阪田マサノブ〜向かってあしたの方に走れ〜

だから何で「飛び蹴り」なのに「ドロップキック」って呼ぶんだって話です。

モヤイだから。。。

2006年09月11日 18時56分07秒 | 雑記?
昨日は夜から相方と二人で『あっ!とおどろく放送局』なるブロードバンド放送局の
生番組に出演。
進行役のMC大輪教授さんを交えて1時間ほど、後ろ向きな話題と見通しなき展望
のトークに花が咲きました。
途中で昔の単独ライブの時の映像が流れ、そのあまりの芝居のダメさに内心呆然。
『初めて見たけどおもしろかった』との感想メールも頂いたけど、面白かったら売れてる
んすよ。本人達は今も面白いと思ってても、広く世間に届かないってのは、それなり
のレベルのものだと受け止めつつ、とりあえずもっと芝居うまくなりてぇなぁ・・と。

とにかくイヤな汗が出っぱなしな私。

汗といえば、実は昨日の番組出演直前まで私は体調が思わしくなく、ずっとノドの
腫れと発熱に苦しんでいた。火照った体から予期せぬタイミングで大量の汗が噴出
し、熱が下がって少し楽になる・・・そんな繰り返しが4〜5日続いていた。
そして昨日も番組出演に向かう総武線の電車に座っているうちに、背中、そして
脳天から尋常じゃない汗が出始めたのだ。まあ熱が下がって体が如実に軽くなる
から悪いことじゃないんだが。

で、昨日の都心がまたアホみたいな暑さ故、車中は冷房でキンキンである。外でか
いた汗もそんな電車に10分ほど乗れば徐々に引いてくるものだが、まるでサウナ室
にいるようにとめどなく私の体中の毛穴からは汗が沸いてくる、沸いてくる・・・。
沸いてくるのだが私の場合すぐには顔面にしずくが垂れてこない。なぜか?

私の額は横からみた場合、垂直ではなく45度近く傾斜していて生え際方向に行くほ
ど奥まっているので頭部から沸いた汗がしばらくその場に留まってしまうのだ。

この額の傾斜具合が似てるとかで、私は昔一部で「モヤイ」というあだ名で呼ばれた
ことがある。
待ち合わせ場所に使われたこともある。待ち合わせ場所にされた以上、そこから動い
たら迷惑がかかるので何かと大変だった21歳の春・・・。

さて、頭部から噴出した大量の汗は、後頭部から首筋に伝って滝のように流れ落ちて
ゆくものもあるが、先述のようにほとんどが、しばらくはその場にとどまり、汗と汗とが
くっつきあって、やがてひとかたまりの大きな水溜りのようになりつつ、ゆっくりと私の
額の傾斜にそって顔面方向に落ち始める。

とりあえず、この時点でタオルでぬぐってしまえばOKだが、ぬぐってもぬぐっても噴き
出す汗に辟易し、面倒になり放っておくと徐々に顔面に向かってすべり落ちてゆく。
汗のかたまりは、ダムの役割を果たす生え際の前髪によってせき止められ、デコに流
れず生え際で一旦停止。

さらにこの状態を放置しておくと、あとから湧き出し「移動する水溜り」化した後続部隊
が次々に生え際の「水溜り」に合流し、やがて前髪のダムは決壊。 通常は筋状に流
れ落ちる汗が、私の場合コップに入った水をアタマから流したように、まとめて一度に
ドバっと落ちてくる寸法だ。

ちなみに、いったん額からすべり流れた汗塊は速度を緩めずダイレクトに両目に入る。
なぜなら眉がうすくて汗を受け止めないから。ハハハ。うすい、うすい。もう全部うすい。
目も染みる。肌も白い。手も小さい。鼻毛はやけに硬い。余計な毛ばっかり硬いぞ。

ったく、早く涼しくなってほしいよ。。。

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「悪役レスラーは笑う」  森達也

2005年11月28日 00時07分35秒 | こんな本、あんな音楽・・
悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷

岩波書店

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戦後全米のプロレス業界を股にかけて、リング上の憎悪を一身に浴びた稀代の悪役
グレート東郷。

今は新宿南口でこの男のソックリさんがコンタクトレンズの広告チラシを配布している
のは以前紹介した通りだが、ただソックリなだけなので本稿には関係ない。
そのニイちゃんの素性も謎に満ちているが本物の東郷もまたその経歴は戦後日本の
プロレス界における重要な登場人物であるにもかかわらず、実像が闇に包まれている。

