菜花亭日乗

菜花亭笑山の暇つぶし的日常のつれづれ。
散歩する道筋は、日本酒、俳句、本、音楽、沖縄、泡盛、カメラに...etc

2017/05/26 日記  俳人 草間時彦の忌日 (その1)

2017-05-26 20:24:09 | (2)日記


5
26日は俳人草間時彦の忌日でもある。


『草間 時彦(くさま ときひこ、1920年(大正9年)51- 2003年(平成15年)526日)は、神奈川県出身の俳人。

経歴
東京府に生まれ、神奈川県鎌倉で育つ。祖父・草間時福は愛媛県松山英学校(のちの松山中学)の校長を務めた後、東京で民権派ジャーナリストとして活躍した人物。父草間時光は水原秋桜子に師事した俳人で鎌倉市長を務めたこともある。

結核のため20歳で学業を断念、旧制武蔵高等学校中退。逗子にて療養し文学に熱中。1949年、水原秋桜子に師事して俳句を始める。同年結婚。1951年、三井製薬に入社、25年の間サラリーマンとして勤める。1953年、秋桜子の「馬酔木」を退会、55年、復刊した「鶴」に入会し石田波郷に師事。1955年、第2回鶴賞受賞。俳句のほか随筆、評論でも健筆をふるう。

1975
年、俳人協会常務理事。1976年、「鶴」同人を辞し無所属。1978年、俳人協会理事長に就任(93年まで)、俳句文学館の建設に尽力。1987年、鴫立庵第21世庵主。同年に訪米、以後たびたび欧米を訪れ、、国際俳句交流協会顧問も務めた。1999年、句集『盆点前』により第14回詩歌文学館賞、2002年、句集『瀧の音』により第37回蛇笏賞受賞。2003526日、腎不全により鎌倉の病院にて死去。

代表句に「冬薔薇や賞与劣りし一詩人」「大粒の雨が来さうよ鱧の皮」など。勤め人としての自身の生活を詠んだ句が「サラリーマン俳句」と呼ばれ、また無所属となって以降好んで作った料理に関する句が「グルメ俳句」と呼ばれ親しまれた。句風は軽妙洒脱ながら、その底流には病や戦争、肉親との死別を経たことによる、死を近しく感じて生きる態度がある。晩年は久保田万太郎風のしみじみとした句境に至った(『現代俳句大事典』「草間時彦」より)。

句集
序数句集

   
『中年』 竹頭社、1965
   
『淡酒』 私家版、1971
   
『櫻山』 永田書房、1974
    
『朝粥』 東京美術、1979
   
『夜咄』 東京美術、1986
   
『典座』 永田書房、1992
   
『盆点前』 永田書房、1998
   
『瀧の音』 永田書房、2002

選集など
草間時彦集』 俳人協会〈自註現代俳句シリーズ〉、1981
『花神コレクション〔俳句〕 草間時彦』 花神社、1994
『草間時彦集』 俳人協会〈自註現代俳句シリーズ続編〉、1998
『池畔』 ふらんす堂〈ふらんす堂文庫〉、2003
『草間時彦集』 俳人協会〈脚註名句シリーズ〉、2007年』
Wikipedia



草間時彦の俳句は、言葉、レトリックより感情、想いに魅力がある。

ネット上の草間時彦の句を集めてみた。
(数字は単なる番号で意味はない。)


001
膝折ればわれも優しや二輪草
002
おとろへてあぢさゐ色の齢かな
003
鱧食べて夜がまだ浅き橋の上
004
くすり湯を出て鯛焼を買へりけり
005
天守まで聞こゆ農夫の花見唄
006
魚が氷に上るを待てり石に坐し
007
ひとしやもじ加へし味噌やくぢら鍋
008
愚直なる色香の蘇枋咲きにけり
009
御田植や今日めづらしく空晴れて
010
ポインセチア愉しき日のみ夫婦和す
011
浜町の路地の昔や蚊喰鳥
012
生海胆が咽喉にとろりと春ふかし
013
人死んでまた死んで年新たなり
014
白湯一椀しみじみと冬来たりけり
015
紅葉暮れ人の顔暮れ消えにけり
016
日あたりへ出たがる膝やすぐき剥く
017
ほろほろとしほがまこぼる夏茶碗
018
夜明けつつ青麻畑の高さかな
019
あんみつの餡たつぷりの場末かな
020
初天神欠けし硯に欠けし墨
021
蒸鰈焼くまでの骨透きにけり
022
春筍祖母の里より賜はりぬ
023
うつむきしまま了りけり温め酒
024
水霜と思ふ深息したりけり
025
横ざまの雨もろともや竹煮草
026
かりがねの冬や長浜大通寺
027
形代や水なめらかになめらかに
028
崩れ簗崩れ番小屋ありにけり
029
休日は老後に似たり砂糖水
030
花を見しまなうら白く睡るかな
031
公魚をさみしき顔となりて食ふ
032
味噌漬のぐぢが食べごろ春星忌
033
月白もなく上りけり後の月
034
雁過ぎしあとむらさきの山河かな
035
柔道着で歩む四五人神田に冬
036
石の上春の霰の鮮しき
037
夕月や梅酢に漬けし茗荷の子
038
家裏へ廻る夕日や花みづき
039
大粒の雨が来さうよ鱧の皮
040
寒餅やことに胡麻餅豆の餅
041
埋火や恋句あはれの七部集
042
春へもう一息の田を登校児
043
機嫌悪き日や八方に黐の花
044
ポインセチアこころに人の棲まずなりぬ
045
南天の花の向うの庭木かな
046
好色の父の遺せし上布かな
047
春暁やあさき夢見し夢の中
048
旅三日夕凪地獄三日かな
049
きぬかつぎ指先立てて食うべけり
050
砂利山を高きへ登るこころかな
051
初雛の大き過ぎるを贈りけり
052
点滴の一滴づつの秋の暮
053
夕茜して鷽のゐし雪後かな
054
体育の日なり青竹踏むとせむ
055
出船あり春外套に夕日沁む
056
じゃんけんのぐうは霜焼にぎりしめ
057
大根蒔く三浦半島晴れし日に
058
老松の裾の小松の新松子
059
若さとも老とも妻の白上布
060
旅人のものうき刻のリラの花
061
やすらかに死ねさうな日や濃山吹
062
日本間を洋間仕立や革布団
063
あらせいとうばたけの中の葱畑
064
情事に似たりこもりて鯨煮ることよ
065
浦島草夜目にも竿をのばしたる
066
蓬餅草の香濃しや物部川
067
がうがうと黄落の音したりけり
068
颱風や四肢いきいきと雨合羽
069
手袋白し森に遊べる一少女
070
庭先へ廻りて一つ草の餅
071
としよりやとつくりスエターまへうしろ
072
少年の素足吸ひつく五月の巌
073
風敏し花野の中の吾亦紅
074
からす麦の四五本なるが黄熟す
075
酔ふことを急いでゐたり霜の声(1920-)
076
クロッカス光を貯めて咲けりけり

