なあんおばはんの日常

日々思うことを連ねる自分の記録です

サウンドブラスターイージーレコード

2010-08-30 11:38:55 | Weblog
サウンドブラスターイージーレコード。

というUSBで繋ぐ機器をAmazonで買いました。3000円弱です。

ノートパソコンのマイク端子をミニプラグコードでデッキのヘッドフォン端子に繋ぐとアナログ録音しかできへんけど

これをMDとパソコンに繋いぐと、MDに録音してあった音源をパソコンにステレオ録音でmp3で取り込めるねん。

それに付属のソフトもシンプルで使い良い。

音のレベルを丁寧に合わせれば結構いい音質で録音できる。

明日と明後日二日間、彼が夏期休暇なので、今日は彼の仕事が終わったら、赤坂で待ち合わせして一緒に大阪に車で帰郷することになった。

大阪に彼と車で帰るんは初めてや。

東京大阪間、片道約600キロ8時間や。

彼は初めて伊勢自動車道使うから楽しみや、と。

その長距離ドライブ用に彼が昨日半日かけて、お気に入りのMDを何枚かパソコンに取り込んでCDに焼いた。

結構仕事モードでレベル合わせしてた。

眉間にシワ寄せて、ヘッドフォンしながら真剣にやってはる。

前はこうやって、ヘッドフォン付けて音合わせしてたから、懐かしいよ

と。

一曲一曲レベル合わせしながらの録音なので、CDを取り込むよりはずっと手間と時間がかかる。

いまジノバネリの録音してるけど、結構難しい。

曲によってレベルが違うねんな。

まっ、適当でいいや。

こういう便利なもんがあることをもっと前から知ってればと思うけど、時間がないと録音もできへんな。


夏休みももうすぐ終わりや……

大阪に帰るのは年末以来。

大阪行ったら、鶴橋で焼肉食べたいなぁ。


彼は串かつが食べたいと言ってた。


明日は大阪見物かな。
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遠い叔父

2010-08-28 10:26:13 | Weblog
先月末、息子にとっては血の繋がる大叔父さんが亡くなった。

息子の実父の母の末弟にあたる。

生涯独身で役所勤めして、出世もせず家庭も持たず、地味な寡黙な頼りないけど温厚な人柄で、そして長年ガンを患っていた。


親戚が飼えなくなって痩衰えた気の毒な犬をひきとり、たちまちふわふわでぷくぷくした幸せな犬に変えて、

毎日仕事帰りに焼鳥を買って、犬と分け合って食べて、散歩に出かけ、いつも黙ってニコニコと微笑んでる、そんな人だった。

ずっと親族からはダメな人みたいなレッテルを貼られてたけど、

今になって振り返るとああいう生き方もあるんだな、としみじみ思う。


一回目の結婚でまだ新婚で専業主婦をしてた頃、
当時近所に住んでいたダンナの母方の祖父が、

毎朝、散歩の途中に我が家に寄って、

その独身の叔父のことや今までのこと、商売で失敗したことを延々と愚痴って帰るのが日課になってた時期があった。


しばらくは毎朝愚痴を聞いてたけど、だんだん苦痛になってきて、

おじさんと直接話して下さい、って話し合いの場を作って貰ったけど

全く埒外があかなかったことがある。


祖父は結局、頑なに不平不満を溜め込んだまま、最後は病院で自ら食を断って亡くなった。

最後の最後まで意固地で頑固で、決して心を解放しなかった。


老人の不平不満と憎しみに満ちた眼を今でも覚えてる。

そういえば二番目のダンナの認知症になった母も同じ眼をしてたけど、あの人は100%自己中な身勝手が不満になってただけや。


一番目のダンナの祖父は、どこにもぶつけようのない怒りや悲しみが全部昇華されることなく不平不満になってた。

でも、その気持ちを手放さないことで自分を支えてたんかもしれへん。


最後の意地やったんかな。

お嬢様育ちだった祖母は祖父が商売に失敗してからはがらりと人が変わったらしい。

それからはお金を貯めることだけが生き甲斐になって、日常生活を犠牲にしてもお金を溜め込んでは小さな不動産を買うのが人生の全てになってた。


究極に気の強い老女で、祖父は全く太刀打ちできへんようになってた。


一方、叔父は祖母や祖父が亡くなったあとは一人で静かに犬と平和に暮らしてた。

その叔父はうちの息子のことを小さい頃から可愛がってくれてて、


息子が実父のところに行く時は、その叔父のとこにも遊びに行って、よく焼肉をご馳走してもらってたらしい。


子供には好かれる人だった。


お葬式に出た息子の話だと、遠い親戚もみんなが集まってきて、とても和やかで明るい、いいお葬式だったらしい。


20代の頃の私には叔父の生き方が見えなかった。


もっとしっかりすればいいのに、と思うこともあったけど


結局は自分自身がどうしたいか、に尽きるんやね。


いまは

叔父は幸せやったんやな、
と思う。


45歳になって、ようやく解ってくることもたくさんあるねんな。


その叔父も祖父も祖母も


決して身勝手ではなかった。祖父の不満も息子や家族への愛情の裏返しやった。

ずっと祖父のことは心にひっかかってたけど


ドラマや映画なら、今頃、天国で青空の下、息子と会ってるんかな、

と思ったら泣けてきた。


いまはすっかり他人やけど、あの頃は、私もあの人たちと家族やった。


息子にとっては血族や。


お盆も過ぎて、もうすぐ8月も終わる。


今日は24時間テレビやな。
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サウンドレコーダー

2010-08-26 22:52:47 | Weblog



コルグM50で作ったシーケンサーデータをパソコンで録音する方法。

ネットで調べてたら

今日まで全く知らなかったけど…

Windowsにはサウンドレコーダーなるものがアクセサリーに入ってた。

……。

これをもっと昔に知っていればカセットテープのデータもパソコンに取り込めて保存出来たのに。


でも知らなかったもんは仕方ない。


とりあえず二曲、録音してみた。

コードがモノログやからステレオにならへんけど

ちゃんと録音できた。すばらしい。


wmaをmp3に変換するにはどおしたらいいんかな。


「超録」というフリーソフトをダウンロードしてみよう。
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コルグM50

2010-08-25 23:22:44 | Weblog
今週は何ヶ月ぶりかでシンセをクローゼットから引っ張り出して、シーケンサーを使ってみた。

コルグM50。

さすがに音は無茶苦茶いい。ドラムパターンもかなり使えるし。

基本はX5と同じやけど音源がX5より上級らしい。アルペジエーターも高性能や。

DW8000の頃から比べたら、物凄い進歩や。


10数年前にX5を買った時もあまりの軽さと低価格にびっくりした。

昔はシンセはヤマハのDX7-2で25万とかで、しかもむっちゃ重かったのが、今は10万切って、しかも軽くてシーケンサーまで内蔵してるねん。

凄すぎ。

この20年で楽器で一番進歩したんはシンセやろね。


説明書を見ながら丸二日朝から晩までやってみて、ようやく何とか簡単な打ち込みは出来たけど、いまいち使いこなすまではいかへん。

パソコンに繋いだ方がいいかなと思ったけどUSBコードが見つからない。

取り寄せるしかないなぁ。

去年、中古で買ったからか、説明書も一冊しかついてなかったけど、どうももう一冊別にあるみたいや。

それもあとで調べてみなあかん。


マルチトラックといいながら、コンビネーションデータをコピーすると、オーバーレコーディングがうまくできへん。


多分、私の操作ミスなんやろうけど、なんか解りにくい。


前に曲作りで使ってたカシオの簡単シーケンサー付きシンセの方が操作は全然簡単やった。

そのカシオはもう手放してしまったから、今はない。

楽器屋さんで見た時、カシオの最新型もかなりいい感じやったけど、去年はライブ使用も考えてたから、さんざん考えて結局コルグを選んだ。


でも仕事が忙しくてバンドも出来なくなって、せっかく買ったシンセもお蔵入りで宝の持ち腐れ状態やった。


シンセを引っ張り出したついでにローランドのジャズコーラスも電源を入れてみた。

恐る恐るスイッチを入れてみたら、まだ生きてた。

良かったー。


昔作った曲を記憶をたどって音を拾って、譜面おこして悪戦苦闘してシーケンサーで作って、SDカードに一応入れたけど、mp3に変換しないとパソコンで聞かれへん。

ICレコーダーで録音したらいいんかな。

ううう…

頭、使うなぁ。


結局USBいるんかなぁ。


まっ、趣味やし。


ぼちぼちやりましょ。


それにしてもシーケンサー、ようわからんわ…


がんばろ。
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黒法師

2010-08-20 20:47:36 | Weblog


彼の実家から貰った黒法師の鉢。

猛暑の中、ずっと西日直撃のベランダに出し続けていたら、日に日に葉っぱが落ちて、明らかに弱ってきた。

さすがに毎日35度以上の猛暑には耐え切れなかったんやね。

地中海原産の植物で、寒さにはかなり強いけど暑さには弱いって聞いてたし。


このままでは存続が危ういと思い、室内に移動した。

部屋に入れて葉っぱを触ってみると、まるで外のコンクリートみたいに熱々になってる。

やばいと思ってすぐに霧吹きで水をかけたら、たちまち冷たくなった。

元気になるんかな。もっと早く家に入れるべきやった。反省。しばらく療養やね。

黒法師の他にも、彼の実家から幾つか観葉植物の鉢を貰った。



名前が解らないけど、多肉植物が一つ。最近むくむくと肉厚に育ってきた。黄色い花が咲くらしい。



もう一つも名前不明。葉の裏が紫色できれいや葉っぱや。

その他にも幾つか自分でも買ってきたから、ちょっとしたグリーンスペースが出来た。

かなり癒される。


今まではガーデニングをする時間も気力も無かったけど、時間があるうちに花でも植えようかな。


そろそろ夢のニート夏休みも終わりに近づいてる。

十日間も夏風邪で死んでたからもったいないことしたけど、仕方ない。


9月になったら、就職活動開始しよー。
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彼と息子

2010-08-17 16:49:33 | Weblog
