コールスロー

タイトルは多分変わりませんがテンプレートを期間不明で変更中。
  〜創業平成十八年八月三十日

うー

2010年03月13日 | 日記
すごいお久しぶりです´・ω・)
学校が忙しかったりPCのデータが消えたりしてもう萎えまくりで更新がまったくできません
この前犬山遊園で撮影してたらすごい出来がよくてそれを掲載しようとしていたのに・・・

http://www.youtube.com/user/naha478?feature=mhw5
一応正式に案内した記憶がないので掲載しておきますがyoutubeに動画いろいろのせておりますーっどうぞ

また春休みとかどこかに言ったときには乗せたいとおもいます
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振り回された結果 〜愛知県知立市、豊明市、蟹江町〜

2009年10月11日 | 旅記
先週の日曜日に7700系を撮りに行こうと三河線にいったんですけどね
各務原線にこなくなる前になんでもっと撮っておかなかったんだろうと後悔してます

正直重原駅で撮影したのですがそれほどでした。三河線は実は名鉄で名古屋本線に次ぐ距離を誇りながらも単線区間が多く撮影しにくいのです。

また今度暇があれば撮りに行きたいのですがちゃんと研究しなきゃ

京阪以来ちゃんと綺麗な写真を撮ろうといろいろと考えて今回撮ってみたんですけれどね


3504F
重原の後の豊明です
第二の目的でもある5300/5700系です
はっきりいって名鉄はいま静かにいろいろと変わってます
知らない間に7700/7100はとうとう三河線だけになりました。すでに数編成が廃車
さらに3700系の6両編成はとうとう舞木送りとなりなしたこれはほんとショックなんですが個人的に好きだったし。
5300/5700も廃車が始まった。
高校はいって忙しい間にいろいろと大変なことになってるもっと撮っておけばよかったです


1111F
縦の角度をそろえることは出来ても横はどうやったら一番いいのかな。
教えてうまい人


なんか虚無感に襲われて神宮前での撮影をあきらめ。そんな自分が嫌になり起爆剤として急遽近鉄を撮影しに行くことに


名12402F+12247F?
通過が早い上に車番小さいとわからないのです
前パンでこんな綺麗に撮れたのはいままでで初めてです・・・
回送なのが惜しい
てか回送なのに特急って書く必要あるのかなこの方向幕w


2001F
2000系のトップナンバーです
あと背景がすごい騒がしいwこんな面白い写真を撮ったのも今まで初めてですwなんか雰囲気が出てて個人的に大好き


1827F?+5212F
もー近鉄の車番見方が全くわからないし複雑ww
てか近鉄名古屋線、蟹江だと10分くらい全くこなくて、そのあと一気に数本が来て、また10分くらいこなくて・・・みたいなのの繰り返しでして
もっと分散させたらいいんじゃないかなー蟹江だけそうゆう風に見えるだけかもしれないけど
あと急行もう少し増やしてもいいんじゃないかな。16時ぐらいからすでに急行ぎゅうぎゅうになってるし・・・
ちなみに車内は関西弁と名古屋弁が混じります。こんな近いのに三川越えた向こうは関西弁なんですね三重


もー車番わからんww
名阪特急は一番きれいに撮っておくべきなのに微妙だ・・・
このデザインまさに私鉄特急らしくて好きですね

名阪特急って乗務員交代とかどうするのかな名古屋からの運転士が難波まで行くのかな

そんな感じでした
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もううっとうしくなってきた 〜大阪府門真市、大阪市〜

2009年08月10日 | 旅記
だーいぶまえなんですけれどね
6月に京阪撮りに行ってきました
親には名古屋に行くとうそをついて黙って言ってきたんですけれども
琵琶湖線とかながいこと揺られてがんばりましたよー

京都に着いたのは8時半くらいかな?京都線にのって東福寺で乗り換えました

初京阪です!
正直な感想
・・・あれ?これは何線だろう
狭いカーブの駅にごちゃごちゃしたかんじ、京阪の支線かな?何線かな?とおもいました
そこをゆーったりとしかし勢いつけて通過しまくる京阪特急。
あれー支線を京阪特急がはしるのかな?とか思ってました
やっと来た準急も駅間が短く瀬戸線的な支線だと勘違いしてましたが思えばこれどうかんがえても本線ですケイハンクオリティー凄いぜ!
しかも乗ってる車両自体あの5ドア座席上昇するというやつです。京阪のイメージはもう決定されました。
日本の典型的な軌道型的鉄道ですねー阪急とはま逆のベクトルである・・・京成、名鉄がこれにあたります

・・・かとおもったら快速急行の3000系?
あれは僕が今まで見た中で最高クオリティの車両のひとつですねw
なにより車内が高速とは思えないほどすばらしく静か!デザインの質が高い!
どこぞの特急車両とはえらい違いです!
・・・ただ座席がバネ感もろ出しだというのがご愛嬌です
け、けいはん・・すごすぎるぞなにこのいろんな顔


