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2016-12-31 15:54:11 | 日記
宇多田ヒカル
宇多田ヒカル
Utada Hikaru
Utada Hikaru.jpg
基本情報
出生名 宇多田光
別名 ヒッキー(Hikki)
生誕 1983年1月19日(33歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーク市
学歴 コロンビア大学(中退)[1]
ジャンル ポップ、R&B、エレクトロニカロック
職業 音楽家、シンガーソングライター、編曲家 マルチミュージシャン
担当楽器 ボーカル
ピアノ
キーボード
ギター
ベース
ドラムス パーカッションなど
活動期間 1998年 - 2010年
2016年 -
レーベル Virgin Records/UMJ
事務所 U3MUSIC
公式サイト Hikki's WEB SITE
宇多田 ヒカル(うただ ヒカル、1983年1月19日 - )は、日本の音楽家。愛称はヒッキー(Hikki)[2]。
目次 [非表示]
1 概要
2 人物
3 音楽性
4 来歴
4.1 1998年 - 2003年
4.2 2004年 - 2010年
4.3 2011年 - 2015年
4.4 2016年 -
5 受賞歴
6 ディスコグラフィ
6.1 オリジナル・アルバム
7 出演
7.1 ラジオ
7.2 CM
7.3 テレビ
7.4 アニメ
8 ライヴ
9 タイアップ曲
10 脚注
10.1 注釈
10.2 出典
11 関連項目
12 外部リンク
概要[編集]
1998年12月9日デビュー。1stアルバム『First Love』は累計売上枚数765万枚を超え(オリコン調べ)、日本国内の歴代アルバムセールス1位になっているほか[3][4]、2ndアルバム『Distance』では初週売上枚数が歴代1位となる300万枚(オリコン調べ)を記録している[4][5]。また、2007年発表の「Flavor Of Life」は当時のデジタル・シングルのセールスにおいて世界1位を記録した[6]。『日本ゴールドディスク大賞』「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」を2度受賞しているほか[7][8]、『First Love』『Distance』『DEEP RIVER』『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』の4作品がオリコン年間アルバムチャート1位になっている[9]。
2010年に「人間活動」として翌年以降の活動休止を発表[注 1][10][11]、2016年にアーティスト活動を再開した[12][13]。
人物[編集]
1983年(昭和58年)1月19日、アメリカ合衆国のニューヨークにおいて父宇多田照實と母藤圭子のもとに生まれる。母親に抱えられている生後5ヶ月時の姿が撮られている[14]。本名の表記は宇多田光[15]。東芝EMIからデビューする際に、漢字だと何か堅い感じがするという意見が出たため、漢字表記と同じ画数の「ヒカル」にしたという[15]。画数にこだわったのは、よい画数の名前であると言われていることによる[15]。なお、母親は当初名前の候補に「いちご」や「めろん」、「すいか」を考えていたという[16]。宇多田家の祖先は山口県にあり[17]、父親が子どもの頃に家系図を見せられて由緒ある家の跡継ぎであることを説明されたという[18]。郷土資料によると山口県佐波郡徳地町(現在の山口市)の島地という地域に宇多田という大庄屋があり、たくさんの土地を持っていたとの記述が残っている[19][20]。
ニューヨークの小学校に通っていた頃は2年から4年に飛び級しており[要出典]、日本では清泉インターナショナルスクールに通っていたが[要出典]、芸能活動禁止の学校であったためアメリカンスクール・イン・ジャパン(ASIJ)に転校した[要出典]。ASIJでも1年飛び級しており、コロンビア大学のバーナードカレッジに進学するが休学の末に中退している[要出典]。2003年に紀里谷和明と結婚し[21][22]、2007年に離婚を発表[23][24]。2014年2月にイタリア人男性と再婚し[25]、2015年7月に第1子となる男児を出産したことを報告した[26]。
ブログやTwitterにおいて自身の好きなものや興味を持っているものなどを随時書き込んでいる[27][28][29][30][31]。その中でもテトリスの腕前について広く知られており、2006年には任天堂のクラブニンテンドー会員限定イベント『宇多田ヒカルとテトリス対戦!!』が開催され、一般ユーザーや任天堂開発チームとテトリスDSの1対1対戦を行った[32][33][34]。ちなみに、テトリスDSでカウンターストップとなる99999999点を達成している[35]
