shiitakezouの視野

年齢とともにあれこれと色々と考えることはあるもので ᠁。思いついた時に日記代わりに書き綴ってみようかと…

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ハウステンボスの長崎県へ

2016-12-13 17:43:42 | 日記

2月に“小脳委縮”の進行が心配で会社を退職してから旅行らしきものには行かないで家ばかりにいて外出しないため、これではいけないと思い久しぶりの旅行となりました。外出して転んだら家族に迷惑をかけるし、私がいたんでは行きたいところにも行けないし、“申し訳ない”とか“情けない”という気持ちが私自身には常にありました しかし、他人からはそういう気持は改めて自分一人では何もできないからもっと他人を頼るべきだ、とか、旅行に行ったり外出して気持ちを前向きにしなければ治る病気も治らないよと言われ、これからは妻を全面的に頼ることとしました そこで思い切って妻と義妹に面倒を観てもらい、長崎まで行くことになりました 新幹線でトイレに行く時によろけたりしないか、ハウステンボスやホテルで転んだりしないか不安や心配症は一杯ありますが思い切って出掛けることにしてみましたそれにしても妻と義妹は良く気を配ってくれたり、私のためを考え行動してくれたり本当に感謝感激です 早く病気を治して、今日の分と今までのお礼を必ずしようと心底から思いました

朝は7:10の新幹線に乗り名古屋でのぞみに乗り換えて、4時間くらいで博多に着きましたが義妹らが楽しみにしていた関門海峡は見えずトンネルの連続でした ハウステンボス行きの指定列車に乗り換えて1400頃ようやくの目的地に到着しました、ここまでトイレ、乗り換え、歩行とも何の問題もありません

    

ハウステンボスの中のホテルヨーロッパに宿泊しますが、ホテルのチェックインまで時間があるので足の悪い私のためにカートタクシーに乗って園内を遊覧したあとホテル行きは船で運河を渡って行きます

   

私の行動が制限を受けるため私と同じに行動をさせるのは荷が重いので、夕食の18:00まで妻と義妹は土産物を買ったり園内を散策のために外に出てもらうことにします 18:00前に帰って来たのでレストランへ夕食を食べに参りますが、以前であればその土地のものを食べに行くとか歩き回ったものでしたが、歩行もおぼつかない今ではホテル内のレストランがあってくれるだけ有難いと思うようになってしましました メニューは色々ありますがステーキセットをいただくことにします(義妹が全額出してくれたそうです)

     

   

翌日は朝食バイキングを8:00頃取りまたまた新幹線に乗り込み、夜の7時過ぎには浜松へと到着しました 道中何の災いも起こらず無事に行ってこられたという安心感と長崎県まで行って来たという自信が自分の中で沸いているのが判ります 早く良くなって今まで通り動けるようになって、私を支えてくれた妻や義妹を大事にする気持ちが湧いてきた瞬間でした

 

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