アジア投げ売り 改め 奄美ヨメ入り

旅行業を卒業し、南の島に生息中。

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台風とかスーパー空っぽとか育児とか。

2012年09月18日 | Weblog

「観測史上最大級」と言われた台風16号もなんとか過ぎ、爽やかな秋空が広がる沖永良部島からコンニチワ。


昼間は抱っこでしか寝ないスーパー甘えんぼ仕様に育ってしまった息子を抱っこ紐で括りつけ、立ってユラユラしながらパソコンに向かう昼下がりです。

これ書き終わったら、おそらく立ったまま昼ごはん。
夜はともかく昼のあいだは、見かけがどんなに爆睡してそうでも布団におろしたとたんに「ふぎゃー」と目を覚まして泣き出すので、もう立ったまま食事したほうが早いってわけです。

こんなんじゃダメなのかもしれないんですけどね。
何度泣かれても、不屈の闘志で布団に寝かす努力をしないと、いつまでたっても抱っこでしか昼寝しないままなんでしょうけど、
降ろす⇒ふぎゃー⇒また抱っこ⇒降ろす⇒ふぎゃー・・・と繰り返してるうちに、心がボッキリ折れちゃうんで。
弱い母ちゃんでかたじけない。


いやはや、それにしても今年は台風の当たり年で。
そんなもんに当たってもちっとも嬉しくないけど、まあ南国に暮らすものの宿命でしょうか。

前回15号の際は丸3日間停電し、乳児抱えてなかなかハードな経験をしました。

ガスはプロパンでまず止まることはないので煮炊きは困りませんでしたけど、これがオール電化だったらと思うとゾっとする。
やっぱリスクは分散したほうがいいですよ。
ガス万歳。ラブ・プロパン。


台風そのものも怖いしイヤですけど、前後何日も船が入ってこないのも困り者です、離島の場合。

もう暴風域に入る3日前くらいから入港がなくなるし、台風が去ったあとも、その台風が今度は船が退避してる鹿児島を襲ってるんで、それが過ぎないと船は出港すらしないわけで。
一週間とか余裕で船こないですよ。
スーパー笑うくらい空っぽ。

もう慣れましたけどねー。
乾物と庭のパパイヤと缶詰で凌ぐことを覚えました。

ああ、でも今はパパイヤあんまり食べたくないなー。

パパイヤ食べるとねえ、母乳がよく出るんですよ。

私はありがたいことに母乳が分泌過剰なんで、これ以上出るとなると、息子がマジでむせるというか飲みながら溺れるんで・・・とほほ。



生後6ヶ月たったので、保健センターではぼちぼち離乳食を始めるよう指導されていますが、まだもうしばらくは始めないつもりです。

免疫学の西原氏によると、5ヶ月や6ヶ月での離乳食開始は腸内環境の悪化を招き、万病の元となる・・・らしいので、いちおうその考え方に従って。
まぁこればっかりは何が正解かわかんないですけど、アメリカでは1歳未満では離乳食を始めないように指導しているそうだし、あながち大間違いってわけではないなーと思っています。

7ヶ月か8ヶ月くらいで始めようかなと。
ただ日本では5ヶ月開始が主流なんで、面倒くさいので周囲にはあまり公言してませんけどねー。

こないだなんか、近所の世話焼きお姉さんに「母乳は3ヶ月たったら栄養がなくなるから、粉ミルク飲ませて、離乳食も早く始めないと」とか言われてビックリしました。
じゃあ粉ミルクのない時代の赤ちゃんはどうなってたんだ?と思ったけど、育児に関する各々の考え方ってほんとバランバランだし、相容れないことが多いから、スルーするしかない。


なーんかもうねー。

当たり前だけど奥が深いですねー。育児。
夜泣きや寝ぐずりで眠れない日々が続くと、仕事してるほうが楽だと感じる瞬間もあるけど、
まあどっちも、努力して極める価値は十分あります。

とりあえず、もう育児というステージに乗っかっちゃったし、ドロップアウトっていう選択肢はないんで、仕事同様、こっそり息子の耳に入らないように毒吐きながら頑張ります。

・・・あ、なんか義務感でやってるみたいな書きかたですけど、かわいいですよ。息子。
てへぺろ♪



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生みました -1(?)