土曜日、息子が大阪に帰って、何となく家の中ががらんとしてる。

息子を羽田空港に送ってから帰る途中、彼はずっとぐちぐち言ってた。


もう一日、日曜日も居てくれたら、ゆっくり話も出来たのに、と。


彼は平日は仕事のことで頭がいっぱいで、土曜日になってやっと余裕が出来た途端に息子が帰ってしまったから、彼は彼なりに寂しかったみたいや。

彼は息子にほんとは話したいことがいっぱいあるみたいやけど、そのわりにいざ顔を合わすと、照れるみたいであんまり喋らへん。


普段、一緒に暮らしてへんし、東京と大阪で遠く離れてるし、滅多に会える機会もない。


でも何となくお互いに気持ちで繋がる部分があるみたいや。


まだまだ、これからも時間はたくさんあるから、

と彼は言うけど


どうなんかな。。


息子は大阪で暮らすようになって、実父の家族と会う機会が増えたみたいや。


義理の弟や妹のことは可愛がってるみたいやけど、実父のことは許してないらしい。


人間としては認めてない、と言い切ってた。


息子は人間の身勝手で弱い部分ばかりを今まで見すぎてきたけど、人の心の本質も見えるようになった。

彼のこともきっと、どんな人かわかってるんやろなと思う。


多くを語らなくても、通じ合う何かがあれば男同士はそれでいいんやろな。


深いな。
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ニート四週間目

2010-08-17 15:31:53 | Weblog
先々週の週末からの夏風邪がやっと昨日くらいから治ってきた。

ここ数日は毎晩咳が酷くて眠れないくらいやったけど、昨夜はようやく普通に眠れるくらいまでに回復した。

掛かり付けの病院が先週から今日まで、ずっと盆休みやったから、市販の風邪薬だけでしのいだけど、全然治らへんかった。


仕事もしてないのにこんなに悪化して長引くとは思いもせんかった。

ほんまに虚弱やわ。


風邪がやっと八割治って来たから、そろそろ就職活動始めなあかん。


毎日家でだらけてぬくぬくしてるから、だんだん顔つきもぬぼーっとしてきた。

仕事に追われへん生活ってこんなにも気が楽なんやな、としみじみ幸福を噛み締めてる。

でも経済的余裕があるわけではないので、このゆるくて幸せな暮らしがずっと続くわけではない。


期間限定の夏休みやから、価値があるんやろね。


イタリアの件は全くストップしたままや。

イタリアに帰国した中心人物が嫁とバカンスに行ったきり全く連絡が取れないらしい。

うちのダーも含め、周囲の人達はみんな呆れ果ててる。

経営者が常に連絡が取れるようにするのは世界共通のルールや、と。


来週月曜日にはローマに戻るらしいから、それから何か動くんかな。


それにしてもそんないい加減なやり方が日本で通用するわけないし、


あんまり期待せんと、別でまともな仕事も探した方がいいやろな。


昨日テレビで桐生市で飲食店を初開業した主婦のことをやってた。

桐生市が空き店舗を低賃料で貸してくれて、個人起業家に融資もしてくれるみたいや。

飲食店開業セミナーみたいなのもやってて、経営の基本からメニュー作り、立地調査の仕方まで丁寧に学べるみたいで、そのセミナーの受講者の主婦二人がそれぞれの夢を叶えて、お店を開店してた。


おでん屋さんの方は価格設定がかなり低いからか、オープン初日でも売上が目標まで届かなかったけど、もんじゃ・お好み焼き店の方は売上目標の二倍の八万の売上が上がった。


ある意味、オープン初日は一番売上がある日やから、もっと上がっても良かったかも。

もんじゃ焼き店は40代のお母さんがオーナーでオープン初日は20代の娘さんや息子さんが手伝いに来てた。

飲食店で売上あげるのは簡単なようで実は結構大変や。


百貨店の土日の催事ワゴンで、バイト一人雇ってあられの量り売りでも一日10万あがるけど、飲食店で一日10万あげるのは大変や。
客単価や立地にもよるけど。

昨日、そのテレビを一緒に見てた彼が偉そうに私に聞いてきた。

お店やってた時、どれくらい売上あった?


