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拾い読み★箱根駅伝≪復路・朝刊1≫

2017年01月04日 07時09分09秒 | スポーツあれこれ

【箱根駅伝】今回も最強青学大、V3&年度3冠の同時達成!
 ◆報知新聞社後援 第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)(3日、芦ノ湖―東京・読売新聞東京本社前、5区間=109・6キロ)

 往路優勝の青学大が復路も5時間30分25秒で制し、総合11時間4分10秒の完全優勝で、史上初の箱根3連覇&年度3冠の同時達成の快挙を成し遂げた。往路でタスキが破れかけるアクシデントと7区・田村和希(3年)が脱水状態であわや途中棄権という2つの大ピンチを克服。「サンキュー大作戦」が大成功した。(晴れ、気温マイナス0・5度、湿度78%、北西の風0・3メートル=復路スタート時) 駅伝の象徴、タスキを誇らしげにかけた青学大の安藤主将がV3&3冠のゴールテープを切った。「チーム全員の思いがつまったタスキを無事に大手町に運ぶことができてホッとしています。3連覇、3冠のプレッシャーを感じて、3週間、眠れなかった」と安藤は感慨深い表情で話した。

 史上6校目の大会3連覇と史上4校目の年度3冠。同時達成は初の偉業だ。往路、復路の完全Vによる年度3冠も初めて。2位・東洋大との差は昨年よりさらに10秒広がり、7分21秒差の圧勝だった。しかし、その裏には2つの大ピンチがあった。

 往路の選手が違和感を感じながら走ったフレッシュグリーンのタスキ。1区の梶谷は何度もかけ直し、2区の一色は校名が見えないほどよじれた。往路ゴールで受け取った吉田伊吹マネジャー(4年)は、タスキの重大なトラブルに驚いた。「(タスキの端を通す)穴が破れかけて1ミリしかつながっていなかった。裁縫男子ではないけど、宿に裁縫セットを借りて何重にも縫い直しました」と明かした。危機を救った吉田マネジャーのファインプレーを復路ゴール後に聞いた安藤は「往路をテレビで見ていて、なんで、みんなタスキを何度もかけ直しているんだろう、と思っていた。伊吹が直してくれたおかげで復路の選手は気持ちよくかけられた。感謝です」と話した。

 もう一つのピンチは復路のエース田村のまさかのブレーキだった。昨年末の30日に風邪で寝込んだ影響で12キロ過ぎに脱水状態に。「残り6キロは特に長かった。最悪の事態(途中棄権)も頭をよぎった」と田村。区間11位と失速し、2位・早大とは二宮(11・6キロ)で2分52秒まで開いた差が、最後は1分21秒まで詰め寄られた。

 嫌な流れを断ち切ったのは、同期の8区・下田だった。ぎりぎりで平塚中継所にたどり着いた田村からタスキを受け取ると「任してくれ!」と走り出した。山梨学院大の古田哲弘が1997年大会でマークした最古の区間記録まで16秒に迫る圧倒的な区間賞で勝利をほぼ決定づけた。

 救急車で平塚市内の病院に運ばれた田村は治療を受けた後、東京・町田市の寮で静養するつもりだったが、移動中の車内のテレビで力走する安藤の姿を見て気が変わったという。「大手町に行って、早くみんなにありがとうと言いたかった」。ゴールの2時間後、再合流した田村を中心にゴール直後のような歓喜が広がった。

 昨年の東京マラソンで10代日本最高記録(2時間11分34秒)を出した下田を“つなぎ区間”の8区に配置できる厚い選手層。先月26日の登録メンバー16人以外による1万メートル学内記録会では、11人が他校なら戦力になる29分台をマークした。

 それでも簡単に勝てないのが箱根路だ。冷静なエース一色でも感極まり「安藤がゴールに来る前に泣いちゃいました。前々回はチームの厳しさ、前回は走力、今回は総合力で勝った。みんなに感謝したい」と目を赤く腫らした。チーム全員がそれぞれ「感謝」を口にする姿に原晋監督(49)は満足そうに言った。「これこそサンキュー大作戦。完遂です」。苦しみながら、しかし青学大は今年も強かった。(竹内 達朗)