彼のあまりにも謎の多い人生とその素顔を丹念な取材を通して明らかにして行く中で
あぶり出される「プロレスとナショナリズム」というテーマ・・・・。そしてプロレスとは?
・・・と堅苦しいレビューを書くつもりはない。単純に読み物として一級品の面白さだ。

著者の森達也さんはフジテレビの深夜番組「NONFIX」などでドキュメンタリー作品を
手がけた映像作家であり、その後は映画監督、活字媒体にも活躍の場を広げている
人。私がここ最近の中で一番影響を受けているドキュメンタリー作家だ。
この人の作品は映像にせよ、活字にせよ、テーマの面白さやその視点がホント独特
で印象に残るものばかり。

森達也という人の存在を知ったのはそんなに昔ではない。しかしここ何年間たまたま
印象に残って録画保存していたドキュメンタリー番組や、ふと書店で見かけて著者名
も確認せず面白そうだと思って購入した本(実際面白かった)・・・それら一連のものが
偶然にもすべて森達也が手がけた作品だと気づいたときの驚き。(著者名ぐらい覚え
とけよ・・・)
こういう出会い方というのは私の場合あまり例がなくて、ちょっとした感動だった。
『オレって・・・「森達也」が好きだったのか・・・』

それ以降は今度は意識して氏の作品を手当たり次第探して読んだ。今年春先に渋谷
でやってた氏の過去のテレビ作品の上映会にも足を運んだ。その前には「A」「A2」
DVDも遅ればせながら購入した。
「爆笑問題のススメ」という番組で私は今、冒頭の作家紹介のNAを担当させてもらって
いるが、以前は相方とコンビでちょっとだけ番組にも顔を出していた。その当時(去年)
森達也さんがゲストに来たことがあったが、出演者、スタッフ誰よりも喜んだのは私で
ある。大概自分の出番部分の収録が終わると、とっとと帰ってしまっていた私だったが
トーク部分の収録を最後まで自発的に見学したのは、この森達也さんと、映画監督の
大林宣彦さんの二人だけだ。・・てか、もっと他も見て勉強しろ、私。

この森氏の一連の著作には折りに触れてプロレスが好きだという記述や、もしくは
プロレス的言語表現が出てくる。ある本では詩人・谷川俊太郎氏の「誰が一番好き
ですか?」というやけに大ざっぱな質問に対して「ジャイアント馬場」と回答してたり
して、余計シンパシーが強まったのも事実。

そんなこんなで、このブログでいつかは必ず紹介しようと決めていた「森作品」だが
読み応えがあって、且つ深く面白い作品ばかりで、どれを選ぼうか・・と思っていた所
に今回発表されたプロレスを題材にした著作。いつかプロレス本を書いて欲しいと密か
に願っていた私にとっても待望の一冊である。

そして読後感は・・・期待に違わぬ素晴らしい「プロレス・ノンフィクション作品」だった!

いつもの「森テイスト」も全開の出色の内容。「岩波」がプロレスを扱った書籍を刊行
したこと自体前例がない。かと言って堅苦しい内容ではないから、あっという間に読め
てしまい、それでいて森作品らしい独特の余韻もしっかり残る。何より安い!安かろう
悪かろうだ。ちがうちがう。「プロレス本」としても最近の中では相当質の高い作品で
あることは保証する。

始めに書いたように主人公のグレート東郷は戦後のアメリカで「卑劣なジャップ」を
リングで演じ、日本では「守銭奴」として関係者から忌み嫌われながらも巨万の富を
一代で築いた男。リング上の悪業とは関係ない「守銭奴」「銭ゲバ」という異名も考え
たら独特。リング外での悪徳ぶりがリング上の悪役ぶりを上回っている男。

そんな彼を不思議なまでに大事に扱い敬慕の念さえ示していた、あの英雄、力道山。
そこに横たわる出自もからんだ東郷の複雑な素顔とは・・・?

