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初韓国から34年目、ぺヨンジュン家族15年目突入!今年も7月9日~9月1日迄ソウル生活。

オンニ母娘との扶余旅行④ー「百済文化団地」~宋山里古墳群(武寧王陵)

2017-10-05 22:45:05 | 2017年夏ソウル生活
二日目の続きです。
宿泊したロッテリゾートの向かい側には「百済文化団地」という大規模歴史テーマ
パークがありました。百済最後の宮殿である泗沘宮(サビグン)、陵寺(ヌンサ)、古
墳公園、展望台、生活文化村、慰礼城(ウィレソン)の合計6エリアから総合的に百
済時代を見て感じるようになっているようです。

テーマに歴史とか百済と付いていても、観光目的で作られたテーマパークにはあま
り興味が湧かず、いつもなら素通りしてしまうところでしたが、オンニ母娘の希望
で立ち寄ることになりました。


正面に泗沘宮、右の方に陵寺の5層木塔
 

報告を書こうと撮った写真を見返していていつも思うのは、写真の枚数が少ないこと
です。とりわけ興味を持たなかったものについてはカメラを向けさえしていません。
それで報告の段になっていつも情報不足に悩まされます。今回も泗沘宮の内部を全く
撮っていませんでした。

陵寺についてはかろうじて若干写真があります。多分五層木塔(日本ならさしずめ
五重塔と呼ぶ建築物です)に惹かれたのでしょう。韓国のお寺に行くと、よく石塔が
眼につきます。ここ陵寺では木塔ということで、日本の古代寺院との関連が思われ
興味を惹かれます。



パッと見は違います・・・・が、日本のものだって柱が朱に塗られたものもあります。
でも構造は、きっと~~



一番奥の柱は、多分心柱と呼ばれる柱と思われます。工法は日本のと同様か?気に
なりますが、解説には建立の由来が主で、工法に関する記述が無く残念!

陵寺:百済王室の代表的寺院で、本来はここから十余㎞
離れた扶余郡(プヨグン)扶余邑(プヨウプ)陵山里(ヌンサンリ)の羅城と古墳
群の間で発掘され、原寸大でここへ再現した。
陵寺は威徳王が父聖王の為に建てた寺で、百済最高の遺物と評価される国宝287号
百済金銅大香炉が発掘されたところであり、今から1450年前である567年に建立さ
れた事を立証する国宝288号昌王銘石造舎利龕が発掘された。
聖王(523~554)は現在の公州である熊津からここ扶余の泗沘へ遷都(538年)し
た王であり、管山城の戦闘で戦死するに至り、息子の昌王(威徳王)がこの陵寺を
建立するに至った。
昌王銘石造舎利龕はこの五層木塔中央柱を支えている心柱石から発掘され、その
銘文の内容は聖王の息子として554年王位についた昌王によって567年造られ聖王の
娘であり昌王の妹が舎利を供養したとある。舎利を奉安した年代と供養者がはっきり
しており百済の寺址としては最初の、寺の創建年代が遺物によって明確に確認できる
唯一の事例であるということができる。

この五層木塔は高さ38メートルに達し、国内で初めて再現された百済時代木塔であり
現代的装備も無く、建築技術としても復元に多くの難点があった事を考えると今から
1450年前に、アパート13階建て規模で釘一本使わず、はめ込みなど伝統技法で建築
された点などはまさに驚異といえるほどの優れた建築術の真価を見せてくれる建物
であるといえる。
(以下省略)
 


お昼は蓮の多い扶余ならではの蓮ご飯。



昼食の後は公州へとハンドルを向けてもらいました。扶余を見たからには、都を移す
前の公州も、チングやオンニに見ておいてもらいたいと思ったからです。公州のとり
わけ宋山里古墳群は、被葬者が明らかとなっている武寧王陵があります。現在は内部
への立ち入りは出来なくなりましたが、敷地内に実物大の模型展示館があり、今回じ
っくりと観察してきました。圧倒的な臨場感で、1500年の静かな眠りの場所の詳細を
伝えてくれていました。
当時の朝鮮半島では産出されていない「コウヤマキ」で作られた棺や副葬品等出土品
は、博物館に全て展示されています。古墳群を見て案内表示に従ってしばらく歩いて
行くと博物館です。低いですが宋山という山にありますから若干の傾斜がありますが
坂道が苦手な私が、難なく歩けるし、山道の可憐な野の花には癒されます^^




でも膝や腰に故障のある人は、古墳群を見学後は外部の道路からぐるりと回って博物
館へ行ってくださいね。


博物館見学後は大邱方面へ帰るオンニ母娘に大田迄送ってもらい、KTXでソウルへ無事
戻りました。途中一緒に家まで行こうだの色々提案され、私は無論のこと今回オンニ母
娘との旅を初経験したチングもかなりその気になりましたが、いつも2歩も3歩も先回
りして気配りしてくれるオンニの娘さんに、更に負担を掛けることになるので固辞して
帰りました。

旅行中の費用負担は割り勘にして欲しかったのですが、まず宿代はお母さんとの旅行の
為に姉妹で負担したから、お母さんのチングは当然自分たちがお世話をさせてもらうと
出させてくれません。見当をつけて適当な額を渡すことも考えましたが、好意を無碍に
するのも何なので、それでは旅行中の食事は、私たちで持ちますとしたのですが・・・
・もたもたしているうちに、先に支払いを済まされてしまうこともあり~、何かと経済
的負担をかけさせてしまうことになるのが心苦しいです。
次は、8月にオンニの家を訪問する予定で、その時は娘さんにお世話を掛けないように
しようと決意したのでした^^;
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2 コメント

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原風景のような錯覚 (Fs)
2017-10-05 23:53:14
陵寺と宋山里古墳群(武寧王陵)は残念ながら私はいけませんでした。
蓮池は蓮の花が終わっていたのでわずかしか見ることが出来ませんでした。

こちらの記事、とても勉強になります。

扶余は、とても懐かしい雰囲気がして、印象深いところですね。
「百済金銅大香炉」は、絵葉書も買いました。

扶余はやはりもう一度行きたいな‥。田んぼや農家のつくりなどを見て、日本の農村風景の原点のような雰囲気だと感じました。
Fsさん、こんにちは (はる)
2017-10-06 12:34:33
扶余にとても懐かしい雰囲気を感じるのは、私も同じです。
ソウルのような大都会から離れ、さしたる高層ビルも無い、言ってみれば
戦後世代の年代が幼少期を送った頃の日本の姿を彷彿と感じさせてくれる
からではではないでしょうか。

田舎のほのぼのとした空気感、日本の地方にもあるのかもしれませんが
私の場合、どうしても行き慣れた韓国の田舎に気持ちが向かってしまいます^^

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