平成29年 出初式行脚(大府、知多→東海→名古屋、丹羽広域)その1

少し間が空いてしまいました。
家族の退院、そして業務始りが重なり、ウェブログの更新ができませんでした。
さて、昨年の出初式エントリーでもお伝えしましたが、平成29年の出初式は大府市(5日)、知多市→東海市→名古屋市(8日)、丹羽広域消防(10日)と出初式行脚を実施しました。


1月5日(木)大府市消防出初式
本来は勤務日であるが、会社都合で休日となった。
朝から風が強く、寒い一日でした。大府市消防出初式といえば上空機体からのメッセージ投下が毎年の恒例行事でしたが、今年は実施されませんでした。強風で中止になったのか…理由は定かではありませんが、整備士さん力作の投下用筒、そして狙いを定める航空隊員さんを撮影することができず、少々残念な気がしました。また消防車両も撮影するつもりでしたが別件処理のため、愛知県防災航空隊の撮影後に引き上げました。

機体更新となった2017年。あと何回撮影できるのであろう。

H副隊長とミキティ隊員。H副隊長も本年度で任期を終える。

当日の操縦はO機長。EPIになってもよろしくお願いします。


1月8日(日)知多市消防出初式
午後から雨の予報。朝は曇り空で降雨は認められない。予定通り、知多市へ向けて出発する。知多市では出初式に集結する化学系の消防車両、特に粉末消火剤容器(釜)を搭載した屈折放水塔車を撮影するのが目的である。8時ごろには出初式会場を見渡せる駐車場で待機。 しばらくすると知多消防署職員が「式典のみ」であるという通知を掲げて帰ってしまった。仕方ないので東海市の出初式会場へと転戦する。

雨天を想定したのか、出初式は実施するが分列行進や一斉放水はしないとのお知らせ。

東海市消防出初式
東海市の出初式会場の把握していなかったが、過去の経験から大池公園であると確信しており、案の定図書館近くの駐車場に消防車が集結していた。しかし、東海市も「式典のみ」である通知が掲げられており、待機・撤収作業をしている車両を撮影することにした。東海市には10年程居住していたが、出初式に出向いたことはなく、消防車両の撮影も学生以来ぶりとなった。こちらも撮影後は名古屋市の出初式会場へと転戦した。日曜日でバクダン(船見~竜宮)が空いててよかったわ。

所謂、平和型と呼ばれる救助工作車。フロントバンパーの形状からか、ワイドキャブにありがちな薄っぺらい印象はない。ちなみに走行音を聞く限りAT車のようである。

平和機械というより、架装会社である吉谷機械製作所の特徴がよく出ている。吉谷機械製作所のフェンダーアーチがすごく好きだ。

つい勢いでバンパー裏を拝見させてもらった。前照灯等の延長の仕方、シャックルの取り付け場所、ウインチドラムの取り付け方、見ていると面白い。可能であればゴザでも敷いてじっくり眺めたいものである。

北出張所のタンク車。ルーフ上に設置された縞板の構造物が素敵だ。でも用途はなんだろう。

名古屋市編は別エントリーにて掲載する。


1月9日(月)丹羽広域消防出初式
勤務終了後、名古屋高速で小牧まで向かう。国道41号線から目的地までは運転手時代に各務原へ抜けるルートとして幾度も通った道なので迷いはない。
丹羽消防署横を通過すると指揮車と特殊車系が出払っているのを確認。会場に集結しているのは間違いないようだ。しかし、出初式会場付近の扶桑町役場西交差点付近で前方から指揮車とはしご車、救助車が消防署の方向へと戻っていくではないか。10時の出初式開始から時間にして約5分後の出来事である。事前に衛星写真で会場の様子を確認していたが、出初式終了後まで待機できるような場所はなく、大型車両等の分列行進が実施可能なのかも怪しい条件であった。とりあえず現場へ向かうも、目的だった消防車両がおらず、駐車場も満車だったので帰宅とした。開始前に到着していれば目的の救助車が撮影できたと思うが、またの機会を狙いたい。