プロレスを媒介にした「ナショナリズム」の解析というのがこの本の一つの骨子では
あるけれど、「プロレスって何?」の問いかけに対する答えもこの本にはある。
「プロレス」というジャンルの本質の捉え方も情緒的なようでいて冷静。そういう意味
ではプロレスをよく知らない人にも是非読んで欲しい一冊。

取材過程ではさまざまな人物にインタビューを行っているが、昭和40年代初めに起き
た、あるプロレスの試合の「事件」について関係当時者の口から語られた内容は、オー
ルドファンにとってはある意味スクープと言っていいものだ。ちょっとした推理小説の
タネ明かしを読んでいるようで興奮させられたし、当時の資料に不可解な点を見出す
氏の洞察力というか視点にも感心させられる。理屈っぽいようでいて素直な感性。
そして読んでもらえれば感じると思うが人間に対するとても優しい眼差し・・・。


さて・・「ナショナリズム」をキーワードに進めてきた取材の最後に森氏は言う。

「だから僕はつくづく思う。民族の誇りだとか、国家への忠誠だとか
そんな浮ついた安っぽい言葉で、人の心を定義しないほうがよい。
人の心はもっと複雑だ。もっと多面的で豊かなのだ。」
「断言するけど、世界はそんな単純にできていない。
人の心も、虚実ですっきりと割り切れるような簡単なものではない。」


これは森氏の一連の作品で一貫してなされている主張でもある。

そんな森氏は、先述の通り本書でさまざまな元・レスラーや関係者に取材を行って
いるが、最後の最後に「あとがき」でこんなことも書く。

「・・・つまり、グレート東郷の取材のためグレート草津に会いに行く
僕は、たまたまグレート小鹿と同じ新幹線に乗り合わせたということ
になる。三人の“グレート”がこの瞬間、時空を越えて終結していた
わけだ。」


ちなみに本の中では上記以外にグレートアントニオというレスラーについても触れ
られていて、たしかにこの本はむやみにグレートだらけの印象がある。

しかし、私あたりがブログで書けば、「だから何?」と突っ込みが入るであろう、こんな
グレート話も森氏には
「この偶然が濃厚な場合には、概ね作品は面白い。」

と笑い抜きの自画自賛の意味づけが生じることになる。いや、事実いい作品だったし。

そして、そんな「偶然のグレート」に満ちた本書を、私は池袋駅北口にある行きつけの
インドカレー屋「グレートインディア」で、ほうれん草カレーを食しながら読んだ。(マジで)

ついでに私も「濃厚な偶然」の仲間入り希望。


森達也氏 公式サイト


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脱帽!!和泉元彌withセッチー鬼瓦軍団

2005年11月10日 01時40分11秒 | プロレス・格闘技・ドラマ・映画 感想文
え〜、ホントに長らく更新さぼってました。特に大きな理由はありません。
「マイペース」という名の怠惰です。こんな放置状態の中でも毎日50人近くの
人が訪れてくれていたことに深く感謝、感謝、感謝。

なわけで、いつか書こうという「草稿中」のネタがいくつもたまってく中で
とりあえずアップしておきたかったのが先日(11/3)横浜アリーナで行われた
「ハッスル・マニア 2005」のペイ・パー・ビュー観戦記。

前回同様今回の投稿もプロレス観戦記で、しかも開催から一週間近く時間が
経ってしまっての投稿だが、書かずにはいられない。
HG(レイザー・ラモン)のキャラクター・プロレスの完成度が高さは、この人が
大学時代学生プロレスを経験していたというのを知った時点で、試合前から
いい意味で予測がついたことで、実際試合も周囲の盛り立てがあったにせよ
ものすごく上手かった。間の取り方、リアクション、身体能力、そしてマイク
パフォーマンス・・・すべてにおいて、下手したらメインの6人の中で最もバラ
ンスの取れた試合巧者だったのでは?と思えるくらい。そしてその分気の毒
なくらい小川直也のドンくささが目についてしまう。いつ観てもバタバタしてい
る印象。・・と、今日CR「暴走王・小川直也」で大負けしたのでつい点が辛く
なってしまう。
今日から「禁パチ」だ。そして来月も確実に私は同じこと言ってるだろう。

結局プロレスでも芝居でも芸事ってのは、リズム感がない人ってのはキツイ。
それは自分がセリフをしゃべったり技をかけたりしている時だけじゃなく、次の
自分の動きやセリフの言い出しまでの「間」もそうだ。うまい人ってのはそういう
空白の部分も含めてトータルな所作で観客を魅了する独自の「間」を持っている。
「間」の良し悪しというのはつまるところ、その人のリズム感に負うところが大き
いんじゃないだろうか。

