那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

施法寺の話

2016年10月16日 | 神秘

集団ストーカー被害者の方は次のurlを押してください。(決定版が出ました。既に増補改訂版を購入された方には無料で差し上げました) http://blog.goo.ne.jp/nadahisashi/e/21522a074264a7eb4afb4fd7df2e6531 決定版は電子出版される可能性もあることをお知らせします。

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また「春名先生を囲む会」は私のHPに別途ページを作ったので次のURLをクリックしてお読みください。http://w01.tp1.jp/~a920031141/haruna.html 最新の「春名先生を囲む会」の写真をアップロードしています。この会の趣旨と目的に賛同されるかたは毎月第三金曜日の午後七時半から誰でもOKですから夢庵西八王子店(平岡町)に来てください。正面を右に進むと座敷がありますからその座敷で待っています。なお、料金について変更があります。お酒の飲めない人は2千円にしましたのでお酒の飲めない人もぜひ賛同者となって「春名先生を囲む会」で講義を聞いたり、また積極的に講義をして下さい。今月の「春名先生を囲む会」では病院でも治らなかった膝や肩の痛い人をその場で治すそうです。心当たりのある方はぜひ参加して下さい。

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 今後、微笑禅の会のネット会報は中止し、年に数度の紙媒体での会報を出すことにします。私がロックフェラーほどの資産家であれば年に5千円の会費は無料にしますが、五行歌の会の主宰・草壁先生の言われる通り、お金を出さないと文化は育たないからです。本当に悟ってみたい人は次のurlをクリックして「見性体験記」をご覧ください。http://w01.tp1.jp/~a920031141/zen.html 入会された方には「微笑禅入門―実践篇」(DVD)を差し上げます。もちろん会員から質問があれば答えますので私のメルアドまで質問を下さい。レジュメも作らず睡眠時間4時間で即興で語っています。DVDはボリュームを目一杯に上げて聞いて下さい。wasaburo@hb.tp1.jp (クリックしてもメールが開かないのでコピーして宛て先に入れて下さい)

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私が郷里愛媛で那田塾を経営していた時の話である。愛媛といえば大洲市が小京都として有名だったが当時も現在も内子町が観光地の第一として人気がある。大洲市は天下り法人により主な商店をショッピングセンターに集合させたために朝ドラ「おはなはん」で有名な「おはなはん通り」も閑散とし、大洲城址も司馬遼太郎が「街道をゆく」で罵倒しているようにその手前に商工会議所が出来たために台無しになってしまった。このブログのどこかに「一人でショッピングセンター計画をブチ壊した話」を書いているが、大洲市に私のような人間がいたらこうまで寂れなかっただろう。

 

施法寺の遠景

ところで内子町には施法寺という華厳宗の寺があった。そこの女住職(もう物故されたのではないかと思う)の占いがよく当たると聞いて車を飛ばし施法寺まで出かけた。女住職にお礼を幾らにすればいいかと聞いても決して答えず「志だけで結構です」と答えるだけだった。私は将来の進路に悩んでいたのでどうすればいいかと聞いたところ、仏壇に向かってお経を読んだ後に「あなたの先祖は和歌山から来ています。和歌山市に宇都宮という感じの小さな神社がありますが、そこはあなたの先祖が勧進して建立したところで今でも地元の人が大切に守っているのでそこに行ってみなさい」と言われた。見性体験記に書いているように私の父方の先祖は南朝の後村上天皇に使える守護大名(地頭)の森家であり和歌山の黒江市を統治していた。私は驚いて女住職に、何故先祖が和歌山から来たとわかるのですか?と聞いたところ「私の場合は脳髄に映像が見えます」と答えられた。私は早速車に乗って和歌山の親族の家に泊まりに行った。

和歌山には那田家と有馬家がある。共に親戚同士だが交流は無かった。不思議なことに私の祖母・有馬ウメと山本覚治が結婚して那田の姓になった。そこで那田家の長男に理由を聞いたところ、那田というのは雑賀衆の隠れ苗字ではないかという話だった。私は那田家に一泊し、その後有馬家の墓地を見せてもらった。有馬といっても有名な剣豪の有馬ではなく、両替商から侍株を買って侍になった家系だが、流石両替商だけあり、江戸時代から続く見事な墓石が延々と立ち並んでいるのに感動した記憶がある。森家は黒江市に行って様々な人に聞いたところ、娘さんが北海道に嫁いでしまい子孫が絶えたとの話だった。

そこで電話帳を調べ神社の名前を調べると「宇都宮」に似た「若宮」と言う名前の神社が4つあった。私は車を飛ばして全ての若宮神社にいったが、紀三井寺のすぐ下にある小さな若宮八幡神社の境内に入ったとたん吐いてしまった。直観的にここが先祖が勧進した神社だと思い、お札をもらおうとしても宮司がいない。近所の家で聞いたところ女住職のいう通り一般の人がその神社を守っていた。そこでお札を買って愛媛に帰ったのである。

もう一度、施法寺の女住職に占ってもらったことがある。それは私が早稲田の非常勤講師のときだった。非常勤講師は薄給で一週間にヒトコマ(90分)を教えて僅か3万円にもならない。郷里の母の仕送りに頼らないと生活が出来なかった。そこで、一刻も早く正教授になり母親を呼び寄せたいと思い、自分の写真と一万円を封筒に入れ、施法寺に送り窮状を訴え、どうすれば正教授になれるかと書いて送ったところ、返信があり、1万円は頂き過ぎですので5千円を返します、と5千円札が入っていた。そして「写真をみて以前この寺に来られたことを思い出しました。正教授になりたいのならあなたの上司に当たる背の低い人と懇意にすればうまく行きますが、他の仕事に就いても成功するでしょう」と書いてあった。例の「君を必ず教授にするから」と言われたのに絶縁状を書いた私の指導教授も、指導教授の片腕となって今は日本映像学会の会長になっている男も(見性体験記をよく読めば書いているが)共に私よりも背が低かったが、結局懇意にはなれなかった。他の仕事が上手くいくかどうかは分からないが、このような神秘的な能力の持ち主は必ず存在する。

私が大学生の時に「大乗起信論」を講義してくれた宗教哲学の大家・平川彰先生に授業の後で聞いたところでは「それは宗教哲学ではなく宗教現象学の分野に属するが、天理教の初代・中山ミキは本物だったようですね。二代目からダメになったようですが」と言われた。

明日のブロクの話題もこのような神秘について語ることにする。



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