9時半位には大和田に着きました。
夏なのでビル影の心配も無く撮影開始です

午前中は京橋寄りでズームによって急行線は緩やかなS字カーブを余すことなく利用したさまざまな構図が撮影できます









下にいくほどズームひいてます。
一番下なんかほぼまぐれですけどねw一押し狙いで行かないといけないのである程度腕がないと難しいかもしれません。
ちなみに特急は出町柳側前パンなのでレンズをまたいじらなければならずめんどくさいし難しいですw
一番ズームひいた状態でカーブをダイナミックに曲がる迫力の前パン京阪特急を撮ろうと思ったんですけれどミスしまくりでとうとうだめでした

もちろん緩行線も神宮前4番線の要領で手軽に撮影できます。



両線とも時々被ります。
午後は出町柳側を向いて駅に入線する緩行線が綺麗に撮影できるようです

・・・てか枚方市という日本でも最高の行き先のうちのひとつである地名を冠した赤地白抜特急方向幕とかかっこよすぎる
枚方市はとうとう行けなかったなー次はまた行きたい
ちらっと車窓から見えたけどあれは神がかってた

で、森小路

午後出町柳よりで京橋方面への列車を綺麗に撮影できる日本でも有名な複々線のひとつです。島式ホームですし
・・・てか京都行くとかいいながらなんだかんだで大阪だな


2000系の初期顔。今のうちに撮っておこうね!
区間急行、準急は森小路では急行線を轟音とともに堂々と走るよ!
てかこれ凄い好きなんだけど。軌道型の鉄道としての最高の顔してるまじかっこいー


うわさの特急。
今回は乗れなかったなぁ・・


緩行線はこんな感じ。てか駅間近すぎるよ森小路〜門真市とか5分くらいの間に4つ駅とまったような気がする


しかし・・・線形・駅間といった環境(特に京都側)よき時代の軌道型鉄道の雰囲気をいまに受け継ぐ面と、
複々線・高速運転といった環境(とくに大阪側)、都市へのよき時代の通勤高速型鉄道の雰囲気をいまに受け継ぐ面
その両面のすばらしい面を持つのが京阪です。
さらにそこを走る車両もいかにもツボをつく最高のデザインの古参車両から最新の質の高い車両へと変貌を遂げている。
車両・環境。ダブルで二つの雰囲気を持ち合わせている2009年今の京阪!今まさに古きと新しきが混合したすばらしい雰囲気をかもし出していますいま行けばわかるっ!
夏のうちにぜひ京阪を撮影することをお勧めします。

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雨にふられて 〜東京都板橋区、神奈川県川崎市、横浜市〜

2009年06月09日 | 旅記
2ヶ月以上前になってしまいました
テストが終わったのでようやく書きます・・

記憶が曖昧になってきたw

本当にどんよりとした曇り空
東武池袋に向かう。
響く東武の長い発車メロディーに感動しつつ準急は目的の駅にノンストップで行く。
各停池袋〜成増てこの間の駅を補うだけの非常に距離の短い運用ですよね。需要あるのかな・・・

東京都心の住宅街をちらっと歩いて目的の踏み切りに。



8000系更新顔?
通勤急行という東京独特の言い回しに鋼銅製の堂々とした構えがかっこよすぎる。
てか名古屋の列車より一回り大きいのでいちいち迫力を感じる田舎ものです。

曇り空の切れ間からちょっと光がさすとこういういい感じになりますが暗いときは悲惨です。


10000系?
露骨にステンレスな感じが逆にかっこいいです。こういうステンレス車感を出しまくっている外観ならステンレス車も大好きなんですが、名鉄5000とか4000とか中途半端だからあまり好かないんです・・・
というか東武桁多いぞ5桁とか

長い編成をぴったりと撮影できる非常にとりやすい場所だと思います。長さを強調できる名古屋ではとれない構図


51000系?
個人的に顔が面白くて好き
急行○○という響きはどんな行き先でも素敵です(JRのそれを除く
というか桁www

そしたら来て1時間もしないうちに初期顔がっ!
・・・見事に被られましたけどね。
すぐあとに急行で小川町まで去る8000初期顔


・・・悔しいから待ちましたよ。10時くらいまで
雨は降るし寒くなってくるしで最悪でした

そして


きました 待った甲斐がありました
冷たい都会の雨の中黙々と駆ける陰の名車。急行池袋の行き先が輝かしい8000系初期顔。
このとき東上線の2編成のうち1編成が修理中?だったのでたった1編成を撮影できたのが本当にうれしかったです



副都心線は全くの無駄だったという意見がよく聞かれますがこのときの僕は非常に助かりました
成増から東急まで乗り換えなしでいけてほんとに助かったww
まあそんな使い方をする人はいないんだろうけど・・・

