"人生の秋”を豊かな心で穏やかに、日々を過ごしたい

神様から与えられた限られた寿命を大切に、老いてこそ華やいで。

あれから75年、今日は太平洋戦争の口火を切った、真珠湾奇襲攻撃の日。

2016年12月07日 20時06分39秒 | Weblog

当時、私は小学校5年生の軍国少年。箱形のラジオをからの大本営発表を聞いて、歓声を上げたのを覚えている。

戦後生まれの皆さんには、遠い昔話。

憧れた「海軍予科練」に志願、零戦に乗りたくて横須賀へ。

山本司令長官の言葉。

 

  

敗戦を迎えた大分県・佐伯航空隊、現在も指令所後跡保存されいます。

国のため、天皇陛下のためと、「一億火の玉」で、350万人の尊い命を奪った太平洋戦争(大東亜戦争)

 

  

人が殺し合う戦争は絶対にしてはならない。私のメッセージです。

遠く、アフリカに派遣されている自衛隊の隊員から、戦死者が出ないことを祈る。

戦後70年間、平和憲法で、一人の戦死者も、他国の人を殺さずに、平和が維持出来ました。

安倍総理が、年末にハワイ・パールハーバーの戦艦・アリゾナでオバマ大統領と「平和と理解」の会談。

真珠湾の奇襲攻撃から広島・長崎の原爆。

戦争の悲惨を認めて、二度と人が殺し合う戦争は絶対しないでことを祈る。

87歳の敗残兵の遺言・最後のメッセージをです。

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント (1)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 一年前も大阪城ホールでfrede... | トップ | 絶好の山歩き日和に誘われて... »
最近の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
体験 (sasanoha7920)
2016-12-07 21:32:08
集団疎開先の草津で、飛行機への憧れか、ゼロ戦、隼、呑龍等の設計図を何も知らず描いていました。貴重な体験からの警告、重い、重いです。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。