菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2009/05/14  驢鞍橋 上巻-42

2009-05-14 23:20:24 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
一日、濃州より来る自本と云遁世者、師を辞するに示曰、是は我が其方ゑの遺言也。必我に無後世を人に教ゑめさるヽな、只人には我信実を起して見するが好、総而化廻れば、先今生も住にくき物也。只一心不乱に念仏を用ひ、我に離程申さるべし。我に離ると云は、南無阿弥陀仏\/と死習て、死の隙を朋る事也。其方も、自本は秘蔵なるべし。永き事は入ぬ、只念仏を以て、自本を申し尽すべしと也。


【要約】
 ある日、濃州(岐阜・美濃地方)より来ていた自本という世捨て人が去るにあたって老師が自本に教えて云われた。「是は、私のお前に対する遺言である。自分に無い後世を絶対に人に教えてはならない。只、人には真の自分の姿を見せるのが良い。大概、自分を実物以上に見せれば、此の世も住みにくくなるものである。只、一心不乱に念仏によって、自分を忘れる程唱えなさい。自分を忘れるというのは、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と唱え、死を修行して、死から自由になる事である。お前にとって、自本というものは特別なものだろう。遠い未来の事は必要ない、只、念仏を以て自本というものを唱え尽くしなさい。」と。


【註】
 後世: 仏語。
1 死後の世界。あの世。来世。後生(ごしょう)。のちのよ。「―を弔う」→現世(げんせ) →前世(ぜんせ)
2 来世の安楽。「―を願う」

一心不乱(いっしん‐ふらん)
[名・形動]心を一つの事に集中して、他の事に気をとられないこと。また、そのさま。「―に祈る」「―に研究する」


【寸言・贅言】
正三は、修の人である。證は自ずからのものであり、求めてどうなるものではない。悟っていないのに悟ったように振る舞う偽物を嫌った。悟って無いのに悟りの世界の事を話したり、自分が知ってもいない悟りの境地のことを人に話す事を嫌った。
正三は教えを求める人に人を見て法を説いた。自本という美濃から来た修行者は心が現実から離れ此の世にないものに向かい勝ちなのを知っていて諭したものであろう。
 遠い分からない世界の事に関心を持つ必要は無い、増してそれを人に説いてはいけない。只、ひたすら念仏を唱え自分と言うものから自由になるように教えた。問題は空想の世界ではなく、目の前の自分の足許の現実での一挙手一投足に集中する事が必要である事を説いた。證の為の修ではない、只の修である。
 諺にいう「桃李不言下自成蹊」(桃李ものいはざれども、下おのづから蹊を成す)(司馬遷・「李将軍列伝」(史記))も同じ消息を伝えている。

この段は、正三らしい言葉で正三の仏法を説いているので、訳すのは避けた方がよいだろう。原文をそのまま何度も口に出して読み、正三の教えを心に感ずる方が良い。"

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2009/05/07  驢鞍橋 上巻-41

2009-05-07 22:05:01 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
師一日去処に到る、彼家に二人の息女有。一人は十日先に気違に成、亦一人は三日先に死したりとて、其母狂人の如くに成、悲み居けるに、師教化有て帰り給ふが、道にてひしと行留り、愕然として曰、扨も\/不便千万なる事哉。我と造り病を作苦む物也。生に付、死に付、子に苦む有様、痛敷事也。出家は、是計も仏祖の御恩徳恭き事也。

 

【要約】
 老師はある日去るところへ行かれた。その家に、二人の娘があった。一人は十日前に気違いになり、またもう一人は三日前に亡くなったので、其の母は狂人の様になり、悲しんでいたので、老師は教え導いて帰えられたが、帰りの道でピタッと立ち止まり、驚いたように云われた。「本当に、本当に哀れな事だ。自分で自分の病気を作って苦しんでいるのだ。生まれるに付け、死ぬに付け我が子について苦しむ有様は痛々しい事だ。出家は、この事についても仏様の御恩徳が有り難いものである。」と

 

【註】
ひし‐と【緊と/犇と】
1 すきまなく密着するさま。しっかりと。ぴったりと。「―身を寄せる」「―抱きしめる」
2 深く心や身に感じるさま。「真心を―感じる」
3 強く押されて鳴るさま。

不便(ふびん)
[名・形動]《「不憫」「不愍」は当て字》
1 (不憫・不愍)かわいそうなこと。あわれむべきこと。また、そのさま。「―な子」
2 都合が悪いこと。また、そのさま。

痛敷い(いたまし・い)
1 目をそむけたくなるほど悲惨である。痛々しい。
2 迷惑である。
 
恩徳(おんとく)
1 恵み。情け。恩恵。 2 仏語。三徳の一。仏が世の人を救おうとしてたれる恵みの徳。

 

 【寸言・贅言】
「這えば立て、立てば歩め」の親心だから親の心は休む事を知らない。学校だ、成績だ、非行だ、就職だ、結婚だと際限なく問題は続いていく。気にしなければ良いと思っても、其処は親、冷静に落ち着いている事は出来ない。そんな苦労の種なら一層子供など作らなければと思っても、それでは寂しいし、全員がそうすれば人類は忽ち滅亡する。
 人間も生きものである以上、生まれ死に生まれ死にの無限の連鎖を続けなければならない。子を喪った親の哀しみは誰も替わる事は出来ない。正三は、救う事の出来ない其の心を痛ましくじっと見ている。

吉野弘の詩に「I was born」がある。

- I was born -

 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 女はゆき過ぎた。

 少年の思いは飛躍しやすい。その時 僕は〈生まれる〉ということが まさしく〈受身〉である訳を ふと諒解した。
僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。 僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて〈卵〉というと 彼も肯いて答えた。〈せつなげだね〉。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは――。

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
――ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体――。

 

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2009/05/06  驢鞍橋 上巻-40

2009-05-06 21:55:53 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
一日語衆曰、我此前は山居ずきにて、少しの森林を見ても、庵を結度心有、故に度々山居しけれども、天道に許されずして是を遂ず。乍去、今は夫がよいに成也。其儘居たらば、能仏法者に成り、打上て錯りを知ざるべし。此前は山居をよしと思ひしが、今は悪しと思ふは、修行少し上りたると思ふ也。今思に、山居を好むは異風ずきのだてな心也。在家にて坪を構へ、座敷を飾ると一つ心也。時に或人云、此比去処に遁世者有、誠に彼等も異風に見ゑたり。乍去理を説事明なり。師聞曰、云習へば如何程の事も云物也。今時の仏法者、理窟に落て是と思ふ、諸人も是を貴き事に思って、此人を貴ぶ也。誠に理窟程用に立ぬ物なし。却て大きなる怨と成物也。我も若き時、此に錯りたる事有、必ず理窟に落めさるヽなと也。