撮影地がないですね田園都市線は。宮崎台でカメラを構えることにしましたが本当に雨がひどいし寒い。
まともにとれるわけが無いです。


東急5000系。私鉄のお手本車両ですね
8000系は結局まともにとれなかったです。廃車が本格的に始まるのはいつかな・・・

南武線で長津田から川崎へ。まさか南武線まで乗るとは思いませんでしたw
京急に乗り京急鶴見へ。


1000形
これはwwww
やwwばwwwいwww
同じ赤でも名鉄にはない重厚さwwこれは重いっw迫力あるww
当然東京なので車両は一回り大きい、名鉄より明らかに厚みある感、前パン、おでこの一つライト
本当にこれは鉄道かっwwwこんなんが「金沢文庫」とかかっこいい行き先出して走るんだからまいっちゃうぜww
これが8両で唸り走ってた時代があるなんてすばらしい
今回はあまりうまく撮れなかったし・・・(ここ苦手な構図)またきたいなー・・・

雨は上がってきましたー


2000形
4両wwwwwやめてくれww
京急は両数が豊富ですおかげでぽつーんとした写真になりました東京にずっといて忘れかけてた名鉄現象です
顔の平らー感が面白いw


800形
1000よりも迫力は無くなってますがそれでもいい車両だと思います
京急は古い車両がかっこよすぎるです


運用表を見ると時間が迫っていました
最後のチャンス、209系500番台

撮影地関内へ急いで向かいます
横浜をスルー まさかこの旅行で横浜まで来てしまうとはww

空中に浮いてるみたいな凄い構造の関内。横浜は当然立派な都会です
そして何でこんなに人がいるんだ?
南行きは蒲田止まりの列車がある分本数が少なくなるので困ったものです
待ち構えていると・・・・

またwwww一発目かよwwww
当然練習していないので失敗ですwwwもうやだwww



その一本あとはうまくいくんですよね

そんな感じの4日目でした 結局山手線はとらずじまい・・・
秋葉原や新宿のマックで時間つぶして帰りました
総評は書きましたのでこの辺で
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結構大事なお知らせ

2009年04月19日 | 日記
高校が予想以上に忙しいです

6時すぎ起床
7時前出発
8時前到着
下校17時半
帰宅19時
色々済ませて21時から勉強
24時就寝


全く持って余裕が無いです平日

というわけでまったくネットが触れなくなるかもしれませんがご了承くださいな

東京の更新が終わってないですけどww


そういえば瀬戸線つりかけいよいよ廃車が始まったようです
6653Fが先月運用を離脱し4002が入りました。
あの4000がもう二本もはしってるんだっておそろしいね
写真は偶然撮ってたそれです お疲れ様でした

昨日と今日7011と1001が走ったみたいですいきたかった撮りたかった
忙しくていけませんでした さようならB4 あの車両は大好きだったのに もっと綺麗におさめたかった

そういうわけですみません
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うまいのちるの 〜東京都杉並区、世田谷区、渋谷区、千代田区、埼玉県さいたま市〜

2009年04月04日 | 旅記

空は分厚い雲に覆われ朝になっても明るくならない
疲労がだいぶたまった体は天気と同じようにテンションがあがらず。
ほんとにやめてほしいわー運が無いというか

というか寒い。

下高井戸はうわさどおりの撮影地(歯医者の看板見て杉並区だよあの杉並区っっ地図でしか見たことが無かった!!)
写真の出来が悪いのはテンションのせいで、暖房付き待合室が無かったらもっと出来悪かった。


3000系。この形は名車すぎる。いよいよ日本の鉄道史が花開いたころの美しさ、昭和30年代あの時代の日本の通勤車とステンレスが融合したという記念すべき頃の、そんな時代の最も美しい形だよ。上下の丸ライト。顔中央に方向幕。二つ窓。側面窓は十字枠。
こういう雰囲気が走っている路線は環境も豊かだと思う。

紫色は井の頭線のイメージがある。紫陽花も咲くし。
瀬戸線に似た雰囲気がありますよね。ラッシュ時はとんでもないダイヤになりますし。


暗いなー 
1000系の一番新しいバージョンで方向幕がフルカラーLEDです。
京王は多少崩れながらも3000系の雰囲気をよくここまで残したとおもう。


ここでカメラの容量が切れてきたので秋葉原に買いに行くという事態に。
前の晩に買っとけよー・・・2時間半のロス。
まあ前の晩疲れて気づいたら寝ててとっくに電気屋閉まっていたという風だったんですけれど

明大前はうわさどおり京王団子ダイヤ絶賛開催中ですぐ後ろに電車いるの。すごいなここ
ぎゅうぎゅう詰めのラッシュの電車で朝ごはん代わりのメロンパンを食べる人。
岩本町が秋葉原のすぐ近くってもっと早くわかってたなら市ヶ谷でJRに乗り換えなくてよかったのに