2010年に活動休止を発表したことについて、「(休養中の行動を『人間活動』と表現したのは)思っていることを長く書こうとしても伝わらないことが多くて、短い言葉を使おうと思った。」「自分の力で生きたい。色々と知らないことがあるまま生活しているので、1人でも生きられるようになりたい。」「得意なことばっかりやっても成長がないと思って。もし私と同じく、自分の中の苦手なこと、避けようとしている部分に向き合っていきたいと考えている人がいるなら、一緒に頑張りましょう!」と発言しているほか[36]、「有名人(見られる側)になってからの十数年、どんどん自分が見えなくなっていってた。全然自分のこと理解できてなかったし周りの人たちのことも「知ろう」としてなかった。苦しい、さびしい生き方をしてました。まだ若いうちに気付けてよかったです。みんなに感謝」とツイートしている[37]。
音楽性[編集]
作詞・作曲・編曲を手掛け、自らプログラミングも行っている(2016年現在もApple Logic Pro 9を使用[38])。絶対音感を持っていると巷で言われたことがあるが、本人がこれを否定している[39]。曲作りに関しては曲先であり[40]、「桜流し」配信開始時には「基本、コード→メロディー→歌詞という流れ。アレンジャーも私です。」とツイートしている[41]。
母親の藤圭子は、演歌の陰鬱や悲しさに影響されないように心掛けていたとしている[42]。デビュー当初から宇多田ヒカルを担当している三宅彰は、デビュー10周年の際に受けたインタビューで彼女の変化についてコメントしており、『First Love』から『ULTRA BLUE』までのアルバム4枚は誰に向けて書いたのか具体的に見える曲が多かったが、『HEART STATION』は顔の見えない不特定多数に向いていると述べている[43]。さらに、「10代は内面に向かいがちだったのが、20代半ばになり社会と自分というものを結びつけることができるようになったのかなと思う」とも評している[43]。
来歴[編集]
1990年に藤圭子、宇多田照實(Sking U)、宇多田ヒカルの家族3人ユニット「U3」を結成[44]。1993年9月17日にはポニーキャニオンからU3としてスタジオ・アルバム『STAR』を発売して日本デビューしている[44]。1995年になると宇多田ヒカルが父親の代わりにボーカルとなり、「cubic U」名義としてインディーズのレコードレーベルから作品をヨーロッパやアメリカ合衆国で発売し、翌年にかけて合計3枚のレコードと1枚のマキシシングルを発表[44]。日本では1996年9月26日には日本クラウンから藤圭子 with cubic Uとしてシングル「冷たい月 〜泣かないで〜」を発売している[44]。1997年1月、アメリカで「Cubic U」としてシングル「Close To You」(「遙かなる影」のカバー)、次いでアルバム『Precious』を発売[44]。同年秋、東京のスタジオでレコーディングしていたところ、隣のスタジオにいたディレクターの三宅彰の目に留まり、「日本語でやってみない?」という誘いにより日本デビューが決まった[45]。なお、Cubic Uの日本盤として1998年1月16日にシングル、1月28日にアルバムを発売しているほか[44]、NHK-BS2の『新・真夜中の王国』でテレビ初出演している。
1998年 - 2003年[編集]
1998年10月、FMラジオレギュラー番組『Hikki's Sweet&Sour』と『WARNING HIKKI ATTACK!!』が放送開始(いずれも1999年3月放送終了)。12月9日、「宇多田ヒカル」として1stシングル「Automatic/time will tell」発売。当時は8cmシングルから12cmシングルへと移行し始めた過渡期にあったため、8cm盤と12cm盤の2形態で発売した[46]。また、当時のオリコンチャートも8cm盤と12cm盤を個別に集計していたため、12cm盤が12位、8cm盤が20位であった[46]。ところが、ラジオ放送局へのプロモーションが功を奏して日本国内各地のFMラジオ局がヘヴィー・ローテーションしたことや外資系CDショップがプッシュしたこと、作詞作曲を手掛ける弱冠15歳の帰国子女が藤圭子の娘であることがマスメディアに大々的に取り上げられたことなどによって瞬く間に人気を得て、社会現象と化した[47][48][49]。1stシングルは1999年2月8日付のオリコンチャートで売上枚数100万枚を突破してミリオンセラーとなった[47]。その後、8cm盤・12cm盤を合わせた売上枚数は200万枚を突破した[48]。1999年2月17日に2ndシングル「Movin' on without you」を発売し、3月1日付オリコンチャートにおいて12cm盤が初の1位となった[47]。1999年3月10日、1stアルバム『First Love』を発売。初週売上枚数は200万枚を突破し[47]、その後も数十万単位で売れ続けて日本国内の歴代アルバムチャート1位となる。売上枚数は日本国内のみでおよそ765万枚[48]、日本国外も含めるとおよそ990万枚と言われている[50]。4月28日にはアルバムからタイトル曲「First Love」をリカットした。ここまで本人のメディア出演は学業と両立させていくためラジオや雑誌に限られていたが[51][52]、6月18日の『ミュージックステーション』を皮切りに『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』、『SMAP×SMAP』などのテレビ番組に出演し、いずれも番組最高視聴率を記録した[注 2][53]。
