菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2017/07/22  第157回芥川賞受賞  沼田真佑氏

2017-07-22 23:32:00 | (9)本(文学 その他)


芥川賞は文学を目指す者にとって特別な意味を持つ文学賞だ。
太宰治は芥川賞がどうしても欲しかったが、どうしても得られなかったのはよく知られた話だ。
だが、太宰は若者によく読まれ続けている文学者であることは、それもまた事実だ。


純文学のジャンルで、新しい世界、文体、表現、創造性を表現した作品に与えられる芥川賞だから、その作者も非日常的な人が多いのも当然だ。
酒を飲んで受賞会見をし「貰ってやる」と発言した人も居た。

その意味では、今回受賞した沼田真佑氏はちょっと印象が違う。
普通なのだ。
誠実さが漂う空気を感じる。

受賞会見の中でのやり取り。
『...
記者1 候補になったときには、「初めて買った安いギターで有名なライブハウスのステージに立ったような気分だ」というような言葉をおっしゃってたんですけれども。
実際今度獲っちゃいましたけれども、改めてステージに立っただけではなくて獲ってしまったということについての感想をもう一度。

沼田 やっぱり1本しか書いてないというのはありますので、なんか……例えばジーパン1本しか持っていないのにベストジーニスト賞みたいな(笑)。
(会場笑)

...』

何度もノミネートされて、その経歴の上に受賞の晴れ舞台がある芥川賞だから、沼田氏が語るのは正直な戸惑いだろう。

その他、普段着での記者会見とか、記者とのやり取りが誠実で好感が持てる。
見ていない人は、下のyoutube動画で聴くことができる。

38
歳独身、学習塾の塾英語講師。
生徒たちには人気の先生だそうだ。

選考会では、推薦者と反対者の激論があったそうだ。
推薦者の高樹氏は、まだ1本だが、まだまだ書ける力があると言い、反対者はこれ1本で、もう書けないと言ったそうだ。

どちらが正しいのかは、これから沼田氏が証明して行くことだ。

誠実な人は、責任感に押しつぶされることもある、が、ユーモアを解する余裕のある沼田氏はその恐れはないだろう。

今後の活躍を期待したい。



『第157回「芥川賞」に沼田真佑氏の『影裏』 「直木賞」に佐藤正午氏の『月の満ち欠け』
7/19(
) 19:25配信


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157回「芥川賞」を受賞した沼田真佑氏(左)、「直木賞」を受賞した佐藤正午氏

日本文学振興会は19日、『第157回芥川龍之介賞・直木三十五賞(平成29年上半期)』の選考会を東京・築地「新喜楽」で開き、芥川龍之介賞に沼田真佑氏(38)の『影裏』(文學界5月号)、直木三十五賞に佐藤正午氏(61)の『月の満ち欠け』(岩波書店)を選出した。2人は初受賞。

【写真】第157回芥川賞・直木賞 ノミネート作家一覧

両賞は1935(昭和10)年に制定。芥川賞は新聞・雑誌(同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品、直木賞は新聞・雑誌(同)・単行本として発表された短編および長編の大衆文芸作品の中から優れた作品に贈られる。前者は主に無名・新進作家、後者は無名・新進・中堅作家が対象となり、受賞者には正賞として時計、副賞として賞金100万円が与えられる。

前期・第156回(平成28年下半期)の芥川賞は山下澄人氏の『しんせかい』、直木賞は恩田陸氏の『蜜蜂と遠雷』が選出された。

157回候補作は以下の通り(五十音順・敬称略)。

■第157回芥川龍之介賞 候補作(掲載誌)
今村夏子『星の子』(小説トリッパー春号)
温又柔『真ん中の子どもたち』(すばる四月号)
沼田真佑『影裏』(文學界5月号)
古川真人『四時過ぎの船』(新潮六月号)

■第157回直木三十五賞 候補作(出版社)
木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(KADOKAWA
佐藤巖太郎『会津執権の栄誉』(文藝春秋)
佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店)
宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』(KADOKAWA
柚木麻子『BUTTER』(新潮社)

』(ORICON NEWS)






「芥川賞・沼田真佑さんが会見」


https://youtu.be/POol5A8gRcM




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2016/07/19  155回 芥川・直木賞受賞者決まる

2016-07-19 22:16:58 | (9)本(文学 その他)


前回に続き、芥川賞は女性が受賞した。
受賞したのは『コンビニ人間』を書いた村田沙耶香氏。
初めて候補者になり、そのまま受賞というスピード受賞だ。

直木賞は、荻原浩氏の「海の見える理髪店」(集英社)が選ばれた。荻原浩氏は5回目で初受賞。
「海の見える理髪店」は6篇からなる短編集だが、それぞれ心打たれるお話だそうだ。

芥川賞の候補者5人のうち4人が女性だったそうだ。
前回の芥川賞も女性の本谷有希子氏だった。
これからも、芥川賞も女性優位になりそうだ。

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(ORICON STYLE)
19:15
(左から)『コンビニ人間』で芥川龍之介賞を受賞した村田沙耶香氏(撮影=永瀬沙世)、『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞した荻原浩氏


『155回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が19日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞に村田沙耶香(さやか)さん(36)の「コンビニ人間」(文学界6月号)が、直木賞に荻原浩さん(60)の「海の見える理髪店」(集英社)が選ばれた。村田さんは初めての候補、荻原さんは5回目での受賞。

贈呈式は8月下旬に東京都内で開かれ、正賞の時計と副賞の賞金100万円が贈られる。

村田さんは千葉県出身、玉川大文学部卒。「授乳」で2003年群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。「ギンイロノウタ」で09年野間文芸新人賞、「しろいろの街の、その骨の体温の」で13年三島由紀夫賞をそれぞれ受賞した。他の作品に「殺人出産」など。

受賞作は、コンビニエンスストアで18年間アルバイトを続ける36歳の恋愛経験のない独身女性が主人公。結婚や出産をして当然の社会を理解できず、コンビニのマニュアルの中でこそ生きがいを感じている。しかし、ある男の出現から危機に陥る。

村田さんは受賞決定の記者会見で「コンビニは自分の聖域なので、小説にすることはないと思ったが、なぜか書いてみようと思いました。コンビニに対する愛情を作品にできたことは良かった」と喜んだ。さらに「人間が好きという気持ちで書いているので、人間の面白さが表現できたらうれしい」と語った。

荻原さんは、埼玉県大宮市(現さいたま市)生まれ。成城大経済学部卒。1997年小説すばる新人賞を受賞してデビュー。05年「明日の記憶」で山本周五郎賞、14年「二千七百の夏と冬」で山田風太郎賞を受賞した。

受賞作は、遠くから来た客と理髪店の店主が過ごした一時を描いた表題作など6編からなる短編集。親子、夫婦の間で起こる喪失、すれ違いを安定した筆致でつづる。

荻原さんは「ほっとしている。いつも心の平和を保つために、落ちる時のシミュレーションしか頭の中でしてなかったのでちょっと戸惑っている」と苦笑。還暦での受賞について「せっかくそういう(還暦の)年なので、暦が変わった今年から、気持ちを新たに頑張ってみようかと考えている」と喜びを語った。【内藤麻里子、鶴谷真】

◇選考委員の話

◇芥川賞「今でなければ書けない、興味深い作品として評価」

芥川賞選考委員、川上弘美さんの話 コンビニという現代的な場所でしか生きられない主人公を設定し、SF的だ。周りの人間を活写することで、「普通」に対する批判になっている。全体に過不足なく描写され、ユーモアもある。今でなければ書けない、興味深い作品として評価された。

◇直木賞「ベテランの熟練の技を見せ、心打たれる内容」

直木賞選考委員、宮部みゆきさんの話 圧倒的な読み心地の良さがあった。短編集は読み終わった後、内容を忘れることが多いが、荻原さんの作品は一つ一つ心に残り、読み終わった後思い起こすことができる珍しい作品だと評価された。ベテランの熟練の技を見せ、心打たれる内容だったという意味でも、最初の投票から高い支持を得た。』
(毎日新聞)



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2015/12/11  水木しげる 「水木サンの幸福論」

2015-12-11 22:29:07 | (9)本(文学 その他)


NHKで水木しげるの「水木サンの幸福論」を取り上げていた。

水木しげるの漫画は知らない。
ゲゲゲの鬼太郎も見たことはない。
妖怪や気味の悪い絵は見たくない。
矢張り、綺麗な明るい絵のほうが好きだ。

水木しげるの「幸福の七カ条」は以下の通りだそうだ。

第一条
成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。

第二条
しないではいられないことをし続けなさい。

第三条
他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。

第四条
好きの力を信じる。

第五条
才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。

第六条
怠け者になりなさい。

第七条
目に見えない世界を信じる。


1条から4条までは素直に理解できるが、5条と6条は一捻りしてある。
5条は悲観への対処法、生きるための知恵であることは解るのだが、裏切ると言い切られてしまうと辛い、裏切ることもある位にして欲しい。
確かに漫画や芸人の世界は、厳しい。努力したから成功する保証は全く無い。
努力するのは当たり前で、これは必要条件。成功するには十分条件が必要だ。それは才能と運と出会いだ。

6条は、疲労への対処法だろう。
根を詰めて目一杯頑張っても、報われない時もある。それを続ければ、5日疲労する。疲労すれば、心も身体も思うようには動かない。悪循環に陥り、挙げ句の果ては絶望に落ち込んでしまう。
そうならないように、たまには怠けて休みなさいということなのだろう。


番組に出演した境港が好きになって、移り住んでしまい、今は境港の宣伝を行っている人が語った言葉が良かった。

『好きなことがああれば、それを糧に生きていくことができる。』

その通りだと思う。


【データ】

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角川文庫 2007/4
637円





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2015/07/16  ピースの又吉直樹の「火花」が芥川賞受賞

2015-07-16 23:55:00 | (9)本(文学 その他)


ピースの芸人又吉は、お笑い芸人としては好きではない、と言うか寧ろ嫌いだ。

理由は感覚的なもので、明確ではない。
暗い・人間の存在感がありすぎる・髪の毛が長すぎて鬱陶しい...

