菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2014/01/11 映画 「永遠の0」

2014-01-11 17:52:50 | (6)映画

 

お正月に映画「永遠の0」を見に行った。

clip_image002
beautiful world
http://blogs.yahoo.co.jp/ycmariza1121/11665319.html?from=relatedCat
より転載)

最近つまらない番組を見ていると眠ってしまうこともあるので、隣の人に眠ったら起こしてもらうように頼んだ。

だが、結局その必要は無かった。
導入からラストシーンまで眠くなることはなく、しっかりと見ることができた。

百田尚樹の原作は読んでいないが、かなり大部の小説だそうなので、シナリオ化は難しいところもあったはずだが、展開が良く、見る人を最後まで惹きつける作品になっている。

あらすじは、敢えて書かない。
これから見る人は、あらすじを知らないほうが感興が深いからだ。

見る人に差し障りがない程度に、感想を少し書いてみたい。

【感想】

(1)
まずは、この作品のテーマ。
至高の価値の相克による人間のディレンマ・葛藤だ。

今は、平時である。
色々な事故・事件は起きるが、日本の国民は平和を満喫している。
贅沢を言わなければ、職業選択は自由だし食べていくことに困ることはない。日本にも貧困はあるが、国民の大部分が食べるにも困る状態ではない。
頑張って勉強したり、仕事をしたりすれば、その成果は自ら受け取ることが出来る。
言い換えれば、今の日本は自分次第なのだ。自分にすべてが委ねられている。

だが、この状況は常ではない。
70
年前、日本は戦争下にあった。
戦時にあっては、国のために戦う(この表現は誤解されやすいので、両親や兄弟、妻・子供を外敵から守るといった方が良いかもしれない)ことと自分の命との間で二者択一を迫られる状況になる。
自分の命を大切に、命の続く限り充実した人生を過ごしたいと誰もが思うことだ。
一方、外敵が攻めてくれば家族を守るために戦わなければならない。
この二つは、戦時においてはどちらを選択するかを一人一人が求められることになる。

よく知られている国際比較のアンケート結果がある。
「もし戦争が起こったら国のために戦うか」という質問に対する各国の比較だ。
2000年、18歳以上の男女1000人へのアンケート。
詳細は以下を参照。
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/5223.html

日本は15.5%で世界最低である。
アメリカは63.3、韓国は74.4、中国89.9だ。
先頃、あるTV番組で、日本の若者に同じ質問を街頭でアンケートを行っていた。

ある若者は、“それは、自衛隊がやってくれるでしょ”と言った。
ある若者は、“そう言われても、実感がわかない”と答えた。
徴兵制度のない日本で、英和な日常生活を送っている若者にとってこの質問は、現実離れしていると感じるのも無理は無い。

だが、70年前にはあった。
二者択一を迫られた時代があった。
その中で、若者たちはそれぞれ結論を出していた。

その事実を、知って欲しい。
その上で、感じて欲しい。
これが、テーマのような気がする。


(2)
島根の塔の碑文。
このブログで何度も取り上げているが、沖縄のひめゆりの塔近くにある島根県の戦没者慰霊碑に彫られている詩。


美しく花開くためには

のかくれた根のたえまない

営みがあるように
私達の


平和で心静かな日々には


この地に散ったあなた達


の深い悲しみと苦しみが


そのいしずえになっている


ことを思い
ここに深い祈


りを捧げます


昭和四十四年三月
島根県知事田部長右衛門


写真等詳細は以下の記事参照。
2012/05/30 沖縄旅行2日目(その3) 糸満市米須霊域島根の塔」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/caf6b338a81be6075f9ffb777354cd48


この詩で島根県知事田部長右衛門氏が改めて心で祈っていることと「永遠の0」が読者に語りかけたいことはほとんど重なっているように思う。

二者択一を迫られない平和を生きていることを我々は感謝しなければならない。

だがしかし、平和は保障されてはいない。
自国の利益のためには戦争も辞さない国が現に存在する。
二者択一が迫られる時が、来た場合どうするか、その覚悟は必要だ。

戦争で亡くなった人、戦後日本の復興に汗を流し日本を先進国にした先人たちの苦労を思い、その結果今の日本があることを感謝しなければならない。


(3)
言葉・シーンなど
映画や小説が進んでいく内、心に残る言葉が登場人物の口から出る。
それが、後になってキーワードだったり、作者の関心を示すものだったりする。

(a)
ストーリーテラーである若者が、二度目に右翼の大物に会って、漸く話が出来たシーン。
話し終わった大物は、別れを告げる若者に突然近寄り、今風の表現をすればハグをする。
そして言う“若い男が好きなんだ”

(b)
主人公が、短い休暇で家に帰った時、妻に語る。
“死んでも帰ってくる”
昭和2066日、宮川三郎軍曹は、ホタルになって帰ってくると食堂のおばちゃんに話してから知覧特攻機地から出撃した。そしてその夜、ホタルになって帰ってきた。
これは、実話である。

この映画で、帰ってきたのは何だったかは、見ての楽しみだ。

(c)
ラストシーン
具体的には話さないが、ラストシーンは必要なのだろうか。
人間の行動は、必ずしも合理的ではない。言うこととやることはほとんど違っている。
謎は謎のままでも良いような気がする。



【データ】

百田尚樹 Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%94%B0%E5%B0%9A%E6%A8%B9


「作家の百田尚樹さん」

http://youtu.be/VPw6UMWuRJQ

原作者百田尚樹が、映画「永遠の0」について、原作の執筆動機、方法としてのTVと小説、書く目的etcについて語っている。
ラジオ番組で、42
分と長いが、原作、映画で感動した人ならば最後まで聴くことが出来る。




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2011/11/16 G・クルーニー、衝撃の過去告白

2011-11-16 22:15:52 | (6)映画


映画のスターは、美男子でなければならない。
だから、韓国の整形男みたいなものが人気がある。
この類のスターは勿論のことだが、美しさを売り物にするようなスターには関心がない。


俳優は役を演じるものだから、本人と映画の役どころは違う。
極端に言えば、俳優本人は存在せず、常に役どころに化けてしまうのが名優かもしれない。
 だが、矢張り役者といっても、その人なりの個性があってこそ存在感もあり、映画史に残る名優になるのではないかと思う。
 だから、演技は下手だが名優は存在する。うるさい小津に愛された笠智衆は自分を大根だと言っている。


外国の男のスターの中で、魅力を感じるのは多くはないが、ジョージ・クルーニーはその一人だ。
 知性とかウイットとか皮肉とか遊び心とか役割を超えた本人の存在感を感じる。


ジョージ・クルーニーが自殺を考えたことがあると言うニュースが流れているので驚いた。


 
(風のリボンのひとりごと より転載)


『ジョージ・クルーニー、自殺も考えた過去を告白
2011年11月16日(水) 15:23 映画.com


苦しんだ過去を告白したクルーニー写真:Rex Features/アフロ監督・俳優として活躍するジョージ・クルーニーが、米ローリング・ストーン誌のインタビューで、ショッキングな過去のエピソードを告白した。


クルーニーは2005年、アカデミー賞助演男優賞を受賞した政治サスペンス「シリアナ」(スティーブン・ギャガン監督)の撮影中に、脊髄を損傷する大ケガを負った。あまりにも痛みが激しく、歩くことも困難な状況に悲観して、自殺が頭をよぎったという。「病院のベッドで、点滴を受けながら横になっていた。動くこともできず、脳梗塞のようなひどい頭痛がした3週間くらいの間に、なにかもっと思い切った手段にでる必要があるかもしれないと考え始めたんだ」


遺された人たちに迷惑をかけたくなかったクルーニーは、ガレージの車の中で命を絶つことを考えたそうだ。「それが最善の方法に思えた。でも、実際に自分がそこまでやるとは考えていなかった。それは、自分(の演じるキャラクター)がどうやって生き残るかを模索していたからだ」。その後、苦痛を軽減させるためにアルコールに頼るようになったが、手術が成功し、今ではときどき頭痛がするだけの状態まで回復したと明かしている。


クルーニーは、11月16日に米公開されたアレクサンダー・ペイン監督による主演作「ザ・ディセンダンツ(原題)」が批評家に好評で、同作はアカデミー賞ノミネートが期待されている。
』(映画.com)


前から思っていたことだが、ジョージ・クルーニーは007のボンド役にぴったりだ。


ショーン・コネリーがボンドを卒業した後、ジョージ・レーゼンビー、ロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン、ピアース・ブロスナン、ダニエル・クレイグと続いてきたが、ブロスナンはややましだが他はパッとし無い。
 むくつけき野性の男では駄目で、かと言って優男では駄目で、腕力も知力も遊び心も感じさせる男でなければならない。
 ジョージ・クルーニーはその条件を満たしていると思う。


だが、おそらくジョージ・クルーニーは、ボンド役を引き受けないと思うから実現しないだろう。


実生活では、ジョージ・クルーニーは、ボンドのように浮名を流しているのだが...


『G・クルーニー、元女子プロレスラーの新恋人とレッドカーペット登場
2011年10月18日 16:38


 
新恋人とツーショット
写真:Startraks/アフロ


[映画.com ニュース] 米俳優ジョージ・クルーニーが10月16日、新恋人のステイシー・キーブラーとニューヨーク映画祭のレッドカーペットに登場した。


リンカーン・センターで行われた、クルーニー主演の新作「ザ・ディセンダンツ(原題)」のプレミア上映に出席したもの。元女子プロレスラーのキーブラーは、リアリティ番組「ダンシング・ウィズ・ザ・スターズ」で人気を集め、現在はテレビ女優として活動している。クルーニーは、今夏から交際が噂されていたキーブラーと、今回初めてカップルとして公の場で2ショットを披露した。


アレクサンダー・ペイン監督による「ザ・ディセンダンツ」は、ハワイ・オアフ島で家族と幸せな人生を送っていたマット・キング(クルーニー)が、妻がボート事故でこん睡状態となった後、娘から妻が不倫していたことを知らされるというストーリーだ。クルーニーはこの作品で、第15回ハリウッド映画祭(10月20日~24日)の男優賞を受賞することが決定している。11月18日に全米公開。』(映画.com)



 

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2009/08/29 映画「浮草」

2009-08-29 23:27:55 | (6)映画


NHK BS2でカメラマンの宮川一夫の特集を放送しているが、8月26日は小津安二郎の名作「浮草」だった。


都会の少し上流な家庭を舞台にする小津には珍しく、全国を旅から旅に興行して回る旅芸人一座を舞台にしている。


座長の駒十郎は、座員の吉之助が一座の金を持ち逃げした事により、一座をたたまなければならなくなる。
 この災難を機に、長年の浮き草稼業から足を洗い、昔子供を産ませた女お芳と一緒に暮らそうかと思う。
 子どもの清は自分の様な根無し草のと違い、学校に行かせて一流会社に行かせたいと思い、充分な仕送りをしてきたが、この際、父親として名乗りを上げ、親子三人で暮らしたいと思う。
 しかし、こどもの清は、今更そんな父親は要らないという。


駒十郎は、お芳に清の言う通りだと言い。一座が立派に再建できたら又帰ってくるといい旅に出る。
 駅に着くと、そこには仲違いした一座のすみ子がいた。
二人は贔屓を頼って桑名に行くことにする。



この頃の映画を見ると、今のパロディタッチのドラマと違って人間の心が正面から捉えられている。
 人間像が正直で誠実である。笑いの中に打算を含ませるようなことはない。諍いになろうが、傷つくことになろうが真正面から迫る人間ばかりである。
 笑いながら逃げ回っている今の人物像とは違っている。


