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今、自分が出来ること。やれること。それを精一杯やっていかなくちゃ!!

拾い読み★2017-030≪コラム記事2≫

2017年01月30日 20時28分46秒 | 千葉ロッテマリーンズ2017

安江嘉純を支える、小さな応援団。支配下登録へ「独立の選手はやれるというところを見せたい」【マリーンズ浦和ファーム通信#32】

まずは支配下登録

 静かに、ずっと眺めていた。育成ドラフト1位でマリーンズに入団をした安江嘉純投手はロッテ浦和寮に入寮をした際、1枚の紙を大事そうに広げ、自室の机の上に置いた。それは6つ上の姉の娘2人が書いてくれた似顔絵。「やきゅう がんばってね」と書かれていた。

「3歳と1歳の姪っ子が出発をする際に書いて渡してくれたんです。独立リーグ時代もよく愛知から見に来てくれていてベンチ上の最前列で応援をしてくれた。励ましてくれた。力になりました

 知人が運転する車で愛知にある実家から車で5時間ほどかけて浦和寮に到着した。
 荷物をまとめ実家を出発する際に姪っ子たちも見送りに来てくれた。しばしの別れに2人の目から涙がこぼれた。

 小さな子どもたちのその姿に胸がしめつけられる思いがした。改めて1日でも早く支配下登録を勝ち取れるように頑張らないといけないと自分に誓った。

「よく似顔絵を書いてくれた。そのすべてを今回は持ってきました。10枚以上はあるかな。苦しい時はこれを見ようと思っています。きっと、頑張れると思う」

 夢の実現まであと少しのところまでは来ている。遠くから応援してくれる姪っ子たちの事を忘れずに初めての春季キャンプから必死にアピールをしなくてはいけない。安江の挑戦は始まる。


過酷な独立リーグで芽生えた危機感

 厳しい環境の中、夢を追い続けてきた。

 高校1年秋に右ヒジを痛め手術をしたため、高校時代はほとんどを野手として過ごした。愛知学泉大に進学後も野球を続けたが、リーグ戦で輝かしい成績を挙げたわけではない。大学4年の時、同じリーグで別の大学に在籍していた1年上の選手が独立リーグで活躍をしているという記事を目にした。対戦経験のある打者で、抑えているイメージが残っていた。

「その記事を見て、自分もいけるかもと錯覚をしてしまいました。それは勘違いの始まりだったのですけどね」

 テストを受けて見事に合格をした。どこか軽い気持ちで足を踏み入れたがそこは厳しい世界だった。同じアパートに住んでいる選手が朝、練習前にストレッチをしていると球団に呼ばれた。そして契約解除を言い渡された。そんな経験が何度もあった。シーズン中でもクビが切られる。それは独立リーグでは日常茶飯事だ。移動も大変だった。石川から福島に遠征に行く際はチームバスで片道7、8時間。ナイター後すぐに出発をして戻るのは早朝。香川で行われた交流試合も石川からバスで行った。環境だけではなく待遇も苦しかった。シーズンオフになると実家の家業を手伝った。昼に家業。そして夜は近くの焼き肉店でアルバイトをした。そうしないと賄うことは到底、出来なかった。

 そんな独立リーグ1年目は34試合に登板をして3勝2敗で防御率3.31。このままではいけないという危機感にさいなまれていた。

「最初から2年勝負と思っていた。だから2年目に向けて野球以外のことは一切、考えなかった。生活も無駄なこと、ボッとするような時間すら一切、作らなかった。必死でした。そんな生活を送りました」


苦しい時こそ原点を忘れずに
 後がないというガムシャラな思いが身を結んだ。

 140キロ前半だったストレートが150キロを超えるようになった。フォークをうまく利用して緩急も使えるようなると面白いように成績が伴ってきた。22試合に投げて16勝1敗、防御率1.79。マリーンズスカウトの目に留まった。通常のドラフトでの指名ではなかったが、育成選手として挑戦をする権利を得た。

「独立リーグのみんなのためにもボクがしっかりとやらないといけないと思っています。独立の選手はやれるというところを見せたい。来年以降の選手たちのためにもボクがしっかりと結果を出さないといけないと思っています。だから、そのためにも1日でも早く支配下登録を勝ち取りたい。キャンプでは投球はもちろん、いろいろなところで必死にアピールします」

 安江は寮に入るとまず自室の机に思い出の品を並べた。

 姪っ子たちが書いてくれた「頑張れ」のメッセージ付きの似顔絵。ガムシャラに生き抜いた独立リーグ時代の写真などの懐かしの品。これから挑戦するプロの舞台は、生半可な気持ちで成功を収められるほど甘い舞台ではない。それが分かっているからこそ、どんな苦しい時もいつも原点を忘れずに生きていたいと思った。

 出発の日に涙を流してくれた姪っ子たちを喜ばしたい。独立リーグで今も汗を流す仲間たちの希望となれるような結果を出したい。いろいろな想いを背負いながら安江はマリーンズのキャンプ地・石垣島に向った。戦いはここから始まる。

(ベースボールチャンネル)


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ダフィー、細谷だけじゃない ロッテの三塁候補に香月がいる!

三塁のレギュラー獲得者現れず…

 15年オフに今江敏晃(現今江年晶)がロッテからFA宣言し、楽天へ移籍。長年今江がロッテの三塁のポジションに君臨していたが、空席となった。

 昨春はキャンプから細谷圭、中村奨吾、高浜卓也、香月一也らで熾烈なレギュラー争いを繰り広げた。昨季三塁でチーム最多出場したのが、14年ドラフト1位の中村奨吾。中村は三塁でチーム最多の50試合にスタメン出場し、5月5日の楽天戦で1ホーマーを含む4安打3打点の活躍を見せた。だが、シーズン通して安定した打撃を見せることができずレギュラー奪取とはならなかった。

 細谷圭が次いで44試合に先発出場。3試合連続三塁打、1試合5安打、9月24日のオリックス戦でCS進出を決めるサヨナラヒットとインパクトのある活躍を見せ、1年間一軍に帯同したが、チーム事情の関係で三塁だけでなく一塁での出場も多かったため、レギュラー確保に至らず。

 32試合で三塁に先発出場した高浜は、開幕戦に三塁のポジションでスタメン出場すると、6月9日に行われた古巣・阪神戦では「2番・三塁」で出場しソロ本塁打を含む2安打1打点の活躍を見せた。レギュラーに近い存在となったが、腰痛で離脱することが多く定着できなかった。

 結局、昨季は今江が抜けたポジションを奪った選手が現れず、併用という形で落ち着いた。今季も再びレギュラーを目指した戦いが行われる。


3年目の香月に期待

 今季は高浜、細谷、中村、新外国人のダフィーで三塁のレギュラーを繰り広げていくことになりそうだが、香月一也に期待だ。

 香月は大阪桐蔭高出身のプロ3年目。大阪桐蔭高時代3年夏には、大会通算打率.444、1本塁打、10打点の活躍で、夏の甲子園優勝に大きく貢献した。同年10月に行われたドラフト会議で、ロッテから5位で指名を受けプロ入り。

 1年目は一軍に出場することなく、二軍で腕を磨いた。2年目の昨季は二軍で112試合に出場。打率.281、6本塁打、52打点の成績を残し、チームがCS出場を決めた9月26日には一軍にプロ初昇格を果たした。

 同日のソフトバンク戦に「9番・三塁」でプロ初出場・初先発し、3回のプロ初打席で、12年沢村賞投手の摂津正の変化球をレフト前に運びプロ初安打をマークした。その後の打席では、快音を響かすことができず同月30日に一軍登録を抹消。

 香月は一軍でのサファテ、千賀滉大といった一軍で活躍する投手と対戦した中で、「あのピッチャーを打っていかないと一軍で打てない。この打ち方だったら一軍の球は通用しないかな」と感じたという。秋季キャンプでは、山下徳人一軍打撃コーチ、大村巌二軍打撃コーチにアドバイスをもらい打撃フォームを変更した。具体的にはタイミングの取り方を変えたそうだ。