お笑いなんだから、明るく軽く、全てを笑い飛ばして、サービス精神に徹して自分を消して芸になりきる。芸があるうちは笑い転げて、終わったら何も残らない。変わったのは明るい気分になったことだけ。

そんな芸人が好きだ。
そんな芸人は誰だと言われれば、何人もいるが、代表は高田純次だ。
彼の芸は軽く流れていく、嘘なのだがひょっとすると本当かもしれない、嘘嘘の中に軽やかに何も残さないように只管流れていく...

作家又吉直樹は、力量があるのだろう。
作品「火花」については、読んでいないので語ることは出来ないが、立派な作品であることは間違いないはずだ。

又吉の受賞は直木賞の方が相応しい感じがしたが、毎日新聞の記事を見て成る程と思った。

『純文学の命題たる「人はなぜ生きるのか」』を抉っているそうだ。

会見で又吉氏は、今まで芸人100でやって来た、文筆はその他でやって来た。この割合はちょうど良く、これからもこのバランスでやりたいというような発言をしていた。

印刷の小説が売れない時代、話題性のある小説が必要だ。文藝春秋のプロモーションも受賞の一因であったかもしれない。

次の小説がどうなるのか。
人間又吉の生きる道はバランス取りが難しそうだ。


『<又吉さん芥川賞>「火花」生きる悩みを鮮明に
毎日新聞 7月16日(木)23時29分配信

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芥川賞を受賞し、記者会見で質問に答える又吉直樹さん=東京都千代田区で2015年7月16日午後9時10分、喜屋武真之介撮影

芥川賞の又吉直樹さんの「火花」は、主人公が売れない若い漫才師だ。語り手となる20歳の徳永は4歳年上で別のコンビの漫才師の神谷にひかれ、弟子になる。神谷は天才肌だが、芸を突き詰めるあまり、世間から排除されていく。生きづらい神谷を鮮やかに造形したのが、小説の成功につながった。

【芥川賞、又吉直樹さんと羽田圭介さんに】

実際にお笑いの仕事をするシーンはごく少ない。中心は、真のボケや面白さとは何かを巡って徳永と神谷が路上や居酒屋で繰り広げる徹底的な問答である。純文学の命題たる「人はなぜ生きるのか」という青年期の悩みをえぐる作業に通じる。また、普段は視聴者としてお笑いを眺める私たちにとって、裏側の厳しさを知ることができるリアルな職業小説としても読める。

また本作は、熱く生きた日々を後年から回想する長い時間軸をもっており、一度きりの青春のいとおしさが余韻となって押し寄せてくる。何よりも神谷をはじめ、夢破れてお笑い界を去った仲間たちにエールを送る徳永の目線こそが、現実社会で日々苦闘する読者の共感を集めるのだろう。【鶴谷真】』
(毎日新聞)





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2015/01/11  須藤元気 「幸福論」

2015-01-11 21:46:31 | (9)本(文学 その他)


書架の前を歩いていると須藤元気の文字が目に入った。
最近、離婚したことが話題になった須藤元気だ。
タイトルを見ると「幸福論」。
こんな本があるのかと手に取ると、格闘家時代に書いた処女作だった。読むことにした。


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2005年の春から夏にかけて須藤は、四国八十八ヶ所のお遍路に出かけた。その時の体験を素に感じた事を書いた本である。

2005年当時、須藤は総合格闘技で連勝中であり、人気も絶頂期であったと言って良い。
その年の大晦日、山本"KID"徳郁にKO負けしたが、翌2006年は総合格闘技では2戦2勝している。
そして、2006年大晦日の試合に勝ったリング上で突然引退を表明した。

高校時代から須藤は“世界最強の男になる”のが口癖で、プロの格闘家になるためにアメリカに渡り修行をし、日本に帰りK-1、総合格闘技でトリッキーな動きや入場時の奇抜なパーフォーマンスで人気格闘家になった。
それまでの価値は「最強」だった。

2005年須藤は、変化を求めていた。
その時、遍路に出かけた。
そして、変わった。

幸福論の目次は、
序章 プロローグ
第1章 THE LONG AND WINDING ROAD―発心の道場・徳島県
第2章 HONESTY―修行の道場・高知県
第3章 NEVER MIND―菩提の道場・愛媛県
第4章 TIME TO SAY GOOD‐BYE―涅槃の道場・香川県
終章 エピローグ 八十八カ所を経て見えてきたもの

遍路の体験を書いてはいるが、この本は遍路の本でも仏教の本でもない。
須藤が「自己との対話」を遍路期間中続け、そしてありがとうを言い続けることによって、変わった。

終章で彼はこう書いている。
『「幸福だから楽しいのではなく、楽しんでいるから幸福なのだ」
つまり、経験が在り方を生むのではなく、在り方が経験を生むのである』

2005年10月に、この本は出版された。
2006年末に引退。
2007年10月に文庫本が発行された。
11月には結婚を発表している。

文庫本のあとがきに書いている。
遍路前は、自分の思考・感情がコントロールできなかった。そのためネガティブワールドから抜けだせないでいた。
ありがとうを言い続けた遍路後は、ポジティブワールドに自分をコントロールできるようになった。


この本を読んで最も印象的だった文章はp140から始まるタオル屋さんのお兄さんの話。
先に、Pharrell WilliamsのHAPPYについて記事を書いたが、全く同じことが書かれていた。

そのシーンに幸福論が確かにある。


【データ】


須藤元気(著)
幸福論 (ランダムハウス講談社 す 1-1)
ランダムハウス講談社
発売日:2007-10-02

須藤元気の公式サイト
http://www.worldorder.jp/


引退後2008年には、母校の先輩から要請を受けレスリング部監督に就任。レスリング部を優勝できるチームに変身させ、2012年には7回目の
最優秀監督賞を受賞するという足跡を残している。
拓殖大学監督としての須藤元気について
インタビュー記事がある。
最後の言葉は、「幸福論」にも繋がっている。

労政時報 jin-jour
http://www.rosei.jp/jinjour/list/series.php?ss=3068




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2013/07/17  第149回芥川賞と直木賞発表

2013-07-17 23:50:00 | (9)本(文学 その他)


芥川賞は、藤野可織の「爪と目」。
直木賞は、桜木紫乃の「ホテルローヤル」。

受賞インタビューでは面白いことが起きる事があるので、今回はどうか注目したが、普通だった。

芥川賞の藤野は、芥川賞作家らしく観念の世界の人だった。
一方、直木賞の桜木は人間らしさが感じられて面白そうな人に思えた。

受賞作の題名「ホテルローヤル」は、実在のホテルで、しかも彼女の両親が経営していたラブホテルだった。

彼女は青春時代、家の手伝いのためにホテルの掃除を手伝っていたそうだが、ラブホテルに来た二人が取り散らかした情事の現場を清掃するにつけ、大人は遊ぶものだと思ったそうだ。
そのラブホテルでいろいろな人を見たり・あったりしたことが彼女の目を作り上げた。
結婚して子供を持った頃は、ラブホテルを手伝わせた両親の子育てに疑問を持ったそうだが、受賞した今はラブホテルの娘に生まれてよかったと思っていると語っている。

彼女が好きな事は、ストリップ鑑賞なのだそうだ。
男でもないのに何で?
20
分間の間に起承転結があり、見ているお客を惹きつけ楽しませるストリップは、小説に通じるものがあるそうだ。

印象的な彼女の言葉2つ。
・“自分の起こることには何も無駄がない”
・“幸・不幸についてもよく言われるんですが、一生懸命生きている人の口からは幸せとか不幸とか言う言葉を私は聞いたことがない。”


これから、面白い小説を書いてくれそうな人だ。



『第149回芥川賞と直木賞発表 女性が受賞
< 2013</font>
717 20:30 >

17日、第149回芥川賞と直木賞の受賞作が発表され、2人の女性が受賞した。

純文学の短編作品に送られる芥川賞を受賞したのは4年ぶり2度目のノミネートとなった藤野可織さんの「爪と目」。藤野さんは京都府在住の33歳。2006年、デビュー作「いやしい鳥」で文学界新人賞を受賞している。受賞作の「爪と目」は幼い主人公の視点で物語が進み、母親の死で同居することになった父親の浮気相手との生活が描かれている。

一方、大衆文学作品に送られる直木賞を受賞したのは桜木紫乃さんの「ホテルローヤル」。受賞作は北国のホテルを舞台に、訪れる客や経営者の家族、従業員など、それぞれが抱える問題を描いた作品。桜木さんは2度目のノミネートで受賞となった。』
(日テレニュース)


『直木賞受賞会見 桜木紫乃さん「ホテル屋の娘で良かった」
産経新聞2013718日(木)08:20

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 (
産経新聞)

直木賞を受賞した桜木紫乃さん(48)は、記者会見場に入ると一礼し、笑顔を見せた。撮影では、「笑顔でお願いします」との報道陣からの呼びかけに、「これでも思い切り笑顔なんです」「さっきからすごく笑ってるんですよ」と冗談で返した。

桜木さんは、晴れやかな表情で、2度頭を下げると席に着いた。

--受賞のご感想をお願いします

「書くことをやめなくて良かったと思います。ありがとうございます」

--ニコニコ動画ですが、タミヤTシャツの意図を教えてください

「ゴールデンボンバーさんのファンなんです」

〈桜木さんは、タミヤ(模型メーカー)のTシャツに白のブラウスを羽織って登場した。タミヤのTシャツは、ゴールデンボンバーのボーカル、鬼龍院翔さんがよく着用している〉

--好きなメンバーは?