時代の違う映画なので、年老いた姿しか知らない京マチ子も若尾文子も本当に美しく綺麗だ。
 若いことはそれだけで美しい。



小津のこの映画の主題は何だろう。
時に流されて生きる人間の姿のように思う。
毎日毎日、努力して生きているがその努力が報われる日が来るのかどうかは解らない。
 自分が良かれと思ってしても相手はその様に受け止めないかも知れない。
 物事は、自分が希望する道筋を辿らないかも知れない。


先の見えない時の流れの中で、精一杯生きている人間。
悪い人間もいるが、大方は善良な人間ばかりだ。
そんな人間がここでもそこでも生きているが、時はすべてを押し流していく。


諦念と言っては正確ではない、穏やかな悟りのような気持ちが、旅に出る駅舎の中での駒十郎とすみ子の呼びかけを繰り返す何か明るい口調から伝わってくる。


 




見終わった後の余韻は、日本酒に例えれば、解脱を通り越した大古酒の雑味の無さ、後口の気品のようである。


 


【データ】
(以下、キネマ旬報映画データベース より転載した。)
「浮草 」
[製作国]日本
[製作年]1959
 
<スタッフ>
 監督: 小津安二郎 オヅヤスジロウ
 製作: 永田雅一 ナガタマサイチ
 企画: 松山英夫 マツヤマヒデオ
 脚本: 野田高梧 ノダ
        小津安二郎 オヅヤスジロウ
 撮影: 宮川一夫 ミヤガワカズオ
 照明: 伊藤幸夫 イトウユキオ
 音楽: 斎藤高順 
 録音: 須田武雄 スダタケオ
 美術: 下河原友雄 シモガワラトモオ


<キャスト(役名)>
 中村鴈治郎 ナカムラガンジロウ (嵐駒十郎)
 京マチ子 キョウマチコ (すみ子)
 若尾文子 ワカオアヤコ (加代)
 浦辺粂子 ウラベクメコ (しげ)
 三井弘次 ミツイコウジ (吉之助)
 潮万太郎 ウシオマンタロウ (仙太郎)
 伊達正 ダテタダシ (扇升)
 島津雅彦 シマヅマサヒコ (正夫)
 田中春男 タナカハルオ (矢太蔵)
 中田勉  (亀之助)
 
<解説>
 「お早よう」のコンビ野田高梧と小津安二郎の共同脚本を小津安二郎が監督したもので、ドサ廻り一座の浮草稼業ぶりを描いたもの。撮影は「鍵(1959)」の宮川一夫が担当した。 


<ストーリー>
 志摩半島の西南端にある小さな港町。そこの相生座に何年ぶりかで嵐駒十郎一座がかかった。座長の駒十郎を筆頭に、すみ子、加代、吉之助など総勢十五人、知多半島一帯を廻って来た一座だ。駒十郎とすみ子の仲は一座の誰もが知っていた。だがこの土地には、駒十郎が三十代の頃に子供まで生ませたお芳が移り住んで、駒十郎を待っていた。その子・清は郵便局に勤めていた。お芳は清に、駒十郎は伯父だと言い聞かせていた。駒十郎は、清を相手に釣に出たり、将棋をさしたりした。すみ子が感づいた。妹分の加代をそそのかして清を誘惑させ、せめてもの腹いせにしようとした。清はまんまとその手にのった。やがて、加代と清の仲は、加代としても抜きさしならぬものになっていた。客の不入りや、吉之助が一座の有金をさらってドロンしたりして、駒十郎は一座を解散する以外には手がなくなった。衣裳を売り小道具を手放して僅かな金を手に入れると、駒十郎はそれを皆の足代に渡して一座と別れ、お芳の店へ足を運んだ。永年の役者稼業に見切りをつけ、この土地でお芳や清と地道に暮そうという気持があった。事情は変った。清が加代に誘われて家を出たまま、夜になりても帰って来ないというのだ。駅前の安宿で、加代と清は一夜を明かし、仲を認めてもらおうとお芳の店へ帰って来た。駒十郎は加代を殴った。清は加代をかばって駒十郎を突きとばした。お芳はたまりかねて駒十郎との関係を清に告げた。清は二階へ駆け上った。駒十郎はこれを見、もう一度旅へ出る決心がついた。夜もふけた駅の待合室、そこにはあてもなく取残されたすみ子がいた。すみ子は黙って駒十郎の傍に立って来た。所詮は離れられない二人だったようだ。 



 

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2009/02/05 「ベンジャミン・バトン数奇な人生」& 不死の生命体

2009-02-05 22:17:13 | (6)映画


テレビ愛知主催の映画試写会で「ベンジャミン・バトン数奇な人生」を観た。

仕事を終えて、会場に急いだが既に長蛇の列であるのに驚かされた。
 仕事を持っている人は籠の鳥、此処に集まっている人は籠の外。


2月7日(土)から一般公開されるので、これから観る方が大多数なので、あらすじとか書くのは止めて感想だけにする。

【感想】
・2時間47分の大作であるが、展開が速いので飽きずに最後まで観られた。監督の才能であろう。
・来るアカデミー賞に13部門でノミネートされているらしい。
・アメリカ映画だが、バイオレンス、ヒーロー、ドタバタ映画ではなくまじめな映画である。これらの映画が好きな方には勧められない、やや重い内容の映画である。テーマのある映画を素直に見る人には勧められる映画である。
・テーマは「生まれて、生きて、死ぬ」ということ。
・映像は美しい。
 生まれたばかりの赤ん坊を父親が抱いて闇の中を走るシーンは、パンフォーカスの奥行きのある画面でTVでは見ることが出来ない、本当の映画でしか観られない映像である。
「市民ケーン」を思わせる立体感のある、空間を感じさせる画面である。
 ディジーが月夜の舞台で裸足になってバレーを踊るシーンも幻想的で美しい。
・台詞回しは観念的な台詞が突然出てくるので戸惑うが、テーマが重いだけにやむを得ないかも知れない。
・キーワード
 -永遠というのはあるだろうか?
 -人生は分からない
 -やってみなければ何も分からない
 -胸が煮えくりかえっても、お迎えが来たら行かなければならない。
・偶然と必然
 偶然のあらゆる組み合わせの内実現したものが必然。
 筆者が試写会に行ったことは、必然なのか偶然なのか?
 偶然の所産としか言いようがないが、他の選択肢が実現しなかったことは必然か。
・自由意志と運命
 今使っているパソコンの電源を切るのも切らずに続けるのも自由である。思いのままである。しかし、本当にそうだろうか?
次の瞬間に大地震が派生して、全くパソコンは続けられなくなるかも知れない。その可能性は自由意志から離れている。自由意志の及ばない世界を運命といえば、運命を愛することが出来るかどうかが重要なことだ。
・この映画を観て、映画館から外に出ると、外の世界、家族、友達、自分を取り巻く人々の姿は違って見えるかも知れない。
 親と子と友達と人々と共に生きる、時を共にすることはどのようなことなのか。
・この映画のテーマと岡林信康の「風詩」の世界とは同じである。
 「 ♪秋の終わりに鳴く虫の音は
そばにお前が居るのに淋し
だからこうして合い寄り添うて
巡り逢えたを噛みしめましょう
(合いの手)
やんさのエーヨイヤマカショ
やんさのエーヨイヤマカショ


旅の終わりが来たその時は
しかと心に問わねばならぬ
惚れて愛して愛して惚れて
深く此の世を旅したかいな
(合いの手)
やんさのエーヨイヤマカショ
やんさのエーヨイヤマカショ
・・・
今度此の世に生まれてきたら、
どんな具合にお前と歩む
夫婦、親子か兄妹とか
もっと今より大事にします
(合いの手)
やんさのエーヨイヤマカショ
やんさのエーヨイヤマカショ
...
♪」


【データ】

『 ベンジャミン・バトン 数奇な人生

 

1920年代にF・スコット・フィッツジェラルドが執筆した、80代で生まれ、そこから若返っていくひとりの男の姿を描いた短編の映画化作品。普通の人々と同じく彼にも時の流れを止めることはできない。ニューオーリンズを舞台に、1918年の第一次世界大戦から21世紀に至るまでの、ベンジャミンの誰とも違う人生の旅路を描く。

主人公、ベンジャミンが触れ合う人々や場所、愛する人との出会いと別れ、人生の喜び、死の悲しみ、そして時を超えて続くものを描きあげた、一生に一本、心に残る愛の詰まった感動巨編。出演はブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、ティルダ・スウィントン。監督は時代を代表する監督のひとりになったデビッド・フィンチャー。(作品資料より)


監督: デヴィッド・フィンチャー 
原作: F・スコット・フィッツジェラルド 
音楽: アレクサンドル・デスプラ
脚本: エリック・ロス 
キャスト:
 ブラッド・ピット(ベンジャミン・バトン)
 ケイト・ブランシェット(デイジー)
 ティルダ・スウィントン(エリザベス・アボット)
 ジェイソン・フレミング(トーマス・バトン)
 イライアス・コティーズ(ガトー)
 ジュリア・オーモンド(キャロライン)
 エル・ファニング(デイジー(7歳))
 タラジ・P・ヘンソン(クイニー)』(goo映画)


この映画を観てもう一つ思い出したことがある。
先日読んだ不死の生命体の話。
不死なんてあるはずがない!が常識だが、
実は不死の生命体があるらしい。

不死の生命体とは、クラゲのことである。

『危機を迎えると再分化する不死のクラゲ
2009年2月2日(月)17:55

(Photographs courtesy Stefano Piraino (inset) and Maria Pia Miglietta)
 まさに、“深海のベンジャミン・バトン”だ。年齢をさかのぼる能力をもった“不死の”クラゲが世界中の海で静かに繁殖し、次々と群れを成していることが最近の研究で明らかになった。

 映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2月7日公開)はブラッド・ピット演じる主人公が80代の男性として誕生し、徐々に若返っていく物語。このクラゲはその主人公と同様に大人から赤ちゃんに変身するが、映画とちょっと違うのはそれを何度も繰り返せるという点だ。ただし、あくまでも緊急措置として行っているらしい。

 このクラゲは「Turritopsis dohrnii」という学名で、成長すると人の小指のツメほどの大きさになる。1883年に地中海で発見されたのだが、そのユニークな能力が発見されたのは1990年代になってからだった。

 Turritopsis dohrniiは通常、海中を漂う精子が卵に出会うという昔ながらの有性生殖を行い、ほとんどの場合は普通にその一生を終える。「だが、飢餓や体の損傷といった存続の危機に見舞われると、死を待つ代わりに、既存のすべての細胞を未成熟の状態に転換する」と話すのは、論文を発表したペンシルバニア州立大学の研究者マリア・ピア・ミグリエッタ氏。

 このときTurritopsis dohrniiは、まず嚢胞(のうほう)に変身してから、ポリプ(イソギンチャクのように岩などに固着する形態)のコロニーに成長する。ポリプは本来、クラゲの一生の中では初期の段階に当たる。この過程でクラゲの細胞は再分化する場合が多く、筋細胞が神経細胞になったり、精子や卵になったりすることもある。ポリプのコロニーはやがて無性生殖を行い、遺伝子的に同一のクラゲ(元の成体のクラゲのほぼ完璧なコピー)を何百匹も産み出す。