てか急行走ってるんだね新宿線


千歳烏山に着いたのは11時30分ごろ。この時間に東急撮れただろ馬鹿
ちなみにこの時点で友人と別れ一人。


6000系これはかっこよすぎるぞ。
いよいよ形が完成してきた昭和40〜50年代特有の通勤電車、鋼のボディーで角顔と丸ライト。三つ窓に貫通扉という堂々たる力強い迫力の形をしながら、クリーム色に濃いピンクと紺のラインという柔らかいカラーを纏っているという、京王の雰囲気の象徴であるこの車両。巨大なベクトルをポップというかアクティブというかに形容される雰囲気のあたりに持っていったあたり、小田急と正反対なこの鉄道会社の香りといえよう。

時間帯が悪く遭遇した6000は大半が下りだったけどね


出ました7000系、その方向幕は準特急新宿行き。
日本に数ある鉄道会社の中でも現在準特急という種別を使うのはここ京王だけなのです。
種別といえば急行と快速が同時に存在しているのです。確か急行のほうが上だったかな。
そういえば京王はラッシュ時は通勤特急や通勤快速などが走っていて、そう考えるととても種別が多い会社です。阪急みたいな感じで。
名鉄はよく種別が多いといわれるけれどそれはフルタイムそれらが走っているからで、ラッシュ時とデータイムで種別が切り替わる会社のほうがそれらの数は多いのです。
まあ京王や阪急と名鉄、あるいは東武伊勢崎線系統とかとでは路線の形状というかタイプが違うからこそだけれど。


出ました最近の通勤列車では最もデザインが洗礼されていると高評価の車両のひとつ8000系が輝かしくも特急を冠し新宿へ上っております。
このデザインは洗礼されすぎ。後続の9000でさえこの完成度の高いデザインは超えられませんでしたね

そういえば千歳烏山、なぜこんなに人が多いんだ
平日の昼間だぞ?新宿方面だけならまだしも下りホームにも人が多すぎるのはなぜw10両もあるのに着席率100パー超えてるし、どの駅にも人が絶対いる。
駅前には必ず商店街、ないなら完璧な住宅街。踏切には絶対たくさんの人。
高架を走ると見えるのは地平線の果てまで屋根。遠くには都心の高層ビル。

あーそうだよねこれが東京なんだ・・・

小田急はまだ新宿のすぐふもと、下北沢までしか最大でも下りませんでしたが京王は東京の少し端まで移動してその光景の移り変わりが見られたのでよかったですね

いけたのなら小田急なら町田か本厚木、京王なら府中や聖蹟桜ヶ丘くらいまで下ってみたかったな


なんかきたー
あまりに突然きたので最低な写真になってますが
人生初めての事業用車の撮影が名鉄でも東海でもなくてまさか京王だとはどんだけ

そのあとなぜか小田急に行く人。

代八。


はこねって書いてない特急。



快速急行藤沢で来る神5000。
そういえば小田急は片瀬江ノ島まであるんですよね普段イメージにないけれど。結構広い会社なのです。

欲言うなら各停本厚木が撮りたかったなー

上る1000?に気とられてちょっと右に寄っちゃったねどうせなら絡めて撮ればよかったかな


で運用表調べて209系500番台を撮ろうとしたんですけど南行きと南行きを見事に勘違いし品川で反対側から来るという(←なにやってんだいったいこいつ
大宮行きで去るそれを2本後の南浦和行きで追っかける。
ちなみにこのときの車内での雰囲気が凄く印象に残ってるんだけれど掲載する程度のことではないですね
撮影地と聞いていた蕨で降りてみたけれど北行きの撮影地じゃんここ。
その後の大宮行きで結局さいたま新都心まで来たんですけど。てか車窓ここもずっと家ばっかだった。恐ろしいべ東京


さいたま新都心降りてすぐ来た当該列車の結果がこれだよ!!
どうやらJRは駅降りて一本目が目的の列車現象好評発生中のようです。
恐ろしいわー鳥肌が立つ
いいわ明日撮る


高崎線で帰りました。早いねーさっきの青色と比べて。
てかここ線路が多すぎる。6本だったかな?踏み切りはもちろんないし歩道橋も少ないから線路で街が分断されている現象とはこのこと。
車窓から見える永遠に届かない人々の生活と風景にすごい哀しさを感じた。

赤羽で過去最高レベルの駆け込み乗車をして湘南新宿ライン。(ドアが閉まり始めているところに突っ込む。ドアが体にさわったぞドアが)
あーこれ便利だわ。もっと本数増やしたらどうだろう



夜は夜で色々あったんですがそれはまあいいよ

みたいな3日目でした
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なんか微妙  〜千葉県松戸市、東京都豊島区、渋谷区、杉並区〜

2009年04月02日 | 旅記
早起きして新京成、みのり台


8800形?