2012年04月14日 | Weblog

・・・はい。

というわけで、3月半ばに無事に男児を出産いたしました。
せっかくなので備忘録も兼ねていろいろ書き留めておきたいので、もしかしたら2回くらいに分けて書くかも(書かないかも)しれませんが、興味ない方スイマセン


私も自分が妊娠するまでは、ひと様から『○○グラムの男の子が生まれました』とか報告受けるたびに、「生まれたのはめでたいけど、グラム数とか興味ないがな」と心の中で突っ込んでいるクチでしたが、実際に妊娠・出産してみると、何グラムで生まれるかってのは結構重大問題なんだなあ、と。
もちろん、子供のいない友人にはグラム数なんか報告しませんでしたけども。

妊娠8ヶ月に入るまでは、つわりもなく体重増加も模範的、血圧も安定した超優良妊婦でしたが、9ヶ月に入り里帰り出産先の産院で検査してもらったところ、GBSという感染症を持っていることが判明。
妊婦の1割程度は感染しているものらしいですが、赤ちゃんに感染すると命に関わるらしく、ペコっと凹みました。
まあこれは分娩時に抗生剤を点滴すれば赤ちゃんへの感染は防げるとのことで、実際に点滴してもらって事なきを得ましたが、何事もなく無事に生まれてくるってことは、当たり前ではなくよほどありがたいことなのだなあと、改めて思った次第。



それにしても、畳の上で自然分娩したいという岩のような信念をもとに、実家に車もないくせに家から高速使って1時間以上かかる産院を予約するという超チャレンジャーなお産に挑みましたが、ありがたいことにすべてがスムーズに運び、夫も島から駆けつけて出産に間に合うという幸運に恵まれました。
神様ありがとう


はじまりは、3月10日。
夜になってじわじわと痛みが始まり、「いや、でもこれは陣痛じゃない。ただの前駆陣痛」と言い聞かせているうちに、日付変わって11日の零時ころには10分おきの痛み、いわゆる『本格的な陣痛』というものに。
初産婦なら、もう入院してもいいタイミングです。

しかし、車ナシ

こんな時間にタクシー呼んで高速飛ばして北九州まで、絶対3万円以上かかるはず。
よし、これは陣痛じゃない。気のせい気のせい・・・と唱えながら一睡もできずに朝を迎えたころには5分おきの痛みになっていました。

・・・5分って。
もう入院だろう。

観念して母に告げると、日曜日で仕事が休みの叔母に電話してくれ、叔母の車で昼前に産院へ向かうことになりました。

しかし、着いた産院で診てもらったところ、子宮口はまだ1センチちょっとしか開いておらず、人によってはこの先数日かかる場合もあるとかいう状態。
とりあえず様子見ましょうかということになり、叔母たちと近くのショッピングセンターで昼食をとることになりました。

陣痛5分おきなのに、ブッフェレストランで昼食とる妊婦

もちろん、5分おきに「うっ」とかなってるわけで、ブッフェラインの前で急にお腹を押さえて立ちすくんでしまう妊婦って、傍からみて一体どんな状態だったんでしょうか。
まあ産院が目の前なので、そういう妊婦よくいたかもな。どうだろ。

で、陣痛に耐えながら昼食終わって産院に戻ると、そこそこ子宮口も開いてきてたので、じゃあ入院しましょうという運びになりました。
ダンナに電話し、その日の最終便で鹿児島に飛んで、鹿児島から新幹線で来てもらうことにしたものの、産院に着くのは夜の11時か12時の予定。

気分的には、「苦しいから、もうダンナ待たずに出てきちゃって!!」という感じなんですが、ここからが長かった。

陣痛を促進しなきゃいけないので、畳敷きの分娩室の中をゼイゼイ言いながら歩き回ったり、産院内の階段を昇り降りしたり。
それでも子宮口が全開になり、もうあとは生み出すだけ、という状態になるまで6時間くらいかかりました。


よく、出産を例えて『鼻からスイカを出す感じ』っていうでしょ?
あれ、わかりにくい表現ですよね。

私にいわせれば、『すごい痛みを伴って、赤ちゃん大のウンコを出す感じ』ってところでしょうか。
 
子宮口が全開になってからの陣痛というのは、まさに溜まりに溜まって巨大化したウンチが出てくるような、『催す波』。
私が出産した産院は、胎児が自ら生まれてくる力を尊重するために「いきまない出産」を推奨しているので、とにかくいきまず、定期的にやってくる強い痛みを伴った催すような感覚にただ身を委ねているだけなのですが、これが・・・

うぉーと催してくるので痛みに耐えて、「もうこんだけ痛いし出た感覚もあるし、もう赤ちゃんの腰あたりまで出てきたんちゃうか」と思ってると、助産師さんの声が

「あ、ちょっと頭の先が出てきたよ!」って・・・。


もう、「うそーん」って感じですよ・・・。
あとはもう、数時間それの繰り返し。

家からついてきたまま帰りそびれて出産に立ち会うことになった母が、助産師さんに「こんなに時間かかるものなんですか」と聞いて、助産師さんが「それが自然な分娩ってものです。時間はかかりますよ」と答えるのを、「・・・だよねー・・・・」と思いながら力なく聞いていました。