 このようにユニークな手段で苦境を乗り越えて、Turritopsis dohrniiの群れは世界中の海に広がることになったようだ。

 ミグリエッタ氏とパナマにあるスミソニアン熱帯研究所のハリラオス・レシオス氏は、スペイン、イタリア、日本、フロリダ、パナマなどでこのクラゲを採取してDNAを比較し、2008年6月号の「Biological Invasions」誌に研究成果を発表した。

 世界各地で収集したにも関わらず、調査したすべての標本の遺伝子が同一であることを発見して、両氏は驚いた。遺伝子的に同一のクラゲの群れが単に海流に乗るだけでこれほど広範囲に分布するとは考えられないため、長距離の貨物船に乗って運ばれたのではないかとミグリエッタ氏は推測している。クラゲは船のバラスト水(船を安定させるために積載・排出される海水)に取り込まれて移動することがよくあり、その間にポリプが船体に固着する可能性もある。

 もう1つの謎は年齢をさかのぼるという驚くべき能力の仕組みだが、このクラゲは非常に効率的な細胞修復のメカニズムを持っていて、そのために時間が経過しても“老化”しないで年齢を重ねることができるのではないか、とミグリエッタ氏は考えている。

 イタリアのサレント大学の生物学者ステファノ・ピライノ氏によると、このクラゲは人間の健康にとって最大の脅威の1つである癌(がん)の治療に役立つ可能性があるという。

「死ぬはずだったクラゲの一部の細胞は、ある遺伝子のスイッチをオフにして、他の遺伝子のスイッチをオンにすることができる。そうすることで、ライフサイクルの初期段階で使っていた遺伝子プログラムを復活させている。この仕組みを詳しく研究すれば、癌細胞のような静かに急速に広がる侵入者への対抗手段を発見できるかもしれない」と、ピライノ氏は話している。Ker Than for National Geographic News 』

人間が不老長寿の薬を手に入れた時、世界は地獄となるに違いない。
 全ての人が死ななければ、地球は狭すぎるのだ。


 

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2009/01/11 映画「浪花の恋の物語」

2009-01-11 22:48:27 | (6)映画


1月6日は近松門左衛門の忌日であったが、その為か解らないが、その前日5日、NHK-BS2で「浪花の恋の物語」が放映された。
近松の「冥途の飛脚」を内田叶夢が映画化したものである。
録画しておいたものを観てみた。


『衛星映画劇場  浪花の恋の物語
  1959年・日本  東映
  1月5日(月) 午後1:00~午後2:46      
 


近松門左衛門の名作からの映画化。近松自身を狂言回し風に登場させ、独特の様式美で描いた悲恋物語。遊女・梅川と出逢って以来、廓通いを続けるようになった飛脚問屋の養子・忠兵衛。彼は梅川を愛するあまり、他の客に身請けされることになった彼女を引き取ろうと人の大金を使い込み、さらに武家の為替に手をつけてしまう。罪人の身となった忠兵衛と梅川の人目を忍ぶ故郷への逃避行は、やがて悲劇的な終末を迎える。


<作品情報>
〔企画〕玉木潤一郎、小川貴也
〔製作〕大川博
〔監督〕内田吐夢
〔脚本〕成沢昌茂
〔撮影〕坪井誠
〔音楽〕富永三郎
〔出演〕中村錦之助、有馬稲子、片岡千恵蔵、田中絹代 ほか
(1959年・日本)〔カラー/レターボックス・サイズ〕』


 

近松の「冥途の飛脚」は、正徳元年(1711)大阪竹本座で初演された世話物3巻であり、近松門左衛門59歳の作品である。


『『冥途の飛脚』(めいどのひきゃく)は、近松門左衛門の世話浄瑠璃。正徳元年(1711年)3月に大阪竹本座で初演された。


あらすじ
『冥途の飛脚』は実話に基づいている。
上之巻
忠兵衛は大阪の飛脚宿・亀屋の跡継ぎ[1]。養子である。師走のある日、友人である丹波屋の八右衛門から、届くはずの江戸為替の五十両が届かない理由を問い詰められる。忠兵衛はその金を、惚れあった越後屋の女郎・梅川の身請け手附けに使ったと打ち明ける。養母からも問いただされるが、忠兵衛は焼物の鬢水入を紙に包んで五十両を装って八右衛門に渡し、八右衛門も嘘の証文を書いて、養母を騙す。その直後、忠兵衛は三百両を届ける用事を頼まれるが、梅川のことが気になって、越後屋に立ち寄ることにする。


中之巻
梅川が忠兵衛の来るのを待ち焦がれている越後屋に、八右衛門がやって来て、女郎たちに、さきほどの忠兵衛の一件を話す。二階でそれを聞いていた梅川は、顔を畳にすりつけて声を隠して泣く。遅れて到着した忠兵衛は八右衛門の話を聞いてかっとなり、八右衛門と喧嘩になり、その面に持っていた五十両を投げつける。残った金は、養子に来た時の敷銀(持参金)と偽って、梅川の身請けに使う。二人は晴れて夫婦になるが、詮議は免れないと、生まれ故郷の大和新口村(現・奈良県橿原市新口町)に逃げる。


下之巻
追手を逃れて新口村まで辿り着いた忠兵衛と梅川だが、そこには既に犬(密偵)が入り、代官の詮議で、村中に事件のことが知られていた。忠兵衛の実父・孫右衛門の鼻緒が切れ泥田へ転げ込んだのを見て、梅川が助ける。息子のことを思い孫兵衛が泣き、梅川も泣く。しかし忠兵衛は隠れていた障子から手を出して伏し拝むだけだった。幼馴染みの忠三郎の助けで、忠兵衛と梅川はいったんは逃げるが、役人に捕まってしまう。忠兵衛は、「身に罪あれば覚悟の上殺さるゝは是非もなし。御回向頼み奉る親の歎が目にかゝり。未来の障これ一つ面を包んで下されお情なり」と泣きながら頼む。』(Wikipedia)


映画は、上巻、中巻を中心に作られており、下巻の恋の道行新口村の段は劇中劇の浄瑠璃の中でしか描かれていない。
近松が実話を基に浄瑠璃の台本を書く際の、夢想シーンの道行きの画面は美しい。

 


近松の浄瑠璃では、雨だったが、その後歌舞伎に改作された際、雪景色になった様だが、映画も雪景色である。
 この辺りは、歌舞伎の脚本によっているのだろう。


忠兵衛は、行きがかりで梅川に狂い、行きがかりで公金の封印を切ってしまう愚かな男だが、そんなことは劇の世界ではどうでもよい。
 恋に狂った男と自分の境涯に苦しむ女が、情けにほだされて現実の世からあの世に二人で行くことが重要なのだ。
 劇を観た江戸の人は、自分を縛り付ける制約から一時逃れられるのだから。

 

江戸時代は心中が流行したらしい。 
現実に心中事件が起こり、近松等の戯作者が台本にして、それを見た人々の多くは、観劇だけでカタルシスを得た、一部の人々は現実を抜ける為に劇中の様に心中を図った。
 大阪から起きた心中の流行は江戸に伝播し、享保八年(1723年)徳川吉宗は心中対策に乗り出した。
 ・心中した二人の弔いの禁止
 ・片方が生き残った場合は、打ち首
 ・心中を扱った狂言・浄瑠璃等の上演、出版物の禁止。

 

心中は、相愛の二人が一緒に自殺する情死の意味に使われるが。本来はそうではなかった。

『心中とは本来、他人に対して義理立てをする意味で用いられていた心中立であった。


心中立には、誓詞(せいし)、放爪(ほうそう)、断髪、入れ墨、切り指、貫肉があった。


誓詞は起請文(きしょうもん)ともいい、熊野牛王符を料紙として用い、裏面に誓詞を書く。掌の印を押捺することもあったが、血判という血液により押捺し、あるいは血書といって血液で書くこともあった。男は左手の、女は右手の中指あるいは薬指の上の関節と爪の生え際との間を、古くは剃刀、小刀で、のちに針で刺し、血液を落とす。血書であれば折り紙とし血液の不足する箇所は墨を加える。遊女に書かせた起請文を焼き、炭を飲ませることもあった。


放爪は、爪印ともいった。爪を抜く秘訣は爪の周りを切回し、酢に浸して抜けば、痛くはないといい、男に頼まれないのに女のまごころからおこなったという。


断髪は頭髪を切り、男に贈り、他意の無いことを示した。切るべき所を2寸ほどあけて、上下を元結いでしめくくり、その上を紙で巻いて切った。自ら切り、また男に切らせた。『好色一代男』には、死者の黒髪、生爪をはがして遊女に売る農夫の話が見える。


入れ墨は、いれぼくろ、起請彫ともいい、多くは男の力でさせ、男の名を彫った。たとえば「徳右衛門」であれば「とくさま命」と「命」の字を名の下に付けた。これは命の限り思うという意である。「十兵衛」であれば「二五命」、「清助」であれば「きよ命」、ときには名字の片字、名乗の片字を上腕に彫り込んだ。針を束にしてその箇所を刺し、兼ねて書いたとおりに墨を入れる。


切り指は、指先を切り落とすことで、切るには介錯の女性を頼み、入り口の戸は密閉し、掛けがねをかけ、血留薬、気付薬、指の包み紙などを用意する。木枕の上に指をのせ、介錯の女性に剃刀を指の上にあてがわせ、介錯の女性に片手で鉄瓶、銚子を上から力任せに打ち落とさせる。このとき指は拍子で遠くに飛び、十中八九は正気を失う。新町吉田屋で某太夫が2階で指を落としたところ、指の所在が分からなくなり、男が承知しないのでまたほかの指を落としたという話がある。』(Wikipedia)


平成の世、二人手を取り合って死ぬ心中は時代遅れかも知れないが、集団心中とか無理心中とか色気のないものが多い。
 しかし、日本人の心には江戸の人がそうであった様に心中・心中立てに惹かれる気持ちは流れている。
 「○○命」と刺青をする若者もいるらしい。街の思いがけない一角に「TATOO」の看板が出ていたりするが、誰が、何を彫るのだろう。


自由が与えられている平成の世でありながら、自由になりきれない自縄自縛の人も多い。
 がんじがらめの自縄自縛の果てには恋の道行きが待っているかも知れない。
 近松の劇、韓国ドラマで心を洗うか自縛を解き自由になるかして心中には近づかない方が良いのかも知れない。


だが、心中は我が儘になれば、美しいかも知れない。
人妻であった波多野秋子と軽井沢で心中した有島武郎は遺書に
「愛の前に死がかくまで無力なものだとは此瞬間まで思はなかつた」と書き。
また、辞世を残している。
「幾年の命を人は遂げんとや思い入りたる喜びも見で」
「修禅する人のごとくに世にそむき静かに恋の門にのぞまん」
「蝉ひとつ樹をば離れて地に落ちぬ風なき秋の静かなるかな」


ばかばかしい歌と考えるかどうかは人それぞれである。


 

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2008/12/25 フランス映画「PARIS」

2008-12-25 22:21:29 | (6)映画


バンバン・パチパチのアメリカ映画はもう良いので、フランス映画を見ることにした。
 フランス映画を公開する映画館は多くないので、フランス映画を見る機会は少ないのだ。DVDで旧作を見ることは出来るのだが。


 名演小劇場で「PARIS」が公開されている。

 


(PARIS http://yaplog.jp/paris-blog/archiveより転載)



今日はクリスマス。みんなイルミネーションの街に出掛けたかと思って映画館に着くと、若い女性が意外に多い、しかも一人である。“クリスマスの夜に一人で映画か、...”
 考えてみると、今日は木曜日、女性の日で、入場料が800円安い1000円になる日らしい。“どうして、女性ばかり?...”
“それで、よいのだ”