プロレスで言うなら技から技へ移行するまでのつなぎの「間」。逆に技をかけら
れて立ち上がってくるまでのテンポ。ノアの三沢光晴は自分がロープに振られて
相手のところに返ってくるまでの歩数まで考えながら試合を作っているらしいが、
HGも倒れた状態から相手に引きずり起こされる際、マットに着いた片膝を軸に
してクルっと回転しながらキレイに立ち上がるプロの動き(上手く説明できない・・)
が自然に出来ていた。こういう所作の一つ一つが試合に一定のテンポを生み出し
「見世物」として洗練されて行くわけだ。学芸会と芝居、プロレスごっことプロレス
の境界線はこういう微妙なとこにあったりする。
生前のジャイアント馬場さんはこういう伝統的なプロレスリングの「見せ方」を
理論立てて弟子たちに指導していたらしい(何と学生レスラーたちにさえも教え
たことがあるらしい)が、その内容はまるで「リング」という円形劇場で四方から
の視線を意識して見せる芝居の演出かのようである。

この「ハッスル」というイベントは有体な言い方をすれば「日本版WWE」。
WWEというのはアメプロ最大のエンタメプロレス団体のことであるがその本質は
“スタントマンのメロドラマ”、もっとわかりやすく言えばハッスルキング・故橋本
真也が評した“大人が見る仮面ライダーショー”である。
プロレスの概念から逸脱することを恐れない荒唐無稽なストーリーラインとエロ・
グロ・ナンセンス何でもアリのキャラクター設定。さらにそこに既存のトップ・プロ
レスラーを参加させ試合をさせるということは、このリング上で行われていること
が「ケツ(結末)を決めた上での非競技ある」という宣言だけにとどまらず、彼ら
既存レスラーが本来所属しているプロレス団体で日々繰り広げられている試合も
本質は地続きの「同じもの」だと暗黙裡にカミングアウトさせていることでもある。
まあ、出てる選手にそういう自覚があるかどうかはわからないが。

ただ・・ただである。私はコンセプトは全面支持だったが、そこに集っている役者
(レスラー)の演技力がコスプレショーの域を出ない大根ぶりで正直金を払って
までは・・・という気持ちだったのだ。ショーなら徹底的に完成度の高いものが
観たい。
もうひとつ。お笑いの人間が言うのもなんだが「エンターテインメント」というと例外
なくみんな「=笑わせること」だと思ってないか?しかも本職からみたらヌルめの
ギャグとパロディのオンパレードだ。
本来の「エンターテインメント」(娯楽)って言葉は、「笑い」だけでなくもっともっと
色んな要素を含んだものだ。スリル、緊張感、感動・・・。
子供のころ仮面ライダーショーを観たのは何も笑いに行きたかったからじゃない。
今のハッスルに笑い以外の「何か」を提供できる役者はいるのか?

さて、やっと和泉元彌の話だ。別にダブルブッキングネタにかこつけて登場を遅
らせたわけでもないが、当日の試合も対戦相手がリングに上がっているのにな
かなかリングに現れない。もちろん演出。
その間先にジュディ・オングの「魅せられて」の曲をバックに入場したセッチー
鬼瓦軍団と対戦相手のKENZO&ヒロコとで丁々発止のやり取りが続く。
久しぶりに見た節子母さんは相変わらず女装した亀井静香のようだ。

やがて場内が暗転。そして上空からヘリコプターの爆音とともに梯子につかまった
和泉元彌が登場。言うまでもなくワイドショーネタの自虐パロディで、空中高く浮き
ながら「ダブルブッキングも掛け持ちもござらぬぅ!始めから、ずぅ〜っとここに隠れ
ておったのじゃぁ〜!」。高いテンション、それでいてゆっくりとしたセリフが狂言流
の言い回しでアリーナ中に響きわたる。

