菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2016/07/29 日記 百日紅 または 生死一如

2016-07-29 20:25:59 | (2)日記

2016/07/29(金)旧暦: 626日 祝日・節気: 日出:446分 日没:1847分 月出:020分 月没:1420分 月齢:24.67 干支:壬子 六曜:先勝 九星:六白金星

今日の季語: 百日紅

「百日紅(サルスベリの花)」

https://youtu.be/vd2ry8enjYA



『百日紅(さるすべり) 仲夏
子季語: 百日紅(ひやくじつこう)、紫薇、怕痒樹、くすぐりの木、白さるすべり
解説: 梅雨明けごろから九月末まで咲き続ける木の花。「百日紅(ひゃくじつこう)」の名は、百日ものあいだ咲きつづけることに由来する。花の色は紅のほかに白、紫もある。樹幹の肌が滑らかで、「猿も滑る」ところからこの名がある。
来歴: 『俳諧初学抄』(寛永18年、1641年)に所出。
文学での言及: 足引のやまのかけぢの猿滑りすべらかにても世をわたらばや 藤原為家『夫木和歌抄』
実証的見解: ミソハギ科サルスベリ属の落葉小高木。中国南部が原産で、日本には江戸期以前に渡来した。高さは大きなもので十メートルくらいになる。幹はなめらかで薄茶色、葉は楕円形で
長さ五センチくらい。七月から九月にかけて、枝先の円錐花序に皺の多い六弁の小花を次々に咲かせる。』
(季語と歳時記)



百日紅の俳句:



・先に逝くことは裏切り百日紅 阿部佑介



・死に未来あればこそ死ぬ百日紅 宇多喜代子



・死の影より三尺長し百日紅 仁平勝



・何恃めとや躍り咲く百日紅 岡本




本当に寒い冬の日、本当に暑い夏の日。
亡くなる人は多い。
特に、気温が急激に変化した日に。
繋ぎ止めていた生命の糸が切れるのだろう。

寒い冬の冷え込んだお寺の本堂、脱ぎ捨ててしまいたい程ジリジリと焼ける式服の背中。
そんな時の記憶が残っている。

百日紅を見て、俳人たちは死の影を見ている。
今日も気温以上に暑い日だった。
このような暑さの中で百日紅は紅く燃え続けている。

阿部も宇多も仁平も百日紅に死を追っている。
だが、岡本は百日紅の躍りに見ているのは生だ。
生死一如という仕組みを考えれば、死の自覚は生の自覚だ。
とすれば、同じことを詠んでいる。

今日も百日紅の紅い躍りを何度見たことだろう。



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2016/07/28  日記  浜木綿

2016-07-28 20:16:51 | (2)日記

2016/07/28(木)旧暦: 625日 祝日・節気: 日出:445分 日没:1848分 月出:---- 月没:1315分 月齢:23.67 干支:辛亥 六曜:赤口 九星:七赤金星

今日の季語: 浜木綿

clip_image002
(楽山楽水日記
http://shikamasonjin.cocolog-nifty.com/weblog/2014/02/index.html
より転載)



『ハマユウ(浜木綿、学名: Crinum asiaticum)はヒガンバナ科の多年草。(クロンキスト体系ではユリ科)。花の様子は、コウゾなどの樹皮を細く裂いて作った繊維から作った布と似ており、神道神事で用いられる白い布をゆう(ゆふ)と呼ぶ。別名のハマオモトは、肉厚で長い葉がオモト(万年青)に似ることから。

水はけが良く日あたりの良い場所を好み、主に温暖な海浜で見られる(海浜植物)。道ばたや公園、庭に植えられることもある。日本に自生するのは亜種 C. a. var. japonicum (Baker)。宮崎県の県花となっている。

形態
草姿は太い円柱状の幹のようなものの上から昆布のような葉が周囲に広がる態を成す。この幹のようなものは真の茎ではなく、葉の付け根が多肉質の筒状に重なったもので偽茎と呼ばれ、ヒガンバナやタマネギの鱗茎とほぼ相同なものである。茎はこの偽茎の基部に、短縮した円盤型のものがある。ヒガンバナ科の中でもヒガンバナ属(Lycoris)に縁が近く、ヒガンバナと同じリコリンというアルカロイドを、特に偽茎に多く含み、食べると吐き気や下痢を催す。


花期は夏で、葉の間の真ん中から太くてまっすぐな茎を上に伸ばし、先端に多数の花を散形につける。花序ははじめ苞に包まれ、開花時にはこの苞は下に垂れる。花は短い柄の先にあって白く細長い6枚の花被を持ち、花弁の根本の方は互いに接して筒状、先端部はバラバラに反り返る。花は日没前後から強い芳香を発するようになり、大型のスズメガ科のガが吸蜜に訪れて花粉を媒介する。

種子
受粉が成立すると、花被筒と融合した子房が肥大して歪な球形の果実となり、熟すと裂開して丸くコルク質の厚い種皮に覆われた種子を数個落とす。この種子は海上を何ヶ月も生きたまま漂流する能力があり、海流によって現在の分布域に広がったと考えられている。種子は水がなくても発芽し、机の上などに放置した状態で発芽するのを観察できる。自然状態では海岸に漂着してから潮上帯の砂や砂礫の上で発芽し、雨が降って周囲に水が供給されたときに速やかに根を伸ばすものと考えられている。
...』
Wikipedia



浜木綿の俳句:



・浜木綿咲く朝の岬を呼びよせて 千代田葛彦



・沖白き風に浜木綿咲きにけり 堀瞳子



・浜木綿に太古の濤の寄するなり 長渡万太郎




浜辺、砂浜の近くでは浜木綿より浜昼顔の方がよく出会う。
と言っても、これは沖縄の話だ。
浜昼顔は砂浜に広く広がり咲いている。波の寄せるところまでは来ないが、波打ち際から少し小高くなった砂地にはよく見かける。

浜木綿は、もう少し陸の中だ。
見かけることも多くはないような気がする。
思い出すのは宮古島の東平安名崎。
海の中に張り出した岬の突端にある灯台まで続く遊歩道を歩くと見かける。

浜木綿と言う名は、語感が良いのかお店の名前によく使われる。芸名にも使われた。
実際の花は、何かとりとめのない印象だ。
まだこれから盛りを迎えて花開くのか、もう峠を過ぎて下り坂の途上なのか、良くわからない。
尋ねてみても答えてはくれない。

記事を読むと浜木綿はヒガンバナ科だそうだ。
それを知って少し納得がいった。
遊離性の花なのだ。

浜木綿の花言葉の中に、「どこか遠くへ」があるそうだ。




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2016/07/27  日記  金魚

2016-07-27 19:25:00 | (2)日記

2016/07/27(水)旧暦: 624日 祝日・節気:下弦 日出:445分 日没:1849分 月出:2336分 月没:1210分 月齢:22.67 干支:庚戌 六曜:大安 九星:八白土星

 

今日の季語: 金魚

 

「金魚水槽 レイアウト お食事中。」

https://youtu.be/hDyDsb0fPO4

 

 

 