【要約】
 ある日老師は大勢の人に向かって言われた。「自分は昔は山での生活が好きで、僅かばかりの森林を見ても、庵を構えたいと思う心があった。その為、何度も山に住んだけれども、天の定めにより山に住む事を成し遂げられなかった。しかしながら、今はそれがよいと思うようになった。そのまま山に住み続けたならば、立派な仏法者になり思い上がって自分の間違いに気づかなかっただろう。以前は、山に住むのを良いと思ったが、今では悪い事だと思うのは修行が少し進んだと思う。今思えば、山に住む事を好むのは、変わり者の目立ちたがりである。在家の人が、中庭を構え座敷を飾り立てるのと同じ心である。」と。その時ある人が言った。「最近あるところに世捨て人がおり、本当に彼らも変わり者に見えた。併し、理論的な事には通じている様に思われた。」と。老師はそれを聞かれて、云われた。「口先だけであれば、どれほどの事でも云う事が出来る。今時の仏法者は理屈に嵌り込んでそれでよいと思い、他の人もこれを立派な事と思いこんで、この人を尊敬するのである。本当に、理屈程役に立たないものはない。反って、大変な仇になるものだ。自分も若い時に、この誤りを犯した事がある。絶対理屈に嵌り込まないようにしなさい。」と。


【註】
山居(やまい〔‐ゐ〕):
  山に住むこと。また、その居所。やまずみ。さんきょ。

異風: 1 普通と異なった風俗・風習。2 普通でない姿。異体。異俗。

伊達(だて): 人目を引くはでな服装や振る舞いをすること。見えを張ること。

坪: 壺とも書く。宮中で、建物や垣根に囲まれた中庭。坪庭。

 

【寸言・贅言】
世法則仏法を説き、修行には実用性の検証を受けなければならないという正三らしい話である。一人だけで修行をし、悟りを開いたと思っても、それだけで慢心しては駄目で、世間に降りて通用するものであるかどうか検証する必要がある。
理論家、芸術家、職人は自分の理想を追い、その作品が世に認められなければ世が悪いと思いがちだ。実の用に供して有効でなければ何の価値もないもので、単なる独りよがり・自己満足に過ぎない。
 独善では駄目で世の中に出して有用性を検証する事が必要である。
必死であればある程、拘れば拘る程この誤りに落ちる可能性は大きくなる。思いこみの強い人程この誤りに注意する必要がある。
自分を相対化してみる他人の目が必要であり、その眼に映る自分を自覚する事が次の次元に進む道筋であると説いている。


 

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2009/05/05  驢鞍橋 上巻-39

2009-05-05 23:30:49 | (26)鈴木正三・驢鞍橋

 

【原文】
一日語曰、我此前洛陽に有し時、紫野より僧一人来り、古則杯聞けるに、我常の如く相摂す。後に聞ば我を賺に来ると云。我本より後に廻る事下手也。此故に人にだまさるヽ事多し、乍去今は功者に成て、左様の者に相摂する事、上手に成たり。若き衆に教て置べし。若左様の者来り法を問ば、如何にも謙て、左様の事を存ぜぬ也、能事有ば習ひ申んと云て、打上て置べしと也。


【要約】
 ある日老師は云われた。「自分が昔京都にいた時、紫野の大徳寺から僧が一人来て、古則公案について問答があった。自分は普通に挨拶したが、後で聞けば自分をだましに来たと云った。自分はもともと相手の裏を読むのは下手である。このため、人に騙される事が多い。しかしながら、今では巧くすることが出来るようになり、その様な者に挨拶する事が上手になった。若い人達に教えておきたい。もし、その様な者が来て仏法について問答があったならば、すっかり謙ってその様な事は知りません、良い事をご承知ならば教えていただきたいと相手を持ち上げておけばよい。」と。


【註】
洛陽: 平安京の左京の称。右京を長安と称するのに対する。また、京都の異称。

古則: 禅宗では、唐の時代の禅者の言行を中心に伝えた「話頭」、「古則」等が重視される。、修行者は古則・公案を仏道修行の手本とする。

相摂: 不明だが、挨拶のことか。ここでは挨拶としておく。 挨拶は、「挨」は押す、「拶」は迫る意で、本来、禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すことをいう。

賺す(すかす): 言いくるめてだます。

 

【寸言・贅言】
仏道修行の話でなくとも、日常生活でも時に経験する事がある。所謂「試す」である。
何度か経験があるが、自分は正解を知っていて、敢えて他の人に質問する人がいる。これは正解を求めているのではなく、他人を試みているのである。試みている人は分からないだろうが、試みられている人は案外それに気付いているものである。


 

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2009/03/25 驢鞍橋 上巻-38

2009-03-25 22:42:17 | (26)鈴木正三・驢鞍橋

 

【原文】
一日示曰、道を知ぬは是非も無事也。今時侍の子どもが出家して、死人の皮を剥、世を渡る者多し。究めたる非興也。菩提の為には出家然るべし。身過の為には非義也。百石も望社苦なれ、身一つ過る分は安き事也。必ず、志しなく無道心にして出家し、人の信施を受べからず、一向足軽にてもして過たるが能也。世間を以て地獄に入たるは、仏法を以て救ふ頼みあり。仏法を以て地獄に入たる者、なにを以て救ふべきや、永劫浮ぶべき便り無と也。

 

【要約】
 ある日教えて言われた。「仏道を知らないのは何とも致し方ないが、今時の武士の子が出家して、死人を食い物にして生活する者が多い。これは究めて卑怯なことである。死後の冥福を弔うために出家するのは尤もなことだが、生業のためにするのは間違いだ。百石も欲しいと思うから苦しいのであって、身体一つで生きていくのであれば易しいことである。絶対、志無く仏道修行の心が無く出家し、人からお布施を受けてはならない。ひたすら足軽にでもなって生活する方がよい。俗世間で地獄に入るのは、仏法によって救うことが出来る。しかし、仏法をもって地獄に入った者は何を以て救うことが出来ようか。永久に地獄から浮かび上がる方法は無い。」と。

 