077
千年の杉や欅や瀧の音
078
押入の奥にさす日や冬隣
079
冬薔薇や賞与劣りし一詩人
080
跼まれば消えたる風や松露掻
081
めしといふ看板ありて道頓忌
082
御霊とは悪霊なりし祭かな
083
ひぐらしに肩のあたりのさみしき日
084
日だまりは婆が占めをり大根焚
085
波郷忌や今年は黄葉おくれつつ
086
だらしなく酔ひて四温の帽子かな
087
老人の日喪服作らむと妻が言へり
088
なかんづく腎のあやしき大暑かな
089
くらがりに溶け入る髪や盆支度
090
甚平や一誌持たねば仰がれず
091
雪山の底なる利根の細りけり
092
空冷えて来し夕風の辛夷かな
093
いとど跳ぶ家を砦として出でず
094
落鮎の皮のゆるびて大いなる
095
ねぢれたるちよろぎを噛める前歯かな
096
新涼の甚平に裾なかりけり
097
秋鯖や上司罵るために酔ふ
098
父と子の水着あゆめり逗子銀座
099
三月やレモン噛み来し妻の唇
100
花曇り椿曇りの虚子旧居





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2017/05/26  日記  俳人 草間時彦の忌日 (その2)

2017-05-26 20:15:24 | (2)日記



101
少し派手いやこのくらゐ初浴衣
102
まんさくやひたすら濡るゝ崖の傷
103
年よりの食の細さよ土筆和
104
海岸日傘中年男ひとりをり
105
退屈をたのしんでゐる安居かな
106
まつくらな海がうしろに切子かな
107
てんぷらの揚げの終りの新生姜
108
投たいまつ投げよ地の闇天の闇
109
人の世に男女のありて秋彼岸
110
とろとろと骨正月の鍋の底
111
巣箱ありみどりさす手をかざしつつ
112
迎へ火や瀬音の中の一家族
113
磯山を溢れて海へ百千鳥
114
土用鰻息子を呼んで食はせけり
115
むし鰈焼かるるまでの骨透けり
116
華麗なる寝茣蓙の上の齢かな
117
新牛蒡あぶらは胡麻の匂ひけり
118
すぐくらくなる侘助の日暮かな
119
行春や辛目に煮たる湖の魚
120
落し水闇もろともに流れをり
121
木の葉髪酔ひて睡りし机かな
122
エリカ咲くひとかたまりのこむらさき
123
さくらしべ降る歳月の上にかな
124
炭斗や母の手届く置きどころ
125
嫁菜摘む裾ひえびえと風通る
126
遅ざくら朝日優しく上りけり
127
茶が咲いて肩のほとりの日暮かな
128
水割に始まる年酒宥されよ
129
老いの母やとうとうたらり屠蘇の酔
130
すもも咲き寂しさの肌ねむくなり
131
百貨店めぐる着ぶくれ一家族
132
人嫌ふこと許されず鳥頭
133
ミシン椅子秋夜の妻の臀剰り
134
スープ煮る腰高鍋の去年今年
135
葛水やまま母まま子老いにけり
136
寿福寺の大寒の落椿かな
137
嘆くとき顔の前なる種瓢
138
煮凝や父在りし日の宵に似て
139
山葡萄ひと日遊びて精充ちて
140
白くさむく枯蓮の裾透きにけり
141
冬の夜や小鍋立して湖の魚
142
風ゆきて紅透きとほる蕎麦畑
143
犬にのみ許す心や秋時雨
144
台風や四肢いきいきと雨合羽
145
まゆ玉や嘆かひの詩の万太郎
146
畳の目雪垣解きし日矢遊ぶ
147
水音もあんずの花の色をして
148
種茄子を洗ひざらしの雨降れり
149
減塩も減量も無理初湯かな
150
夜天より大粒の雨花篝
151
老い母やとうとうたらり屠蘇の酔
152
寒牡丹ぬくめむと息近寄せぬ
153
初松魚燈が入りて胸しづまりぬ
154
老の恋春の時雨はすぐやみて
155
青饅や島に泊れば波の音
156
冷房にひと日をり胸痩せにけり
157
柿食へと天より声や子規波郷
158
砂利採の唄ちぎれ飛ぶ雪解風
159
越爪の荷車大き門を入る
160
うそ寒くゴルフ談議の辺に侍すも
161
むらさきしきぶかざせば空とまぎれけり
162
冬ふかしとつぶやけば又深くなりぬ
163
煮くづれし蕪を小鉢にみぞれけり
164
掌に満てり音のさみしき胡桃たち
165
誰が死ぞぎくりと電話秋の暮
166
水底を水の流るる寒露かな
167
飛ぶ雪やえんぶり太鼓のけぞり打つ
168
葭障子細身の風の来たりけり
169
二夜三夜過ぎし八十八夜かな
170
父なくて柊を挿す母の背よ
171
鯖うまくなりて九月や雨ばかり
172
初花やななめに降つて山の雨
173
大粒のしばしを虎ヶ雨とかな
174
秋風や昼餉に出でしビルの谷
175
木蓮や母の声音の若さ憂し
176
鳥雲に修羅の遊びの月日かな
177
蚊帳吊草昼酒のややふかかりし
178
とろけるまで鶏煮つつ八重桜かな
179
口切や織部らしきを大切に
180
顔入れて顔ずたずたや青芒
181
瞳上げ顎引き新入社員が吾に礼す
182
老後とは死ぬまでの日々花木槿
183
干鰈焼くまでの骨透きにけり
184
年越や使はず捨てず火酒壷
185
寒餅や母のうしろに夜の色
186
熟れ柿を剥くたよりなき刃先かな
187
きらきらと雨は磯打つさより舟
188
絽の喪服涙通さむばかりにて
189
冷まじや人の門出て夜の顔
190
霜枯に柩打つ音こだませず
191
鉄橋を夜汽車が通り鮭の番
192
十夜鉦障子灯るを待ちかねて
193
窓の下を河流れゐる年忘れ
194
小平に落葉はじまる源義忌
195
十能の火のめでたさよ氷柱宿
196
佐久島や椿明りの厠紙
197
笹山に日のさざなみや春祭
198
風垣の裾くぐり出し女の子
199
ぬくもりて来し指先や福寿草
200
みりん干しあぶる香のあり春の昼




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2017/05/26 日記 俳人 草間時彦の忌日 (その3)