 ◆タスキ 端の部分に切れ込み穴があり、その部分にもう一方の端を通した上で結び目を作り、輪の状態にした上で長さを調節する。日本陸連の「駅伝競走規準」の第9条ではタスキについて「布製で長さ1.6~1.8メートル、幅6センチを標準とする。必ず肩から斜めに脇の下に掛けなければならない」(抜粋)と定めている。もし、今回、青学大のタスキの切れ込み穴がちぎれて輪の状態にならなかった場合、タスキリレーの度に端と端を結んだり、ほどいたりする必要が生じ、タイムロスが懸念された。

 ◆総合3連覇以上 青学大が2015年から総合3連覇。過去の総合3連覇以上は1959~64年(6連覇)の中大、69~73年(5連覇)の日体大、35~38年(4連覇)の日大、86~89年(同)の順大、2002~05年(同)の駒大の5例。そのうち、往路&復路をともに1位で完全優勝で3連覇以上したのは、1935~38年に日大が完全優勝で4連覇して以来2度目。

 ◆過去の同一年度3冠

 ▽1990年度=大東大 出雲は、箱根で山下りのスペシャリストと呼ばれた島嵜貴之(3年)、全日本は実井謙二郎(4年=アトランタ五輪マラソン代表)の活躍でV。箱根は5区で現在大東大の監督を務める奈良修(2年)が快走。

 ▽2000年度=順大 岩水嘉孝(3年=アテネ、北京五輪の3000メートル障害出場)、高橋謙介(4年)を擁し、ライバルの駒大らを抑え出雲と全日本でV。箱根では往路2位だったが、復路で往路Vの中大を6区で逆転した。

 ▽2010年度=早大 矢沢曜(3年)らタレントがそろい、出雲では日体大、全日本では駒大を抑えて優勝。箱根ではスーパールーキーの大迫傑(リオ五輪1万メートル、5000メートル出場)を1区に置き、5区で一度は逆転されたが、復路で八木勇樹(3年)らが順当にリードを広げ2位の東洋大を突き放した。

【箱根駅伝】青学大、今だから明かせる“裏”10大ニュース
 青学大の強さには理由がある。今だから明かせる今季“裏10大事件”を紹介する。

 〈1〉原監督、陸連幹部と大ゲンカ
 前回大会後、ひとりの選手が知人女性とトラブル。6月、日本選手権の会場で日本陸連幹部にその選手を「犯罪者」呼ばわりされると原監督は激高した。「起訴もされていない選手を犯罪者と呼んでいいのか? やじ馬のオッサンとは違う! 日本陸連の幹部の発言として無責任だ!」と猛抗議。「選手とチームを守るためなら相手が誰でもケンカする」肝っ玉が据わった指揮官がチームを率いる。

 〈2〉下田、ほろ酔い泣き笑い
 10月、出雲駅伝で完勝した夜の祝勝会。ビール1杯で“出来上がり”の下田は3区で東海大の関颯人に敗れたことに悔しさ爆発。「下田裕太に未来はあるのでしょうか!」と絶叫した。「ある、ある。大丈夫だ」と仲間はすぐに合いの手。抜群のチームワークを披露。

 〈3〉新入生、カルチャーショック
 2月、宮崎合宿に入学前の新入生が体験参加。小雨が降る中の練習直前、原監督が確認事項を伝える際に新入生はそろって脱帽。「高校時代は監督の話を聞く時、帽子を脱いだかもしれないが、青学大は違う。何のために帽子をかぶっている? 雨にぬれないためだろう。なら、脱がない方がいいはず。今までの常識を疑ってほしい」

 〈4〉一色、雪かき
 1月下旬、一色は教室の机に左太ももをぶつけて全治3日の軽傷。丈夫なエースが珍しく練習を休むと、練習場に雪。長靴を履いて雪かきに専念した。学生トップレベルの選手も一部員。チームの結束力を示した。