【註】
 菩提(ぼだい): 《(梵)bodhiの音写。智・道・覚と訳す》仏語。
1 煩悩(ぼんのう)を断ち切って悟りの境地に達すること。また、悟りの智恵。
2 死後の冥福(めいふく)。

身過ぎ(みすぎ):
1 暮らしを立てていくこと。また、その手だて。なりわい。
2 身の境遇。

信施(しんせ、しんぜ): 信者が仏・法・僧の三宝にささげる布施。

一向(いこう): [副] ひたすら。
 
足軽(あしがる): 《足軽くよく走る兵の意》中世・近世、ふだんは雑役を務め、戦時には歩兵となる者。戦国時代には弓・槍(やり)・鉄砲などの部隊の兵士として活躍。江戸時代には諸藩の歩卒(ほそつ)をいい、士分と区別された。

 

【寸言・贅言】
正三が今生きていれば、葬式仏教と言われる仏教界の実情に慨嘆するのは間違いないだろう。江戸時代に始まった檀家制度は本来の宗教としての仏教を堕落させてしまった。居士の戒名を受けるには80万円、院殿は数百万円のお布施が必要だ等の風説を聞くと仏法で地獄に落ちていると言わざるを得ない。
 危機感を持つ志のある僧侶は仏教界の改革を目指しているようだが未だ主流にはなっていない。お金がなければ何も出来ないことも事実だが、昔の寺は学校であり、修行所であり、駆け込み寺であった。心を病んだ人、身寄りのない人、知識を求める人、悩みを抱えている人の集う場所であった。
 心の病は今は精神科医の仕事だが、本来は寺の仕事の筈、薬では治せない心の病も多いから、心ある僧は、この方面で活躍して欲しいものである。長い伝統の遺産には現代人の心に通じるものがあるはずである。少し努力すれば、人の悩みを解決できるだろうし、自己中心の自我肥大の現代人に仏教の教えこそ必要なはずである。

葬式仏教については、以下のWikipedia参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%91%AC%E5%BC%8F%E4%BB%8F%E6%95%99


 

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2009/03/21 驢鞍橋 上巻-37

2009-03-21 15:45:58 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
慶安四年辛卯春示曰、見解有よりも、死機起るが好也。我も若き時より、もろひ機は有けるが、死機は遙か後にぞ移れり。今は頚杯切るヽ者の心は、其儘我頚を切るヽ様に移る也。総而人の死したると聞と、其機其儘移る也。其方達の胸には、如何程通ずるや心元なし。我死苦に責らるヽと云事、胸どきつき、中々憂物也。久敷有ば、機へるべき物也。乍去今はまぜぬ也。我も始は悪ひ事かと思けるが、後思ゑば、此機万病圓也。どつこも収り、理迄働ひて出たり、今も死機持たる者は次第に能成也。然れば死機は生死の離れ始かと覚ゆる也。

 

【要約】
 慶安四年(1651年)辛卯の春、教えて言われた。「少しばかりの悟りを持つより死機が起きた方がよい。自分は若い頃から、貰い機はあったが、死機は遙かに後になって移るようになった。今では、首を切られるものの心はそのまま自分が首を切られる様に機が移る。大体の場合、人が亡くなったと聞くと、その人の機がそのまま移ってくる。お前達の胸にはどの程度通ずることか自信がない。自分の死苦に攻められると言うことは、胸がどきついて、結構苦しいものだ。長く続けば機は減るものである。しかし、今はぼんやりとしなくなった。自分も最初は悪いことかと考えたが、後になって考えると、この機は万能薬である。何処も上手く行き、良い考えまで出てきた。今でも、死機を持っている者は次第に修行が進むものである。そう考えると、死機は生死の一大事の解決の始まりと考えている。」と。

 

【註】
死機: 正三の法の中心的な門であるが、解るようで解らない。概念ではなく、心も含めた人間の有り様を述べている言葉。死を自覚し死に触発されて活性化した人間の姿にかんするものである事は間違いない。此処では言葉の置き換えは返って失うものが多いと思うので、そのまま「死機」とする。贅言で意味合いを考えたい。

もろひ機: よく解らない言葉だが、此処では前後の文章から、「もろひ」を「貰う」と解した。間違いがあれば教示願いたい。

万病圓: この言葉もよく解らない。
文字通り解釈するものかも知れないし、何かの古典・諺に基づくものかも知れない。
此処では、漢方薬の万能薬「万病圓」と解釈しておく。
この萬病圓は、家康が愛用した薬である。薬マニアの徳川家康が、臨終の際、自ら調合服薬し、典医であった片山宗哲が秀忠の命により服用を止めるよう進言したところ勘気を被って配流された史実がある。
片山宗哲:「片山俊實の子。叔父宗仙の養子となり、宗仙の娘を妻と。一?宗虎に醫術を學ぶ。慶長二年徳川家康に侯し、慶長七年五百石。慶長八年法眼。慶長十一年法印。家康秘すところの薬方を授けられ、且つ命により八字圓・萬病圓・紫雪・銀液丹・牛黄・清心圓・烏犀圓などの薬を製し、諸大名に頒つ。元和二年、家康不快あり自ら萬病圓を服す。宗哲これを諌めけれど許容なく日々焦燥あり、秀忠の命を受けて再度諫言せしかば、信濃高島に配流せらる。然れども采地元の如し。元和四年四月赦免、江戸に歸る。元和八年十一月十八日歿。年五十。」(肥後細川藩拾遺より転載)

 

【寸言・贅言】
死機について:
機を辞書で調べると以下の意味がある。
機: から‐くり【絡繰り/機=関】
1 糸やぜんまい、水力などを応用し、精密な細工や仕掛けによっていろいろなものを動かすこと。また、その物。
2 機械などが動く原理。構造。仕組み。「分解して―を調べる」
3 巧みに仕組まれたこと。計略。たくらみ。「―を見破る」
 
き【機】
1 物事の起こるきっかけ。また、物事をするのによいおり。機会。時機。「―を見る」「反撃の―を逸する」
2 物事の大事なところ。かなめ。「―を制する」
3 飛行機。「プロペラ―」
4 仏語。仏の教えに触発されて活動を始める精神的能力。教えを受ける人、あるいは修行をする人の能力・素質。機根。

 これらの意味を見ていると、正三が「死機」と言う言葉に込めた意味がぼんやりと見えてくる。

機はまずきっかけである。死を自覚するというきっかけがあり、それが人間の心、人間を動かしていく原理になる。死が中心となり物事の原理となりすべてを動かしていく力、梃子に成る。其処では死を中心とした構造が出来上がる。
 仏語で言う意味とおなじであるが、死に触発されて活動を始める精神的能力、素質である。これは人によって異なるものであり、人が死を機に出来るかどうかはその人次第であり、また機縁と言うことを考えると縁次第でもある。