2017-05-26 20:12:16 | (2)日記


201
老い母は噂の泉柿の秋
202
畦豆に信濃の霧の凝りにけり
203
寒明や横に坐りて妻の膝
204
白鳥よ日かげればすぐ雪降り出す
205
不器男忌の過ぎし野山の初桜
206
年の豆噛みつつアガサクリスティー
207
足もとに点るむらさき諸葛菜
208
恋の座の狼籍となる初懐紙
209
汽笛愉し梨棚乙女一瞬過ぎ
210
夕空や切先のぞく軒菖蒲
211
まつすぐに落つ雨の日の朴落葉
212
さうめんの淡き昼餉や街の音
213
木枯に乗りて鴎となりにけり
214
燗熱うせよ臥待も更けたれば
215
胡桃噛むバッハは真面目すぎていや
216
まむし草蕊覗かむと指触るる
217
雨の音牡丹根分をせし夜かな
218
えんぶりの笛恍惚と農夫が吹く
219
夫婦老いどちらが先かなづな粥
220
みづうみや水草紅葉も枯れそめて
221
うろたへて嘘言ふ老母のつぺい汁
222
停年を妻言へり松納めつつ
223
老の手に酒わなわなと宵祭
224
朝夕のめつきり冷えて源義忌
225
蝿帳や隅にころげて茹玉子
226
水よりも土が濡れゐて額咲けり
227
摺鉢は膝でおさへて山椒の芽
228
盆点前庭面いよいよ茂りたる
229
とんとんと年行くなないろとんがらし
230
月代や少し前行く妻の肩
231
さらしくぢら浅草に来てすこし酔ふ
232
春浅き鞍馬街道貴船かな
233
かぐはしき磯の香ありてお元日
234
さびしくて牡丹根分けを思ひ立つ
235
老人やまた大げさに威銃
236
年よりは風邪引き易し引けば死す
237
杉山の影の来てゐる晩稲刈
238
いつまでも明るき野山半夏生
239
輪飾や海辺に棲めば海の風
240
マラソンのあとクローバーに伏し息す
241
杉山にただよふ雲や花見唄
242
ふぐちりや長く真青の竹の箸
243
賞与得てしばらく富みぬ巴旦杏
244
塩の香のまづ立つ干鱈あぶりをり
245
捩花のまことにねぢれゐたるかな
246
わが世すでに終つてゐたる肩布団
247
坂の上は風吹いてゐる端午かな
248
かなかなや裏窓明けて裏の山
249
逢ひに行く開襟の背に風溜めて
250
あたたかし脚組み替へて待つことも
251
比良八荒諸子がうまくなりにけり
252
峠まで一本の道雁渡し
253
白足袋の熔岩原を踏み行けるかな
254
文学少女が老いし吾が妻茨の実
255
水割りの水にミモザの花雫
256
終弘法丹波黒豆値切りけり
257
古利根の今の昔の蒲の花
258
肱川に夕霧の湧く師走かな
259
なめくぢの列くらやみを進み来る
260
しろがねのやがてむらさき春の暮
261
外套やすみれ色なる比叡見ゆ
262
妻が言へり杏咲き満つ恋したしと
263
枯芭蕉いのちのありてそよぎけり
264
木枯や別時念仏真の闇
265
春泥を飛びこえとびこえ南禅寺
266
猟銃の鉄の感触少女に貸す
267
水仙や寝酒そのまま深酒に
268
喇叭水仙希臘の壷に挿し剰り
269
若葉冷えて三田に山本健吉忌
270
色鳥やきらきらと降る山の雨
271
くたびれてぐしゃんと坐るあたたかし
272
陸橋に満つ朝寒の女学生
273
すさまじく人を愛せし昔かな
274
原爆ドーム仔雀くぐり抜けにけり
275
郭公の声のしづくのいつまでも
276
月曜は銀座で飲む日おぼろかな
277
雨ごもり筍飯を夜は炊けよ
278
青年に妻の好意や栃咲けり
279
海紅豆咲き焼酎の甕ひとつ
280
葉鶏頭出窓一杯燃えてをり
281
株安きままの今年の大服茶
282
外套の胸の底まで荒野かな
283
苦瓜を噛んで火山灰降る夜なりけり
284
菊の雨巴里を想へばつのりけり
285
薄氷をさらさらと風走るかな
286
太棹を三本揃へ初芝居
287
葛切やすこし剰りし旅の刻
288
父ほどの放蕩出来ず柚子の花
289
青嵐しのぶもじずり石ひとつ
290
橋わたる焼藷屋台犬ともなひ
291
年木負ふ胸伏せ眼を上げ裏日本
292
真白なる湯気の釜揚うどんかな
293
身の程に気付きし秋の深さかな
294
東京に桂信子や草城忌
295
葛湯煮て寝そびれ夫婦あそびをり
296
花茣蓙や寝ねし重さに妻の胴
297
小豆粥すこし寝坊をしたりけり
298
山国の暮れ切るまでや杏花村
299
みぞそばの信濃の水の香なりけり
300
坂下りて喪の家に入る秋の暮



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2017/05/26  日記 俳人 草間時彦の忌日 (その4)

