長崎めぐみ教会 tearoom 2

日本イエス・キリスト教団 長崎めぐみ教会から、楽しいお知らせ、牧師のつぶやき、日記、メッセージなどお楽しみください!

ひとり旅

2017-03-23 15:43:57 | ひつじかい日記(2)


2017年3月20日(月)

予定通り、隣国への旅立ち。
長崎から一人、特急と地下鉄を乗り継いで、
福岡空港へ。
空路の旅の安全を祈る。




出迎えて下さるはずのEさんと連絡がとれないまま、
隣国S市着。
入国ゲートの向こうにEさんを発見!
安堵。



21日(火)

午後ご家族とお会いする予定でいたところ、
朝、突然Eさんが訪れる。
ご家族から「S市を案内するべきだ」、と言われて朝ホテルを訪ねて下さったと言うことだったが、
少し、疲れもあったので、ご厚意は感謝し、丁寧にご辞退申し上げ、
午後、予定通り、私がEさんのご家族にお会いしに行くことになった。

Eさんには、何度も何度も地下鉄で往復して頂いて、
まことに、まことに申し訳ないと思う。

🌸

午後、Eさんのお住まい近辺でお父様と待ち合わせ。
昔、ヨーロッパから来られた人たの居住区で、
Eさんのマンションは、観光地の一角にあるようだ。
神戸で見かけたような風景。

Eさんとお父様と私の三人でスタバでお茶。
Eさんがずーーと、「お父さんは、後ろが薄くて」と気にしておられたので、
私は結構ご年配の方を想像していたが、
現れたのは、
日本の商社マンの様なテキパキとした空気の
英語の胆嚢な、未だお若いお父様だった。
ご挨拶をし、和やかなひと時をもった。
娘Eさんが受洗に導かれたことを感謝してくださった。

その時、お母さまはお土産を買いに出かけたと言われた言葉が気になったのだが、・・・

🌸

エスニック料理がダメなので、
お夕食をこれまた、丁寧に固くご辞退申し上げた上、
Eさんが「ホテルまで送ります」と言われたものの、
冒険好きの私は、それもまたご辞退し、
地下鉄で2つ向こうの駅と言うことだったので、
全くその国の言葉が話せないくせに、
自分一人で帰ることにした。
ところが、
2つ向こうの地下鉄の階段を上がってみると、
全く知らない景色がそこにあった。

ホテルの住所も、電話番号もなく、
ことばも話せないで、どうして帰れば良いのだろう。

「ドウシヨウ~★」
と、思いつつ
半面、
「ここがひとり旅の面白いところ」
「神様が何とかしてくださるに違いない」
と思っている自分を感じていた。


Eさんが仰ってた言葉を一つ一つ思い起こし、
ジグゾーパズルをはめていくようにして、ヒントを得ていった。
そうして、
迷ったときの基本に返って、
2つ駅向こうのさっき乗ったEさんの家のある駅まで返ってみることにした。
出直して、
電車の7ラインの番号を一人の女学生の方に英語で尋ねたとろこ、
流暢な英語で返事が返ってきて、
結局、その方が私の降りる駅まで付き添ってくださることになった。
無事ホテルのある駅到着。
別れ際、「マタネ!」と言って手を振ってくださったのには驚いた ^0^

夕暮れの町を、
パンとジュースを片手に、
その国のその町の人の様になりきって、
鼻歌まじりでホテルに急ぐ自分がおかしかった。






what will be will be.
という英語は、
「なるようになってゆく」という風に訳すると、
手にしていた本に書いてあったが、
この世界を司っておられるお方のご意思のままに
導かれ、その方が全てのことを相働かせて、
その方がなそうと思われるようになってゆくことの
快さを、吹き抜けてゆく風と共に、感じていた。



3月22日(水)

帰国。
数日間の短い滞在だったけど、
私には、十分だった。

チェックアウトをして、地下鉄の駅へ急ごうとしていると、
駅の入り口へ待ち合わせているはずのEさんがフロントで待っていてくれた。
結局、お父様がご友人の車で空港まで送ってくださる手配をしてくだっさったので、
空港までの道のり、
市内見学をしてくださることになった。




改めて、
この国のこの町が、
世界の経済、金融の拠点になっている様を
確認すことになった。




テレビや雑誌でよく見かけるこの建物は、
全て銀行だそうだ。


以前、ヨーロッパに行ったときと
変わらない景色が、アジアのここにあることに
気が付いた。

この市の人口だけでも二千数百万の人たちがいるそうだ。
東京の約2倍である。

果てしなく、
巨大なビル連が続く。

空港に着くと、
私の荷物の倍ほどある手土産が渡された。
「ジャスミンティ」を探していたことをEさんがお母さんに伝え、
お母さまは昨日わざわざデパートまで買いに行って下さった様だ。
しかし、
中身のすごさに驚いた。

🌸

飛行機は難なく、福岡へ。
帰国するなり、
飛行機の中でずーーと、食べたいと思っていたものを、
私は、一つ一つ、食べていった。

海外に行く喜びは海外に行っただけでない、
実は、帰国後、この国で生きる喜びにこそあることを、
一筆書き添えておくことにしよう。






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ありふれた日々

2017-03-18 23:43:26 | ひつじかい日記(2)
   



2017年3月6日(月)

礼拝堂の掛け時計と玄関にかける鏡を探して、
久しぶりにリサイクルセンターを駆け巡る。
2軒目のお店で時計を、
最後のお店で鏡をゲット!
各500円なり。

7日(火)

年度末を迎え、
残務整理に追われる。

8日(水)

午前、聖書研究と祈り会
ヨハネ15章を輪読。
出席の姉妹と共に、
どちらかともなく、
「年に1回は説教になる箇所だね、
ヤッパリ、神様が捕らえて下さっているから
今日まで来れた、
感謝の他なし」
で、祈る。

夕、聖書研究祈り会

初めてお目にかかった方1名あり。
ともあれ、お客様は嬉しい。
神さまが送られたと思うと
多少緊張感が走り、
いい加減なことが言えなくなる。

1人がはじめに祈り、
3人が最後に祈る。


9日(木)

来週からの渡航準備にとりかかる。

関西方面から予期せぬ電話が入る。
不思議だったのは、
この電話の件に関して、
あらかじめ予備知識があったので、
良き対応ができたと思う。
もし、その予備知識がなければ、
先方を戸惑わせてしまったに違いない。
予備知識を得た時と、
今回の電話のあまりにタイムリーなのに驚く。
何でもないことの様だけど、
全ては神の御手の中で最善だけがなされていると思った。



10日(金)

今日は朝から余念なく日曜日の準備に明け暮れた。
礼拝堂の準備も整ったし、と。

近頃新聞も、ネットも、森友学園のニュースでヒキリナシ。
秋田県の海沿いの町では、
北から飛んできそうなミサイルの為の避難訓練が行われたそうだ。
USAの新しいプレジデントもニュースに欠けることはない。
皇室の動向も結構社会の目をひいている。
沖縄の基地問題、
原発関連、


ナニヤカニやと、新聞から目が離せない。
時間がないので、
見出しで読む記事と流す記事とを判別する。

11日(土)

と、言っても現在、24時15分
ピアニストのMさんの結婚式の様子をFCで拝見。
落ち着いた感じのカップル。
ウエディングドレス姿のMさんもステキだけど、
ピアノコンサート時のMさんもまた輝いている。
MrsになられたMさんの音色はどのような音色なのだろうか?
期待したい。


近頃、
神さまから
夜、パソコンにかじりついていることへのクレームがきている様に思えて、
昨晩は早くねたものの、いつもと違って
グッスリではなかった。
夜遅くまで起きていて
グッスリ眠るのと、
早く寝て、
モア~としているのとどっちが良いのカナ?
礼拝への備えも90パーセントほど修了。
12時25分、ソロソロ眠ろう。

礼拝が祝福されますように。






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祈りの日々

2017-03-10 23:15:38 | ひつじかい日記(2)




2017年3月6日(月)

早朝特急「かもめ」に乗車。
7時半だというのに、指定席も自由席もほぼ満席。
隣の席が空いているうちに、
大急ぎでパンとコーヒーとジュースで朝食。

福岡着9時半。
F教会に於ける会議は11時。
前回10時に🚌を乗ったが間に合わなかったので、
今日は余裕をもって、
🚌に乗ったところ、
福岡大学病院経由車庫行だったので、
これまた、下車をするなり、
大急ぎで大きな通りに出てタクシーを探して、
何とか時間に間に合った。
(30分のゆとり時間はこうして消えて行った)

会議の中で、
前の席に座っておられたお方が、
「あなたは何でもテキパキとされる様に見える」
と言われたが、実は、
「あなたはそそっかしそうに見える」
トカ、
「少し、オッチョコチョイそうに見える」
トカは、時々言われることはあっても、
このようにはなかなか言ってもらえないので、
悪い感じはしなかった。
が、しかし、
(*_*;
チョットウシロメタイ


8日(水)

午前、聖書研究祈り会
「だれでもわたしによらないでは、父のみもとに行くことはできない。」(ヨハネ14:6)
出席された姉妹と共に、14章を聖書輪読していて、
このみ言葉が心に留まった。
イエス様によって、私たちは今ここにいるのだ。