最後、ほんとに赤ちゃんの体が出掛かって、あとはズルっと取り出すだけになっても、ここでいきむと無理な力がかかって赤ちゃんも苦しいし会陰も裂けちゃうというので、ひたすら力を抜いていきみを逃すのに必死。
・・・想像してください。
巨大なウンコが今にも出そうで息も絶え絶えになるほど苦しいのに、踏ん張るなといわれるさまを・・・。

日付が変わる直前に産院にたどり着いたダンナの腕に痣ができるくらい力いっぱいしがみつきながら、いきみ逃しをすること数分だか数時間だか、
ズルっと出てきて「ほんぎゃー」と泣き出したときには、喜びとか感動とかいうよりも、ひたすら「はー出た・・・」という感覚でした。
ダンナは、感動して泣いてましたけれども。


というわけで、3月12日の未明に息子は生まれました。

普通の病院なら、すぐ赤ちゃんの体を洗って体重量って・・・とするところなのでしょうが、とにかくここは自然分娩の産院。
生まれてへその緒がついたまま、母親の胸に乗っけて初乳を吸わせ、2時間ほどそのままにしておきます。

話には聞いていたけれど、生まれてすぐの赤ちゃんというのは、ほんとにお目めパッチリ目覚めていて、じーっと母親の顔を眺めているものなんですね。
会陰切開もせず、裂けもしなかったので血もついてないキレイな状態で生まれてきて、母親の胸の上でじーっとこちらを見つめている赤ちゃんの姿というのは、本当になにか神々しいような厳かな感じを受けました。

もっとも、コンタクトを入れてなかったのでボンヤリとしか見えてませんでしたが
助産師さんが出産直後に写真を撮ってくれたのですが、私のほうはもうヨロヨロのヘロヘロ顔で、人様には決して見せられない仕上がりとなって手元にあります。



そんなこんなで、無事に終えたお産。
すごい感動と幸福感に包まれるのを想像していましたが、いや、感動や喜びはもちろんありましたが、とにかくお腹が減って減って・・・。

朝食が運ばれてくる8時半までの4時間、死ぬかと思いました


・・・さて、続きを書いたとしたら、次回に続きます。メイビー。






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大寒波 in 内地。

2012年02月02日 | Weblog

・・・寒い。



現在、外気温は1℃あるかないか、雪も7センチくらい積もっています。

・・・山口なう。
10日ほど前に本土に戻ってまいりました。

本当なら今日(2/2)那覇から福岡へ飛ぶ予定でしたが、1月中旬に軽い出血があり、念のため病院に行ってみたら、まさかの「前置胎盤の疑いあり」というご宣託をいただいてしまいまして。
前置胎盤っていったら、分娩時にヘタしたら出血多量で命の危険にさらされるようなシロモノです。
予定より早くに出血が始まってしまったら、それこそ自衛隊のヘリで沖縄に緊急搬送される恐れもあるため、ご宣託直後にバタバタと退職手続きをとり、本土へすっ飛んで帰ってきた・・という次第でした。


・・・で、本土。

『前置胎盤の疑いあり』と、ペロリと小さくメモ書きされた紹介状を持って、びくびくしながら出産予定の病院で診察を受けたところ、
「胎盤?全然大丈夫ですよー」と先生ニコニコ。


・・・チカラ抜けましたがな・・・


まあ、何事もなくなによりです。
恐るべし、島の病院。


それにしても、この大寒波。

南国で2年近くボヨーンと暮らしてきた身には、まさに「しんしんと」した冷えが身に沁みます。
しかも今日は雪降ってるし・・・。

大阪にいたころもそれほど雪が積もるということはなかったので、積もった雪というのは本当に久しぶりに見ました。
毎日2時間前後は散歩するよう心掛けてますが、さすがに今日は無理だなー。


実家では、久しぶりの父母との暮らしに、戸惑うことも少々。
父の生活サイクルがねー・・・。
朝3時起床、12時前に昼食、3時には入浴を済ませて5時から夕食。
今は私が夕食作りを担当しているので、父の食事時間に間に合わせるのが大変です。
夕方4時くらいから料理を始めなきゃとか思うと、すごいイヤなものよ、主婦にとっては(笑)。

あー。

木造の古い家なので、こたつに入ってるぶんには大丈夫ですが、手がかじかみます。
暇なのでペン字を練習してますが、今日は手がかじかんで無理だわー。

明後日には検診で小倉の病院まで行くので、それまでにはこの寒さも緩んでほしいものです。


では、皆様も雪と寒さには十分お気をつけてお過ごしください。

アデュー!!