2017-05-26 20:08:28 | (2)日記


301
眼あげ顎引き新入社員が吾に礼す
302
湯葉の香の一椀賜ふ安居かな
303
朽ちしマスト風葬のごと寒鴉集ふ
304
岬へのみちはいつぽん雪女郎
305
雨夜なり爪立てて剥く青蜜柑
306
白妙の湯気の釜揚うどんかな
307
すぐ散つてしまふポピーを買ひにけり
308
羽蟻の夜死後のあれこれ指図して
309
みちのくや厠もつとも虎落笛
310
北窓を開く嘗ての祖母の部屋
311
露寒や今朝やや延びし使者の髯
312
西陣や織子老いたる初地蔵
313
くらがりの稲架を見てゐる喪の眼かな
314
冷え過ぎしビールよ友の栄進よ
315
茄子焼いて母の世わが世終りけり
316
畜生の肉も交へつ寒施行
317
夕顔に乳ふくますはしずかなり
318
花冷の百人町といふところ
319
葉がくれの朱の鮮かや仏桑華
320
しめぢなます吾が晩年の見えてをり
321
ねんごろに贋端渓を洗ひけり
322
おいぼれにあらず吾こそ生御魂
323
鎌倉や松の手入を谷戸の音
324
一本の道両側の秋の暮
325
老人の日や敬ひて呉れるなよ
326
夕月は水色なせる黐の花
327
あやとりの綾の鼓となりて終ふ
328
暫しゐてまた木の実落つ父母の墓
329
寒の菊乾きて咲けり妻も他人
330
妻ふくれふくれゴールデンウイーク過ぐ
331
山國の空に游べる落花かな
332
ネクタイをする日しない日いてふ散る
333
事務服の吹かれ走りや十二月
334
石菖や茶室に棲みしひと昔
335
青梅雨の宙にただよふ朴の花
336
桔梗一枝狐がくはへ来りけり
337
チューリップの色溶け入りてねむき眼よ
338
女身濡れてプール出づるを羨望す
339
怠惰また身を守るすべか夕凪す
340
飛竜頭の中のぎんなん冬ごもり
341
ひたひたと水は野に満つ貝割菜
342
うそ寒の起居の中の川の音
343
色欲もいまは大切柚子の花
344
キャベツ買へり団地の妊婦三人来て
345
父なくて檻の狐に歩をとどむ
346
紫蘇の香やたまたま着たる藍微塵
347
ジヤケツ厚し落葉焚きゐし香をこめて
348
氷頭膾前歯応へて呉れにけり
349
菊なます鍋島は藍佳かりけり
350
菖蒲根分水をやさしう使ひけり
351
寒行が歩むちひさき埃立て
352
きしませて帯を纏く妻青木の実
353
芋子汁振り向くたびに地蔵岳
354
裏白に夕日しばらくありにけり
355
水割も身に入む酒となりにけり
356
好色の父の遺せし上布かな
357
起きぬけにシャワー浴びたる芙蓉かな
358
初凪の安房の礁のこむらさき
359
水やはらか春大根を洗ふとき
360
南天を食べに来る鵯寝正月
361
水洟や石に腰かけ日暮待つ
362
東風吹くや残業食に咽喉かわき
363
芒種なり水盤に粟蒔くとせむ
364
蝿帳に古漬その他母の昼
365
老いざまのかなしき日なり実千両
366
冷房にゐて水母めくわが影よ
367
童子にも受験苦三寒四温かな
368
黄八丈色に石蕗咲き妻が着て
369
悪筆をこの頃恥ぢず鴨足草
370
葱刻む音にさそはれ灯が早し
371
草萌えてドボルザークが聞きたき日
372
茸狩や峠の奥の遠き山
373
大根焚あつあつの口とがりけり
374
初大師曇ればすぐにしぐれきて
375
佳き友は大方逝けり藪柑子
376
裾重く聖尼ばかりの木苺摘み
377
紫蘇の実や子を得ていよゝ隠れ栖む
378
霜除の藁かぐはしや鶯巣駅
379
土の冷え膝にのぼり来花蓆
380
車組む道が乾けば道に出て
381
簗掛の水をなだめてゐたりけり
382
処暑なりと熱き番茶を貰ひけり
383
板の間に敷く座布団や納豆汁
384
破滅型詩人絶えたり芋嵐
385
バーを出て霧の底なるわが影よ
386
逢ふことの鍋焼うどん食べつつよ
387
鈴虫を塞ぎの虫と共に飼ふ
388
匙重くなりて葛湯の煮えにけり
389
きじやうゆの葉唐辛子を煮る香かな
390
三ヶ日過ぎたる鯖の味噌煮かな
391
淡々と日暮が来たり花八つ手
392
初天神妻が真綿を買ひにけり
393
山国の空に游べる落花かな
394
籠青し翳かさねたる寒卵
395
夕支度春菊摘んで胡麻摺つて
396
恋せむには疲れてゐたり夕蜩
397
運動会授乳の母をはづかしがる
398
夕市や顔いかめしき鯒かさご
399
絨毯に坐せる少女を見下すも
400
寒紅梅夕暮艶となりにけり



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2017/05/26 日記  俳人 草間時彦の忌日 (その5)

2017-05-26 20:06:02 | (2)日記


401
梶の葉にぴんぴんころり願ひけり
402
咽喉太き牛をあんずの花の中
403
竹落葉土ねむたげに迎へけり
404
桜咲くを病みて見ざりき散るときも
405
仔雀や雛菊千が地を埋めて
406
青柚子やいつまでも夜の浅くして
407
はげますや秋暁の胸ひきしぼり
408
枯山の影の来てゐる晩稲刈
409
暦売るリア王のごと地に座して
410
顔見世や百合根ふつくらお弁当
411
冬至までひと日ひと日の日暮かな
412
朱の盆に載せて丹波の雪うさぎ
413
青梅雨に負けてくづれしひと日かな
414
足もとはもうまつくらや秋の暮
415
手首より覗く冬襯衣わが神父
416
老いぼれてしまひぬ菖蒲酒ふくみ
417
立ちどまり顔を上げたる冬至かな
418
木の卓にレモンまろべりほととぎす
419
瓜の花夫婦かたみに俸待つも
420
風愉したんぽぽの絮少女の髪
421
縞目なす森の朝日や狩の犬
422
春着乙女が礼して過ぎぬ誰なりし
423
ままははも老いて行水したまへり
424
休肝日京人参の紅きかな
425
心濁りて何もせぬ日の百日草
426
暮れてより白きあやめの盛りかな
427
蓬莱や海を見に行く佐田岬
428
復活祭赤き卵は子規も喰ひき
429
畳屋の肘が働く秋日和
430
口の中汚れきつたり鰯喰ふ
431
擂鉢は膝でおさへて山椒の芽
432
夏の河美貌の少年工が佇つ
433
三月の風は移り気花売女
434
牡蠣食べてわが世の残り時間かな
435
蒸鮓や新派観にゆく話など
436
夜の色となりゆく海鼠すすりけり
437
橋わたることの愉しさ柳の芽
438
終弘法飄とも 茨木和生 倭
439
塩打ちし寒鰤の肌くもりけり
440
花八つ手生き残りしはみな老いて
441
すぐき桶しぐれの石を三つ吊れり
442
いやなことばかりの日なる寝酒かな
443
馬車の荷の百花に風や復活祭
444
捨菊や非常階段裏見えて
445
いつのまに曇りし空やかぶらむし
446
賜りて蕾ばかりや菊供養
447
哭きながら鶏頭を追ふ男かな
448
じぶ椀を熱くあつくと雪起し
449
夏葱を刻む乾きし刃音にて









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2017/05/26 日記 木戸孝允の忌日

2017-05-26 19:58:59 | (2)日記

2017/5/26 (金) 旧暦:51日 祝日・節気: 朔 日出 :429分 日没:1847分 月出:456分 月没:1907分 月齢:0.3 干支: 癸丑 六曜: 大安 九星: 八白土星

今日のあれこれ: 木戸孝允の忌日

clip_image002
Wikipediaより転載)

1877
年(明治10年)526日、木戸孝允は西南戦争鎮圧のため京都に来ていたが、持病が悪化し、急逝した。
幕末・明治の元勲であるが、享年は満43歳であった。

幕末・明治の動乱期を生き、日本の近代化に腐心した木戸は、最後の動乱の終わりを見ること無く生を終えた。

病魔に侵され、臨終の床にあった木戸は、見舞いに訪れた大久保利通の手を取り、意識が朦朧とする中、
「西郷もまた大抵にせんか、予今自ら赴きて之を説論すべし」と言葉を発したと言う。

43
歳で仕事を成し遂げたのは素晴らしい。
惜しむらくは、長生きすれば明治維新も少し変わった結果になっtのかも知れない。




データ】

木戸孝允
Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E5%AD%9D%E5%85%81





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2017/05/25  日記  一切唯心造

2017-05-25 19:57:00 | (2)日記

2017/5/25 (木) 旧暦:430日 祝日・節気:  日出 :429分 日没:1846分 月出:407分 月没:1757分 月齢:28.61 干支: 壬子 六曜: 先負 九星: 七赤金星

