長崎めぐみ教会 tearoom 2

日本イエス・キリスト教団 長崎めぐみ教会から、楽しいお知らせ、牧師のつぶやき、日記、メッセージなどお楽しみください!

主を喜ぶことはあなたがたの力です。

2016-10-12 22:17:59 | 羊飼い日記2016・...



本番に強い、九州聖会パスターズバンド賛美練習の一コマ。

10月5日(水)

今日から一人の求道者の方にメールで聖書のみことばをお届けすることになった。
第一日目の今日は、イザヤ書43章から
「恐れるな、わあしはあなたを贖った。わたしはあなたの名を呼んだ。
あなたはわたしのものだ。」
その方にとって、聖書の世界は未知との遭遇に等しいので、
理解できないことばかりかもしないが、
全てをご聖霊様のお導きにお委ねさせていただくこととする。



10月6日(木)

今日の奉仕は、福音版配布。
(月に一度車で配送して回っている)
一人の方にお会いすることができた。
後は、ポスティング。
神様、この伝道パンフレットが、用いられますように。
と、祈りつつメッセージを添えてポストにお届けさせて頂いた。



10月7日(金)

九州聖会準備のため、福岡へ出張。
電車とバスを乗り継いで最短要3時間半。
浦上の駅駐車場が空きがでなくて、1時間待ち、特急かもめ3本を見送った。
車の中でメール奉仕。

いつも楽しい4名の若さに溢れた牧師仲間(内若くない1名は私)
に混ざって、疲れが飛んだ。



10月8日(土)

来週、木~金の神学校と教団のセミナー出席予定の為の帰りの飛行機チケットの
予約代金をコンビニに支払いに行こうとしていた矢先、
兄から電話で、「急遽手術をすることになった」という電話が入り、
木、金の予定を全てキャンセル。
あわや、チケット代14000円を支払って、無駄になるところから守られた。
本当は、
9日~11日のK聖会、水曜祈祷会、続くセミナー出席は日程的に厳しいのでは、と、
思い巡らしていたのだが、神様がお止めくださったと受け止めた。

明日の日曜日は、初めて、ブログを通して礼拝に来て下さるという方から連絡があり、
はずむ心と共に、土曜日の緊張感がピークに達してった。
気持的に、盛りだくさんの備え日となった。

いつもは刺激の少ない日常に対して、これは近年あまりないこと。
これもまた感謝のほかなし。


10月9日(日)

礼拝後、礼拝堂ではスモールグループと、
めぐみの家2Fでは学生たちのゴスペルのグループと、二つに分かれた。
めぐみの家が用いられて嬉しい。

食事ミニストリーは🍙とミソスープ。
デザートは、一人の留学生がアルバイトで初めてのお給料を頂いたというので、
オレンジののった文明堂のフルーツケーキが振る舞われて、
すでに、食前に教会のみなさんと一緒に頂いただいてしまった。

ブログを通して来てくださった初めての方も快く参加してくださって、
留学生ばかりのミニストリーだったので、
まるで、何年も前からここにいた教会のお姉さんのようだった。
そこはかとなく、台所付近が華やいだ。

食事ミニストリーは今後、裏の公園で、
子どもたちをおやつに招待できればGOOdなんだけどナ~、
神様、このミニストリーが地域の、
特に子どもたちへの宣教のために用いられますように!

私のK聖会出席のこともあり、
1時過ぎに全員がバスで帰られた。

100K/1hで長崎道を福岡に向けて走ったところ高速道路は実質2時間走ったことになる。
こんなに早く着くとは思ってもいなかった。

まるで、母教会に帰ったかのように迎えられ、
受付業務を開始。
初めてのシステムを少し導入したものの他の受付奉仕者との準備説明時間がとれないまま始まり、
相変わらず、バタバタしている内に、
最初の夜の聖会が始まった。

夜11時半、布団の上に横になるなり寝てしまった。


10月10日(月)

聖会はピークを迎え、
初めての会計担当で慣れない私は、ひたすら玄関先でポイントを数えるため、
パソコンとニラメッコをしている。
受付のみだった昨年、会計担当の方が、
なぜ、パソコンにかかりっぱなしなのか、理解できなかったが、
自分がその立場になってみれば、
その意味がよーーく理解でき、納得できた。

2016年を迎え、「神様私にめぐみ教会だけでなく、
他の人たちのために何か奉仕をさせてください」
と対外奉仕を祈っていたところ聖会委員長からお電話を頂いたのがK聖会会計奉仕だった。
二つ返事でまではできなかったものの、これが祈りの答えと受け止め、
お電話をいただいて、そのままお受けした。
ノウテンキな私は、大変なことよりも、
良いことの方を考えやすく、慎重さに欠ける面があるが、
今回の奉仕は不思議と終始一貫して、
神様がお与えくださった奉仕だから、
神様の御前に全うさせて頂きたい、
と、いう思い一途だった。

午前と午後の聖会での予約献金のアピール奉仕も無事終了。

問題は、明日の早天の奏楽だが・・・
手が震えなかったら良いのだが、


10月11日(火)

早天祈祷会では、溌剌とした青年牧師の説教者に対し、
老練な器が誠実さ溢れる司会をされた。
その謙遜なお姿に、
聖徒の模範を見させていただく思いだった。
会衆賛美は、時々付点が抜けるトチマチした伴奏にもめげす、
祈りの漂う賛美がささげられた。

聖会最終日の今日、
今年は、牧師仲間のまだ若い、女性のM先生が抜擢されて午前聖会の講師。
M先生は聖会委員長をされている老牧師に、
「本当に私でいいのですか」と何度か聞かれたそうだ。
私はその証を聞きながら、
わたしにはそのような謙遜さがないように思えた。
ノウテンキな私ならば、直ちに「はい」と答えて、
聖会前夜ごろになって、
「ハイ」と答えた自分に悔やまれるのが常なのだが・・・

聖会終了。
会場教会のメンバーの方は、
待っていたかのように、一斉に片づけに取り掛かられて、
あっと言う間にトイレもエントラスも、宿泊に使った部屋部屋も綺麗ななった。
その後も、
幾人かの残務整理者が残り、私もその中にいたのだが、
視力が弱られている上に、今回は声もかすれていた老牧師夫人が、
子どもの声を聞きとって、
笑顔で遊んでいた子どもを呼び止めて、お茶とお菓子を出しておられるお姿に驚いた。
本来ならば、疲れて一時でも早くお部屋で休まられたいと思われて普通に違いないのに。
しかも、そこで遊んでいた子どもに・・・
婦人会長さんは婦人会長さんで、
レモン水を残っている人たちに配られ、
若い牧師夫人もまた、人が見ていても見ていなくても、
隠れたところでご自分の奉仕に専念しておられ、
お花担当者はお花に、
事務の方は事務の方でさいごのさいごまで事務職に専念しておられた。


手ぶらで行ったにも関わらず、
沢山の果物を頂いて大喜びで時津に帰り着いた。
午後8時半。
今の私には、感謝と満足感しかでてこない。













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