阪田マサノブ~向かってあしたの方に走れ~

だから何で「飛び蹴り」なのに「ドロップキック」って呼ぶんだって話です。

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2011年01月01日 13時27分13秒 | 連絡先

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18年ぶりにお会いできました。。。(最後の会話~その後~)

2009年06月25日 07時18分10秒 | 雑記?
先日映画タイアップの携帯電話動画サービスのCM撮影で、織田裕二サンとお仕事を
させてもらった。

以前の記事にも書いた、せつなくやるせない最後の会話以来18年・・約20年ぶりの
邂逅。

以前に共演させてもらった時はお互い20代。今や日本を代表する大物俳優の一人に
なった織田サンの記憶に私のことなんぞ片隅にも残っているハズもなかろうとタカを
くくっていた。
撮影中もし気づかれたら「えへへへ・・・思い出していただいて光栄でやんす、旦那ぁ」
と頭なんぞかきながら改めてご挨拶でもしよう・・・なんて気楽に構えてまして。

でも、スターは当方が想像するような薄情な人ではなかったんですよ。。。

当日撮影現場。たくさんのスタッフがいる中、セリフ回しをブツブツ練習する私の前に
突然柱の死角からヌッと現れ満面の笑顔で「お久しぶり!!お元気そうで!!」と肩
抱かれるは握手もされるはで、恐縮やら嬉しいを通り越してプチパニックになってしまった。

事情を知らない周囲のスタッフさん達は局地的に盛り上がる様子をポカ~ンと見守ってて
・・・あれは、ある種異様な空気だったというか。

「いや、あの・・あれ、その・・まさか覚えてもらっているとは思ってな・・あわぅ」

「しどろモドロ」という音が体全体から聞こえてきそうな動揺ぶりにまともな言葉を返す
こともできず「やっべえぇぇ・・・先に挨拶するべきだった。。。相当まずい。」という後悔の
念を抱きつつサクサク撮影は進んだんです。

果たして18年前同様余計な雑談をすることもなく、最後にワンカット残っている私より先
に織田サンは撮影終了、別れ際再度握手を交わし「じゃ。また!」と颯爽と去って行った。


「じゃ。また。」


次の「また」は果たして訪れるのか。。。

中18年・・・このペースで行くと次回ご一緒させていだく頃には、私は年金受給資格者。。。


「こぼれ話」(docomo動画CMサイト)

「何かがこぼれ出てた話」(ブログ過去投稿記事)
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三沢選手、ショックが大きすぎてまだ冥福なんて祈れない。。。

2009年06月14日 23時37分49秒 | プロレス・格闘技・ドラマ・映画 感想文
三沢光晴選手の訃報を知ったのは、昨日久しぶりに再会した大学時代の先輩
とサシで飲んでる最中だった。

その先輩は今は業界を去ってしまったが、以前はプロレス団体で故ジャイアント
馬場さんや三沢社長の片腕となりスタッフとして仕えていた人。
メールの着信をみていた先輩が顔をあげ、対面に座している私に唐突に呆けた顔で言った。

「三沢サン死んじゃった・・・」

相当酔いも回っていた私は一瞬何を言ってるのか理解できなかった。
やがて私の携帯にも続々といろんな友人から事故についてのメールが届き始めた。

ショックで酔いが醒める・・・というのは小説やドラマ的な表現であって、ショック
がどれだけでかくても醒めない時は醒めない。醒めるにはしこたまアルコールが入り
過ぎていた。その分感情の高まりが激しくなったのか、訃報を聞いて色々詳細を知る
うちにボロボロ涙が出てきた。もっともっと世間にその凄さが届いてほしい人だった。
だから悔しくて涙が出た。

天龍源一郎さん、アニマル浜口さんらと並んで、この人を悪くいう話を聞いたことがない。
タブーやルールを破ったり、枠からはみ出そうとする「ヤンチャ系」は男としての
色気を発散しやすくてカッコよく見えるが、筋を重んじて他人に迷惑をかけずルール
の中でクオリティの高さを追求してゆく姿は年齢を重ねた人間だからこそ共感できる
最高のかっこよさ、色気がある。
90年代の全日本プロレスのリング上はそんな「かっこよさ」が具現化された空間だった。
ジャイアント馬場さんに「レベルが高すぎて解説できない」と言わしめた作品が6m
四方の舞台で連発されていた時代。
そんな奇跡の空間の象徴として、命を削るような技と芸術的な攻防を小橋、川田選手ら
と共に見せ続けてくれた人が、タイガーマスクから素顔に戻った三沢選手だった。