今日のあれこれ: 禅語 「一切唯心造」

clip_image001

(おてらさん 一日一禅
http://ameblo.jp/zuiunzan/entry-11565326479.html
より転載



「一切唯心造」は華厳経の中に出てくる文で、全体は以下の通りである。

若人欲了知 三世一切仏
応観法界性 一切唯心造

読み下せば、
「若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば、
まさに法界の性、一切唯だ心の造ところと観ずべし」
となる。

これをお経として3回唱えることになっているそうだ。

この考えは、西洋の唯物論・唯心論と同じではなく、人の心の構造を語っている。

人は自分の作り出した世界に生きており、その世界はその人事によって異なっている。
人は自分で作り出した世界の中で迷っている。

地獄についての、法話がある。

白隠禅師はあるとき、一人の侍から地獄の有無を問われた。
白隠は若侍を一瞥して言う。
「貴公は見たところ立派な武士だが、いい年をして、まだ、地獄が有るのか無いのかとはあきれたことだ!」と言った。
その上、罵倒し始めた。
不忠者、親不孝、腰抜けとあらゆる罵倒の言葉を並べ立てた。

はじめは白隠の話を聴いていた侍は、武士の面目を潰されてこれまでとばかり、刀を抜いて白隠を斬ろうとする。

その時、白隠禅師は一喝する。
「それが地獄だ!」

その瞬間、侍は地獄が何か理解することができた。
自分の作り出した世界に我を失ってしまった、其処に地獄の世界があった。

人間の煩悩は除夜の鐘の数だけあると言われる。
自分の作り出す煩悩・迷いの世界に住んでいる構造を「一切唯心造」は示している。





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2017/05/24  日記  水芭蕉

2017-05-24 19:25:00 | (2)日記

2017/5/24 (水) 旧暦:429日 祝日・節気:  日出 :430分 日没:1845分 月出:324分 月没:1646分 月齢:27.61 干支: 辛亥 六曜: 友引 九星: 六白金星

今日のあれこれ: 水芭蕉

clip_image002
(無料ワイド高画質壁紙館
http://wide-kabegami.com/1366_nature/wallpapers/1366-018.html
より転載



『ミズバショウ(水芭蕉、学名:Lysichiton camtschatcense Schott)は、サトイモ科ミズバショウ属の多年草。

特徴
湿地に自生し発芽直後の葉間中央から純白の仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる苞を開く。これが花に見えるが仏炎苞は葉の変形したものである。仏炎苞の中央にある円柱状の部分が小さな花が多数集まった花序(かじょ)である。開花時期は低地では4月から5月、高地では融雪後の5月から7月にかけて。葉は花の後に出る。根出状に出て立ち上がり、長さ80 cm、幅30 cmに達する。

和名の「バショウ」は、芭蕉布の材料に利用されているイトバショウ(Musa liukiuensis (Matsumura) Makino)の葉に似ていることに由来する[1]
...
日本の主な群生地
日本の各地に多数の群落がある。「夏の思い出」(作詞:江間章子、作曲:中田喜直)で歌われているが、実際に尾瀬沼でミズバショウが咲くのは5月末ごろ、これは尾瀬の季節でいうと春先にあたる。江間はミズバショウが夏の季語として歳時記に掲載されていることから夏と表現した。また二十四節気においても夏にあたる。北海道南部の大沼国定公園においても群落が多数あり場所により開花の時期が違う、駒ヶ岳の噴火によってできた湿地であったり水の溜まる地形が多い為にミズバショウには適した地といえる。田中澄江が『新・花の百名山』で、薬師岳と北ノ俣岳の間にある「太郎兵衛平」を代表する花の一つとして紹介した[2]
...
利用
葉などの汁にはシュウ酸カルシウムが含まれ、肌に付くとかゆみや水ぶくれを起こすことがある。

根茎はかつて腎臓病や便秘などの民間薬として利用されたこともあるが、薬効についての根拠はなく、逆にアルカロイドが含まれているため、服用すると吐き気や脈拍の低下、ひどい時には呼吸困難や心臓麻痺を引き起こす危険があるので利用は禁物である。ツキノワグマはミズバショウの葉や花を食用とする場合があるが、これは冬眠後などに体内の老廃物等を排出するための嘔吐剤・下剤として食べるためであり、人間は絶対に真似してはならない。
...』(Wikipedia



水芭蕉の俳句:



・水芭蕉見ゆる限りの水澄めり  三関浩舟



・湿原に白帆は浮ぶ水芭蕉  菊島はな



・幻の鬼女には逢へず水芭蕉  宮原みさを




戸隠山の紅葉伝説)は、鬼女にまつわる伝説で平維茂が鬼女・紅葉と戦い、討ち捕る話として知られる。

ところが鬼無里での紅葉伝説は他と違い、鬼無里における伝承では医薬、手芸、文芸に秀で、村民に恵みを与える鬼女とされている。

鬼無里の奥裾花自然園は水芭蕉の名所として知られている。
5月中旬~下旬頃に見頃を迎える。

奥裾花自然園の水芭蕉は鬼女の化身かもしれない。




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2017/05/23  日記  桜鯛

2017-05-23 19:51:00 | (2)日記

2017/5/23 (火) 旧暦:428日 祝日・節気:  日出 :430分 日没:1845分 月出:244分 月没:1536分 月齢:26.61 干支: 庚戌 六曜: 先勝 九星: 五黄土星

今日のあれこれ: 季語 桜鯛

「鞆の浦 鯛網観光」

https://youtu.be/4H4KWi1AdQU



『桜鯛(さくらだい、さくらだひ) 晩春
子季語: 花見鯛、乗込鯛、烏賊鯛、姿見の鯛
関連季語:     
解説: 真鯛は春、産卵のため内海に集まる。雄の腹は桜色に染まり、それが桜の花時と重なることから桜鯛と呼ばれる。
来歴: 『俳諧初学抄』(寛永18年、1641年)に所出。
文学での言及: 桜鯛花の名なれば青柳の糸をたれてや人の釣りけん 言僧正公朝『夫木和歌抄』
実証的見解: マダイは、スズキ目タイ科に分類される魚で、北海道以南から南シナ海北部まで広く棲息する。体調は三十センチから七十センチくらい。大きいものになると一メートルを越えるものもある。体はほぼ楕円形で、顎が前方突き出ている。水深三〇メートルから二〇〇メートルに棲息し、小魚、甲殻類、貝類などを捕食する。頑丈な歯を持ち、甲殻類の殻も噛み砕いてしまう。春季の産卵期のマダイは脂がのっており、「桜鯛」と呼んで特に珍重す
る。』
(季語と歳時記)



桜鯛の俳句:



