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拾い読み★2017-134≪コラム記事≫

2017年05月14日 06時53分55秒 | 千葉ロッテマリーンズ2017


投打崩壊状態のロッテ 目指すべきはチーム打率2割…到達に必要な条件とは

12日日本ハム戦では7被弾15失点の記録的大敗喫す

 千葉ロッテマリーンズは、開幕から34試合が経過した時点でチーム打率.187と低迷。このまま1割台でシーズンを終了すれば、1944年の産業軍(現中日ドラゴンズ)以来73年ぶりという歴史的な低打率にあえいでいる。それに比べて、投手陣はまだ踏ん張っていたのだが、12日の日本ハム戦では7本塁打15失点を喫するなど、少しずつ崩壊しつつある。

 ここでは今季開幕から週を追いながら、千葉ロッテの投打チーム成績を見ていこう。

第1週(4/2まで)防御率3.75 打率.172
第2週(4/9まで)防御率4.17 打率.198
第3週(4/16まで)防御率4.43 打率.188
第4週(4/23まで)防御率4.26 打率.187
第5週(4/30まで)防御率4.20 打率.186
第6週(5/7まで)防御率4.38 打率.185
第7週(5/12まで)防御率4.59 打率.187

 開幕戦を32打数6安打、打率.188でスタートして以来、チーム打率は一度も2割に浮上することなく、ここまできている。1試合当たりの安打数は5.85本。安打数で5位の日本ハムが7.56本だから、2本近く少ない計算になる。

 現時点で成績は、9勝24敗1分、勝率.273。まだ勝ち星が1桁のチームは12球団で千葉ロッテだけだ。

 深刻なのは、チーム不振の中でも頑張っていた選手の成績が、ここへきて急落していることだ。

 打者ではキャプテンの鈴木大地。第4週の時点では64打数21安打、打率.328でリーグ8位と踏ん張っていたが、そこから54打数10安打と調子を落とし、今ではリーグ19位の打率.263まで落ちている。しかも、鈴木以外に規定打席に達している選手はいない。

 投手陣ではエースの涌井秀章が、1勝3敗ながら防御率2.66と孤軍奮闘していたが、12日の日本ハム戦では、4回1/3を投げて自責点10と炎上し、一気に防御率が4.40まで跳ね上がった。

 打撃不振の負の連鎖が、ついに投手陣にまで及び、チームは崩壊状態とも言える。


チーム状況を打開のカギは「人心の一新」

 こうした状況を打開するのは容易ではないが、立て直しに必要なのは「人心の一新」ではないだろうか。

 千葉ロッテは、2軍も16勝21敗1分でイースタン・リーグ7球団中6位と調子が良いわけではないが、チーム打率は.246、防御率は3.41で、共に5位の成績だ(5月12日終了現在)。

 打者では、6年目の三家和真が打率.320でリーグ3位、3年目の香月一也が.298で6位、2年目の大木貴将が.289で7位と元気がいい。規定打席に達していないが、昨年阪神を戦力外になり、トライアウトを経てロッテに入団した柴田講平も、打率.333と当たっている。柴田は7日から1軍戦に出場しているが、柴田だけでなく2軍の元気どころにチャンスを与えることも必要だろう。

 投手陣では、2年目中継ぎの東條大樹が3勝1敗、防御率1.86、同じく中継ぎの10年目右腕・阿部和成が14試合に登板して1勝0敗、防御率2.37と好成績を残している。先発で好成績を残していたチェン・グァンユウ(2勝0敗、防御率0.75)は1軍に昇格を果たし、9日楽天戦で6回無失点の好投で今季初勝利を収めた。

 かつて1軍で活躍した選手も含め、2軍でプレーしている選手にとって、1軍の「チーム崩壊」はチャンス以外の何物でもない。彼らの「野心」をチーム浮上に活かすべきだろう。

 今のロッテは歴史的な「チーム打率1割台」が大きなプレッシャーになっているように思われる。しかし、「2割台復帰」はそれほど高いハードルではない。現在、チーム全体では1066打数199安打で打率.187だが、今後の10試合で320打数78安打(打率.244)とすれば、打率は2割台に到達する計算になる(1385打数277安打)。まずは、この10試合で打率2割台復帰を目指したいところだ。