『金魚(きんぎょ) 三夏

子季語: 和金、蘭鋳、流金、丸子、出目金、獅子頭、阿蘭陀獅子頭、錦蘭子、銀魚

関連季語: 金魚玉、金魚売

意味: 中国から渡来した観賞魚。和金、流金、出目金、蘭鋳などの品種があり、水槽や金魚玉に入れて飼う。尾鰭を翻して泳ぐ様が涼しげであるところから、夏の季語とされる。

来歴: 『俳諧歳時記』(享和3年、1803年)に所出。

実証的見解: 金魚はコイ科フナ属の淡水魚。緋鮒の交配を重ねてさまざまな品種が生まれた。原産地は中国長江流域浙江省近辺とされ、室町時代に日本に伝わった。当初は値段も高く、庶民に

は手の届かないぜいたく品であったが、江戸時代後期には大量養殖に成功し、庶民も、陶器などに入れて飼えるようになった。養殖地としては愛知県弥富市、奈良県大和郡山市が有名で、品評会なども盛んに行なわれている。』

(季語と歳時記)

 

 

 

金魚の俳句:

 

・いつの間に池の金魚の大家族  庄野房女

 

・帰りし夫金魚へ何かつぶやけり  名和節子

 

・金魚への朝のあいさつ今日も又  早崎泰江

 

 

水族館や大型水槽など大きな熱帯魚が入っているものは見栄えがする。

沖縄美ら海水族館にはジンベイザメが泳ぐ水槽があり、ゆっくりでは見きれないほど様々な、知らない魚たちがいる。

那覇空港には無料で見られる大型水槽が設置されており、待ち時間にゆっくり楽しむことが出来る。

 

金魚がいる水槽は、小型で良い。

思いがけないところに水槽が置いてあったりする。

喫茶店や回転寿司の待合や中華料理店の客席の横や、水槽のガラスに顔を近づけてみる程間近に置かれている。

 

水槽の中をゆっくりのんびりと泳いでいる金魚を、目で追いかけている。岩の陰から突然別の小さな魚が登場する。

美しい金魚がひらひらと泳いでいくのをひたすら見ている。

特に何か意味の有ることではないが、自分だけの自由な時間を金魚と一緒に遊んでいることが息抜きになる。

 

池の金魚は、毎日手をかける必要はないかもしれない。

家の中の水槽や金魚鉢は、餌やりや掃除が必要だ。

子供がいない家では、金魚は家族の一員だ。

名和の夫は金魚と会話をするのが生甲斐なのだろう。

早崎は、毎朝金魚と朝の挨拶をしている。

亭主は元気で留守なのか、仏壇の中の写真なのか分からないが。

 

小さくても、金魚は、美しく、可愛く、愛嬌たっぷりだ。

 

 

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2016/07/26  日記 ハイビスカス

2016-07-26 22:14:46 | (2)日記

2016/07/26(火)旧暦: 623日 祝日・節気: 日出:444分 日没:1850分 月出:2255分 月没:1104分 月齢:21.67 干支:己酉 六曜:仏滅 九星:九紫火星

今日の季語: ハイビスカス、仏桑花

「沖縄の花 ハイビスカス編」

https://youtu.be/MjILsiBzMiE



『ブッソウゲ(仏桑花、Hibiscus rosa-sinensis, rose of China, Chinese hibiscus)は、アオイ科フヨウ属の低木。扶桑花、仏桑華とも。沖縄では赤花ともいう。

ハイビスカスとも言うが、フヨウ属の学名・英名がHibiscusであることから、この名前は類似のフヨウ属植物を漠然と指すこともあって、複雑なアオイ科の園芸種群の総称ともなっている。

特徴
極めて変異に富み、8000以上の園芸品種が知られているが、一般的には高さ2 - 5mに達する熱帯性低木で、全株無毛ときに有毛、葉は広卵形から狭卵形あるいは楕円形で先端は尖る。

花は戸外では夏から秋に咲くが、温室では温度が高ければ周年開花する。小さいものでは直径5cm、大きいものでは20cmに及び、らっぱ状または杯状に開き、花柱は突出する。花が垂れるもの、横向きのもの、上向きのものなど変化に富む。花色は白、桃、紅、黄、橙黄色など様々である。通常、不稔性で結実しないことが多い。5裂の萼の外側を、色のついた苞葉が取り巻いているので、萼が2重になっているように見える。よく目立つ大きな花は花弁が5枚で、筒状に合体した雄蕊の先にソラマメのような形の葯がついていて、雌蕊は5裂する。果実は5室の豆果で、多数の種子が入っている。

中国南部原産の説やインド洋諸島で発生した雑種植物であるとの説もあるが、原産地は不明である。本土への渡来は、慶長年間(1610年頃)に薩摩藩主島津家久が琉球産ブッソウゲを徳川家康に献じたのが最初の記録として残っているという。

ほぼ一年中咲くマレーシアでは、マレー語でブンガ・ラヤと呼び、国花として制定している。マレーシア国内で使われているリンギット硬貨にも刻印され親しまれている花のひとつである。

栽培・利用
日本では南部を除き戸外で越冬できないため、鉢植えとして冬は温室で育てる。鉢植えの土は砂、ピートなどを多く混ぜた軽いものを用い、ときに液肥をあたえる。繁殖は通常、挿木で行い、梅雨期に一年枝を砂にさし、発根後土に植える。大輪種は在来種に接木を行う必要がある。

沖縄県では庭木、生垣とする。沖縄南部では後生花(ぐそうばな)と呼ばれ、死人の後生の幸福を願って墓地に植栽する習慣がある。

中国では赤花種の花を食用染料としてシソなどと同様に用い、また熱帯アジアでは靴をみがくのに利用するといわれ、shoe flowerの別名がある。』
Wikipedia



ハイビスカス・仏桑花の俳句:



・ハイビスカス島の匂ひが風にのる 東江万沙



・空いまも無垢の蒼さや仏桑花 橋本榮治



・渚まで続く白砂や仏桑花 古賀まり子




沖縄のハイビスカスは、大きく、花の色も多彩だ。
人の顔ほど大きくはないが、手のひらの大きさはある。

胡蝶蘭も南国を思わせるが、今では本土でも開店祝いなどでよく見かける。
沖縄では、ハイビスカスは、そのようなお祝いの花ではなく、道端や植え込みに地植えされている。
道端や植え込みに鮮やかな花を風に揺らせているハイビスカスを見ると沖縄にいることを実感する。

仏桑花は、仏様に備える花なので仏の字が入っている。
沖縄で仏様に備える赤い小振りなハイビスカスを赤花と呼ぶ。
アカハナではなくアカバナ~と発音する。
この響きが良いのか、店の名前でよく使われる。

以前、国際通りより一筋58号線寄りにあった沖縄郷土料理の店赤花は良い感じの店であったが、閉店してしまったのは残念だった。
首里にあるレストランの赤花もある。

これからの沖縄はオンシーズンで混むし、暑すぎる。

それでも、ハイビスカスは見たい気がする。




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2016/07/25  日記  鱧

2016-07-25 21:05:58 | (2)日記

2016/07/25(月)旧暦: 622日 祝日・節気: 日出:443分 日没:1851分 月出:2216分 月没:959分 月齢:20.67 干支:戊申 六曜:先負 九星:一白水星

今日の季語:

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(エディー ブログ ドットコム
http://www.eddie-blog.com/archives/000054.html
より転載)



『鱧(はも) 三夏
子季語: 生鱧、祭鱧、小鱧、落し鱧、鱧ちり、鱧料理
関連季語: 水鱧
解説: 鱧ときくと祗園囃子を思うほど、祇園祭のころの京都の味覚を代表するものである。身と皮の間に小骨が多く骨切りをしてから料理する。身だけでなく皮、骨、浮袋まで賞味する。
白身であっさりとした味わいの夏の高級魚である。旬にさきがけて獲れる小さなものは水鱧という。
来歴: 『毛吹草』(正保2年、1645年)に水鱧で所出。
実証的見解: ウナギ目ハモ科の魚。形は鰻に似て、二メートル近くなるものもいる。骨は硬く、鋭い歯を持つ。鱗はなく、腹部は銀白色で、背は灰褐色。本州中部以南の沿岸域に生息する。昼
は海底の泥のなかにひそみ、夜、動き回って、小魚、甲殻類などを捕食する。』
(季語と歳時記)


『ハモ(鱧、Muraenesox cinereus )は、ウナギ目・ハモ科に分類される魚の一種。

概要
沿岸部に生息する大型肉食魚で、京料理に欠かせない食材として扱われる。生鮮魚介類として流通する際には近縁種のスズハモ M. bagio (Hamilton, 1822) も一般に「ハモ」と称されており区別されていない[1]

名称
名前の由来には、食む(はむ)に由来するとみる説、「歯持ち」に由来するとみる説、中国語の「海鰻」(ハイマン)に由来するとみる説、マムシに姿が似ていたことから蝮(ハミ)に由来するとみる説、食感が「はもはも」しているから、という説、口を張ってもがくことに由来するとみる説など諸説ある[2]。中国語由来説については、中国では海鰻と称して食されているものの[6][7][8]可能性が低いとする説もある。

地方名にハム(広島県)、スズ(徳島県)、バッタモ(京都府丹後地方)、ウニハモ(福井県)など。
他の魚

北海道・東北地域ではアナゴ類もしくはマアナゴのことをハモあるいはハモの古語であるハムと呼ぶ地域が広域に存在する。[3][4]

現代中国語でハモは「海鰻」(hǎimán)といい、「鱧」(lǐ)という漢字はライギョ類を表す。
...
利用
ウナギ目の他の魚同様、血液に有毒なイクシオトキシンを含むが、加熱によりそれを失活させて食べることができる。消費地域には偏りがある。

   
京都市では、生活に密着した食材で、スーパーにおいても鱧の湯引きなどは広く販売されており、安くはなくとも、季節の食材として扱われている。特に祇園祭の暑い季節に長いものを食べると精力が付くとして、鰻同様に食べる風習があり(下記)、夏の味覚の代表的なものとして珍重される。家庭で「骨切り」をすることは難しいが、鮮魚店で骨切りをして、生で売ることも普通である。
   
大阪市の天神祭でも鱧料理は欠かせない。
   
京阪以外の地域では、味は良いが骨が多く食べにくい雑魚として扱われ、蒲鉾や天ぷらの材料として使われてきた。特に大阪などの蒲鉾屋では身を使った後のハモの皮が売られていることがある。
   
一方、関東など東日本では京料理を提供する高級日本料理店以外ではあまり目にかかることはなく、生活に密着した食材とは言えない[5]。このような店で出される食材のため、高級魚というイメージもある。消費量も関東の鱧消費量は関西の十分の一程度であり、関西と関東の文化の違いが現在に至るまで如実に現れている食材の一つである。同様の食材としてはフグ・クエ、逆に東日本で人気の高い食用魚としてマグロなどがあげられる。
   
大分県中津市でも特産品としてよく消費されており、JR中津駅には鱧をデザインした長いベンチも置かれている。
   
京都において、何故ハモを食べる文化が発達したかについては、生命力の非常に強い数少ない魚であるため、輸送技術が発達していなかった時代でも、大阪湾や明石海峡で採れたハモを、夏に内陸の京都まで生きたまま輸送できたからだといわれている。
   
また、一説には養蚕が盛んで京都へ絹糸を供給していた大分県中津市の行商人などが京都へ食文化を伝えたとも、一説には中津藩が隣接する天領日田に招聘されていた京の料理人が往来の途中に隣国中津の漁師から「骨切り」の技術共々を教えられ持ち帰ったとも言われており骨切り技術の発祥地である中津の料理人が伝え現在につながっている。
   
ハモの蒲焼は、よくウナギの蒲焼と対比される。需要があるため、日本産だけでなく韓国や中国などから輸入も行われている。
   
中国ではハモは生命力が強く、薬膳的な効能としても益気作用~“気”のエネルギーを高めるとともに胃腸機能を良くする作用があるとされるほか、利尿作用もあるとされている。[6]

ハモの利用史
日本列島ではハモは縄文時代から利用されている[7]。京都市中京区の本多甲斐守京邸からは多数の動物遺体が出土し、ハモの前頭骨が出土している。この前頭骨は正中方向に切断されており、椀物に用いる出汁を引くために切断されたものと考えられている[8]。また、別の前頭骨には刃物による横方向の切痕が野降り、目打ちで頭部を固定した際に暴れまわるハモの頭部を包丁で叩いた傷と考えられている[9]。また、現在のハモ調理では行われないが、歯骨からは包丁で危険な歯を取り除いた傷も見られる[10]
...』
Wikipedia



鱧の俳句:



・京に生れ京に育ちて鱧好きと  佐藤淑子



・京の露地ふかぶかもぐり鱧をくふ  沼田巴字



・一寸に二十二鱧の骨切ると  上﨑暮潮



・加茂茄子の田楽と鱧の吸物と  斉藤陽子



・関西にスルツとはまりし鱧の皮  西塚成代




佐藤は幸せだ、京に生まれ京に育ち、伝統文化に加えて夏は鱧料理がある。 こちらは京に生まれず、京では育たず、鱧は子供の頃は見たこともなく、長じて、これが鱧かと身構えて食べただけだ。
湯引き鱧の梅肉添えは、サッパリと上品な味わいではあったが、フーン、これが鱧かと言うものであった。

土地を背景にした食べ物は、言い換えれば土地の文化と言える。
生まれ育つ土地の中で、食べ続ける郷土性のあるものは、幾度も食べ続ける経験の中で自ずからその人なりのイメージが作られていく。
文化的な食べ物は、経験の裏打ちが必要だ。

名古屋で言えば、どて煮などの赤味噌の名古屋めしだろう。
赤味噌だったら何でも良い訳ではない、色合いとか照りとか味の濃さとか甘さとかコクとか、人それぞれにイメージがある。

生まれ育った土地のものではないが、興味を持って食べ続けているうちに、経験が創りだすイメージが確かなものになっていく場合がある。
筆者の例では、沖縄の郷土料理のフーチャンプルーだ。