・豊漁にをどる日射や桜鯛  高橋好温



・糶台に跳ぬる光ぞ桜鯛  和田一



・総身に光まとへる桜鯛  あさなが捷



・本日はお日柄もよく桜鯛  松本司



・竜宮の華やぎにあり桜鯛  角野良生




5
月、6月の産卵期の鯛は、桜鯛と呼ばれ珍重される。
紅く染まった姿と力強くしまった体型は見た目も美しい。

鮪のような脂の強い魚が喜ばれるようになったのは最近で、江戸の時代から鯛は目出度いものとして祝の膳には欠かせないものだった。

目出度い理由は、七福神の布袋様が小脇に抱えているからではなく、勿論、目出鯛の語呂合わせでもない。

鯛が目出度いのは、魚の中では鯛は寿命が長く、長生きする魚だからが理由だそうだ。
魚類は短命なものが多いが、鯛の寿命は約40年と長く、江戸時代の平均寿命と大きく違っていなかった。

姿、容姿、長寿に加えて、味も良い、料理方法も選ぶことができる実用的な面でも使い勝手が良い。

筆者も、魚で何が一番好きかと言われれば、鯛と答えるだろう。
刺身でも煮付けでも焼いても美味しい。料理法が自由なので鯛のフルコースも全て美味しくいただける。

脂の乗った肉厚の鯛の造りに切れの良い日本酒の宴があったら、参加するのだが




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2017/05/22  日記  鈴蘭

2017-05-22 19:45:00 | (2)日記

2017/5/22 (月) 旧暦:427日 祝日・節気:  日出 :431分 日没:1844分 月出:207分 月没:1429分 月齢:25.61 干支: 己酉 六曜: 赤口 九星: 四緑木星

今日のあれこれ: 季語 鈴蘭

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『スズラン(鈴蘭、学名:Convallaria majalis)は、スズラン亜科スズラン属に属する多年草の一種。狭義にはその中の一変種Convallaria majalis var. keiskeiを指す。君影草(きみかげそう)、谷間の姫百合(たにまのひめゆり)の別名もある。

毒性
強心配糖体のコンバラトキシン(convallatoxin)、コンバラマリン(convallamarin)、コンバロシド(convalloside) などを含む有毒植物。有毒物質は全草に持つが、特に花や根に多く含まれる。摂取した場合、嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺などの症状を起こし、重症の場合は死に至る。

北海道などで山菜として珍重されるギョウジャニンニクと外見が似ていることもあり、誤って摂取し中毒症状を起こす例が見られる。スズランを活けた水を飲んでも中毒を起こすことがあり、これらを誤飲して死亡した例もある。

種類
スズラン属の日本在来変種はC. m. var. keiskeiのみであり、本州中部以北、東北、北海道の高地に多く自生する。北海道を代表する花として知られる。花には強い芳香がある。

観賞用に栽培されているものの多くはヨーロッパ原産のドイツスズラン(C. m. var. majalis)である。日本に野生するスズランと比べると大型で、花の香りが強い。またスズランの花茎が葉より短いのに比べ、ドイツスズランは花茎が葉と同じ長さかそれ以上に伸びる。花色は白が普通だが桃、紅などもあり、葉に斑(縞)の入った品種もある。
なお、エゾスズラン(Epipactis papillosa)はラン科の植物である。

文化
フランスでは、花嫁にスズランを贈る風習がある。また、メーデーにスズランの花を贈り合う。フィンランドの国花であり、スウェーデンのイェストリークランド地方の花でもある。』
Wikipedia



鈴蘭の俳句:



・一隅は鈴蘭の群れ陽をためて  齋藤朋子



・我が庭の鈴蘭母のかたみとも  稲岡長



・深呼吸して鈴蘭の香に浸る  和田崎増美





鈴蘭の花言葉は「再び幸せが訪れる」「純粋」「純潔」「謙遜」

―輝くように白く、かわいらしい花姿の幸せの花

スズランはキジカクシ科の宿根草で、有毒植物。北海道でも育つほど寒さに強く、頑健、花期は4月~5月で、 釣鐘型の小さい花が咲きます。園芸で栽培されているものの多くはヨーロッパ原産のドイツスズランです。

鈴蘭(すずらん)の花言葉の由来
森の守護神・レオナードが大蛇に襲われてしまいました。その時に流れた血からスズランが咲き、レオナードの傷や心を癒したという話から、このような花言葉が付いたようです。


鈴蘭の花名の由来
花名の鈴蘭(スズラン)は、花の形が神事や祭事に用いられる鈴を思わせること、葉と花が鈴のように見えることに由来します。





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2017/05/21  日記  新茶

2017-05-21 18:05:00 | (2)日記

2017/5/21 (日) 旧暦:426日 祝日・節気: 小満 日出 :431分 日没:1843分 月出:131分 月没:1324分 月齢:24.61 干支: 戊申 六曜: 大安 九星: 三碧木星

今日のあれこれ: 季語 新茶

「【新茶2017茶の葉通信】ドローンで撮影! 新茶の季節はホント気持ちいい! Tea Farm Japan / Saaki Green Tea

https://youtu.be/nQ6zZM74cRg


『新茶(しんちゃ)
一番茶と基本的に同じお茶のことですが、初物や旬のものとして呼ばれます。

さわやかな香りとうま味、甘味が特徴の「新茶」
「新茶」とは、その年の最初に生育した新芽を摘み採ってつくったお茶のこと。
鹿児島などの温暖な地域から摘み採りが始まり、桜前線と同様に徐々に北上していきます。
「新茶」と「一番茶」とは基本的に同じお茶のことで、呼び方が異なるだけです。その使い分けとしては、「一番茶」はその後に摘み採られる「二番茶」「三番茶」などと対比して使われることが多く、「新茶」は一年で最初に摘まれる「初物(はつもの)」の意味を込めて、また「旬」のものとして呼ばれる際などに使われます。

新茶の特徴は、何といっても若葉の「さわやかですがすがしい香り」にあります。また、新茶は「二番茶」「三番茶」に比べて苦渋いカテキンやカフェインが少なく、うま味、甘味の成分であるアミノ酸が多い傾向にあります。

   
八十八夜
   
茶樹は、冬の間に養分を蓄え、春の芽生えとともにその栄養分をたくさん含んだみずみずしい若葉を成長させます。それが新茶となるのです。立春(24日)から数えて88日目の日を「八十八夜」といい、昔から、この日に摘み採られたお茶を飲むと、一年間無病息災で元気に過ごせると言い伝えられています。

(伊藤園
http://www.ocha.tv/varieties/nihoncha_varieties/shincha/
より転載)


新茶の俳句:



・手締めにて始まる新茶品評会  西垣順子



・新茶の香宇治十帖を巡りたり  金田美恵子



・汲み分けて絞り切つたる新茶の香  森脇恵香



・絞りきる新茶の美しき色しづく  布川直幸



・何ごともなけれど今日の新茶かな  橋本榮治




日本には四季があり、折々の自然の恵みがある。
この季節は、海なら鰹、野なら新茶だ。
こだわることが大好きな日本人は、新物を大切にしていただく。
作る人もいただく人も同じ思いで、新しい季節に新しい恵みをいただけることに感謝する。