11月10日にジャム&ルイス(Jam & Lewis)プロデュースによる4thシングル「Addicted To You」を発売。オリコンシングルチャートの初週売上枚数106.8万枚は当時歴代2位の記録であった[54]。
2000年、NHK放送文化研究所が実施した「好きなタレント調査」において調査開始以来初のケースとなる圏外からの一気に1位(女性タレント部門)を獲得した[55]。『第72回選抜高等学校野球大会』入場行進曲に「First Love」が使用された。5thシングル「Wait&See 〜リスク〜」、6thシングル「For You/タイム・リミット」を発表(「タイム・リミット」はTAKURO(GLAY)との共作)。7月から8月にかけて初の全国ツアー『BOHEMIAN SUMMER 〜宇多田ヒカル Circuit Live 2000〜』を開催[56]。9月にはコロンビア大学へ入学した[57]。2001年、7thシングル「Can You Keep A Secret?」を発表し、主題歌となったドラマ『HERO』にカメオ出演した[58]。3月28日に発売した2ndアルバム『Distance』は浜崎あゆみのベスト・アルバム『A BEST』と同日発売であったことから大きな話題を呼んだ[59]。初週売上枚数はオリコンアルバムチャート歴代1位となる300万枚を記録した[5]。7月25日にはアルバム『Distance』の表題曲をアレンジした8thシングル「FINAL DISTANCE」を発売。映画『ラッシュアワー2』(Rush Hour 2)サウンドトラックに「Hikaru Utada feat. Foxy Brown」名義で「Blow My Whistle」を提供[60]。MTVジャパン初制作となる『MTVアンプラグド』に出演した[61]。TezukaOsamu@Cinemaで配信されたインターネットアニメ『ブラック・ジャック』においてピノコ役に起用された[62]。アメリカのニュース雑誌『TIME』アメリカ版の2001年9月15日特別増刊号「Music Goes Global」でU2のボノ(Bono)、ビョーク(Björk)らとともに表紙を飾り[63]、アジア版12月17日号では単独で表紙を飾った[64]。11月28日には9thシングル「traveling」とライヴDVD『Utada Hikaru Unplugged』を同時発売した。
2002年1月31日、『世界経済フォーラム』のオープニングセレモニーでクインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)とフィル・ラモーン(Phil Ramone)指揮のもとライヴパフォーマンスを披露し[65]、2月18日には総理大臣官邸で開かれたジョージ・W・ブッシュ(George Walker Bush)大統領(当時)来日を歓迎するレセプションに招待された[66]。また、アメリカのレコードレーベルであるアイランド・デフ・ジャム・ミュージック・グループ(The Island Def Jam Music Group)と専属契約を結んだことを発表[67]、同時に2001年からコロンビア大学を休学していることが明かされた[68]。3月20日に10thシングル「光」を発売。11thシングル「SAKURAドロップス/Letters」発売直前にシングルと3rdアルバムのプロモーション活動中止を発表。理由は4月に行った卵巣腫瘍(良性)摘出手術後の治療による副作用が予想以上にあったことである[注 3][70][71]。なお、シングル及びアルバム『DEEP RIVER』は予定通り発売した。アルバムは初週売上枚数235万枚(プラネットは189万枚)を記録してトリプルミリオンを達成し、オリコン年間アルバムチャート1位を獲得した。9月6日にはミュージック・ビデオやディスクジャケットをともに製作してきた紀里谷和明との結婚を発表した[21][22]。自身20歳の誕生日となる2003年1月19日にライヴ・ストリーミング『20代はイケイケ!』を開催。トークとミニライヴが行われ、当日にはおよそ100万件のアクセスを記録し、DVD化した[72]。1月29日には12thシングル「COLORS」を発売。3月26日発売の『くずアルバム』にはコーラスで参加した[73]。3月29日発売のコズミック・デブリ(Cosmic Debris)による絵本『エミリー・ザ・ストレンジ』(Emily The Strange)では翻訳を担当している。
2004年 - 2010年[編集]
2004年、日本武道館5日間公演となるライヴ『Utada Hikaru in BudoKan 2004 「ヒカルの5」』を開催[74]。3月24日に発売された尾崎豊のトリビュート・アルバム『"BLUE" A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』では「I LOVE YOU」をカバーした[75]。3月31日に『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1』を発売、4月21日には映画『CASSHERN』主題歌となった13thシングル「誰かの願いが叶うころ」を発売して日本国内の活動に一区切りをつけた。
