名古屋の弁護士デンカの宝刀

弁護士・不動産鑑定士・大東流合気武道教授代理の資格三冠王(?)が吠える(愚痴る?)

中央大学 VS 東京大学(その76:ユニークな民法学者対決 その2)

2015年12月20日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その76 は、

ユニークな民法学者対決 その2

 

白羽祐三 VS 石田穣

 

白羽先生(1925年生まれ)は、中央大学法学部卒。

大学3年時に司法試験に現役合格している。

 

白羽先生は、ごく普通の民法学者としての講義案や論文も出している。

 

 

 

民法総則講義(駿河台出版社) 白羽祐三山田創一

物権法講義(駿河台出版社)白羽祐三山田創一

債権総論講義(駿河台出版社)白羽祐三山田創一

     ↑

これらは大学での講義用の講義案。

元々は白羽先生の単独著書だったが、

白羽先生の晩年に弟子の山田先生による改訂がなされた。

 

現代契約法の理論(中央大学出版部)白羽祐三

安全配慮義務法理とその背景(中央大学出版部)白羽祐三

     ↑

白羽先生の代表的論文集。白羽先生の左翼的立場も垣間見える。

 

また、白羽先生は、普通の法学者(?)である山田卓生先生との

共著もある。

 

 

民法講義ノート(3)担保物権(有斐閣新書)白羽祐三山田卓生

 

 

だが、何と言っても白羽先生の特色を示すのは、その変わった論文群だ。

何が変わっているかというと、まずもって民法学者としての研究対象が変わっている。

 

   

 

「日本法理研究会」の分析(中央大学出版部)白羽祐三

日清・日露戦争と法律学(中央大学出版部)白羽祐三

刑法学者 牧野英一の民法論(中央大学出版部)白羽祐三

 

これらの研究対象が変わっている論文群は、白羽先生の左翼的立場が

炸裂している部分もあるが、

研究対象自体はユニークで非常に面白い。

 

 

石田穣先生(1940年生まれ)は、東京大学法学部卒。

やはり司法試験に現役合格し、司法修習も経験している。

 

石田先生は、まず、民法の基礎理論において、

利益衡量論を否定し、立法者意思説を唱えた。

利益衡量論については、加藤晋介弁護士も批判しており、

実務家的観点が入るとどうしても批判したくなる考え方といえる。

ただし、損害賠償の範囲については保護範囲説を支持し、

立証責任については法律要件分類説を批判しているので、

この辺は実務ベッタリということではない。

 

 

民法学の基礎(有斐閣)石田穣

民法と民事訴訟法の交錯(東京大学出版会)石田穣

証拠法の再構成(東京大学出版会)石田穣

 

 

また、石田先生は、自らの民法理論を体系化した

膨大な体系書である民法大系シリーズを刊行中である。

 

 

民法大系(1)民法総則(信山社)石田穣

民法大系(2)物権法(信山社)石田穣

民法大系(3)担保物件法(信山社)石田穣

 

民法大系シリーズでは、

各巻の冒頭に掲げられた参考文献のうち重要なものについては、

著者名が太字になっているのだが、

中大教授の船越隆司先生も太字になっており、

さすが、「ユニークはユニークを知る」といったところか。


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中央大学 VS 東京大学(その75:昔の名前対決)

2015年12月19日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その75 は、

昔の名前対決

 

いずれの学校も、その起源が何かによって

どの学校が始まりなのか変わってくる。

 

中央大学の場合、学校の正史としては

英吉利法律学校が始まりとなっているが、

英吉利法律学校明治義塾法律学校の監事であった増島六一郎

同校の校舎を買い受けて、

雄志と共に開校した学校であるので、その流れも入れると、

 

三菱商業学校明治義塾明治義塾法律学校英吉利法律学校

 → 東京法学院東京法学院大学中央大学

 

と変遷してきたことになる。

 

東京大学の場合も正史では、

東京開成学校東京医学校が合併して東京大学となったのが始めと

いうことになるが、

その淵源を遡れば、

 

蕃書調所開成所開成学校大学南校第一大学区第一番中学校

 →  開成学校東京開成学校

 

医学所医学校大学東校東京医学校

 

そして

 

東京開成学校東京医学校が合併し東京大学 → 東京法学校や工部大学校を併合

 → 帝国大学 → 東京農林学校を併合 → 東京帝国大学東京大学 

 

となる。

 

 

  

 