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暮れの元気な御挨拶

2011年12月28日 | Weblog

さて、押し詰まって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

昨年の今頃は、本土で過ごす正月のために慌ただしく準備を、
一昨年の今頃は既にベトナムの空の下、
3年前の今頃は・・・まだ旅行業で、年末攻勢にパニくってましたねー。いまだに思い出すと背筋がゾワっとするのは、軽いトラウマってやつでしょうか。

ちなみに3年前~11年前までの9回の年の瀬に関しては、毎年同じ年末パニックを繰り広げていたので、ほとんど記憶にありません。
20代半ばから30代半ばまで、なんと恐ろしい女盛りの日々であったことよ・・・。


今年は妊腹抱えて、今日は御用納めの大掃除をしています。

家も職場も、なんか異常にホコリがたまってるんですよねー、あちこちの隙間に。
風が強い上に、気密性の低い建造物ばかりだからでしょうか。
いや、それ以上に、中国からの黄砂とか変な物質の飛来量がハンパない気もする・・・。

空気のキレイな田舎の島・・・というのは、意外と単なるイメージだけの産物かもしれません。とほ。

営業マン時代と比べて極端にストレスが少ない分、日々の考察も深まらず、加えて妊娠していつも以上に頭がボーっとしているので、もうほんとスイマセンが、書く内容がますますオブラート並みに薄くなっております。
軽さでいったら、わたあめクラス。噛み応えゼロ。

・・・あ、でも、頭ボンヤリの日々の中でも、辛うじて本だけは読んでますよー。子育て系のものばっかりですが。
いわゆる「たまひよ」系のフワフワしたのは全く手にとっておらず、シュタイナーの教育理論とか、赤ちゃんの免疫学とか、三砂ちずるさんの本とか。
やな妊婦だ(笑)。

「おむつなし育児」というものを知ってしまったので、夏場はスッポンポンで転がしとこうかな、とか、いろいろ構想を膨らましています。


・・・あー、そうそう。

話は変わりますが、
島ってねえ、伝統に則るなら、おせちもお雑煮もないんですよー。
ヒルアギという、ニンニクの芽と豚の臓物を炒めたものと、お吸い物が正月の定番料理らしいのですが、本土で生まれ育った私からすると、おせち無いってまさかそんなー、って感じで。

簡単でもいいから作ろうかなとは思ってますが、そもそも材料があんまり売ってないんだよなー。

棒ダラ食べたい。棒ダラ、プリーズ。

いつまで続くか分かりませんが、子供が小学生くらいになって、「えー、おまえんち、おせち食ってんのー?」とか言われるのが理想。
島の子として島の伝統もしっかり覚えてほしいけど、半分は本土の血をひいてるんだもの、本土の文化も体感として知っておいて欲しい。

・・・ま、大掃除の忙しさにかまけて、結局作らないかもしれませんけどね

ではでは皆様、よいお年を!




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慌ただしい妊婦。

2011年11月22日 | Weblog

さて。

早くもあと数日で7ヶ月目に突入いたしますが、今のところはいたって元気な妊娠生活です。
仕事も里帰り直前までは続ける予定。
そこそこお腹も目立ち始めているようなのですが、人に「あら、おめでた?」と言われると「え、わかります?」と本気でビックリしてしまう自覚の無さで、
ほっとくと小走りしたり重いものを持とうとしたり、その度に周囲から「あぁぁぁ~」と悲痛な声で止められている有様です。

安定期に入った10月から自動車学校に通い始め、先日なんとか仮免に合格(いちおう、一発で)。
なんとしても出産までに免許を取らなければならないので、もう必死のぱっちです。

高速教習もないし、対向車も少ないので都会に比べれば楽勝・・・と思いきや、農道から飛び出してくるトラクターや道の真ん中を歩くおじいちゃんなどに結構手を焼いていますよ・・・。


そして教習の合間を縫って、先日は沖縄にも行ってまいりました。

というのも、妊娠からこっち、アトピーが盛大に悪化しているのですが、島には皮膚科の常駐医師がおらず、たまたまアトピー治療で有名な四国のお医者様が沖縄で一日だけ診療するというので、それに合わせて渡沖した次第。

ステロイドを使わないアトピー治療で有名な先生なのですが、うん、やっぱ強い薬に頼らずに治そうと思ったら、いろいろ食事に制限は言われますね・・・。
もともとマクロビ囓ってたので、食べないほうがいいものは分かってはいるのですが、やっぱりそれらを徹底するのが肝要なようです。

カレーも食べちゃダメだってー(油の含有量が多いから)。


あ、そうそう。
白内障にもなりましたよ。アトピー性白内障。

なって初めて、そんなものあるんだと知りましたが、完治には手術しかないようで。
沖縄ついでに那覇の眼科でも診てもらいましたが、島の非常勤先生の見立てと変わらずでした。
症状の出始めはかなり動揺しましたが、慣れてしまえば生活に大きな支障はないので、なんとか手術できる数年後(子育てが落ち着く頃)までは持ちこたえられそう、かな。

