菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2011/02/28 ブログパーツ削除

2011-02-28 23:22:56 | (1)始まり・菜花亭日乗


ブログパーツの「人気ブログランキング」を削除した。


理由は、閲覧数が自動的にカウントされる仕組みではなく、人気投票を別途行う必要がある仕組みになっている。


閲覧した後、別に投票を要求されるのは閲覧者にとっても煩わしい。
 自分が閲覧者でも投票を要求されるのは煩わしいと感じるから。



 

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2011/02/28 日記 野焼き

2011-02-28 23:10:13 | (2)日記

2011/2/28 (月) 旧暦: 1月26日    6時13分  17時34分  3時12分  13時18分  25.02  甲寅 (こういん,きのえとら)  友引  六白金星 


今日の季語: 野焼き


 



(いっちゃんさんの旅行ブログ より転載)



『野焼き(のやき)は、野山の植生を焼くことである。主に半人工の植生を維持するためになされるが、半永久的に農地として供するためになされることもある。


 日本の野焼き
北海道の野焼き日本では、春先のまだ草本の新芽が出ない時期に、野山の枯れ草を焼く。山焼きとも言う。


日本の自然の状態では酷寒地を除き、草原は森林へと遷移する。野焼きを行うことで、この遷移が止まり、草地のままに維持される。また、有機物の蓄積を減らし、無機塩類とすることで新たに出る若草のための肥料とする効果があるとされ、また、害虫を焼き殺す効果もあるものと考えられてきた。古くから、日本人は、野山を草地として継続的に利用するために、野焼きを行っている。
...』(Wikipedia)



野焼き・焼野の俳句:


・半鐘を打つて野焼の始まれり 太田土男


・野焼の火炎生みては風を呼ぶ 西村和江


・しのゝめに小雨降出す焼野かな 蕪村


・帰り来よ阿蘇は焼野となつてゐし 稲畑汀子


・焼野はや雨に息吹ける匂ひあり 武政礼子



新しい若草の芽生えのために野を焼く。
虫は焼け死んだり、小動物は住まいを失ったりするかもしれない。
だが、焼野となった土地には雨が降り、黒焦げの土から新芽の緑が伸びてくる。
 若い世代のために枯れた旧世代は焼き払われなければならない。
 地中海沿岸で起きているジャスミン革命も一種の野焼きと言える。



 

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2011/02/27 東京マラソンの市民ランナー

2011-02-27 23:42:52 | (22)格闘技・スポーツ


こういうことが起きるから面白く、世の中も捨てたものではない。


有望選手が脱落し、初参加だが折り紙の実力選手が先行する中、追い上げ、日本人1位でゴールした川内選手は、ゴールイン後、力を使い果たし倒れこんだ。


 



(読売新聞より転載)


係員に二人に両肩を抱えられて、車椅子に乗せられた川内は、苦しそうに口を開けて喘いでいる。


カメラは後から入ってくる選手のゴール方向に切り替えられた。


優勝のメコネン選手の後に川内選手のインタビューがあると待っていると、放送がない。
 そのうち、医務室に運ばれたとのことだった。


マラソンを走り終わった後、平気でインタビューに答える選手を見て、鍛錬している人は違うな~と感心する一方、不謹慎にもそんなに元気が残っているならもっとタイムを縮めればと思うこともあるレース後のインタビューシーン。


今日は違っていた、川内選手は答えるどころか、医務室直行だった。


誰も日本人1位を予想しなかった川内選手は、マラソンを走るたびに自己記録を更新し、順位を上げているそうだ。
 これは素晴らしいことだが、もっと素晴らしいのは川内選手は実業団でも強化指定選手でもない一般の市民ランナーということだ。


『びっくり市民ランナー!公務員の川内 3位で世界切符
2011年2月28日(月)06:00


 ◇東京マラソン(2011年2月27日 東京都庁前~臨海副都心の東京ビッグサイト)


 市民ランナーが快挙を達成した。男子で、実業団に所属していない川内優輝(23=埼玉陸上競技協会)が2時間8分37秒で3位に入った。日本勢トップで2時間9分30分を切るという条件をクリアし、世界選手権(8月、韓国・大邱)代表に決まった。初マラソンの尾田賢典(30=トヨタ自動車)は川内と26秒差の4位となり、世界選手権代表候補に名乗りを上げた。


 余力は残っていなかった。ゴールテープを切ると川内は倒れ込んだ。けいれんを起こして医務室へ運ばれた。市民ランナーが実業団の選手を抑えて日本人トップ。世界選手権切符を手にした。異色の新星は「市民ランナーでもやれることを見せられた」と誇った。


 驚異のスパートだった。39キロ手前の上りで猛然と3位集団に迫った。「ここまで来たら、せこいことをせず一気にいくしかない」。直後の下りを利用して抜き去った。最後の2・195キロは優勝したメコネンを上回る6分52秒で走り抜けた。


 昨年は4位。招待選手で出場した今回は「出来過ぎ」と自らも驚く2時間8分37秒で3位。自己記録を3分59秒も更新した。学習院大時代には関東学連選抜で箱根駅伝の山下りの6区に出場。実業団の誘いも受けたが「公務員試験の勉強を始めていたので」断り、09年春に埼玉県職員となった。


 普段は県立春日部高校の定時制でフルタイムで働く。平日は午前中に2時間のジョギングができる程度。月間の総走行距離は600キロ前後で実業団の選手の半分程度。だが駒沢公園を20周する43キロ走や登山道を走るなど工夫を重ねて「マラソンなら勝負できる」と自信をつけた。合宿や遠征で年間70万円ほどを自費で賄っているだけに3位の賞金200万円は「本当に助かる」と笑った。


 1月の都道府県対抗男子駅伝に埼玉の一員で出場し最終7区で区間41位と大ブレーキ。「埼玉県の名誉を傷つけたので挽回したい」とその時のユニホームを着て快走。苦い思い出も払しょくした。今回が6度目のマラソンで医務室に運ばれたのは5度目。「いつも死ぬ気で走るから」という姿勢も快挙につながった。


 世界選手権に向けては「有給休暇を取って行けたらいいかな」と笑い、公務員らしく「僕程度のレベルではまだ世界と戦えない。出るからには入賞を目指したい」と手堅い目標を口にした。


 ★経歴 1987年(昭62)3月5日、東京都世田谷区出身の23歳。埼玉・鷲宮中から陸上を始め、春日部東では3年連続で関東高校駅伝出場。卒業後は学習院大法学部政治学科に進学。在学中に公務員試験に合格し、09年4月から埼玉県職員。


 ★箱根駅伝 学習院大時代に関東学連選抜で2度、山下りの6区を走り、2年時は区間6位、4年時は同3位だった。大学時代に他に関東インカレ2部ハーフマラソン3位、立川ハーフマラソン6位、上尾シティハーフマラソン3位の好成績。


 ★勤務 県立春日部高校定時制の事務員。平日の勤務時間は午後0時45分から午後9時15分。そのため平日の練習は午前中のみ。土曜に駒沢公園に出向いて走り込む。


 ★サイズ 1メートル72、59キロ。
』(スポニチアネックス)


川内選手の活躍は、実業団の選手・陸連に衝撃を与えているそうだ。
 恵まれた環境でコーチの指導を受けながら練習する選手が本番で活躍できないなか、一人で練習する川内選手がそれ以上の結果を残している。