英吉利法律学校覚書 明治前期のイギリス法教育(中央大学出版部) 山崎利男

                   VS

東京帝国大学の真実  日本近代大学形成の検証と洞察(東信堂) 舘昭

 

 

正史で行くと、両校は、

 

英吉利法律学校東京法学院東京法学院大学中央大学

東京大学帝国大学東京帝国大学東京大学

 

ってな感じか。

 

中央大学東京法学院時代に関する書

      ↓


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中央大学 VS 東京大学(その74の2:いぶし銀対決(東大編))

2015年12月18日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その74 は、

いぶし銀対決

 

次は、東大編。

民法の泰斗・我妻栄の弟子で今まで紹介しなかった中で

いぶし銀的活躍をした人たち。

 

松阪佐一(1898年)

年齢的に我妻栄の弟子と言うには相応しくないが、

「民法提要シリーズ」は、我妻民法講義のダイジェスト版的性格があり、

民法の全範囲に渡って出版されたことから一部の司法試験受験生には

重宝された。

学説や体系的には我妻栄の流れを汲む民法学者。

名古屋大学教授を長らく務め、名古屋大学総長にもなった。

 

有泉亨(1906年)

比較的年齢が近い我妻栄の高弟。

いわゆるダットサン民法我妻栄との共著者になっている。

また、我妻民法講義の唯一の補訂者(物權法において)。

比較的長い間、東京大学教授を務めた。

 

水本浩(1920年)

専門は借地借家法や土地法。

長らく立教大学教授を務めた。

我妻栄ダットサン民法民法案内の改訂に努力した。

 

遠藤浩(1921年)

長らく学習院大学教授を務めた。

早稲田司法試験セミナーという司法試験予備校で

講師をしていたことがある(確かゼミ形式のようなものだったか)。

我妻栄ダットサン民法民法案内の改訂に努力した。

 

加藤一郎(1922年)

著書としては、有斐閣法律学全集の「不法行為」が有名。

長らく東京大学教授を務め、東京大学総長にもなった。

ただ、東大紛争時代に東大総長代理・総長であったことから、

確かテレビ取材か何かだったと思うが、

何年も経った後に当時の回想をインタビューをされて

「今思い出せば懐かしい」とか語ったために

新聞だか雑誌だかで「なに言ってんだ」的な批判をされたことがある。

 

川井健(1927年)

長らく一橋大学教授を務め、一橋大学学長になった。

我妻栄ダットサン民法民法案内の改訂に努力した。

自分の著作としては、

「民法概論シリーズ」を民法全範囲に亘って完成させた。

 

 

他にも我妻栄の流れを汲む汲まないにかかわらず(ほとんど汲むが)、

東京大学出身の民法学者等は多数存在するが、

とりあえずこのへんで。

 


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中央大学 VS 東京大学(その74の1:いぶし銀対決(中大編))

2015年12月17日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その74 は、

いぶし銀対決

 

とりあえず中大編。

スポーツ部門から今まで紹介しなかった中で

いぶし銀的活躍をした人たち。

 

末次民夫(1942年生まれ)

読売ジャイアンツV9時代に、5番打者としてクリーンナップの一翼を担った。

あの王貞治長嶋茂雄と組んだクリーンナップで、これは相当にすごいことだ。

現役引退後もコーチや二軍監督として読売ジャイアンツの主力選手を多く育て

指導者としての評価も高い。

 

横田忠義(1947年生まれ)

ミュンヘンオリンピックの男子バレーボール金メダリスト。

日本チームの中で、大古誠司、森田淳悟と共にビッグスリーと言われた。

当時、私は小学生で特別バレーボールに興味があったわけではないが、

大古とか横田とか猫田とかの名前を知っていた。

ミュンヘンオリンピックの男子バレーボールで日本が金メダルを取ることを

前提として放映されていたアニメ「ミュンヘンへの道」の影響かもしれない。

最終回がオリンピックのバレーボール競技開始の1週間前で、

金メダルを取った後に総集編が放映されている。


ジャンボ鶴田(1951年生まれ)

プロレスラー。

全日本プロレスに入るときに「就職します」という言葉を使って

話題になった。

米国プロレス殿堂入りした日本の4人のプロレスラーのうちの一人。

あとの3人は力道山ジャイアント馬場アントニオ猪木であり、

これら3人と同等に評価されていることになる。

大きな体で運動能力が高く、あの体でコーナーポストから

ドロップキックを放つのを初めて見たときは度肝を抜かれた。

日本のプロレス史上、最も強かったと評する人もいる。

病気で引退後は、筑波大学大学院へ進学し、

慶應義塾大学などで講師もしていた。

歴史に残るプロレスラーであることは間違いない。

 