まーそれにしても、今までアトピーが少々悪化しても風邪で高熱だしても、ほとんど病院にかからずやり過ごしてきましたが、妊娠してからは病院オンパレード。
高齢出産のせいかもしれないけど、こんなにも体に負担がかかるものとは、って感じです。
それだけ、出産に対する覚悟も備わってくるのでしょうけどね・・・。


メンタル面では、自覚ないけどやはり多少は情緒不安定になってるそうです(ダンナ談)。

だってさー。当たり前だけどお酒飲んでストレス解消できないし、飲み会に呼ばれることも激減したし(当たり前か)、
でもまだまだ友達の少ない島の暮らしで、人に会う機会がさらに減るって、相当ストレスたまるよ?
・・・って、お酒の介在しない人間関係を強化すればいいじゃんって話ですけどね・・・

30代での、ラッキーといえばラッキーな自然妊娠ってことで、妊娠にまつわる悩みを抱えてる同年代が、言わないだけで周囲にいるかも、とか心配になって言動には気を遣うし、それでも「うわ、やっちまった」ってひどく落ち込むこともあるし、

・・・ああそうさ、情緒不安定さ


まあ、お腹の中でモゾモゾ動いてる小さな人に思いをはせれば、とても幸せな日々ではありますが。

あと4ヶ月足らずかー。

がんばりまーす。 ではでは。


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どこまで飲むのだ君たちは。

2011年10月13日 | Weblog

妊婦生活5ヶ月目。

晩酌なしの日々にもようやく慣れて参りましたが、これに対してダンナときたら、集落の飲み会が鬼のように続いて酒浸りの日々となっております。

なんだかなあ。

特に夏~秋にかけては祭りだ運動会だと地元のイベントが多く、壮年団の男性陣は大忙しなのですが、それに伴う飲み会がハンパな回数じゃない。
祭りの準備しては毎晩その後に飲み、終わっては打ち上げだ反省会だと称して飲み、草刈りをしては慰労会をし、運動会の前には数回にわたる決起集会、終わったら当然打ち上げ・・・。

もうねえ。家で留守番してる妻としては、ひとことしか出てきませんよ。


バカか? と・・・。


コレに関しては島の奥様連中みな口を揃えて男どもの飲み会の多さに憤っていますが、ベテランによると、10年もすれば気にならなくなるそうです。
亭主元気で留守がいいってやつでしょうか。
田舎だもんで、やっぱ夜は男は集って飲んで、女は家を守って・・・みたいな気分が根強いようです。

都会で長いこと男性と全く同じように働いて同じように飲んできた身としてはちょっとストレスもたまりますが、まあどっちみち今は飲めないしねー。

出産&授乳が終わったら浴びるように酒のんでやるッ!と、今から爪を矯めている今日この頃です


・・・ところで、横浜でストロンチウムが検出されたそうですねー。

ニュースで地元の方のインタビュー見てたら、
「まさかこんなとこまで飛んできてたとは」とか
「ここは関係ないと思ってたのに」とか言う声が聞こえてきましたが、
私はそっちのほうにビックリしましたね。
たかが250キロ程度しか離れてないのに、なんであっさり大丈夫だなんて思ってたんだろうって。
チェルノブイリの時だって、何千キロも離れてる日本のお母さんの母乳から放射性物質が検出されてたのに。

政府の安全アピールも酷いけど、まんま信じちゃダメだってホントにねー。

広島のお母さんの母乳からも微量のセシウムが出たそうじゃないですか。
食べ物による内部被爆が原因と考えられてるらしいんですが、ほんと、食べ物の流通が怖い。

とりあえず野菜はありがたいことに九州産や島野菜の入手が簡単なので大きな心配はしてませんけど、全国に工場持ってる大手メーカーのチーズとか乳製品は食べないようにしてます。
魚も、回遊魚系は諦め。

なんでこんなにピリピリして食べ物を選別しなきゃいけないのかと悲しくもなるけど、
今までが便利すぎたのかなー。
便利さを追求しすぎたあげくの、このしっぺ返しなのかもしれないなーとか思わなくもありません。

とはいえ、おなかに子どもを抱えてる以上、黙って内部被爆するわけにはいきませんので、
出来る最大限の注意を払って生きていく所存です。

もーほんとに、国が国民を守ってくれないのがよりハッキリしてきちゃって、残念な限り。
放射線を含んだガレキを全国各自治体で分担処理させようとするに至っては、国民総被曝でも狙ってるとしか思えないんですけど、なんなんでしょう。