ムーラン・ルージュのダンサー、ピエールは、ある日突然、医師から心臓が悪いと宣告され、しかも、余命わずかと言われてしまう。どうして自分だけが病気にならねばならないのかと問うても理由はない。それが、運命というもの。人の未来は、何でもありなのである。理由無く不治の病に冒される未来だって、残酷だが、我々全てに用意されている。


生きる為には心臓移植しか方法は無いと宣告されるが、成功の確率は40%しかないとピエールは思っている。
 アパルトマンのベランダから外を見ると、そこにはパリの街の風景がある。通りの前のアパルトマンの窓から見える美しい女子学生も自分の人生を生きている。
 看病の為に同居してくれることになった姉は、毎日どうして生活しているのと聞くと、ピエールは、「パリの街に暮らす人を見て、その人生をあれこれ想像して暮らしている」と答える。


カメラは、パリに住む人たちのそれぞれの日々を追い始める。


姉は、二人の子供がいるがシングルマザー。社会保険の窓口でソーシャルワーカー業務を担当している。
 毎日の日々に追われている彼女は、恋をするにはもう年だと思っている。
 そのような姉に「生きているんだ。人生を謳歌しなければ」とピエールは言う。


ソルボンヌ大学の歴史学者ロランは、どうでもいいような瑣末な歴史を探究することに飽きてしまい、鬱々とした日々を過ごしていた。
 ある日、彼の講義を受ける学生の中に、一際彼の目に美しく映えた女子学生がいた。講義が終わり、男友達との会話を何気なく聞いてしまい、彼女の電話番号を聞いてしまう。
 年甲斐もなく恋をしてしまった彼は、「君は美しい...」と匿名のメールを送る。その瞬間から、彼は、ストーカーに変身する。
 そんな日が続いたある日、いつものようにメールを書いていると、目の前に彼女が立っていた。
 謝り言い訳の言葉を繰り返す教授に彼女は罵詈雑言を浴びせる。しばらくして、教授は「それで気が済んだか」と言う。
 彼女は、「まだよ」と言う。それから...(映画を見る人のためにここから先は書かない。)


姉が買い物に行く市場の八百屋、パン屋の人間模様、 教授の弟の建築家の日常生活、アフリカからの不法労働者パリの生活と郷里カメルーンにいる弟が花の都パリを目指して密入国を企てる話。
 パリの街の同時代を生きる人たちの生活をカメラは追っていく。
 倦怠な変わり映えのない毎日の中で、恋したり、罵り合ったりお互いの接点があるようなないような異なる人生を歩む様々なパリジャン・パリジェンヌたちの姿が描かれる。


死を免れるためには移植手術を受けるしかないピエールに、その日がやってくる。
 ピエールは、見送る姉に「さよなら」は言わないといってアパルトマンのドアを開けて外に出て行く。
 タクシーに乗り、折からデモ隊に巻き込まれ遠回りすることになったタクシーの窓からピエールはパリの街を見ている。


そして、ピエールは一人つぶやく、「これがパリ。誰もが不満だらけで、文句を言うのが好き。皆、幸運に気付いていない。歩いて、恋して、口論して、遅刻して、何という幸せ。気軽にパリで生きられるなんて。」
 かれは、タクシーの後ろ座席に仰向けに横たわり、窓から見えるパリの空に目をやる。
 パリの空は青く輝いている。ピエールはにっこりと微笑む。



【感想】
①見終わった後の気持ちが清清しいいい映画だった。
 イタリア人は、恋して、食べて、歌ってと言われるが、この映画のパリの人たちも同じである。
 仕事、地位、お金も大切だが、自分の人生も大事である。普通であることも大事だが普通でないことも必要なのだ。
 パリに生きる人にとって恋とは仕事のようなもの。


セドリック・クラピッシュ監督の脚本は意表に出る。
最初のうちは少しかったるいが、途中から俄然面白くなる。
 毎日がつまらないと倦怠感のある人には勧められる映画だ。


②パリの群像劇
 パリの同時代を生きる人々の群像を描くことによってPARISを描くと言う手法は、この映画が初めてではない。
 昔TVの放送で見た「巴里の空の下セーヌは流れる」(1951)も同様の群像劇であることを思い出した。


『パリを貫通するセーヌ河区域を中心舞台に、さまざまなパリジャンの織りなす人生図をエピソード風に綴った作品である。そのエピソードは個々に独立した形式をとらず、各々の時間的継起に従って撚り合わされ、全体でパリの二十四時間を描く仕組みになっている。その点これは、パリそのものを主人公としたユナニミスム(合一主義)映画とも言い得るであろう。』
http://search.varietyjapan.com/moviedb/cinema_14178.html


③同時代性
同時代を生きるとはどういうことなのか。
自分が生きる街・人々と関わり合うこと。
 ただすれ違うだけでなく、一瞬、ひと時でも関わり合う事。
セドリック・クラピッシュ監督は主役のロマン・デュリスに黒澤明の「生きる」を観るように薦めたという。死を覚悟した目に映る街も人も美しい。


④アメリカ的感性とフランス的感性
アメリカ人のポールアンカがシナトラの為にシャンソンの「いつも通り」を書き換えて「MY WAY」にしたが。
 歌は全く違ったものになってしまった。それは感性の差による。


『いつも通り“ Comme D'habitude ”


“ Je me leve, je te bouscule ”
(朝、目が覚めて、君を起こそうと揺する)
“ Tu ne te reveiles pas, comme d'habitude ”
(でも、いつものように、君は起きては来ない)
“ Sur toi, je remonte le drap ”
(君の上にボクはシーツをかけ直してあげる)
“ J'ai peur que tu aies froid, comme d'habitude ”
(いつものように、君が風邪でもひかないかと心配しながら)
“ La main caresse tes cheveux ”
(ボクはふと手で君の髪を撫でる)
“ Presque malgre moi, comme d'habitude ”
(いつものように、無意識のうちに)
“ Mais toi, tu me tournes dos, comme d'habitude ”
(でも君は、いつものように、寝返りを打ってボクに背中を向けてしまう)


“ Et puis, je m'habille tres vite ”
(それから、素早く着替えて)
“ Je sors de la chambre, comme d'habitude ”
(いつものように、ボクは部屋から出ていく)
“ Tout seul, je bois mon cafe ”
(一人きりで、コーヒーを飲む)
“ Je suis en retard, comme d'habitude ”
(いつものように、また遅刻だ)
“ Sans bruit, je quitte la maison ”
(バタンと大きな音を立てないように扉を閉めて、ボクは家を離れる)
“ Tout est gris dehors, comme d'habitude ”
(外は、いつものようにドンヨリと曇っている)
“ J'ai froid, je me leve mon col, comme d'habitude ”
(今日も寒いなぁ。いつものように、ボクはコートの襟を立てる)


“ Comme d'habitude, toute la journee ”
(いつものように、日中は)
“ Je vais jouer a faire semblant ”
(猫をかぶって過ごすだろうな)
“ Comme d'habitude, je vais sourire ”
(いつものように、笑顔を作り)
“ Comme d'habitude, je vais meme rire ”
(いつものように、作り笑いを浮かべ)
“ Comme d'habitude, enfin je vais vivre ”
(結局、いつものように、一日を過ごすんだろうな)
“ Oui, comme d'habitude ”
(そう、いつものように)



“ Et puis, le jour s'en ira ”
(それから、一日が終わり)
“ Moi, je reviendrai, comme d'habitude ”
(いつものように、ボクは家へと帰ってくるんだろうな)
“ Et toi, tu seras sortie ”
(そして君は、外出しており)
“ Pas encore rentree, comme d'habitude ”
(いつものように、まだ帰ってきてはいないだろう)
“ Tout seul, j'irai me coucher ”
(たった一人、寝室へと向かい)
“ Dans le second lit froid, comme d'habitude ”
(いつものように、冷え切ったベッドに潜り込むんだろう)
“ Mais la, je les cacherai, comme d'habitude ”
(いつものように、今日一日の出来事を口にすることもなく)


“ Mais comme d'habitude, meme la nuit ”
(でも、夜でさえ、いつものように)
“ Je vais jouer a faire semblant ”
(また猫をかぶって過ごすんだろうな)
“ Comme d'habitude, tu rentreras ”
(いつものように、君が帰ってきて)
“ Oui comme d'habitude, tu me souriras ”
(そう、いつものように、君がボクに微笑みかけ)
 “ Comme d'habitude, on s'embrassera ”
(いつものように、抱き合うんだろうな)
“ Comme d'habitude ”
(いつものように)


“ Comme d'habitude, on fera semblant ”
(いつものように、振りをしながら)
“ Oui comme d'habitude, enfin a l'amour ”
(そう、いつものように、最後は愛し合って)
“ Comme d'habitude, on s'embrassera ”
(いつものように、抱き合うんだろうな)
“ Comme d'habitude ” 』
(いつものように)


これがポールアンカの手に掛かりシナトラに渡された「MY WAY」は以下の通りである。


『“ My Way ”
作詞:ポール・アンカ
・作曲:J・ルボー、C・フランソワ
歌:フランク・シナトラ


“ And now, the end is near, ”
(そして今、最後の時が近づき)
“ And so I face the final curtain ”
(人生の幕を私は迎えようとしている)
“ My friend, I'll say it clear, ”
(はっきりと胸を張ってそう呼べる友人たち)
“ I'll state my case of which I'm certain ”
(自分の意見だってはっきり言えるくらいだ)
“ I've lived a life that's full ”
(この波乱に満ちた人生を私は生き抜いた)
“ I've troubled each and every highway ”
(あちこちのハイウェイで、よくもめ事も起こしたものだ)
“ And more much more than this, I did it my way ”
(だけど、それ以上に、私は自分の思うように生きてきた)


“ Regrets, I've had a few ”
(後悔、そんなものはほとんどない)
“ But then again too few to mention ”
(だが、取り立てて言うほどの人生を送ったわけでもない)
“ I did what I had to do ”
(やらなきゃならないことを私はやって来た)
“ And saw it through without exemption ”
(一つの例外もなくやり通してきた)
“ I planned each charted caurse ”
(人生の設計を計画立てて)
“ Each careful step along the byway ”
(たまにそれる脇道も注意深く進むようにしてきた)
“ And more much more than this, I did it my way ”
(だけど、それ以上に、私は自分の思うように生きてきた)


“ Yes, there were time, I'm sure you knew ”
“ When I bit off more than I could chew ”
(それは確かに、手に余るようなことに関わったこともあったが)
“ But through it all, when there was doubt ”
“ I ate it up and spat it out ”
(でもその全てを通して、納得がいかなければ
議論に熱中もしたし暴言まで吐いたことだってあった)
“ I faced it all, and I stood tall ”
(堂々と胸を張って、全てに正面から立ち向かい)
“ And did it my way ”
(私は自分を貫き通してきたんだ)



“ I've loved, I've laughed and cried ”
(人を愛し、大声を上げて笑い、あるいは泣き叫んだこともあった)
“ I've had my fill, my share of blue jeans ”
(大食いもしたし、作業着に身をくるんで働いたりもした)
“ And now, as tears subside ”
(だが今は、涙も枯れはて)
“ I find it all so amusing ”
(人生に起きた全てが面白く思えてきた)
“ To think I did all that ”
(私がその全てを経験してきたんだと考えることが)
“ And may I say not in a shy way ”
(そして、それを臆面もなく言えることが)
“ Oh no ! Oh no, not me, I did my way ”
(そうだ!私ならはっきり言える、私は自分を貫き通してきたんだと)