福井烈(1957年生まれ)

プロテニス選手。

高校ではインターハイ3連覇を含む169連勝を達成。

私が大学生の頃は誰でもが知ってるテニスプレーヤーだった。

全日本シングルス優勝7回史上最多記を有する。

10年間デビスカップの日本代表を務めた。

海外の大会にはほとんど参加せず

グランドスラム本戦に参加したのは全仏オープンに一度だけ。

当時の日本人プレーヤーとしては超一流だったのは間違いない。

オリンピックのコーチや代表監督も務め

現在は、日本テニス協会常務理事。

 

高木豊(1958年生まれ)

プロ野球選手として活躍。

1984年に56盗塁盗塁王獲得。

4年連続打率3割も記録。

横浜大洋ホエールズで、加藤博一、屋敷要とともに

スーパーカートリオと呼ばれた。

俊足、好打、好守備の三拍子揃った選手だった。

現在は、野球解説者。


桜庭和志(1969年生まれ)

総合格闘家。

その戦い方からIQレスラーと呼ばれたり、

グレーシー一族に何度も勝ったことから

グレーシーハンターとか呼ばれたりする。

東日本新人戦優勝、全日本学生レスリング選手権4位、

UFC-Jヘビー級トーナメント優勝、プロレス大賞最優秀選手賞

などの実績がある。

 

 

他にも中央大学出身のスポーツ選手は、

世界のトップになったり、世界のトップレベルの選手だけでも

多数いるが、とりあえずこのへんで。


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中央大学 VS 東京大学(その73:ユニークな民法学者対決)

2015年12月16日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その73 は、

ユニークな民法学者対決

 

船越隆司 VS 平井宜雄

 

 

民法総則 理論と実際の体系1(尚学社)船越隆司

物權法 理論と実際の体系2(尚学社)船越隆司

担保物件法 理論と実際の体系3(尚学社)船越隆司

債権総論 理論と実際の体系4(尚学社)船越隆司

         VS

法律学講座双書 債権総論(弘文堂)平井宜雄

法律学講座双書 債権各論Ⅰ上 契約総論(弘文堂)平井宜雄

法律学講座双書 債権各論Ⅱ 不法行為(弘文堂)平井宜雄

法政策学(有斐閣)平井宜雄

 

船越先生(1935年生まれ)は、中央大学法学部卒。

民法学者で、先に紹介した気骨の判決で有名な吉田久先生の弟子。

判例の立場を基礎づけ、理論化することに重きを置く。

したがって、その著書や論文も実務を非常に意識したものとなっている。

 

上記の理論と実際の体系シリーズは、

20世紀に初版が出されているが、なんと、その時代から既に、

要件事実抗弁という用語によって訴訟を意識した民法の解説がされている。

 

具体的な事例分析においても、たとえば、

土地に無断で車が駐めてある場合に、

妨害排除請求ではなく妨害予防請求をすべき等々、

非常に実務的な記述がされている。

 

別のユニークな法学者である東大卒の石田穣先生は、

民法体系シリーズという膨大なシリーズを手がけており、

各巻の冒頭には参考文献が記載されているのだが、

重要な参考文献については著者名が太字になっており、

船越先生は、民法体系の各巻において太字で表記されている。

ユニークはユニークを知るといったところか。

 

著書・論文は多数あるが、特に

「民事責任の構造と証明-請求権競合論の前提、義務違反・工作物瑕疵を中心として」(尚学社)

「実定法秩序と証明責任-民法と商法の訴訟的考察」(尚学社)等は圧巻。

 

平井先生(1937年生まれ)は、東京大学法学部卒。

損害賠償の範囲に関して保護範囲説を唱え、

一時は学会のみならず司法試験受験界を席巻した。

 

債権総論について平井説の論証集が出版されたり、

司法試験予備校で平井説の解説講座が開設されたり、

司法試験合格者の使用基本書で平井先生の債権総論

かなりのシェアを取ったりした。

ただ、それも、ほんの一瞬で、瞬く間に平井先生の基本書は

少なくとも司法試験受験生には、ほとんど使われなくなってしまった。

 