・・・って、うあー、なんかパソコンが動き鈍くなってきたので、このへんで止めます。

ではでは、また。

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妊。

2011年08月07日 | Weblog

おはようございます。

妊者ハットリくんでござる。妊妊。



・・・というわけで、妊婦、始めました。


まだようやく3ヶ月に入ったとこで、本来なら安定期に入った5ヶ月くらいから周囲に報告するのがベストらしいのですが、
懐妊のヨロコビなら胸にしまっておけるけど、妊娠にまつわる体調不良の不満とか不安とか、ダンナ以外のどこかにも吐き出したいわけですよ、あーもー!!みたいな・・・。


というわけで、プライベートの私をご存知の方、安定期に入るまではサラーっと流しておいてくださいませね。スイマセン。


で、妊婦生活。
まったく知りませんでしたが、初期は体温が異常に上昇します。
アツイ。
ただでさえ汗かいては汗疹とアトピーに苦しむ夏だというのに、体温上昇も加わって、ベトナム勤務時代以来のアトピー大悪化に見舞われています。
さんざん苦しんで昨日ようやく病院で薬をもらってきたのですが、うぉう!塗り薬が全然効いてないかも!!
ステロイドは胎盤を通過しないというお医者さんの言葉を信じて内服のステロイド薬も昨日から飲んでますが、こっちが効いてくれることを祈るばかり。

吐き気や食欲不振とかの、いわゆる「一般的な」ツワリの兆候が見られないのでラッキー!と思ったのもつかのま、アレルギー持ちの女性は、妊娠によって症状が悪化することがよくあるそうですよ。
やられましたわ・・・。

おなかは、当然ですがまだ全く外からはわかりません。むしろ便秘でおなかがポコっとなっているくらい。
妊婦に便秘はつきものとはよく聞きましが、毒が出て行かないのでそりゃアトピーも悪化するでしょうよ、という感じです。


あ、島に分娩施設があるかどうか?ですか?(誰も聞いてないって)

あります。
島唯一の総合病院に、77歳のおじいちゃん先生が常駐。産めるのはここだけ。
ここも、おじいちゃん先生が年も年なんでもう引退・・・みたいな話が昨年あったのですが、代わりの勤務医が見つからず産科閉鎖の危機に陥り、すったもんだのあげく、
非常勤の先生を交代で何人かつけることでおじいちゃん先生続行。とあいなったそうです。

こわいよねー。
都会でも産院不足が叫ばれてますが、離島に分娩施設がゼロなんてなったら、こんな子沢山の島なのにどうするよ、って話でしょ。
同じ奄美群島の喜界島には確か産科がなく、みなさん奄美大島で受診したり、お産は他の島や本土に行ったりしてるみたいで、ホント大変と思う。


私が前回受診したときには非常勤の先生だったんで、昨日初めておじいちゃん先生にみてもらったんですが、うん、お年のわりには矍鑠として、まだまだイケルぜ的な安心感はありました。


ただねー・・・。

分娩台が、いやなのです。どうしても。
分娩台で産む以外の選択肢を知らなければホイホイと分娩台に載ると思うのですが、
変に30代後半までひっぱちゃって色々情報を仕入れる期間が長かったぶん、もう私の中では「分娩台はありえんやろう!」という確固たる信念が根付いてしまっているのです。

もともと分娩台というのは医療者側にとって便利なように作られているだけで、産婦や赤ちゃんにとっては、上向きで産むというのはすごい負担。
産道は下向きになっているのに、わざわざ仰向けになんかなったら、赤ちゃんは産道を「上って」こなければいけなくなるのです。

しかも、直前まで暗い子宮の中にいた赤ちゃんを、煌々と照明の灯った分娩室に生み落とすのは不憫。赤ちゃんの目にもよくないそうです。

それ以外にも、会陰切開の有無だとか母子同室だとか理由はいろいろとあるのですが、とにかく、正常分娩できる体調であるなら、分娩台ではなくフリースタイル(アクティブバースというそうです)で、できれば助産院で・・・という希望があるため、生み場所の選択は私にとって大問題。

で、いちおう昨日おじいちゃん先生に、この病院では分娩台以外の選択があるかどうかを聞いてみたのですが・・・
一笑に付されましたね(泣)。

おじいちゃんとはいえ、長く産科の最先端を走ってきたという自負があるようで、助産院とか産婆さんとかの前近代的なお産は論外!的な雰囲気がありました。
病院も、西日本一の大病院グループだしねー。
ハイテク分娩台があるそうですよ。どんなんだ(笑)。


・・・さぁぁて、どうするかねー。。。

私の場合、「里帰り出産」という錦の御旗があるにはあるのですが、実家近辺で私の願いを達成できそうな産院は皆無。
海(関門海峡)を越えて、北九州市内にならそういうとこがいくつかあるようなのですが、自宅から高速乗ってタクシーで1時間20分という距離は、出産施設として適切なのかどうか、かなり悩ましいところです。

ママのみなさん、産むときどうされましたー?
家から車で1時間以上かかる産院ってどう思いますー?

