Saoの猫日和

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三田市ミニ旅(旧九鬼家住宅・心月院)

2017年05月04日 23時00分10秒 | 紀行(建築・桜)

せっかくのゴールデンウィークなので、近場で観光をしてきました。新聞に載っていた「わが町のレトロ建築」は三田(さんだ)市の旧九鬼家住宅。三田市はうちから六甲山を越えて、午後から出ても充分に行けます。

お天気も良く青空に映える白壁に、1階は和風、2階は洋風の建物が珍しい、旧九鬼家住宅。

※ 旧九鬼家住宅は、明治9年に建てられた全国でも数少ない現存している擬洋風建築の建物です。 擬洋風建築とは、明治に入って建てられた洋風建築と和風建築の意匠が混在した建物のことで、当時の設計者や大工が何とか洋風のデザインを取り入れようと工夫して建てたものです。この住宅は、三田藩家老職を代々勤めた九鬼家の住宅として建てられました。

2階の洋風間は非公開でしたが、広々した座敷、煉瓦の釜土、日本庭園の落ち着いた佇まいに、昔懐かしい日本の住宅を見ました。昭和の40年代までは、多くの家庭はこんな家で暮らしていました。三田市は城下町で、黒い瓦屋根に白壁の日本家屋が所々で見られました。この街は、震災後あたりから急速に神戸や大阪のベッドタウン化した印象がありましたが、実は城下町の風情を残した歴史のある町なんだなと、初めて知りました。

意外にも街中で目につくのがキリスト教の教会の多さです。旧九鬼家の裏も教会で、新島襄(八重の桜・同志社)の縁の教会もありました。



旧九鬼家のお隣の観光案内で、三田市の見所を尋ねると、つつじの咲いている心月院がいいですよ。白洲次郎の縁のお寺でお墓もありますと、愛想の良い女性が教えてくれました。

心月院九鬼家の菩提寺の禅寺で(我が家も同じ曹洞宗)武家は曹洞宗が多いのです。桃山時代(天正=天正の少年遣欧使節の頃)に建てられたという古い立派な山門の、枯れたような木の柱に流れた歴史の長さを見えました。

そして今回のミニ旅のハイライトは、実はこれから

立派な山門の白壁に、春の赤い紅葉の葉が映えて綺麗

参拝の人影も少なく、ゆっくりお参りしましょうかと、一歩山門をくぐったら・・

眼の前に突然、境内を埋め尽くす鮮やかな色とりどりの つつじの幾何学模様の見事な庭園が拡がって、感嘆しました ちょうど今が一番の見ごろ! 本当にいい時に来たもんです。

白砂に櫛目の跡が、潔よいほどクッキリと美しく、見とれてしまいました。丸く刈り込まれたつつじの形も可愛らしい

本堂で仏さまに手を合わせて見学。中には、白洲次郎の写真や資料が飾られていました。元々白洲家は三田藩の儒者の家柄だったそうです。

以前、NHKのドラマで見た、白洲次郎を演じた伊勢谷友介さんのサインが飾られていました。妻の正子がデザインしたという、2人のお墓に手を合わせて帰りました。こんなに美しいお庭があるのに、人影まばらでもったいない・・ と思いますが、ここは観光寺院ではありません。 

心月院心月院の創建は寛永10(1633)、三田藩に移封された初代藩主九鬼久隆が当地にあった梅林寺を改修、旧領である鳥羽藩での菩提寺常安寺から覚雄是的和尚を招き開山したのが始まりとされます。藩主歴代の菩提寺境内には歴代藩主とその家族や白洲次郎・正子がひっそりと眠りについている墓所がある。


 

帰り道、ジュリーが秋に公演をする三田市のホールを見学。新しくて、中はとても綺麗でオシャレなホールでした。でも澤會では抽選になっちゃって、どうか当たりますように~ 

    

ホールの近くの農協の直売所で、野菜が安い~!と大喜びして、いっぱい買って帰りました。思わず笑った、売れ残りの大根120円。今にも歩き出しそうです(笑) これは売れないと思うわ~

      

遠方には行かなくても、近場でも充分に楽しめて、歴史の勉強にもなった三田市への旅でした。

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