また、様々な民法学者と法律論争を行い、

特に内田貴先生との論争は、平井・内田論争などと呼ばれ、

「それ法律論でないじゃん」という、

ある意味、誹謗中傷レベルに至ってしまった。

そんなことも学生が平井説から離れる要因になったのかもしれない。

 

損害賠償の範囲に関する

「損害賠償法の理論」(東京大学出版会)が出世作であり

平井説を世に知らしめた学問的意義が大きい論文である。


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中央大学 VS 東京大学(その72:文系なのに数学対決)

2015年12月15日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その72 は、

文系なのに数学対決

 

田中保成 VS 栗田哲也

 

  

 

 

あなたにも解ける東大数学 発想と思考のトレ-ニング(PHP新書)田中保成

            VS

数学に感動する頭をつくる(ディスカバー携書)栗田哲也

 

 

田中保成氏(1950年生まれ)は、中央大学法学部卒。

日本数学協会理事、日本教育工学研究所主任研究員。

埼玉県の個人指導塾で30年間、小学生から高校生までを指導してきた。

現在、東京都内において全人教育「音羽塾」を主宰。

算数、数学、教育等に関する多数の著書がある。

 

栗田哲也氏(1961年生まれ)は、東京大学文学部中退。

数学教育関連を中心にした予備校、塾、出版社に在籍してきた。

現在は、数学教育、教育一般などについて執筆活動を行う。

数学、算数、一般社会等について多数の著書あり。

東京出版「目で解く幾何」など問題集の執筆も多い。


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中央大学 VS 東京大学(その71:最高裁判事になった英米法学者対決)

2015年12月14日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その71 は、

最高裁判事になった英米法学者対決

 

塚本重頼 VS 伊藤正己

 

  

 

註解アメリカ憲法(酒井書店)塚本重頼・長内了 共著

         VS

現代法学全集 英米法(筑摩書房)伊藤正己・田島裕 共著

 

 

塚本先生(1913年生まれ)は、中央大学法学部卒。

裁判官、弁護士、中央大学教授などを歴任。

専門は英米法、憲法、労働法。

1979年に最高裁判所判事となる。

2年間勤め、病気のため依願退職。

 

伊藤先生(1919年生まれ)は、東京帝国大学法学部卒。

長らく東京大学法学部教授を務めた。

専門は英米法、憲法。

1980年に最高裁判所判事となる。

1989年定年退官。


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中央大学 VS 東京大学(その70:商法の泰斗の弟子対決その2)

2015年12月13日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その70 は、

商法の泰斗の弟子対決その2

 

崎田直次(1928年生まれ) VS 竹内昭夫(1929年生まれ)

高窪利一(1930年生まれ) VS 前田庸(1931年生まれ)

 

 

  

 

商行為法(青林書院)崎田直次、保住昭一 編

       VS

株式会社法講義(有斐閣)竹内昭夫 著、弥永真生 補訂

 

 

 

 

  

 

 

現代手形・小切手法(経済法令研究会)高窪利一

手形・小切手法通論(三嶺書房)高窪利一

       VS

会社法入門(有斐閣)前田庸

手形法・小切手法入門(有斐閣)前田庸 著 

 

 

 

崎田先生は、中央大学法学部卒。

先に紹介した片山金章先生の弟子。 

私が学生時代には司法試験委員だった。

専門は会社法。著書は少ない。

中央大学多摩移転の立役者の一人であり

中大的には、こっちの方が重要かも。

 

竹内先生は、東京大学法学部卒。

先に紹介した鈴木竹雄先生の弟子。

専門は会社法。消費者法という法分野を開拓した。

 

高窪先生は、中央大学法学部卒。

先に紹介した升本喜兵衛先生の弟子だ。

先に紹介した高窪喜八郎先生の息子でもある。

専門は手形法・小切手法。

所有権説という日本で一人説を唱えていたことで有名。

一人説だが学説としてはそれなりに有力で、

手形理論の発展の過程で重要な位置づけを持つ理論ではある。

高窪先生は、手形法・小切手法について多数の著書があり、

基本書と言えるものだけで3つ以上書かれているが、

現代手形・小切手法が最も有名で、最も使用されていた。

 

