地道に養生。

養生とは、技術ではない。何の変哲もなく、ただ生きていく。そんな生き方そのものだと思う。

猛禽類のキレをイメージ。

2017-06-19 12:23:49 | 養生
 私は80年代のカンフー映画ブームに影響を受けたクチなので、蛇拳や酔拳といった象形拳のノリが大好きだ。

 だが表演用の套路ならともかく、所謂伝統的な武術であればあるほど、象形拳といっても見た目は地味だ。
 蟷螂拳だって思ったほど蟷螂っぽくはない。

 考えてみれば、敵を制圧する技術などは可能な限りシンプルで合理的な方が良いのだから、奇抜な見た目や無駄な動きが入る余地など無かろう。
 ならば象形拳とは、動物や昆虫の持つ勢いや動きの質をイメージすることが重要なのであって、動きを真似るのはあくまでも手掛かりに過ぎないということか。

 形意拳の技のひとつである、鷹捉というのもそんな動きのひとつだと思う。
 何しろ鷹捉である。
 鷹が天空から舞い降り、その鋭い爪で獲物を捉えるのである。
 字面から想像するとドキドキワクワクしてくるのだが、実際の動きはというと、掌を上から叩きつけるだけだ。

 形意拳の親戚という説がある心意六合拳にも鷹捉があって、こちらはもう少し全身を躍動させてパワフルに打ち込むのだが、形意拳の方は本当に地味だ。
 大体形意拳の動きは全般的に地味で、十二形拳という、十二種類の動物の特徴を取り入れた技などは、見た目は全然動物らしくない。

 ところでこのブログでもよく書いていることだが、私は人間という動物に特有の動きとは、走る事と投げる事だと考えている。
 そして投擲は打撃から派生したものだ。

 そこで私は、鷹捉を大きく、シャドウピッチングの動きでやっている。
 いや、シャドウピッチングを鷹捉のイメージでやっているという方が近いか。
 この動きが結構気持ち良いのだ。

 この発想は手塚一志氏のクオ・メソッドがベースになっているが、なんといってもアレックス・K・スチュワート氏が大きなヒントになった。
 もっともアレックス氏は鷹じゃなくてオウギワシだが。
 まあ伝統の継承などとは程遠い所にいる者ならではの、ちょっと歪なアレンジではある。

 この、示指と中指で引っ掛けるというか、引っ掻くというか、いっそ斬り裂くように力を伝えてボールを飛ばすイメージと、猛禽類が天空から舞い降り、鋭い爪で獲物を引っ掻くとか、掴むとか、それこそ斬り裂くようなイメージは、とても相性が良い。

 そしてこの動きは、拳打と掌打を結ぶイメージを内包している。
 つまりこの動きで、拳頭を当てれば拳打、掌を当てれば掌打だ。
 身体操作の根本が同じであれば、状況に応じた使い分けがしやすく、非常に合理的だ。

 だから先人は鷹捉という名称を(恐らくは直感的に)使ったのではなかろうか。
 まさか、貴家悠氏も?
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