 〈5〉村井、“5年生”の意地見せる
 村井は留年しているため実は大学5年生。昨春、卒部することも考えたが、熟慮の末、チームに残った。その時から小野田の控えとなることは濃厚だったが、地道な練習を続けた。「男気がある」と原監督は称賛。

 〈6〉秋山、市民ランナーより遅かった?
 9月の5000メートル学内記録会。自己ベスト13分53秒の秋山が21分58秒の大ブレーキ。市民ランナーの中級者レベルだった。12月の5キロ走でも21分台の失態。だが、本番では3区で2年連続区間賞。「不思議な選手だ」と原監督。

 〈7〉安藤、主将なのに優勝パレードで脇役?
 前々回、前回ともに相模原市内で優勝パレードが開催された。主将は先頭のオープンカーに乗れる“特権”があるが、指揮官は「主将でも優勝メンバーでなければ後方に回ってもらう」と宣告。「それだけは避けたかった」。10区4位だった安藤は安ど。

 〈8〉鈴木、神ってるパフォーマンス
 出雲駅伝の前日、1区に抜てきされた鈴木は「神ってる走りをします」と宣言。従来の体育会では「1年坊が調子に乗るな!」と先輩に怒られるケースだが、4年生の小関一輝主務は「面白い!」と褒めた。雰囲気は常に明るい。

 〈9〉田村、キレキレのツッコミ
 その鈴木は出雲駅伝で区間5位。2区の田村は「よく頑張った」と褒めたたえた上で「でも、神ってはいなかった。普通の好走だよね」。走り同様にツッコミは切れ味抜群だった。

 〈10〉吉永、追試合格
 11月の世田谷ハーフマラソンはメンバー選考会。1週前の全日本Vメンバーは免除されたが、3区で苦戦した吉永は「追試」を命じられた。チーム2位と踏ん張り、登録メンバー入り。厳しい競争が青学大のレベルを上げる。


【箱根駅伝】次回はV4狙う青学大と経験積んだ東海大中心か2017年1月4日5時45分 スポーツ報知
 ◆報知新聞社後援 第93回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)(3日、芦ノ湖―東京・読売新聞東京本社前、5区間=109・6キロ)

 第94回箱根駅伝まで、あと363日。大胆に次回大会の戦況を占いたい。

 4連覇を目指す青学大と悲願の初優勝を期す東海大が優勝争いの中心になる。青学大は大黒柱の一色が卒業するが、下田と田村の2本柱が残る。山の特殊区間も5区・貞永、6区・小野田と上積みが計算できる。対する東海大は貴重な経験を積んだ。1年生の潜在能力は高い。「東海大はシード権を死守したことが大きい。強敵になる」と青学大の原監督は警戒する。

 2強を追うのは5校か。

 東洋大は箱根路では常にしぶとく走る。順大は2区塩尻、5区山田が強力。神奈川大はスーパーエース鈴木健を擁し、中央学院大は今回、5区と6区の合計タイムが最も速かった。13年の全国高校駅伝を制した付属高出身の上田、市谷らが4年となる山梨学院大は予選会からの下克上を狙う。有力4年生が多く抜ける早大、駒大、日体大は来季、正念場となるだろう。(箱根駅伝担当・竹内 達朗)


【箱根駅伝】慶大、復活に向け新体制!新監督に日体大OB保科氏招へい
 1920年の第1回箱根駅伝に出場した名門校、慶大が来季から日体大OBで日清食品グループの保科光作コーチ(32)を監督に招へいし、94年の第70回大会以来の復帰に向けて本格的に強化を図ることが3日、分かった。今大会の予選会では28位に終わるなど低迷するが、日本有数のブランド校は高い潜在能力があり、青学大のライバルになる可能性もある。

 第1回大会に出場した4校のうちの一つで“箱根オリジナル4”と呼ばれている伝統校が復権に向けて動き出した。関係者によると、すでに保科コーチの監督就任は内定。現在は推薦入学の制度作りなどを話し合っているという。