“ For what is a man, what has he got ”
(一人の人間であるためには、人は何を手に入れるのだろう?)
“ If not himself, then he has not ”
“ To say the things he truely feels ”
(もしそれが自分自身でないのなら、
本当に感じたことを口にすることさえ禁じられてしまう)
“ And not the words of one who kneels ”
(目の前でひざまいている人の言葉を信用することさえも)
 “ The record shows I took the blows ”
(だが、今までの記録が示す通り、私はそんなものは振り払い)
“ And did it my way ”
(私は自分を貫き通してきたんだと胸を張って言えるんだ)』
(以上の歌詞は~フランスの歌をあなたに~から転載しました。)


「my way」に拘り闘う感性と目の前の人といつも通り愛し合う感性。
 どちらを選ぶかは自分次第、あなた次第だ。


⑤クリスマスの夜
クリスマスの夜、一人で「PARIS」を見ていた若い女性たちに、良い年の瀬と新年が訪れる様にお祈りしましょう。



【データ】

 公開中映画館

 名演小劇場

 http://homepage3.nifty.com/meien/

 映画「PARIS」公式サイト
 
http://www.alcine-terran.com/paris/


 映画「PARIS」ブログ
 
http://yaplog.jp/paris-blog/


 此処には、監督のインタビュー記事が掲載されている。

 

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2008/12/05 映画「夢のまにまに」 木村威夫監督作品

2008-12-05 22:58:46 | (6)映画



仕事を終えてから、木村威夫監督の映画「夢のまにまに」を見てきた。


90歳の木村監督の処女作品と言うことに興味があり、見ることにした。
 普通男が90歳にもなれば、もう友人・知人の多くは黄泉の世界に行き、映画の処女作を撮る事は思いも及ばないことだから。
 木村威夫は、鈴木清順、黒木和雄ら名匠のもとで美術を担当し、映画美術界の巨匠であるらしい。


結論から言えば、活劇映画でもないし、ラブロマンスでもないし、面白い映画でもない。
 しかし、映画とは何か、人生とは何かという問題意識が重い映画である。

 

木村監督と思しき木室の戦時中から現在までの生を描いている。過去と現在、現実と思い出、空想と現前とが脈絡無く、時制を無視して織り合わされて紡がれていく、従って、意味のあるストーリー性はない。
 過去の時制の人物(思い出の中の人間)が現在の木室と同じ画面に映されている。この画面を見ている観客の目は木室の目になる。
 各ショットの積み重ねのモンタージュで構成されるものは木室の姿を借りた木村威夫の生である。
 戦後の焼け跡闇市時代には、太宰治・坂口安吾と場末の飲み屋で「爆弾」を飲むシーンが描かれる。
何分、90歳の人である、終戦時に30歳近い。軍国主義時代から敗戦後の混乱期、復興、成長期を経て現在の閉塞状況を生きている人の目である。


収斂していく生もしくは希薄になっていく生が老いとすれば、老いの目に映る「現実」というものはこれであるという報告である。
 其処では現実性はあまり大きな意味を与えられない。現実性とは、目の前にあり、見えている机を拳で叩いてみる、その時感じる反発、物の存在感が現実性である。
 老いの目にとって現実性は大きな意味を持たない。過去の思い出の或る光景、もう此の世からいなくなってしまった人、その言葉、ある時あるところにあったもの...
 現実性を持たない風景が心に映っている。其処では過去もなく、未来もなく、現在もない。恐らく金も地位もその光景に登場することはないだろう。
 固有のその人の生きた生の総体の光景、それがどのような光景なのかはその人次第なのだが、色々な光景が現れる老いの目が良いのかも知れない。


見ていて感じたことは、時制の点に関してはベルイマン、御鈴を持った巫女がバレエの振り付けを踊るシーンと大輔の妄想の中に登場するマリリンモンローが狂気へ誘うシーンはフェリーニを思い起こさせた。


出演者については、長門は、抑えた演技で存在感が薄いが、狂言回しの役だから良いだろう。有馬はいけない、痴呆役なのだが所々醒めている、もっと呆けた方が良い。
 井上はミュージカルの役者らしいが、登場最初の若者大輔は活きていた。統合失調症になってからは、有馬とおなじで醒めすぎている。


勧める気にはならないが、娯楽映画ではなく芸術映画に関心のある人は、見ても良いかもしれない。


【データ】


出演:
 長門裕之  木室創
 有馬稲子  木室エミ子
 井上芳雄  村上大輔
 宮沢りえ  中埜潤子
 永瀬正敏  若き日の木室
 上原多香子 若き日のエミ子
 浅野忠信  闇屋
 桃井かおり 村上大輔の母親
 観世榮夫 
 葛山信吾 
 南原健朗 
 高橋和也 
 エリカ 
 天羽祐香 
 飯島大輔 
 亜湖 
 銀座吟八 
 城川祐貴 
 小倉一郎 
 鈴木清順 


『解説:
映画美術の巨匠、木村威夫が監督として初めて挑んだ長編映画。年老いた映画学校の学院長を主人公に、青春期に体験した戦争の悲劇を背負って生き続けた一人の男の人生を、木村監督の自伝的要素を加えて描いたヒューマン・ドラマ。主演は長門裕之、共演に有馬稲子、井上芳雄。NK学院の学院長に就任した木室創は、一人の学生と交流するようになる。彼は心に病を抱えた青年、村上大輔。彼は、60年前に自分と同じような若者が戦争に散った不条理に苛立ちを覚え、苦悩を深めていく。そんな村上の姿に、自分の青春を重ねる木室。そして、長年連れ添ってきた木室の妻、エミ子もまた、戦争の陰を抱えたまま生きていたが…。』(allcinema)


『2008年10月20日 (月)
『夢のまにまに』初日舞台挨拶“木村威夫、長門裕之ら撮影秘話を語る”

 

日時:2008年10月18日(土)
場所:岩波ホール
登壇者:木村威夫監督、長門裕之、有馬稲子、井上芳雄、石井春奈

 

90歳の新人監督・木村威夫は退院した直後にも関わらず非常に元気な姿を見せ、『夢のまにまに』の公開を迎えた喜びを話した。46年ぶりの主演を務める長門裕之は有馬稲子の演じる認知症の妻・エミ子とのやりとりについて「実生活と似ていたので自然に出来た」と明かした。

 

■木村監督:「在来の手法ではなく、新しい世界を作ろうと試行錯誤しました。実体験も入れましたが、そればかりだと老人ホームのドキュメンタリーみたあいになってしまうので(笑)苦労しました。絵描きのように、どうなるのか分からないまま、進めていきました。長門さんと有馬さんはシンボリックな演技が出来るから、井上さんはミュージカルを拝見して一発で決めました」


■長門:「46年ぶりの主役なのに監督からは何もしなくていいと言われて、手足をもぎ取られました。そんな事言われるのも監督との長いお付き合いがあるからこそだと思います。だから終わった時も充足感がなかったんです(笑)でも本編を観た時に生きててよかったと思いました。有馬さんとのやりとりは実生活とリンクするところがあったので、スムーズにできたと思います」

 

■有馬:「今まで100作品以上の台本を読んできましたが、一番分からなかったです(笑)望まれていることが分からなかったのですが、「石になろう!」(=何も言わないけどなくてはならない)と決めました。長門さんとは初共演でしたが、50年来の夫婦のような気分になって自然に演技が出来ました。」

 

■井上:「自分のシーンを観た時には汗が出て、「早く終わってくれないかな?」と思いましたが、映像として残るものに出演させていただいたといことに幸せを感じました。舞台の演技のままだとオーバーなので、そこは気を付けましたが、根冠は舞台と一緒だと感じました」


■石井:「撮影自体はバタバタでしたが、カメラが回るとなぜかホッとしてしまうくらい温かい現場でした」』(Gyao cinema)


<上映館>
名演小劇場
 〒461-0005 名古屋市東区東桜2丁目23番7号
(上映時間案内) 052-931-1741(代)052-931-1701(FAX)052-931-8588
URL  http://homepage3.nifty.com/meien/


 

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2008/09/09 アンジェイ・ワイダ「世代」

2008-09-09 22:17:45 | (6)映画


ワイダ映画特集の第1日は「世代」。
録画して初めてを見た。


他国の支配下にあるポーランドのために抵抗運動に身を捧げる若者の姿を描く。抵抗運動の中、若い娘との遭遇と別れの儚い感情を描いている点で「灰とダイヤモンド」に通ずるところがある。


1954年制作時はソ連の影響下にあったポーランドでは、この様に描くしかなかったのだろうが、ナチスの暴虐に抵抗するポーランドのナショナリストの思想的根拠はマルクス主義である。
「搾取」「共産主義」と言う言葉がバラ色の語感を持って使われている。


この様な時代には、それに関われば時代に翻弄されるしかない個人の姿を、運命を描いている。

 

 


『衛星映画劇場 世代
 BS2   9月9日(火) 午後1:05~2:33      
「地下水道」「灰とダイヤモンド」とともに「抵抗3部作」として知られ、当時若干28歳だったA・ワイダの監督デビュー作。第二次大戦中のドイツ支配下のポーランドを舞台に、一介の青年が次第にレジスタンス運動へ身を投じていく様を、ワイダ自身の経験を投影して描く。若き日のロマン・ポランスキー監督がレジスタンスの一員として出演。

<作品情報>
(原題:POKOLENIE)
〔監督〕アンジェイ・ワイダ
〔原作・脚本〕ボフダン・チェシュコ
〔撮影〕イェジー・リップマン
〔音楽〕アンジェイ・マルコフスキ
〔出演〕タデウシュ・ウォムニツキ、ウルスラ・モジンスカ、ズビグニエフ・チブルスキー ほか
(1954年・ポーランド)〔ポーランド語/字幕スーパー/白黒/スタンダード・サイズ〕
』(NHK BSより転載)

 

 


 

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2008/09/08 「映画監督アンジェイ・ワイダ~祖国ポーランドを撮り続けた男~」

2008-09-08 22:17:40 | (6)映画


アンジェイ・ワイダ特集が放映される前に、アンジェイ・ワイダのインタビューが放映されたので見た。

 


第2次世界大戦から戦後、一貫してドイツ、ソ連の影響下に置かれたポーランド。
 最初はナチスへの抵抗、次はソ連および傀儡政権への抵抗とポーランドの国民は苦難の道を歩んだ。
 戦後、日本国民は食べるものもなく、経済的貧困に苦しんだが、ポーランド国民のような屈折した政治的苦しみは味わっていない。


ナチスへのポーランド市民の抵抗を描いた「地下水道」。
 汚水だらけの地下水道を逃げ回り出口に辿り着いたが、其処には太い鉄格子がはめられていた。
 そとは河である。広い川面の先の対岸には、映画に画面では何も映っていない。しかし、現実にはソ連軍が到着していた。だが、ソ連はポーランド市民の抵抗を援助しようとはしなかった。それが、歴史的事実である。ソ連は、ポーランドの支配の邪魔になるポーランドのナショナリストの滅亡を望んだのである。


なぜワイダは対岸にいるソ連軍を画面に出さなかったのか?
それは検閲のためである。
 この番組はワイダが常に検閲と闘ってきた事を克明に描いている。
 彼は言う。
「検閲を前にして、映画監督の態度は二つある。一つは映画を撮らないこと。もう一つは、検閲を前提にして映画を撮ること。自分は後者の態度を取った。」
「ソ連では撮影現場に、編集長がいて、台本・現場の撮影を逐一チェックするが、ポーランドにはこの編集長がいなかった。台本では簡単に書き、現場ではふくらまして描いた。」
「問題になりそうな場面は、抽象的に描いた。体制側も国民側もそれぞれの理解で映画を見るように。」
 だから、検閲官の見ている川面の対岸の何もない画面にポーランド国民はソ連軍の高みの見物を見ているのである。


