猫のキキとヒゲおじさんのあんじゃあない毎日

『あんじゃあない』って、心配ない、大丈夫っていう群馬の言葉、いい歳こいたキキとおヒゲのどうってことない前橋の暮らしです

前橋の路地 第1回 愛宕さまから焼き鳥さくまへ です。

2017-09-15 06:03:57 | 前橋の路地

今日から『前橋の路地』シリーズをはじめます。『路地』って言いますけど、市道だったり、私道だったり、区別はつきません。ただし、「私道につき立入禁止」などという看板の出ている道は扱いません。通り抜けられる道を原則にします。そして、わざわざ探す訳ではなく、いつも通っていたり、たまに通り抜けたり、暮らしの中の記憶が残っている道にします。だから、普通の道の話です。そして、毎日でなく、気が向いたら掲載します。
写真は、昨日の夕方近く、キキの薬をもらいに狩野動物病院へ行ったときに、中央大橋の上から見た利根川と榛名山です。ぼやけた風景になってました。キキの闘病生活は、1年9ヶ月と7日になりました。

 

前橋の路地 第1回 愛宕さまから焼き鳥さくまへ

 住吉町2丁目の愛宕神社、伯母さんの二代目吉駒が初舞台を踏んだ柳座は、かつてはこの社の西隣にあった。直派若柳流の舞踊会、美登利会や若扇会も柳座で始まった。その柳座は前橋空襲を待たずに火災で焼失してしまって今は無い。
愛宕さまは火伏の神さま、元禄15年(1702年)に前橋城主の酒井忠舉が再建し、今日に伝えられているという。その、愛宕さまの拝殿に向かって右手へ回り込むと大きな公孫樹の木、その脇を抜けると裏口がある。

 5、6段の階段を下って、裏手の住家の脇をすり抜けると、愛宕さまの裏通りに出る。子どもの頃、日吉町3丁目に住んでいたので、まちへ出るとき近道に使わせてもらった道だ。

 愛宕さまの裏通りの向こう側に路地の入口が開いている。右手は生け垣、左手はブロック塀、でも、ブロック塀側の住宅は住む人がいなくなったらしく、取り壊されて今は空き地になっている。その西隣の家も、空家であった気がするのだけど…

  古い小さな木造住宅の前にトラックを改造した移動販売車が停まり、営業中の幟旗が秋風に揺れている。夏の初めにここを通ったときにはこんなんはなかった。
『六百文』という店だ。貼り紙を見ると、とうやら弁当屋、チャーシューと鶏のから揚げの弁当を売っているらしい。

  声をかけると若者が出てきた。尋ねると、この家は彼の祖父の家で、住む人がいなくなったのでブロック塀を壊して駐車スペースを作り、この夏から営業を始めたという。チャーシュー丼を注文する。ご飯の量で『並』と『小』があって、並は600円、私は小を選んで500円。
「タレを選んでください」、チャーシューにかけるタレがチョイスできる、添えられた野菜炒めの辛味も好みで頼めるようになっていた。
こんな裏通りで商いになるのか少し心配だけど、無住の家だったところに灯が点ったのはなんともうれしい。

 丼を買って路地に入る。路地はすぐに右に曲がる。秋海棠の花が咲き乱れている。その中に、ホトトギスも伸び出してきていて、もうじき花を咲かせるみたいだ。
この路地の家には、何処も人の暮らしの気配がある。

板塀がある。左側の家は、入り口にたくさんの植木鉢、さまざまな草ぐさが人と暮らしている。

  その中から、ヒガンバナが伸び出して花を咲かせている。
右手の板塀の下は一面のゼニゴケだ。しゃがみこんで探してみたけど、破れ傘と呼ばれる雌株にできる雌器は見つからなかった。時期でないのだろう…
この先の家にはよく吠える犬がいたんだけど声がしない。散歩にでも出かけてるのだろう。

路地を抜けると焼き鳥『さくま』の前に出る。昼間だから仕込中だ。
1951年、私の家族は天川大島町の戦災住宅から旧清王寺町(現日吉町3丁目)の家に越してきた。その時から、『さくま』はここにあった。銃を構えたおじさんの看板、当時の建物にも取り付けられていた。
店の前には佐久間川が流れ、佐久間橋という名の橋が架かっていた。まだ、赤城県道は真っ直ぐに付属小の前に抜けていないで、突き当りに日産のトラック工場があった。
佐久間橋を渡った対岸の川岸に『飯野』という名の理化学実験用具などを扱う会社があった。私と同級生の息子がいた。長じて、酒と焼き鳥をこよなく愛する暮らしをしていたけど、若くして逝った。

 
               前橋の路地 第1回おしまい

                                                                     

 用足しに出かけたとき、三河町で出会った、草むらで遊ぶ猫です。
昨日の午前中は、JAファーマーズで食材を買い込んで惣菜づくり、3時間ほど頑張りました。

   

   

クルミちりめん、大豆とヒジキの煮物、鶏肝のワイン煮、生椎茸の含め煮、刻み昆布入りの炒りおから、揚げナスの煮物、揚げ麩の煮物、以上七種類です。
ユキ子さんのご両親のところと、ひとり暮らしの友だちのとこ2軒へもお裾分けしました。
友だちの一人は、施設に入所している老母が一時帰宅してきたので一緒に食べたって知らせてくれました。「よく食べてくれて嬉しかったです」とのこと、母親は、もう96歳になったんだっけな…

 

   わが家の夕食は、サヤインゲンと庭で採れたトマトのスープ、干しブドウ入りのポテトサラダ、青ジソ入りのミルフィーユカツとナスとマイタケのフライです。まだ、しばらく庭のトマトは楽しめそう嬉しいですね。

これ書いているとき、Jアラートが鳴り響いて、少し作業を中断しちゃいました。困ったことですね。

 

 直派若柳流の若柳糸駒ことユキ子でございます。
師匠は祖母の初代若柳吉駒、今は伯母の二代目吉駒の下で修業しております。来春の美登利会は75回目の節目を迎えます。4月8日に開催いたしますので、引き続きよろしくお引き立ていただきますようお願い申し上げます。

今春の第74回美登利会の舞台の様子はコチラでご覧になれますす
お稽古場は前橋市城東町四丁目です。詳しくはコチラをご覧ください

 それから、東京新聞社主催の『推薦名流舞踊会』(国立大劇場・9月23日)に出演させていただきます。清元「卯の花」をつとめます。

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