 慶大はリオ五輪400メートルリレー銀メダルの山県亮太(24)=セイコーホールディングス=らを輩出するなど近年も短距離部門では活躍しているが、駅伝チームは長らく低迷。箱根路は94年大会以来、23年も遠ざかっている。だが、国内トップレベルのブランド力は有力高校生の勧誘に大きなプラス。青学大の原監督も「私も青学というブランド力に助けられることは多い。慶大が大学を挙げて本気でやれば強くなるでしょう」と話す。

 2年後の第95回、あるいは、7年後の第100回の記念大会では出場校の増枠が見込まれている。強化期間を考慮した場合、慶大は100回大会の復活が現実的な目標となりそうだ。

 ◆慶大競走部 1917年創部。箱根駅伝は20年の第1回大会に出場した4校のうちの一つで、30回出場。32年大会で総合優勝し、往路は2度、復路は47年大会を制したが、50年代以降は出場機会が減少。94年大会(19位)を最後に出場から遠ざかっている。主な陸上部OBはマラソンで28年アムステルダム五輪6位、32年ロサンゼルス五輪5位の津田晴一郎ら。第1回大会に出場した残る3つは早大、明大、東京高師(現筑波大)。


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青学3冠&V3!8区ぶっちぎり下田に原監督感謝「大明神」
3年連続往路優勝の青学大が、復路も5時間30分25秒で3年連続で制し、11時間4分10秒で史上6校目となる3連覇を達成した。7区(21・3キロ)の田村和希(3年)が区間11位のブレーキで差を詰められたが、8区(21・4キロ)の下田裕太(3年)が2年連続区間賞で勝負を決めた。出雲、全日本と合わせた大学駅伝3冠は史上4校目で、箱根3連覇との同時達成は史上初。1917年に日本に駅伝が誕生してから100年、青学大が金字塔を打ち立てた。

 いつも陽気な原監督の表情が変わる。15年から箱根で進撃を続ける青学大が、初めてといっていい大ピンチを迎えた。当日メンバー変更で、同大史上最速の1万メートル28分18秒31を持つ田村を7区に投入。序盤は快調だったが、15キロを過ぎて大失速した。「楽勝と思っていたけど“まさか”が存在しましたね」と指揮官。一度は開いた早大との差が詰まる。3連覇&3冠への最後の試練。チームを救ったのは、8区を駆けた同級生の下田だ。

 たすき渡しの瞬間、意識がもうろうとする中、田村は確かに下田の声を聞いた。「あとは任せろ!」。97年にマークされた大会最古の区間記録を目指し、下田は序盤から激走した。向かい風で記録は伸びなかったが、2年連続区間賞。1分21秒に迫られた早大との差を5分32秒とし優勝を決定づけた。原監督にとって箱根9度目の指揮で、今大会のテーマは「サンキュー大作戦」。下田は「あの状態でも走ってくれた田村の粘りに感謝したい」と感謝を口にした。

 初マラソンの昨年2月の東京で、2時間11分34秒の10代日本最速記録をマーク。「もっと上を目指すなら、フォームを変えよう」。上半身にひねりを加える新フォームに取り組んだが、うまくフィットせずに調子が下降した。アニメ大好きな20歳は、大ヒット映画「君の名は。」を3度も映画館で観賞して気分転換。秋には復調したものの、出雲は油断して3区4位、全日本は緊張から1区8位に終わった。

 結果を残せない中、最後に信じたのは自分自身だ。「この一年間、箱根に懸けてやってきた。そう思うと気持ちも上がった」。もはや新春の風物詩と化した独走態勢を築き、原監督も「後ろから見ていてほれぼれした。楽に大手町を迎えることができた。“下田大明神”ですね」と絶賛だ。