前田先生は、東京大学法学部卒。

先に紹介した鈴木竹雄先生の弟子で

二段階創造説を更に発展させた。

が、しかし、弁護士の加藤晋介先生によれば、

論理的には徹底しているものの、もし鈴木先生が生きておられたら、

「こんな不肖の弟子はいない。

わが創造説有因論を決定的少数説の迷路に導いたのは、

わが弟子前田に他ならない」

と嘆くのではないかと思われるほど、困難な理論構成となっている

ところが散見されるとのこと。

鈴木先生が七転八倒しながら理論を調整した部分が、

きわめて特異な異説とでもいうべき理論構成にされているのが実情と。

前田先生の手形法・小切手法入門は一時司法試験業界を席巻したが

現在はこのような事情で試験用の基本書として使う人はまずいない状況になっている。


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中央大学 VS 東京大学(その69:売れた基本書対決)

2015年12月12日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その69 は、

売れた基本書対決

 

加美和照 VS 四宮和夫

 

 

 

会社法(勁草書房)加美和照

       VS

民法総則(弘文堂)四宮和夫

 

 

加美先生(1931年生まれ)は、中央大学法学部卒。

商法学者。専門は会社法。

 

代表的な教科書である鈴木会社法がいまいち薄いため、

加美先生の会社法が出てからは、こちらを利用する人も多かった。

制度のしくみや、ほぼ全ての論点についての理由付けなどが

きちんと書いてあるわりには分厚すぎない(薄くはないが)

ということで使いやすかった。

過去の会社法改正の経緯がうまくまとめられていたので、

この条文はいつの改正でできたのか

とかを確認するのにも便利だった。

 

全日空に勤めながら司法試験に合格し、

司法試験業界で一世を風靡した菅原貴与志氏の

「司法試験への招待」でも会社法の使用基本書としてこれを挙げている。

また、同氏の「恋生の試験飛行機」でも加美会社法を推薦している。

司法試験受験生の段階で既に大企業の法務部員だった菅原氏には、

加美会社法は非常に使いやすかったようだ。

 

 

 

また、何年版かは忘れたがエール出版社の「司法試験合格作戦」

東大法学部出身の司法試験合格者が「試験用には加美会社法がベスト」

書いていた。

 

私も司法試験受験生時代には、会社法の基本書は専ら加美会社法だった。

第10版以降の改訂はないので、現在はメインの基本書としては使えないだろう。

 

 

四宮先生(1914年生まれ)は、東京帝国大学法学部卒。

民法学者。信託法も得意とする。

 

民法総則は売れに売れた。

司法試験受験生の間では、民法について、

総則は四宮で決まりだが、物権以降はどうしよう」という感じだった。

四宮総則の小文字の註記のところが試験に出るなどと言われていた。

私は、

司法試験受験のときには内田貴先生の民法Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳを基本書にしたが、

司法試験より先に受けた不動産鑑定士2次試験の民法では、

四宮総則を基本書にした。

(物権と債権は鈴木禄彌先生の物権法講義債権法講義を使った)

 

四宮先生が亡くなってからは、能見善久先生による改訂が行われているが、

大幅改訂により、分かり易くなったのと引き換えに、

内容の高度さや理論の緻密さが失われたため

昔ほどの勢いは無くなったようだ。

 

 

 

 

加美先生も四宮先生も他分野の基本書を書いているが、

加美と言えば会社法四宮と言えば民法総則

セットで出てくる感じだ。

 

  

 

商法総則(勁草書房) 加美和照

      VS

現代法律学全集 不法行為(青林書院) 四宮和夫


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中央大学 VS 東京大学(その68:両大学クロスオーバー対決)

2015年12月11日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その68は、

両大学クロスオーバー対決

 