ってか、実家の父がいうように「もう高齢出産なんやけ、おとなしく総合病院で産んどけ」って感じですかねー?(もっとも正しい意見かも・・・


あ、普通に分娩台でご出産なさった方へのアンチテーゼでは絶対にありませんから!
自分でもかなり異端児的な思想なのは理解していますが、せっかくこんな大変な時代に降りてこようとしてくれてる魂ちゃんを、自分が一番いいと思う方法で世に出してあげたい・・って、もうそれだけなんです。

まあ、今は理想論ばりばり展開中ですけど、もうちょっとお腹が大きくなってきたら、
「無事に生まれてさえくれればどこでもいいわー!」とか言い出すかもしれませけどね・・・はは・・・。



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地デジ難民ここにあり。

2011年07月02日 | Weblog

さて、2011年も下半期にはいりましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。
こちらは梅雨もばっちり明けまくり、毎日ギラギラのお日様の元で暮らしております。


暑い。

大阪のヒートアイランドもたいがいでしたが、こちらの慣れぬ湿度にメッタメタにやられて、昨夏に続きアトピー絶賛発症中!です。
これまではアトピーが出てもせいぜい首と腹部に症状が出る程度でしたが、昨年ベトナムで2ヶ月働いて以降、いったん発症すると全身が痒くなるようになってしまいました。
人の体質まで変えてしまうとは、ベトナムやはり恐るべし。
海外で働くという経験と、円高で目減りする一方のドル建て賃金と引き換えに、健康な肌というかけがえのないものを失ってしまったような気もしますが、まぁ過ぎたことは言っても仕方ないアルネ・・・。

さて、完全地デジ化をまもなくに控え、少し前にうちも地デジに切り替えましたが、



うん、映らない。


ファッキン地デジ。



離島の中でもとりわけ他島からの電波が届きにくいウチの集落は、以前から「もしかしたら映らないかも」と予告されてはいましたが、
日によっては8チャンネルのうち2チャンネルしか映らないこともあったりして、
先日クライマックスを迎えた「仁」を見てる最中に急に画面がブラックアウトしたときには、なんかもう『地デ鹿を血祭りにあげてくれるぅ~』みたいな一人煮えくり状態でございました

NTTの光も、先月末からようやく開通しましたが、いずれ引越しするつもりの我が家では導入せず、相変わらずb-mobileでほそぼそと電波をつなげてコレを書いています。


うん、まあもういいんだけどね。

便利さは何かと嬉しいし、離島ならではの苦労っていろいろあるけれど、全てを都会と同じ条件にしたいとは思わないし、そこそこの不便さを受け入れながら生きていくことにさほどの抵抗は感じてません。

こっちに来てから強く思うのが、都会にいたころに当たり前に享受してた諸々の、無ければ無いでなんとかなってしまうことのなんと多いことか。ということ。
もうアレね。都会の暮らしが砂上の楼閣に見えちゃったりしなくもない。ってスイマセン、何様アタシ(笑)。


福島で原発事故があって、もうあんな危ないエネルギーには頼らないほうがいいんじゃないかっていう議論が起こってるけど、
そういう話になると必ず「でも電力が足りないのは困るし」みたいな意見が出てくるじゃないですか。
だけどホント、なにもかもをこれまで通り湯水のように電気を使ってやっていくんならそりゃ足りない恐れもあるけれど、実はなくてもそれほど困らないもの、たくさんあるよね?と思うのです。

無くても困らないけどあると便利、っていうものを開発してどんどん売ることが経済の発展だというのなら、そもそも発展の意味が間違ってんじゃないのか?とか。
ま、いまさら川で洗濯とか扇風機も冷蔵庫もない暮らしっていうのは相当ハードル高いですけど、
例えば福島の方々何十万何百万人のことを思えば、ちょっとくらいライフスタイルをスモールダウンするのはアリだと思う。


そもそも、原発なくたって実は電力は賄えるっていうのは、最近たくさんの学者さんが発表しておられますしね。
大阪の橋下知事も、「電力が不足するのは真夏のピークの数日間だけで、それ以外は有り余ってる」って言ってるし、うん、あの人今まであんまり好きじゃなかったけど、原発に関する態度については高評価だ(笑)。