 歓喜に沸く大手町で指揮官は3度宙を舞った。「サンキュー大作戦は大成功!サンキュー指数は139%!」。奔放なコメントを残すことで自ら重圧を背負い、選手を伸び伸び走らせる絶妙タクト。他校ならエースの下田を復路の8区に起用できる圧倒的な選手層で史上初の快挙を達成した。

 日本で駅伝が誕生してから、今年でちょうど100年。「そういう年に、3連覇と3冠ができるなんてねぇ」と原監督は感慨に浸った。来季もVメンバー10人中6人が残る。「これだけの戦力が整っていれば4連覇を狙っていくけど、プレッシャーはない」と下田は言う。箱根4連覇&2年連続3冠へ。メモリアルイヤーに刻まれた伝説には、まだまだ続きがある。

 ◆下田 裕太(しもだ・ゆうた)1996年(平8)3月31日、静岡県出身の20歳。加藤学園高を経て青学大に進学。教育人間科学部3年。2年時に全日本と箱根で区間賞を獲得すると、19歳で挑んだ16年2月の東京マラソンで日本人10代最速となる2時間11分34秒をマークした。1万メートル28分33秒77。1メートル68、53キロ。

 ▽青学大陸上部 1918年創部。箱根駅伝初出場は43年で、最下位の11位。76年を最後に出場できない期間が続いた。33年ぶりに復帰した09年は22位に終わったが、その後は徐々に力をつけた。12年に出雲全日本大学選抜駅伝、箱根は15年に初制覇を果たした。箱根の山上りで活躍し15、16年の優勝に貢献した神野大地(コニカミノルタ)らが主なOB。活動拠点は相模原市。

青学大・原監督 次の野望は「東京五輪に選手出したい」
 箱根から世界へ――。優勝記者会見で原監督は「我々青山学院軍団から3年後の東京五輪に出場する選手を出したい」と言い切った。指揮官のその力強い言葉こそ、高いレベルでのチームづくりに励んできた何よりの証拠。最終目標地点は決して大学駅伝ではない。

 その選手の筆頭格がエース区間の2区を3年連続で務めた一色(4年)だ。最終学年での箱根駅伝を終えた直後に将来的な目標を問われると「自国大会の東京五輪はマラソン代表で絶対に出るという決意。人生を懸けてやっていくつもり」と断言。既にその目は今年8月の世界選手権(ロンドン)にも向いており、その選考会となる3月5日のびわ湖毎日マラソンへの出場を決めている。箱根では一度も区間賞を獲れなかっただけに「この悔しさをマラソンで返してやるというメラメラする気持ちがある。2時間10分は切って選考に勝てるような走りをしたい」と闘志を燃やした。8区で区間賞の下田(3年)も「マラソンで結果を残すためにやってきた」と来月26日の東京マラソンに出場予定。他にも、7区で区間11位に終わった田村(3年)や、今大会は出場メンバーから外れた中村(3年)もマラソン挑戦を検討中だ。

 東京五輪への参加を希望しているのは、原監督も同じ。「日本の男子マラソン界を変えるためには私のような劇薬が必要ですよ」と指導者としての代表入りへ、しっかりとアピールしていた。

青学大7区・田村 脱水症状も「途切れさせたくない」
青学大に唯一のピンチが訪れたのは7区の田村が脱水症状を起こした瞬間だった。「内臓に疲労がたまっていた」と12キロ地点から体に異変が発生してペースダウン。それでも「絶対途切れさせたくない」という気持ちで耐え、1位のままたすきをつないだ。

 レース後は病院に出向き、一度は監督に寮に帰ることを告げたが「車内のテレビで(10区)安藤さんの走りを見 て逃げちゃだめだと思った」と最後は大手町に戻ってメンバーに感謝の言葉を述べていた。


東洋大巻き返した2年連続2位 それでも青学とは「力の差」
 往路4位と出遅れた東洋大は2年連続の総合2位まで巻き返した。7区で3位に浮上し、9区で3年生の野村が区間賞を獲得して2位に押し上げた。目標の優勝に届かなかった選手たちに笑顔はなかったが、酒井俊幸監督は「完全な目標達成ではないけれど、粘りを見せてくれた」と称えた。