死機を起こした人は、どんな変化が訪れるのか、どのような姿になるのかを考えると、先ず思い出すのは、黒澤明の「生きる」の主人公である。

彼は癌を自覚し、其の恐怖から逃れようと享楽の道を辿るが、逃れられないことを悟る。彼の目は部下である若い女性の生き生きとした表情・姿に見とれる。そして、生きると言うことの意味を自覚する。
彼は市役所の課長の職に舞い戻るが、その時の彼はもう以前のミイラのような課長では無い。今まではたらい回しにしていた住民からの遊園地の陳情に自分の命を懸けることにする。文字通りの一所懸命である。
 死を自覚した目は迷いの醒めた透徹した深さを湛えている。助役の脅し、暴力団の脅迫にもたじろがない強さを持った目を見て助役も暴力団も脅し・脅迫が通じない目であることを知る。正三は「果たし眼」という眼差しについて述べることがある。武士が戦場で敵を前にしてじりじりとにじり寄る時の眼差しである。この眼差しは芥川龍之介、川端康成の「末期の目」と同じように自然の美しさがよく見える透明性を持っているが、眼に映るものは自然の美だけでは無い。

世法則仏法を説く正三の「果たし眼」は死を決して自己の職分に生きる義・理・倫・勇も見ている。主人公の目は「末期の目」というより「果たし眼」に近いと言える。

正三の仏法の目指すものは、禅寺の中の悟りではなく、世間日常の中の悟りである。「生きる」の主人公は正三の仏法の一つの映像化といえる。

 

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2009/03/17 驢鞍橋 上巻-36

2009-03-17 22:05:51 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
師一日語て曰、此前、曹洞宗の僧、江湖頭(ごうこがしら)の立願に、越後国、五地の如来に籠り居ける折節、奥方の坐頭、官の為に上洛するとて、此堂に一宿す。時に彼僧、彼が官銭を盗み忽ち盲目と成、一生愁ひ悔て死す。坐頭は忽ち目明けり。其坐頭の琵琶、如来堂に干今(いまに)有り。我若き時、其僧を見たると、三州にて去僧、慥に語られたり。実に然るべき事也。世の人さへ不能事(あたわざること)を祈るは非儀也。況や出家杯の名聞利養を祈る程の大罪有んや。各々も、泣き長老に成んより、独庵坊主に成、心安く過らるべしと也。

 

【要約】
 老師がある日言われた。「以前、曹洞宗の僧が江湖会の願かけのため、越後の五地如来堂に籠もっていた時、奥地の座頭が公用の為この堂に一泊した際、この僧が座頭の持参していたお金を盗み、たちまち盲目になってしまい、一生涯悲しみ、後悔して死んだ。座頭はたちまち目が見えるようになった。其の座頭の琵琶が、其の如来堂に今だに現存している。自分が若い時、三河にて、ある僧がその僧を見たと言うのを確かに聞いたことがある。本当に当然のことである。世間の人でさえ為し得ないことを願うのは無理であるのに、出家たるものが名声・利得を願う程の罪深いことがあるだろうか。皆々も長老と言われて泣いて暮らすより、一人草庵に住んで、心安らかに過ごしなさい。」と。

 

【註】
五地: 
 師門物語に「越後国五地如来本地」と言うことが書かれているらしいので、五地如来堂のようなものがあったと思われる。
五智如来:
密教の五智をそれぞれそなえた如来。大日(法界体性智(ほつかいたいしようち))・阿(あしゆく)(大円鏡智)・宝生(ほうしよう)(平等性智)・阿弥陀(妙観察智)・不空成就(成所作智(じようしよさち))の五如来。五智五仏。

江湖: 中国の江西省と湖南省が禅僧の修行の場として中心的位置を占めた。その意味が転じて、天下にある禅僧が集まって、安居し修行することを江湖会と呼ぶようになった。現在では法戦式を含めた、結制修行の意味である。(つらつら日暮らしWiki)

座頭(ざとう): 江戸期における盲人の階級の一。またこれより転じて按摩、鍼灸、琵琶法師などへの呼びかけとしても用いられた。(Wikipedia)

名聞利養(みょうもんりよう): 仏語。名声と利得。名誉欲と財欲に駆り立てるもの。
 


【寸言・贅言】
人間がつくりなす組織では、トップ争いが行われる。官公庁、会社、学校はもとより、宗教組織においても同じである。臨済宗、曹洞宗などの大教団になれば、総本山のトップを目指して出世競争が始まる。
 出世欲は迷い・煩悩である。長老と言われて志を失って過ごすより、一人で草庵に住み仏道修行の道を歩む方が良いと正三は説く。
 独庵坊主と言う言葉で思い浮かぶ存在は矢張り良寛だろう。国上寺近くに五合庵を結び、子供達と鞠つきをしながら時を過ごした良寛の姿が想われる。"


 

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2009/03/16 驢鞍橋 上巻-35

2009-03-16 20:21:46 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
一日示曰、皆行ずる処に眼を著て強く行ずべし。先、念仏を申さん人は、念仏に勢を入て、南無阿弥陀仏\/と唱ふべし。如是せば、妄想いつ去と無自ら休べし。譬ば事忙敷家には、客来れども、頓て帰るが如し。縦ひ妄想起るとも、強く勤て取合ずんば、頓て滅すべし。然間、起る処の念には不構、行ずる処に眼を付て修すべし。功重らば坐禅の機備り。二王の機杯と云事も知べしと也。


【要約】
 ある日教えて言われた。「どんなことも行うところに目を向けて気を入れて行うべきである。念仏を唱える人は、念仏に勢いを付けて、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と唱えるべきである。この様にすれば、妄想はいつの間にか消え去ってしまうことだろう。例えば、忙しい家には、客が来てもやがて帰るのと同じである。例え妄想が起きても、強く修行をして妄想に取り合わなければ、やがて消え去るものだ。そうだから、起こるところの妄念には構わず、行うことに目を向けて修業すべきである。努力を重ねていけば、坐禅の機が整い、仁王の機ということも分かることになろう。」


【註】
 機(き): 1 物事の起こるきっかけ。また、物事をするのによいおり。機会。時機。「―を見る」「反撃の―を逸する」
2 物事の大事なところ。かなめ。「―を制する」3 飛行機。「プロペラ―」
4 仏語。仏の教えに触発されて活動を始める精神的能力。教えを受ける人、あるいは修行をする人の能力・素質。機根。