沖縄料理にはチャンプルーが多い。有名なゴーヤチャンプルー、トーフチャンプルー、マーミナチャンプルー、ソーミンチャンプルーなどがある。
その中でもフーチャンプルーが最も好きだ。麸など鯉の餌と思っていたが、沖縄に行ってからチャンプルーを食べているうちにイメージが出来てきた。
先島の出汁ビショビショのものは好きではない。麸が香ばしく炒められ、噛むと中から旨味がにじみ出る。野菜は炒めすぎずキャベツ、、マーミナ、人参のシャキシャキとした食感と甘さが感じられ、肉はポークがスタンダードだが、豚肉でもベーコンでも香ばしければ良い。
こうしたイメージが出来るには、関心を持って食べ続けることが必要だ。

鱧がフーンから抜け出すには、経験の量が絶対的に足りないと納得するほかはない。




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2016/07/24  日記  相馬野馬追

2016-07-24 20:40:29 | (2)日記

2016/07/24(日)旧暦: 621日 祝日・節気: 日出:442分 日没:1851分 月出:2138分 月没:854分 月齢:19.67 干支:丁未 六曜:友引 九星:二黒土星

今日の季語: 相馬野馬追、野馬追

「伝統の夏祭り 相馬野馬追で最大の呼び物「神旗争奪戦」 2016724()

https://youtu.be/wsTpsb2CSps



『相馬野馬追(そうまのまおい)は、福島県相馬市中村地区を初めとする同県浜通り北部(旧相馬氏領。藩政下では中村藩)で行われる相馬中村神社、相馬太田神社、相馬小高神社の三つの妙見社の祭礼である。

概要
馬を追う野馬懸、南相馬市原町区に所在する雲雀ヶ原祭場地において行われる甲冑競馬と神旗争奪戦、街を騎馬武者が行進するお行列などの神事からなる。これらの神事に関しては1952年、国の重要無形民俗文化財に指定されている[1]

東北地方の夏祭りのさきがけと見なされ、東北六大祭りの1つとして紹介される場合もある。

2010
年までは、毎年723日から25日までの3日間の日程で神事と祭りが一体となって開催されていたが、2011年からは祭りと神事は日程が分離され、祭りを7月最終週の土曜日開幕、神事を24日・25日に日程を固定して実施することが決まった[2]2011年以後の詳細は東日本大震災と福島原発事故により不明な点が多いため、以下には2010年までの日程等に基づいて記載する。

歴史
起源は、鎌倉開府前に、相馬氏の遠祖である平将門[3]が、領内の下総国相馬郡小金原(現在の千葉県松戸市)に野生馬を放し、敵兵に見立てて軍事訓練をした事に始まると言われている[1]。鎌倉幕府成立後はこういった軍事訓練が一切取り締まられたが、この相馬野馬追はあくまで神事という名目でまかり通ったため、脈々と続けられた。

1868
年の戊辰戦争で中村藩が明治政府に敗北して消滅すると、1872年に旧中村藩内の野馬がすべて狩り獲られてしまい、野馬追も消滅した。しかし、原町の相馬太田神社が中心となって野馬追祭の再興を図り、1878年には内務省の許可が得られて野馬追が復活した。祭りのハイライトの甲冑競馬および神旗争奪戦は、戊辰戦争後の祭事である。

相馬氏は将門の伝統を継承し、捕えた馬を神への捧げ物として、相馬氏の守護神である「妙見大菩薩」に奉納した。[4]これが現在「野馬懸」に継承されている。この祭の時に流れる民謡『相馬流れ山』は、中村相馬氏の祖である相馬重胤が住んでいた下総国葛飾郡流山郷[5](現在の千葉県流山市)に因んでいる。

戊辰戦争後の祭りおよび神事の初日は、1872年(当初は太田神社のみの小規模な祭礼)以降、旧暦5月の申日に合わせて71日、1904年以降、天候不順を回避するために711日、1960年以降、さらに梅雨期そのものを避けるために717日と変遷してきたが、1966年からは小学校の夏休み開始に合わせて723日となっていた[6][2]2011年から神事と祭りは日程が分離されることになり、神事は24日・25日に日にち固定で実施し、祭りは7月最終週の土曜日に開幕することになった[2]。ただし、7月最終週の土曜日に開幕すると8月上旬にまで日程が及ぶ場合は、祭りを前週に繰り上げて開催する[2]

500
余騎を集める行事は2012年現在、国内では唯一である。馬は一部の旧中村藩士族の農家、相馬中村神社や野馬追参加者により飼育されてはおるものの、多くは関東圏からのレンタルによって集められている。

なお、2011年に開始された「東北六魂祭」では、この相馬野馬追の紹介は被災地の伝統行事であるにもかかわらずまだ行われていない。
...』
Wikipedia



『野馬追: 相馬野馬追祭、相馬野馬追、野馬追祭、野馬駈け
晩夏

福島県南相馬市と相馬市にある三社が合同で行う祭事。毎年七月二十三日から三日間行われる。数百の騎馬武者が馬を繰って神旗を奪い合う神旗争奪戦や、馬を神に奉納する神事など、勇壮な騎馬武者の祭として知られる。』
(季語と歳時記)



野馬追の俳句:



・草原に湧きたつこだま野馬追へり 秋山素子



・駒とめて野馬追の武者水を乞 藤楸邨



・人よりも馬の労ひお野馬追 良子





相馬地区は原発事故の後遺症で大変な目にあっているが、今年も伝統の相馬野馬追は滞り無く行われた。
youtube
に動画が掲載されているので間違いない。

今日が本祭で、メインイベントの神旗争奪戦が行われた。
昔ながらの鎧兜姿の武者の出で立ちで、ほら貝の音とともに行われる人馬一体の格闘は、真に勇ましい。

各地区から馬上豊に会場に向かう道中、通りでは家々の人が、おもてなしをする。
武者は勿論だが、馬も水を十分与えられたりする。

相馬野馬追は、原発事故に負けていない。

歴史と伝統のある祭りを、くだらない原発のために中止させては、ご先祖に合わせる顔がない。未来の子孫たちに申し訳ない。




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2016/07/23  日記  日傘

2016-07-23 20:30:57 | (2)日記

2016/07/23(土)旧暦: 620日 祝日・節気: 日出:442分 日没:1852分 月出:2101分 月没:749分 月齢:18.67 干支:丙午 六曜:先勝 九星:三碧木星

今日の季語: 日傘

「プレミアムホワイト 折りたたみ日傘 イメージ動画」

https://youtu.be/A_gmeX3AHtM



『日傘 (ひがさ) 三夏
子季語 : 絵日傘、白日傘、日からかさ、パラソル
関連季語: 春日傘
解説: 夏の強い日差しを防ぐための傘。主に女性が用いる。江戸時代の日傘は、竹の骨に紙を張っただけのもの。雨用とは違い、油や渋は塗らなかった。最近では白ばかりではなく、黒い色のものも目にする。
来歴: 『をだまき綱目』(元禄10年、1697年)に所出。』
(季語と歳時記)


日傘の俳句:



・連れ合ひの知らぬ顔して白日傘   渡辺知美

 

・連れ立ちて男は入れぬ白日傘  大室恵美子



・ぜいたくに使ふ一日白日傘   佐藤博美

 

・白日傘心の中に立ち止る  松田泰子



・白日傘ひとりの世界創りゆく  ほんだゆき

 


白い日傘の下では、人を邪険にするのだろうか?
最初の2句を読んでそんな気がした。

佐藤は、一日を丸々自分の思い通りにしたという。
それも白い日傘の下で。

4
句、5句を読んで事情が理解できた。
白い日傘を差すとどうやら現実世界から一歩遊離するらしい。
後は自分の思いの中に居れば良い。
他の人は要らないのだ。
ほんだは明快に詠んでくれている。

日傘は、近頃男もすなるものと言う。

男物の白日傘はあるのだろうか。



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2016/07/22  日記  大暑

2016-07-22 20:13:24 | (2)日記

2016/07/22(金)旧暦: 619日 祝日・節気:大暑 日出:441分 日没:1853分 月出:2022分 月没:646分 月齢:17.67 干支:乙巳 六曜:赤口 九星:四緑木星

今日の季語: 大暑

clip_image002
(行列のできる富士山周辺湧き水マップ
http://fujisanwater.blog45.fc2.com/blog-entry-15.html
より転載)



『大暑(たいしょ)は、二十四節気の第12。六月中(通常旧暦6月内)。

現在広まっている定気法では太陽黄経が120度のときで723日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。恒気法では冬至から7/12年(約213.06日)後で723日ごろ。

期間としての意味もあり、この日から、次の節気の立秋前日までである。

西洋占星術では、大暑を獅子宮(しし座)の始まりとする。


季節
快晴が続き、気温が上がり続けるころ。『暦便覧』には「暑気いたりつまりたるゆえんなればなり」と記されている。

夏の土用が大暑の数日前から始まり、大暑の間じゅう続く。小暑と大暑の一か月間が暑中で、暑中見舞いはこの期間内に送る。

大寒と互いに半年後・半年前である。小寒と小暑も同じ関係である。
...』
Wikipedia



大暑の俳句:



・名水を掬む列長き大暑かな  神山テル



・枕木のタールの臭ふ大暑かな  若井新一



・溜り場に猫の見えざる大暑かな  都留百太郎



・茫々と目路さだまらぬ大暑かな  和田敏子



・何事も手につかざりし大暑かな  高谷栄一




暑い日が続いている。
今日は大暑。
暦の上では、暑さが盛の日だ。
実際には、8月上旬のほうが暑いはずだが、もうこれがピークと言われると、もう少しの辛抱と気持ちが楽になる。

大暑の句を読んでいると、流石に俳人たちも弱っている。
枕木も猫も人も大暑の暑さにはうんざりだ。

水の豊かな場所に行き、滝壺でマイナスイオンに蘇生したり、名水を汲んで帰ったりするのは、大暑の過ごし方としては、積極的だ。

暑さにやられないようにするには水だ。
屋外は勿論、屋内でも熱中症は危険と言われている。
水を身近において、常に補給を意識することが必要だ。

大暑なんだから、あと少し。


・大暑かなこどもの遊ぶ声がする



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2016/07/21  日記  海月

2016-07-21 20:44:49 | (2)日記

2016/07/21(木)旧暦: 618日 祝日・節気: 日出:440分 日没:1853分 月出:1941分 月没:543分 月齢:16.67 干支:甲辰 六曜:大安 九星:五黄土星

今日の季語: 海月、水母

「世界一のクラゲ水族館 加茂水族館」

https://youtu.be/Im2HkXi35-E


もっと見たい人は次の動画もどうぞ。
ただし、13分と長いので注意。

「鶴岡市立加茂水族館のクラゲ展示 2014.12.30

https://youtu.be/3HLsgaWaBV4


『クラゲ(水母、海月、水月)は、刺胞動物門に属する動物のうち、淡水または海水中に生息し浮遊生活をする種の総称。体がゼラチン質で、普通は触手を持って捕食生活をしている。また、それに似たものもそう呼ぶこともある。
...
人間との関わり
食用など利用
日本と中国では、一部の種類(エチゼンクラゲやビゼンクラゲなど)を食用にする。中華料理では「海蜇」といい、傘の部位は海蜇皮(海折皮)、口腕部は海蜇頭(海折頭)として加工される。細切りにして乾燥させ塩蔵したものを、水で戻して酢の物や和え物などにする調理のほか、加工食品とする。

科学的な研究
近年[いつ?]近年、オワンクラゲより発見されたGFP (Green Fluorecent protein) という蛍光を発するタンパク質とその遺伝子が、分子生物学の分野において広く利用されている(参照:下村脩)。

エチゼンクラゲを畑の保水材として使用する試みもある。

飼育・展示
クラゲの飼育・展示は、多くの水族館で人気がある。ペットショップでも売られるようになり、家庭や飲食店などで観賞用に飼育されることも多くなった。クラゲ用の飼育セットも売られている。クラゲの癒し効果を測定する試みでも、クラゲを鑑賞することにより、ストレスが低下する可能性が指摘されている(広海 2006 『クラゲのふしぎ』参照)。また、クラゲと一緒にお風呂に入れる場所もある。しかし、一緒に入ると多少の痛みを伴う場合がある。

被害
海水浴などの際、クラゲに触れるとヒトも刺されることがある。クラゲの毒の人体への作用は、クラゲの種類によって大きく異なる。ほとんどのものではなにも感じないが、触れるとちくちくする程度のものから、激しい痛みを与えるもの、呼吸困難や肺水腫などの全身症状を引き起こすものまである。カツオノエボシやハブクラゲ、オーストラリアウンバチクラゲなどは、場合によっては命に関わるとして非常に恐れられる。日本ではお盆過ぎに海水浴場に泳ぎに行くとクラゲに刺されると言われることが多いが、これは主にアンドンクラゲ(腔腸動物門・立方クラゲ目)による被害である。カギノテクラゲによる刺傷は、刺された部分の痛みは強くないことが多いが、刺されて1時間ほどしてから、筋肉痛や呼吸困難等の症状を起こすことがあり、特に東北地方の日本海側や北海道で恐れられている。その症状は、オーストラリアのイルカンジクラゲが引き起こす、イルカンジ症候群に似ている。対処法はクラゲ刺傷を参照のこと。

他に、一部のクラゲが急に大発生することがある。大量発生したエチゼンクラゲが漁網にからまって破るなどの被害は現在、漁業上深刻な問題である。大発生したミズクラゲが工場や火力発電所、原子力発電所の取水口に詰まるなどの被害を出す 場合もある。

なお、このクラゲの大量発生により、世界各地で漁業被害などが発生している。 この原因は人間による水質汚染や魚の乱獲、あるいはバラスト水の放出によるものではないかと指摘されている。

全米科学財団の報告書によれば日本において毎年2000万ドルの漁業被害が発生しているという。
...』
Wikipedia



海月の俳句:



・一湾を海月の泳ぐうす月夜  田中藤穂



・魂をやりとりしたる海月かな  松田曼莉



・気ままさよくらげ一と浮き一と沈み  村松紅花




クラゲというと、昔は中華料理や海水浴で刺されないように注意するものだった。
最近は、様子が変わり、海月が心を癒やす動物になっている。

山形県鶴岡市の加茂水族館は、世界一の海月の水族館として知られている。
潰れそうなお荷物の水族館を、人が集まる水族館に変身させた村上龍男館長のサクセスストーリーは有名だ。