800形は結局見事かぶられた上にくぬぎ山で留置されて撮れませんでした。なんて運というものがないのだろう

でばーっと椎名町に向かおうと思ったのに常磐線強風でとまるしさぁ・・・なんだろうこの不運

椎名町


構図が決まらないうちにきた101系?
電柱傾いてるし


構図が決まったころには顔が翳り始めている3000系。


もうなんか疲れ果てて代々木八幡へと移動。
天気もそれに合わせて曇ってくる。


はこね。何系かは知らない
東京でパノラマカーといったら小田急なのです。

しかしとりやすい場所です。新宿からこれば降りたホームで撮れるし、あまりかぶらない。まあ小田急は代々木八幡以西が一番走っているんでしょうけれど、ここは複線だからとりあえず効率よく撮ることができるのです。


8000形
方向幕LEDだったっけ?なんか醒めるわー
フルカラーのやつもあったし・・
ここは普通幕でしょ まあいいけれど・・・
小田急といったらこれだよね


5000形
恐らく日本の鉄道車両の中で最も好きなもののひとつ
某アニメ映画にも登場する神車両で(それだからなんだろうけれど)ほんとうにかっこいい斬新なデザインだと思う。貫通扉に方向幕とか。
しかも快速急行小田原という小田急の普通車がもっとも誇りを持って走るであろう種別で代八のカーブを悠々と通過。
美しいなー 小田急の美しさってやつです 小田急の雰囲気です 9000形が引退しちゃってるのが残念でしょうがないな・・・

VSE?見たときはびっくりしました。私鉄の観光特急としては最高のクオリティーですね。あれはないわーと。質の高さがすごい。ああこのクオリティーの差なんだなと名古屋と東京は。
写真は割愛。

運用表見てそろそろだなとおもい
高円寺。

一発目が201。構図がまぐれで完璧だという。
だけどISOとかミスって真っ暗だしきもちわる・・・
H4編成?大阪には無い顔の枠とか、第一長い。堂々としてる。東京の車両の貫禄ですね。僕の中のイメージの東京の要素であるうちのひとつがもう消えるわけです

そんな感じの2日目でした。
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いちにちめ 〜千葉県柏市、東京都葛飾区、渋谷区、世田谷区、千代田区、新宿区〜

2009年03月27日 | 旅記
こちらではあくまで撮影成果に限って掲載します 下にもあるからみてねーっ

3月22日 日曜日

朝新宿について東京の雰囲気に圧倒されながら日暮里で乗り換えて松戸で緩行線に乗り継ぎ南柏
めちゃくちゃどんよりとしていましたがISOをあげてがんばりました


6017東京メトロ6000系我孫子行
メトロばっかり


57編成203系我孫子行
うーん肝心のJRが微妙なんだよね


82編成E231系取手行
今お前をうまくとろうとは思ってないw

どうやら207系は予備のようです 運用掲示板更新おそすぎー

金町で乗り換えて高砂へ


3532?3500形快速佐倉行
神宮前3番線と似たような構図
坂があるぶんとりやすいですねー


編成不明AE100形
とりあえず撮れているということにしといてくださいww

金町線に移動


3344、3300形普通金町行
アニメ時をかける少女にも出てきて、ぼくのなかでは京成=3000形と3300形というイメージがあるだけにいま4連でローカル運用というのはさびしい限りです
非常にデザインも好きなのに
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4011414 いい動画が無くてこんなんですが3:30あたり


東急行ったときに乗り換えた渋谷
きもちわるいなにここww
こんなところが生活の舞台になっている神様のメモ帳はまさに神小説だよ。HMVねー・・・
ランキンランキンってなんですかww



8639、8500系普通大井町行
ひどい写真ですが許してください
この後小雨もぱらついてきてだいいち充電がなぜか切れちゃったので・・・


よる秋葉原いったら東方があったんです!!紅魔郷、妖々夢、永夜抄!さすが秋葉原!あきばおー!!
SDもコンパクトフラッシュもやすすぎる!いいなーこの街大好きだよ


というような一日でした。
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彼は見た 〜東京大旅行記・序〜

2009年03月27日 | 旅記
東京総評

22日は南柏、京成高砂、柴又、尾山台で撮影しました
夜は秋葉原で買い物や、お話を楽しんだり

23日はみのり台、椎名町、代々木八幡、高円寺
常磐線がえらいことになって松戸で苦労しました

24日は高井戸、千歳烏山、代々木八幡、さいたま新都心
夜渋谷でおまわりさんに根掘り葉掘り聞かれました

25日は成増、宮崎台、京急鶴見、関内
まさかここまで縦横無尽に駆けるとは。

結局全く予定通りには行きませんでしたね。
参宮橋〜代々木八幡はまた今度行くときです。あそこは高架化とかそういう話は無いからねーっ


田舎ものが東京を見てきた感想をば。


家が多い

人が多いと東京という街を評するときに述べる人がいますが、まあ確かにそのとおりなんですけれど。実際人が馬鹿みたいに多い。何で平日の昼間なのに千歳烏山は、椎名町は、あれだけの人がホームで電車を待ってるんだろう。普通しか止まらない駅だぞ?てかその普通列車自体10両で走ったって全部の席に座ってて立ってる客すらいるぞ。どこから沸いてきたんだよ?
朝の5時だってのに新宿駅は何でこんなに人がいるんだよ?少しは家に帰って寝ろよ?

