長唄三味線/杵屋徳桜の「お稽古のツボ」

三味線の音色にのせて、
日々感じること、
昭和から平成ひとケタ時代の街かどでの
想い出話などを紡いでいきます。

宗論

2017年07月17日 17時07分50秒 | お知らせ
 ♪一日に一字学べば 一年で三百六十字の教え…
 菅原伝授手習鑑、若君・菅秀才のセリフ。義太夫をかじったことのある方は、最初の手習いに「一字千金二千金、三千世界の宝ぞと…」から始まる寺入りの段から教わったことが多いのではないでしょうか。

 一年イコール360日なのは、旧暦の時代に誕生したお芝居だからですね。
 子どもたちが寺子屋でお習字している。読み書きソロバン、世の中の即戦力となる、実践に重きを置いた教育法です。地道な日常生活をする大人になることを旨としていた学習の様子を覗いてみるべく、そのまま浄瑠璃を聞き進めていきますと…

 年端のゆかない子は「いろはに…」、昔の五十音、あいうえお…からまず覚えます。当節、物事の基本を表す「いろはのい」という表現も聞かなくなって久しいですね。
 もちょっと歳がゆくと「このじゅうはおんひとくだされ」、口入屋さんに奉公人を世話してくださいというお願いの手紙を書くときの文例のお稽古、
 「いっぴつけいじょう、そろべく」…などなど、現代と全く同じ、商家に奉公した際のビジネスレターの書き方、というものですね。

 さて、実は私が寺子屋教育で一番カルチャーショックを受けたことは何だったかと申しますと、子供たちが最初に覚える書体は《草書体》、これでした。
 実践です。…すごいな、促成栽培教育というやつ。
 物事の基礎は基本から学ぼう、ということで、楷書体から学ぶのが昭和時代のお習字でした。教養と文化を重視した、丁寧な育て方です。
 一方、促成栽培とはいえど、彼らはキチンと、草書体の型から学んでいたのですね。

 基本を学んだことのないものが書くのは出鱈目。
 ヘタウマ、という言葉が平成になって定着し、それまでの基準からするとあり得ない看板字を目にするようになって久しいですが、見苦しいものです。あれがすべてを凌駕するようになって街はますます貧相になりました。
 型がしっかり習得できているうえでそこから新しいことをするのが《型破り》、何も下地がないところで己の感性を信じて…みたいな何の裏付けもない不思議な自信の下、出鱈目をやるのが《形無し》…歌舞伎の芸談をうかがうとよく耳にしたお言葉でした。

 今や世の中、鉄面皮な出鱈目が天下をまかり通っておりますね。

 そいえば達筆の余り判読できない場合、よくその筋に心得のある方々にお知恵を拝借しておりました。崩し字辞典のお世話にならずに、身近にそういう方々がたくさんいらしたのが豊饒な世界というものでしたでしょう。
 寅さんの妹・さくらの婿、ヒロシ氏は活版印刷の時代の印刷工です。活字をひろう文選工という熟練の職業がありました。職能のある人イコール職人がそこら辺中にゴロゴロしていたのが人的資本が豊かだった時代の日本なのでした。
 
 昭和の子供は、古典芸能、伝統芸能を草書体イコール二次創作、パロディ作品から学んで身近なものと感じていました。
 宗論は、もともと狂言ですが、大正期に誕生した落語の宗論は、狂言のパロディです。時代を反映して仏教内部抗争ではなく、仏教と外来種であるキリスト教徒との小競り合いになっています。当代・圓楽師匠が楽太郎時代、よくかけてらっしゃいました。青学出身という素地を生かした高座でした。
 さて、歌舞伎の連獅子。間狂言が宗論です。

 …そんなお話を基本に触れつつしてみようかな、と思っております。
 そして、連獅子の一節をご一緒に唄ったり弾いたり…どの部分かはご参加の皆さまの面子によって…おたのしみに。

 第2回観余会の夕べ テーマ「連獅子」7月23日日曜日 夕方4時より1時間程度 下北沢稽古場にて 
           あらかじめご連絡くださいませ。参加費は2千円です。
 三味線を弾いたことがある方もない方も、長唄を唄ったことがある方もない方も、歌舞伎を見たことがある方もない方も、能・狂言を見たことがある方もない方も、落語を聴いたことがある方もない方も…いずれもさまもご参加なされてお愉しみいただけますよう頑張ります。
 お気軽にお越しくださいませ。
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