大森彌 VS 沼正也




分権改革と地方議会(ぎょうせい)大森彌

官のシステム(東京大学出版会)大森彌

変化に挑戦する自治体(第一法規)大森彌

政権交代と自治の潮流 続・希望の自治体行政学(第一法規)大森彌

                       VS

親族法準コンメンタール 総論・総則(信山社)沼正也

親族法準コンメンタール 婚姻Ⅰ(信山社)沼正也

エイジレスの法理(サンワコーポレーション)沼正也

民法におけるテーマとモチーブ(三和書房)沼正也



大森彌先生(1940年生まれ)は、

夜間高校から中央大学法学部卒。その後、

東大大学院法学政治学研究科博士課程満期退学。

東京大学教養学部助教授から東京大学総合文化研究科長

東京大学教養学部長を歴任。

政治学者。東京大学名誉教授。専攻は自治体行政学、地方自治論。

介護保険制度の生みの親のひとり。

内閣府独立行政法人評価委員会委員長、

厚労省社会保障審議会委員等を歴任した。


沼正也先生(1914年生まれ)は、東京帝国大学法学部卒。

恩給公庫に少し勤めた後、神奈川大学で強弁を執り、

その後、中央大学法学部教授として30数年にわたり

民法を講義してきた。

民法は単に私人間の日常生活を規律する法という底の浅いものではなく、

近代市民社会を直截的に継受する法であるとし、

通説の官僚法学とは一線を画す学説であると論じていた。

一部の熱狂的な「沼理論」愛好家がいる。

沼正也著作集という形で自説を発表されておられた。


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中央大学 VS 東京大学(その67:初学者や受験生用の商法教科書対決)

2015年12月10日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その67は、

初学者や受験生用の商法教科書対決

 

丸山秀平 VS 弥永真生

 

  

 

  

 

商法総則・商行為法(東林出版社)丸山秀平

基礎コース 商法Ⅰ 総則・商行為法/手形・小切手法(新世社)丸山秀平

やさしい会社法(法学書院)丸山秀平

       VS

リーガルマインド商法総則・商行為法(有斐閣)弥永真男

リーガルマインド会社法(有斐閣)弥永真男

リーガルマインド手形法・小切手法(有斐閣)弥永真生

 

丸山秀平先生(1950年生まれ)は、中央大学法学部卒。

崎田直次先生の弟子らしい。

上記の3冊はいずれも初学者向きとして書かれているが、

中級者や上級者も商法の肝を理解するために利用できる。

いずれもコンパクトにまとまっていて分かり易い。

 

また、商法総則・商行為法は、木内宜彦先生の企業法理論を

きちんと紹介している数少ない入門書である。

 

それぞれの本とも評判は良かったようだが

最近の改訂がされておらず、内容が古くなったかもしれない。

 

弥永真生先生(1961年生まれ)は、明治大学政治経済学部卒後、

東大法学部に編入し、東京大学法学部卒。

大学在学中に、公認会計士試験、不動産鑑定士試験、司法試験、

情報処理技術者試験など多数の資格試験に合格していることで有名。

 

弥永先生の最初の教科書はリーガルマインド会社法だが、これは、

弥永先生が司法試験予備校から出した受験本が元になっていたと思う。

なので、リーガルマインドシリーズは、

司法試験の受験生を始めとした受験用教科書として売れている。

 

ただ、辰巳法律研究所基本書解読講座で、加藤晋介弁護士が

リーガルマインド会社法の講義をしたことがあるのだが、

加藤弁護士は、明らかに嫌々やっている感じで、

リーガルマインド会社法の制度説明・制度趣旨・論点理由付けなどについて

さかんに「なるい」と言っていた。

長期に及ぶ講座の中で「なるい」という言葉を毎回毎回つぶやいていた。

 

加藤弁護士のリーガルマインド会社法解読講座は、

加藤弁護士が、その内容や言葉遣いを直し、

「これは実際にはこういうことです」などと言って、弥永先生の説明の仕方を

修正するという形で進められていった。

加藤弁護士は、基本書解読講座

リーガルマインド会社法を取り上げることに批判的で、

「いくら売れている本だからといって、基本書解読講座には適さない」と

辰巳法律研究所の事務局にかけあったのか、

次の基本書解読講座の会社法は

神田秀樹先生の教科書に変更されていた。

(元々、辰巳法律研究所の基本書解読講座会社法は、

鈴木竹雄先生の教科書で行われていたのだが、

鈴木会社法が古くなってしまったので、事務局が

リーガルマインド会社法解読講座にしてしまったという事情があった)

 

リーガルマインドシリーズは、

基本書、体系書として見た場合には「なるい」面もあるが、

受験用の参考書としてはよくまとまっていると思う。

 


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中央大学 VS 東京大学(その66の2:日本や世界に影響を与えた3人対決(東大編))

2015年12月09日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その66は、

日本や世界に影響を与えた3人対決

 

次は、66の2として東大

 

日本や世界に影響を与えた人物として

戦後日本の行く末を決めてしまった3人に御登場願おう。

 

田中耕太郎(1890年生まれ)東京帝国大学法科大学

横田喜三郎(1896年生まれ)東京帝国大学法学部

宮澤俊義(1899年生まれ)東京帝国大学法学部

 

 