というわけで、ちょっとくらい不便でも、なんとかなりますよ怖がらないでいきましょうお互いに。ということを申し述べて、今日の〆とします。


・・・あ、でもこないだしみじみ離島の悲哀の感じたことがありました。

隣の徳之島、ほんとにカヌーでもあれば気合いで漕いでいけそうな距離にあるんですけど、そこへ出張にいった同僚が、台風による船の欠航で帰ってこられなくなってしまいまして。
台風の進路と船の運航しだいではそのまま3日くらい足止めになるかも・・・っていうんで、その同僚、徳之島空港に走って、徳之島→鹿児島→沖永良部というルートで飛行機で帰っていらっしゃいました。

すぐそこに見えてる島に帰るのに、わざわざいったん本土まで飛んで往復1000キロ超、費用4万円超。
これぞ現代の離島苦。って思いましたよ・・・


ああ、陸続きって素晴らしいデスよ本土の皆さん!! 笑。


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送電線は国有化したいぜベイベー。

2011年06月16日 | Weblog

毎度お暑うございます沖永良部島からコンニチハ。

梅雨明け宣言はまだ聞いていませんが、沖縄が梅雨明けしたのでたぶんこっちもひっそり梅雨明けしているのでしょう。
鹿児島県とはいえ、鹿児島本土とは全く異なる天候の下に生きておりますが、本土のほうは大雨洪水警報のようですね。大丈夫でしょうか。



さて、政府の陰謀なのかなんなのか、外国の研究機関が発表する福島第一原発の放射能拡散予測データが順次サイト接続できなくなっていっており、いま私が把握している中で閲覧可能なのはドイツstaetseiteだけになっています。

オーストリアとか台湾中央研究院のは、1時間ごとの詳細な予測データが出てて頼りになったのになー。とほほ。


そんななか、送電線国有化を求める署名活動が盛り上がりつつあるようですね。

そうよねー。
いろいろ自然エネルギーを利用する技術を持った企業や団体は多いのに、せっかく自然エネルギーで発電しても送電線が電力会社に占有されちゃってるから、自家消費するくらいしか使い道がないのですよ、今は。

その送電線を国有化する、つまり電力会社の占有でないようにすれば、電力会社以外が自然エネルギーを発電・販売することが今までよりずっと簡単になるうえ、
消費者も電力を選べるようになるわけですよ。

『電気つかうし原発やむなし』っていうスタンスにはもとより反対だけど、
送電線が国有化されれば、『電気は使うけど自然エネルギーによるものを選びますよ!』っていう選択が可能になってくるのです。

くわしくはこちら↓
ご賛同いただける方は、ぜひぜひポチっ!と電子署名をお願いします。
(リンクはこちら→)送電線国有化1000万人署名

いやもうホントにねー。

今の為政者や電力会社の首脳陣が権力の座にいるあいだは、放射能の影響なんか顕著にはまだ表れませんもんね。
5年後10年後にしか健康被害の確たる現象は現れないんだってことを思えば、もう政府がやってることに唯々諾々と従ってるほうがリスキーの極み。

せっかくこうやって署名集めたりして動いてくれてる人がいるんだから、ガンガン乗っかっていこうぜべいべー。とか思うわけです。

では、また!
今日も日差しがきつくて眼球の奥が痛いぜぃ!!!!

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台風2号。

2011年06月02日 | Weblog

こないだの台風2号、沖縄・奄美をがっつり総ナメしていったのでなかなか大変でしたが、本土のほうは大丈夫でしたでしょうか。

義父母によると、「こんなに大きいのは3年以上ぶりじゃないか」とのことで、
前日から雨戸をがっちり閉めて襲来にそなえてましたが、
いやー・・・怖かった。

雨戸を閉めてても窓ガラスが風圧で押されてミシミシいうって、本土出身のアタシからしたらあり得ない状況でした。
停電するし。

雨が止んだすきに窓をすこし開けて見たら、窓の外には太古の暗闇が広がってましたよ。
・・・ふだんから、集落の外は太古の闇に近い状態ですけど(笑)。

飛びやすいものは一通り片付けてから臨みましたけど、翌朝起きてみたら、庭のバナナの木が全滅・・・

海から巻き上げられた海水が島中にたっぷり降り注いだので、海から比較的遠い場所にある畑まで、塩害で農作物がやられてしまいました。
新緑まぶしいはずの季節なのに、塩でやられちゃって山が茶色っぽいのですよ・・・。


葉たばこが育ってる最中だったので、タバコ農家さんは今年大変なんじゃないかなーと思います。

なんだかねー。
それでもまあ、東北のほうのことを思えばこれくらいで済んでよかったって思いはしますが、
なんか日本国民全体が、いろいろ試されてるんだろうなーって思います。

あ、時間だ。
ではでは、また。







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