広尾晃●文

(フルカウント)


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球団タイ1試合7発の日本ハム、ロッテとの数奇な運命

67年前の1試合7本塁打も5月に起きていた…

 5月12日、東京ドームのロッテ戦で、日本ハムは球団タイとなる1試合7本塁打を記録した。大田とレアードが2本塁打ずつを記録。ロッテ先発の涌井は自己ワーストの6被弾だった。

大田 2号(2回 涌井)
近藤 3号(3回 涌井)
レアード 8号(3回 涌井)
西川 3号(4回 涌井)
レアード 9号(5回 涌井)
大田 3号(5回 涌井)
中田 3号(5回 大嶺祐)

 日本ハムが1試合に7本塁打を放ったのは、東急フライヤーズ時代の1950年5月31日、市川国府台球場での毎日戦以来の出来事だった。当時の7本塁打を振り返ってみよう。

保井 1号(1回 上野)
常見昇 1号(1回 上野)
保井 2号(3回 上野)
常見昇 2号(4回 上野)
溝上 2号(5回 佐藤)
保井 3号(8回 萩原)
片岡 7号(9回 萩原)

 毎日オリオンズは千葉ロッテ・マリーンズの前身チームなので、奇しくも67年ぶりに同じ5月に同じカードで記録が生まれたことになる。3本塁打した保井浩一は、1950、51年と2年だけプロに在籍し、通算10本塁打。そのうち3本をこの日に打った。

 実はこの試合、東急は7本塁打しながら11-23で大敗している。市川国府台球場は両翼91メートルだが、左右中間のふくらみが少ないために本塁打が出やすく、乱打戦が多かった。

 チームの1試合最多本塁打記録は9本となっている。1951年8月1日の松竹(阪神戦)、1976年9月19日の阪神(広島戦)、1980年8月9日の阪急(近鉄戦)、同年10月3日のロッテ(近鉄戦)と4例ある。

 日本ハムの1試合7本塁打は、パでは3位タイの記録となる。


東映時代には延長戦で7本塁打を記録、その相手とは…

 なお、東急と日本ハムが7本塁打を放った2試合は9イニングでの記録だが、同じく日本ハムの前身である東映フライヤーズは延長戦で7本塁打を記録したことがある。これは球史に残る破天荒な試合だった。

 1971年5月3日に東京スタジアムで行われたロッテ戦の7本塁打を振り返ってみよう。

萩原 3号(5回 池田)
大杉 5号(9回 池田)
作道 1号(10回 佐藤元)
大下 2号(10回 佐藤元)
大橋 5号(10回 佐藤元)
張本 6号(10回 佐藤政)
大杉 6号(10回 佐藤政)

 何と延長10回に、9番代打の昨道から5者連続本塁打が飛び出したのだ。これは当時の1イニングのチーム最多本塁打記録。1986年8月6日に西武が近鉄戦の8回に6本塁打を打って、イニングあたりの最多本塁打数は更新したが、5者連続本塁打はいまだに破られていないNPB記録だ。

 この日の試合、4者が連続ホームランを打った時点で、客席は大盛り上がりだったという。さらに、ここで打席に立った4番大杉が豪快なスイングで5者連続本塁打とすると、左翼席に飛び込んだ打球は奪い合いとなった。試合後のインタビューで、張本、大杉は「もちろん狙っていた」と語った。東京スタジアムも本塁打が出やすい球場として有名だった。チームは14-8で延長戦を制した。

 よくよく見てみると、この延長戦での記録も5月、しかも相手は同じロッテで生まれている。つまり、日本ハムは1試合7本塁打のチーム記録を、ロッテ戦で3回記録しているのだ。よほど相性が良いというべきか。

 日本ハムには辛酸をなめさせられているロッテだが、今季中にも大きな記録を樹立して仕返ししたいところだ。

広尾晃●文

(フルカウント)
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