田中耕太郎は、商法学者、第2代最高裁判所長官

小泉信三吉田茂らと共に皇太子明仁親王と美智子様の

テニスコートの出会いを演出したとされる。

砂川事件で自衛隊合憲、下級審差し戻しの判決をしたが、

これは田中が国際司法裁判所の判事に立候補の意思表明をしていたことから

アメリカに恩を売った論功行賞狙いであったとの説がある。

 

 

法の支配と裁判(有斐閣)田中耕太郎

 

 

横田喜三郎は、国際法学者、第3代最高裁判所長官。

日本における国際法の研究から戦時国際法を廃除し、

東京裁判を法理論的に承認してしまった。

そのため、小室直樹などから、

犯罪的と言うに相応しい学者と非難される。

確かに、

一般国民にとっては平時国際法を知っていても役に立つことはないが、

戦時国際法を知らないと命にかかわることになりかねない。

たまたま外国にいるときに、そこが戦争状態になった場合、

戦時国際法に適合した行為をしないと、民兵であるとみなされて、

その場で射殺されるおそれがあるからだ。

日本の国際法研究が、平時国際法のみ研究し、

戦時国際法は研究の対象外となってしまったのは横田の責任である。

「戦時」と名の付くものを廃除すれば受けがいいとの左派的発想かもしれないが、

学問としては、刑法で言えば、

刑罰論を刑法体系から廃除して犯罪論だけ研究対象にするようなものであり

学問体系としてあまりに歪だ(実務的には刑罰論の方が重要だったりするし)。

また、東京裁判を法理論的に肯定してしまったため、

アメリカの原爆投下などが法理論的にはやむを得ない行為さらには

善行であるということになってしまい、

(善行ということにしないと一方的に日本を裁けない)

核兵器に対して世界における日本の発言力が無くなってしまった。

さらに、横田は、積極的な天皇制否定論も主張し、著書「天皇論」

著した。

 

  

 

國際裁判の本質(岩波書店)横田喜三郎

天皇制(ミュージアム図書編集部)横田喜三郎

 

 

宮澤俊義は、憲法学者。

日本国憲法について、当初は、

「憲法の制定は日本国民が自主的・自発的に行ったものではない」と主張し、

大日本帝国憲法の部分改正でポツダム宣言に対応すべきとの考えであったが、

GHQの圧力に屈し、

八月革命説という奇妙奇天烈な説を唱えて、

日本国憲法は有効であるとの主張に転向し、

悪く言えば日和った。

結局、この転向が、

宮澤本人のみならず、以後の日本の憲法学や憲法学者や憲法研究を

拘束することとなった。

 

 

法律学全集 憲法Ⅱ-基本的人権-(有斐閣)宮澤俊義


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中央大学 VS 東京大学(その66の1:日本や世界に影響を与えた3人対決(中大編))

2015年12月08日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その66は、

日本や世界に影響を与えた3人対決

 

まず、66の1として中大

 

日本や世界に影響を与えた人物として

スポーツ界から3人御登場願おう。

 

村社講平(1905年生まれ)中央大学法学部

円谷幸吉(1940年生まれ)中央大学経済学部

渡辺長武(1940年生まれ)中央大学学部不明卒

 

 

村社講平は、陸上競技長距離走の元五輪選手。

ベルリン五輪1万メートルでフィンランド選手と互角に戦い

世界に感動を与えた。

ベルリンでの村社の力走に感動した一人に

チェコスロバキアの少年がいた。

それが後の人間機関車ことエミール・ザトペック

ザトペックは、1981年に来日したおり、

「憧れの村社講平と、どうしても一緒に走りたい」と希望したことから

当時75歳であった村社が「そこまで言うなら」と

約5㎞を2人で併走した。

ザトペックは、「人生で一番幸福な日だ」と語ったらしい。

故郷宮崎で行われる青島太平洋マラソンの優勝者に

村社講平が贈られる。

語録に「オリンピックの覇者に天才なし」がある。

 

 

長距離を走りつづけて(趣味と生活)村社講平

 

 

円谷幸吉は、東京五輪マラソンの銅メダリスト

あまりにも有名。

ゴール前のデッドヒートは今でも時折放映されたりする。

メキシコ五輪の開催年の1月9日に自ら命を絶った。

その理由など色々と憶測はあるが、

この事件は全ての国民に大きな衝撃を与えた。

遺書の文面もあまりに有名であり、

川端康成三島由紀夫などの文豪も論評している。

円谷幸吉の自殺は、日本スポーツ界最大級の痛恨事であり、

この後、アスリートに対するメンタルサポートやメンタルヘルスケアが

重要視されるようになっていった。

 

