平和力)で政府に
9条を実現させることによってしか戦争への道を平和の方向に向け直すことはできな
いと主張し、そのために日々の反戦の営みを持続すべきと私は思います。
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ANOTHER IF (ミリ飯級DDG)
2008-08-01 08:11:33
もし安保がなく、自衛隊もなかったとしたら、日本は一昔前の仮想戦記みたいに分裂国家になってたかもしれませんよ。そして核保有のアメリカ張りの正規軍の保有もありうるわけで、ソ連とのいがみ合いは「北日本」国との間接的な冷戦構造で未だに続いている可能性もあります。それに九条はすばらしいですが、第三項を作って「自衛隊を警察力として扱う」ようにしたらどうでしょう。災害派遣や他国からの攻撃・侵攻にすぐ対処できるようにしたらどうでしょうね?

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