【寸言・贅言】
禅の導師と言われる人は、方法についても懇切である。
道元にしても白隠西手も後学のために具体的な用心・方法について述べている。正三も同じである。
単なるHOW TOではなく、実際に世に有益な法を仏法とした正三は莫妄想の言葉だけでなく、具体的な方法をまで述べている。心理学の教授のようである。
夜、目が覚めて眠れなくなり困ったことは誰にでもある。そんな時、我々は早く眠らなくては、眠らなくてはと思い、その事ばかり思い、其の思いに囚われて返って眠れなくなってしまうことがある。
 正三の教えに従えば、眠らなければとか眠ろうとか思っては駄目で、そんな思いには取り合わずに、ただ数を数え続ける、1000でも眠らなければ、万までもひたすら数え続けるのがよい。

 

 

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2009/03/14 驢鞍橋 上巻-34

2009-03-14 22:10:44 | (26)鈴木正三・驢鞍橋

 

【原文】
夜話に曰、古の祖師達にも、修行熱せるは少しと見へたり。大形小見解を是とし、経文語録を以て法語を書、教化杯して語録等を残されたると思ふ也。なければ社、強く心を修した位を、誰でも書残したる人なし。皆心安く隙を明て、成ぬと云事を、云置たる人なし。我は末世に残すならば、何とも成ぬ物ぢゃと云事を、書付て残すべしと也。

 

【要約】
 夜の講話の時に言われた。「昔の祖師達も修行を成し遂げたものは少ないように見える。大体の場合、自分だけの見解をよしとして、経の文章、先師達の語録を用いて法語を書き、人を導いたりして自らの語録を残されたと思われる。修行が完成していないのであるからこそ、強く心を修行した境地を書き残した人は誰もいない。誰も、簡単に心の底から、成らぬということを言い残した人はいない。自分はもし後世にに残すとすれば、なんともならないものだと言うことを書き置いて残したい。」と。

 

【註】
見解(けんげ): ものの見方や考え方。また、真理を見きわめる力。洞察力。意見、意見の立て方、考え、識見、見解。

法語(ほうご):  1 仏の教えを説いた語句・文章。 2 祖師・高僧などが仏法の要義を平易に説いた文章。和文体(仮名法語)と漢文体とがある。

 

【寸言・贅言】
短い文章だが、正三の自覚が覗えて重要な段である。
正三は修行に置いては先師達に勝るとも劣らない自負があるが、だからと言って修行を為果せて悟りを開いて仏になれたと言っていない。
正三の目指すところは、心の迷いからの自由、実有からの自由である。生死からの自由である。
観念論者ではなく実用の人である正三は実の世界と空の世界を行き来するという難題を自らに課している。「成らぬ」というのはこの難題のことを言っている。
観念的な見解であれはなるものだが、仏法を世法とする正三は、実のレベルでの「成る」を問題としている。

正三は「隙を明ける」の表現をよく使う。曰く「死に隙を明ける」。
解るようで解りにくい言葉である。
ご承知の方がおられたら教示いただきたいが、此処では「束縛・固着から離れ心が自由になる」と理解しておくことにする。

「隙」と「明ける」を辞書で引いてみると。
隙(ひま): 1 物と物との間のすきま。間隙。 2 仲たがいをすること。不和。「―を生ずる」 3 つけ入る機会。すき。
暇/閑(ひま):  1  自由に使える時間。なすべきことの何もない時間。 休暇。休み。 主従・夫婦などの関係を断つこと。縁を切ること。

あ・ける【明ける/開ける/空ける】 :
1 (明ける)あるひと続きの時間・期間・状態が終わって、次の時間・期間・状態になる。
ある期間が終わる。「喪が―・ける」「梅雨(つゆ)が―・ける」

2 (空ける)今までそこを占めていたもの、ふさいでいたものを、取り除いたり、なくしたりする。
穴をつくる。「錐(きり)で穴を―・ける」
使っていた場所から他へ移り、そのまま使わないでおく。あったものを出し、新たに入れないで、からの状態にする。「一〇時までに部屋を―・けてください」
すいている空間や空白をつくる。間隔を置いたり、広げたりする。「間を―・ける」「一行―・けて書く」
器の中のものを出したり、他の器や他の場所へ移したり、また、使い尽くしたりしてからにする。「水筒の水をバケツに―・ける」「大ジョッキを―・ける」
ある時間を、拘束なしに使えるようにしておく。暇な時間をつくる。「その日は君のために―・けておく」
留守にする。「旅行で家を―・ける」

3 (開ける)
隔てや仕切りになっているものを取り除く。閉じていたものを開く。「窓を―・ける」「封を―・ける」「鍵(かぎ)を―・ける」「目を―・ける」⇔閉める。
営業を始める。営業を行う。「午前一〇時に店を―・ける」⇔閉める。
 
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2009/03/12 驢鞍橋 上巻-33

2009-03-12 22:46:24 | (26)鈴木正三・驢鞍橋

 

【原文】
一日人来て曰、去大名の奥方、我れむさき事を作して、人にさらゑさする事、恐れ也と云て、雪陰をさらゆる者に銭をくれ給ふと云。師聞曰、扨々有難人哉、尤の事也。我も衆聚たらば、片廻りにさらゑさすべし。後世を願ふ者は、さなき事にさへ人を使ふは悪き也。是は好事を聞たり。是に付て、古き物語を思ひ出す。去る山寺に博士一宿す。明る曰、其の寺に十二三の児有を見て曰、此児、夕部までは三日の中に死すべき相有けるが、今朝は八十迄の長命の相に成、一夜の中に七十年の寿延たる事不思議也。何たる善心を起されたぞ、いかなる善根ばしせられたぞと問、一寺の衆も驚、子細を問、児曰、何たる善根も作たる覚ゑなし。夕部雪陰ゑ行ければ、踏板よごれて暫時がほども居にくかりし時、ふと思ひ当るやうは、片時の間さゑ、かやうに居にくきに、我母は総身屎尿になれども、更に苦と思ふ念なく、只かわゆひと計思ひ給ゑる深恩、扨々報じ難き事哉と、此恩に報ふと思ひ、手を以て雪陰の板のよごれたるを払清む。別に覚ゑなしと云、人人此功徳なりとて感ぜられたると云、是貴き物語に非ずやと也。 