適切な例えではないし、競馬のことは門外漢だが、昔ハイセーコーと言う競走馬がいたらしい。北海道の地方競馬の出身だが、地方で認められ中央競馬に乗り込み、大活躍したそうだ。
 川内選手も日本で、世界で、そんな活躍を今後期待したいものだ。


結局のところ、本人が本気で・好きで・自分で・死ぬ気でやれば結果が付いてくることを証明してみせたこと。環境だけが結果をもたらすものではないこと。
 この衝撃は、大きい。実業団・陸連に与えた衝撃は、跳ね返って、全体のレベルアップに繋がり、昨今の男子マラソンの低迷に活を入れることに繋がることをみんなが期待している。



 

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2011/02/27 日記 さより

2011-02-27 22:39:22 | (2)日記

2011/2/27 (日) 旧暦: 1月25日    6時14分  17時33分  2時26分  12時19分  24.02  癸丑 (きちゅう,みずのとうし)  先勝  五黄土星  一粒万倍日、八専間日


今日の季語: さより(細魚、針魚)


 



(店主のひとり言 より転載)


『サヨリ(?、細魚、針魚、学名:Hyporhamphus sajori)は、ダツ目・サヨリ科の海産魚。沿岸の海面近くに生息する細長い魚で、食用魚でもある。


特徴全長は最大40cmほどで、同じダツ目のサンマとよく似た細長い体型をしている。サヨリ科一般の特徴として下顎が長く突き出し、上顎は小さな三角形の弁状にしか過ぎないが、この一見アンバランスな形の口器の適応的意義はよくわかっていない。ただ、同じトビウオ上科のトビウオ類も、稚魚のときに同じような下顎の伸張が起こることが知られている。この下顎の先端は生きているときには赤い。背中は青緑色だが腹側は銀色に輝き、筋肉は半透明である。


腹膜は真っ黒で俗に「見かけによらず腹黒い人」の代名詞とされることもあるが、これは筋肉が半透明で光を透過しやすい魚によく見られる現象で、恐らく腹腔内に光が透過するのを防ぐ適応とみられる。同様に腹膜が黒いコイ科の淡水魚ハクレンでは、成長に伴って食物が動物プランクトンから植物プランクトンに移行する時期に急速に腹膜が黒変することが知られているが、この移行時期に強い日光を浴びると、消化管に取り込まれた植物プランクトンが光合成を行って酸素の気泡が発生し、消化管が膨れ上がって水面に腹を上にして浮かぶなどの障害が発生することが報告されている。サヨリも後述のように成長に従って海藻も食べるようになるため、あるいは摂食した海藻の光合成を抑制する意味があるのかもしれない。
...』(Wikipedia)


 


さより・針魚の俳句:


・さより食ふ耳きよらかにありにけり 和田耕三郎


・おぼろ夜や舞坂いづる針魚舟 水原秋櫻子


・ちりやすくあつまりやすくサヨリらは 篠原 梵


・口先に紅さす旬のさより買ふ 高間礼子


・青空の映れる水に針魚みゆ 長谷川櫂



先日の会食の際のお造りに針魚の刺身が入っていた。
冷酒と燗酒の肴にしたが、酒を引き立てるさっぱりとした肴だ。


 
(yamabusi のヌルイ日々 より転載)


この写真の三分の一位の細切りだったが、まだ大人になっていない若い針魚の刺身は、あっさりとした頼りなさに春の浅さを感じさせた。



 

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2011/02/26 白老(澤田酒造)蔵開き (その1)

2011-02-26 23:45:46 |    酒蔵

 天気に誘われて、常滑の白老(澤田酒造)の蔵開きに出かけた。
2008年の蔵開き以来3年ぶりだ。あの時は猛烈な風が吹いて、極端に寒い日だった。帰りのバスを待つ時間が厳しかった。
 今日は風がないので安心だ。


朝早く起き、用を済ませ、交通機関を乗り継いで常滑駅に着いたのは9時半過ぎ。
 常滑駅で日本酒の会の二氏と逢う。流石、両氏ともご精勤である。
 蔵が提供する送迎バスに乗り込み、蔵に到着したのは、開始時刻より20分ほど前だった。
 蔵の入口から、開場を待つ人達が長蛇の列をなしていた。今日明日は蔵開きが多い。明日からは天気が崩れるとの予報なので、今日は殊の外人出が多い。
 我々が並んだ後も次から次にやってくる。車で来ている人たちも多い。行列の横の狭い道路をひっきりなしに入ってくる。


 
あまりの混雑ぶりに近所迷惑になることを防ぐためか、10:00開場より前に入場が始まった。


 
知多は元禄時代から酒造りが行われた銘醸地だが、澤田酒造も幕末嘉永年間創業の歴史がある由緒ある酒蔵だ。
 老の字体は走のように見える特殊な字体だ。


 
参加者は次々と入場料500円を支払い、受付を済ませ、搾りたて新酒利き酒券とおみやげ券を受け取り、蔵内に入る。



【利き酒】
通常の流れは、酒蔵見学のコースに流れるように設定されているが、我々は利き酒会場に先に向かう。
 混雑する前なので、会場はまだ余裕のある状態だった。


 
澤田酒造の蔵開きは、白老のほとんどの銘柄を利く事できるありがたい蔵開きだ。最高級クラスからレギュラー酒、古酒から搾りたて、蔵開き限定酒まで白老のほぼ全体を自分の舌で確認することができ、白老のイメージをはっきりさせることが出来る。


 


 


 


今日、利くことが出来た銘柄は、22銘柄にもなる。


・百禄(はくろく)
・豊醸 j純米大吟醸 秘蔵十年酒
・万寿白老 純米大吟醸 三年古酒
・千本錦吟醸
・千寿白老 純米
・豊穣 純米吟醸 限定酒
・登窯 純米吟醸
・蔵人だけしか飲めぬ酒
・初しぼり 生原酒
・大吟醸 あらばしり
・純米大吟醸 しぼりたて生
・千本錦 吟醸しぼりたて生
・純米吟醸 しぼりたて生
・若水純米生
・純米春うらら
・からから 白老 辛口本醸造
・知多白老梅
・あばれ酵母
・純米白老
・樽酒
・上撰白老
・金印白老


個々の銘柄の印象は、それぞれ個性があるが、すべて書くのは避けて、全体の印象を書く。


白老の酒は、しっかりとした骨格を持った造りである。甘さ・酸味・辛味・苦味の総合された厚味のある味わいだ。大吟醸といえども軽い細身の姿ではなく、たっぷりとした肉付きの豊満さがある。銘柄ごとに味の力点が異なるが、舌触りが丸く、なめらかであることは一貫している。
 酒単独で味わうことより肴と一緒に愉しむと白老の各銘柄は力を発揮するように造られている。
 香りは、吟醸香のものもあるが、表現は難しいが澤田酒造の個性を感じさせる含み香を持つものが多い。白老ファンにはほっとする香りだ。