「灰とダイヤモンド」の最後のシーン、マーチェクがゴミ捨て場で死ぬシーンも同様である。
 象徴の手法を用いて検閲をかわしているのである。そして、それが芸術的な効果を生んでいる。


最新作「カチン」は、大戦中ポーランドの将校が多数カチンで殺害されたことが、判明したがソ連はナチスの仕業と主張した。
戦後、ポーランド国民はそれはソ連の仕業と薄々気付いていたが、それを口にすることは出来なかった。
 ソ連が崩壊した今、それはスターリニズムのソ連の行為であることは明らかになった。
 スターリンは、日本の満蒙の軍人をシベリアに連れ去り、不条理な労働に牛馬のように働かた。酷寒の地で多くの日本人が故国を想いながら死んでいったことは周知の事実である。


 人間が愚かである以上、独裁のような政治体制がどのような結末を迎えるか歴史が証明している。
 独裁だけは避けなければならない。


祖国ポーランドを撮り続けたワイダの作品が明日から連日放映される。録画が忙しいことになるが、見逃す訳にはいかない。


【データ】
①ハイビジョン特集「映画監督アンジェイ・ワイダ~祖国ポーランドを撮り続けた男~」
 チャンネル :BS2
放送日 :2008年 9月 8日(月)
放送時間 :午後1:00~午後2:50(110分)
 

番組HP: http://www.nhk.or.jp/bs/hvsp/


社会主義国ポーランドで、祖国が味わった現代史の悲惨を描き続けたアンジェイ・ワイダ監督の、検閲との攻防や自由な表現への戦いを新作「カティン」への道程の中に描く。


祖国ポーランドが体験した現代史の悲劇を描き続けてきた映画監督アンジェイ・ワイダ。82歳にして完成させた映画「カティン」はソビエトに殺され、しかも社会主義政権下で語ることもタブーとされてきた父親と同胞への思いがこめられた作品だ。そこにいたる道程には検閲との攻防や、ポーランド民主化運動との連帯など、自由な表現への苦闘があった。代表作をめぐる知られざるエピソードの数々を通してワイダ監督の闘いをたどる。
【語り】広瀬 修子


②アンジェイ・ワイダについては以下のWikipediaを参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%80


③アンジェイ・ワイダ監督映画放送予定
9月9日(火) 午後1:05~2:33 「世代」
9月10日(水) 午後1:05~2:38「地下水道」
9月11日(木) 午後1:05~2:45「灰とダイヤモンド」
9月12日(金) 午後1:05~3:47「大理石の男」
※後1:00~1:05「アンジェイ・ワイダ 自作を語る」を放送。


 

 

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2008/05/27 黒澤 明 映画「生きる」

2008-05-27 23:27:16 | (6)映画



黒澤明の初期の名作「生きる」を観た。

 



先日、「最高の人生の見つけ方」(原題:THE BUCKET LIST 「棺桶リスト」)を観た。最近のアメリカ映画では、まじめな良い映画だった。
 見始めた時、黒沢の「生きる」に似た話だと思った。


主人公がガンを宣告されて、今までの人生を振り返り、残された余命6ヶ月をどう生きるかという話である。
 似た話であるが、何となく違う様な気もするので、「生きる」を改めて観てみることにした。
 改めて観た結果、両方ともお薦めの良い映画なのだが、かなり違う印象が残った。大きく言えば東洋と西洋の違いかも知れないが、仕事に対する考え方の違いがある。
 簡単に言えば、仕事は労働で忌むべきもの、休暇・遊びの時間こそ自己実現の時間と考える西洋の考え方と仕事こそ自己を実現するものとする東洋の考え方の違いがある。


「最高の人生の見つけ方」では、ジャック・ニコルソンはフリーマンの棺桶リストをたまたま読んで、やり残した事を二人でやろうとフリーマンに話をする。フリーマンはもう時間がないと言うが、ジャックは、6ヶ月もあれば充分だと言い、やり残した事を二人で、一つ一つ潰していくために、病院を出て、旅に出る。


その旅の過程で、ジャックは人生で本当に重要なものは何であるかを学び、頑なな自分を世界に対して開いた。
 フリーマンのお節介で、喧嘩別れしていた実の娘と逢うことになり、「世界で一番の美女とキスをする」というリストの項目を消すことが出来た。それは、初めてあった孫娘とのキスである。


お互いが深い友情に結ばれ、理解し合えるかけがえのない友であることを確かめることが出来た二人は、自分の理解者である友と幸せな時間を持てたことに満足して死ぬのである。
 ジャックの遺言により、秘書はフリーマンの眠る世界一美しい景観の見える場所に、ジャックの遺骨も埋葬されるのである。



「生きる」では、
患者がガンの場合、医者はそれを隠して、「軽い胃潰瘍です、自分の好きなものを食べなさい」というが、実はそれは嘘でガンなのだと待合室で訳知りの男から聞かされた主人公は、医師の所見で全く同じことを言われ、自分がガンであることを知る。


30年間、無欠勤で「休まず、遅れず、働かず」を実践して、市民課の課長になったが、余命6ヶ月を知った今、振り返っても何も思い出すことが出来ない。死んでいるも同然な30年間であったことに気づく。


そこから、勤めを欠勤して、本当の人生を求めて彷徨が始まる。
彼は、メフィストフェレスに逢い、今まで踏み入ったことのない遊技と歓楽の毎夜を過ごすことになるが、心は晴れることはない。
 ある朝、朝帰りの主人公は市民課の部下である若い娘に声を掛けられる。彼女は明るく、楽しそうな笑い声をあげて生きている。彼女は退職届けに課長の印が欲しいのである。
 家まで連れて行き、印を押してやる。帰る娘の靴下が破れているのを見て、娘に自分も一緒に行くと声を掛ける。
 主人公にストッキングを買って貰った娘は大喜びである。その生き生きした笑顔、声、姿をみて話をしていると彼は病気の苦しさが軽くなる様な救いを感じる。
 それから、昼も夜も娘と遊び、美味しいものを食べさせ、自分のケーキを娘にやって喜ぶ姿を見ている。
 

役所を辞め町工場で働いている娘に、彼は聞く。どうして君はそんなに生き生きしているのかと。娘は答える。普通に暮らしているだけ。作っているのはこんなものでも、喜ばれれば嬉しいといって、ゼンマイ仕掛けのうさぎのおもちゃを見せる。
 彼は、その瞬間自分の人生に目覚めた。


役所に出た彼は、部下が訝しそうに見守る中、店ざらしにしてあった婦人会からの陳情書を取り出す。暗渠を埋め立て、児童公園を作って欲しいという陳情書である。
 今までは、公園課外の関係課に回付しているだけであったが、回付の付箋を取り外し市民課の仕事として、取り上げることにする。
 簡単には進みませんよ部下の係長に対し、やれば出来るといって、行動を開始する。


5ヶ月後、ガンで死んだ彼の通夜の席のことである。
児童公園は完成し、完成の功労者は誰かが通夜の話題になっている。
 助役は主人公が功労者だという声があるが、彼は自分の職務を果たしたに過ぎないのであって、それは普通のことであり、功労の名に相応しくないと発言し、部下達が助役が功労者ですというのを待っている。
 

助役、課長が帰った後、部下達は主人公が公園完成のためにどのように、他の課長、助役を説得したかを、エピソードを回顧することによって語る。
 エピソードを積み重ねる内に、やはり課長の公園完成に掛ける執念とも言うべき思いを知り、また課長がガンを自覚していたことにも気づく。

 

その時お巡りさんが、主人公の帽子を届けに来る。そして、お巡りさんは証言する。
 主人公が亡くなった雪の降る夜。主人公が降りしきるブランコの中、嬉しそうに「ゴンドラの唄」を歌っているのを目撃した。
“命短し、恋せよ乙女...”と歌う姿があまり嬉しそうだったので声を掛けずに去ったが、失敗だったと。
主人公はそのまま公園で亡くなったのである。


主人公は、公園を残して死んだ。
それが、彼の人生の証し、生きた証明である。
前にも書いた様に我々は日常性の中に埋没して生きている。今日眠れば明日が来る。明日の次には明後日が来る。その又次の日も、1ヶ月後、半年後、1年後、10年後...将来の時間は途切れることなく続いていくと思いこんで暮らしている。
 本当にそうだろうか?
ミャンマーの人たち、四川省の人たち20万人もそのように暮らしていたに違いないが、突然命を絶たれてしまった。

 

いずれ自分も死を迎えるという粛然たる事実を前に、自分の棺桶リスト、自分の仕事・作品を明確にする必要がある。



【データ】


『 「生きる」
   
  [製作国]日本
 [製作年]1952
 [配給]東宝
 

スタッフ
 監督: 黒澤明 クロサワアキラ
 製作: 本木莊二郎 モトキソウジロウ
 脚本: 黒澤明 クロサワアキラ
        橋本忍 ハシモトシノブ
        小国英雄 オグニヒデオ
 撮影: 中井朝一 ナカイアサカズ
 音楽: 早坂文雄 ハヤサカフミオ
 美術: 松山崇 マツヤマタカシ
 

キャスト(役名)
 志村喬 シムラタカシ (渡邊勘治)
 金子信雄 カネコノブオ (渡邊光男)
 関京子 セキキョウコ (渡邊一枝)
 小堀誠 コボリマコト (渡邊喜一)
 浦辺粂子 ウラベクメコ (渡邊たつ)
 南美江 ミナミヨシエ (家政婦)
 小田切みき オダギリミキ (小田切とよ)
 藤原釜足 フジワラカマタリ (大野)
 山田巳之助 ヤマダミノスケ (齋藤)
 田中春男 タナカハルオ (坂井)
 

解説
 黒澤明の「白痴」に次ぐ監督作品。脚本は「羅生門」の共同執筆者橋本忍と「海賊船」の小国英雄とが黒澤明に協力している。撮影は「息子の花嫁」の中井朝一。出演者の主なものは、「戦国無頼」の志村喬、相手役に俳優座研究生から選ばれた小田切みき、映画陣から藤原釜足、千秋実、田中春男、清水将夫その他。文学座から金子信雄、中村伸郎、南美江、丹阿弥谷津子。俳優座から永井智雄、木村功、関京子。新派では小堀誠、山田巳之助などである。 