丹羽広域消防に関する余談をひとつ。
個人的な思い出として丹羽消防署といえば平成11年(1999年)の秋頃に消防車の見学で出向いたことがある。目的は愛知県消防年報に計上されていた“粉末化学車”だった。

当時は学生という身分であったため、いまのように乗用車での移動ではなく、日も暮れようとしている時間に名鉄犬山線の最寄駅から歩いて庁舎に向かった記憶が残っている。そんな時間帯ではあったが消防署見学をさせてもらい、目的であった“粉末化学車”は既に現在の日野ライジングレンジャーの化学車(1999年モリタ製)に更新されており、少し残念な気持ちだった。

しかし、思いがけない車両も存在しており、それは日野KBをベースとした小型動力ポンプ付水槽車(以下、水そう車)である。しかも車両登録番号の地域名が尾張小牧ではなく、名古屋というのが時代を感じさせた。この水そう車も翌年の2001年3月には日野スペースレンジャーの車両に更新されており、現在でも運用されているようだ。

平成10年愛知県消防年報より

インターネットが普及し始めてはいたが、興味のある情報をピンポイントで収集できる時代ではなかった。当時の消防車情報は図書館で得ることが多く、そしてこの一覧表から始まる。

丹羽広域消防事務組合の年報によれば昭和52年11月に化学消防ポンプ自動車II型を購入していることが記されている。愛知県消防年報の集計上では化学車“粉末型”として区分されてはいるが、ここでいう“粉末型”とは粉末消火剤容器(釜)を架装した専用の「粉末化学車」という意味ではないことに名古屋市消防局の化学車集計を見て気付く。名古屋市消防局では化学車8台中3台(豊が丘・楠・東)が粉末型として分類されており、このことから愛知県消防年報では化学車に車載用(薬剤量200kg程度)の大型粉末消火器が搭載されていれば「粉末型」として計上されていた可能性が高い。

後に気付くのだが、丹羽消防署に“粉末化学車”の配置はなく、大型車載粉末消火器を搭載した化学消防ポンプ自動車II型が配置されていたのかもしれないということだ。ただし消防署訪問時には化学車が更新されていたので事実確認はできていない。また当時はそんなことを知る由もなく、年報に記載されていた化学車“粉末型”を幼い頃に児童書で知った「粉末化学車」だと思い込んでしまい、そんな勘違いに期待を抱きつつ夕暮れ時の街を歩いていたのかもしれない。

当時の記録メモには車両の型式や製造年といった情報が記されているが、写真が一枚も残っていないことが残念である。せっかくなので当時の配置車両(一部)を掲載しておく。なお車両名称は消防本部正式なものではない。

タンク車(にわ1)
 三菱ふそうP-FK417F 6D16-1AF 森田’91年 尾張小牧88さ42-80 水2000L
ポンプ車(にわ11)
 三菱ふそうKC-FE568B 4D35 森田’99年 尾張小牧830つ・119
化学車(にわ21)
 日野KC-GD1JGB J08C モリタ’99年 尾張小牧830と・119 水1300L・薬(界面)500L

はしご車(にわ31)
 日産ディーゼルAZ30D PE6 森田’87年 尾張小牧88む・689 MLEX4-30(904)・31.0m

救助車(にわ41)
 三菱ふそうP-FK417FZW 森田S63年 尾張小牧88む・774 古河ユニックUF67A4

水そう車(にわ71)
 日野KB314 森田S53年 名古屋88や32-20 昭和飛行機

救急車(きゅうきゅうにわ1)
 日産KC-APR71LV 尾張小牧88す54-78 

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コメント
 
 
 
たまにはこちらにも足跡を。 (kaki)
2017-02-02 12:47:51
前ウインチ、冬季にあまり塩を撒かない地域ではこれでいいのかもしれませんね。
前出しバンパーに艤装のほうが個人的には好きですが。。。
こうなると前後引きウインチも見てみたい!
 
 
 
 (kaki)
2017-02-02 12:55:55
あ、前出バンパーの下の写真でしたか(^^;
最近は前後引きや電動ウインチも多いのでいろいろ見比べてみると面白いかも?

ワタクシはJAFのレッカーの一部車両のフロントバンパー架装についてるウインチが気になっております。
 
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