「みなさん好きなんです」

--ありがとうございます

「もっとないんですか(笑)」

--タミヤのTシャツの質問が(ニコニコ動画では)一番多かったんです

「待ち会の担当さんが全員着ています。最初に脱いだ人が罰金を払うことになっています」

--書くことをやめないでよかったということは、やめようかと思った苦しい時期があった?

「後から考えるとやめてもおかしくない状況だったと、振り返ると思います。新人賞を頂いて、デビューの本を出していただいて、時間が6年くらいあったので。その間は、今思えば、必要な時間だったんですけれども、ちょっとしんどかったです」

--先日、自分は作家と名乗ったことは一度もないとおっしゃっていましたが、今日からは直木賞作家となりますね

「そういうことになりますでしょうか。ピンと来ていないので、まだ、ちょっと名乗るところまではいっていないです」

--この作品は、桜木さんにとって書かなければならない特別な作品だったとおっしゃっていました

「自分の起こることには何も無駄がないと思える一冊でした。私にしか書けない作品があると信じて、書いた。来し方というか、いい蹴りの付け方をさせていただいたな、と思っています」

--北海道が舞台の作品ですが、北海道への思い入れは?

「北海道に生まれてよかったなあと思います。ずっと北海道から出て暮らしたことがないので、きっと歳時記もおかしなことになっていると思うんです。特に寒い道東に生まれたので、そういうことに、気候的な部分にチェックは入るでしょうけれど、ほんとうに道東は、冬も夏もプラスマイナス20度のところで」

--北海道での暮らしがこの作品に詰まっていますか?

「目をつぶっていても書ける空の色っていうか。海にしても空にしても、自分のなかにある景色で。景色だけにして、登場人物を入れていける場所です」

--桜木さんの作品は、貧乏とかがよく出てきますが、なぜそこを書くのか。今後も書いていきますか?

「私、特別貧乏だと思っていないです。自分の書いている人たちが。正直に言うと。極貧っていう帯がついていたこともあるんですけれど、普通の貧乏です。年収500万円で、家を建てて、35年ローンで。それを貧乏というなら、お金持ちはどこにいるんだと思います。幸・不幸についてもよく言われるんですが、一生懸命生きている人の口からは幸せとか不幸とか言う言葉を私は聞いたことがない。そこを書いていけたらいいなあと思います。ずっとかどうかはわからないけれど、『ホテルローヤル』を書いて、自分のなかのどういうのを開いていくのか。これからの出会いと見えてくるもの。今後、見えてくるものを大切にしたいと思います。そんなに貧乏にこだわっているわけじゃないんです」

--以前、達成感っていうのをどうやって味わったら良いのだろうかと言っていたが、直木賞受賞はこれはどんな気分ですか?

「ぴんと来ていないので、後からゆっくり考えます。確かに達成感を感じたことないんですよね、今まで」

--選考委員の選考経過の説明のなかで、今回は短編だが、短編の人なのか、長編に力を入れてほしい人なのかという議論があったが、本人の考えは?

「どっちもちゃんと勉強していきたいと思っています」

--自分のなかでの切り替えは?

「切り替え? ひとつひとつ集中して書くので」

--短編は割と小さなテーマでも書けるし、長編は大きなスケールが必要といわれているが、どっちが好みですか?

「どっちも苦しいです」

--ゴールデンボンバーがお好きということですが、今回の作品に詰まるなかで、励まされたりしたことは?

「鬼龍院翔さんの言葉の選び方には大変刺激を受けます。『抱きしめてシュヴァルツ』という曲を聴いて、ファンになったんですけれども。『抱きしめて離さないで』でという出だしはありだと思うんですけれど、『慰めて隅々まで』っていうのは、なかなか思い浮かばない、すごく斬新な歌詞だと思っていて。こういうもの書く人が長いもの書いたらすごいだろうなって今も思っています。」

--ゴールデンボンバーさんと今後、対談したり、一緒に歌を歌いたいとかないですか?

「それはすごく、冗談だと思うんですが、もし受賞したら、オールナイトニッポンに出してくれるって集英社の偉い方が。こういうところで言ったら本当に出してくれますかね。じゃあ出してください」

--受賞はどんな場所で聞きましたか?一日の流れを教えてください

「6時におきて、娘の弁当を作って、シャワーをあびて、身繕いをして、出てきました。居酒屋で待っていました。日比谷の居酒屋で待っていました」

--桜木さんはストリップの大ファンですが、ストリップは性と生を描いている。桜木さんの小説も性と生を描いているが、ストリップと小説で共通する部分は?

「本気で、踊っている踊り子さんから受ける印象というか、20分の間に起承転結して、お客さんを満足させる。見せるための裸って、よく作られた短編小説みたいって初めて見たときに思って、それから好きになったんですけれども、私もかくありたいと思っていて」

--今回、素晴らしい短編小説ができたが?

「一冊になっただけでも、満足していましたし、これでなんとか半歩でも前に進める気がした本なので、うれしいです」

--今回、ラブホテルが舞台だが、舞台にした理由は?

「実家がラブホテルなんです。いつか、ここを舞台に、書きたいなとずっと思っていたので。うーん…」

〈机に視線を落として、しばらく間を置いた後、言葉を続けた〉

「10代から見てきた舞台裏なんですよね。色んな人と出あえる場所でもあったんです。働く人でも、本当に色んな人を見てきたと思う。親の手伝いをしている時間で、あの時間が財産だったと思うことができます。ホテル屋の娘に生まれてよかったです。ふふふ」。

--新人賞を受けてから、ご苦労されています。なぜ、書けなかったのか。きっかけがあって書けるようになったのか?

「それがわかったらいいなあって思うけれど。やっぱり担当さんとの出会いが大きいんだと思います。びしびしとやってもらいました。各社の担当さんには感謝しています」

--ホテルローヤルって言葉とラブホテルが、(選考委員の)阿刀田さんのなかで、不思議な面白さを発揮していたようです。ローヤルっていうのはどうつけたのですか?

「実家のホテルがホテルローヤルというので、そのままつけました」

--ローヤルのいわれは?

「なぜか父がつけたんですね。ホテルローヤルって名前をつけたのも父です。だから、父に感謝しないと。父がつけたタイトルですね」

--小説を書く上でのこだわりや気分転換は?

「まず、こだわりから。写実絵画のようなお話を書きたいと思っています。写真ではなく。ただのリアルではなく、背景も自分で決めて、作っていく」

--気分転換は?

「気分転換は極道映画を見ます。ずっと好きでした。10代半ばくらいから。父の影響です」

--好きな作品は?

「『アウトレイジ』です」

--好きなキャラクターは?

「たけしさんです」

--ご自身の経験を書こうと思ったきっかけは?

「いつか書きたいと思っていた。でも、どこから書いていいかわからなかった。でま、真っ正面から書くと私の日記みたいになっちゃうので。全然、ホテルローヤルじゃないところから入ったので、最初の1話目を書いたときには、連作とも、続けるとも決まっていなかった。廃虚でヌード撮影をする男女を書くところから始まった。実家が廃虚の歩き方に掲載されるのが夢だった。すっと入っていった」

-最後に一言お願いします

「デビューからずっと、一生懸命、伴走してくださっている担当さんや、宣伝、営業の方の代表としてここに座らせていただいてもらっている。みなさんに感謝を伝える最高の機会を与えてくださってありがとうございます。子供たちに、頑張って続けていけば、必ず何かになるよ、と言葉じゃないところで伝えられたのかなと思ってそれがうれしいです。ありがとうございます」』
(産経新聞)



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2012/07/17  第147回芥川賞・直木賞(平成24年度上半期)

2012-07-17 21:26:12 | (9)本(文学 その他)


選考委員も若返ったためか、受賞者も世代交代と言われている。
しかも両賞とも受賞者は女性。

記者会見は、前回とは違って物議をかもさず、しとやかに終わったのだろうか。


『第147回「芥川賞」に鹿島田真希氏の『冥土めぐり』 「直木賞」に辻村深月氏の『鍵のない夢を見る』

日本文学振興会は17日、『第147回芥川賞・直木賞(平成24年度上半期)』の選考会を東京・築地「新喜楽」で開き、芥川龍之介賞に鹿島田真希氏の『冥土めぐり』、直木三十五賞に辻村深月氏の『鍵のない夢を見る』を選出した。贈呈式は、8月中旬に都内で行われる予定。

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(芥川賞候補の鹿島田真希氏(左)と直木賞候補の辻村深月氏(cchihiro. ニコニコニュース)

芥川賞を受賞した鹿島田氏は1976年東京都生まれ。過去には『二匹』で第35回文藝賞、『6000度の愛』で第18回三島由紀夫賞、『ピカルディーの三度』で第29回野間文芸新人賞を受賞。芥川賞は『ナンバーワン・コンストラクション』、『女の庭』、『その暁のぬるさ』で第135回、第140回、第143回の候補になっている。

一方、直木賞の辻村氏は1980年山梨県生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞しデビュー。直木賞は『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』、『オーダーメイド殺人クラブ』で第142回、第145回の候補になっており、今回の受賞は“3度めの正直”となった。

芥川賞・直木賞は昭和10年に制定。芥川賞は新聞・雑誌に発表された純文学短編作品、直木賞は新聞・雑誌、堪能本で発表された短篇および長編の大衆文学作品を対象に優秀作を選定する。芥川賞は、前回を持って選考委員を退任した石原慎太郎氏と黒井千次氏に代わり、新たに選任された奥泉光氏、堀江敏幸氏を含む9名、直木賞は浅田次郎氏や伊集院静氏ら9名が選考委員を務めた。