「Utada」として全米デビュー前に、アテネオリンピックのオフィシャル・アルバム『UNITY』に参加。「ティンバランド&カイリー・ディーン&UTADA」(TIMBALAND & KILEY DEAN & UTADA)として「By Your Side」を提供した[76]。ティンバランドやジョン・セオドア(Jon Theodore、当時のマーズ・ヴォルタメンバー)がプロディース参加した全米デビュー・アルバム『エキソドス』(EXODUS)は9月8日に日本盤が先行発売し[77]、オリコンチャート初登場1位を獲得してミリオンセラーにもなった[78]。アメリカ盤は10月5日に発売した[79]。
2005年、日本国内の活動再開となる14thシングル「Be My Last」を9月28日に発売し、15thシングル「Passion」を12月14日に発売した。また、ライヴとトークを期間限定でネット配信した[80][81]。2006年、16thシングル「Keep Tryin'」を発売。6月14日には4thアルバム『ULTRA BLUE』を発売し、7月から9月にかけて全国ツアー『UTADA UNITED 2006』を開催[82]。期間限定のブログも開設した[83]。『ULTRA BLUE』はオリコンチャート初登場1位を獲得、1stアルバムから5作連続で初動セールスが50万枚を突破した[84]。また、台湾のJ-POPチャートでも初となるアルバム5作連続1位になっている[85]。11月22日にはNHK『みんなのうた』10月〜11月のうたに使用された「ぼくはくま」をシングル発売し、pom ponetteとコラボレーションしたチャリティー企画『「ぼくはくま」オリジナルT-シャツコンテスト』を開催し、グランプリに輝いたTシャツを商品化。すべてのTシャツ収益は世界の子どもにワクチンを日本委員会に寄付された[86][87]。
2007年、ドラマ『花より男子2(リターンズ)』イメージソングを収録した18thシングル「Flavor Of Life」を発売。オリコンチャートは3週連続1位となったほか[88]、音楽配信では当時の邦楽新記録を樹立し[89]、9月までには当時のデジタル・シングル世界一のセールスになった[6]。一方、私生活では紀里谷和明との離婚を発表している[23][24]。19thシングル「Beautiful World/Kiss & Cry」は映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』テーマソングと「This Is Love」に続き起用された日清食品カップヌードル「FREEDOM-PROJECT」CMソングを収録。また、ニーヨ(Ne-Yo)がUtadaをフィーチャーしたデジタル・シングル「ドゥ・ユー feat. Utada」が11月21日から配信開始[90]。12月9日のデビュー記念日を迎えるにあたり、デビュー曲「Automatic」の着うたを4日間限定で無料配信し[91]、50万ダウンロードを記録した[92]。2008年2月20日には20thシングル「HEART STATION/Stay Gold」を発売、全国のFMラジオ局とのコラボレーション企画を行った[93]。3月には無料ダウンロード企画第2弾となる「First Love」の着うたを4日間限定で無料配信し[94]、前回を上回る70万ダウンロードを記録した[95]。5thアルバム『HEART STATION』は3月19日に発売となり、6作連続となるオリコンアルバムチャート1位となり[96]、ミリオンセラーになった[97][98][99]。5月21日にはアルバムからドラマ『ラスト・フレンズ』主題歌の「Prisoner Of Love」をリカットした。10月20日からはドラマ『イノセント・ラヴ』主題歌になった2ndアルバム『Distance』収録の「Eternally」を新たにミキシングした「Eternally -Drama Mix-」の着うた・RBTを配信開始した(着うたフル・PC配信は10月31日から配信開始)[100]。
2009年、Utada名義でMyspaceにオフィシャル・ページを開設[101][102]。スターゲイト(Stargate)がプロデュースし、トリッキー・スチュワート(Tricky Stewart)も参加したアルバム『ディス・イズ・ザ・ワン』(This Is The One)は3月14日に日本先行発売した[103]。3月19日には初のオフィシャル・ブック『点 -ten-』『線 -sen-』を発売。これを記念して、かつてのFMレギュラー番組『宇多田ヒカルのトレビアン・ボヘミアン』がスペシャル番組として久しぶりに復活した[104]。3月24日に全米配信した『ディス・イズ・ザ・ワン』(This Is The One)は日本人アーティストとしては最高位となる総合アルバム・チャート19位、POPアルバム・チャート2位を記録し[105]、5月12日のCD発売後はBillboard 200において日本人アーティストとして23年ぶりにチャート100位以内にランクインした[106]。ところが、アメリカでのプロモーション活動は扁桃周囲炎の再発により中止となる[107][108][109]。