昨日の「贅沢」に関しても反響があったので引き続き述べてみたいと思います。
我々のやっているクラシック音楽のコンサートに行くことも「贅沢」なのか?
昔プリティーウーマンという映画があって、アメリカからコンコルドに乗って、ヨーロッパで「椿姫」を観るシーンがあったが、あれは「贅沢」かもしれない。
アメリカにもメトロポリタンオペラという一流のオペラがあるのでそこで観れば決して「贅沢」ではないと思う。
そもそもオペラ、またはオペラ劇場はどういう位置にあるかというと街の中心に劇場と教会があり、夕食後、または観賞後に街で夕食をとりながらオペラを観に行く、という「娯楽」だった。ボックス席を持っている人はその中で食事をしながらオペラ鑑賞をした。つまりある意味オペラがBGMだったわけだ。
「娯楽」や「バカンスで遊びにいく」ことが「贅沢」と言ってしまえばそうかもしれないが、「娯楽」がないと人間はどうなるのだろう。
私は仕事が「娯楽」みたいな面もあるので全く想像がつかない。
以前に市川に住んでいたときにコンクールで賞をもらったので、当時の市長のところへ表敬訪問に行ったことがある。
そのときに市長から「夢は何ですか?」と訊かれた。
新聞社も取材に来ていたので、私は「市川にオペラハウスを作りたい」と言った。
やはり取材がいたからかもしれないが、「それは素晴らしいことですが市川では他に予算を割かないといけないことが多いから難しい・・・」という回答だった。
そのやり取りと、私が具体的に行った場所の地名も新聞に載ったし、市長は「またプライベートでお会いしましょう」と仰ってくれたが、それっきり話は終わっている。
でも後で考えて建物を建ててそして興行収入でやり繰りすれば、建てることに損はないのでないか?と思った。
外国の事情はよく知らないが、日本の「箱モノ」は建てるだけで後は知らん顔、のものがほとんど。
ホールにお客が押し寄せる内容のものを考えれば、やれば出来ると思う。
宝塚歌劇場や、吉本花月劇場、劇団四季などはみなそういう意味では成功しているではないか。
下手に行政が入るから面倒なことになるし、赤字が当たり前になってしまうのではないか。
下手に予算をもらうから「そういう〈贅沢〉に税金を出すべきではない」という気運になってしまうのではないか。
まあ、色々な部分で大変だし難しい、ということはイタい程、理解は出来ますが・・・
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さらには、僕の印象では、脳の活性化も、どこかパソコンやOSのバージョンアップと重なってしまいます。確かにそれらのバージョンアップは行いたいのですが、創作のアイデアそれ自体は、もっと全く別次元の所から発生するように思えてなりません。今更面倒かも知れませんが、五線紙と筆記具さえあれば作曲は出来ますよね。ハードウェアやOSをバージョンダウンしたとしても、それでもなお生き続ける源泉が、今の社会には不足しているような気がします。
・・・だからと言って、ハードウェアが無かったら困りますので、「ハード」と「発想」の両方が充実していて欲しいですね。これを社会の問題として捉えた場合、やはり難しい問題ですね。