忙しい頃で日に八万、土日で12万くらい。


と言うと

彼はにやりとして

俺がバイトしてた頃の自由が丘のキッチンバーは売上の最高35万やで、と。


さっ、35万。

自由が丘の店と大阪の八尾の店、比べられてもなぁ。

なんかむかつく。


規模がちゃうからね。

売上は規模と立地や。


彼はいつかお店をやりたい夢があるみたいやけど、


いまの虚弱な私には飲食店なんて到底無理やな。


テレビで見たお店のことも、これから雨の日も雪の日もずうっと毎日あのお店を守って行くんやな、と思うとそれだけでしんどい。


前の会社の同僚たちみたいに

タフで身体の丈夫な人なら出来るやろうな。


結局、何をするにしても身体が基本やねん。


私がお店出来たんはまだ20代やったからや。

いまは

今の自分に合った、あんまり無理しなくてもいい仕事を見つけようと思う。


もう頑張るのはこりごりやわ。


まだまだ疲れてるんかなぁ。。
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ドライブ

2010-08-17 13:55:07 | Weblog



日曜日、午後から彼と二人でいつもの長距離ドライブで猪苗代湖まで行ってきた。

途中、那須パーキングでソーセージドックを食べて、さらにレストランでソースかつ丼と、豚の生姜焼き定食を食べた。

ソーセージドックはソーセージがかなり美味しいし、ソースかつ丼はカツがとっても美味しかった。

元の豚肉が美味しいねん。

生姜焼きも美味しいけど分厚い一口カツの方が豚肉の美味しさがより引き立つ気がした。


那須のパーキングを出るとすぐにおそるべきお盆渋滞が始まったので高速は降りて、磐越道と平行する一般道で行った。

最初から目的地を決めてたわけでく、いつも通り適当に走ってると、猪苗代湖の標識があったので行ってみることにした。



猪苗代湖に着いた時は夕暮れ時で、初めて見た磐梯山と湖はすごくきれいやった。

あんなきれいな景色は初めて見た。


猪苗代湖は山並みに囲まれた壮大な湖で、雲のかかった磐梯山は神様がいそうな神々しさで不思議な雰囲気やった。


湖畔の周囲の店舗は地方の観光地に有りがちなやや寂れた感じやった。


湖のそばの駐車場付近には色とりどりのソフトクリーム屋さんやクレープ屋さんが何件も乱立してて、しかもどの店もソフトクリームの種類が何十種類もあった。

試しにマスクメロン味のソフトクリームを買って食べたら、超あたりで無茶苦茶美味しかった。

他の種類もきっと美味しいに違いない。


ソフトクリームと景色に大満足して猪苗代湖を出発。

野口英世記念館の横を通り、帰路を考えた時

彼が帰省渋滞を避けるにはいっそのこと新潟まで行ってから戻った方がいいやろ、と言うので

じゃあ新潟まで行ってみよーということになり、
苗代湖から新潟に向かった。


途中阿賀野川の横を走る道路で真っ暗な中、月明かりで照らされる白鬚山を見ながらひたすら新潟に向かった。

新潟から長岡の方に抜ける途中、花火が見えた。

遠いみたいやったけど、田園地帯で抜けがいいから、結構良く見えた。

途中、三条の「ののや」というラーメン屋さんで、塩豚骨とつけめんを食べた。

塩豚骨はかなり濃厚で、ちぢれ細麺は固めでとっても美味しいけど、かなり塩辛め。

つけめんは魚介系醤油豚骨で麺がつるつるで意外にさっぱりしていて、風邪の治りきらない私には食べやすくて美味しかった。

一口餃子も食べたけど、餃子は横綱ラーメンのピリ辛一口餃子の方が美味しいと思う。


暫く国道を走って、もうそろそろ高速も大丈夫かな、と長岡の一つ手前のインターから北陸道に乗った。

北陸道は、新潟、長岡ナンバーに混じって都心のナンバーも結構走っていた。

高速はさすがに早くてかなりの時間短縮にはなったけど、真夜中にもかかわらずお盆渋滞はまだ終わってなかった。

結局、上中里から嵐山まで20キロの渋滞で途中で高速を降りた。

そのあと暫く一般道を走った。

深夜なのに信号の度に猛烈な勢いで信号ダッシュする巨大トラックにびびりながら暫く並走して、加須からまた高速に乗って帰ってきた。

加須から乗った高速も深夜なのに結構な交通量やったけど、お盆渋滞は終わってた。


新潟から葛飾まで、帰りは渋滞も含めて4時間弱やった。

往復の走行距離が600キロくらいで結構な距離やったけど、運転大好き人間の彼は全然平気みたいや。


一応予定で月末の彼の夏休みに私の大阪の実家まで彼と車で帰ることにした。


大阪に帰るのはお正月以来やな。
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ニートやね

2010-08-12 15:49:59 | Weblog
仕事をしてないと世間の外側の時間軸にいるような気がする。

ニート生活三週間かな。

毎日嘘みたいに平和で静かな生活や。

先週からの夏風邪は見事に一週間引きずってる。
なかなか治らへんけど喘息は出ないからいいねん。


風邪はそのうちに治るやろ。

先週土曜日から息子が東京に来て、毎日日替わりで東京の友達に会いに行ってる。

息子もこの一年で随分幸せになったと思う。


やっと、やな。


このまま専業主婦出来るほどの余裕はないから、この夏風邪が治ったら次を探そうと思う。


イタリアからは相変わらず全く連絡がなく、周囲の人達には過大な迷惑がかかってるみたいや。

あかんなぁ。

今日は台風の影響で雨や。

毎日こんなに平和でこんなに苦労無しでゆっくり出来て、本当に有り難い。


これで元気やったら言うことないけど、全然、咳がとれへん。

こんなにゆっくり休養してんのにすぐに治らへんのはなんでかな。


疲れきってたんやろな。


最近、心の毒が取れて来たような気がする。

全部の毒が抜けたら、風邪も治るんかな。


その頃にはイタリアから連絡来るような気がする。



今日は外が真っ白や。
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夏風邪

2010-08-11 14:51:32 | Weblog
金曜日からずっと夏風邪。
日曜日に高熱がでて、月曜日一日寝てたけど喉痛が咳に移行して、火曜日も病床で今日も一日寝てる。