同行者は、金印白老のバランスの良さに驚いていた。味の偏りがなく、舌触りが滑らかで快い。晩酌にお薦めの銘柄だ。


 筆者が最も白老の特徴を感じたのは若水純米酒。
澤田酒造は米にこだわりを持った蔵だが、この酒は愛知県の酒造米若水で醸された酒。甘・酸・辛の三味が厚く、舌触りは滑らかで、のみごたえがあり、相性のよい肴を色々と試してみたい気持ちにさせる。白老の特徴が良く出ている酒だ。
 佐布里梅を使って造られた梅酒「白老梅」も白老の良さを感じさせる。焼酎の梅酒は甘く梅の香は良いが味わいに乏しい、白老梅は白老を使用して造られているので甘く梅の香を楽しむことができるのは当然だが、焼酎にはない味の深さ・濃さ・旨みを感じることができる。割り負けしないだろう。


時間が経つに連れ、利き酒会場も大混雑となった。
利き酒のカウンターは、酒を注がれたら一旦後ろに下がり次の人に場を譲るのがマナーだが、そのままその場で飲み続けたり、長話をする人がいる。そのため、先を争うことになり、押し合い状態になる。
 また、後ろのほうでは、会場につまみは持ち込まないようにという掲示がされているにもかかわらず、持ち込んで宴会をしているグループが居る。まともに利き酒が出来る雰囲気ではなくなってきたので中庭に出る。


中庭では、参加者が座ったり、立ち話したりでのんびりと時間を楽しんでいる。宴会をするのであれば、中庭ですれば良いのだ。
 甘酒も用意され、下戸の人も飲み助も施しを受けることができる。


 
仕込み水の井戸から常時流れている水を手柄杓で自由に酌むことができ、参加者はその儘飲んだり、ペットボトルに詰めたりして楽しんでいる。


 

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2011/02/26 白老(澤田酒造)蔵開き (その2)

2011-02-26 23:35:11 |    酒蔵

【蔵見学】
受付を終えると、通常は蔵見学のコースに進む設定がされている。
靴を手渡されるビニール袋に入れ、スリッパに履き替えて蔵内に入る。


 
造りの工程に沿って進むことになっているので、蔵見学が初めての人でも分かりやすい。


<o:p> </o:p>
 
 
伝統的な造りにこだわりを持つ澤田酒造の蔵見学では、伝統的な日本酒造りの道具も展示されている。


 
工程ごとに表示、説明、写真が用意されているので、関心があれば細かく勉強することもできる。


 

蒸しの工程は、最も澤田酒造の造りのこだわりが感じられる工程だ。


 
釜は、ボイラーではない、和釜である。


 
巨大な木製の甑である。
現役の木製甑を見学できる蔵は殆ど無い。
日本の伝統的な酒造りの蔵見学が澤田酒造では可能てあり、文化的な意味合いを感じさせる蔵見学になっている。


 
木製の甑を使い続けることは、ステンレスの甑を使うより、格段に難しい。
 甑を造る木材・技術も今では入手困難だ。


 
説明はないが、蒸した米を適温にする放冷機だと思われる。


 
酒米にこだわる澤田酒造の使用する酒米の展示と説明があり、初心者の勉強になる。


 
澤田酒造は、自家製の酒米も作っている。


 
コーナーには生花がお出迎え。




酒造りの聖地である麹室。
詳しく写真入りで説明されている。


 
室内に立ち入ることは、多くの酒蔵同様、出来無い。


 
仕込みの工程。


  
二階は、甑を中心とした酒造り道具の展示。澤田酒造の紹介スペース。


 


 
二階から降りる階段は年輪を感じさせる木の階段。まだまだ現役だ。


 
一階の仕込みタンク。


 


 


 
タンク関連の道具も展示されているのは珍しい。



  



 
サーマルタンクもある。


 
蔵見学の最終は、搾りたて原酒の試飲。


 
ヤブタで搾られた新酒が流れてくる。


 
それを汲んでいただいて、試飲することが可能だ。



この搾りたては、当然だがピチピチした爽やかさを感じるもので、今日の酒の中では最も爽やかなものだ。


残念だったのは、この搾りの場で屯したグループが居り騒いでいたことだ。大声でこれで5杯目だと言いながら、持ち込んだ摘みで飲みながら宴会状態である。
  宴会は外に行うことができるようにスペースも用意されている。ここは蔵内であり造りの現場である。
 其処につまみを持ち込んで宴会をすることなど言語道断の行いだ。良識のないバカ者たちだ。


蔵開放が終わると出口に向かうが、出口に向かう通路には販売コーナーがある。


 
白老の銘酒は勿論の事、酒粕、知多の名産品、お菓子、常滑焼などが販売されている。


 



最後に、おみやげの引換券を渡すと箱が渡された。
家に帰り、箱を開けると常滑焼のぐい呑みが入っていた。
このぐい呑みだけで入場料以上の価値があるものだった。


昼が近くなったので、帰りのバス乗り場に向かう。
三年前と違い、冷たい風の代わりに穏やかな陽の光がある。
 良い蔵開放だった。蔵見学も伝統的な酒造りの勉強が出来る内容だし、利き酒では白老のほとんどすべてが理解できるし、参加者の様々な希望を叶えるような蔵の気配りが感じられた。


暫くすると、かなり酔っ払ったグループがやってきた。バスが来ると、順番を無視して、前の入口から乗り込んで先に座る。
 バスの中では、大声で騒いでいる。彼らの傍若無人な態度がどれだけ、良かった蔵開放の余韻を傷つけたことだろう。


聞くところによると、今年は二つの蔵が蔵開きを中止したそうだ。
筆者は毎年楽しみにしている蔵開放だが、残念なことだ。
 詳しい理由は全ては判らないが、大きな理由はマナーを弁えない一部の人達が、蔵開放を「ただ酒で楽しむ宴会」と考えて行動していることに蔵が嫌気を感じたからだと思われる。
 蔵開放での試飲は、蔵の酒を利いて蔵を理解するのが目的であって、ただ酒の飲み放題、禁止のつまみを蔵内に持ち込んで騒ぐ場ではないのは誰でも解ることだ。
 だが、一部のバカ者がルールを守らないために蔵開放が行われなくなる。


参加者全員が、お互いにルールを守り、ルール違反には厳しく対処することが必要だ。
 澤田酒造の蔵開放が来年も無事開催されるように祈りたい。



2008年の蔵開放の記事は、以下に書いている。
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/1f5f7113bcb71863199f7f0684b56653



【データ】
澤田酒造株式会社
住所: 〒479-0818 愛知県常滑市古場町4丁目10
TEL:(0569)35-4003
FAX:(0569)35-6953
公式ホームページ:
http://www.hakurou.com/



 

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2011/02/26 佐布里池(そうりいけ)梅林梅まつり

2011-02-26 23:14:38 | (13)散歩・お出かけ

六分咲きとの情報があったので、天気も良いし、しだれ梅の写真が撮りたくなって、佐布里池梅林梅まつりに行ってみた。


知多市佐布里緑と花のふれあい公園
「梅の館」           


住所: 〒478-0018
    知多市佐布里台3丁目101番地
TEL: (0562)54-2911
FAX: (0562)56-6969
E-mail:
umehouse@ma.medias.ne.jp
URL: http://www.medias.ne.jp/~umehouse/