 

【要約】
ある日、人が来て言った。「ある大名の奥方が、自分が汚いことをして人に汲み取りをさせることは申し訳ないと言って、便所を汲み取りする者に駄賃を渡した」と。
 老師はそれを聞いて言われた。「さてもありがたい人である事よ。尤もな事だ。自分も人が集まったら、順番に汲み取りをさせる事にしよう。来世を願うものは、その様なことにまで人を使うことは悪いことである。これは良いことを聞いた。この話を聞いて、昔の物語を思い出した。ある山寺に学者が一泊した。その翌日、その寺に十二、三歳の子が居るのを見て言った。この子は昨晩は三日以内に死ぬ相が出ていたが、今朝は八十歳までの長命の相になっている。一夜の内に七十年寿命が延びたことは不思議である。どんな善い心を起こされたのか、どんな善い行いをされたのかと尋ねた、お寺の皆も驚き、詳しく聞きただした。その子が言うには、なんの善い行いもした覚えはありません。昨晩、便所へ行ったところ、踏み板が汚れており、少しの時間も居たたまれない思いがした時、ふと思ったのは、少しの間さえこの様に居にくいのに、お母さんは全身糞尿にまみれても、少しも苦に思うことなく、ただ可愛いとだけ思っていただいた深い親の恩は、本当に報いがたい事だと、この恩に報おうと思い、自分の手で便所の板の汚れたところを払い清めただけで、別に他のことは思いつかないと言う。人々この功徳の為であると感心されたと言う。これはありがたい話ではないか」と。

 

【註】
博士(はかせ):
律令制で、諸官司にあって学生(がくしよう)の教育に従事した官職。大学寮に明経・明法・紀伝・算・音・書、陰陽寮に陰陽・暦・天文・漏刻、典薬寮に医・針・呪禁・按摩の各博士が置かれ、また大宰府・諸国にも明法博士や国博士が置かれていた。

浚う(さらう):
(1)川・井戸などの底にたまった泥などを取り除く。さらえる。
(2)すっかり取り除く。さらえる。

 

【寸言・贅言】
 確かに、母親が我が子のおしめを臭い汚いことは気にも留めず、くちゃいくちゃいと嬉々として赤ちゃんに話しかけながら、交換するのを目にするが不思議ではある。子を持って知る親の恩。


 

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2009/03/11 驢鞍橋 上巻-32

2009-03-11 22:25:12 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
一日去人、弘法大師の念仏の釈を持し釆り、是仏法の至極と承ると、秘して師に呈す。師見終て、有難き物也と讃て、彼者を帰し給ふ。後に一僧在云、何某殿のようなる風こそよけれ、あのやうなる愚癡なる者には、相拶も仕度なし。師聞曰、能人に比べて捨ば、取者有べからず。あれは尊心にて仏道に入る也。あの心無れば引入れべき処なし。あれは、あのなりに進め入たるがよき也。夫こそ応機説法なるべしと也。

 

【要約】
 ある日、ある人が弘法大師の念仏の書き物を持ってきて、これは仏法の最高のものと聞いていると言って、大切そうに老師にお目に掛けた。老師は見終わって、「ありがたいものである」と賞めて、その人を帰された。
 その後、一人の僧が言った。「何某殿のような方は良いが、あのような愚かな人には、挨拶もしたくない。」と。老師は聞かれて言われた。「いい人に比べて、捨てるならば、取ることが出来る人は居なくなってしまう。あの人は尊ぶ心で仏道に入るのであって、あの心が無ければ仏道に引き入れる処がない。あの人はあのまま仏道に進め入れた方が良い。それが、応機説法である。」と。

 

【註】
 釈: 経とは、釈尊の説かれた一切経。論とは、龍樹、天親など、菩薩といわれる方が書かれたもの。釈とは、高僧方の書物を言う。

愚痴(ぐち): 愚癡とも書く。愚かなこと。

相拶・挨拶(あいさつ):「挨」は押す、「拶」は迫る意で、本来、禅家で門下の僧に押し問答して、その悟りの深浅を試すこと。
1 人に会ったときや別れるときなどに取り交わす礼にかなった動作や言葉。「―を交わす」「時候の―」
2 会合の席や集会で、改まって祝意や謝意などを述べること。また、その言葉。「来賓が―する」

応機説法:  対機説法のこと。釈迦の説法は対機説法(たいきせっぽう)と言われ、応病与薬(おうびょうよやく)であったといわる。
 対機説法とは相手の能力や素質に応じてわかるように説くことで、応病与薬とは相手の苦悩(病)に応じて最もふさわしい法(薬)を与えること。

 

【寸言・贅言】
所謂「人を見て法を説く」話である。
その人が理解できるように、順序立てて理解出来るように話を進める事である。これは力が無ければ出来ない事である。
 接客業におけるサービスは、、この対機対応が重要である。マニュアルに書かれたことをテープレコーダーのように話しても、相手は理解しないだろうし、身についていない言葉に相手を納得させる力はない。相手によって臨機応変に対応できれば、それがサービスである。
 自分の言葉に力がない人、説得力がない人は、相手の理解が出来ていないと思うべきだろう。"

 

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2009/03/10 驢鞍橋 上巻-31

2009-03-10 02:27:25 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
一日江州衆来り、国本にては、何れも本秀和尚の教ゑを承ると云。師聞て曰、一段の事也。此和尚は、人を損ふ事有べからず。今時道者と云人、先我能者に成て打上り、人を印可して、其儘人を悪くする也、然るに此和尚は、先我足ずに居らるヽ間、何として人を許されんや。師亦曰、其辺にては、若き衆、法を聞、伎量過ると云沙汰なしや。我少しあぶなく思ふ也。彼人沙汰無と云。師亦曰、其地の何某は、此前死苦に責られける間、今に頼敷思ふが、弥々修行募りて見ゆるや。彼人今程沙汰もなしと云。師曰、一旦死の来る事有とも、油断し娑婆ずきに成たらば、跡も無くなるべし。少々死の来る様也共、ひしと死機に成事は、功を積ずんば有べからず。我も六十余りにして、慥に是を知ると也。