合間に買い物だけは行ってごはんは作ってるけど、それくらいしかできない。

相変わらず身体弱い。

土曜日から息子が夏休みで久しぶりに大阪から遊びに来てる。

滅多に会えなくなった東京の友達に毎日会いに行ってる。

今日は夜から東京ドームのお化け屋敷に行くらしい。

風邪が治ったら、そろそろ次の仕事探そうかと思う。

彼と息子は何となく自然に仲良くしてくれてる


風邪はなかなか治らへんけど毎日平和で幸福や


台風が近づいてるから喘息注意やね
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ナイトフライ

2010-08-05 21:39:30 | Weblog


久しぶりにドナルド・フェイゲンのナイトフライを聞きました。
やっぱりいいです。80年代の名盤です。
J.グレイドンとD.フォスターのエアプレイと同じAOR系らしいです。

ちょっと変な節回しが素敵です。
普通はこの展開はせえへんやろ、それあり?というコード進行でありながら
うまく落ち着き尚且つ解決してるとこが凄い。

特にThe Nightflyのコード進行は病気やね。

最初のイントロも変やし、3:39から4:09までの妙な展開の末、
元に戻るコード展開は、おお、よく戻ったやんって感じ。


スタジオミュージシャンのセンスと技の見せ所的、ばりばり変なコード展開。
歌詞も凄そうです。。

ラリー・カールトンやマーカス・ミラーも参加してます。

(ちなみにラリー・カールトンの[It Was] Only Yesterdayという曲は素晴らしいです。
名曲です。泣けます。)

名曲は何十年経っても名曲やね。。


アルバムの最後のWalk Between The Raindrops。

オルガンソロに絡む渋い大人ギター超素敵です。
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快晴

2010-08-04 13:35:45 | Weblog
今日は快晴で、あんまり湿気てないから洗濯物が良く乾く。

七月の大阪みたいなジリジリ焼き付けるような日差しもかなり柔らいで、日陰は風が爽やかや。

彼は月曜日からずっと機嫌が悪い。

仕方ない。


昨日は夜、銀座に舞台公演の下見に行ってきたけど

まだまだやったらしい。

気分転換になるかと思ったけどあかんかった。

テレビを見ても番組構成や見せ方に毒吐いて文句ばっかり言ってる。

テレビ見んといたらいいのに八つ当たりやな。



私の仕事の件はまだはっきりせえへん。


月曜日に彼がイタリアにメールしたらしいけど返事はまだや。


とりあえず今の時間のあるうちに、家中片付けるねん。

昨日は物置部屋に追いやられてた電子ピアノをキッチンに移動させてみた。


ちょっと狭くなったけど、せっかくの夏休みやから、ちょっとはピアノ弾かなもったいない。


もう昔の半分くらいしか指が動かなくなってきた。


実家の昔の楽譜は殆ど捨ててしまったし、東京にはショパンくらいしか楽譜持ってきてない。


バッハの三声のインベーションの楽譜ほしいな。


でも買うと高いねん。


楽譜捨てたんは大失敗やったな。


年取るとしみじみバッハの良さがわかってくるねん。

パールマンのシャコンヌ

久しぶりに聞きたいなぁ。
真夏にぴったりやね。

メタセコイヤの森で聴いたらいいやろな…


たまたま彼の持ってたCDの中に二村英仁というバイオリニストの見本盤があって、シャコンヌが入ってた。


シャコンヌ弾くなんて凄い意気込みやな、

と思って聴いてみたけど


うーん、という感じ。


2000年の録音やから、今はもっと腕を上げてるかもしれへんな。


シャコンヌは


高校の時に、同じクラスのクラシックギター名人の女の子が、昼休みに教室でギターで弾いてて、びっくりした。


ギターで、シャコンヌ?

えっ、シャコンヌ知ってんの?

