ちょこっとGUM

今、自分が出来ること。やれること。それを精一杯やっていかなくちゃ!!

拾い読み★2016-366≪コラム記事≫

2016年12月31日 07時02分28秒 | 千葉ロッテマリーンズ2016

ロッテ伊藤義弘、体育教師目指し再出発…戦力外特番

 今オフ、ロッテを戦力外となった伊藤義弘投手(34)が、30日夜TBS系テレビで放送された年末恒例番組「プロ野球戦力外通告~クビを宣告された男たち」で特集された。

 同投手は東福岡-国学院大-JR東海を経て07年大学・社会人ドラフト4巡目でロッテ入り。1年目の08年、開幕1軍入りを果たすと51試合に登板。リリーフで活躍し10年には65試合に登板、中日との日本シリーズ第7戦では胴上げ投手となった。

 しかし、11年9月1日の日本ハム戦で登板した際、対戦した陽の折れたバットの鋭利な部分が左すね付近に突き刺さる大けがを負って暗転。負傷した左足を無意識にかばうため、12年以降は故障に泣かされ、登板数も激減した。今季は1軍登板なしに終わり戦力外通告を受けた。プロ9年間の通算成績は257試合に登板、6勝13敗1セーブ、防御率3・83だった。

 妻沙綾さんは「何回もがけからはい上がる主人を見てきたのでユニホームを着てマウンドに上がる姿を信じたい」と複雑な心境を明かした。

 戦力外となった伊藤は11月12日に甲子園で行われた12球団合同トライアウトを受験した。打者3人を右飛、遊ゴロ、右前安打。妻は涙ながらにスタンドから登板を見守った。

 トライアウトから2日後、伊藤の携帯が鳴り、秋季キャンプを行う巨人から宮崎で練習参加(テスト)連絡が入った。伊藤は3日間で135球を投げ完全燃焼した。

 宮崎の宿舎に戻ると「契約はない」と球団関係者から聞かされた。千葉の自宅に戻ると結果を知りたがる子どもたちに「パパはテスト落ちたの…」と無念の事実を告げた。

 「野球選手を引退します。9年間いろいろ心配かけた」と涙をながす妻に感謝の言葉をかけた。

 伊藤は現役引退を決め、中学と高校の体育教師になるため大学進学で教員免許取得を目指すことを決めた。

 「社会人でも3年やって、プロという華やかな世界も知った。僕が子供の頃、そんな経験をした先生がいたら刺激になったと思う。野球だけじゃない。僕の経験も教えたい」と話していた。
(日刊)

**************************************************************************************

【ロッテ】伊藤、次の目標は教育者!体育教師でも下克上

 ユニホームを脱いだ選手の第二の人生を紹介する後編はパ・リーグ。2010年、中日との日本シリーズ第7戦で胴上げ投手となるなど中継ぎで活躍したロッテ・伊藤義弘投手(34)の次の目標は、高校時代から夢にしていた教育者だ。伊藤は体育教師になるため、大学へ通う準備をしている。「先生になって、今までの経験を生かしていきたい」

 15年オフに右ひじを手術し、今季は1軍登板ゼロで戦力外通告を受けた。トライアウトを経て、巨人の宮崎秋季キャンプで入団テストを受けるも不合格となり現役引退を決意した。「未練はない。(教員という)選択にも迷いはない」と次の人生に目を向けている。

 9年間のプロ野球人生。通算は257試合に登板し、6勝13敗、71ホールド、1セーブ。防御率は3・83だった。10年の中日との日本シリーズ第7戦では胴上げ投手となり、シーズン3位からの日本一、史上最大の下克上を完成させた。「一番思い出深く残っています」

 プロの舞台では、多くのことを感じ学んだ。これからは、その経験を教育の場で還元していく。「1軍で活躍する選手って、みんな努力の天才だと思う。明確な目標設定と自分がどうなりたいかのイメージをしっかりと持っている。夢を目標にして目指していくことを、中高生に教えていきたい」。自身も夢を目標にしてプロ野球選手となった。そして今、輝いたプロのマウンドから離れ、教壇に立つ日を真っすぐに目指している。(原島 海)


 ◆伊藤 義弘(いとう・よしひろ)1982年6月2日、福岡市生まれ。34歳。東福岡2年夏に甲子園出場。国学院大、JR東海を経て07年大学・社会人ドラフト4巡目でロッテ入団。主にリリーフとして活躍した。右投右打。177センチ、78キロ。

ロッテ・伊藤義、シリーズ胴上げ投手が教職へ転身

ロッテから戦力外通告を受けた伊藤義弘投手(34)が、30日放送のTBS系特番「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達」(後10時)に出演した。

 伊藤は07年ドラフト4巡目でJR東海からロッテに入団。2010年日本シリーズでは胴上げ投手になった。11年9月の日本ハム戦で折れたバットが左足に刺さり「左下腿三頭筋打撲と挫創」の重傷。その後右肩痛、脇腹、ぎっくり腰など故障続き。13年には右肘の手術を受けた。

 伊藤義は10月1日に戦力外通告を受けた。「34歳で1軍に上がっていないので、覚悟はあった。トライアウトがあるので、それには参加したいと思います。そこで声がかからなかったら引退します」と話していた。11月には12球団合同トライアウトに参加。16日には巨人入団テストを受けた。結果は不合格。千葉の自宅で帰りを待っていた子供たちから結果を尋ねられ「パパは今日をもちまして野球選手を辞めます。引退、ってわかる?引退します。だから明日からパパは現役の野球選手じゃありません」と優しく告げた。

 現役引退を決意した伊藤義は中学と高校の体育教師を目指すことを決意。「先生になって、今までの経験を生かしていきたい」と話している。

(以上 報知)