で実質自分は南は関内、北はさいたま、東は柏まで行ったんですが、相当な距離です。

・・・かと思ったら、美濃太田〜名古屋の直線距離とそう変わらないですね。かなりあったように思ったんですが・・・
そう思うくらい延々、家ばかりでした。名古屋なんか犬山線の場合上小田井を過ぎるとすでに田園が広がり始めるのですよ。最も家がある南にいってもせいぜい前後までです。たいてい川が流れるとそこを境目にして家と田園が分かれるという認識もありました(豊明〜富士松間の境川や上小田井〜西春間の新川)

東京の場合はどうかというと、常磐線でずーっとながいあいだ揺られてても、北千住あたりはめちゃくちゃ太い駅近くの再開発の高層マンションとぎゅうぎゅう詰めの密集したコンクリート3階建てがなんとも形容しがたい都会の朝日を浴び柔らかく今目覚める姿。荒川、中川、江戸川と大河をいくつもまたいでも家が途切れることがない。延々と続く屋根屋根屋根。どこまでもまっすぐに伸びる路地がノートのマスのようにずっと続く。車窓を流れては消える星の数ほどある家々のひとつひとつに、そびえる団地の窓のひとつひとつに、人々の暮らしがあり生活がありドラマがある。凄い。圧倒されるとしか表現できない。北に行っても南にいってもそうだ。いつまでたっても家がある。駅前には必ず商店街か駅ビルかがあって、人でにぎわっている。それがどんなに扱いが低い駅でもだ。二子新地、尾山台、馬橋・・・挙げればキリが無い。路線図でも大した境遇ではないしその土地の人しか使わないような駅でも賑わっている。駅ビルか商店街が無ければ凄く濃い住宅街である。どんだけ商店街あれば気が済むんだとww一個くらい分けろとww
名鉄では考えられない。普通しか止まらないような駅は大抵しょうもない駅舎と何も無いとおりだけ。


車両がでかい

代々木八幡で止まった3000形を見て気づいたんですけれど、めちゃくちゃでかいですね。
名鉄の車両なんかプラレールですかと思うくらい、大きい。
2200系の顔と比べても東京の車両は圧倒的にでかい。
足を広げて乗っても反対側の人にあたらないくらい車内は広いし。
それだけ人が乗るからだよね。名鉄も車両大きくしてみてはどうだろうか。

一番感動したのは代々木上原〜代々木八幡を移動するときの左側の車窓。
意外と起伏がある代々木の丘に燦然と聳える家々の向こうに見えるは新宿の神々しい高層ビル街。

異世界かと思いました。ファンタジーかよと。これこそ僕のあこがれる東京だと。
http://i.yimg.jp/images/evt/5cm/4/kabegami_5cm3s.jpg
これ思い出した

とにかく初日、あの街はほんとに同じ国かと思ったくらい。
あの街で普通に歩いている生き物は同じ姿をした違う種類の生き物かと思ったくらいでした。
後のほうでだいぶ慣れたけれど・・・

まあ天候が悪かったのが唯一残念でしたね。でも東京を知ったことで、名古屋や岐阜を客観的に見ることができるようになったのはいいことです。
物差しを手に入れたきがします。

写真はまた一日別に更新していきますっ
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軌跡

2009年03月20日 | 思いつき
思いつきで、自分の鉄道写真はどのように歴史を刻んできたのかを調べてみました←
画像フォルダを長いことがんばって漁りました
一応鉄道を被写体とした写真にのみ絞っております
日付は曖昧
初代デジカメの頃

2004年3月22日

なんと走行写真です。
母が撮影したもので大井川鉄道のSL?かなこれがとりあえず我が家で初の鉄道写真になるわけです

2005年8月20日

これは鉄道なのかという疑問がありますその前に被写体が自分らじゃないだろうかと思うのですがこれも母撮影で一応鉄道写真にしますあの盛り上がった万博で

2006年1月22日

父が撮影で名鉄を被写体にした初写真。小牧線300系の車内で弟と小牧に向かう時に撮影したものか

2006年1月26日

でこれが恐らく自分が撮った最初の鉄道写真であり東海の初写真。
名古屋駅ビルの展望台から。新幹線の写真もありました
また帰りの広見線でSRに乗ったらしく一番前の席からの前面展望の写真もありました
まぁ撮ってはいても鉄道には興味がなかったんですが