デートするなら動物園と言うのは理に適った考え方だ。
多少ブサイクでもゴリラやアナコンダや鰐に比べたら、一緒に暮らしやすい。
海月の水族館の魅力も同じようなことかもしれない。
美しいが奇妙でこの世のものとは思えない、無意味な浮き沈みに眼を固定していると、思うようには行かない周囲の方がまだマシに思えてくる。

周囲が嫌になったら、一度加茂水族館詣でが良い。


【データ】

山形県鶴岡市立加茂水族館

Official site
http://kamo-kurage.jp/



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2016/07/20  日記  さびたの花

2016-07-20 19:15:00 | (2)日記

2016/07/20(水)旧暦: 617日 祝日・節気:望 日出:439分 日没:1854分 月出:1857分 月没:444分 月齢:15.67 干支:癸卯 六曜:仏滅 九星:六白金星

今日の季語: さびたの花、花さびた

clip_image002
(野に咲く北国の花
http://pulala.exblog.jp/8276970/
より転載)



『さびたの花: のりうつぎの花、のりのきの花、花さびた
晩夏
ユキノシタ科アジサイ属の落葉潅木。山地に自生し、七月から八月にかけて額の花に似た白い花をつける。皮にある粘液で糊を作り、それを和紙の原料の楮に混ぜて使ったため糊空木の和名がある。』
(
季語と歳時記)



花さびたの俳句:



・花さびた一戸となりて田を捨てず 永田耕一郎



・花さびた雨にうなづきやまぬかな 八木林之介




花さびたは、俳句の世界では、立ち向かう男の気持ちに寄り添ってくれる花のようだ。

さびたの花は見たことがない。
見たことはあるが、名前を知らないから記憶に無いだけかもしれない。
写真を見ると額紫陽花のようだ。

さびたは2つの名前を持つ。
和名では糊空木。
樹液を和紙を漉く際に糊として使ったので、生活の名前だ。
さびたは北海道の名前で、アイヌは髪を洗う時に使ったそうだ。
原田康子が「挽歌」にさびたの花として登場させたので、今では糊空木よりサビタのほうが主流なのだろう。

名前だけでなく、花言葉も複雑だ。
   
・しとやかな恋人
   
・高慢
   
・移り気な方
   
・乙女の夢
   
・臨機応変

Wikipedia
にこんなことが書いてあった。
『花は枯れてからも茶色くなって翌年まで残る。そのため、和歌山県南部の山間部では娘を嫁に出すときに「ノリウツギの花が無くなるまで帰るな」と言って送り出す地域があるという。』

時代は変わったから、それは今は廃れた言葉だろう。
だが、考え方は人生の知恵を含んでいる。

永い教育を終え、社会に出て就職するが、すぐ辞めてしまい、それを繰り返す若者が多い。最悪の場合は閉じこもりだ。
本人は、自分に合わない、自分を実現できない、と考えている。

人生が自分の思うように展開し、自分の席がいつも用意されていると考える態度には甘えがある。

自惚れを抜けることができれば、関係を理解することができる。
環境が自分に合わないのではない。自分が環境に合わないのだ。
世界は自分中心に回っているのではない、自分は世界のちっぽけな構成員でしか無い。

今の言葉では、「ママっ子男子」が流行っているそうだ。
なんでも、マザコンとは違うらしい。
しかし危うい世界だ。

母親が男の子を可愛がるのは良いがオモチャにするのは良くない。

就職にしても、結婚にしても、花が咲くまで帰ってくるなと言って送り出すのが、本当の愛情といえるのだが...




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2016/07/19  155回 芥川・直木賞受賞者決まる

2016-07-19 22:16:58 | (9)本(文学 その他)


前回に続き、芥川賞は女性が受賞した。
受賞したのは『コンビニ人間』を書いた村田沙耶香氏。
初めて候補者になり、そのまま受賞というスピード受賞だ。

直木賞は、荻原浩氏の「海の見える理髪店」(集英社)が選ばれた。荻原浩氏は5回目で初受賞。
「海の見える理髪店」は6篇からなる短編集だが、それぞれ心打たれるお話だそうだ。

芥川賞の候補者5人のうち4人が女性だったそうだ。
前回の芥川賞も女性の本谷有希子氏だった。
これからも、芥川賞も女性優位になりそうだ。

clip_image002
(ORICON STYLE)
19:15
(左から)『コンビニ人間』で芥川龍之介賞を受賞した村田沙耶香氏(撮影=永瀬沙世)、『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞した荻原浩氏


『155回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が19日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞に村田沙耶香(さやか)さん(36)の「コンビニ人間」(文学界6月号)が、直木賞に荻原浩さん(60)の「海の見える理髪店」(集英社)が選ばれた。村田さんは初めての候補、荻原さんは5回目での受賞。

贈呈式は8月下旬に東京都内で開かれ、正賞の時計と副賞の賞金100万円が贈られる。

村田さんは千葉県出身、玉川大文学部卒。「授乳」で2003年群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。「ギンイロノウタ」で09年野間文芸新人賞、「しろいろの街の、その骨の体温の」で13年三島由紀夫賞をそれぞれ受賞した。他の作品に「殺人出産」など。

受賞作は、コンビニエンスストアで18年間アルバイトを続ける36歳の恋愛経験のない独身女性が主人公。結婚や出産をして当然の社会を理解できず、コンビニのマニュアルの中でこそ生きがいを感じている。しかし、ある男の出現から危機に陥る。

村田さんは受賞決定の記者会見で「コンビニは自分の聖域なので、小説にすることはないと思ったが、なぜか書いてみようと思いました。コンビニに対する愛情を作品にできたことは良かった」と喜んだ。さらに「人間が好きという気持ちで書いているので、人間の面白さが表現できたらうれしい」と語った。

荻原さんは、埼玉県大宮市(現さいたま市)生まれ。成城大経済学部卒。1997年小説すばる新人賞を受賞してデビュー。05年「明日の記憶」で山本周五郎賞、14年「二千七百の夏と冬」で山田風太郎賞を受賞した。

受賞作は、遠くから来た客と理髪店の店主が過ごした一時を描いた表題作など6編からなる短編集。親子、夫婦の間で起こる喪失、すれ違いを安定した筆致でつづる。

荻原さんは「ほっとしている。いつも心の平和を保つために、落ちる時のシミュレーションしか頭の中でしてなかったのでちょっと戸惑っている」と苦笑。還暦での受賞について「せっかくそういう(還暦の)年なので、暦が変わった今年から、気持ちを新たに頑張ってみようかと考えている」と喜びを語った。【内藤麻里子、鶴谷真】

◇選考委員の話

◇芥川賞「今でなければ書けない、興味深い作品として評価」

芥川賞選考委員、川上弘美さんの話 コンビニという現代的な場所でしか生きられない主人公を設定し、SF的だ。周りの人間を活写することで、「普通」に対する批判になっている。全体に過不足なく描写され、ユーモアもある。今でなければ書けない、興味深い作品として評価された。

◇直木賞「ベテランの熟練の技を見せ、心打たれる内容」

直木賞選考委員、宮部みゆきさんの話 圧倒的な読み心地の良さがあった。短編集は読み終わった後、内容を忘れることが多いが、荻原さんの作品は一つ一つ心に残り、読み終わった後思い起こすことができる珍しい作品だと評価された。ベテランの熟練の技を見せ、心打たれる内容だったという意味でも、最初の投票から高い支持を得た。』
(毎日新聞)