前回の第146回(平成23年度下半期)は、芥川賞が円城塔氏『道化師の蝶』、田中慎弥氏『共喰い』の2作品、直木賞を葉室麟氏『蜩ノ記』が受賞している。

今回ノミネートされた作品は以下の通り。

■第147回芥川龍之介賞 候補作品
戌井昭人『ひつ』(新潮6月号)
鹿島田真希『冥土めぐり』(文藝春号)
鈴木善徳『河童日誌』(文學界5月号)
舞城王太郎『短篇五芒星』(群像3月号)
山下澄人『ギッちょん』(文學界6月号)

■第147回直木三十五賞 候補作品
朝井リョウ『もういちど生まれる』(幻冬舎)
辻村深月『鍵のない夢を見る』(文藝春秋)
貫井徳郎『新月譚』(文藝春秋)
原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮社)
宮内悠介『盤上の夜』(東京創元社)』
ORICON STYLE





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2012/01/18 第146回芥川賞・直木賞受賞の言葉

2012-01-18 21:50:50 | (9)本(文学 その他)

芥川賞は、二人が受賞した。
受賞者は、片方はエリート街道の人、片方は母子家庭の生まれ。
辿った道が異なるので、作品世界も異なるようだ。

『第146回芥川賞・直木賞決まる
2012
118日(水)08:00

clip_image002
(
産経新聞)
■芥川賞 円城塔さん「道化師の蝶」/田中慎弥さん「共喰い」

■直木賞 葉室麟さん「蜩ノ記」

第146回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考委員会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は円城塔(えんじょう・とう)さん(39)の「道化師の蝶」(「群像」7月号)と田中慎弥さん(39)の「共喰い」(「すばる」10月号)の2作に、直木賞は葉室麟(はむろ・りん)さん(60)の「蜩(ひぐらし)ノ記」(祥伝社)に決まった。

円城さんは札幌市生まれ。東大大学院博士課程修了。ウェブエンジニアを経て作家に。3度目で賞を射止めた。受賞作は言語の成り立ちなどに迫る実験的な小説だ。

田中さんは今回が5度目の候補。受賞作では、暴力や性描写を織り込みながら父と子の血のつながりを描いた。

葉室さんは北九州市生まれ。西南学院大卒。地方紙記者を経て50歳で作家になり、5度目の候補入りで受賞を決めた。受賞作は、切腹を命じられた武士の覚悟を描いた時代小説。

芥川賞選考委員の黒井千次さん(79)は、田中作品について「文章の密度が大変高く、世界や人物がきっちり描かれている」、円城作品を「現代的で理知的」と評価。直木賞選考委員の浅田次郎さん(60)は葉室作品を「デッサン力があり、目配り、気配りが行き届いていた」と絶賛した。

3人は同夜、東京・丸の内の東京会館で会見。「より多くの人に読んでもらうよう精進していきたい」(円城さん)、「これでもう候補にならなくていいと思い、ほっとした」(葉室さん)などと喜びを語った。

贈呈式は2月中旬、東京都内で開かれる。賞金は各100万円。
』(産経新聞)

受賞後のインタビューは、それぞれ個性的な発言があったようだが、一番個性的だったのは田中氏だった。

『反骨心で「もらって当然」=芥川賞の田中慎弥さん
2012
118日(水)03:03

5度目の候補で芥川賞に決まった田中慎弥さん。会見では笑顔を見せず、反骨心をのぞかせた。「私が(賞を)もらって当然だと思う。ここは断るのが礼儀だが、私は礼儀を知らないのでもらっといてやる」。照れもあるのか、「とっとと終わりましょう」と、何度か切り上げたがった。

今後について問われても「気持ちの変化も意欲もありません」とそっけない。だが、20歳のころから小説を書き始め、以来、1日も欠かさない。その結果、選考委員の黒井千次さんに「今までの彼の候補作で一番いい」と評された。

権威的なものには反発を感じるという。会見場を見渡して「こういう場が好きな人いないでしょう。政治家じゃないんだから」。“純作家宣言”に聞こえた。』[時事通信社]

芥川賞の受賞者は昔からそうだったかどうか知らないが、謙譲とか謙遜という儀礼は無視する存在のようだ。

『田中 慎弥(たなか しんや、19721129 - )は、日本の小説家。

来歴
山口県下関市出身。山口県立下関中央工業高等学校卒業。幼い頃に父を亡くし、母親と二人暮らしで育つ。高校卒業以来アルバイトも含め一切の職業を経験せずに過ごした。20歳の頃より小説を書き始め、執筆に10年をかけた「冷たい水の羊」で2005年、第37回新潮新人賞を受賞し、デビューを果たした。2007年、「図書準備室」で第136回芥川龍之介賞候補となった。2008年にも「切れた鎖」で第138回芥川龍之介賞候補となった。
2008
年、「蛹」により第34回川端康成文学賞を、当時としては史上最年少で受賞する。同年に「蛹」を収録した作品集『切れた鎖』で第21回三島由紀夫賞を受賞した。2009年、「神様のいない日本シリーズ」で第140回芥川龍之介賞候補となった。2011年、『第三紀層の魚』で第144回芥川龍之介賞候補となった。2012年、『共喰い』で第146回芥川龍之介賞を受賞した[1]

人物
2007
年に初めて芥川龍之介賞候補となり、その後も複数回にわたって候補となったが受賞にいたらず、2012年に受賞した。受賞時の記者会見では、何度もアカデミー賞にノミネートされながらなかなか受賞できなかったシャーリー・マクレーンになぞらえて「シャーリー・マクレーンが『私がもらって当然だと思う』と言ったそうですが、だいたいそんな感じ」[2]だと自身の心境を語った。さらに、賞を貰ったことについて「断ったりして気の弱い委員の方が倒れたりしたら、都政が混乱するので。都知事閣下と東京都民各位のために、もらっといてやろうと」[2]などと語った。さらに、「とっとと終わりましょう」[2]など記者会見を早めに終わらせるよう何度か促すなど、特徴的な記者会見だったことから多くのマスコミの注目を集め、『朝日新聞』は「不機嫌な様子で何度も首をひねりながら、冗談とも本気ともつかない『田中節』を展開」[3]と評し、『毎日新聞』は「緊張のあまりか、椅子に身を沈め、不機嫌そうな様子」[4]だったと伝えている。

賞歴
2005
- 37回新潮新人賞。
2008
- 34回川端康成文学賞。
2008
- 21回三島由紀夫賞。
2012
- 146回芥川龍之介賞。
...』(Wikipedia

文字で綴る文学空間というのは、自分のために書くものなのか、人のために書くものなのか?

日記とか独り言ならば自分のためだが、日記とて荷風の断腸亭日乗というような文学作品もある。
文学作品として公表するということは人のためなのだろう。

人のためとなれば、絆とか靭帯とかが必要となるだろうし、謙譲・謙遜の儀式も必要なのだが。

////////////// 2012/01/19 追記 /////////////

今日になって新しい情報がわかったので追記する。

芥川賞の円城塔の発言。

「「広く読まれるよう精進」=芥川賞の円城塔さん

 芥川賞に決まった円城塔さんは「栄誉ある賞を頂けてありがとうございます」と喜びを語った。
 「新しい」と評されたが、「(選考で)大胆な決断があったと思う。私の書くものは奇妙と言われるものが多いが、これからも今の方向でやってみろと言われたと認識している」。
 今回の作品では「『着想』をどうつかまえるか。自分ではあらかじめ知らないものが、どこかから降ってくるとは何だろう」と考えた。作風は難解という批判もあるが、「より広く人に読んでもらえるよう精進する」と語った。今後も「『小説を書かないと考えられないこと』を考えられれば面白い」。(2012/01/18-03:39)」(時事通信)

直木賞の葉室の発言
『地方から歴史を見る=直木賞の葉室麟さん

 受賞の知らせに「もう候補にならなくて済む」とほっとした。5回目の候補で直木賞を受賞した葉室麟さんは、デビュー以来の7年間を「長かったし、短かった」と振り返った。
 受賞作にはこれまでの作品と違う手応えを感じていた。「読者の反響からも、思いが伝わっている実感があった」。九州・久留米から作品を発表し続けることに「地方にいると歴史の断面がよく見える」と語る。「中央にいると勝者が理解した歴史となるが、地方にいると負けた人の話が多く、歴史は本当にこうだったんだろうかと考える機会があるんです」
 人生の残り時間を限られた主人公の話は、還暦を迎えた自身の思いも反映している。「60歳ぐらいになると自分の残り時間のことを考えます」と感慨深げだった。(2012/01/18-03:38)』(時事通信)


田中の挑発的な発言に対し、石原都知事は次のように語っている。
『石原知事「バカみたいな作品ばかりだよ」とも
2012
119日(木)10:14

 東京都の石原慎太郎知事が18日、芥川賞の選考委員を今回限りで退く考えを表明したことについて、主催者の日本文学振興会は「現時点では何も決まっていない。近々お会いして相談をしたい」としている。

 ただ、石原氏は報道陣に「今回をもって辞める。(17日夜の選考会の席上で)そう言っておいたんだけど、辞めないでくれって言うのだけど、俺は辞める」と述べ、慰留されたが決心は変わらないことを強調した。

 石原知事は今月6日の定例会見で今回の芥川賞候補作について「苦労しながら読んでいるが、バカみたいな作品ばかりだよ」と言及。17日の芥川賞受賞者会見では、 円城塔さん(39)とともに受賞が決まった 田中慎弥さん(39)が、「受賞を断って気の小さい選考委員が倒れたりしたら、都政が混乱する。都知事閣下と都民のためにもらっといてやる」と述べ、ネットなどで波紋が広がっていた。

 この田中さんの発言について石原知事は18日、「いいじゃない。皮肉っぽくて。俺はむしろ彼の作品は評価したんだけどね」と語った。』(YOMIURIONLINE

芥川賞というと純文学の作品に対しての最高の賞とされるが、文体とか文学空間が前衛的で難解なものになっている。現実を遊離した文字の遊びになっている傾向がある。
 石原都知事は選考委員辞任の理由として心と身とを揺さぶられるような作品がないと述べている。
 どちらかと言えば円城の作品がそれに近いのだろう。

