もう1つ惨劇 “大峠の三斗温泉小屋付近の悲劇”戊辰戦争
この日、8月23日は白虎隊士が飯森山で自刃した。
慶応4年(1868)
5月2日、東軍が野際口(下郷町)より大田原城(栃木県)を進撃し、白河城は5月1日
西軍のために奪われ、援軍(東軍)が大田原に来ないので、関谷村に退軍し、各隊は田島(南会津町)に転陣している。
8月22日、東軍は三斗小屋を攻略した。
この、大峠を大砲が越えたと云い。
山岳戦の激しさと、人間の極限を求める戦争の現実に慄然とする。
山岳戦の激しさと、人間の極限を求める戦争の現実に慄然とする。
東軍の関門を占領され、追撃されて大峠の要砦を失い、山伝いに会津へ敗走した。
それは、8月23日のことで、この日は白虎隊士が飯森山で自刃した。
(会津の峠 大峠より 笹川壽夫著)
田島町史
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