くじびき はずれ の 見た世界

シニア初心者というのに世間知らず。
少年のようなつぶらな瞳?
そろそろ大人の記事を書きたい毎日です。

スタンプラリー

2017年05月13日 23時59分19秒 | ひといき入れましょ

昨夜からの雨は午後まで続き15時頃から霧のようになり、17時頃にはようやく
やみました。  久々に長かったですね。

さて、タイトルのスタンプラリー。
その昔、お寺参りゆ宗教など興味がなく、ただ四季の景色や庭園を観光気分で
周ることだけが好きだった若い女性が「スタンプラリーみたいだね」と言った
御朱印帳のことです。

4月に京都府立京都文化博物館の【戦国時代展】に行ったとき、『ろうじてんぽ』の
紙の小さな博物館「楽紙舘」で無地の集印帳を買っていました。

西国三十三カ所の集印帳はかなり以前に第一番・那智山 青岸渡寺に行った記念に
納経帳を買い求め、一番の御朱印を頂きました。

このところの門戸厄神(東光寺)さんで右の御朱印帳の1ページに朱印を頂きました。

門戸厄神さんには、大きく分けて西国薬師の御朱印と厄神明王の御朱印があり、
どちらにするか尋ねられて 厄神明王の方を頂きました。

複数の朱印の印影を集めることを集印(しゅういん)といい、朱印を押印し集印する
ための専用の帳面を
朱印帳(しゅいんちょう)、御朱印帳(ごしゅいんちょう)
納経帳(のうきょうちょう)、集印帳(しゅういんちょう)と呼び、すべて同じ物の
呼び名です。

スタンプラリーと違うのは自分で押したり誰でも良いわけではなくて、寺社の職員や僧侶神職氏子などが押印し寺社名や参拝日などが書かれるものです・。

ちなみに先日の奈良県葛城市の三寺もいただいていました。 

左が石光寺で、右が當麻寺の奥之院です。
元々は寺社に写経を納めた際の受付印であったとする説が諸説の中では一番正しそ
うで本来の意味はこれだと思います。

最近ではそのお寺に参詣したという記念の証拠みたいにする場合が多く、お寺の
方も「納経帳」などと堅いことは言わないで授けてくださいます。

 

これが昨日までの三日間かけた日記の善峰寺。
この西国三十三カ所や四国八十八カ所は巡礼の為の御朱印と一般の朱印帳とは
朱印も文字も別のことが多く、種類も3~6ぐらいあって、ご本尊とか秘仏で
あったりと集める楽しみのようなものもあります。

他に巻物の掛け軸様式になっているものや、お遍路の白衣にお願いする方も居ます。

葬儀の際に自分が集めたものを棺に入れてもらって、旅立ちの明かりとされる場合
もあって、亡父もその一人でした。

西国も四国も何回も周って納経帳も自分の旅立ち分と息子(僕)・娘(妹)と
その家族に各一冊、掛け軸もちゃんと表装を施したものが5本は残して逝きました。

 

こちらが亀岡の穴太寺です。

西国三十三カ所は皇族の花山法皇由来のお寺で、四国八十八カ所は弘法大師由来の
観音霊場で、種類・意図が違っています。

各お寺での御朱印はだいたいが300円で授けていただけます。


それだけのところもありますが、他に65mmぐらいの散華(下の3枚)や
梵字本尊のお札を西国三十三カ所ではいただけて、花の寺などは絵葉書を1枚
付けてくださることもあります。 

四国八十八カ所はお札を授けてくださいますが、巡礼の回数によって一色刷りや
銅の札(10回以上?だったっけ)、銀の札 (50回以上?)、金の札(100回以上?)なんて気の遠くなるものもあります。

はい、亡父は金の札を棺に入れました。

法華宗、日蓮宗のお寺でも朱印はありますが、他の宗派の御朱印がある御朱印帳を
差し出すと、省略した感じだったり拒否されるお寺もあります。

また、浄土真宗の特に大谷派(東本願寺)りお寺ではそもそも拝観者に対しての
御朱印という考え方がありません。
根本はその1回限りで教えを悟ったようなものではないという考え方なのです。

そんな四角四面のことを言わずにいつ参ったかの記録として朱印という形での
奉納の仕方もあるのではないかと思います。 


近頃は花の寺、薬師の寺、七福神めぐりなどと様々な形での朱印が増えて、1時期は
ブームになったこともありました。
どんな形でも良いことではないかと思います。 

 


 


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4 コメント

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こんばんは (sarara)
2017-05-14 04:05:27
ご朱印というものをいただいたことはないのですが
何とも迫力がありますね。
お参りをした足跡としては魅力的なものです。
こういう言い方は罰あたりかな?
ひとつひとつを巡った時の思いが凝縮されているのでしょうね。

子どもたちの家族の無事を願って集められたご朱印には
お父さまのお気持ちが込められているのでしょう。
何だか胸が熱くなります。
おはようございます (すー)
2017-05-14 04:32:43
本当に趣味が広いですね。趣味と言ったらいけませんが御朱印は・・・
スタンプラリーという呼び方はどうかとは思いますが、若い人に興味を持っていただくこは大切なことでもありますね。
ただし、一時のブームで終わりそうなところが問題でもありますが! 何とか女子とか言われるのはそんなことが多い気がしますが!。
おはようございます。 (くじびき はずれ)
2017-05-14 07:00:02
 sararaさん
お寺参りは気持ちの問題で素直に無になって合掌する
心があれば第一目的は達成していると考えます。
縋る思いも静かに念じれば通じることもあるでしょうが
神様参りのときも同様に欲張ってたくさんの願い事を
いっぺんになんて、ダメでしょうね。

邪念が無ければお庭拝見でも四季折々を愛でたりだけでも
構わないと、個人の感想ですが思います。
だって本堂(金堂)を頑なに閉ざして御本尊様のお姿さえ
拝見出来ないお寺も多くあり、障子に手を合わせて帰るなんて
いくら文化財保護と言っても理不尽のような気がします。

現代っ子のスタンプラリー感覚でも神仏に一歩近づいて
くれると言うのは決して悪くないと思います。

若い頃から十二指腸潰瘍で何度も入院を繰り返していた
父が79歳まで生きられたのは、80歳を目前に召されたことも
併せて、御仏のお導きだと思っております。

私が小学生の頃から「この父は自分が高校生になるまで生きてはいないだろう」と
一刻も早く自立せねばと思っていたくらいでしたからね。
おはようございます。 (くじびき はずれ)
2017-05-14 07:25:41
 すーサン
社寺仏閣巡りは趣味と言っても悪くないくらいで、京都でも
三千院さんや大覚寺、妙心寺・六角堂、金閣寺・銀閣寺から
嵯峨野・東山のお寺も八坂神社・平安神宮などなど何十回と参詣しています。

やっとソロソロ、記録に御朱印をいただく気持になりました。
今までは『いつでももらえる』物だったのが、次が不安に
なって来ているのかも知れませんね。

仮に歴女・撮り女・仏像女などでも無くミーハー女子でも
一般のスタンプラリーのように粗品や景品が有るわけでも無いのに
興味を持ってくれたことには善いことだと思います。

拝観受付窓口やお坊さんの説法に触れる機会もあるでしょうから
何もしないよりは遙かな進歩でしょうか。

宗教云々は別として人の話を聞く、仏像に手を合わす気持
だけでも良いかなって思います。

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