澤田酒造蔵開放を午前中に見て、朝倉駅で途中下車。
佐布里池梅林は初めてだが、調べたとおり駅前からバスに乗る。
思ったより電車が遅く、駅着いたときは25分、バスの出発は28分、1時間に1本しか無いので、改札員に乗り場を聞いて走る。
発車しようとしていたバスに手を振って乗せてもらった。
 親切な運転手さんは待っていてくれた。どこかのバスより親切だ。


梅の館口で降りると、公園は少し先らしい。
春の陽の下をのんびりと歩いて行く。
前の中年夫婦連れは、奥さんは先を歩き、旦那はカメラをもって道から外れ写真を撮っている。


駐車場入口は車が渋滞しており、係員が必死の交通整理をしている。ほとんどの来場者はマイカーのようだ。


梅の館入り口から入るとレストランがあるが行列ができている。相当な待ち時間のようだ。
引き返し、入口を出て右に並んでいたテント屋台に弁当を探すがない、已む無くお好み焼きで済ますことにする。
 たい焼きコーナーは行列だ。



 
入り口に戻り、中に入ると広場があり、子供連れの家族、老人たちが多い。
 天気も良いし、無料だし、マイカーで来れば、近郊の人には良いところだ。


 


本部に行き、枝垂れ梅が咲いている場所を聞くが、係の女性は公園内では見かけない、公園前の街路樹には植えられているとの話。
 歩いて来る時確かにあったが、まだ幹の方だけ咲いていて、枝先は蕾だった。
 無ければ仕方ない。


公園の構内はかなり広く、池の周りを遊歩道がめぐらされている。
全て歩くのは時間がかかりそうだ。


 


梅の館の近くに、名札の下げられた梅の植栽があったので、満開ではないが写真を撮る。


 

紅梅の八重寒紅。


 


 
佐布里梅の花は小さく、白い。
桃に梅を接木して生まれた品種とのことだ。
この梅の実から白老梅酒「白老梅」が造られる。


 


 


 

鹿児島紅。


 
枝垂れ紅梅。
まだ、蕾が膨らみかけた程度で、花一輪とてない。


 
冬至。


 
公園内は人でいっぱいだ。


 


 
遊歩道に沿って梅が植えられている。


 
まだ満開ではないが、所々よく咲いている樹もある。
名札が下げられていないので品種はわからない。
構内は広いが、植えられている品種は多くなさそうだ。



 
入り口に帰る途中に温室があった。


 
温室の花は色が鮮やかだ。


 



 
ブーゲンビリアがあった。
白い小さな花を付けていた。
この花を見ていると、沖縄に行きたくなる。
もう沖縄のブーゲンビリアは満開だろう。恩納の海岸の道はブーゲンビリアが延々と咲いているだろう。


枝垂れ梅の写真は撮ることができなかったが、桜の花見までには1月ある。その間に、どこか枝垂れ梅の写真を撮りに行こう・



 

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2011/02/26 日記 梅に酒

2011-02-26 22:04:02 | (2)日記

2011/2/26 (土) 旧暦: 1月24日    6時15分  17時32分  1時32分  11時21分  23.02  壬子 (じんし,みずのえね)  赤口  四緑木星  八専入


今日の季語: 梅祭


 



(筑波山梅祭り トラさんのちゃんとイイスッ"つくば" より転載)



梅の名所は、意外に多い。
天気に恵まれれば、観梅に家を出るのも風流だ。




 



梅祭の俳句:


・梅祭外人集ふひとところ 高橋達子


・梅祭断行雪の投句箱 中村汀女


・すぐ売れてしまふ甘酒梅まつり 盛良孝


・ふるさとの酒並べ売る梅まつり 高島久


・梅祭花咲きそめに人多し 梅田秀子



桜に酒はよく似合うが、梅にもまた良し。
折から寒仕込みの酒が搾られる頃、梅も咲く。
梅を見ながら下戸は甘酒、いける人はしぼりたてで。



 

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2011/02/25 日記 春一番よ 吹き飛ばせ!!

2011-02-25 19:59:38 | (2)日記

2011/2/25 (金) 旧暦: 1月23日  下弦  6時17分  17時31分  0時32分  10時27分  22.02  辛亥 (しんがい,かのとい)  大安  三碧木星  三隣亡


今日の季語: 春一番


 



(読売新聞)


『関東地方で春一番、4月下旬並みポカポカ陽気
2011年2月25日(金)12:26


 気象庁は25日、関東地方で「春一番」が吹いたと発表した。


 昨年の春一番も同じ日だった。


 同庁によると、千葉市で同日午前10時47分に最大瞬間風速17・0メートルを、横浜市ではその5分後に18・3メートルを観測した。


 関東地方は、南部を中心に南からの風が強まった影響で気温が上昇。東京・千代田区は、同日昼には20度となり、4月下旬並みの陽気となった。
』(読売新聞)



『春一番(はるいちばん)は、例年2月から3月の半ば、立春から春分の間に、その年に初めて吹く南寄り(東南東から西南西)の強い風。主に太平洋側で観測される。春一番が吹いた日は気温が上昇し、翌日は西高東低の冬型の気圧配置となり、寒さが戻ることが多い。
...
 語源
気象庁は「春一番」の語源について、石川県能登地方や三重県志摩地方以西で昔から用いられたという例を挙げ、諸説があるとしつつ、安政6年(1859年)2月13日、長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現・壱岐市)の漁師が出漁中、おりからの強風によって船が転覆し、53人の死者を出して以降、漁師らがこの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったと紹介している[1]。一方、長崎県では、この事件以前から郷ノ浦町で「春一」と呼ばれていたものが、事件をきっかけに広く知られるようになったとしている[2]。この故事により、1987年(昭和62年)に郷ノ浦港近くの元居公園内に「春一番の塔」が建てられている。


民俗学者の宮本常一は研究のため郷ノ浦町を訪れてこの「春一番」をいう語を採集し、1959年(昭和34年)に壱岐で用いられている語として『俳句歳時記』で紹介した。これをきっかけに、「春一番」は新聞などで使われるようになり、一般に広まったとされる。つまり、郷ノ浦町で使われていた「春一」または「春一番」は、この語の初出であるかどうかはともかく、現在広く用いられている「春一番」という語の直接の源であるということになる。なお、「春一番」という語の新聞での初出は、1963年(昭和38年)2月15日の朝日新聞朝刊での「春の突風」という記事であるとされ、このため2月15日は「春一番名付けの日」とされている[3]。


一方、「春一番」という語の初出については、『池田市史 史料編』に収録された『稲束家日記』の天保2年(1831年)1月11日の記事には「晴天午ノ刻より雨、春一番東風」との記載が見られ、前記の転覆事件以前から長崎県外でも「春一番」という語が用いられていたことが確認されている[4]。さらに、前出の宮本常一も安永4年(1775年)に刊行された越谷吾山の『物類称呼』に「ハルイチ」が掲載されていると指摘している[5]。
...』(Wikipedia)


 


春一番の俳句:


・バスを待つ春一番を背なにして 小泉はつゑ


・呼ぶ声も吹き散る島の春一番 中村苑子


・紅梅の春一番にとぶ火かも 皆吉爽雨


・春一番何かが変はる変はらねば 市ヶ谷洋子


・春一番心の隈に火を点ず 相馬遷子



春一番が吹き飛ばしてくれるもの、それは物皆しばれる冬だが、もっと吹き飛ばしてもらいたいものがある。


民主党の宇宙人とか金まみれとかそのまた金魚の糞とか。
地震とかカダフィとか東アジアの独裁者たちとか。
病気とか悲しみとか心のモヤモヤとか...


俳人も春一番に期待して詠っている。
心の隈を照らしあげ、何かを変える春一番を。


春一番よ、吹け。
吹いて、吹いて、吹き飛ばせ!!



 

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2011/02/24 日記 枝垂れ梅

2011-02-24 23:46:11 | (2)日記

2011/2/24 (木) 旧暦: 1月22日    6時18分  17時30分  #NAME?  9時38分  21.02  庚戌 (こうじゅつ,かのえいぬ)  仏滅  二黒土星 


今日の季語: しだれ梅


 



(マリンセンターおさかな村 より転載)


三重県津市の結城神社には250本の枝垂れ梅が咲くそうだ。
しだれ梅の種類も数多い。
・綾服枝垂
・雲龍梅
・寒紅枝垂
・寒紅梅
・玉牡丹
・玉枝垂
・金獅子梅
・結城の錦紅梅
・月影枝垂
・呉服枝垂
・紅千鳥
・鹿児島紅
・曙枝垂
・淡路枝垂
・茶筅梅
・忠流
・藤牡丹
・道知辺
・白加賀
・白富士枝垂
・八重寒紅梅
・八重緑萼枝垂
・緋の司
・飛龍
・夫婦枝垂
・銘香梅
・養老梅
・連久梅


枝垂れ梅の俳句:


・かけがへのなき人枝垂梅一輪 小宮山勇


・ひいやりと頬にふれたる垂れ梅 浮田胤予


・よちよちの子の手の届くしだれ梅 野澤あき


・絵日傘の様に咲きゐるしだれ梅 田辺哲子


・交番は今日も留守なり枝垂梅 蔵澄絹枝


交番が忙しくないような早い春の昼下がり。
しだれ梅がのどかに咲いている。
日本に生まれてよかったと思う光景だ。



 

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2011/02/23 独裁者の末期

2011-02-23 23:54:21 | (16)時事・世相


リビアの独裁者カダフィ大佐が41年の独裁を経て末期の断末魔を演じている。


41年前青年将校はクーデターを起こし国王を追放し、権力を掌握した。権力を掌握すると権力者となった。
任期のない独裁者は必ず腐敗する。


ヒトラー、スターリン、チャウシェスク、ポル・ポト、キムジョンイル。
 革命の名のもとに体制を打倒し権力者になったものは、次は権力を維持することが目標になる。
 そのためには、自分に反対する精力を粛清・虐殺する。これは歴史が証明している。
 任期のない権力を誕生させてはならない。


カダフィ大佐は、革命を遂行すると演説しているが、40年前は事実だったかもしれないが、独裁者は革命によって打倒される。
歴史の皮肉だ。


「2011/01/19 トップの能力と品性」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/d8cfa73548d79c221269783654c9a053
の記事に次はどこに飛び火するのだろうと書いたが、その後の展開は想像を超えていた。
 地中海沿岸の諸国に燎原の火のように燃え広がった。
 いずれも国民を忘れて権力の維持しか考えなかった独裁者が存在していたのだった。
 民主化・言論の自由を求める民衆の希求は阻止することは出来ない。


地中海沿岸は混乱と市民の犠牲の上に新しい時代に進もうとしている。
 一方、東アジアの独裁政権はまだ存在を続けそうだ。IT革命とかジャスミン革命はITが政権によって管理されるような国では大きな波とはなりにくい。
 東アジアの歴史が地中海沿岸に追いつくのに後何十年かかるのだろう。
 


『リビア政権崩壊危機 カダフィ氏「私は殉教者」
2011年2月23日(水)08:00
 【カイロ=黒沢潤】騒乱状態にあるリビアで21日夜から22日にかけて、軍の戦闘機が首都トリポリの反体制デモ隊を空爆、多数の死傷者が出た。中東の衛星テレビ局アルアラビーヤは国際刑事裁判所(ICC)当局者の話として、リビア全土での死者が800人に達する可能性を伝えた。一方、軍の将校団は最高指導者、カダフィ大佐を排除するため、兵士たちに民衆への合流を呼び掛けるなどカダフィ氏を孤立化へと追い込んでいる。同氏は22日夕、国営テレビで演説し、「私は国を去ることはない。リビアは私の国だ。殉教者として国を導く」と退陣を拒否したが、政権は崩壊の危機に直面している。


 トリポリや東郊の街では21日に続き、22日も戦闘機が反体制デモ隊を無差別に空爆。国際人権団体の集計では62人が死亡した。北東部ベイダでも21、22の両日、治安部隊によって26人が殺害された。アルアラビーヤは、15日からの死者数が800人に達する可能性もあると伝えた。アラブ連盟はリビア問題への対応を協議するため、22日夜、カイロで緊急会合を開く。一方、リビアの米国、ポーランド、インドネシア駐在大使らリビア人の外交官少なくとも12人が22日までに、カダフィ氏の武力鎮圧に抗議して辞職した。


 エジプト国境沿いのリビア軍が移動を始めたとの情報もあるが、理由は不明。同国境沿いのエジプト軍も増強されつつある。リビア国内には約150万人のエジプト人が居住し、今回の騒乱で多数が避難しており、安全を確保するためとみられる。


 フランス通信(AFP)によれば、イスラム教スンニ派に強い影響力を持つイスラム法学者カラダウィ師が21日、「(カダフィ氏を)リビアから排除するため」兵士は大佐を銃撃すべきだとするファトワ(法的見解)を示した。大佐をめぐっては一時、亡命情報が飛び交い、英国のヘイグ外相は21日、南米ベネズエラに向かうことを示す情報があると語ったが、同国政府幹部は「彼はベネズエラには来ない」と否定した。


 アルアラビーヤによれば、地中海の島国マルタに向けて22日、リビア艦船が航行中だという。リビアからの亡命者が乗船している可能性がある。マルタの国際空港には21日、リビアの戦闘機2機が到着した。搭乗した軍幹部は反政府デモ隊を空爆するよう指示を受けたが拒否し、亡命のためマルタ入りしたと話している。
』(産経新聞)



 

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2011/02/23 日記 梅月夜

2011-02-23 23:07:47 | (2)日記

2011/2/23 (水) 旧暦: 1月21日    6時19分  17時29分  23時26分  8時53分  20.02  己酉 (きゆう,つちのととり)  先負  一白水星 


今日の季語: 梅月夜


 



(写真部 パパールさん より転載 )


お月様のいる夜。
闇は明るく照らされて、香りが流れてくる。
見上げれば梅の花だ。



梅月夜の俳句:


・もう来なくていいと送る娘梅月夜 園多佳女


・禅庵にややのこゑする梅月夜 橋本榮治


・二胡の音の胸にしみ入る梅月夜 石田克子


・梅月夜ぽつりと夫が死後をいふ ほんだゆき


・梅月夜ほとけの夫を連れ出さむ 市川恵子



筑波山の梅林の梅まつりを見ながら美肌の湯に浸かる梅月夜プランなるものが筑波山温泉つくばグランドホテルのプランにあるそうだ。
 風流を遊ぶことができる。


しかし、下二句の様に梅月夜は無くした連れあいを思い出させるのだろうか。
 世の奥様方よ 生き仏のうちに二人して行かなければ。



 