【要約】
 ある日、近江の人がやってきて、「国元では、本秀和尚のおしえをうけている」と話す。
 老師はそれを聞いて言われた。「それは良いことだ。この和尚は人を駄目にする事はない。今時の仏教者と言われる者は、先ず自分が素晴らしい者だと思い偉ぶって、人を印可して、それによって人を駄目にしてしまうものだ。しかし、この和尚は、先ず自分が不十分なものとしておられるので、人を印可したりすることはない。」と。
 又、老師は言われた。「国元では、若い人が仏法を聞いて、能力が素晴らしいと言われるようなことはないのか。自分はその心配をしている。」と。その人は、「その様なことは言われていない。」と言う。
 老師は、又言われた。「近江の国の誰々は、以前死苦に責められていたので、将来を楽しみにしていたが、益々修行が進んでいるように見えるか。」と。その人は「近頃は、その人の話は聞かない。」と言う。老師は言われた。「一度、死の境地がやって来ることがあっても、油断し娑婆に気を抜かしたなら、跡形もなくなるものだ。少しぐらい死の境地が近いように見えても、心底死の気になることは、長年の修行を積まなければ出来ることではない。自分も六十歳を超えてから、確かにこれを知ることが出来た。」と。


【註】
 江州: 近江国 (おうみのくに) は、かつて日本の地方行政区分だった令制国の一つで、東山道に位置する。現在の滋賀県を範囲とする。江州(ごうしゅう)と呼ぶこともある。延喜式での格は大国、近国。古事記には「近つ淡海国」「淡海国」「近淡海国」とも記載された。(Wikipedia)

道者: 1 道教を修めた者。道士。2 仏道を修めた者。また、仏道の修行者。3 (「同者」「同社」とも書く)連れ立って社寺を参詣・巡拝する旅人。遍路。巡礼。道衆。

印可(いんか): 1 密教や禅宗で、師僧が弟子に法を授けて、悟りを得たことを証明認可すること。2 武道・芸道などで、極意を得た者に与える許し。免許。

ひし‐と【緊と/犇と】: [副]1 すきまなく密着するさま。しっかりと。ぴったりと。「―身を寄せる」「―抱きしめる」2 深く心や身に感じるさま。「真心を―感じる」3 強く押されて鳴るさま

 

【寸言・贅言】
道元は「生を明らめ死を明きらむるは仏家一大事の因縁なり」といい、正三は「死に隙を明ける」と言う。
 修行者にとって生死の問題は最大の関心事である。日常的な観点では生と死は対極的なものだが、仏教の地平ではそうではない。生死一如である。
 生きていても死んでいることがある。所謂「生ける屍」である。黒澤明の「生きる」の主人公はこれであった。しかし、自分が癌であることを自覚して後、本当に生きることとなる。我々の多くは、自分も含めて生ける屍状態であると言えないことはない。
 「末期の目」と言う言葉がある。芥川龍之介が遺著である「或る旧友に送る手記」のなかで使った言葉である。彼はこう書いている「唯自然はかう僕にはいつもよりも一層美しい。君は自然の美しいのを愛し、しかも自殺しやうとする僕の矛盾を笑ふであらう。けれども自然の美しいのは僕の末期の眼に映るからである。」
川端康成は、「末期の目」と言う作品を書いている。川端は実生活で「末期の目」で美を見た人である。駒子の美しさは末期の眼に映る美しさである。
死というフィルターを通すと生が美しく、またくっきりと見えるのである。
芭蕉の目も同じような深い目であったと想われる。
「道のべの木槿は馬にくはれけり」。

以上の意味で正三の「死の機」は「生の機」である。"


 

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2009/03/09 驢鞍橋 上巻-30

2009-03-09 22:00:11 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
夜話の次で、去人今時の出家には道心なしと云。師聞曰、道無事は置て、先家を出たる者、一人もなし。其故、今寺を追出したらば皆迷惑すぺし。亦彼人云、今時の出家は、仏事供養にも施物少なければ悪く云也。師曰、其は当分使事も有ば、貪るもまだ道理あり。寺と云物は持程苦也。然れども、すき好みて離れず、未だ持ざる者は是を羨む。然るに志は宝也。志しさへ少し付ば、世間がいやに成に仍て、望も休、寺をも捨る也。如是也共、修行者とは云れず。され共、是程の人も無、況や人喰犬のやうに、急度咬しめて居る気質を修し出す人無、扨も是非なき事也。 


【要約】
夜の説法の時、ある人が「今時の出家は求道心がない」と言った。老師はそれを聞いて言われた。
「求道心がない事はさておき、先ず家を出たものが一人もいない。その故、今寺を追い出したら、家の者が皆迷惑するだろう。」と。又、彼の人が言った「今時の出家は、法事供養にお布施が少ないと悪く言う。」と。
 老師は言われた。「それは、差し当たり必要なこともあるので、欲を言うのも理がある。しかし、寺というものは、持てば持つ程苦労の種になる。であるのに、寺を好きこのんで離れず、まだ寺を持たないものはこれを羨ましいと思う。だが、志は宝である。志さえ少し身につけば、世間が嫌になるので、欲望も止み、寺も捨てることが出来る。だが、そうだとしても、これだけで修行者とは言えない。この程度の出家も居ない。況や、人食い犬のように、歯をグッと噛みしめているような気質を醸し出す人は居ない。何とも残念なことである。」と。


【註】
夜話 : 夜間に、住持が略式で、大衆に対して説法すること。夜参、晩参などともいう。(つらつら日暮らしWiki〈曹洞宗関連用語集〉)

出家(しゅっけ) : 世俗を離れ、家庭生活を捨てて仏門に入ることである。落飾ともいう。
仏教では、出家者は在家者を教え導き、在家者は出家者を経済的に資助する者とされ、出家の精神的優位が説かれたが、紀元前1世紀頃に始まった大乗仏教においては、菩薩(ぼさつ)による衆生済度(しゅじょうさいど)の観点から、在家の意義も積極的に認めた。(Wikipedia)

是非(ぜひ)も無い: 当否や善悪の判断をするに至らない。しかたがない。やむを得ない。ぜひない。


【寸言・贅言】
出家と在家の問題は、今では特に難しい。
出家と言っても、現代では職業としての僧侶であるし、衆生を救済する僧としての存在は希薄である。僧は他を導いてこそ僧であるが葬式仏教の現代では、衆生の側も法を説く人とは思っていない事が多い。
新興宗教においては、出家は信者の財産を教団に巻き上げる為の手段にすらなっている。出家を勧め、家族との縁を絶ち、財産の寄付を求める宗教こそ宗教に名を借りた似非宗教だろう。
現代は、正三が生きた時代より以上出家の置かれている位置は困難である。
むしろ、在家のまま、修行中ではあるが、人々と共に歩み、教えに導く菩薩(ぼさつ)を目指した方が正三の理想に近いのかも知れない。
菩薩の概念については、以下Wikipediaを参照。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%A9%E8%96%A9