で自分の価値観を大きく揺さぶったのが2006年8月24日
 

大阪に旅行にいったんです。
僕の家族は極端に「旅行(観光地に行ったりするような)」に行くことが少なかったので、たぶん物覚え付いてから初めての旅行だったのですが、このときの印象としては、僕の中で漠然としかイメージの無かった、というかほぼ興味もなかった都会、街というものはこんなにも巨大でとてつもないエネルギーを持って存在していたのだということにすごいショックを受けたこと。
自分の住んでいる田舎がすべてでそこでなんの感慨も無く学校に行き遊び暮らしていたのだが、こんな街が日本にはあるのだと。
そんな街の光景のすごさ。それが持っている圧倒的なエネルギー。そこに何よりも驚いた。

だから早い話が都会に驚いたのです。このときの僕は鉄道を都会の光景の一部として捉え驚いていた。名古屋は車がメインな生活だからなおさらそうだったのかもしれないけれど、まで鉄道が機能している現象を目撃して「すごい電車かっこいいっ!」じゃなくて「都会って言うのはここまで交通機関が発達しているんだ」と都会を視点にショックを受けたのです。
だからこの大阪旅行で撮った写真で、鉄道を対象にしたものは下の201と24系だけですが、降りた駅の駅名標は全部撮影しています。都市に驚いたから。だからこの2枚の鉄道写真も都市光景として撮っているんでしょうね。街角とか、夜景を撮影するのと同じ気持ちで。

このときに受けたショックが、その後の自分の価値観にずっとつながってきているんですね。今でも鮮明に覚えています

2006年12月29日、30日

この駅名標の前に立ったときの気持ちは今でも忘れられません。
漠然と捉えてきた日本の首都にいよいよ来たんだと。
大阪で感じた気持ちはここでとてつもなく大きなものになります。
 
 
 
 
 
ずらずらと並べてみました。鉄道に関してある程度の知識を持った現在の自分がこの写真を見て感想を述べさせていただくと、大阪の地下鉄と東京の地下鉄比べると、やっぱり東京は無機質な感じですよね。新宿の写真ですがどのホームにも201です。あと2編成しかないとか調子ですねほんと。京葉線も葛西臨海公園ですが往復ともに201でした。
何気にとってる山手線は浜松町かな?6ドア車だし。
東武の浅草で撮ったのは100っていうらしいです。ちらっとスペーシアが奥に見えますね。
京成高砂ではこれはじめてみたとき絶対特急車両だとおもってました。名鉄1000に相通じるものがあるし。これが地下鉄の車両だと知るのは2年くらいあと。向こうのホームにいるのは3300?
金町線で柴又に行ったんですが複雑な高砂駅でよく迷わなかったものです。この駅に22日、もうあさってに撮影に行くとか本当に信じられない
ちなみに当時の僕は京成〜浅草線の直通をとりあえず浅草駅に行けば全部押上に行けると勘違いしていて、浅草のホテルからタクシーで「浅草駅まで」って頼んだら「東武?」って確か運転手が聞いてきて何の事かわからなかったから「はい、浅草駅」って言ったのを覚えています。東武浅草に到着し自分は京成に直通していると普通に思い込んでいたのに、列車内の路線図を見たら全然そう書いてなくなぜ?と焦って曳船で乗り換えて押上に向かったのを覚えています。
今思えば都営浅草線〜京成の浅草駅と東武浅草駅、銀座線浅草駅は全く別の駅で、東武浅草から乗った普通北千住行き(録音したカセットから判明)の車内でどうやらこの路線は間違っている事に気づき、曳船から伸びる路線(今思えば伊勢崎線の半蔵門線直通)が押上に向かっている事に気づき乗り換えたという経緯です。東京の地理に明るい人でないとこの笑い話はわかりませんね;それより東武直通しすぎです

で全てを語る最後の3枚。
東京駅で撮った209にE231の500。東京という都市から離れるとき、新幹線の待ち時間ホームで時間とってもらったそのときのもの。泣きそうな気持ちで撮ってた事を覚えてます。
写真家星野道夫が、著書の中でこう述べています。
「昔、電車から夕暮れの町をぼんやり眺めているとき、(略)ふっと家族の団欒が目に入ることがあった。そんなとき、窓の明かりが過ぎ去ってゆくまで見つめたものだった。そして、胸が締めつけられるような思いがこみ上げてくるのである。あれはいったいなんだったのだろう。見知らぬ人々が、僕の知らない人生を送っている不思議さだったのかもしれない。同じ時代を生きながら、その人と決して出会えない悲しさだったのかもしれない。」
僕がこの文章を読んだときにはっと気づきました。今までどう表現したらいいのかわからなかった、自分が都市光景を撮る理由。こういう事なのかと。
写真からだけではこのときに撮ってた僕の気持ちなんて誰にもわからないものです。けど僕ははっきりと覚えています
刻々とこの街から離れる時間が迫る中、『こんな圧倒的なものを持つ巨大な街で過ごせなかった、生活することができなかった、自分はそことは無縁であるという、悔しさ。そこで暮らしている人間がいて、穏やかな人生を送っていることに対する嫉妬、羨望。自分の子供時代は、この街と、そこで生活する人間とは決して交わることがないという悲しさ。』そんな思いがぐるぐるしていたんでしょう。そんな思いを少しでも和らげるため、東京駅に入ってくる電車・・・つまり都市光景を無心で撮ったに違いないでしょう。大阪で得て、東京で完成したこの思いは僕の人生と価値観に決定的なものをもたらしました。あの思いは僕の永遠のテーマなのです。これからもくどいほど出てくるでしょう。何回も語る事があるでしょう。それは自分の人生に深く刻み込まれてしまったからなのです。
駅看板を撮影しているのもその気持ちからで、ここから地名、看板に対する興味というのも発生していったんでしょう。

