地球上にこんなにたくさんの生命があるのに、どうして人間だけが創造力を持っているのだろうか。
曲を作るとき、文章を書くとき、絵を描くとき、家を建てるとき、様々なシーンで人間はその創造力を発揮するが、その根本、原動力って何なんだろうか・・・
曲を演奏、指揮していてもその最中にどんどんインスピレーションが湧いて来る。
練習で一応「段取り」を付けていくが、その作業中にも新しいインスピレーションが湧いて来るし、本番の時はもっともっと、練習や普段の生活の中では思いつかなかったことが湧いて来る。
そして私はそのインスピレーションをとても大事にしている。
演奏家によっては普段の練習でとても高いところに持っていって、本番ではその練習の通りに演奏を行う、という人もいる。
むしろその方が普通に考えて大事なことだし、事故も少ない。
でも私は本番の時は「降りて来る」のを待っている。
自分のこととして言えることは、「降りて来た」感覚があったときは、その時の演奏はいわゆる「良かった」ものになることが多いし、演奏した時間が、いい演奏ができた、と思う時程瞬間に近い時間、つまりゼロの方向に迫っているような気がする。
逆に言うと良くなかった演奏は、とても長い時間がかかったと錯覚する。
聴いている側に立ってもそう。
引き込まれる演奏を聴いた時は時間の感覚が無くなる。つまりゼロの方向に傾いている。
よくない演奏は逆に時間が無限大の方向に傾いている。
一人で演奏する時はその感覚を操りやすいが、こと指揮をする、ということになると若干話が違ってくる。
大勢を率いて、皆がその感覚になるには相当の精神力を要求される。
曲が大曲であればある程。
今度の日曜日はその精神力を多いに必要とする曲を演奏する。
セルゲイ・ラフマニノフ作曲「晩祷」
「降りてくる」のを静かに待ちたい。















いいですねえ
先生のとこに降りて来て、その波動で堂宇に聖なる雪のように
居合わせた人が幸せになれるようになるような…
10年近く一つの宗教曲だけやってた解散コンサートです
法悦昇天ライブ(笑)になれば
自分がまだ駆け出しの、例えば副指揮などをやっていた時は、そういう事を考えたことも、そういう風に感じたこともなかったですね。
参考になりました。