感動するなら直木賞という時代なのかもしれない。



////////////// 2012/01/23 追記 /////////////


百聞は一見に如かずという諺があるので、まだ見ていない人のために石原都知事と田中慎弥の会見の動画を紹介しておく。

「石原都知事 芥川賞の選考委員辞任の意向(12/01/18)」

http://youtu.be/HWFOe1Y7OE0


「石原知事に逆襲」芥川賞の田中氏ノーカット会見(12/01/18

http://youtu.be/E6cSNDAqJvA

会見で答えているように、田中慎弥氏は事前にワインを2杯飲んでいたそうだ。
 杯といっても一升杯もあるので一概には言えないが、ワイングラスの2杯であれば大したことはない。
 田中氏は、お酒は好きなようだが、強くはなさそうだ。会見前にワインを飲むというのは豪胆だからではなく、むしろ気の弱さを鼓舞するためであるように、応答ぶりから察せられる。

若い作家が、先輩作家にかみつくのはままあることだ。
有名な話は、三島由紀夫と太宰治の話だ。

終戦後間もないころまだ学生だった三島は、酒席で、太宰に面と向かって言ったそうだ。
“僕は太宰さんの文学は嫌いなんです”
酒を飲んでいた太宰は、顔をそむけて
“嫌いなら、来なけりゃいいじゃねえか”
と言ったそうだ。

その後、三島は作家として大成したことは歴史が証明している。
田中氏も、この伝に習えば将来なす処がありそうだ。

三島と石原の間には通じ合う心があったことは周知の事実だが、人間のタイプとしては、田中氏は三島より太宰に近い。
 死せる太宰が田中氏を三島の盟友である石原に手向かわせたと考えられなくもない。だとすれば歴史は複雑に錯綜している。

ともあれ、田中氏は難しい問題に挑戦し、石原閣下も認めざるをえない様な作品を書いて行く他はない。







 

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2011/12/08 「心は孤独な狩人」(The Heart is a Lonely Hunter)

2011-12-08 22:50:30 | (9)本(文学 その他)


時雨の降る寒い夜、北の方では雪になっているだろう。


Carson McCullers(カーソン・マッカラーズ)の「心は孤独な狩人」を読み終えた。
久しぶりに本棚から取り出して読んだ「The Heart is a Lonely Hunter」は、時雨の夜に相応しく、矢張り重いものだった。


1940年に出版されたこの小説をCarsonが書いたのは20才から23才の間だと思うと、この作家の孤独な高さに驚いてしまう。


小説・映画のあらすじは書くべきではないので書かないが、大きくて同時に繊細な小説だ。


時代は1938年から39年のアメリカ南部の地方都市。まだ、人種差別が横行しニグロと言う言葉が幅を効かしていた頃の街。
二人の聾唖者の生活から話ははじまる。
話はゆっくりと進み、重苦しい世界が続く、読む人の半分は第1章の終わりまで辿りつけないかもしれない。
 だが、話は意外な急展開を見せるのは、実人生と同じだ。


夢を見ている少女、社会革命を説く男、酒場の店主、キリスト教の伝道師、黒人の生活向上に尽力する黒人の医師など次々に登場する人物を巡って、折り重なるように話が展開し進んでいく。


次第に霧の中に姿を表してくるのは、第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の南部アメリカの時代とその中で、愛し、挫折し、生きている人々の姿。


McCullersは、20歳過ぎの人間とは思えないような筆力で、時代と街と人を描き上げていく。感嘆するほかはない。
 両大戦の間に書かれた傑作としては、トーマス・マンの「魔の山」がある。
 「The Heart is a Lonely Hunter」は、「魔の山」程大きくはないかもしれないが、繊細さでは優っている。


McCullersの描く時代を生きる人の姿、愛の希求と報われない孤独は普遍的なテーマだ。
 2011年の日本でも全く同じ状況が繰り返されている。
変わることのない永遠のテーマなのだ。


「The Heart is a Lonely Hunter」という題は好きだ。
訳者はLonelyを「孤独な」と訳している。個人的には「淋しい」の方が感情の面ではいいような気がするが、テーマからすると孤独のほうが良いような気もする。



【データ】
Carson McCullers


 
(listal より転載)


Wikipedia参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%BA


邦訳「心は孤独な狩人」は、河野一郎訳が新潮文庫から出ているが、現在は絶版になっているかもしれない。だが、どこの図書館にもあるはずだ。


1968年には映画化されている。
邦題「愛すれど心さびしく」
allcinema
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=116


まだ見ていないが、題からすると少女の恋物語になっていないだろうか。



 

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2011/03/23 CM「こだまでしょうか」

2011-03-23 23:34:07 | (9)本(文学 その他)


ACジャパン(公共広告機構)のCMが震災後、TVに流されている。
 そのうちの一つが「こだまでしょうか」だ。


詩の作者は、金子みすゞ。
大正時代の女流詩人で、無名だったが、昭和の終わに再発見された。
 このブログで取り上げた中島潔「風の画家 いのちを描く」の制作のモチーフとなった詩「大漁」の作者でもある。


2010/05/31 クローズアップ現代「風の画家・中島潔 "いのち"を描く」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/3f12ca352fce7f605c8cea87eec2cc5b


2010/12/23 NHKドギュメンタリー中島潔「風の画家 いのちを描く」
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/e/94e5ce1d13d40f2cc3b78ac6f1294b3e


金子の詩は、やさしい言葉で根源的なものを取り上げている。


『こだまでしょうか


  「遊ぼう」っていうと
  「遊ぼう」っていう。


  「ばか」っていうと
  「ばか」っていう。


  「もう遊ばない」っていうと
  「遊ばない」っていう。


  そうして、あとで
  さみしくなって、


  「ごめんね」っていうと
  「ごめんね」っていう。


  こだまでしょうか、
  いいえ、だれでも。


見ていない人は居ないと思うが、今見たい人はYoutubeで見ることができる。
「ACジャパン CM こだまでしょうか 60秒版」
http://www.youtube.com/watch?v=RimeP3hIDFI


CM「こだまでしょうか」を語っている声は、歌手UAだそうだ。



この詩は、下の詩集に収録されている。
金子みすゞ「わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集」(JULA出版局 、1984年8月発売)


 
(Amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%A8%E5%B0%8F%E9%B3%A5%E3%81%A8%E3%81%99%E3%81%9A%E3%81%A8%E2%80%95%E9%87%91%E5%AD%90%E3%81%BF%E3%81%99%E3%82%9E%E7%AB%A5%E8%AC%A1%E9%9B%86-%E9%87%91%E5%AD%90-%E3%81%BF%E3%81%99%E3%82%9E/dp/4882840707/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1301028641&sr=1-1


本の題名になっている詩は、
「私と小鳥と鈴と


   私が両手をひろげても、
   お空はちっとも飛べないが、
   飛べる小鳥は私のやうに、
   地面(じべた)を速くは走れない。


   私がからだをゆすっても、
   きれいな音は出ないけど、
   あの鳴る鈴は私のやうに、
   たくさんな唄は知らないよ。


   鈴と、小鳥と、それから私、
   みんなちがって、みんないい。



 

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2010/02/24 グーグル電子書籍問題その後

2010-02-24 23:01:56 | (9)本(文学 その他)


『グーグル電子書籍、日本でも秋ごろ販売へ
2010年2月24日(水)20:27


 【マウンテンビュー(米カリフォルニア州)=赤田康和】インターネット検索大手の米グーグル幹部は23日、朝日新聞のインタビューで、今年夏から秋にかけ、日本を含む10カ国で電子書籍の販売を始めることを明らかにした。パソコンや電子書籍専用端末で本の全文を読める。当初の販売タイトル数は、10カ国を合わせ、最大200万冊規模になるという。


 同社戦略提携担当のディレクター、トム・ターベイ氏が取材に応じた。米、英、フランスなど5カ国では8月ごろ、日本、スペイン、イタリアなど5カ国では9月か10月ごろの販売開始を目指す。すでに、出版社などの許諾を得て本の一部を見せるサービスを世界的に200万冊規模で展開しており、これを全文に拡大するよう出版社と交渉しているという。


新サービスの名前は「グーグル・エディション」。グーグルのサイトに接続して購入すれば、いつでも電子ブックを読むことができる。日本国内では、「複数の大手出版社が前向きになっている」(同社日本法人の担当者)という。PHP研究所は当初、著者の了解を得た作品1千タイトル程度を提供する予定だ。』(asahi.com)


前にも書いたが、Googleが電子書籍の権利を排他的に持つとすれば問題である。
 著作者の権利は守らねばならないが、その国の文化そのものである。特定の国の一私企業が独占すべきものではない。
 個々の国の図書館が管理すべきものだと思う。


「グーグルエディション」と「グーグルブックス」の関係がよく解らないが、フランスでは「グーグルブックス」に対して禁止判決が出されている。


『グーグルの書籍電子化、禁止命令 パリ裁判所 現地報道2009年12月19日1時10分
 
 【パリ=飯竹恒一】米インターネット検索大手グーグルが進める電子化書籍の全文検索サービス「グーグルブックス」で著作権を侵害されたとして、フランスの出版グループなどが起こした損害賠償請求訴訟で、パリの裁判所は18日、グーグル側に対し、書籍の電子化の禁止と、30万ユーロ(約3900万円)の支払いを命じた。AFP通信が伝えた。


 また、電子化の禁止に違反した場合には、1日につき1万ユーロの罰金を科すとした。


 訴えていたのは、仏出版組合や作家協会などで、1500万ユーロの損害賠償を求めていた。


 グーグル側は訴訟で利用者が情報を得る権利を主張し、「デジタル化は米国で進めているため仏裁判所の権限が及ばない」などとした。しかし、判決は「電子化は書籍の複製にあたり、著作権者らの事前の承諾が必要だ」とした。
』(asahi.com)