  

 

孤高のランナー 円谷幸吉物語(ベースボールマガジン社)青山一郎 著

円谷幸吉の栄光と死 もう走れません(講談社)長岡民男 著

 

 

渡辺長武は、日本のレスリング史上最強の選手と言われる。

公式戦189連勝し、そのうちの186連勝ギネス認定記録

世界選手権や東京オリンピックで金メダル取得。

東京五輪では、全試合フォール勝ちという神業を成し遂げた。

その強さを「アニマル」、技の正確さを「スイスウォッチ」と形容された。

川崎のぼるのレスリング漫画「アニマル1」(アニメ化され小学校低学年

の頃毎回見てた)の「アニマル」は、渡辺長武に由来する。

 

 

挑戦とは勝つためだ 栄光・挫折・再挑戦 アニマル渡辺 不屈のタックル人生

(池田書店)渡辺長武


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中央大学 VS 東京大学(その65:草創期の法学の泰斗対決)

2015年12月07日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その65 は、

草創期の法学の泰斗対決

 

高窪喜八郎(1873年生まれ)東京法学院

片山金章(1897年生まれ)中央大学経済学部

朝川伸夫(1901年生まれ)中央大学法学部

     VS

穂積重遠(1883年生まれ)東京帝国大学法科大学

鳩山秀夫(1884年生まれ)東京帝国大学法科大学

末弘厳太郎(1888年生まれ)東京帝国大学法科大学

 

高窪喜八郎は、

法律学説判例総覧32巻をまとめあげたことで高名。

法律評論社を設立して月刊「法律評論」を刊行した。



片山金章は、商法・民法・英米法学者。

中央大学における私法部門の枠組みを作り上げ

多くの弟子を育てた。

「物權法」「担保物件法講義」などの著作がある。

 

朝川伸夫は、保険法の大家。

「保険法における危険団体の理論」「保険法研究」

「法の視点」「損害・生命保険の法律知識 : 実例本位」

などの著作がある。

 

穂積重遠は、民法特に家族法の大家。

日本家族法の父と言われる。

家族法の分野を初めとして多数の著作がある。

 

鳩山秀夫は、我妻栄の師。

「物權法」「担保物件法」「日本債権法総論・各論」などの

著作がある。

42歳で東大を退官し、弁護士や代議士の道に入った。

 

末弘厳太郎は、民法・労働法・法社会学者。

法社会学的観点を法解釈学に取り入れようとした嚆矢。

「法学入門」「物權法」「債権総論」「債権各論」などの著作がある。


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中央大学 VS 東京大学(その64:黎明期の法学の泰斗対決)

2015年12月06日 | 中 央 大 学

中央大学 VS 東京大学 その64 は、

黎明期の法学の泰斗対決

 

稲田周之助 VS 石坂音四郎

 

稲田周之助(1867年生まれ)は、中央大学の前身である

東京法学院卒。

憲法・国際法・政治学・人口問題・外交論・軍政・軍備・革命など

幅広い学問領域に亘った業績を残した。

「日本憲法論」「政治学原理」「日本憲政提要」「外交政策」

「支那及露西亜」「殖民政策」「日本政体史」「政治心理学」

「支那経済事情」「人種問題」「国際法論」「軍政及軍備」

その他の多数の著作や論文がある。

各学問分野の嚆矢となった。

多分野を浅くさらった単なるマルチ学者ではなく、

一つ一つの学問業績が大きく深い。

明治初期だからこそ出現できた学者かもしれない。

 

石坂音四郎(1877年生まれ)は、東大法学部の前身である

東京帝国大学法科大学卒。

ドイツ民法学説の影響を受けた民法学の枠組みを完成させた

学説継受時の代表的民法学者。

その考え方の基本は概念法学と自由法学とのバランスを取る

ものだったらしい。

「日本民法」「民法研究」「債権法大綱」「民法物権」

「民法債権総論」などの著作がある。

我妻栄の師である鳩山秀夫が42歳で学者を引退して

弁護士や代議士になったのは、

弟子の我妻に座を譲るためだった等色々と取りざたされているが、

その理由の一つに、

先輩である石坂の民法理論を乗り越えることができた

と自覚したからではないかと言われることもある。


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