 そしてオフは、「僕も一緒に連れて行ってもらいました」と大阪桐蔭高の1学年先輩・森友哉(西武)とともに亜細亜大で自主トレを行ったという。「色々バッティングを教えてもらいました。体がいい状態に仕上がってきているので、この状態で(キャンプ)行きたいです」と充実のオフを過ごした。

 25日に発表されたキャンプの一、二軍振り分けでは二軍スタートが決まった。ただ伊東監督は「これが全てではない」とキャンプ中に選手の入れ替えを示唆している。プロ3年目を迎える香月は「守備のリズムでバッティングができると思うので、守備をしっかりやってバッティングに繋げていきたい」と話す。キャンプは二軍スタートだが、アピールして一日も早くレギュラー争いに加わりたいところだ。

(ベースボールキング)


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“パ高セ低”の野球界 格差解消にはDH制の導入しかない?

 セ・リーグとパ・リーグの実力格差が指摘されて久しい。

 先日、小久保裕紀監督が3月のWBCに臨む野球日本代表「侍ジャパン」のメンバーを発表し、最後の1枠も田中広輔(広島)で決まった。選手たちの所属リーグを見ると、大谷翔平、宮西尚生、増井浩俊、大野奨太、中田翔の5選手が名を連ねた日本ハムを筆頭にパ・リーグ15人(日本ハム5人、ソフトバンク3人、楽天3人、西武2人、ロッテ1人、オリックス1人)、セ・リーグ12人(広島3人、巨人3人、ヤクルト2人、中日2人、DeNA1人、阪神1人)、そしてメジャーリーグ1人という構成になった。

 当初は田中ではなく中島卓也(日本ハム)ないし今宮健太(ソフトバンク)であったことから、辞退者さえなければセ・パの配分は16対11ということになっていただろう。

 また、こちらも周知のことであるが、2005年に始まったセ・パ交流戦ではセ・リーグ球団が優勝(勝率1位)したのは2回(12年、14年の巨人)だけで残りの10回はパ・リーグ球団が制しており、6球団の総合成績を見るとセ球団が勝ち越したのは09年だけ。通算成績ではパの925勝に対してセは821勝と大きく差がついている。

 また、日本シリーズでもパ球団が4連覇中で、03年以降14年間でセ球団が勝利したのは3回(07年中日、09年、12年の巨人)のみ。辛うじてセ・リーグが勝っているのは観客動員数(16年はセ6球団合計1384万8988人、パ6球団合計1113万2526人)ぐらいで、その他はパ・リーグがセ・リーグを圧倒しているのが現状である。

 このような“パ高セ低”となった理由には、パ・リーグ球団の営業努力、ドラフト会議での有望選手の獲得、巨人一極集中時代の終焉など、さまざまな事柄が挙げられるが、運や世相以外で実際に変えることができるのは、ずばり制度面だろう。

 一つは「DH制」。パ・リーグの迫力のある野球、投打ともに魅力のある選手が育つのは「DH制だからこそ」という声は根強い。分業制が確立されて久しい中で投手が打席に立つ意図も不明確になってきた。「投手の打撃が見られなくなるのは寂しい」と言うならば、例えば交流戦期間中だけDH制不採用などにすればいい。そうすれば制度面の格差は解消され、今後もチーム戦略的に“二刀流”の選手が続々と出て来る可能性もある。セ・リーグ球団にとってDH制導入はメリットが多いはずだ。

 もう一つは、球団数の増加によるリーグ再編だろう。14年春に自民党から提言された「16球団構想」を再検証し、例えば16球団を4チームずつ、セ・パそれぞれ東西の4地区に分割することも一つの案。そうすれば批判の多い現行のCS制度の改善にもつながるはず。

 昨年の観客動員数がセ・パともに過去最高を記録するなど球場に足を運ぶファンは確実に増えているが、その一方で野球人口は減少の一途を辿っており、その流れに歯止めをかける意味でも球界全体の拡張・拡大は大きな意味を持つだろう。旧態依然としている日本球界だが、そろそろ大胆な改革が必要だ。

(AERA)


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