🌸



午後、
2人の姉妹たちが来訪。
病との闘いの中にある方の為に三人で心を合わせて祈りのひと時をもった。
不思議と祈られている時は状態が良い方に向くそうだ。
「私は神様が癒されるとさいごまで信じたい」と言われた一人の姉妹のことばに、
自分の不信仰に気づかされて、ハットした。



二人が去られた後には、
講壇の前に、
イエス様を誇らしく褒め称えるかのように、 
季節の花がそえられた。
チューリップが一日一日顔を天へ天へと向かって開いてゆくと言う。


その後、二人はその方の病室を訪ねられ、
イエス様をお伝えし、
お祈りをされたと言うことを聞いた。
深い感動が胸に走った。


🌸


夜、聖書研究祈り会
いつもの三人と、
東京からのゲストを交えて
「永遠」について、
永遠に話が尽きそうにないほどに、
語りあった。


「万物は神から出、神によって成り、神に帰するのである」(ローマ11:36)。

[「主のはかりごとはとこしえに立ち、
そのみこころの思いは世々に先立つ。」
詩篇33:11


やがて、わたしたちは、
私たちの出発点であり、終わり、
永遠である方のもとに帰る日が訪れるのだろう。









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Spring is coming ❗

2017-03-04 14:44:01 | ひつじかい日記(2)



2017年2月27日(月)

🌸

高校生時代の友人2名が来訪。
共に、17,18歳ではないことを、まずは確認。
けれど、徐々に中身はさほど変わっていないことにもまた、
すぐに確認できた。

夕食、
どうしても「チャンポンが食べたい」
と、言うので、
由緒ある、中華街の江山楼本店に案内する。
チャンポンと共に、皿うどんと春巻きを注文。
店員さんが、
「皿うどんの麺は細麺ですか、太麺ですか、」
と、聞かれたので、「細麺で」と注文。
待っている時間で、
長崎のすばらしさを数々紹介し、
「グラバーはフリーメーソンだったの知ってる」?
と聞くと、
「それって、何麺(メン)」?
と、言う返事が返ってきた。

haaa~ 

(';')




初めて行った、
カステラのフクサヤ本店前で、



28日(火)

友人は、ともかく「しゃべくりたい」
とのことだったので、
オーダーして食べ終わるまで、2時間ほど必要な
フランスレストランへ案内した。
晴れ渡った大村湾をみながら、
タップリと美しい景色とお料理に胆嚢しつつ
「うちの人は・・・」についても
タップリと話された友人は、
非常に満足した様子だった。

友あり、遠方より来る、また、楽しからずや


1日(水)

夜、聖書研修祈祷会
質問があった、
コリント第二の手紙12章4節から、
「パウロが第三の天にあげられたのは、いつ頃のことだったのだろうか」?
と。

知っている人がおられたら、私の方こそ、教えてほしいのですが・・・、

(*_*;


3日(金)

夕方、祈りの中にある一人の人から電話を頂いた。
知り合いの方が大変されているので祈って欲しいとの事。
トタン、
ルカ福音書11章を思い出した。

「友達が旅先からわたしのところに着いたのですが、
何も出すものがありませんから」と言った場合、
彼は内から、
「面倒をかけないでくれ。もう戸は締めてしまったし、
子どもたちもわたしと一緒に床にはいっているので、
いま起きて何もあげるわけにはいかない」と言うであろう。
しかし、よく聞きなさい、
友人だからというのでは起きて与えないが、
しきりに願うので、起き上がって必要なものをだしてくれるであろう。
(6-7)

神さまがご栄光を現してくださいますように!


4日(土)

Spring has come!
と、言いたいほどの快晴。
朝から、目をシボシボさせながら明日の準備に
ねじり鉢巻き!!

早くも新年の6分の1が過ぎている。
時の速さにチョット、不安を覚えている。











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”The 音楽”

2017-02-20 09:21:00 | 自然、芸術




昔、私が子どもだった頃、
兄がどこからか
「友人から譲り受けた」と言って、
クラリネットを貧しい我が家に持ち込んできた。

キイキイと鳴る音にヘキヘキしながら、
私は、兄はチンドン屋のアルバイトでもするのだろうか?
と思っていた。
その頃の私は、クラリネットと言えば、
商店街の広告を配りながら、
時代劇の衣装をつけて、
吹きつつ、踊りながら数名でチラシを配る人達のことしか
イメ――ジできなかった。