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2016/07/19  日記  土用

2016-07-19 20:35:20 | (2)日記

2016/07/19(火)旧暦: 616日 祝日・節気:土用 日出:439分 日没:1854分 月出:1810分 月没:347分 月齢:14.67 干支:壬寅 六曜:先負 九星:七赤金星

今日の季語: 土用

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stone::tamaki
http://www.tamaky.com/mt/archives/2016/07/ine-no-ha-no-mizu.html
より転載)


『土用: 土用前、土用入、土用の入り、土用中、土用太郎、土用二郎、土用三郎、土用明
晩夏
春夏秋冬それぞれに土用はあるが、普通、土用といえば夏の土用のことである。とりわけ夏の土用が取り上げられるのは、陰陽五行や農耕と深くかかわりがあったと思われる。地方によっては、土用の間にしてはならないことなど様々な言い伝えがある。
今でも土用の丑の日に鰻を食することなど、生活に深く結びついている。』
(季語と歳時記)



土用の俳句:



・稲の葉の鋭くなりし土用入  原田しずえ



・人声や夜も両国の土用照り  小林一茶



・夜は赤き星の生まるる土用かな  近藤喜子



・哀楽のすべて失せたる土用かな  大橋晄



・畏れ入る母の健啖土用入  五十嵐紀子




郊外の道を車で走ていると、赤信号になり停まった。
窓から外を見ると、稲畑が遠くの山まで続いている。

田代掻きが終わり、稲が植えられたのはつい先ごろのような記憶があるが、間違っている。
稲を見ればよく解る。

株と株の間の水面はもう見えず、稲は空間をギッシリ埋めている。
焼けつくような夏の太陽の下で、葉先を空に向かって剣のように伸ばしている。
それは、暑さに負けることのない稲の生命の営みだった。
窓を開ければ、夏の稲の草いきれの匂いが入ってくるだろう。
スイッチを下げようかと思うと、信号が青に変わった。

夏を生きる稲の生命力は凄まじい。

梅雨が開けた次は真夏だ。
人は、稲ほど暑さには強くない。
活動するのは、陽が傾いてから。
今日も、久屋公園のビールフェアの会場は、人で溢れたそうだ。
それば、一茶の江戸から変わらない夏の過ごし方だ。

大橋は、哀楽を超えたそうだが、それが悟りなら良いのだが、ただの夏バテ、熱中症なら心配だ。
五十嵐の母は確りしている。
稲には及ばずとも、夏に負けぬ気位が必要だ。兎に角飲む、兎に角食べるそれが大切だ。

年をとったら相応に肉はやめて野菜中心、脂は避けて冷や麦で、それが間違いの始まりだ。



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2016/07/18  日記  海の日

2016-07-18 20:30:09 | (2)日記

2016/07/18(月)旧暦: 615日 祝日・節気:海の日 日出:438分 日没:1855分 月出:1720分 月没:256分 月齢:13.67 干支:辛丑 六曜:友引 九星:八白土星

今日の季語: 海の日

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(くらしき通信
http://ken2-k.blog.so-net.ne.jp/2010-07-19
より転載)



『海の日(うみのひ)は、日本の国民の祝日の一つ。日付は7月の第3月曜日。

概要
海の日は、1995年(平成7年)に制定され、1996年(平成8年)から施行された日本の国民の祝日の一つである。制定当初は720日だった。2003年(平成15年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)により、7月の第3月曜日となった。 ただし、初年度の2003年は偶然721日になったため、振替休日と重なった。

国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23720日法律第178号)第2条では、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨としている。国土交通省の文書の記述などによると「世界の国々の中で『海の日』を国民の祝日としている国は唯一日本だけ」という[1]

2007
年(平成19年)に制定された海洋基本法第13条は「国及び地方公共団体は、国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)第2条に規定する海の日において、国民の間に広く海洋についての理解と関心を深めるような行事が実施されるよう努めなければならない」と海の日の行事について定めている。

海上自衛隊では、基地・一般港湾等に停泊している自衛艦において満艦飾が行われる。

海の日が制定された1996年(平成8年)以降、720日から31日までの12日間を「海の旬間(じゅんかん)」とし、国土交通省海事局が中心となり、地方公共団体、海事関係団体などとともに、海事思想の普及のための活動を実施してきた。

2003
年(平成15年)以降は、海の日の三連休化に伴い旬間を月間化し、広く国民に「海」に対する理解と認識を高めてもらうために、海の日を含む71日から31日までの1か月間を「海の月間」と定めた。国土交通省海事局が中心となり、関係省庁、地方公共団体、海事関係団体などとともに、「海フェスタ」を始め、全国各地で行われる海に関する各種様々なイベントの紹介を行っている[2]

なお2014年に「海の恩恵に感謝する日だったはずが、単なるお祭りになってしまった」として、超党派の国会議員からなる海事振興連盟により720日に固定化する議案が出され、2016年から当初の720日に戻そうとする流れにある[3]

2015
年、20回目の海の日を記念し、「海でつながるプロジェクト」が発足。総合海洋政策本部参与会議座長・日本郵船顧問を務める宮原耕治が会長となり、日本政府や東京海洋大学、日本財団をはじめとする民間法人などで『「海の日」特別行事実行委員会』を結成し、子供たちを中心に「海の日」の意義への認識や海に対する好奇心を高めてもらうため、様々なイベントを行った[4]。キックオフイベントには日本財団の会長笹川陽平や、山谷えり子海洋政策担当大臣、アショク・マハパトラ国際海事機関上級次長、川島海荷、服部幸應、石原良純らが登壇した[5]
海の記念日

祝日化される前は海の記念日という記念日であった。海の記念日は、1876年(明治9年)、明治天皇の東北地方巡幸の際、それまでの軍艦ではなく灯台巡視の汽船「明治丸」によって航海をし、720日に横浜港に帰着したことにちなみ、1941年(昭和16年)に逓信大臣・村田省蔵の提唱により制定された。

明治丸はその後、東京商船学校(現東京海洋大学)の練習船として使用され、現在は東京海洋大学越中島キャンパスに保存されている。』
Wikipedia



海の日の俳句:



・海の日と云ふ休日の何もなし  久保田一豊



・海の日に縁なき老の畑仕事   安原葉



・海の日に集ひて地球ボランティア  稻畑汀子




今日は海の日。
3連休の最終日、ハッピーマンデーだ。
連休にするために、月曜日にくっつけられた海の日は意味希薄で頼りない。何かしらない連休の最終日になりがちだ。

久保田は海の日は何もない休日だと言っている。
安原は、海の日であろうと休みだから畑仕事と少し積極的だ。
何もないと嘆くより、何かボランティアに参加するのは前向きだ。

現実に何を求めるかは、人それぞれだ。
アメリカでは、ポケモンGOが大流行。
GPS
でリアル空間に行くと、其処にポケンモンが現れる。
それを捕らえるゲームらしい。
家を出て外を歩き回るから、刺激もあり、人と会い、運動にもなるからいいそうだ。

今日、東海地方の梅雨が明けたそうだ。
5
月に植えたゴーヤーが、今日初収穫。
早速、ポーク、豆腐、玉子と合わせてゴーヤチャンプルーにした。
採りたて生、シャキシャキ、サクサクとした食感が新鮮だった。

いよいよ夏本番。



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2016/07/16  東京都知事選に風は吹くか

2016-07-17 22:25:14 | (16)時事・世相

 

都知事選の選挙権は持たないが、参院選後の中央の政治がどう展開するのかについて都知事選の行方が興味深い。

特に、風が吹くのか、報道操作が功を奏するのか。

 

都知事選候補者の確定は最後までもつれた。

21名の立候補者のうち事実上は3名の争いだ。

組織票で固める2名と崖から飛び降りた1名の戦いだ。

 

組織を持たないK候補は、メディアに乗って、風に乗って勝つしか方法はない。

野党統一候補T氏が最後に決まると、戦いは組織の戦いになる。一般市民の投票が低ければ、組織が勝つことは明白だ。

 

公示日714日の前夜、NHKが突然「生前退位」のニュースを流した。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160713/k10010594271000.html

 

何故このタイミングで?

 

翌公示日は、報道は「生前退位」一色になり、都知事選は吹き飛ばされた。

その後もフランスのテロ、トルコのクーデターと大きなニュースが続いている。

 

これでは、組織を持つ二人の争いになると思われた。

 

ところが、今日のニュースを見ると予想に反してT氏とK氏が競り合っているとのこと。

何か風が吹き始めている気配もある。

 

「東京都知事選は小池氏と鳥越氏が競り合い、増田氏が追う展開。共同通信世論調査や情勢取材で判明。」

http://this.kiji.is/127338123841799676

 

 

「都連の“時代錯誤お触れ”に反発 小池氏に自民、公明から続々援軍」

http://www.sponichi.co.jp/society/news/2016/07/17/kiji/K20160717012980790.html

 

2番目記事の最後

『ジャンヌ・ダルクのもとに集い始めた援軍。今後、自公、野党4党の後ろ盾に匹敵する集団に育つ可能性もある。』

は、その通りだ。

 

舛添の辞任と言うトカゲの尻尾切りで生き延びようとした自民党都連への都民の怒りが収まらなければ、当然風は吹くはずだ。

 

ここからは、妄想だが、「生前退位」の報道は、風を起こさせないための報道操作のような気がする。

次の記事で報道の背景が、理解できる。

「天皇陛下「生前退位」報道、新聞を比較して自分の見立てを整理する」

http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujisiro/20160714-00059967/

 

NHKはニュースソースを明かしていないが、NHK会長は政権と太いパイプがある。

・生前退位の問題は、数年前から存在し、突然の話ではない。

・政府も皇室典範の検討など秘密裏に行ってきたらしい。

 

いろいろ考えると、告示日前夜にスクープとして出されたこのニュースは、一般都民の風を起こさないための報道操作と邪推したくなるタイミングの良さだ。

 

脱原発が争点となった前回都知事選では、細川・小泉連合の報道に制約が加えられて風が吹かなくなったという話も当時あった。

そして、自民・公明の組織票で舛添都知事が誕生した。

その挙句が、税金のつまみ食い・公私混同都知事の誕生に繋がった。

 

自民・公明の支援を受け、自民都連の推薦を受け、東京電力の役員であったM氏に都政を変えることは出来るだろうか。

 

都民の怒りの風が吹くのか、前回同様の組織選挙が勝つのか、

これからの成り行きを注目したい。

 

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2016/07/17 日記 祇園祭

2016-07-17 20:54:42 | (2)日記

2016/07/17(日)旧暦: 614日 祝日・節気: 日出:437分 日没:1856分 月出:1628分 月没:209分 月齢:12.67 干支:庚子 六曜:先勝 九星:九紫火星

今日の季語: 祇園祭

「絢爛23基、都大路彩る 京都・祇園祭で山鉾巡行」

https://youtu.be/y4N7U67pRjA



『祗園会(ぎおんえ、ぎをんゑ) 晩夏
子季語: 祗園祭、祗園御霊会、山鉾、祗園囃、二階囃、神輿洗、宵山、宵飾、無言詣、鉾立、鉾町、鉾祭、鉾の稚児、長刀鉾、月鉾、船鉾、弦召、祗園太鼓、祗園山笠
解説 : 京都東山八坂神社の祭礼。祇園祭、祇園御霊会とも言われる。七月一日の吉符入から、くじ取り、神輿洗、鉾建、宵山、山鉾巡行、花傘巡行、疫神社夏越祭と七月中、連日行事が続く。七月十七日の山鉾巡行で最高潮を迎える。
来歴: 『毛吹草』(正保2年、1645年)に所出。
文学での言及: かさにさす山鳥の尾のながき日に神のそのとぞ今日祭るらむ 民部卿為家『夫木抄』
実証的見解: 祇園祭に仕える人はみな「蘇民将来の子孫なり」という護符をつけて祭りに参加する。蘇民将来は八坂神社の祭神スサノオの命に旅の宿を貸し、その礼に疫病退散のご利益をいただいた人物。祇園祭は平安時代の初期に悪疫退散を祈願に始められた祭礼である。「蘇民将来」の護符は、疫病の退散を願う祇園祭にふさわしいものといえる。
参考文献 : 中村汀著『祇園会』(平成19年、2007年、古志社)』
(季語と歳時記)


祇園祭の俳句:



・鉾にのる人のきほひも都かな 榎本其角



・祇園会に子ら来ると言ふ口囃子  廣畑忠明



・祇園会や錦を濡らす通り雨 田中王城



・祇園会の児並び行く朱傘かな 中川四明



・ほろ酔うて祇園囃子の辻抜けたり  藤原繁子




今日は、祇園祭の山場、山鉾巡行の日だ。
千年を超える歴史を有する祇園祭は、今年も連綿として行われた。
京に住む人は勿論、京に生まれ外に出た人も里帰りをする日だ。
廣畑は家族が揃う祇園会を心待ちにしている。

昼過ぎ、BSフジで山鉾巡行の実況中継を放送していた。
約1時間の番組だが、鉾の歴史や由来の説明があり、面白かった。
戦前の映画や白黒のビデオによる昔の山鉾巡行も紹介されていたが、内容的には変わらない。
興味深かったのは昔は、山鉾の前に列をなし歩く人達が陣笠のような笠を冠っていたことだ。
今日のライブでは、笠は見かけなかった。陽射しとか雨を考えれば、冠ったほうが良いかもしれないし、浴衣の人は兎も角、上下の人はその方が格好も決まる。

山鉾巡行は、参加する祭りではないので、現場の臨場感はないがTVの実況中継も思ったより、見応えがある。勉強にもなる。
よく理解が出来た段階で、足を運んで自分の目で見れば、面白さも倍増するはずだ。

一方、参加型は、行くに限る。
ねぶた祭りは、跳ねることができるし、阿波踊りや郡上おどりは踊ることが出来る。

3日間、祇園祭の季語を取り上げた。
予想したより、例句の数が多くはなかった。
これは以外だった。

藤原のように祇園祭を見て、今日の夜道をそぞろ歩くのも魅力的だ。

機会を作って足を運ばねば。



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