新茶の色、新茶の香りを確認しながら、口に含む。
甘さ、ふくらみ、渋味さえ爽やかな新茶に頷く。

橋本の詠むように今日という日に新茶があれば、それでよい、それで充分足りている。





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2017/05/21  村田諒太 疑惑の判定負け (その2)

2017-05-21 11:29:22 | (22)格闘技・スポーツ


気分の悪くなった疑惑の判定試合の夜が明け、世の中の声も聞こえてきた。
判定が公平でない・納得出来ないというのが大方で、少し気分が救われた気がした。

WBA
の会長自ら、WBAとして恥ずかしい判定だと意見表明し、再戦の指示を出している。

アメリカの本場ラスベガスのメディアも判定は不自然で、村田の117-110の勝ちとした米国のカイズJrの判定に同意するとしている。


WBA
会長の“再戦”と言うのはどういうことなのだろう?
判定に問題があれば、調べ尽くして、不正の存在の有無を確認するのが第1で、不正があれば無効試合とするべきだろう。
“再戦”ではこの判定が認められてしまうことになる。
再戦の場合は、ファイトマネーとかはどうなるのか?
問題が拡大しないように火消しをしているとしか思えない。

エンダムは、“東京の皆さんは、外国人の私に対してもフェアな評価をしてくれる人たちだと思っていた。実際その通りだった。”と話しているが、日本人を馬鹿にしている。
エンダムが勝ったとは思っていないし、判定も嘘と思っているが、騒ぎを起こして暴力事件にするような国民でないだけだ。

古くはシドニーオリッンピック柔道で篠原がフランスの選手との決勝で審判の誤審で負けになった。世紀の誤審だと言われているが、不正があったかもしれない。
その時の篠原も今回の村田も審判・判定には文句は言わない・判定には従うような発言をしているが、これもどうだろうか。
不正は明らかにすべきで、不正のまま終わらすべきではない。

プロボクシングの試合での判定は、疑惑が入り込む余地がある。
問題を起こさないためには、KOで勝つしか無い。
この試合でも4Rのダウンシーンの後、KOまで詰めてしまえば、疑惑の判定は起きなかった。

村田が今後もボクシングを続けるのであれば、プロの試合はKOしか無いと覚悟して、練習をし、試合に望むべきだ。
村田がK1の武尊のファイティングスピリットを持ったら、ミドル級でも強いチャンピオンになることができる。



『WBA会長、村田―エンダム再戦指令 ツイッターで「怒りと謝罪」表明
スポニチアネックス5/21() 8:51配信

clip_image001
エンダム(左)に判定で敗れた村田

ボクシングのWBA世界ミドル級王座決定12回戦(20日、東京・有明コロシアム)で村田諒太(31=帝拳)がアッサン・エンダム(33=フランス)に1―2の判定で敗れた結果に対し、WBAのヒルベルト・メンドサJr会長が“再戦指令”を出した。

【写真】スタンドで観戦した元WBA世界ミドル級王者の竹原慎二氏もガックリ

メンドサ会長はツイッターで、自身がつけた採点表を公表し、117―110で村田の勝ちとした上で「DIRECT REMATH(再戦)」と書き添えた。「私は公正な採点が下すことができないスポーツに怒りと不満を覚える。私の採点では村田が117―110で勝っていた。村田諒太と帝拳プロモーション、日本のボクシングファンにお詫びしたい。ひどい判定がもたらすダメージをどう回復させたらいいか、言葉が見つからない。私はチャンピオンシップ委員会に再戦を要求する」と声明を発表した。

村田―エンダム戦はジャッジのラウル・カイズ・シニア(米国)が117―110で村田を支持したが、グスタボ・オパディージャ(パナマ)は116―11で、ヒューバート・アール(カナダ)は115―112で、いずれもエンダムを支持。帝拳ジムの本田明彦会長は「これまでで一番ひどい採点」と怒りをあらわにし、「リマッチ?やりたくないですよ」とWBAへの不信感を示していた。』(スポニチアネックス)


『海外メディアも村田諒太の不可解判定負けを「判定に疑問」と報道
THE PAGE 5/21(
) 6:10配信



clip_image002[7]
村田がグロッキー寸前にエンダムを追い詰めたが不可解判定負け(写真・山口裕朗)

WBA
世界ミドル級王座決定戦でロンドン五輪金メダリストで同級2位の村田諒太(帝拳)が、同級1位で元世界王者のアッサン・エンダム(フランス)に不可解な判定で敗れた試合を海外メディアも問題視した。
ジャッジ3人の採点はパナマのパディリアが111116、カナダのアールが112115でエンダム、米国のカイズJr117110で村田とし、3人のうちカイズJrだけが村田を勝者とする採点をしていた。米国ラスベガスに拠点を置く、ボクシング専門のニュースウェブサイト「ボクシングシーン・ドット・コム」では、「議論を呼ぶ21の判定で、エンダムが村田に勝った」という見出しをつけて報じた。



「エンダムは地球の反対側にある東京の有明コロシアムまで移動し、そこでその国のスターであるリョウタ・ムラタを破ったことは彼の最大の名誉である。そして、これは2017年の大逆転勝利のひとつであり、疑いのある結果のひとつであるだろう」と判定については疑問があるとハッキリと伝えた。

「エンダムは第4ラウンドの終わりにダウンを奪われたが、これを乗り越え、村田のホームカントリーである日本で21の判定で勝った。論争になっている勝利によってエンダムはWBC世界ミドル級のタイトルを勝ち取った」とも表現した。

執筆したスカチェフ記者は、この試合を振り返りながら「このファイトはムラタの手の中にあるように思われた。アナウンサーが最初の採点カードを読み上げ、フランス人のほうが上回っていると告げたときには、苦い驚きがあった。3枚の採点カードが読み上げられ、エンダムの勝利が発表されたときには、驚きがショックへと変わった」と、判定が不可解に感じたことを明かしている。

そして記事では「ボクシングシーン・ドット・コムは、カイズの採点に同意した」と、3人のジャッジのなかで117110で村田を勝ちとするポイントをつけたカイズの採点が妥当であるとした。

さらに「なぜならエンダムが勝ったようには全く見えなかったからだ」と付け加えた。

この記事が掲載されてから数時間で70以上の読者コメントが投稿された。

「接戦だったと思うけど、再戦が必要だと思う」
「ジムの政治的な何かがあるように見えた。結果に大笑いしてしまった」。
「見聞きした限りでは、村田は勝ちを略奪されたようだ」
「胸が悪くなるような結果」
「事実として、村田はファイトをコントロールしていた」

読者コメントのほとんどがエンダム勝利の判定に納得できないとしていた。



また、「ボクシングニュース24・ドット・コム」では、元WBOクルーザー級王者のエンゾ・マカリネリとWBAのヒルベルト・メンドーサ会長のツイッターでのやりとりを取り上げた。