書籍の電子化は公的な機関が行うべきなのは当然だと思う。
日本も遅まきながら、そんな動きが出始めた。


『国会図書館「電子納本義務化を」 中川文科副大臣2010年2月13日11時40分
    
 国内の出版社は、出版した書籍を国立国会図書館に納める義務がある。その納本制度をめぐり、文部科学省の中川正春副大臣が、朝日新聞の単独インタビューに応じ、製本過程などで作られる書籍の電子データも納入する「電子納本」を義務づける必要があるとの考えを明らかにした。世界規模で進む本のデジタル化の流れに後れをとらないようにするのが狙いだ。


 電子納本は、書籍のデジタル化と電子流通を一気に広げる契機になる可能性がある。


 本のデジタル化やネット経由での流通を進めるには、著作権の処理が不可欠だ。これまでも国会図書館の長尾真館長が「デジタル図書館」の構想を掲げ、権利者側の日本文芸家協会や日本書籍出版協会と協議してきた。それに対し著作権法を所管する文化庁は「当事者が契約で解決するべき問題」と静観してきた。


 だが、文化庁を担当する中川副大臣は、米グーグルによる世界中の書籍をデジタル化する動きなどを受けて、このままでは書籍デジタル化の潮流に日本が乗り遅れるという危機感を抱いたという。


 現在、国会図書館は膨大な蔵書のデジタル化を進めており、製本と同時に作られる電子データも図書館に納入すれば、デジタル化の手間がはぶける。さらに、電子納本が進めば、データの利用の仕方も図書館としての公的サービスだけでなく、商業利用も含めて多様に広がっていく可能性がある、と中川副大臣はみる。図書館の館内だけでなくネット経由で自宅で読んだりダウンロードして印刷したり。電子ブックリーダーへの配信もありうる。


 著作権法上はそうした利用にはそれぞれ著作権者の許諾が必要になる。それぞれの利用を認めるか否かを判断し、認める場合は、著作権使用料を利用者や企業から徴収する団体が必要になる。中川副大臣はこれを「制御機関」と呼び、作家らの権利者団体がつくる組織、と位置づける。
一方、出版社にとって、電子納本は必ずしも歓迎できる制度とは限らない。納入した書籍の電子データが、出版社抜きで、作家とデジタル企業との間で再利用されてしまう可能性があるからだ。中川副大臣は「出版社は色んなノウハウを使い、執筆者と対話をしながら本を作っている。何らかのことはしないといけない」と、出版社の権利確保のため、措置が必要と述べた。


 中川副大臣による、電子納本の義務化や、制御機関の構想は、国会図書館の長尾真館長の構想や、3団体協議の中で検討されている構想とも重なる部分が大きい。


 電子納本の義務化には国立国会図書館法の改正が必要。法改正は衆院の議院運営委員会の委員長が提案するのが通常だ。このため中川副大臣は関係者間の合意を重視する考えだ。政治が積極的な姿勢を示したことで、この問題が前進する可能性が出てきた。(赤田康和)』(asahi.com)


政府は、Googoleより迅速に書籍の電子化は国が行う宣言を国内外の関係者に行うべきだ



 

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2009/11/19 Googleの書籍電子化和解案 日本は除外

2009-11-19 21:31:23 | (9)本(文学 その他)


Googleの書籍電子化に関する危惧は以前にも書いた。
http://blog.goo.ne.jp/nabanatei/d/20090504

 

最終的な解決ではないが、この問題は一つの節目を迎えている。
Googleブック検索の修正版の和解案では日本など多くの国が対象外になり、英語圏だけに当面限定される見通しとなった。

 

5月以降、Googleの独走に対し、アメリカ国内で反対の動きが表面化し、Open Book Allianceが設立された。
 この組織にはAmazon,Microsoft、yahooといった大手が参加している。

 

『書籍の電子化巡りGoogle対抗組織「Open Book Alliance」設立 - MSら参加
2009/08/28
Junya Suzuki
     
出版社や作家、IT業界関係者らが集まって作られた「Open Book Alliance」は8月26日(米国時間)、同組織の設立を正式に発表した。これは米Googleが同社のBook Searchサービス開始にあたり市場に出回っている本を無断で電子化していた問題で、米国出版社協会(AAP)と作家連合が2008年10月に合意に至った和解内容であるGoogle Book Settlement (GBS)に対抗するために作られた組織。Open Book Alliance設立にあたっては米Amazon.comのほか、MicrosoftやYahoo!も参加しており、急成長中の電子ブック市場の将来をかけたGoogleとの戦いが展開されている。

 

Googleがスキャニングによる市販の蔵書の電子化でGoogle Book Searchの無断インデックス化を進めていることが判明した際、AAPと作家連合らはGoogleに抗議、2008年10月に無断で電子化を行った書籍についてGoogleが解決金を払うことで両者が合意した。この合意内容はGBSのサイトにまとめられており、反対意見を持つ企業や団体などは5月5日から9月4日までの間に意思表示をせねばならず、この和解案を承認するための最後の公聴会の開催が10月7日に予定されている。このGBSの和解案は影響を及ぼす範囲が広く、日本での著作物もその対象となるなど出版界に大きな混乱をもたらしている。だがGBSへの抗議は米国の法的手順に則って行われねばならず、これを無視した場合には自動的に和解案を受け入れたことになる。すでに9月4日のデッドラインは間近に迫っており、各方面で動きが活発化している。

 

Open Book Allianceは、そのGBSに対抗する勢力の先兵となるものだ。もともと和解内容に合意できない作家連合や出版関係者、図書館関係者などが集まって組織されたもので、電子ブック市場でGoogleと今後衝突することになるAmazon.comが参加していた。米InformationWeekなどが報じているように、8月21日(現地時間)にはMicrosoftとYahoo!の参加も明らかとなり、反Google同盟が一堂に会した組織となった。以前にYahoo!やInternet Archiveが推進していた「Open Content Alliance」とは異なる組織だが、その目的はほぼ一致している。現在の参加メンバーは下記の通りだ。

 

Amazon
American Society of Journalists and Authors
Council of Literary Magazines and Presses
Internet Archive
Microsoft
New York Library Association
Small Press Distribution
Special Libraries Association
Yahoo!

 

Open Book Alliance結成に関して同共同会長のPeter Brantley氏とGary Reback氏は「700年以上前のグーテンベルクの活版印刷の発明は、知識の共有という新しい時代の先駆けとなった。本のデジタル化は、われわれがどのように本を読み、発見するのかの革命を再び起こすだろう。だが、単一の企業とそれと結託した一握りの出版社によってコントロールされる電子図書館は、より高い価格や平均以下のサービスをもたらす結果となるだろう」とコメントしている。』(マイコミジャーナル)

 


GoogleはOBAに対し譲歩案を出したが、OBAは単なる空騒ぎと一蹴した。

 

『Google、電子化した絶版書籍を他社も販売可能に
「Googleブック検索訴訟の和解案は独禁法違反」という批判に応え、Googleは和解案の下で電子化した書籍をAmazonなど他社も販売できるようにする。
2009年09月11日 11時48分 更新

 

 米Googleは9月10日、物議を醸しているGoogleブック検索訴訟の和解案について、同社が電子化した書籍を他社も販売できるようにすると発表した。

 

 Googleはこの新たな決定について、「Googleは和解の下で電子化した絶版書籍をホスティングし、Amazon、Barnes & Noble、地域の書店などの書店はこれら書籍をユーザーに販売できる。書店は並行して、独自に絶版本を電子化することもできる」と説明している。この新方針は「Googleに絶版書籍の電子化と商業利用を認める和解案は、独禁法に違反する」との批判に応えたもの。

 

 しかし、AmazonやMicrosoftが参加するOpen Book Alliance(OBA)はこの発表を「空騒ぎ」とし、他社の再販を認めても、Googleが電子書籍をコントロールしていることや、同社のプライバシーポリシーに問題があることに変わりはないと主張している。「要するに、今回のGoogleの『譲歩』は新たな煙幕にすぎない」と同団体は述べている。

 

 またこの日、Googleは下院司法委員会の公聴会に参加し、和解案について「競合他社も含め、誰でも容易に絶版書籍の権利をクリアし、ライセンスできるような仕組みになっている」と弁護した。』(ITmedia News)

 

 

 

今月に入り、和解案の修正が行われ、当面英語圏のみに限定することが公表された。

 

『グーグル書籍電子化、和解修正案を提出 英語圏4か国に限定
2009年11月16日 15:16 発信地:ワシントンD.C./米国

 

米インターネット検索大手グーグル(Google)が進める書籍の電子化をめぐる著作権集団訴訟の和解案をめぐり、グーグルと米作家協会(Authors Guild)および米国出版社協会(Association of American Publishers、AAP)は13日、米裁判所に修正案を提出した。

 

■日本を除外、英語圏に限定
 約370ページに及ぶ修正案は、当初の和解案について米司法省などが指摘した著作権法や反トラスト法(独占禁止法)の観点から問題とされる点を考慮。効力が及ぶ範囲を、1月5日までに米著作権局(US Copyright Office)に登録済みの出版物、または米、英、カナダ、オーストラリアの英語圏の出版物に限定した。

 

 また、権利の所在が不明な絶版書籍について、著作権者が今後特定された場合の利益保護に向けた独立機関を設けることを定めた。これらの書籍から得られる請求者のいない収益は、著作権者特定作業の費用に充てられるほか、少なくとも10年間は保管された後に米、カナダ、英、豪の出版関連の慈善団体に寄付するとしている。

 

