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70年よりも前の話:(前編)

<2017年7月に加筆訂正して(前後編に)分割しています。>
ここ数日、気分の良くなるような天気に恵まれ、
ビールでも飲みたい気分になった。
昼間から、ビールなど飲んでいれば、印象も悪いだろうけど。
馴染みにしているインドカレーの店なら、
まだ来店客も集中していないランチタイム前に、1~2杯飲めるかな?
(関連する過去の記事)
さて、インドと言えば、古くから中央アジアへの出入口でもあり、
異文化との交流や交易が行われ、多種多様な人種と言語が存在する。
今年(2017年)は、インドが大英帝国の支配より独立して、
70年目を迎えることは、すでに記したけど。
(関連する過去の記事「塩を求めて…。」)
それ以前のインドは、どんな国だったのだろうか?



紀元前2600年頃、世界四大文明のひとつ、
インダス文明は、インドの先住民族ドラヴィダ人により栄え、
周辺地域の中心地となっていく。
紀元前1500年頃になると、
騎馬民族、アーリア人の勢力が鉄器を用いていくことで、
部族間抗争と淘汰が進み、インドは小国家の時代になっていく。
アーリア人が信仰していたバラモン教は、
民間信仰と融合して、ヒンドゥー教が生まれ、
現在では、約8割のインド国民が信仰している。
インドの社会制度であったカースト制はバラモン教の制度で、
古くは、バラモン(司祭)、クシャトリヤ(武人)、
バイシャ(平民・農民)、シュードラ(奴隷)の階層からなっていた。
現在のインドは、憲法によってカーストによる差別が、
禁止されたとは言え、まだ身分制度も残り。
土地ごとに宗教的背景も異なる。
これが食文化にも影響していることから、
インドでは、ボンベイ料理、南インド料理など、
土地の名を冠した料理名が用いられている。


紀元前6世紀頃、インドは小国家の形成期を迎え始める。
この頃に仏教が誕生し、世界三大宗教となっていく。
このように広まっていった仏教の影響を受け、
ガンダーラ地方でギリシャ風仏教美術が産まれ、
中央アジアを経由し中国、そして日本にまで伝わっていった。
マウリヤ朝に続くグプタ朝、次のヴァルダナ朝により、
インドの古典文化はほぼ固まっていく。
この時代に、数字“0(ゼロ)” の概念や数式も発明される。
(続く)


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