6月27日には映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』公開に合わせて「Beautiful World」をリミックスした「Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-」を配信開始した[110]。2009年春には、Myspace主催によるUtadaカラオケ・コンテストを日米で開催[111]。日米双方から優勝を選出し、都内で宇多田と優勝者によるカラオケ・パーティーが開催された[112]。2010年1月から2月にかけては、初の北米ツアー『Utada "In The Flesh" 2010 Tour』を開催し、ロンドン公演含む全10公演を行った。
2010年8月9日、来年以降のアーティスト活動を止めて「人間活動」に専念することを告げ、同時に秋から冬にかけてシングル・コレクションvol.2や新曲を発売することも発表した[10][11]。9月28日にはTwitter公式アカウントを開設し(当初は期間限定の予定であった)、CM出演やライヴ開催を発表した[113]。ところが、11月24日の『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』発売日にアイランド・デフ・ジャムがUtada名義のベスト・アルバム『Utada The Best』を発売することが発覚し、本人の意向とは異なるアルバム発売に不快感を露わにした[114][115]。そのため、今後の日本国外の活動においてもEMI MUSICと契約し、アーティスト名を「宇多田ヒカル」に統一することを発表した[116]。12月8日・9日に横浜アリーナで開催したライヴ『WILD LIFE』では、8日の公演を日本国内の映画館で生中継し、Ustreamで世界配信した[117][118]。
2011年 - 2015年[編集]
東日本大震災で被災した方々のために義援金を送り、自ら献血を行ったことを公表[119]。2012年11月17日には映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』公開に合わせて、テーマソング「桜流し」を配信開始し、DVDシングルを12月26日に発売した[120]。2013年4月からは月1回のラジオレギュラー番組『KUMA POWER HOUR with Utada Hikaru』の放送がスタート(2014年3月終了)[121]。2013年12月9日のデビュー日には『Utada/Utada Hikaru: In The Flesh 2010』と過去のライヴ作品をiTunesで配信開始[122]。2014年3月10日は1stアルバム『First Love』発売から15年を記念した『15th Anniversary Edition』を製作、ハイレゾリューションオーディオも配信開始した[123]。人間活動中には母親の藤圭子の死という悲しみもあったが[124][125]、イタリア人男性と再婚して第1子となる男児を出産している[25][26]。
2016年 -[編集]
2016年、NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』主題歌を担当することが決定[126]。また、ニュース番組『NEWS ZERO』エンディングテーマも担当することを発表すると同時に、初披露となる4月4日からアーティスト活動が再開することを発表した[12][13]。「花束を君に」「真夏の通り雨」は4月15日に配信開始。「花束を君に」をリスナーにとって大切な人に贈ることを目的とした「ギフトキャンペーン」を開催し、売上の一部は熊本地震災害義援金に寄付される[127][128]。9月28日に椎名林檎、小袋成彬、KOHHが参加したおよそ8年ぶりとなる6thアルバム『Fantôme』を発売[129][130]。各配信サイトにおいて日本を含む世界31か国(地域)でランクインし[131]、CDセールスにおいてもオリコンチャート4週連続1位になった[132]。10月に単独アーティスト初となる民放ラジオ101局による特別番組『サントリー天然水 presents 宇多田ヒカルのファントーム・アワー』がオンエアになった[133]。12月9日のデビュー記念日には2003年の『20代はイケイケ!』以来となるネットイベント『サントリー天然水PRESENTS「30代はほどほど。」』を開催し[134][135]、KOHHとPUNPEEがゲスト出演した[136]。また、小田和正によるコラボレーション・ライヴ番組『クリスマスの約束』に初出演して「Automatic」などを披露したほか[137]、『第67回NHK紅白歌合戦』に初出場する[138]。
受賞歴[編集]
詳細は「宇多田ヒカルの受賞とノミネートの一覧」を参照
ディスコグラフィ[編集]
詳細は「宇多田ヒカルの作品」を参照
オリジナル・アルバム[編集]
宇多田ヒカル名義
First Love(1999年3月10日)
Distance(2001年
ジャンル:
ウェブログ
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