みたいな。


通ってた高校は古い校舎で、夏になると日よけに毎年四階の屋根から一階まで届く巨大簾を吊してた。

授業中、突然轟音とともに、上からばさっと窓際に落ちてくる巨大簾にみんなで驚いてた。


簾越しの夏休みの校庭ではいつもサッカー部がひたすら走ってたな。

そして教室ではギターのシャコンヌ



夏の思い出やね。
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時間

2010-08-03 11:39:57 | Weblog
こんなにゆっくり出来るの、何年ぶりかな


ここ数年間いかに時間が無かったか

今になって気づく

生活の全てが常にとりあえず状態やった。


最優先が仕事で


だけど三年間やってきた仕事でキャリアアップしたわけでもなく


大企業の中のごく一部の小さな適当なネジになってただけや

大企業の中身がどうなってるかは良くわかったから

それも経験の一つなんやろね


ずっとこんな風に何かに追われることなく平穏にゆっくりすることが憧れやった

ずっと日々の生活に追われると自分を見失って、だんだん荒んでゆく


私が辞めた時に、お局は

この状況から抜け出せるの、羨ましいな…


と言ってたらしい。


みんなストレスにやられながら、抜け出されへんねん

私もずっとそうやった。


生活ってなんやろ。
仕事ってなんやろ。

自分で選んでるような、ただ単に流されてるだけみたいな

ようわからへん。

多分、自分で選んで生きてたら、彼みたいに何があっても納得出来るんやろな


でも私みたいにその場限りで適当に流されて生きてると

だんだん何もかもが嫌になるんやろな


しっかりせな。


昨日のテレビの101歳の翁が言ってた


中国の人たちが、なぜ敵国の人間にああして施しをしてくれたのか、命を助けてくれたのか、私には未だに理解不能なんです、


と。


生きることって、そういうことなんやろな


今日も一日大切にしよ。
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8月

2010-08-03 01:48:22 | Weblog
8月になった。

丁度仕事辞めて一週間。

仕事を辞めた途端に、喘息はすっかり落ち着いて、体調も良くなってきた。

私はすっかり元気になってきたけど


今日は月曜日で、彼はまたグレーになって帰ってきた。

今日も嫌なことがあった、とぽそっと漏らした。


いまの仕事を続ける限り、彼には苦しみしかない。

やり甲斐も満足感も救いも何もない。

ただ虚しい怒りや寂しさが積み重なっていくだけや


だけど彼は私みたいに辞めるわけにはいかない。


自分が何をやってるのかが見えなくなってきた、

と悲しげに憤りながら言う。


でも


彼の想いは画面を通して、日本のどこかの誰かに、きっと届いてるはずや。



今日たまたまテレビで

古舘さんのニュース番組で中国で101歳で今なお現役医師として仕事を続ける元日本兵の山崎さんという翁のショートドキュメンタリーをやってた。

老師は優しい仏さまみたいな顔してはった。


中国で他の日本兵が幼児を殺すのを見て日本兵であることを辞めて脱走兵になった時に、中国の人に施しを受けて命を救われて、

その恩返しのために帰国せずに中国に残り、医師になって人を助ける生き方を選び

文化大革命時代には厳しい迫害を受けても日本人であることを隠さず信念を貫き

いまは

世を救う神の医師、と呼ばれ中国の人たちに敬愛されるその翁の苦難と信念の半生を見て


彼の頬をすうっと一筋の涙がつたった。



俺、何をしてるんやろな
俺なんか、ちっぽけな人間やな

と呟いて

彼はベランダに煙草を吸いに行った。


ベランダに出ると


風がごうごうと吹きすさぶ、夜空を雲が海側から内陸に向かって物凄い勢いで流されていたらしい。


東京スカイツリーのてっぺんのクレーンが吹き飛ばされないのが不思議なくらいの強風だよ、と。

無邪気な声で言う。


煙草を一服して戻ってくると、ちょっとすっきりした顔になってた




人が自分の一生を賭けるに値する仕事に出会えた時、それを天職と呼ぶ


人には、どんなに苦しくても自分の信念を貫き通さなあかん時がある


きっと今がそうやねん


踏ん張れ。


電波に乗った貴い想いは誰かの心に必ず響くねん


だから見失ったらあかん。

灯台の光みたいやな。


すごいなぁ







ありがとう。
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