中学生になって友達の一人が、
お琴や、バイオリンや、ピアノを習っていて、
ピアノのレッスンに見学に行ったのがきっかけで、
少し、ピアノを習ったものの、
その先生はなぜか私をその先生の弟子の一人に回してしまった。
後になって、その先生は私の故郷においては、
その地の音楽世界をリードしている著名なお方であることを知ったが、
私のピアノのレッスンは、
次の先生もまた、
私への期待度は薄く、
もともと長続きしない性格だったので、
暫くして止めた。
正直、
ピアノは私には、
弾くことにおいても、聞くことにおいても
無縁の長物、子守歌のような存在だった。
音楽といえば、
学校の授業と、紅白歌合戦以上のものを知らない環境で私は育った。


やがて、私は、その土地の保育所の保育士になり、
8年ほど勤めて、
神戸の神学校へ。
そして、牧師になった。

50代の頃奉仕をしていた教会の先輩の牧師の娘さんが
ヨーロッパ留学を終えて、ピアニストとしてプロ入りすることになった。
はからずもその教会には小さなコンサートホールのような、
多目的ホールもあったことから、
その方のピアノコンサートが年々開かれることになり、
私はピアノの音を耳にすることが多くなった。

鍵盤をたたきつけるかのような豪快な響き、
光が零れ落ちてくるような繊細な自然の生き使いがピアノから流れた。
それが誰の曲であるか、
題さえもわからなかったが、
心が震えた。
特に、心の震源に触れていたのが、
ベートーベンの「月光」であったり、
はたまたショパンの曲であることが
最近になってわかってきたような次第。

6年前に長崎に来た。
したいことが数ある中で、
最初に試みたのが、
福岡で行われた、フジコ・ヘミングのピアノコンサートだった。


ある時カーラジオから、
超未来もののSFが朗読されていた。
その世界に於いて、
人は名前で呼ばれず、ひとりひとりにマイクロチップが埋め込まれ、
番号で呼ばれていた。
音楽など、人の心を潤す芸術的なものは厳しく禁止され、
段々と人間は一部の権力者のロボットと化されていっていた。
そうした世界の中にあっても、
マイクロチップを埋められることから逃れている人もいて、
彼らは表面では、ロボット化されたように振る舞っていたが、
内側はまだまだ人間らしい感性を失っていなかった。
その中の一人の主婦が、
ある日掃除をしながら、
「ああ、コンサートホールでブラームスが聞きたいワ!」
と、心の中で叫ぶのである。

最近の私はトミに、「ああ、美しい音楽が聞きたい!!」と、
心が叫んでいた。
そんな、時、添付させて頂いコンサートがあることを新聞で知った。
けれど、それは土曜日。
土曜日は牧師にとっては、日曜奉仕への特に大切な日。

私は神様に、
「日曜日の備えができれば、行かせください」
と、祈りつつ、一つ一つの備えの奉仕を行っていた。
幸いにも、3時頃、ほぼ日曜への備えの見通しができ、
コンサートの始まりは4時だと思い込んでいた私は、
3時過ぎに車を、会場の26聖人教会方面へ走らせた。
途中で有料駐車場に車を置き、
さらに電車。電車の中では、時間との格闘。
4時10分を超過。
途中入場はお断りだったらどうしよう。
その時には、平に頼み込むほかない、などと思いつつ、
26聖人が殉教のために歩いたはずの西坂の坂を駆け上った。
ハーハ―と息を切らせて玄関を入ると、
「4時開場、4時半開演」あった。
複雑な気持ちを抱えながら、
ともかく、間に合ったのだから良かった、と自分に言い聞かせつつ
まだまだ席があいている中、
後ろの席に腰を下ろした。

丁度、遠藤周作の「沈黙」が映画化され、
キリシタン迫害に大きな関心が高まる中、
その迫害の血の上に立てられた教会で、
「祈りの島」という創作されたばかりの新曲が
バイオリンのソロりストによって、今、まさに披露されようとしていた。
そのバイオリンの音色をあれこれ思い描きつつ、
私の期待も高まっていった。

ところが、期待が高まるのと平行して、
私の脳裏に、
1時間ほど前に家をでたときに、
ストーブの上にやかんをかけたままで、
火を消した記憶がないことが思い浮かばれてきた。
その思いは、始め小さく、漠としたものだったが、
だんだんと大きくなり、それは確かな確信のようになっていった。

演奏中に席をたつことほど失礼なことはない。
やかんの水はあと、1時間もすればなくなるだろう・・・
と、思うと、開演数分を前にして、
その席を退去せざるを得ない。

その時の胸の内を、誰かに話さないではおれない気持ち、
わかっていただけますか。
「神様にみ赦しをいただいた、」と、思ったんだけどナ・・・
と思ったり、
自分の不手際を嘆いたり・・・

今わたしはブログを通して、
世界に向かって、あの時の無念な気持ちを訴えている。
そうしつつも、
その無念さがだんだんと薄れていっていることにも気づいてきている。
それがまた、無念でならない。

・・・それで、ストーブは?って、










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