**************************************************************************************

『元日本一胴上げ投手』34歳でのクビ宣告 折れたバットがきっかけで…

 今季までロッテの投手として活躍した伊藤義弘氏(34)が、30日放送のTBS系「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達」に出演し、現役続行を目指して臨んだトライアウトに向けた日々などが明かされた。

 中継ぎとして活躍していた伊藤氏は2011年シーズン終盤、試合中の事故で左足に大ケガを負った。相手打者の折れたバットが左足に突き刺さっての大量出血。これをきっかけに投球フォームを崩し、故障を多発するようになった。15年には復活を期して右肘手術を受けたが、今季は1軍登板ゼロ。シーズン終了後に戦力外通告を受けた。

 ケガに苦しむ伊藤氏を支えたのは1歳年上の妻だ。元看護師の経験を生かし、栄養を考え抜いた食事で夫をサポート。内助の功もあってケガの癒えた伊藤氏は、戦力外通告後も球団の2軍施設でトライアウトに向けての調整を続け、「シーズン中よりいい」と万全の準備を整えた。

 妻と幼い子ども3人が見守る中で本番のマウンドに上がった伊藤氏は、打者3人と対戦して被安打1。この日の投球内容に巨人が興味を持ち、秋季キャンプでの入団テストが決まった。

 ブルペンでの投球練習で合否が決まる3日間。全力を出し切り「やれることはしっかりできた」と振り返った伊藤氏だったが、契約を勝ち取ることはできなかった。自宅に戻って、キッパリと現役引退を決意。現在は、教員を目指し、大学に入り直して教員免許を取得するために猛勉強をしているという。

 伊藤氏は、25歳で迎えた07年のドラフト4巡目指名でロッテに入団。1年目から救援投手として活躍し、3年目の10年には日本シリーズにも出場。最後の打者を仕留め、胴上げ投手になっている。

(デイリー)
伊藤くんと一昨年戦力外となった荻忠くんには、本当に感謝の言葉しかありません。
チームの一番苦しい時に、何度もチームを救ってくれた救世主。
彼らの故障は、自らを犠牲にしてチームの為に戦ってくれた証。
だからこそう一度、一軍のマウンドで輝いて欲しかった。
伊藤くんのプロ野球人生を一転させることになった『バット事件』。
マリンの外野で観ていたあの衝撃は今でも忘れることができません。
ずいぶん前に、スポーツ紙の記事で【イクメン】として取り上げられた伊藤くん。
昨夜の番組でのお子さんたちとの微笑ましいやり取りに、優しいイクメンパパの表情がいっぱいあふれてましたね。
伊藤くんを支える奥様もとても素敵な方でした。
この素敵な家族を守るために、これからもたくさんの笑顔で包まれるように、
伊藤くんのセカンドキャリアが、きっと明るいものとなりますように。。。

ちなみに番組で出てきたこの千葉ユニの画像。
↓↓↓


もしかしたら、私が最後に伊藤くんのピッチングを観た日と同じ日かも。。。
↓↓↓






************************************************************************************


中後 Dバックスメジャーキャンプ招待濃厚!夢の舞台まであと半歩

 今季ダイヤモンドバックス傘下マイナーでプレーした元ロッテの中後悠平投手(27)が、来年2月にアリゾナ州スコッツデールで行われるダ軍のメジャーキャンプに招待されることが29日(日本時間30日)、濃厚となった。大リーグ関係者が明らかにした。

 今年4月に渡米し、ルーキーリーグからスタートした中後は、8月に3Aに昇格し、登板全13試合で無失点。自身も「(メジャーに)あと一歩のところまでいけた」と手応えを感じていた。今月上旬のウインターミーティングでは、00年にヤクルトに所属したトーリ・ロブロ新監督が日本報道陣に逆取材。右左は違うが、同じサイドスローの中後について「私が一緒にプレーした高津と似たタイプなのか?」などと期待を膨らませていた。

 指揮官は救援陣について「みんなにチャンスがある」としている。今季の救援防御率は4・94で30球団中27位。先発を含む対左打者の防御率は5・18で同30位で、左の中継ぎ投手も手薄だ。メジャーキャンプに招待されれば、3月のオープン戦でテストされることになる。過酷なサバイバルが待ち受けるが、そこで結果を残せば、開幕メジャーの可能性も十分ある。

 マイナー契約ながら専属通訳が付く好待遇。開幕メジャーを勝ち取り、年間通してプレーすれば年俸53万5000ドル(約6260万円)となる。日本選手は95年の野茂から22年連続で新たな大リーガーが誕生。1年前、年末恒例のテレビ番組「プロ野球戦力外通告・クビを宣告された男達」への出演をきっかけに米挑戦への道が開けた変則左腕がアメリカンドリームをつかみ、日本選手の連続デビュー記録を継続させるか注目される。

 ◆中後 悠平(なかうしろ・ゆうへい)1989年(平元)9月17日、大阪府生まれの27歳。近大新宮3年夏は和歌山大会8強で甲子園出場はなし。近大では2年春に3勝を挙げMVP。3年時には世界大学野球の日本代表に選出された。11年ドラフト2位でロッテに入団。12年4月22日西武戦(QVCマリン)で初勝利。昨季限りで戦力外となった。通算成績は37試合で2勝2敗、防御率5・68。1メートル83、76キロ。左投げ左打ち。

(スポニチ)

昨年、番組で取り上げられた中後くん。
野球が続けられるかどうかもわからない絶望的な状況から、
到底想像もできなかった大きなチャンスが。。。
メジャーまであと一歩!!
今度はしっかり掴み取らなくちゃね!!
頑張れ!!中後くんo(≧∇≦)o



ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 拾い読み★2016-366 | トップ | 拾い読み★2016-366≪コラム記事2≫ »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL