阪田マサノブ~向かってあしたの方に走れ~

だから何で「飛び蹴り」なのに「ドロップキック」って呼ぶんだって話です。

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最後の会話 ~1991 夏 ~

2005年07月01日 04時46分54秒 | 雑記?
『・・・そしてそれがあの人との最後の会話だった』

予期せぬ友人知人や愛する人との永遠の別れ。病気や突発的な事故による死別
などシチュエーションはさまざまだが、最後がドラマチックな会話でなければない程、
別れの唐突さは際立ったものとなる。
そして時間が経つほどに私たちの胸は切ない思いで締めつけられるのだ。
時にいくらかの後悔の念を伴いながら。

後悔と言えば、今畑を荒らすタコ話に夢中な私の母親は26年前、自身の父親・・・
つまりは私の祖父が老衰で最期を迎えた時、出棺に際しお棺にすがりつきながら
「もっと生前色々と、優しく親切にしてあげたらよかったぁ、自分の父親やのにぃ・・」
とやけに説明的なセリフで(しかも少し噛みながら)号泣していたのを思い出す。
私は中学三年だった。

これなどは唐突な別れではないが、祖父が自宅で寝たきりになったあと、看病疲れ
と自分の父親であるという気安さもあってついついキツイ言葉ばかりを発してしまい、
昏睡状態に陥って会話ができなくなる前に最後に親子らしい会話を交わしてなかった
ことからくる後悔である。

祖父は生前、昔一世を風靡した「スタイリー」という健康器具の上に乗って昼寝を
していた時、伸びをした瞬間にスタイリーが山型に反り返ってしまって頭の方から
スタイリーの斜面に沿って滑り落ちてしまい、悲鳴が聞こえて駆けつけたら、まる
で「スタイリー」にプロレス技のジャーマンスープレックスをかけられたように脳天を
床にしたたか打ちつけ、そのままエビ固めのようにでんぐり返しで固まっていた・・・。
そんな滑稽味のある人だった。
(「スタイリー」なんて若い人は知らないだろうな・・・)

まあ、祖父のことはいいんだが「最後の会話」といえば・・・。

二十代半ばくらいの時、私はひょんなことから映画出演のチャンスに恵まれた。
ホイチョイ・プロダクション制作の「波の数だけ抱きしめて」という青春映画。
共演は織田裕二さん、中山美穂さん、松下由樹さん、別所哲也さんといった面々で
今考えても私は冗談みたいに大きな役だった。
「もう銀幕のスターだね」などと周囲からおだてられ、のぼせ上がったのもつかの間。
そのあと波の数だけの挫折と苦労が私を待ち受け、誰にも抱きしめてもらえないまま
現在に至るのだが、まあそんなことは置いといて。。。

映画の舞台は神奈川の湘南海岸あたりという設定だったが、実際の撮影は千葉県の
千倉海岸というところで、ここを拠点に約二ヶ月に渡ってロケは行われたのだ。
時期は5月中旬くらいから7月中旬くらいにかけて。とにかく蒸し暑かったのを覚えて
いる。

なにしろ私は映画なんかに出るのは初めてだったし、クランクイン当初は撮影の初歩
的な約束事も知らなかったからスタッフの人達に散々迷惑をかけまくった。
もちろん、それは共演させてもらった役者さん達に対しても同じだった。
どれだけカメラの前に立っても自分がそこに存在している違和感が抜けず、舞い上
がって浮きまくっている私の演技(もどき)を共演者のみなさんは顔で笑いつつ、内心
苦々しい思いで見ていたことだろう。特に何かとからみが多かった織田裕二さんは。

そしてクランクアップ(=撮影終了)当日。

タキシード姿で皆で砂浜を歩くシーンで、長かった撮影がすべて終了。
終了時恒例の「お疲れ様」の花束をそれぞれ渡され、馬場監督と握手なんぞをしつつ、
メイクを落とした後、近場に停めてあったロケバスに着替えのため戻る。
バスの中では織田さんが一足先に黙々と着替えをしていた。衣装さんはおらずバスの
中は私と寡黙な織田さんの二人だけだった。

当時も今もスターのオーラ出まくりで、軽口をきけるほど撮影中親しくなったわけでも
なかったのでこっちも余計な事は話しかけずに黙って着替えていた。
が、そうは言っても長い撮影中、未熟さゆえいろいろ迷惑をかけることが多かったし、
また芝居に取り組む妥協なき姿勢に驚嘆させられる部分も多々あったので、最後に
ちゃんとケジメのお礼の挨拶はしておかねばと、思い切って話しかけた。