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2011/02/22 日記 東風

2011-02-22 22:35:16 | (2)日記

2011/2/22 (火) 旧暦: 1月20日    6時20分  17時28分  22時17分  8時13分  19.02  戊申 (ぼしん,つちのえさる)  友引  九紫火星  天一天上終


今日の季語: 東風


 



("川崎の翁" 探訪の記 より転載)


気象的には太平洋から大陸に向かって吹く柔らかい東風。
雪・氷を溶かし、春を告げる風。
梅の花を咲かせる風として、古より多くの歌・句に詠まれている。


 


東風の俳句:


・ふるさとや東風寒き日の鰯売り 鈴木真砂女


・せめぎあふ瀬戸の汽笛や鰆東風 綿谷ただ志


・われもまた人にすなほに東風の街 中村汀女


・春の駒東風にあらがうごと歩む 皆川盤水


・東風の波切つて八つの櫂揃ふ 奥田麦穂



目に見えて陽の力が強くなったのを感じる。
空気がゆるみ、土が柔らかくなり、風も柔らかく感じる。
草も樹も身体も緊張から解放され、元気になり、活発に動き始めることができる。



 

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2011/02/21 「お坊さんだって悩んでる」 玄侑宗久 著 (その1)

2011-02-21 22:30:42 | (18)心身



 



「お坊さんだって悩んでる」
 玄侑宗久 著
 出版社: 文藝春秋 (2006/07)
     文春新書
 定価: 861円(税込)


この本は、寺の専門誌月刊「寺門興隆」に連載された連載27回分を加筆・修正して出版されたものである。
 寺のお坊さんや家族あるいは一般人の人からの悩み・相談について、玄侑宗久師が答えている問答集である。


問は色々なものが目次に載せられている。


【目次】
第1章…お葬式とお墓
1 子供にお葬式の意味を教えるには何と言ったらよい?
2 最近の遺影は派手すぎるのでは?
3 逆縁だと親が火葬場に行かれない?
4 夫の遺骨を散骨にしたいという願いをどうする?
5 墓参や法事をしない檀家にはどう対応する?
6 愛犬の遺骨を先祖代々の墓に入れたい


第2章…お布施の値段
7 お布施はいただくのに、寄付をするのが嫌いなのは悪いこと?
8 お賽銭箱のお金はどう使われるの?


第3章…現代社会の生と死
9 オウム真理教の麻原教祖の死刑を、どう考えたらよい?
10 戦争には反対ですが、イラクに派遣される自衛隊員になんと言ったらよい?
11 大震災のボランティアに行かれず後ろめたいのですが、どうすべきでしょうか?
12 鉄道が遅刻を避けるために大事故を起こしましたが、時間厳守はどこまで大事?
13 携帯電話を手放すと不安でたまらないのですが、病気でしょうか


第4章…お寺の本当の役割
14 お寺はなぜ大きいのか?維持費も掃除の労力も、無駄にかかるのでは?
15 檀家さん以外の参詣や観光客に、どう対応したらよいか
16 仏教と、それ以外の信念を、同時にしていいものですか?
17 人前で話すのが苦手な和尚さん。読経だけで法話をしないのですが...
18 お寺に定休日が合ってもよいか?


第5章…伝統と習慣を見直す
19 お正月はなぜおめでたいか?何を祝うのか?
20 僧侶はなぜ特別の衣を着ているのか?
21 正座が苦手で、椅子席の方があり難いのですが、寺ではどうするべき?
22 お盆の棚経は、檀家に取って負担なので、辞めてもいい
23 厄落としやお守りは、本当に効くのか?


第6章…お寺の後継者と檀家
24 お寺の跡継ぎの副住職が、結婚を迷っているが、どうしたらよい?
25 娘が住職を継ぐと言っているが、女性住職など初めてでとまどっている
26 住職の跡取り息子が茶髪。どういさめるべきか?
27 十歳の一人息子を跡取りにするために、どう育てたらよいか



【感想】
興味深い問答は数多いので、関心のある人は本を読んでいただくことにして、面白かった問答の感想をを2,3書く。


<問答7>
 お布施はいただくのに、寄付をするのが嫌いなのは悪いこと?
  ……布施は佃侶が実践才べき一番の徳目。お金だけではない
問:
 私は一寺院の住職です。それで、檀家にはよくお布施の心なんかを説きますし、実際に自坊の普請では寄付をお願いすることがあります。しかしじつは、私自身は何につけても寄付することが嫌いで、慈善団体からの求めも路傍のボランティアも、まして乞食などにお金をあげることもしません。金銭欲はあまりないと思うのですか、こんな私は、僧侶失格でしょうか?〔住職〕


玄侑師は、質問者が金としての布施もしくは寄付に付いて質問していることに対して本来の布施に付いて説いている。
 仏教原理主義者とも言える玄侑師にとって、このような問に対する答えは明瞭だ。


まず、釈迦に説法と断わりながら、布施はお金だけではない、「無財の七施」を説く。
も含んだもの
です。
 ・眼施: 思いやりのある眼差し
 ・和顔施: 穏やかで相手を安心させる顔つき
 ・言辞施: 優しくあたたかい言葉
 ・身施: 身体奉仕
 ・心施: 相手に共振できる柔らかな心
 ・独座施: 席を譲る
 ・房舎施: 宿を提供する


この「無財の七施」は、仏教者の実践徳目である六波羅蜜の筆頭、布施波羅蜜の内容だそうだ。


玄侑師は、寄付は財施だが無財の布施は出来ているのかと問う。
お金は出せないが無財の布施は大丈夫なのかと迫る。
「優しい言葉をかけ、思いやりのある眼差しを向けながらも、お金だけは出したくないということかおり得るのでしょう
か。
 たぶんそうではなく、貴方は布施という行為全般が苦手なのではないですか。もしかすると、他人との距離を、できるだけとっていたいのではないですか。
 現代社会では、おそらく誰でもそう思っているのだろうと思います。

 ここまで迫られると、問題はお金ではなく心、言い換えれば信心の問題なのだということを認めざるを得なくなる。


「野茨は風がないと生きていけないそうですが、じつは布施という純粋な贈与がなければ、自然も体も成り立ちません。天は大地に雨を布施し、大地は作物に栄養を布施し、農作物は人間に我が身を布施している。また体のなかでも、骨髄で作られた血液は心臓をとおって全身に布施され、肝臓は胆汁を布施し、肺もきれいな酸素を布施しています。全身これ布施する集合体なのです。
 しかも三輪清浄と云いますが、布施する側ら布施された方も、そして布施される対象じたいも、「布施して布施を知らず」という状態です。それが生きていることそのものではないでしょうか。」


玄侑師は、お寺という存在を「場」として考えている。
「じつはお寺という場所には、世間と違った金銭感覚があるべきなのだと、どこかで頑なに思っています。詳しくは『化蝶散華』(新潮社、二〇〇二年)という小説で書きましたのでそちらを読んでほしいのですが、簡単に云うと、お金は「気」と同じように巡れば巡るほどいいのだ、という考え方です。」


其処では、お金は風のようなものだと説く。
「要は風のように入って出ていくだけで、我々はその向きを少しだけ変えられるということです。それは我々が社会に対してできる、最も大きな仕事ではないでしょうか。」


布施は、何かの目的ためにするのではなく、報酬を求めるのではなく、「気持ちいい」からするのであって、その行為をしたことによって自己完結すると説いている。
「その気持ちよさを感じた時点ですでにチャラになる。」


お金も、心も、身体も風に乗せて流していく、そのことにより自分以外の存在が喜んで生きて行くことにつながる。自然は、そのような仕組みなのだが、それを自覚する必要はない。布施は、「気持ちが良い」。それで自己完結している。気持ちが良いことをするだけのことだと説く。


玄侑師は、仏教者として特別なことを説いているのではなく、最も普通なことを話しているだけなのだが、それ程世間的欲望の枷に我々は強く縛り付けられてしまっている。
   欲から自分を開放することは仏教の第1歩、玄侑師は、原理に立ち返って考え・行動する事を説く原理主義者なのだ。


お金は使うものであって、貯めこむものではない。
溜め込めば悪いことが起き、争いの種になり、不安の源になる。
昔から仏教徒は言ってきた。
"そんなにお金を貯め込んでどうするの?
三途の川は持って渡れないよ"と。


 迷ったら迷ってしまった地点に戻ることが、迷いから脱する原則だ。

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2011/02/21 「お坊さんだって悩んでる」 玄侑宗久 著 (その2)

2011-02-21 22:15:24 | (18)心身

<問答18>
お寺に定休日があってもよいか?
 ……それは寺ではない。思わぬ出来事に向き合うこどこそ仏教の真髄


問:
 お寺は。年中無休が当然と云われていますが、本当でしょうか。正直なところ、せめて十日に一日くらい山門を開けなくてもいい日がほしいと思ったりします。土曜日曜には殆んど法事があり、子供と一緒に休暇を楽しむこともできず、ときには不憫に思います。聞けば、「毎週○曜日は休日です」と宣言しているお寺もあるらしいのですが、そんなことしてもいいのでしょうか。                              〔住職と妻〕


世に生きていく以上働かねばならない。だが、自由な時間も欲しいと考えて会社員となった筆者には、玄侑氏の答えは別世界の考えだった。


玄侑師は答える。
「いいのでしょうかと訊かれれば、そりゃあ私はマズイと思いますよ。マズイという答より、それじゃあお役所や会社と一緒じゃないですか。すでにそれはお寺ではないと思います」


ここでも、玄侑師はお寺を「場」として説く。
其処では、週休二日制はない。
「あなたのお寺も仏教であるなら、いつ起こるかわからない何かに、常に対応できる場であってほしいと思います。
 お寺や僧侶が尊敬されるのは何故だと思いますか
 なんだかいきなり大上段になってしまいましたが、だいたいお寺や僧侶が尊敬されるのは何故だと思いますか。
 いろんな答えがあでしょうが、私はいつでも自分の私的な都合を捨ててくれる人たちだからだと思っています。
 そういう僧侶たちの姿をモデルにして、いつでもどこにでも駆けつけてくれるお地蔵さんが創りだされたのでしょう。お地蔵さんが手に持っている錫杖はそういう意味です。あらゆる仏像のなかでお地蔵さんだけが僧形であるのは、僧侶の無私性がモデルにされたからなのです。
 出家というのも、本来、私的な気がかりをなくすためのシステムでしょう。あれが気がかり、これが気がかりであなたの所へ行けない、ということを避けようという側面も、出家にはあるはずです。
 勝手に家庭を持ってしまったことは、これは歴史的な大問題ですのでここでは論じませんが、家庭を持ったとしても、僧侶に期待されるそういう側面は忘れてはいけないと思うのです。これはお寺の奥さん方にも充分理解していただきたいことです。
 どうしても休日を設けたいというなら、まずは境内のお地蔵さんを撤去してからにしてください。またその際は、観音さまにもお引き取りいただくことになります。観音さまという方も、いつでも何にでも応じてくださる方。世間の悩み苦しむ声を無私の気持ちで見つめてくださる方です。その気がないになら、単なる装飾品みたいにお寺に祀らないでください。


思わぬ出来事にも、いつでも「あなただけのために」と
なんだか今日の私、激しいでしょうか。」


激しいですね。
このようなお坊さんであれば、お地蔵様ですから手を合わせて拝みたくなります。


お地蔵さんは知っているが。仏教本来の姿は知らないので調べてみた。
『地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)、サンスクリット語クシティ・ガルバは、仏教の信仰対象である菩薩の一尊。クシティは「大地」、ガルバは「胎内」「子宮」の意味で、意訳して「地蔵」と言う。また持地、妙憧、無辺心とも訳される。三昧耶形は如意宝珠と幢幡(竿の先に吹き流しを付けた荘厳具)、錫杖。種子(種字)はカ (ha)。


大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、よく子供が喜ぶお菓子が供えられている。


一般的に、親しみを込めて「お地蔵さん」、「お地蔵様」と呼ばれる。
...
 概要
地蔵菩薩来迎図(南北朝時代、ボストン美術館所蔵)?利天に在って釈迦仏の付属を受け、毎朝禅定に入りて衆生の機根(性格や教えを聞ける器)を感じ、釈迦の入滅後、56億7000万年後に弥勒菩薩が出現するまでの間、現世に仏が不在となってしまうため、その間、六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道)を輪廻する衆生を救う菩薩であるとされる。 元々は虚空蔵菩薩の虚空蔵と地蔵は対になっていたと思われる。しかし今では地蔵菩薩の独自の信仰もあり、対で祀られる事はほぼ無い。


 像容
一般には剃髪した声聞・比丘形(僧侶の姿)で白毫があり、袈裟を身にまとう。装身具は身に着けないか、着けていても瓔珞(ネックレス)程度。左手に如意宝珠、右手に錫杖を持つ形、または左手に如意宝珠を持ち、右手は与願印(掌をこちらに向け、下へ垂らす)の印相をとる像が多い。


しかし密教では胎蔵曼荼羅地蔵院の主尊として、髪を高く結い上げ装身具を身に着けた通常の菩薩形に表され、右手は右胸の前で日輪を持ち、左手は左腰に当てて幢幡を乗せた蓮華を持つ。