この時のカルチャーショックというのが本当にすごくて、1週間くらい呆然として何もできなかったように記憶しています。ただあまりにショックが大きすぎて、何がすごかったかというのをまったく覚えてないんです。とにかくすごかった。じゃあどこが?と自問すると、新宿・東京駅前の街の様子や新宿・浜松町・東京・品川といった駅構内の記憶が曖昧というか全く無く、それだけショックだったんだという事なのでしょう。

我が家に鉄道写真が齎されて丁度5年。僕に都会というものの存在を知らしめた大阪旅行から約2年半。人生を決めた東京旅行から約2年4ヶ月。
2009年3月22日から4日間、僕を変えたあの東京に行ってきます。
今回の旅行であの街が僕に何を齎してくれるのか、非常に楽しみです
ほとんどの鉄道を撮影します。代々木・下北沢を散策する機会も設け、あの街に少しでも浸ることができるように予定を組みました。
天気がいいことを祈るばかりです
徹底的にあの街を楽しんでやる、睨み付けてやる みたいな

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さて、僕が都市光景のひとつとしてしか捉えていなかった鉄道が鉄道写真へと発展するまでに至ったのですが、その経緯として、大阪・東京どちらとも移動手段が殆ど鉄道でした。都会の生活というのは鉄道が非常に大きな役割を果たしている。都会の人間は鉄道を使いこなすんだ!と そういう結論に至った訳です。

さらに大阪旅行と東京旅行の間、2006年9月30日に桃花台新交通ピーチライナーが運転を終了するという事で撮影しにいったんですがそのときに「鉄道を撮影する」という行為があることを知ったのです。(東京旅行が大阪旅行より圧倒的に鉄道の車両自体を撮影したものが増えたのはこれによるものがあるかもしれない)

しかしピーチライナーはよく利用した思い出が無くなる為撮影しにいったという特例であり、それはよく一般人が携帯のカメラで撮影しているような類で鉄道趣味には入らない範疇でした。
鉄道に興味を持ったのは、ピーチライナーで鉄道を撮影するという行為を知り、東京で電車を利用するという憧れを感じた・・・以上の様な経緯を経た東京旅行以降なのです。
結局は都会に対する憧れでしかないわけですよね。だから今現在でも、どこ車両区の何編成だとか、何系は台車がこうだとか、チョッパとかVVなんとかとか、そういう話はまったくわからず、どちらかといえば路線図とか発車メロとかカラーとか駅周辺環境なんかに興味がある訳ですね

2007年3月24日

よく考えたら、東京には劣るがここにも鉄道がある事に気づいて、初めて鉄道に視点を向けて撮影したのがこれ。可児川から用事があって一人で小牧に向かうとき。SR2です。
すごく恥ずかしかった事を今でも覚えています。周囲の目を気にしてましたねぼろぼろ。
この時既にデジカメは二代目です。
どちらかと言えばこの写真は反対側のホームに電車が来たのでたまたまシャッターを切ったという意味合いが強く、当時の僕は主として止まっている電車をそのホームから撮影するという方法をとっていました。↓

で、少しずつですが恥ずかしさも薄くなり、やっとの事でで電車は全体が入っていないとだめだと理解してきて、一歩ずつ後ろに下がれるようになったのです
2007年7月23日

そして全体を写す為にはホームの反対側から撮影した方がいい事に気づき・・・
2007年10月2日

さらには走行している電車を撮った方が綺麗である事を知りました
2007年11月22日

そして一眼レフを購入します。それで撮った記念すべき第一枚目がこれ
2007年12月23日

このときはオートだったんですごく鮮やかに見えますねw
でマニュアルで操作できるようになり、シャッター速度調節して人並みに撮影できるようになりました
2008年3月28日

でレンズ300mm(実質480mm)を導入し
2008年11月22日

↑使い勝手が分からず最大限までいきなりズームしている

三脚も導入し現在ここまでたどり着いた訳ですね


自分の軌跡を辿るのもたまにはいいものです。今の価値観がどのように形成されたかを知る事は今後どうしたらいいかと考える時に凄く役に立つと思います。
長々と書きましたがほぼ自己満足です。
振り返ってみるといろいろな事があったな・・・面白かったです。
これからもさらに写真技術を磨くとともに、色々な街を歩き色々な事を感じたいな。そう思いました。
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