先方は半ば着替えが済みかけていて、タイミングを逃すと先に帰ってしまいそうだった
ので、失礼かと思いながらも私は中途半端な下着姿のまま着替えを中断し、少々改ま
った感じで感謝の気持を伝えた。

「あの、織田さん。今回は・・・」内容がとっ散らかって、ダラダラと一方的にしゃべり
続ける私の言葉をよそに、織田さんはサクサク身支度を整えながら時折チラチラこちらに
視線を向けニヒルな表情で聞いている。

三十秒・・いや一分ぐらいのスピーチに近い冗長な私の感謝の言葉を黙って聞いていた
織田さんだった。
が、「・・・そんなわけで、織田さんホントにお世話になりました」と私が締めくくりに入り
一瞬言葉が途切れたとき、私のパンツ一丁の股間に視線を落としながら彼は低く、そして
あくまでもニヒルにつぶやいた。

「キンタマ出てるぜ・・・。」

私のトランクスの脇からは、「カマキリの卵」がいい感じでハミ出していた。
「え?ん?ああ・・・。」と絶句しながら卵をしまい込む私を尻目に着替え終えた織田さんは
ロケバスから去って行った・・・。

あれ以来、今日まで十数年お会いする機会はない・・・。

「キンタマ出てるぜ」
「え?ん?ああ・・」・・・これが現時点であのお方との最後の会話である。

「裕二」「キンタマ」とくれば、お笑い好きの人は片キンを除去した某漫才師の小さい人を
連想することが多いと思うが、私には夏がくるたび、あの千倉海岸での最後の会話が
ほろ苦く思い出されるのだ・・・。

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14 コメント

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う~ん、残念 (風民)
2005-07-01 08:31:48
ちゃんと急いで着替えてから、ご挨拶すれば良かったですね。でも、インパクトは残せたかも(笑)
せつないですねえ・・。 (草波春香)
2005-07-01 22:15:59
映画、阪田さん目当てに友人誘って公開当時観に行きました。

あの映画のキャラクターの鳥の入ったトレーナー

未だに着て書道教室、ボクササイズに通っています。(墨ちょっとついてる・・)

また織田さんと共演できる日が来ますように。

覚えてくれてるかも・・。
よりによって。。。 (陽子)
2005-07-02 00:51:49
カマキリも随分「いい感じ」の場所で

産卵してしまいましたね・・・

(その後卵はどうされたんですか・・・)

今後、私も洗濯物をたたむときに、

主人の下着を要チェックするように心がけます。。。

早速、十年来の織田裕二ファンの友人にご報告

したいと思います・・・
Unknown (阪田)
2005-07-03 00:45:45
>風民さま

早々とコメントありがとうございました

プロレス、格闘技関連以外の記事はスルーさ

ると思ってたので感想をいただ

けてうれしいっす。実はかなりプロレス、格

闘技が好きな人間なんで今後もっとその辺をからめた記事を投稿できたらと思ってます。

ただ・・風民さんのご主人同様私も馬場さん

の引退興行に行ってプロレスに一区切りつい

てしまった感も少しあるんです・・・。

今度そちらのブログにも遊びに行かせてもら

いますね



>草波さま



えっ!そんな古くから私の存在を?(絶句)

今更ですが御観劇ありがとうございました。

っつうか、今だにそのトレーナーをお稽古

ごとに使われてるとは・・・。

私、そのトレーナーの存在知らないんですが

たしかにあの映画の内容とは別の意味で

「せつない」思い出ですね。ハハハ。



>陽子さま

やはり「カマキリの卵」に食いつきましたか

・・・(って表現もエロいけど)

ま、カマキリでもお稲荷さんでも何でもいい

んですが、指摘されたあとはとりあえず「普

通に」収納したような記憶がありますね

センスのいい方だなと妙に感心しました。

お返事ありがとうございます (風民)
2005-07-03 01:13:00
うちのブログは、かなり片寄っていますので、どうぞ、お気使いなく(笑)