故ジャンボ鶴田サンとの激闘、生涯一度だけ実現した小川直也選手との試合で見せた
しびれるような「大人さばき」のプロレス、故サムソン冬木サンとの友情・・・。
数え上げたらキリがないがリング内外の言動行動が我々ミドルエイジのファンにとって
いちいちカッコイイ人だった。

「ノア中継」の合間に流れてたCMで、しわがれた聞き取りづらい声で棒読み芝居の
寸劇も披露していた。あの「やらされてる感」丸出しの馴染まなさ加減がまた、昭和の
昔に多かったまだテレビずれしてない頃のプロスポーツ選手を見ているようで、微笑ま
しくもあり大好きだった。もう残ってるのは野球の野茂サンくらいかな。

繰り返すが、悲しいという以上に悔しくて仕方がない。若いから尚更だ。
ジャイアント馬場サンが逝去された時とはまた違った例えようのない喪失感。

大変なショックを今受けているが、自分の中で感情が消化できてないからインター
ネットやスポーツ新聞で詳しく知ろうという気が起きない。

今朝起きてひどい二日酔いで、久しぶりにゲロを吐いた。

吐いた後、惰性でつけたテレビのスポットニュースで三沢選手の訃報が伝えられる。
吐き足らず、またムカムカしてきて吐きに行く。戻ってまたテレビ見てチャンネル換え
たら、また三沢選手のニュース。

「2代目タイガーマスクとしても活躍した、プロレスラー三沢光晴さんが・・・」

紋切り型の紹介をぼんやりと聞きながら、でもやっぱり泣けてきて鼻の奥がツーンとなる。
ツーンで頭もさらにガンガン痛くなる。ゲロのため酸っぱくなった口の中をゆすいだ。

泣けて流れた涙を人差し指でワイパーのようにはじいて拭ってみた。

あの人が試合中よくそうして汗を飛ばしてたように・・・・・・。




今はショック大きすぎて簡単に冥福なんて祈れない。







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モヤイだから。。。

2006年09月11日 18時56分07秒 | 雑記?
昨日は夜から相方と二人で『あっ!とおどろく放送局』なるブロードバンド放送局の
生番組に出演。
進行役のMC大輪教授さんを交えて1時間ほど、後ろ向きな話題と見通しなき展望
のトークに花が咲きました。
途中で昔の単独ライブの時の映像が流れ、そのあまりの芝居のダメさに内心呆然。
『初めて見たけどおもしろかった』との感想メールも頂いたけど、面白かったら売れてる
んすよ。本人達は今も面白いと思ってても、広く世間に届かないってのは、それなり
のレベルのものだと受け止めつつ、とりあえずもっと芝居うまくなりてぇなぁ・・と。

とにかくイヤな汗が出っぱなしな私。

汗といえば、実は昨日の番組出演直前まで私は体調が思わしくなく、ずっとノドの
腫れと発熱に苦しんでいた。火照った体から予期せぬタイミングで大量の汗が噴出
し、熱が下がって少し楽になる・・・そんな繰り返しが4~5日続いていた。
そして昨日も番組出演に向かう総武線の電車に座っているうちに、背中、そして
脳天から尋常じゃない汗が出始めたのだ。まあ熱が下がって体が如実に軽くなる
から悪いことじゃないんだが。

で、昨日の都心がまたアホみたいな暑さ故、車中は冷房でキンキンである。外でか
いた汗もそんな電車に10分ほど乗れば徐々に引いてくるものだが、まるでサウナ室
にいるようにとめどなく私の体中の毛穴からは汗が沸いてくる、沸いてくる・・・。
沸いてくるのだが私の場合すぐには顔面にしずくが垂れてこない。なぜか?