 功徳利益
]地蔵菩薩本願功徳経には、二十八種利益と七種利益が説かれている。


二十八種利益
天龍護念(天龍が保護してくれる)
善果日増(善いカルマが日々増していく)
集聖上因(聖にして上なるカルマが集まってくる)
菩提不退(悟りの境地から後退しない)
衣食豊足(衣服や食物に満ち足りる)
疾疫不臨(疫病にかからない)
離水火災(水難や火災を免れる)
無盗賊厄(盗賊による災厄に遭わない)
人見欽敬(人々が敬意を払って見てくれる)
神鬼助持(神霊が助けてくれる)
女転男身(女性から男性になれる[1])
為王臣女(王や大臣の令嬢になれる)
端正相好(端正な容貌に恵まれる)
多生天上(何度でも天上に生まれ変わる)
或為帝王(あるいは人間界に生まれ変わって帝王になる)
宿智命通(カルマを知る智慧を持ち、カルマに通ずる)
有求皆従(要求があれば皆が従ってくれる)
眷属歓楽(眷属が喜んでくれる)
諸横消滅(諸々の理不尽なことが消滅していく)
業道永除(カルマが永久に除かれる)
去処盡通(赴く場所にうまくいく)
夜夢安楽(夜は夢が楽しめる)
先亡離苦(先祖が苦しみから解放される)
宿福受生(幸福になる運命の人生を授かる)
諸聖讃歎(諸聖人が讃えてくれる)
聰明利根(聡明で利発になる)
饒慈愍心(慈悲の心に溢れる)
畢竟成佛(必ず仏になる)
七種利益
速超聖地(速やかに聖地を超える)
悪業消滅(悪いカルマが消滅する)
諸佛護臨(諸々の仏が護ってくれる)
菩提不退(悟りの境地から後退しない)
増長本力(本来持っていた能力が増幅される)
宿命皆通(カルマの全てに通ずる)
畢竟成佛(必ず仏になる)
...
 日本における地蔵信仰
日本においては、浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土に往生の叶わない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという信仰が強まり、地蔵に対して、地獄における責め苦からの救済を欣求するようになった。


賽の河原で獄卒に責められる子供を地蔵菩薩が守るという民間信仰もあり、子供や水子の供養でも地蔵信仰を集めた。関西では地蔵盆は子供の祭りとして扱われる。


また道祖神と習合したため、日本全国の路傍で石像が数多く祀られた。
...』(Wikipedia)


玄侑師は、葬式をはじめとして予め予定の立てられない勤めが多い僧侶は無休であると説く。
「 思わぬ出来事にもいつでも対応し、なんとか遣り繰りしながら、しかもそんな風情は見せずに「あなただけのために」というように泰然と向き合う。だからこそ和尚さんはありかたいんじゃないですか。
 すべて「已むを得ないこと」「ご縁」だと思いませんか」


「お寺はいつも自然に溢れた田園であってほしいのです
 おそらく多くのお寺が、都市化し、合理化されてきつつあるのだと思います。しかし仏教は都市を出た釈尊が、一旦は森へ入り、そこから田園昆戻ってきて開いた宗教です。
 我々は予期せぬことの多い田園を故郷にもつ宗教者なのです。釈尊は、田園だからこそ「縁起の法」を悟ったのではないでしょうか。
 陶淵明は「帰去来の辞」で「帰りなん、いざ。田園まさに蕪れなんとす」と叫びましたが、これはつまりコントロール思想に溢れた都市への決別宣言でしょう。
 たとえお寺の場所は都市であったとしても、僧侶の心はいつも自然に溢れた田園であってはしいのです。」
と説く。


筆者が承知している僧侶は、必ずしも玄侑師が説くお地蔵様のような存在では無い。
 寧ろ、派手な外車を乗り回したり、外国人の女に金をつぎ込んだり坊主のほうが多いのでわないかと思われる。


コンクリートジャングルのような都会に田園としてのお寺があり、其処にはお地蔵様のようなお坊さんが待っていてくれるのであれば、こんな素晴らしいことはない。


 


<問答23>
23 厄落としやお守りは、本当に効くのか?
  ……天災や事故に対して、お守りに祈るべきこととは


問:
 尼崎で痛ましい電車脱線事故が起きましたが、このニュースをテレビで見ながら、檀家さんが住職の私に問いかけました。「同じ電車でも乗った車両のちょっとした違いが大きな開きを生みます。やっぱり人生は善悪ではなく、
運不運で決まるとしたら、運のよくなるお寺のお守りや身代わりお札なども、持ってたほうがいいんでしょうね。厄落としも必要でしょうね」。今回の事故や昨今の自然災害など人の突然の不幸について、住職はどう説くべきか、お教えいただければ幸いです。                  〔住職〕



玄侑師は、人知の及ばない世界に、我々がどう関われるかという問題として捉える。


「自然現象をコントロールしたいという欲求を、昔から人間は抱いてきました。風雨や雷なども、中国では龍が引き起こすと考え、あんな生き物を考えだしたのです。その龍を、招いたり宥めたりする儀式が、道教や仏教にはあります。つまり、自然現象は基本的には制御不能と知りつつも、なんとか祈りが通じて変化しないかと、東洋人は考えたのでしょう。そういうことで、お守りやお札などは今も存在しつづけています。」


玄侑師は、祈りと運命の関係を説く。
今年は宝くじが当たりますようにとか家内安全、商売繁盛、学業成就、良縁成就、災厄消除などはお願いであり、祈りではない。
 人間の運命は予め図ることが出来ない以上、願いの成就がその後の運命に同影響するかは解らない。


「あなたが変われば、世界が変わる。それは間違いありません。そして祈りとは、あなたが変わるはどのことでなければいけないのです。
 はっきり言って、お守りや身代わりお札などは、我が身の幸せだけを祈っているかに見えます。しかしそんな誰でも願うことを競い合うために、それぞれがお守りやお札をいただくのでしょうか。たとえば同じような事故に遭っても死ぬ人と助かる人がいるのは、お守りやお札の効き目の違いなのでしょうか。
 そうではないでしょう。
 もしかすると和尚さんたちの中にも誤解してる方がいらっしゃるかもしれま廿んが、お守りやお札に込められた祈りは、その上うなエゴイスティックな祈りではありません。
 私は、どんな事態が起こっても、それが天命つまり制御できない自然な現象なのだと、納得するためのアイテムとしてお守りやお札かおるのだと思っています。」


人間の理解力をはるかに超えた運命を天命と考える立場でお守りやお札の意味を説く。


「お守りやお札も、そりゃあ持てばいいですけど、持ってたからって、べつにあなたの考える幸運が訪れるとは限りませんよ。お守りやお札は、あなたがどんな状況に陥っても、それが不幸だと即断しないように持つものです。厄落としだってそうです。何か厄なのかは、すぐにはわかりません。文殊菩薩が汚い乞食の恰好でやってくるように、疫病神は福の神みたいな顔つきで来るものです。そんな判断を留保し、冷静に流れを見極め、心をニュートラルに、元気に保つ。お守りやお札を見たらそう思ってください。その上で事故に遭ってケガをしても、あるいは死んでしまっても、それは仕方ないじゃないですか。死んでしまったらプロセスもへったくれもないと思われるでしょうが、死ぬときは死ぬ、というのも、たぶんプロセスです。せっかくお守りやお札を持つのなら、どうか死ぬときも全てを甘受して、元気に死んでいってくださいね」と。


運命に対する禅者の態度は、明瞭だ。
先のテレビ番組で玄侑師は「成り行きを生きる」事を説いた。この問答でも、お札は「成り行きを生きる」ツールである。


この問答を読んで、大愚良寛の言葉を思い出した。
良寛が文政十一年三条の大地震の際に、与板の山田杜皐あて書いた手紙の一節である。


 「地震は信に大変に候。野僧草庵は何事なく、親類中、死人もなく、めでたく存じ候。


 うちつけにしなばしなずてながらえて かかるうきめを見るがわびしさ


 しかし災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。これはこれ災難をのがるる妙法にて候。かしこ」


成り行きを、心自由に生ききることが妙法だと言っているのである。



 

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