実は、夫婦でアマチュア劇団を旗揚げした経験があり、阪田さんが役者さんと知って、かなり個人的に興味を持っております。

馬場さん引退興行の記事も読んでいただいてたのですね。うれしいです。

実は「プロレスな日々」は私にとって別宅です。

本家のブログのアドレスリンクをこのコメントに貼っておきます。

普通のおばちゃんです。

これからも、こちらには一読者としてコメントを入れさせて頂きたいと思います。

よろしくお願いします。
Unknown (Unknown)
2005-07-11 01:56:42
「波の数だけ抱きしめて」は織田裕二さんファンの友人に誘われて

自分の小遣いで行った初めての映画です。

で、私はすっかりある俳優さんに憧れてしまい

後日一人でまた映画館までパンフレットを2部買いに行きました。

あぁ、阪田マサノブさんていうんだ~とか素敵だな~とか

どこ住んでんのかな~、ごはんちゃんと食べてるのかな~

・・・なんて思いを馳せてました。

そのパンフも1部は阪田さんの部分だけを切り取って

写真立てに入れているんですよ!

ご活躍を拝見する度に当時のドキドキがよみがえります。

とってもかっこいいので今まで一度もなで肩だなんて気付かなかったし

むしろ素敵です。

もちろんこr

そんな阪田さんが金多摩出して挨拶していたなんて・・

当時(中2)の私だったら計り知れないショックだったでしょう。

くすりと笑えちゃう今でよかったです。

もう27歳子持ちですから。てへ
初めまして (かな)
2005-07-11 02:07:36
↑すいません。

途中で投稿しちゃいました。

「もちろんこr」は

「もちろんこれからも応援しています」ってことですからー
かなさま (阪田)
2005-07-13 19:38:16
初めまして。

コメントありがとうございます

かなさんもあの映画をご覧になってたんですね。

あの頃は中野区の新井薬師というところに住ん

でました・・。ほとんど撮影期間は千葉のホテ

ルに缶詰だったので食事については逆に不自由

しなかったですね



タキシードを着た場面の撮影では時間経過を

あらわすため何故か私だけ口の中に綿を含ま

され、タキシードの中に肉襦袢を仕込まされ

て老けさせられました。アフレコだからよかっ

たですが現場では口の中の綿が邪魔してモゴモ

ゴ何をしゃべってるのかわからない状態でした

よ。暑いし。



このブログを始めて現在の私や当時の私を「素敵」

とか「かっこいい」とかおっしゃってくれる方

の存在を知り有頂天です。

よかった、ブログ始めて・・・・



「蓼食う虫も好き好き」っていうヤツですね。

アハハのハ

坂田さん最高です (麻生)
2010-04-21 14:41:38
こんにちわ!
随分前のコメントに書き込み致します。

波の数だけは、私の青春映画であり、今でも大事な映画で、様々な波数グッズを持っています(笑
オープニングに出てくる、オープンリールと一緒に映っているミキサーや、ソニーのラジオ「スカイセンサー」松下さんが乗るバイク「ポップギャル」大好きで大好きで、これだけ時が過ぎてもこの映画を超える邦画はありません。

坂田さんの織田さんの行動を予測するところとか、松下さんがジオラマを作った時にショップでビールを飲もうとした時の真っすぐな役を演じる坂田さんが面白くて(笑

坂田さんが居て、あの面白さがあったと思います。
キャスティングはあれ以上は無いと思える程最高でした。

今度6月にようやくファンが待ちに待ったDVD&ブルーレイが発売されます。

また坂田さんの演技を綺麗な大型デジタルで観れるのが嬉しいです。

最後がカマキリなのは自営業のショップで声を出して笑ってしまいました。

アマルフィで久々の共演でしたね。

坂田さんがまだまだ活躍するのを願っています。
これからも応援していますので、頑張って下さい!
麻生さま (阪田)
2010-04-22 02:11:23
どうも。コメントありがとうございます。もうホント
に色んな方から色んな想いを伝えていただき胸が一杯
ですよ。
5年前に投稿した雑文がまだ鮮度が落ちずに(?)
こうして読んでもらえるのも、それだけ題材である
あの映画に深い思い入れを持っている方がたくさん
いらっしゃるからでしょう。。。。
DVD化のニュースは知りませんでした。教えていただ
いてありがとうございます。
色んな権利が絡んで大変と聞いてたのですがクリアー
できたんですね!
あんな赤面ものの20代の芝居が高画質で蘇るのは
個人的には阻止したいところだったんですが・・・(笑)
ホイチョイムービーファンにとっては嬉しいニュース
ですね!
ちなみに私は子供の頃、芹沢のような機械オタクで
はなっかたですがBCLにはまって、スカイセンサー
ではなくナショナルのクーガ2200というラジオを
所有してました。。。。

これからも見つけたら応援してやってください。

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