エッセイでも小説でもルポでも嘘でもなんでも書きます
無名藝人




 最近新聞で、女性が意味ありげな眼差しでこちらを見つめている製薬会社の広告をよく眼にする。《家内も驚く、男の活力、きた》というコピーからして、見つめている相手は夫という設定だろう。

 小学校と中学校の子供たちをいま送り出したところ。出勤前の夫も朝食をすませ、新聞を読みながら食後のコーヒーを飲んでいる。ふと視線を感じて顔を上げると、自分を見ている妻の眼があった。

 妻は、前夜のベッドでの夫の振る舞いを思い出していた。どうしちゃったんだろうこの人、急にあんなにスゴくなっちゃって、だったら今夜も、あんなとことやこんなこと……ああ夜が待ち遠しい、ぐへへへ、と、処女のような恥じらいに頬を赤く染めている。ま、そんな趣のある広告である。

 この広告をウェブサイトで見つけて、女性の画像を「イメージを新規タブで開く」で開いたら、でかい写真が現れた。う、うれしい。

 この女性にこの表情で見つめられたら、不如意をかこっている夫はみな、広告の内容もろくに読まずに、新婚時代よふたたび、と《購入はこちら 送料無料》をポチるはずだ。

 私の妻の伸枝(私は独身なので妻はいない)は、今年75になるが、それでもこんな眼で見られたら、当然私もポチって……6,000円(初回限定)か……しばらく考えてみたい。

 ところでこの女性、朝の忙しい時、ガキと亭主にエサ喰わせなきゃならんのに眉毛描いたりブラッシングしたりやってられるか、てな感じの大雑把な身仕舞が生活感を漂わせている。

 しかしこの飾らない生活感こそが、巧まざるセクシュアリティの源泉となるのである。

 アイシャドウ、アイブロウ、アイボール(※)といったツールを用いればセクシュアリティを演出できるのは、当たり前っちゃ当たり前だ。しかし、長年連れ添ってきて異性として見なくなっていた妻、すっぴんで髪を後ろで束ねているだけの妻が、ふと見せる女性性。これほど堅固なセクシュアリティはない。

※アイボール(eyeball)は目玉を意味する英語であって、化粧品ではない。たんに語呂合わせがしたかっただけだ。

 このブログを書きながら、私はいますぐにでも、長年私といっしょに暮らしてきたために、異性として見られなくなってしまっている女性を見つけ出して結婚したくなった。


 私がなぜ女性の色気について書いたのかというと、ガンは切った方がいいのか切らない方がいいのかはっきりしてほしいからだ。冗談で言っているのではない。両親ともガンだった。私も100%ガンになるのだ。

『がん放置療法のすすめ』(近藤誠著)のように、ガンは切るな、放置しろ、医者を信じるなと主張する一連の本がある。それに対して、『医療否定本の嘘』(勝俣憲之著)など、そんな話は信じるな、手術をして寿命を伸ばした人たちもたくさんいる、と警告する本もある。

 私はこれらの本を一冊どころか一行も読んだことがないが、いずれも著者はれっきとした医学者である。われわれは専門家の言うことを信じるしかない。その専門家の間で正反対のことを言われたら、素人はどうすればいいのか。

 政治も同じだな、と思う。野党の言うように、アベノミクスはすでに破綻しているのか、それとも安倍首相の言うように、まだ「道半ば」であって、長い目で見るべきなのか。政治経済の専門家たちの百家争鳴に、われわれ素人は右往左往するしかない。

 自分の生活がアベノミクスの恩恵を受けているという実感がまったくないと思う一方、すぐに結果が出ないから失敗だと決めつけていては、長期的視野に立った政策はいつまでたっても実行できない、とも思う。結局わからない。

 最終的には自分自身の判断を信じるしかない。そしてその判断の根拠は「美」であるべきだ。立候補者の公約だけでなく、その話し方、表情、趣味、年齢、学歴職歴、血圧などから得られる綜合的な美しさに基づいて、誰に清き一票を投じるかを決めるのが最も賢明な方法である。


 そんなわけで、ガンの対処の仕方として最も適切なのは、放置することだと気づいたのであった。なぜなら放置は美しいからだ。放置することから生まれる美しさ、それは「放置美」と呼ばれる。冒頭で述べた広告の女性の性的魅力も放置することで得られた放置美なのである。

 いま住んでいる堺市から、ガン検診や健康診断などの案内がときどき届く。たいして費用がかからないので受診しようかどうしようか、いつも迷っていたが、これからはゴミ箱に直行させることにした。

 ガンが見つかってもどうせ放置するのだから、受診しに行くだけ時間とお金のムダだ。それに、ガンに冒されているとわかって放置するよりも、知らないで放置している方が美しいし、放置しておけばいつの間にか治っているかもしれない。

 パソコンの不具合だって、放置していたら自然に直っていたなんてこともある。人間が治らないはずがない。


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