私自身はこの和泉元彌という人物に何の思い入れもない。 マザコン息子とか
ダブルブッキングとか、この人から連想する知識は世間一般の人と同じ程度しか
持ち合わせていない。この人が現在置かれている状況も実はよくわかってない。
要するに画面に映し出されるこの人物に思いを馳せる要素は皆無なんである。
ところがである。アリーナ上空の天井から梯子につかまりながら、じっと眼下の
対戦相手を見据え腹式のいい声で登場の口上を述べるという、バカバカしい光
景を見てたら何だか目の奥がジーンとしてきたのだ。
感動というのともちょっと違う。とにかく不思議な感情が胸の奥に湧いた。今も
この感情が何なのかよくわからないが、とにかく他とは違う圧倒的なオーラが出
ていた。
実況アナが「な、なんかカッコよくないですか。」と絶句し、ゲストの女の子は「感動
です。ちょっと見とれちゃいました・・・。」とため息をもらす。私を含め冷やかし半分
で見守っていた多くの観客が「魅せられて」いた。そう・・笑いながらも。

そこから試合が終わるまでの数分間はファイティング・オペラという名にふさわし
い素晴らしい「茶番」を満喫させてもらった。基本構図は弁慶対牛若丸。
言うまでもなく引き立て役となったKENZOとヒロコの完璧な仕事ぶりは絶賛され
るべきものだったが、そういうアシストや主催者側の徹底した演出ぶりを差し引
いても和泉元彌のパフォーマンスの徹頭徹尾の隙の無さぶりは認めざるを得ない。
技を食らったりコーナーポストに叩きつけられた時の頭のてっぺんから爪先まで
隅々まで行き届いたリアクション。体の大きな相手を下から見上げる恐怖に引き
つった表情。動と静のバランスのメリハリが絶妙な「絵になる」所作立ち振る舞い。
猥雑な空気の中に立ちのぼる「残心」とも呼ぶべき余韻・・・。
文字通りもう「役者が違う」としか言いようがないのだ。
「真面目にやってたから好感が持てた」とかそういうレベルで語ってしまう以上の
「芸」が披露されていた。

とまあ、和泉元彌を手放しで絶賛する私だが、私だけでなく普段めったに褒めない
周囲のウルサ型のプロレスファンも素直に「凄い」と高評価。あとは専門誌が彼
の試合をどうリポートするか楽しみだった。週刊G誌とP誌を読む。

「何もできないが一所懸命さが伝わってきた。」

「プロレスに対するリスペクトが感じられた」

「素晴らしかったがあれがプロレスだと思われちゃ困る」

・・・・・なんで素直に絶賛できないかね。ひたむきさだけであんな作品をデビュー
戦で見せることはできないって。既存のプロレスラーが学ぶべき点がたくさんあった
んじゃないのかな。

ショービジネスとしては世間が考えてるより奥が深い「プロレス」というジャンルに
対するプライドがあり、それゆえ意に反して(?)デビュー戦であっさりとジャンル
またぎをやってのけた狂言師に対する嫉妬や面白くない感情が微妙に見え隠れし
ている。
さもなくばこの人たちには「何も見えてなかった」んだろう。

もしかしたらハッスルは将来的に既存のプロレスラーや格闘家に芝居を覚えさ
せるより、芝居のできる人間を鍛え上げてリングに上げた方がより完成度が高く
豊かなものが構築できるのかもしれない。てか、こういうエンターテインメントは
しょっぱいレスラーはレスラーなりに、なりふり構わず何回もリハーサルやって
キチンと金の取れる「作品」として客に提供するべきだと思う。全然「あり」だ。

「守るだけでなく創り出せ!」「プロレス界をぶっこわす」・・高田延彦扮する高田
総統のセリフがいよいよ現実味を帯びてきた。

ところで今回の大会をDVDに録画して友人某Fに見せた。
冒頭に「PRESENTED BY KYORAKU」の文字。

「おお!!KYORAKU提供かよ!!」

そこじゃないって。感動するべきとこは・・。

(※敬称略)

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代々木にまたプロレス観に行った。

2005年10月04日 20時24分05秒 | プロレス・格闘技・ドラマ・映画 感想文
先月末くらいから風邪にやられてしまい、どうにも体調が完全回復しないまま
このあいだの日曜日(10/2)知り合いの雑誌編集者の人と、今年2回目のプロ
レス観戦。8月に引き続き「W−1GP2回戦」。忘れぬうちにざっと印象に残った
ことをば・・・。