私の額は横からみた場合、垂直ではなく45度近く傾斜していて生え際方向に行くほ
ど奥まっているので頭部から沸いた汗がしばらくその場に留まってしまうのだ。

この額の傾斜具合が似てるとかで、私は昔一部で「モヤイ」というあだ名で呼ばれた
ことがある。
待ち合わせ場所に使われたこともある。待ち合わせ場所にされた以上、そこから動い
たら迷惑がかかるので何かと大変だった21歳の春・・・。

さて、頭部から噴出した大量の汗は、後頭部から首筋に伝って滝のように流れ落ちて
ゆくものもあるが、先述のようにほとんどが、しばらくはその場にとどまり、汗と汗とが
くっつきあって、やがてひとかたまりの大きな水溜りのようになりつつ、ゆっくりと私の
額の傾斜にそって顔面方向に落ち始める。

とりあえず、この時点でタオルでぬぐってしまえばOKだが、ぬぐってもぬぐっても噴き
出す汗に辟易し、面倒になり放っておくと徐々に顔面に向かってすべり落ちてゆく。
汗のかたまりは、ダムの役割を果たす生え際の前髪によってせき止められ、デコに流
れず生え際で一旦停止。

さらにこの状態を放置しておくと、あとから湧き出し「移動する水溜り」化した後続部隊
が次々に生え際の「水溜り」に合流し、やがて前髪のダムは決壊。 通常は筋状に流
れ落ちる汗が、私の場合コップに入った水をアタマから流したように、まとめて一度に
ドバっと落ちてくる寸法だ。

ちなみに、いったん額からすべり流れた汗塊は速度を緩めずダイレクトに両目に入る。
なぜなら眉がうすくて汗を受け止めないから。ハハハ。うすい、うすい。もう全部うすい。
目も染みる。肌も白い。手も小さい。鼻毛はやけに硬い。余計な毛ばっかり硬いぞ。

ったく、早く涼しくなってほしいよ。。。

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「悪役レスラーは笑う」  森達也

2005年11月28日 00時07分35秒 | こんな本、あんな音楽・・
悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷

岩波書店

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戦後全米のプロレス業界を股にかけて、リング上の憎悪を一身に浴びた稀代の悪役
グレート東郷。

今は新宿南口でこの男のソックリさんがコンタクトレンズの広告チラシを配布している
のは以前紹介した通りだが、ただソックリなだけなので本稿には関係ない。
そのニイちゃんの素性も謎に満ちているが本物の東郷もまたその経歴は戦後日本の
プロレス界における重要な登場人物であるにもかかわらず、実像が闇に包まれている。

彼のあまりにも謎の多い人生とその素顔を丹念な取材を通して明らかにして行く中で
あぶり出される「プロレスとナショナリズム」というテーマ・・・・。そしてプロレスとは?
・・・と堅苦しいレビューを書くつもりはない。単純に読み物として一級品の面白さだ。

著者の森達也さんはフジテレビの深夜番組「NONFIX」などでドキュメンタリー作品を
手がけた映像作家であり、その後は映画監督、活字媒体にも活躍の場を広げている
人。私がここ最近の中で一番影響を受けているドキュメンタリー作家だ。
この人の作品は映像にせよ、活字にせよ、テーマの面白さやその視点がホント独特
で印象に残るものばかり。

森達也という人の存在を知ったのはそんなに昔ではない。しかしここ何年間たまたま
印象に残って録画保存していたドキュメンタリー番組や、ふと書店で見かけて著者名
も確認せず面白そうだと思って購入した本(実際面白かった)・・・それら一連のものが
偶然にもすべて森達也が手がけた作品だと気づいたときの驚き。(著者名ぐらい覚え
とけよ・・・)
こういう出会い方というのは私の場合あまり例がなくて、ちょっとした感動だった。
『オレって・・・「森達也」が好きだったのか・・・』

それ以降は今度は意識して氏の作品を手当たり次第探して読んだ。今年春先に渋谷
でやってた氏の過去のテレビ作品の上映会にも足を運んだ。その前には「A」「A2」
DVDも遅ればせながら購入した。
「爆笑問題のススメ」という番組で私は今、冒頭の作家紹介のNAを担当させてもらって
いるが、以前は相方とコンビでちょっとだけ番組にも顔を出していた。その当時(去年)
森達也さんがゲストに来たことがあったが、出演者、スタッフ誰よりも喜んだのは私で
ある。大概自分の出番部分の収録が終わると、とっとと帰ってしまっていた私だったが
トーク部分の収録を最後まで自発的に見学したのは、この森達也さんと、映画監督の
大林宣彦さんの二人だけだ。・・てか、もっと他も見て勉強しろ、私。