■「反グーグル同盟」は批判
 この修正案に対し、グーグルの電子書籍化に反対する同盟でソフトウエア大手マイクロソフト(Microsoft)やインターネット検索大手ヤフー(Yahoo)、インターネット小売大手アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)などが参加する「オープンブックアライアンス(Open Book Alliance)」は、「米司法省などが指摘した公共の利益に影響を与える根本的な欠陥をまったく解決していない」(ピーター・ブラントリー(Peter Brantley)共同議長)として、批判している。(c)AFP/Chris Lefkow』(AFP BBNews)

 


『Googleブック検索の和解案修正 日本など対象外に
修正版の和解案では日本など多くの国が対象外になり、孤児作品に関するGoogleの「最恵国待遇」も廃止された。
2009年11月16日 09時26分 更新

 

 米Googleは11月13日、Googleブック検索をめぐる和解案の修正版を裁判所に提出した。対象国を米英などに限定するといった変更を加えている。
 この和解案は2008年10月に、書籍を電子化して検索可能にするGoogleブック検索サービスをめぐり、出版社・作家の団体が起こした集団訴訟で提示された。和解案は、Googleの米国の絶版書籍の電子化と商業利用を認めるというもので、独禁法やプライバシーの点で懸念があると指摘する声が上がっていた。また和解が国際条約を通じて他国にも及ぶことから各国が懸念を表明していた。

 

 Googleと出版者側はこうした批判や懸念を受けて和解案を以下のように修正した。主に、和解の及ぶ範囲、権利者の所在が不明の作品(いわゆる孤児作品)の扱いなどが変更されている。

 

和解の対象となるのは米著作権局に登録されている書籍、または英国、オーストラリア、カナダで出版された書籍のみ

 

修正版では、Googleが孤児作品を販売できる点は変更していないが、孤児作品による収益の扱いを規定している
修正版は、Googleが設立する権利管理団体Book Rights Registryに対し、孤児作品の権利者を探すこと、これら作品からの収益を保持しておくことを義務付ける。5年経過後、孤児作品から得られた収益は、権利者探しの費用として使用することができる。Book Rights Registryの経費に使用したり、ほかの権利者に分配することはできない。10年経過後、同レジストリはこれらの収益を非営利団体や政府機関に提供する許可を裁判所に求めることができる

 

和解の対象となる書籍(孤児作品も含む)は、Amazonなどほかの書店にも卸売りする。その場合、権利者は売上高の63%を、書店は残る37%の大半を受け取る

 

電子書籍へのアクセス方法について、修正版ではオンライン経由のアクセスのほか、オンデマンド印刷、ファイルダウンロード、消費者向けサブスクリプションに限るとしている

 

孤児作品に関して、いわゆる「最恵国条項」を削除した。この条項は、Book Rights RegistryがGoogleよりもいい条件で他社に書籍をライセンスした場合、その条件をGoogleにも適用しなければならないと定めていた
 Googleは、「今回の修正により、和解を通じてできるだけ多くの国の書籍を利用できるようにすることがかなわなくなり、残念だ。しかし、世界中のすべての書籍をネットで利用可能にするという使命達成に向けて、各国の権利保持者と引き続き協力していきたい」とコメントしている。』(ITmedia News)

 

EU特に仏、独で反対の声が大きかったが、日本はGoogleの動きに対して、公共性の観点から組織だった動きはあったのだろうか?

 

国会図書館の書籍電子配信の取り組みは以下のような段階に留まっている。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0910/15/news020.html

 

慶応大学は当初からGoogleに対して協力的だったが、他の大学図書館はどうなのだろう?

 

大阪城落城は、堀を埋められた和解案にあったことは、周知の事実だが、書籍の電子化も堀を埋められないようにしなければ、日本の文化は落城である。

 

一企業が、公共性の高いサービスを独占することは、誰が考えても危険だ。

 

国は、Googleが構想する前に、電子化について取り組みを明確にしておくべきだったのに、しなかった。
 今回の騒動は、逆に言えばGoogleの先進性を証明していると言える。
 日本が対象外になっている間に、日本の文化を守る危機感を持って解決しなければならない問題だ。
 国、自治体、図書館が一体となって、日本の図書の電子化について考え方・組織を統一する必要がある。

 

著作権のあり方についても検討を要する。
著作権を、完全に私有財産のように考えるのはどうか?
 文化財・美術品は、個人が、その考えによって博物館・美術館に寄贈が行われる。
 著作権も公共著作権のような権利を認めて、其処に寄付して公共の著作権として公開されるようにすればよいと思う。

 

民主党でも自民党でも議員立法して欲しいものだ。

 


 

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2009/07/19 須藤元気 「レボリューション」

2009-07-19 22:37:36 | (9)本(文学 その他)


須藤元気の本を読んでみた。


チェ・ゲバラの生き様に感動した須藤が、ゲバラの足跡を辿って、
アルゼンチン、チリ、ペルー、コロンビア、ベネズエラ、(キューバ)、メキシコを旅する旅行記という触れ込みで、題名は「レボリューション」。
 かなり危険な道程だったのではないかと思って読んだが、意外にも普通の南米旅行記であった。


事件らしいことと言えば、アルゼンチンのバーでのこと。
このバーはぼったくりバーのような所で、ボーイと用心棒風の男2人から金を要求される。
 10分ぐらい通じない会話を続けた後、元気は突然言う。
「アイ ラブ アルゼンチーナ」。
...
「そして、人は想定外のことになると動きを止める。」
この最後のフレーズは元気らしい。


格闘技時代の「変幻自在のトリックスター」の戦法は、人の意表を衝くものだった。
 普通格闘技のフットワークは、前後左右だ。トリックスターのフットワークは、円運動と上下運動が加わる。相手は、その不可測性に満ちた動きに戸惑ってしまう。


そこで、先のフレーズ。
「そして、人は想定外のことになると動きを止める。」
動きを止め、見てしまった相手に生まれた一瞬の隙を衝くのである。
 つまり、このフレーズは、トリックスターの戦法理論である。



チリのストリップ劇場の話。
日本人の目には太めのストリッパーのダンスを見ている内に、次第にそのシャープな動きに目を引かれて思う。
「美はあらゆるところに宿るのだろう。」


元気はコンドルの入れ墨をしているが、その由来がこの本に書かれていた。
 中学生の頃、ナスカの地上絵に関心を持ち、その感動が高校生まで続き、その絵の中の一つコンドルを背中にタトゥーする決心をしたとのことである。
 何でも実行する男である。


南米は革命の歴史・革命家の歴史である。
今なおそうである。
ラテンアメリカ独立の英雄シモン・ボリーバル、スターリンに暗殺されたトロッキー、ゲバラ、アジェンデ。


あまり内容を書くのは映画の筋書きを話す様なもので、これから読む人にとっては大きな迷惑。
 これ以上は控えることにする。


この本の、面白さは須藤元気が生きている現実のスクリーンショットから生まれるアフォリズムにあるのは間違いないが、その関心は大きく南米の革命・革命家の歴史と欧米の管理社会の日常性との落差から生ずる文明論になっている。



文中に散見される元気のアフォリズム


・「... その水門を開く方法はひとつだけだろう。
  憶測をせずに行動することだ。」


・「逆説的だけど、答をみつけるために必要なのは、頭のなかから質問を消し去ることなんだ。」


・「世界は謎と神秘に満ちている。」


・「言葉を捨てることにより、明瞭な答えを得られることもあるのだろう。」


・「闇が深いほど、光はその輝きを増す。」


・「純粋な無私の精神は、その美しさ故に悪意ある人の妬みと憎しみを買う。」


・「人間の決定的な過ちとは、お互いをまったく意識せずにそれぞれの人生を生きていると思いこんでいることだろう。」


・「命を投げ出す覚悟さえ決まればすべての現象を前向きにとられられる。」


・「最終的に人が必要とするのは、知恵ではなく覚悟かもしれない。」


・「行動しろ、恐れるものは何もない。」


 



 
(メキシコのピラミッドで出逢った小犬は、
元気の厚い胸の中で安眠している。
 「イトウくんの中南米同行記」より転載。)


この旅行は何時行われたのか解らない。
憶測すれば、須藤元気が突然の引退宣言をした2006年12月の直前かも知れない。
 メキシコのピラミッドの呪術師に言われた言葉。
「お前は戦士だ。戦い続けるか、戦いをやめるか、どちらかしかない。」
彼は、書いている。
「僕はすでに、日本に帰ってからどのような行動をするか決めていた。」
 いくら人気の絶頂の格闘家であっても、新しい自分を手に入れるには、古い自分を捨てるしか方法はない。


彼の、アフォリズムが結論を出してくれる。
「行動しろ、恐れるものは何もない。」


 


【データ】



(1)レボリューション


 


レボリューション (単行本)
須藤 元気 (著)
出版社: 講談社 (2007/9/19)
価格: ¥ 1,250


 


(2)イトウくんの中南米同行記
この旅に同行したニートの友人イトウくんの同行記がNETにUPされている。
レボリューションの補完写真集でもある。
http://moura.jp/culture/genki_special/ito006/index.html#ito



イトウくんは、今も写真家として活躍しているのだろう。

 

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2009/04/18 JR高島屋「柳原白蓮展」を観る

2009-04-18 23:43:17 | (9)本(文学 その他)


大高の「鷹の夢とボサノバ」を楽しんだ後、名古屋JR高島屋の「柳原白蓮展」を観た。

驚いたことに会場は人が溢れ、文章も多い展示物の前には人の垣が出来て読むことも出来ない。
 若い人もいるが、来場者は圧倒的に中年を過ぎた女性が多い。

展示は三部構成になっており、時と共に変わった白蓮の姿を映している。
 Ⅰ 筑紫の女王
 Ⅱ 伯爵家令嬢として
 Ⅲ 自らを生きる

 

 

 