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2009/03/08 驢鞍橋 上巻-29

2009-03-08 22:53:26 | (26)鈴木正三・驢鞍橋


【原文】
一日、去者草分を誦損ずるを呵して曰、我文もつづかざれども、汝等が為に、心の及程書曲て置に、年来左右に乍居、是を見分ぬと云様な無道心なる事有んや。扨もでかひ耻不知哉。爰に有は、只我をたらして、飯を心安く喰ん為か、其面にて我前に好出る事也。夫げな心にて、先々にて我を売り回り、我にも耻を与ゆる也。乍去我耻は、もはや二三年の耻也。汝が永劫閻魔の前の耻を顧ずや。扨々不義至極の者哉。我処に在ば、仏行は大形にしてなりとも、先我書を見分、不審も有ば問窮置べきに、文字さゑ見分ざるは、余り慚愧の事也。只汝は追出して乞食させたるが慈悲なるぺし。思ひ切、世縁をづんと離れ、身を捨て乞食し、乞出せば食し、若乞出ずんば餓死せんと、思ひ切って天道に任て行脚せば、楽に居て飲喰し、仏行を作たるよりも増なるべし。必ず無縁乞食修行すべしと也。


【要約】
 ある日。ある者が麓草分を読み損じたのを叱って言われた。
「自分の文章も充分ではないが、お前達のために考えが及ぶ限りのこをを書いておいたが、常日頃近くにおりながら、是が理解出来ていないというような怠け心であっていいだろうか。本当に極まった恥知らずだ。
 此処にいるのはただ自分を騙して飯を安心して食べる為なのか、その顔で良く自分の前に出る事が出来るものだ。その様な心根であちらこちらで自分を言いふらし、自分にも恥をかかせることだろう。しかし、自分の恥はもう二、三年の事である。お前の恥は永久に閻魔王の前での恥である事に思い至らないのか。それにしても悪い奴だ。
 自分の処にいるのならば、仏道修行は大凡にしても、まず自分の著書を良く理解して、解らないことがあれば質問してはっきりさせておくべきであるのに、文字さえ読めないことは、きわめて反省すべき事だ。
 ただ、お前はここから外へ追い出して、乞食修行させた方が慈悲の心になる。思い切って、世俗の関係から遠ざかり、自分を捨てて乞食修行をし、乞うて得られればそれを食べ、得られなければ餓死しても良いと思い切って、天上界への道を辿って行脚すれば、怠けて安心し飲み食いし、仏道修行するよりましだろう。必ず、知らない人への乞食修行を行いなさい。」と。


【註】
 麓草分(ふもとのくさわけ): 正三の主著の一つ。出家した僧のために修行の心得を書いている。17条の見出しを掲げ、一条ずつ解説している。
 
乞食(こつじき): 本来は仏教用語である。比丘(僧侶)が自己の色身(物質的な身体)を維持するために人に乞うこと。行乞(ぎょうこつ)。また托鉢。十二頭陀行(じゅうにずだぎょう)の一つで、これを清浄の正命と定める。もし自ら種々の生業(なりわい)を作(な)して自活することは邪命であると定める。
上記の事項が転じて、僧侶でない者が路上などで物乞いをすることを乞食(こじき)と呼ぶようになった。 (Wikipedia)


天道: 仏教でいう六道の一。天上にあるとされる世界。天上界。また、天上界へ通じる道。

 

【寸言・贅言】
正三の仏道修行は身命を賭したものである。死を日常化する、覚醒した心の状態を保つことが修行者には必要であると考える。
 毎日その日暮らしで安逸に流れ向上心を持たない出家に対しては厳しい態度で迫る。この僧は激しい叱責を受けている。今時の会社でこの様な叱責をすればパワハラと言われかねない。しかし、正三は人を見て法を説く人である。無闇に寺を出て乞食修行をすると言う若者には逆に寺に留まるように諭している。正三が見ているのは、弟子の心・人となりである。
〔三十二〕では、それを自ら応機説法と言っている。"


 

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2009/02/14 驢鞍橋 上巻-28

2009-02-14 23:10:39 | (26)鈴木正三・驢鞍橋

 

【原文】
去暁、衆に語曰、毎暁時定って、道ならば三町計り行間程、大事急に起って中々切也。就中此二三年は、弥々憂機にひしと責詰らるヽ也。時に一僧云、某し如きは、守処さへ取留て、一処を守る機なし。師曰、工て守る間にて知事に非ず。然ども、起る機を持ざる者は、巧て授るの外無。扨亦守る処は、念仏を申も幻化を観ずるも、無常を観ずるも、一つ也。然れども、人人縁有処有物なるに仍て、さま/\に説有、只縁有処を守るべし。信心強き則んば、何れも替り無。大略は皆娑婆に心を抜して沈み居らんと也。

 

【要約】
 ある朝、老師が皆に言われた。「毎朝、決まった時間に、道を歩く距離ならば3区画ほど行く間、生死の大事が急に起こってなかなか苦しい事がある。とりわけ、この二三年は、ますます切迫した気分になる。」と。
その時ある僧が言った。「自分の場合は、自分を守る処にさえ留まって自分を守る気持ちにはなれない。」と。
老師は言われた。「あれこれ思いめぐらして、守っている段階では理解できることではない。しかしながら、起きる気が無い者は、色々与えられて起こすしかない。また、自分を守る点については、念仏を唱えるのも空を観るのも無常を観るのも同じ事である。しかし、人間という者はそれぞれの縁が異なっているものだから、様々に教えがある。ただ、自分の縁に従って自分を守れば良い。信仰の心が強ければ、どれでも替わることはない。大概の場合、娑婆の心に捕らわれて世間の闇に沈んでいる居るばかりだ。」と。

 

【註】
 幻化(げんけ):
仏語。幻と化。幻はまぼろし、化は仏・菩薩(ぼさつ)の神通力による変化(へんげ)。実体のない事物、また、すべての事物には実体のないことのたとえ。

 

【寸言・贅言】
正三は、心臓疾患の持ち主であったのだろうか。或いは、ただ、悟道の気に責められている気分的なものであったのだろうか。
悟りを開く為の道筋は一つではなく、各人毎に用意されているので、各自に与えられた縁に従って、自分を守って修行すれば良いと説いている。問題は娑婆心から自分を守る・自由になることだと説いている。


 

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