この森氏の一連の著作には折りに触れてプロレスが好きだという記述や、もしくは
プロレス的言語表現が出てくる。ある本では詩人・谷川俊太郎氏の「誰が一番好き
ですか?」というやけに大ざっぱな質問に対して「ジャイアント馬場」と回答してたり
して、余計シンパシーが強まったのも事実。

そんなこんなで、このブログでいつかは必ず紹介しようと決めていた「森作品」だが
読み応えがあって、且つ深く面白い作品ばかりで、どれを選ぼうか・・と思っていた所
に今回発表されたプロレスを題材にした著作。いつかプロレス本を書いて欲しいと密か
に願っていた私にとっても待望の一冊である。

そして読後感は・・・期待に違わぬ素晴らしい「プロレス・ノンフィクション作品」だった!

いつもの「森テイスト」も全開の出色の内容。「岩波」がプロレスを扱った書籍を刊行
したこと自体前例がない。かと言って堅苦しい内容ではないから、あっという間に読め
てしまい、それでいて森作品らしい独特の余韻もしっかり残る。何より安い!安かろう
悪かろうだ。ちがうちがう。「プロレス本」としても最近の中では相当質の高い作品で
あることは保証する。

始めに書いたように主人公のグレート東郷は戦後のアメリカで「卑劣なジャップ」を
リングで演じ、日本では「守銭奴」として関係者から忌み嫌われながらも巨万の富を
一代で築いた男。リング上の悪業とは関係ない「守銭奴」「銭ゲバ」という異名も考え
たら独特。リング外での悪徳ぶりがリング上の悪役ぶりを上回っている男。

そんな彼を不思議なまでに大事に扱い敬慕の念さえ示していた、あの英雄、力道山。
そこに横たわる出自もからんだ東郷の複雑な素顔とは・・・?

プロレスを媒介にした「ナショナリズム」の解析というのがこの本の一つの骨子では
あるけれど、「プロレスって何?」の問いかけに対する答えもこの本にはある。
「プロレス」というジャンルの本質の捉え方も情緒的なようでいて冷静。そういう意味
ではプロレスをよく知らない人にも是非読んで欲しい一冊。

取材過程ではさまざまな人物にインタビューを行っているが、昭和40年代初めに起き
た、あるプロレスの試合の「事件」について関係当時者の口から語られた内容は、オー
ルドファンにとってはある意味スクープと言っていいものだ。ちょっとした推理小説の
タネ明かしを読んでいるようで興奮させられたし、当時の資料に不可解な点を見出す
氏の洞察力というか視点にも感心させられる。理屈っぽいようでいて素直な感性。
そして読んでもらえれば感じると思うが人間に対するとても優しい眼差し・・・。


さて・・「ナショナリズム」をキーワードに進めてきた取材の最後に森氏は言う。

「だから僕はつくづく思う。民族の誇りだとか、国家への忠誠だとか
そんな浮ついた安っぽい言葉で、人の心を定義しないほうがよい。
人の心はもっと複雑だ。もっと多面的で豊かなのだ。」
「断言するけど、世界はそんな単純にできていない。
人の心も、虚実ですっきりと割り切れるような簡単なものではない。」


これは森氏の一連の作品で一貫してなされている主張でもある。

そんな森氏は、先述の通り本書でさまざまな元・レスラーや関係者に取材を行って
いるが、最後の最後に「あとがき」でこんなことも書く。

「・・・つまり、グレート東郷の取材のためグレート草津に会いに行く
僕は、たまたまグレート小鹿と同じ新幹線に乗り合わせたということ
になる。三人の“グレート”がこの瞬間、時空を越えて終結していた
わけだ。」


ちなみに本の中では上記以外にグレートアントニオというレスラーについても触れ
られていて、たしかにこの本はむやみにグレートだらけの印象がある。

しかし、私あたりがブログで書けば、「だから何?」と突っ込みが入るであろう、こんな
グレート話も森氏には
「この偶然が濃厚な場合には、概ね作品は面白い。」

と笑い抜きの自画自賛の意味づけが生じることになる。いや、事実いい作品だったし。

そして、そんな「偶然のグレート」に満ちた本書を、私は池袋駅北口にある行きつけの
インドカレー屋「グレートインディア」で、ほうれん草カレーを食しながら読んだ。(マジで)

ついでに私も「濃厚な偶然」の仲間入り希望。


森達也氏 公式サイト


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