代々木(第一体育館)のキャパがどれくらいかわからないが、会場は甘く見て
7分程の入り。この体育館でプロレスを観たのは初めてなんだけど、国技館や
武道館あたりにくらべると「体育館」というのはハコ的に何か会場の雰囲気が
散漫な印象になる。ただそれを差し引いても今回の興行は前回の8月に比べ
て客の熱が低かったように思えた。

第一試合。前回同様「つかみ」とばかりに、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ドリー
ファンク・ジュニア、ジャイアント・キマラの昭和レジェンド達にヤングボーイ
中嶋勝彦を加えたタッグ対決。
キマラがレジェンドかどうかはともかく、あるいはこの試合がイベントの「つかみ」
になったかどうかはともかく、私にとってブッチャーやドリーの試合を生で観る
のは前回のマスカラス、テリー同様おそらくこれが最後だろう。
還暦を越えた男同士がフォークを相手の額に突き立てる姿を、私を含めまったり
と無感動に観客が見守る光景というのは俯瞰でみるとかなりシュールだ。

K−1選手サム・グレコ、ジャイアント・ノルキアが出場したタッグマッチでは
選手紹介のコール時にリングアナが大失態。対戦相手はジャイアント・バーナード
とプレデター。

『赤コーナー・・・サム・グレコー!!』(歓声)
『同じく赤コーナー、ヤン・ザ・ジャイアントォ・ノルキアー!!』(歓声)

『続きまして・・青コーナー、ザ・プレデター!!』(歓声)
『同じく青コーナー、ジャイアントォ・・ノルキアー!!』(???)

「バーナード」を「ノルキア」と力強く言い間違えてしまった・・・。
全く気付く様子のないリングアナ氏に騒然となり観客の野次が飛ぶ。そして
しばらく彼を観察してたら本部席に戻ってから隣に座っていた人に指摘されて
ようやく気がついた模様。がっくりと頭を垂れて、垂れたときに頭が机にぶつかる
音がマイクに拾われ館内に響いてた。
その後も『5分経過!』のアナウンスのあと本部席の私語が館内マイクに拾われ
て聞こえてしまったり、後半の試合ではコール時に声がひっくりかえってたり・・・・
だめだ、こいつら。
それはそれとして、ノルキアって遠目で見たらディック・マードックそっくり。


鈴木みのる×諏訪間幸平。レフェリーの和田京平と鈴木との数々のやりとりが
意外なアクセントとなって楽しめた。対戦相手の光は消せても京平の光は消せ
なかったね。試合後和田の手を上げ敬意を表す鈴木。
・・・ってか、誰と試合してたんだよ、みたいな(笑)。
往年の藤原喜明とか淵正信の若手シゴキみたいな趣の試合かな。
ただ、鈴木の「相手の光を消す」という試合は、それがガチンコ競技でなく「プロ
レス」として見せている以上、最終的には対戦相手の協力(受け)によって成立
している「スタイル」であることは踏まえて観るべきであろう。
ベテランの意地の悪い試合運びに翻弄され何もさせてもらえず、苦痛と屈辱に
あえぐ新人ルーキーという役回りを諏訪間もまた「演じていた」という見方。
とはいうもののどんな役回りにせよ演劇同様当人のセンスと工夫でいかように
でも光は放てるものだ。
この試合での諏訪間は文字通り光を消されてしまっていたが、例えばもし彼が
往年のジャンボ鶴田ばりの「ウソくさいケイレン」を始めとした数々のリアクション
で鈴木の攻撃を受けていたら、すべての技術がウソっぽく見えて逆に鈴木の光
は消されていたかもしれない。試合の印象もまた違ったものになっていただろう。
今後ジャンボ2世を名乗るなら是非とも習得してほしい「芸」だ。
ああ、久しぶりに見たいなあ・・鶴田のケイレン。

ドン・フライの体がゲッソリと痩せてしまってのにはビックリ。リック・ルードみたい
だった。

メインの秋山×ボブ・サップ。サップが勝った瞬間「あれれれれ〜!?」みたい
な観客の反応が面白かった。サップ勝たせちゃうの?みたいな。ほとんどの客
は「サップは負けたけど、彼のプロレスベストマッチ」みたいな結末を期待し、料
理人である秋山の腕前を見守っていたのではないかな。私もそうだった。
ノア勢が外部興行に参戦して「普通に」負けるのってかなり珍しいのでは?
まあ、こういう結果を見せられたあとで後付の解釈になってしまうけど、舞台を
今後ノアマットに移して本格的に交戦を開始するという予告編みたいな結末。
K−1プロレス軍の大将はサップになるんだろうし、ノアには実質秋山の上の
ポジションに三沢や小橋、あと力皇(?)とかもいること考えると、ここで秋山が
サップを倒しちゃったら・・まあ終わっちゃうもんね。