同ウェブサイトによると、マカリネリが「どうしてジャッジたちの採点がこんなにも違うのか」と3人のジャッジの採点がバラバラだったことを疑問視。これに対し、メンドーサ会長は「このようなこと(ジャッジの採点にバラつきがあったこと)が起こって当惑している。我々は(ジャッジの)トレーニングと検定にとても時間を費やしているのだから」とマカリネリの疑問に答えたそうだ。

「ボクシングニュース24・ドット・コム」のジム・ダワー記者は「このファイトでは村田のほうが明らかによいファイターであると私は思った。しかし、私はジャッジではない」と記事を皮肉で締めくくった。

海外リングでも注目のミドル級王座の不可解判定は世界的規模で騒動に発展しそうだ。
』(THE PAGE


『判定勝ちのエンダム「村田選手はコンプリートな選手ではなかった」
デイリースポーツ5/20() 23:15配信

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11回、アッサン・エンダムのパンチを必死によける村田諒太=有明コロシアム(撮影・棚橋慶太)

「ボクシング・WBA世界ミドル級王座決定戦」(20日、有明コロシアム)

ロンドン五輪男子ミドル級金メダリストで同級2位の村田諒太(31)=帝拳=が1-2(111-116、112-115、117-110)の判定で、同級1位のアッサン・エンダム(33)=フランス=に敗れ、世界初挑戦での獲得はならなかった。

【写真】目を潤ませる村田「正直胸騒ぎがした」

ダウンを奪われながらもスプリットの判定を制したエンダムは勝利に納得の表情を浮かべた。「12回を戦い終えて村田選手より多くのラウンドを取って勝ったと思った。でも敵地なので確信はなかった」と、疑問がささやかれる判定について振り返った。

試合には左ジャブで距離を取る作戦で臨んだ。「村田選手は右のパンチが強いが、コンプリートな選手ではない。自分はそこをついた。彼は若く未来のあるボクサー。キャリア12戦でこの試合を経験したことで得たものもあるだろう。将来は王者になる選手だと思う」と拳を交えた相手を評した。

今後は強豪のひしめくミドル級で、最強と評価されるゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)との対戦も視野に入れていく。「東京の皆さんは、外国人の私に対してもフェアな評価をしてくれる人たちだと思っていた。実際その通りだった。また東京で試合ができればうれしいです」とメッセージを残した。』
(デイリースポーツ)





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2017/05/20 比嘉大吾がKOでWBCフライ級王者になる

2017-05-20 23:01:45 | (22)格闘技・スポーツ


この試合はKOだから文句はなかった。
比嘉のパンチは強い、一発で相手を倒す力がある。

身体が大きそうなので、今後は体重管理が重要になる。
今日のエルナンデスは、それで王座を剥奪された。


『比嘉、具志堅会長に恩返し=ボクシング世界戦

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WBCフライ級王座を獲得し、所属ジムの具志堅用高会長(左)と喜ぶ比嘉大吾=20日、東京・有明コロシアム

比嘉が持ち前のパンチ力を発揮し、世界初挑戦で新王者に。右構えから頻繁にスイッチするエルナンデスに幻惑されず、強烈な左フックをたたき込んで2回に最初のダウンを奪った。さらに5回に1度、6回には4度倒して圧勝。「捕まえられる自信があった。うまく接近戦に持ち込めた」と圧勝を振り返った。

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WBCフライ級タイトルマッチの6回、エルナンデス(左)をノックアウトする比嘉大吾=20日、東京・有明コロシアム

前日の計量で相手が体重超過により失格。比嘉が勝てば新王者になり、負けか引き分けで王座は空位になる条件だったが、集中力を持続した。
沖縄出身で25年ぶりとなる正規の世界王者となり、デビュー戦から13戦連続KO勝ち。沖縄・宮古工高時代にボクシングの道へ導いてくれたのは同郷の具志堅用高会長で、「恩返しができて本当に幸せ」。日本ボクシングコミッション非公認のWBA暫定王者を除き、ジムで初の男子世界王者誕生。具志堅会長は「比嘉は本当にいいボクサー。褒めてやってください」と感無量だった。 (2017/05/20-22:05) 』
(時事通信)




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2017/05/20  村田諒太  疑惑の判定負け

2017-05-20 22:59:13 | (22)格闘技・スポーツ


終始圧倒し、ダウンも奪った村田が2-1で安定負け。
あっと驚く結果だった。
このようなボクシングの判定結果は見たことがない。

後味の悪い試合だ。

エンダムという選手の過去、エンダムの勝ちを判定した2名の審判の公平性を調査する必要がある。



『村田、王座ならず=判定で惜敗-ボクシング

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WBAミドル級王座決定戦でエンダム(左)に判定で敗れた村田諒太=20日、東京・有明コロシアム

東京・有明コロシアムで20日に行われた世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王座決定戦で、2012年ロンドン五輪金メダリストの村田諒太(帝拳)はアッサン・エンダム(フランス)に1-2の判定で敗れ、初の世界戦でタイトルを獲得できなかった。

〔写真特集〕ボクシング・村田諒太

ミドル級は世界的に最も層が厚いと言われ、強豪がひしめく。この階級で世界王者になった日本選手は過去に1995年の竹原慎二のみで、13年にプロへ転向した村田には22年ぶり2人目の快挙が期待されていた。 (2017/05/20-21:25)』
(時事通信)




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2017/05/20  日記  緑雨

2017-05-20 19:38:00 | (2)日記

2017/5/20 (土) 旧暦:425日 祝日・節気:  日出 :432分 日没:1842分 月出:055分 月没:1222分 月齢:23.61 干支: 丁未 六曜: 仏滅 九星: 二黒土星

今日のあれこれ: 季語 緑雨

「映像詩・新緑と霧の雨飾高原・撮影平成24530日」


https://youtu.be/vXqUe0umvVM


『緑雨
読み方:リョクウ(ryokuu)
新樹の若葉にふる雨のこと
季節 夏
分類 植物、天文』
(季題季語辞典)



緑雨の俳句:



・蓼科や緑雨の中を霧ながれ 上田五千石



・奈良にあり鹿も我らも緑雨かな 坪内稔典



・緑雨よきこの湖八大龍王守る 山口青邨



・緑雨濃し陸続と花終へしめて 岡本眸



・緑雨かな偲ぶに適ふ路地の幅 能村研三




蓼科の新緑は美しい。
新緑は初夏の陽射しの中では緑滴る。
薫る風の中で新しい緑が陽射しに透けているのは本当に鮮やかだ。

雨の中の新緑はまた違った情趣がある。
高ぶった気持ちを鎮めるように、静かに語り掛けて来るようだ。

青邨の「この湖」は琵琶湖で、守る「八大龍王」は竹生島の都久夫須麻神社に祀られる龍王だろうか?

自然豊かな景色が広がる景色の中でなくても緑雨は目に見える。
街の路地にも、新緑があり落ち着いた家々の並びがあれば緑雨の情趣は感じ取ることができる。




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