 今季は出雲9位、全日本6位と低調だったことで、チームに危機感が生まれた。スピード練習を希望する3年生と、箱根に向けて長い距離の練習をしたい酒井監督との間に溝ができた時期もあった。だが、ミーティングで互いの理解を深め合い、厳しい練習を重ねた。復路では3年生4人が奮闘し、野村は「全日本を終えて練習の取り組みや体のケアなどの意識が変わった。監督を信じてよかった」と語った。酒井監督も「3年生が変わってくれた。今後につながる」と収穫を口にした。

 青学大には完敗だった。指揮官は「力の差があった。青学さんは選手に合ったフィジカルトレーニングで誰もが安定した走りができる。伝統も生まれてきている」と冷静に分析。3年間優勝から遠ざかり「今までのことに何かプラスしていかないと勝機を見いだせない」と厳しい口調で話した。


早大失速…まさか3位「走力というよりメンタルの差」
手の届くところにあった王座は、幻となって消えた。33秒差で青学大を追った早大は、王者の影を踏むことなく大手町のゴールでは8分16秒差。東洋大にも抜かれての3位フィニッシュとなった。相楽監督は「悔しいけど、今の実力。往路に主力を回したにもかかわらず後手に回ったことが結果的に響いたと思う」と声を振り絞った。

 6区から誤算が続いた。一度はペースを上げた石田は、平たんになった終盤で失速。区間12位で首位との差は2分8秒まで開いた。エントリー変更で投入された4年生の井戸は青学大・田村の不調で差を詰めたものの「動きが悪く本人にもどかしさがあったと思う」(相楽監督)。その流れは8区に投入された太田にも伝播(でんぱ)し、9区の光延が東洋大に捕まると、逆襲の力は残っていなかった。

 「流れが悪い時に“自分が立て直す”という気概のある選手が少なかった。走力というよりメンタルの差」と指揮官。初の箱根で苦渋を味わった1年生の太田は「情けない走りをしたので、来年以降、雪辱したい」と肩を落とした。6年遠ざかった優勝。だが、屈辱を味わった男たちの雪辱こそが、ワセダ栄光の歴史であることもまた、事実だ。


順大、07年以来最高の4位 名門復活アピール
 順大は07年の優勝以降では最高の4位。往路3位から7区で6位に後退したが、再び上昇し、10区では作田が区間賞で1つ順位を上げた。

 メンバー唯一の一般入試組の4年生作田は「目標は3位だったので、悔しいけれど、次につなげることができた。弱い選手でもできることを伝えられた」と胸を張った。一時はシード落ちも経験したが、昨年の6位からさらに順位を上げて名門復活をアピールしていた。


川崎監督「順位としては想定内」中央学院大6位
 出雲4位、全日本5位から順位を落としたものの、6位と健闘した。目標の5位には届かなかったが、川崎監督は「出雲や全日本は他校が崩れた結果。順位としては想定内です」と冷静に受け止めていた。

 往路で起用した1年生の不振という誤算もあったが、「痛い思いもしたけれど、2、3年後にはもっとよくなっていると思う」と前向きに捉えていた。


日体大主将は涙「もっといい成績が出せたはず」
 日体大は昨年と同じ7位だった。7区の城越、10区で主将の小野木も区間2位の力走を見せた。トップ3が目標だっただけに、小野木は「もっといい成績が出せたはず」と悔し涙。

 渡辺監督も「個人個人は力をつけたが、駅伝でつながらなかった」と反省しつつ、「昨年は安堵(あんど)した7位。今年は主将が泣いていた。そういう思いのチームになった」と意識の変化を感じていた。


「一丸」を体現 法大往路12位から8位浮上でシード権
 法大は12位からスタートし、6区で佐藤が区間3位となる力走で8位に浮上した。続いて7区の細川も区間5位で順位をキープ。8区の1年生・青木もスピード感ある走りでシード権を死守した。