というわけで、12月の決勝。誰が優勝するのか?考えただけでワクワクするね!
しねえよ。
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6月16日20時46分に営業マン失格になりました。

2005年09月02日 16時00分48秒 | 雑記?
どうも。
というわけで気がついたら9月になってしまったが、何食わぬ顔で普通に更新。

8月のアタマくらいに携帯電話を買い換えた。今まで使っていたのはドコモが
カメラ付きを出し始めたころの機種で約3年ぶりの機種変更。
電池パックの寿命か、通話中に勝手に電源が切れてしまうトラブルが頻発した
故で今回のは同じシャープ製のFOMA。

同じ機種を3年使い続けるというのは若い子たちの間では「ありえない」ことらしい。
笑われた。嘲笑されたと言ってもいい。納得できなかったので別の若いヤツにも
話したら「3年は・・・ヤバイっすね。キ●チガイ沙汰ですよ」だって。マジかよ。
●のイミねえだろ。ちゃんと伏せろ私。

まあ、3年という月日が非常識かそうでないかはともかく、昔に比べて携帯電話
そのものに対する関心が薄れていっている自覚はある。必需品だと思うが通話
品質が保たれてメール使用に支障がなければ一生、前のままの機種でも平気
だったかもしれない。

しかし・・久しぶりに買い換えたのに、ときめかないなあ・・。テンション低い。
昔は買う前にカタログ広げて、やれNがどうしただの、Pの○○だのDだのSH
の××が何だのと盛り上がったもんだったが。んなことどうでもよくなってる自分
に「老い」を感じるのは気のせいか?

どうでもいいと言えばFOMAの「テレビ電話」機能を前にして何の感慨も抱かない
自分にも感慨深いものがある。
三十代後半以上の年代の特に男子にとって、「テレビ電話」っつうのは、かつて
夢の未来グッズじゃなかったか?少なくとも私の少年時代はそうだった。
「ウルトラセブン」のウルトラ警備隊員が腕にはめていたテレビ電話タイプのレシー
バーに憧れた子供は少なくないハズだ。それが気づいたら形を変えてあっさり
実現していた。先に実現すると思われたリニアモーターカーは未だに実験ばっか
繰り返してるというのに。

もっとも、テレビ電話は必ずしも便利で楽しいことばかりじゃないってことに子供
の頃は気づかなかったわけで。「大人の事情」ってやつだね。
そして今の私は、別の「大人の事情」で“夢の毛生え薬”の実現を近未来に託し
てる次第だ。リニアモーターカーなんていいからそっち早く頼む。


そんなこんなで旧機種から新機種へアドレスや電話番号の移し変えも問題なく
済んだ。前の機種にダウンロードしてた「ダースベーダーのテーマ」の着メロを
新機種でもダウンロードしようと(・・・「電車男」のドラマでよく使われてるね)色々
検索してたら、変な音声ファイル拾った。
「やる気のないダースベーダーのテーマ」だと。脱力系で癒された。

もう手元にある旧機種はいつ処分しても問題ないんだが、心残りは内臓されて
いる伝言メモに残されていたメッセージだ。気になってずっと保存していた。

そう、この記事のタイトル通り6月16日の20時46分。入浴中に見知らぬ婆さん
の声で携帯に伝言が入っていた。

「来るなら来る、来ないなら来ない。連絡一つもよこさないということは
営業マンとして
しっかぁくぅ(失格)。さぁいなぁら。
・・・(ガチャッ)」

番号非通知の会ったこともない婆さんから、目いっぱい皮肉を利かせたかのよう
な嫌味な口調で私は唐突に営業マンとして失格の烙印を押され、そして会った事
もない婆さんから絶縁状を叩きつけられのだ。

驚愕の展開に風呂上りの私はパンツを穿くのも忘れ、陰の茎を放り出したまま
何度もメッセージを再生していた。5回くらい。

何とかこの知らない婆さんと仲直りできる方法はないものだろうか・・・。
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