 ストーリー
 某市役所の市民課長渡邊勘治は三十年無欠勤という恐ろしく勤勉な経歴を持った男だったが、その日初めて欠勤をした。彼は病院へ行って診察の結果、胃ガンを宣告されたのである。夜、家へ帰って二階の息子たち夫婦の居間に電気もつけずに座っていた時、外出から帰ってきた二人の声が聞こえた。父親の退職金や恩給を抵当に金を借りて家を建て、父とは別居をしようという相談である。勘治は息子の光男が五歳の時に妻を失ったが、後妻も迎えずに光男を育ててきたことを思うと、絶望した心がさらに暗くなり、そのまま街へさまよい出てしまった。屋台の飲み屋でふと知り合った小説家とそのまま飲み歩き、長年の貯金の大半を使い果たした。そしてその翌朝、買いたての真新しい帽子をかぶって街をふらついていた勘治は、彼の課の女事務員小田切とよとばったり出会った。彼女は辞職願いに判をもらうため彼を探し歩いていたという。なぜやめるのかという彼の問いに、彼に「ミイラ」というあだ名をつけたこの娘は、「あんな退屈なところでは死んでしまいそうで務まらない」という意味のことをはっきりと答えた。そう言われて、彼は初めて三十年間の自分の勤務ぶりを反省した。死ぬほどの退屈さをかみ殺して、事なかれ主義の盲目判を機械的に押していたに過ぎなかった。これでいいのかと思った時、彼は後いくばくもない生命の限りに生きたいという気持ちに燃えた。その翌日から出勤した彼は、これまでと違った目つきで書類に目を通し始めた。その目に止まったのが、かつて彼が付箋をつけて土木課へ回した「暗渠修理及埋立陳情書」であった。やがて勘治の努力で、悪疫の源となっていた下町の低地に下水堀が掘られ、その埋立地の上に新しい児童公園が建設されていった。市会議員とぐるになって特飲街を作ろうとしていた街のボスの脅迫にも、生命の短い彼は恐れることはなかった。新装なった夜更けの公園のブランコに、一人の男が楽しそうに歌を歌いながら乗っていた。勘治であった。雪の中に静かな死に顔で横たわっている彼の死骸が発見されたのは、その翌朝のことであった。』

(キネマ旬報)

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2008/05/14 映画「最高の人生の見つけ方」

2008-05-14 23:30:35 | (6)映画



「最高の人生の見つけ方」 
 (原題:THE BUCKET LIST 「棺桶リスト」)

 


ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの競演だから見逃すわけにはいかない。


最近のアメリカ映画はバイオレンスものが多くて鼻白むが、この映画はそうではなく、人生を考えさせる映画である。


我々は毎日何事もないように生きているが、ある日突然サイクロンに出くわしたり、大地震に出くわしたり、交通事故に遭ったり、ガンの宣告を受けたりする。
 ミャンマーの10万人の人々、中国の数万人の人々もその日が人生の最終日だと知っていたわけではなかった。


悲惨な事故の報道を観て、我々は気の毒なことだと思うが、自分のこととは思っていない。自分はそんなものには遭遇しないと安心している。
 しかし明日のことは誰も分からないのだ。


この映画は、ガンを宣告され余命6ヶ月と宣告された二人の「最高の人生の見つけ方」の映画である。
 6ヶ月だからと言って短いわけではない、30年だからといって長いわけではない。


西欧では、古来「メメント・モリ」が言われてきた。
『メメント・モリ(Memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句である。日本語では「死を想え」「死を忘れるな」などと訳される事が普通。芸術作品のモチーフとして広く使われ、「自分が死すべきものである」ということを人々に思い起こさせるために使われた。』
その意味では、古典的なテーマの映画である。


我々は生まれた以上はいつかは死ぬことは明らかである。
明日かも知れないし、この映画のように6ヶ月かも知れないし、もう少し長いかも知れない。
 だが、不定期刑の死刑囚であることには変わりない。


鈴木正三は「死に習う」、「死に隙を明ける」と言う。
西欧の「メメント・モリ」も正三も同じである。
 問題は死を超えて生きられるかである。


ジャック・ニコルソンもモーガン・フリーマンも素晴らしい。
深刻な中にユーモアもある演技に心打たれる。
観て、よりよく生きられる映画である。


【データ】
監督:ロブ・ライナー


出演:ジャック・ニコルソン(エドワード)
   モーガン・フリーマン(カーター)
   ショーン・ヘイズ
   ロブ・モロー
   ビバリー・トッド


製作:ロブ・ライナー/クレイグ・ゼイダン/ニール・メロン/アラン・グライスマン
脚本:ジャスティン・ザッカム
撮影:ジョン・シュワルツマン,A.S.C.
美術:ビル・ブルゼスキー
音楽:マーク・シェイマン
配給:ワーナー・ブラザース映画
2007年/アメリカ/97分


<ストーリー> 
 勤勉実直な自動車整備工と、大金持ちの豪腕実業家。出会うはずのない二人が、人生の最後に病院の一室で出会った。家族のために自分の夢を犠牲にして働いてきたカーターと、お金だけは腐るほどあるものの見舞い客は秘書だけというエドワード。お互いに人生の期限を言い渡されたという以外、共通点は何もない。そんな二人を結びつけたのは、一枚のリスト―棺おけに入る前にやっておきたいことを書き出した "バケット(棺おけ)・リスト"だった。
「荘厳な景色を見る」「赤の他人に親切にする」「涙が出るほど笑う」…。と、カーターは書いた。
「スカイダイビングをする」「ムスタングを乗りまわす」「ライオン狩りをする」「世界一の美女にキスをする」…!と、エドワードが付け加えた。
 そして、始まった二人の生涯最後の冒険旅行。人生でやり残したことを叶えるために。棺おけに後悔を持ち込まないために。そして、最高の人生だったと心の底から微笑むために。
 残された時間は6か月。でも、まだ決して遅くない―!


ジャック・ニコルソンの来日記者会見の様子。
http://www.walkerplus.com/tokyo/latestmovie/report/report6000.html



 

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2008/05/01 映画「カンフーハッスル」

2008-05-01 22:46:17 | (6)映画



 


  (洋泉社ムック)


先週TVで後半部分だけ見た。
お話は、映画で見せる漫画・劇画の類で、荒唐無稽である。


お話は寧ろどうでも良いが、絵が良かった。
撮影は潘恒生と言う人らしい。有名な人なのだろうか。
 パンフォーカスの奥深い画面を使い、後ろの画面が宵の時刻の薄もやが掛かったような雰囲気で何となく情感がある。
 カンフーのシーンも、妖術を使うので漫画だが、スローモーションを使い、カンフーの動きの面白さと美しさが表現されている。


周星馳が監督・製作・脚本の三役をこなしたワンマン映画だが、演技力のあるキャスト、特にギャングの頼りなさそうな、怖そうな目つきが良かった。


TVは持つことの出来ない空間を感じさせる画面は映画のみが持つ魅力。この魅力に満ちた映画。


【データ】
以下は、キネマ旬報 MovieWalkerから転載。


[原題]功夫/Kung Fu Hustle
[製作国]中国=アメリカ
[製作年]2004
[配給]ソニー・ピクチャーズ
 

<スタッフ>
 監督: Stephen Chow 周星馳 チャウ・シンチー
 製作: Stephen Chow 周星馳 チャウ・シンチー
        Chui Po Chu チュイ・ポーチュウ
        Jeff Lau 劉鎭偉 ジェフ・ラウ
 脚本: Stephen Chow 周星馳 チャウ・シンチー
        Tsang Kan-Cheung ツァン・カンチョン
        Chan Man Keung チャン・マンキョン
        Xin Huo シン・フオ
 撮影: Poon Hang Sang 潘恒生 プーン・ハンサン
 音楽: Raymond Wong 黄百鳴 レイモンド・ウォン
 

<キャスト(役名)>
 Stephen Chow 周星馳 チャウ・シンチー (Sing)
 Yuen Wah 元華 ユン・ワー (Landlord)
 Yuen Qiu ユン・チウ (Landlady)
 Bruce Liang 梁小龍 ブルース・リャン (火雲邪神)
 Dong Zhi Hua ドン・ジーホワ (Donut)
 Chiu Chi Ling チウ・チーリン (Tailor)
 Xing Yu シン・ユー (Coolie)
 Chan Kwok Kwan チャン・クォックワン (Brother Sum)
 Lam Suet 林雪 ラム・シュー (Axe Gang Vice General)
 Tin Kai Man ティン・カイマン (Axe Gang Advisor) 
 

<解説>
 ギャングになることを夢見るチンピラの奮闘を描くアクション・コメディ。監督・製作・脚本・主演は「少林サッカー」のチャウ・シンチー。共同脚本は「少林サッカー」のツァン・カンチョン、「女人、四十。」のチャン・マンキョン、「こころの湯」のローラ・フオ。撮影は「チャイニーズ・オデッセイ」のプーン・ハンサン。音楽は「少林サッカー」のレイモンド・ウォン。美術は「アクシデンタル・スパイ」のオリヴァー・ウォン。編集は「HERO」のアンジー・ラム。衣裳は「ゴージャス」のシャーリー・チャン。共演は「暗黒街/若き英雄伝説」のユン・ワー、「007/黄金銃を持つ男」のユン・チウ、「チャイニーズ・ゴースト・バスターズ」のブルース・リャン、「少林サッカー」のチャン・クォックワン、ティン・カイマン、「ターンレフト ターンライト」のラム・シューほか。 


 文化革命前の混沌とした中国。冷酷無情な街のギャング団”斧頭会“の一員になることを夢見るチンピラのシン(チャウ・シンチー)は、頼りにならない相方(ラム・ジーチョン)と共に、日々コソ泥を繰り返していた。そんなある日、シンたちは貧困地区の豚小屋砦というアパートの住人から小金を脅し取ろうとするが、その騒動で斧頭会の注意を引いてしまう。しかし大勢で侵略してきたギャングたちを、アパートの住民たちはやすやすと一蹴。その中には、カンフーの技を極めながらも普通の生活をしている職人たち(ドン・ジーホワ、チウ・チーリン、シン・ユー)や、二度と闘わないことを選んだ家主(ユン・ワー)とその妻(ユン・チウ)らがいた。斧頭会は古琴の波動拳を操る演奏家(ジア・カンシー、フォン・ハックオン)ら刺客を雇うが、住民たちのあまりの手強さに、シンを仲間に入れる条件として、伝説の殺し屋・火雲邪神(ブルース・リャン)の脱獄を促す。かくして家主夫妻と火雲邪神、伝説の達人同士の死闘が幕を開けた。するとその気迫に圧倒されたシンの中で、少年時代の苦い記憶と共に封印されていた悪を戒める武術の奥義書が再びページを開いた。シンは無敵の男として覚醒し、火雲邪神を降参させる。そして糖果店を開店し、初恋の人フォン(ホアン・シェンイー)と心を通わせるのだった。 

 

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2008/02/03 映画「AN UNFINISHED LIFE」

2008-02-03 22:20:29 | (6)映画









劇場未公開作品だが、DVDで見た。
AN UNFINISHED LIFEは、「果てしなき日々」と訳している処もあるが、「終わり無き命」とでも訳した方が良いような気がする。


良い映画であった。
アメリカ人のエートスを感じる映画であった。
最近のアメリカ映画は、組織悪もしくはテロ対個人の戦い。
過激な暴力シーンがこれでもかと出てくるものが多いが。
この映画は、熊が出てくるような大自然の残る田舎が舞台である。


アメリカ人のエートスは、ウォール街よりカントリー、スーツよりジーンズ、車より馬、コンピューターより拳銃、高層マンションより木のある草むらの家だろう。


作品のテーマは「怒り」と「許し」である。
人は皆、重大な事件に対する怒りを心の底に秘めて生きている。
犯罪者のためにかけがえのない家族を奪われた人は怒りを秘めて生きるより方法はない。


 アイナーは、息子の嫁への怒りを抑えられない。それは、嫁が運転した交通事故で最愛の息子が死んでしまったからである。
 同棲者の暴力から逃げてきた嫁と孫に対しても冷淡な態度を取ってしまう。


 アイナーが「許し」を体験する事件が起きる。
孫娘と二人で捕らわれた熊を逃がしに動物園に言った時、孫娘の不注意で車のギアが入ってしまい、車が動いてしまう。車輪に乗っていたアイナーは地面に転落し、そこへ檻から出た熊が襲いかかる。アイナーは死にに直面するが、孫娘の機転で熊の攻撃を逃れる。