 8位で来年の出場権を獲得。足羽主将は「一丸となって戦うことを意識してきて体現できた。僕が1年の時にシードを落としたりしたけど、いろいろな経験をしてきた4年で最後にシードを取れてうれしい」と胸を張った。後輩へ「より結束力を高めて成長してほしい」と訴えた。


駒大9位でどうにかシード確保 大八木監督危機感
7大会連続でトップ3を守ってきた実力校の駒大が、どうにかシード権は確保した。往路5位での貯金は想定よりも少なく、6区の物江が区間18位で9位に落ちると、その後も上位に浮上できなかった。

 経験不足の選手がそろった復路の悪い予感が的中し、大八木監督は「もう一回立て直してチームづくりをしないと、この後、駄目になる」と危機感を募らせた。その中で9区で区間4位だった片西(2年)を「レースに強い」と収穫に挙げた。片西は「強い駒沢を取り戻したい」と言い切った。


上級生が意地 東海大往路15位から10位へすべり込み
 復路で上級生が意地を見せた。4区間に1年生を配置した往路で15位と遅れたが、7区の石橋(4年)が区間賞に輝き11位まで押し上げると、8区の春日(3年)も「初日終わった時点で、上級生が頑張ってシード(を取る)とは思っていた」と、18キロ地点で前を走る帝京大に並び10位に浮上した。

 9区の川端(3年)も区間5位と踏ん張ってシードを確保した。優勝候補に挙がりながら、シード権争いとなり両角監督は「1年生は甘く見ていたところがある。足りないところを伝えていきたい」と反省していた。


最後に力尽く…帝京大11位 アンカー加藤主将ガックリ
 帝京大は昨年10位で2年ぶりにシード権を確保したが、今回は10位に3分24秒遅れの11位。往路11位から2年生の横井、1年生の岩佐が力走を見せ10位に浮上したが、最後は力尽きた。

 11位でたすきを受けたアンカーの加藤主将は、まさかの区間19位。「チームが粘ってくれていたのに、自分の走りができなくて迷惑をかけてしまった。気持ちは準備してきたつもりだったけど…」と力ない声で話した。


監督の不安的中 6区で出遅れた創価大12位
 創価大は6区の出遅れが最後まで影響した。シード権内の9位で出たが、6区の作田が区間19位と不調で14位に後退。7区の古場も区間18位と悪い流れが続いた。

 目標としていたシード権を逃し、瀬上監督は「6、7区が心配だったのが的中した」とため息をついた。ただ、8区の米満の名前を挙げ「区間3位は立派。練習通りの走りをしてくれた」と称えた。予選会からの出場となる次回を見据え「3位の通過を目指してミスのないチームづくりをしたい」と語った。


大東大13位 復路で奮闘も往路ブレーキ悔やむ
 大東大は往路18位から堅実な走りで順位を上げたものの、7年ぶりのシード権は遠かった。復路だけ見れば10位という結果に、奈良監督は「やっぱり4、5区が悪すぎた。2人の1年生を伸び伸び走らせてやれなかった」と往路のブレーキを悔やんだ。

 それでも予選会をトップで通過した実力を秘めているだけに、指揮官は「やってきていることは間違いではない。努力が1月2、3日に発揮できるようにしたい」と巻き返しを誓った。


一時12位も…拓大14位「シード取りたいと思っていたが」
拓大は往路と同じ14位で復路のゴール地点を迎えた。6区の馬場が区間7位の走りで一時は12位まで順位を上げたが、その後は低迷して後退。
 2年連続16位だった昨年の成績は超えたものの、3年ぶりのシード権獲得はならず、岡田監督は「シードを取りたいと思っていたが、去年と全く一緒の結果になってしまった。チームの力不足です」と話した。


上武大15位初のシード権獲得また逃す 8位から急落
上武大は往路を終えた時点で8位につけていたが、復路では5人全員が区間11位以下と低迷。総合15位に終わって初のシード権獲得をまたも逃した。

