那田尚史の部屋ver.3(集団ストーカーを解決します)

「ロータス人づくり企画」コーディネーター。元早大講師、微笑禅の会代表、探偵業のいと可笑しきオールジャンルのコラム。
 

見性体験記(続き)

2017年04月04日 | 

 集団ストーカー被害者の方は次のurlを押してください。(既に増補改訂版を購入された方には決定版を無料で差し上げました) http://blog.goo.ne.jp/nadahisashi/e/21522a074264a7eb4afb4fd7df2e6531 電子出版される可能性もあることをお知らせします。

 また「春名先生を囲む会」は私のHPに別途ページを作ったので次のURLをクリックしてお読みください。http://w01.tp1.jp/~a920031141/haruna.html に最新の「春名先生を囲む会」の写真をアップロードしています。この会の趣旨と目的に賛同されるかたは毎月第三金曜日の午後七時半から誰でもOKですから夢庵西八王子店(平岡町)に来てください。正面を右に進むと座敷がありますからその座敷で待っています。なお、料金について変更があります。お酒の飲めない人は2千円にしましたのでお酒の飲めない人もぜひ賛同者となって「春名先生を囲む会」で講義を聞いたり、また積極的に講義をして下さい。先月の春名先生を囲む会は中止になりましたが今月は必ず開催されますので是非参加してください。

今後、微笑禅の会(非宗教)のネット会報は中止し、年に5千円の護持会日と数度の紙媒体での会報を出すことにします(メールで済ますこともあります)。私がロックフェラーほどの資産家であれば年に5千円の会費は無料にしますが、五行歌の会の主宰・草壁先生の言われる通り、お金を出さないと文化は育たないからです。本当に悟ってみたい人は次のurlをクリックして「見性体験記」をご覧ください。 http://w01.tp1.jp/~a920031141/zen.html             入会された方には「微笑禅入門―実践篇」(DVD)を差し上げます。もちろん会員から質問があれば答えますので私のメルアドまで質問を下さい。レジュメも作らず睡眠時間4時間で即興で語っています。DVDはボリュームを目一杯に上げて聞いて下さい。wasaburo@hb.tp1.jp (クリックしてもメールが開かないのでコピーして宛て先に入れて下さい)

なお、微笑禅の会の口座番号に変更があります。入会手続き入会金なし。会費は年に5千円とし、ゆうちょの以下の振替口座 00130-7-447671 名称「微笑禅の会」に振り込んでください。その際は住所氏名他連絡先、男女の区別を明記して下さい。以上、会員になりたい方はこの口座に会費を振り込んでください。

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 ちなみに藤平光一とは、肋膜炎を克服するために坐禅からはじめて合気道を学び、合気道の創始者で様々な伝説を持つ植芝盛平に師事して植芝を超え、前述の中村天風に師事して天風を超えた天才型の合気道家であり、現在のように合気道が海外へ広く流布したのはこの人の貢献によるものである。この人の言葉にも私は大きな影響を受けた。丹田と眉間の関連性だけでなく、次のエピソードも紹介しておこう。
藤平氏は参禅により様々な公案も透過して、死ぬことなど怖くないという心境で戦地に赴いたが、実際の戦闘に巻き込まれ機銃掃射を受けると、それまでの修行の成果など吹っ飛んで死の恐怖に慄いた。そこで「私が修行を続けているのは天地から使命をもらっているからだ。しかし自分はまだ何も世の中のために役立っていない。もし自分がここで死ぬとすれば天地に心などないことになる。そんな天地に未練はない。いさぎよくおさらばしよう。死ぬも生きるも天地任せだ」と腹をくくり全身の力を抜いたら、敵の銃撃が怖くなくなった、と記してある。
坐禅は、生きながら死を体験する側面があるので、私も「いつ死んでも怖くない」と思っていたが、このエピソードを読んで、観念的な覚悟と実際的な覚悟との距離を思い知らされた。中村天風も同様に、剣道の達人が馬賊に出会ったときに恐怖のあまり全く役に立たなかったエピソードを披露して、普通のときは誰でも落ち着くことが出来るが、窮地に陥ったときこそが大事なのだと「晴れてよし雲りてもよし富士の山」という道句を紹介している。確かにどん底のとき、大変なことが起こったとき、果たして霊峰富士のように泰然としていられるかどうか、まさにそのときに人間の器が試されるのである。
腹をくくって、力を抜いて、丹田に気を籠めて、いつ何時でも堂々と生き、そしてにっこり笑って死ぬこと・・・その大切さをこの二人に教えていただいた。

 それにしても玄侑宗久さんからのメールが届かない。2007年12月18日に出してから年が明けても返事がないので、松の内が過ぎた2008年1月8日に再度メールを出してみた。すると同日にすぐに返事があった。
法事や葬儀が重なり返事が遅れましたと謝罪の言葉があり、私の坐禅について、「確かにあなたは坐禅の要諦をすでに掴んでおり、禅定をあっさりものにされています」との回答があった。この言葉を読んで私はその場で踊り出したいぐらい嬉しかった。雑念が起きず無念無想になる私の禅は根本的にどこかおかしいのではないか、とそれまで心の奥に蟠っていた不安が一瞬にして消えた。よし、俺は坐禅の才能がある、これからもますます精進しようと心に誓った。

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