話は九州飯塚の炭坑王伊藤伝右衛門との別れから始まる。
白蓮が7歳年下の東大生宮崎龍介と駆け落ちし、朝日新聞に「絶縁状」を掲載する。

『  伊藤伝右衛門様 
  私は今貴方の妻として最後の手紙を差上げます。
 ...貴方と私との結婚当初から今日までを回顧して私は今最善の理性と勇気との命ずる処に従つて此の道を取るに至つたので御座います。御承知の通り結婚当初から貴方と私との間には全く愛と理解とを欠いていました、この因襲的結婚に私が屈従したのは私の周囲の結婚に対する無理解とそして私の弱小の結果でございました。
 ...愛無き結婚が生んだ不遇とこの不遇から受けた痛手のために私の生涯は所詮暗い帳の中に終わるものだと諦めた事もありました、然し幸にして私には一人の愛する人が与えられそして私はその愛によつて今復活しやうとしてゐるのであります、このまゝにしておいては貴方に対して罪ならぬ罪を犯すことになることを恐れてます、もはや今日は私の良心の命ずるまゝに不自然なる生活を根本的に改造す可き時機に臨みました、即ち虚偽を去り真実に就くの時が参りました、依つて此の手紙により私は金力を以て女性の人格的尊厳を無視する貴方に永久の決別を告げます、私は私の個性の自由と尊貴を護り且培ふために貴方の許を離れます。 』


これに対し、大阪毎日に北尾記者が書いた「絶縁状を読みて子に与ふ」が発表される。

『子、
...お前が俺に送った絶縁状といふものは未だ手にせぬが、若し新聞に出た通りのものであったら随分思い切って侮辱したものだ。妻から夫に離縁状を叩きつけたという事も初めてなら、又それが本人の手に渡らない前に堂々と新聞に現れると云ふ事も不思議な事だ。
 俺は新聞の記事を読んで一時は可なり興奮もした。併し落ち着いて静かに考えると、お前と云ふ一異分子を除き去った伊藤家が、今後如何に円満に一家団欒の実をあげ得るかと思ふと、俺自身としては将来非常な心易さを感じて熬るゐる。 ...俺の一生の中に最も苦しかった十年を一場の夢と見て、生まれ変わったつもりでこれからの凡てを立て直そう。 ...
結婚式の第一日に、お前から云ふと、一賤民の俺に、不思議に感じた事があった。
式が終わって自動車で一緒に旅館に引き揚げた。するとお前はどうしたのか室の片隅でしくしく泣いてゐる。...俺は実家を離れる娘心の涙だと思った。 ...所でその涙は一賤民の俺が華族出の妻を尊敬せず、自動車に乗る時、お前をいたはらずに、俺が先に乗った事がお前の自尊心を傷つけ、それが為の口惜し涙だと分かったので、これは大変な妻を貰ったわいと思った。
お前は白蓮という名の歌人だ。そしてその雅号も、石炭堀りの妻でこそあれ、伊藤の家の泥田の中にゐても濁りにそまぬといふ意味で付けたのだと云ふ其の自尊心、俺はこの十年の間をお前のヒステリーと自尊心とでどの位苦しんだことか。...
貴族の娘だ、尊敬されるのは当然だと考へてゐるが、一平民たる俺は血と汗とで今日の地位をかち得た。俺は人間と云ふものを知り過ぎている。お前の考えの間違ってゐるのを叱ったり、さとしたりするとお前は虐待すると云って泣いた。 ...
俺は成る程品行方正だとは云はない。俺が自分の今迄の不品行を自覚してゐればこそ、お前が絶えず若い男と交際し、時には世間を憚るような所業迄も黙って見ていた。
今の舟子の事でも、お前からすすめた妾ではないか。よそうと思ったが、おゆうもいないし話相手にとお前がいふからそうしたのだ。
それをお前は金力で女を虐げると云ふ。お前こそ一人の女を犠牲にして虐げ泣かせたのではないか。 ...
お前は虚偽の生活を去って真実につく時が来たと云ふが、十年の夫婦生活が全部虚偽のみで送られるものでもあるまい。よく考えて見るがいい。真実嫌だったら一月で去る事も出来る。何のために十年の忍従が必要だったのだ。 ....
お前が人の妻としての資格がある女であるかどうか、まあお前の愛人とやらに試して貰ったらいいだらう。』

文学に縁無き炭坑の町に筑紫の女王として、文学のサロンの女王として華を咲かせ、処女歌集を出し中央歌壇に認められたのは伝右衛門の金銭的援助が背景にあった事は否めない事だ。

男と女の話は難しい。
2007/09/16の記事にも書いたが、恋多き女白蓮は、自分の事は棚に上げて人ばかり責めるエゴイストと云うべきだ。
「与ふ」の内容が真実だとすれば、伝右衛門の妻としての子は嫌な人間だったとしか云いようがない。

恋する人妻から宮崎の子を懐妊してから、絶縁状を書いて、駆け落ちした白蓮は、今流行のできちゃった婚ではなく「できちゃった離婚」である。

当時は姦通罪があった時代である。人妻と関係すれば犯罪者となる。しかし、伝右衛門は訴えなかった。
人間は行為の集積であり、発言の集積ではないと思う。伝右衛門は立派と云わなければならない。

「与ふ」の最後の言葉は、後半生の白蓮を縛った言葉と言える。この言葉がなければ、和歌だけでなく社会運動に努力した宮崎子は生まれず、柳原白蓮で終わってしまったかも知れない。
 子は後年白蓮という名は嫌いだと言っている。

昭和28年10月19日34年振りに福岡の土を踏んだ白蓮は、西日本新聞に寄稿している。


うきものと思ひしは昨日の夢なりき海は大きく天に連なる

捨ててきて三十余年筑紫路の町のあかりはものいふごとし

旅にきて秋のそよ風身には沁むちくしは我に悲しきところ

ここは私の人生道場であった。もう少しで私は命を捨てるところでもあった。
あやまちなき一生というものは、あまりにも無味乾燥のものではあるまいか。あのときのことを本当に私はあやまちとはいいたくないのだけれども、やっぱり若きが故のことだろうか』

昭和42年2月22日81歳でなくなった時の辞世。

そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命わがうちに見つ


【参考文献】
「恋の華・白蓮事件」(新評論 1982) 永畑道子


 

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2008/12/26 石垣りんの詩

2008-12-26 22:54:08 | (9)本(文学 その他)



『石垣 りん(いしがき りん、大正9年(1920年)2月21日 - 平成16年(2004年)12月26日)は、詩人。代表作に「表札」。


東京都生まれ。4歳の時に生母と死別、以後18歳までに3人の義母を持つ。また3人の妹、2人の弟を持つが、死別や離別を経験する。小学校を卒業した14歳の時に日本興業銀行に事務員として就職。以来定年まで勤務し、戦前、戦中、戦後と家族の生活を支えた。そのかたわら詩を次々と発表。職場の機関誌にも作品を発表したため、銀行員詩人と呼ばれた。『断層』『歴程』同人。


第19回H氏賞、第12回田村俊子賞、第4回地球賞受賞。教科書に多数の作品が収録されているほか、合唱曲の作詞でも知られる。...』(Wikipedia)
詳細は、以下
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%9E%A3%E3%82%8A%E3%82%93


 


(石垣りん 近現代詩まとめより転載)

 


「崖」
「表札など」(昭和43)所収


戦争の終り、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。


美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。


とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)


それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。

 


「シジミ」
「表札など」(昭和43)所収


夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。


「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」


鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。

 


「家」
「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」(昭和34)所収


夕刻
私は国電五反田駅で電車を降りる。
おや、私はどうしてここで降りるのだろう
降りながら、そう思う
毎日するように池上線に乗り換え
荏原中延で降り
通いなれた道を歩いてかえる。


見慣れた露地
見慣れた家の台所
裏を廻って、見慣れたちいさい玄関
ここ、
ここはどこなの?
私の家よ
家ってなあに?
この疑問、
家って何?


半身不随の父が
四度目の妻に甘えてくらす
このやりきれない家
職のない弟と知能のおくれた義弟が私と共に住む家。


柱が折れそうになるほど
私の背中に重い家
はずみを失った乳房が壁土のように落ちそうな


そんな家にささえられて
六十をすぎた父と義母は
むつまじく暮している、
わがままをいいながら
文句をいい合いながら
私の渡す乏しい金額のなかから
自分たちの生涯の安定について計りあっている


この家
私をいらだたせ
私の顔をそむけさせる
この、愛というもののいやらしさ、
鼻をつまみながら
古い日本の家々にある
悪臭ふんぷんとした便所に行くのがいやになる


それで困る。


  きんかくし


家にひとつのちいさなきんかくし
その下に匂うものよ
父と義母があんまり仲が良いので
鼻をつまみたくなるのだ
きたなさが身に沁みるのだ
弟ふたりを加えて一家五人
そこにひとつのきんかくし
私はこのごろ
その上にこごむことを恥じるのだ
いやだ、いやだ、この家はいやだ。

 


「表札」
「表札など」(昭和43)所収


自分の住むところには
自分で表札を出すにかぎる。


自分の寝泊まりする場所に
他人がかけてくれる表札は
いつもろくなことはない。


病院へ入院したら
病院の名札には石垣りん様と
様が付いた。


旅館に泊っても ・
部屋の外に名前は出ないが ・
やがて焼場の鑵(かま)にはいると
とじた扉のうえに ・
石垣りん殿と札が下がるだろう ・
そのとき私がこばめるか? ・


様も
殿も
付いてはいけない、

 

自分の住む所には
自分で表札をかけるに限る。


精神の在り場所も
ハタから表札をかけられてはならない
石垣りん
それでよい。

 


戦争に負けて女性は強くなった。
腕まくりして歩いた。
そして生きていた。


そんな女性が美しかった頃
石垣りんは青春時代を過ごした。
それは暗くつらいものであったかも知れない。
しかし、彼女は珠玉の詩編をなした。


女性が美しかったその頃は
彼女の詩と共に
日本のベル・エポックを証明している。


 

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