 5区山上りで区間2位の快走を見せた森田主将は「復路は初めて走る選手が多く、やはり経験の面で他大学に劣っていた」と分析。これで09年の初出場から9年連続でシード落ちとなり、同主将は「3年生以下はこの経験を生かして来年につなげてほしい」と後輩に思いを託した。


往路19位から挽回も届かず 国学院大16位
 国学院大は往路19位からの挽回を狙ったものの、16位でシード権を逃した。8区の熊耳が区間6位と好走。しかし、他の4選手がいずれも区間10位以下と伸びずに順位を3つ上げるのが精いっぱいだった。

 前回大会不出場からの箱根駅伝。前田監督は「期待に応えられなかったのは悔しいが、選手たちは最後まで諦めずに走ってくれた」と最後まで戦い抜いたチームをねぎらった。


主力インフルで優勝候補の山梨学院大無念 シード争いも絡めず
 優勝候補の一つだった山梨学院大は往路16位からさらに順位を下げて17位に沈んだ。最大の敗因はインフルエンザ。1週間前にチーム内で流行し、メンバー入りしていた佐藤孝哉(4年)、市谷龍太郎(3年)、河村知樹(3年)の主力3人を起用できなかった。上田監督は「チームに動揺が走って、浮足だってしまった。区間配置は苦肉の策。最後に弱い部分が出てしまった」と無念の表情を浮かべた。

 今季は出雲2位、全日本3位と好調で期待が大きかったが、優勝争いどころかシード争いにも絡めなかった。指揮官は選手たちを前にして「今回の結果が俺たちの力。惨めさの中から勇気を持って一歩を踏み出してほしい」と伝えた。2区候補ながら大学生活最後の箱根を走れなかった佐藤は「来年は同じ過ちを繰り返さず、優勝してほしい」と後輩たちにリベンジを託した。


明大18位、2年連続シード落ち屈辱 アンカー坂口は手応えも
 明大は往路17位の出遅れを巻き返すには至らず18位。2年連続のシード落ちの屈辱を味わった。

 それでも、手応えを口にしたのはアンカーを務めた2年生の坂口だ。昨年9月、赤血球が増えすぎる「真性多血症」と診断され、2カ月にわたって治療。本格的練習復帰は12月3日からで出場にこぎ着けた。区間13位は満足できるものではないが「思ったより走れた。もう治療もほとんどなくなったので、次は自分がエースの仕事をしたい」と誓った。


復路で沈んだ日大19位 石川主将1区出遅れ悔やむ
日大は往路10位から、19位に沈んだ。7区の1年生石垣、8区の1年生小坂、9区の3年生山崎一がそろって区間20位とブレーキ。1区で16位と出遅れた石川主将は「1年生を追い込む状況をつくってしまった自分のミスが心残り、悔しい」と往路で悪い流れをつくった自分を責めた。

 予選会10位から逆襲を狙ったが、3年ぶりのシード入りはならなかった。


往路も復路も最下位…国士舘大20位 流れ変えられず
 27年ぶりのシード権を狙った古豪・国士舘大は8区への中継所で繰り上げスタートとなるなど、往路最下位から一度も浮上することなく終わった。

 「復路は切り替えて行こう、と話したけど流れを変えられる選手がいなかった」と石井主将。それでも「8、9区と(たすきを)つないでくれる意地を見せてくれたのは、来年につながると思う」と後輩たちの雪辱に思いをはせていた。


関東学連アンカー照井 幻の区間賞に「ルールなので仕方ない」
 関東学連10区の照井(東京国際大)が幻の区間賞となった。予選落ちしたチームの選抜メンバーで個人、チームともに参考記録扱い。1時間10分58秒は区間賞に相当するが「ルールなので仕方ない」と語った。

 昨年は自らの大学で初出場し「まるで歯が立たなかった」と3区13位と洗礼を浴びた。「その経験を踏まえての区間賞。目標は達成できた」と語り、後輩たちに「自分の姿を見て来年は予選会を通って勝負してほしい」とエールを送った。

(以上 スポニチ)



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