 孫娘が、アイナーにごめんなさいと誤る。アイナーは、孫娘に対する怒りの感情は無いことに気づく。事故で死んだ息子の気持ちが、初めて理解できる。息子は、事故を起こした嫁に怒りはないことを理解する。息子の許しが自分の許しに繋がっていることを感じる。


怒ることは易い。
許すことは難しい。
許すことは相手を許すことだが、自分を許すことにも繋がっている。

 

【データ】(allcinemaより転載)
アンフィニッシュ・ライフ< AN UNFINISHED LIFE>


製作国 アメリカ  (2005)
上映時間 108分


監督: ラッセ・ハルストレム 
製作: レスリー・ホールラン 
 アラン・ラッド・Jr 
 ケリアン・ラッド 
脚本: マーク・スプラッグ 
 ヴァージニア・コラス・スプラッグ 
撮影: オリヴァー・ステイプルトン 
音楽: デボラ・ルーリー 


出演: ロバート・レッドフォード(アイナー)
 ジェニファー・ロペス( ジーン)
 モーガン・フリーマン( ミッチ)
 ジョシュ・ルーカス (クレイン)


<解説>
 「サイダーハウス・ルール」「ギルバート・グレイプ」の名匠ラッセ・ハルストレム監督が、ロバート・レッドフォード、ジェニファー・ロペス、モーガン・フリーマンの豪華キャストを迎えて贈る感動のヒューマン・ドラマ。雄大なワイオミングの自然を背景に、心に傷を抱えた人々の再生への道のりを優しい眼差しで綴る。
 恋人の暴力に耐えかね、11歳の娘グリフを連れ、亡き夫の父アイナーを頼って彼が営むワイオミングの牧場へと逃げてきたシングルマザーのジーン。アイナーはここで、熊に襲われ障害を抱える親友ミッチの世話をしながら静かな余生を送っていた。最愛の息子が死んで以来心を閉ざしてしまったアイナーは、その原因となったジーンをいまだ許すことが出来ずにいた。そんなジーンの突然の訪問に戸惑いを隠せないアイナー。しかも、存在すら知らなかった孫娘グリフまで一緒。仕方なくジーン母娘を一緒に住まわせるアイナーだったが、ジーンとの関係はギクシャクしたまま。それでも、孫娘グリフの存在がアイナーの冷たくなった心を少しずつ温めていく。

 

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2008/01/30 映画「大酔侠」と西本正

2008-01-30 22:21:03 | (6)映画


眠れないままBSにチャンネルを移すと映画を放送していた。
中国の武侠映画なのだが、絵が綺麗で何となく典雅である。




 若い娘が剣を振るって悪党どもを退治する活劇映画なのだが、若い娘の表情がキリリと締まって、凛とした風情がある。
 上目、横目遣いの視線を使い緊張感を出しながら、背筋はピント伸びている。魅力的な武の女のイメージである。
 短い脇差しぐらいの長さの直刀を両手に持ち、左右に回転しながら悪党どもを切り伏せていく。中国の太極剣に象徴される円運動の武術が正統的に使用されている。


 悪党の姿も面白い。白装束で顔を白い化粧で塗り、毒針を含んだ扇を弄びながら、顔には悪魔的な笑みを浮かべ、きざな台詞を口にする。ジャック・ニコルソンもこの映画の影響を受けているのではないかと思われた。


 人物の描写、セットなのだが落ち着いた風景、説明のない情景だけのカットが要所要所に有る。カメラアングルが低く小津安二郎とか溝口健二の絵を見ているような気がする。


新しい中国の武侠映画と思い、最後まで見てしまった。
最後の字幕を見ることにした。
 制作年次を見て驚いた。なんと‘66と書いてある。40年以上前の香港映画である。女優の名前はよく判らなかったが、カメラは西本正と書いてある。なんだ、日本人カメラマンなのか、道理でしっくり来ると思った。


映画の名前は「大酔侠」であった。


ネットで調べてみた。
筆者が知らないだけの話でこの「大酔侠」は有名な映画であった。
ブルースリーとほぼ同時代の映画である。


切られてみたい魅力的な女剣士はチェン・ペイペイ(鄭佩佩) 。
サイト「香港映画の世界」をみると、以下の記述があった。
http://www2.wbs.ne.jp/~jrjr/hk-top.htm

『 1946年、上海出身。
60年に香港に渡り、63年にショウ・ブラザーズの俳優養成所『南國實験劇團』に二期生として入団。
俳優養成所を卒業後、正式にショウ・ブラザーズと契約し、64年の『寶蓮燈』でデビュー。
 文芸映画『情人石』で才能を認められ、1966年に出演したキン・フー監督の『大酔侠』のヒットによって一夜にして“剣劇の女王”に躍り出た。
 その後、『香江花月夜』『金燕子』など、多数の作品に出演して女剣士を演じ続ける。


 1970年、ロー・ウェイ監督の『影子神鞭』に出演したのを最後に映画界を引退し、71年には結婚して渡米。
アメリカの大学でモダンダンスを学ぶ。


 73年に一時帰国し、ゴールデン・ハーベストで数本の映画に出演。
再びアメリカに戻り、75年にモダンダンスの舞踏団『ロサンゼルス現代舞踏団』を組織してアメリカや台湾で公演。
 89年にダンスの公演で台湾に滞在していたとき、アレックス・ローに『七小福』への出演を要請され、現実と同じくダンス教師役で15年ぶりに銀幕に登場した。
これ以降も、脇役ながらも時々映画に出演するようになった。』


文化大革命の突風に飛ばされて、アメリカまで跳んでしまった世代なのだろう。出来るものなら、ダンスも見てみたいものだ。



「西本 正」 2つの名前を持つ日本人カメラマン。
 香港映画では、賀蘭山(ホーランシャン)。
 なんと、ブルースリーの「ドラゴンへの道」を取ったカメラマンだった。
 この映画のブルースリーの姿と意志と気(殺気)に満ちたイメージは鮮烈だった。


西本正の簡単な履歴は以下のサイトで判る。
こんな日本人カメラマンが居たのだと思う。
映画の画面を見れば、カメラマンの仕事への志は感じることが出来る。
http://www.asiancrossing.jp/col_1/2004/1217.html


【データ】
衛星映画劇場「大酔侠」
 <字幕スーパー> <レターボックスサイズ>

【監督】キン・フー
【出演】ユエ・ホア,チェン・ペイペイ,チェン・ホンリエ ほか ~1966年 香港 ショウ・ブラザース制作~
【製作】ランラン・ショウ
【脚本】キン・フー                     
    イー・ヤン                     
【撮影】西本  正                     
【音楽】チョウ・ランピン                  
【原題】大醉侠 Come Drink With Me    

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2007/11/14 映画「ALWAYS 続・三丁目の夕日」

2007-11-14 22:39:21 | (6)映画

             (公式ホームページから転載)


気分転換に映画を見ることにした。マット・デイモンの「ボーン・アルティメイタム」か「ALWAYS 続・三丁目の夕日」か迷ったが、今の気分ではアクション、個人対組織の闘いでもないので、日本映画にした。


この映画は続編で、第1作はヒットし、日本アカデミー賞を受賞しているらしいが見ていない。 最近の日本映画は、三谷のテレビドラマの影響を受けて茶化したような作品が多いので、どうかなと思う面もあったが、結果はそれなりに好い映画であった。粗雑な作りだがテーマ・素材がよいので救われている。 予告編でやっていた「椿三十」などは茶化しドラマの典型で三谷の害毒が今では普通に広がっている。困ったものである。オチョケテいては恋愛も出来ないのだから。


感想を思いつくまま書いてみる。


①ミニチュアとCG(VFX)を用いて、昭和34年映画が娯楽の中心であり、人々が石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」のスクリーンに拍手喝采していた頃の風景を描いている。ノスタルジックな雰囲気を出すことには成功しているが、映画の同時代人は少なくとも今は70代以上なのだろうから、その人達がどう感じるか聞いてみたいものである。

 

②シナリオは粗雑だが、素材がよいので後味の悪さは感じない。とってつけたようなエピソードが語られると、次にはそれが伏線にならない伏線になって物語が展開する。

 

③人物の陰を作るためか、第3作以降への展開のためか、突然エピソードが挿入される。 鈴木モータースの店主の南方戦線の戦友との同期会、妻の昔の恋人との橋の上での再会(どこかで聞いたような気がするが)とか、突然現れて突然終わってしまう。登場人物にそれぞれ過去のエピソードが語られる。恐らく、自作以降の展開の伏線だと思うが。

 

④何か懐かしい様な前にも見たような気がするのは、東京の下町の濃密な人間関係、善意と気持ちの押し付けが交錯する世界は寅さんの世界である。 笑いの後の涙そのまた後の笑いとペーソスは松竹新喜劇の世界である。そんな世界なので親しみが湧くのであろう。日本的といえば日本的である。

 

⑤大人の演技は演出の所為かテレビドラマ風だが子供の演技が自然でリアリティを感じさせた。

 

⑥きざな言葉が所々散りばめてあるのはアメリカ映画の影響か? ・「金より大事なものがある」と最後にタクシーの中で呟く ・「祭りの後みたいね」と預かった子供が帰っていくシーンで ・最後の夕日のシーンで「夕日が美しいのは三人で見るからだ」  と子供が語る。

 

⑦重なり合わない、重なることを避けて生きる現代人が、この映画を見て一瞬、人の絆の重要性を感じることがあれば、この映画を見た甲斐があったと云うものだろう。


 (goo映画より転載)



【データ】(goo映画より転載)<作品解説・紹介> 昭和34年春。東京オリンピックの開催が決定し、日本は高度経済成長時代に足を踏み入れようとしていた。取引先も増え、軌道に乗ってきた鈴木オートに家族が増えた。事業に失敗した親戚の娘、美加を預かることにしたのだ。しかし、お嬢様育ちの美加と一平は喧嘩ばかり。一方、一度淳之介を諦めた川渕だが、再び茶川の所にやってくるようになっていた。淳之介を渡したくない茶川は、再び芥川賞に挑戦しようと決意する…。


多くのファンからの要望に応え、『ALWAYS 三丁目の夕日』が再びスクリーンに。前作で淳之介を取り戻した茶川が芥川賞に挑戦していく。今回もまた当時の東京の風景をVFXを用いて、目を疑うようなリアルさで再現している。完成したばかりの東京タワー、日本橋などの街並みに加え、東京駅、羽田空港、開通直後の新幹線こだま号など、その時代を知る人にとっては懐かしい映像が続く。また、この映画の魂でもある三丁目の人々の温かさも健在。古きよき“昭和”の世界を再び味わって欲しい。出演は、堤真一、薬師丸ひろ子、吉岡秀隆、須賀健太ら、お馴染みの顔ぶれに加え、上川隆也、マギー、渡辺いっけい他。監督は前作と同様の山崎貴。


<キャスト>茶川竜之介:吉岡秀隆 石崎ヒロミ:小雪 古行淳之介:須賀健太 鈴木則文:堤真一 鈴木トモエ:薬師丸ひろ子 鈴木一平:小清水一揮 星野六子:堀北真希 大田キン:もたいまさこ 宅間史郎:三浦友和(特別出演)

 

<スタッフ>監督・脚本・VFX:山崎貴 原作:西岸良平 脚本:古沢良太 音楽:佐藤直紀 企画・制作プロダクション:ROBOT 製作:『ALWAYS 続・三丁目の夕日』製作委員会

 

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