指揮者 神尾昇の一言

「前の日にあったこと」や、自身の考え、問題提起などを中心に「毎朝」行進、いや更新中!!

「降りてくる」時

2012年02月20日 | Weblog
地球上にこんなにたくさんの生命があるのに、どうして人間だけが創造力を持っているのだろうか。
曲を作るとき、文章を書くとき、絵を描くとき、家を建てるとき、様々なシーンで人間はその創造力を発揮するが、その根本、原動力って何なんだろうか・・・
曲を演奏、指揮していてもその最中にどんどんインスピレーションが湧いて来る。
練習で一応「段取り」を付けていくが、その作業中にも新しいインスピレーションが湧いて来るし、本番の時はもっともっと、練習や普段の生活の中では思いつかなかったことが湧いて来る。
そして私はそのインスピレーションをとても大事にしている。
演奏家によっては普段の練習でとても高いところに持っていって、本番ではその練習の通りに演奏を行う、という人もいる。
むしろその方が普通に考えて大事なことだし、事故も少ない。
でも私は本番の時は「降りて来る」のを待っている。
自分のこととして言えることは、「降りて来た」感覚があったときは、その時の演奏はいわゆる「良かった」ものになることが多いし、演奏した時間が、いい演奏ができた、と思う時程瞬間に近い時間、つまりゼロの方向に迫っているような気がする。
逆に言うと良くなかった演奏は、とても長い時間がかかったと錯覚する。
聴いている側に立ってもそう。
引き込まれる演奏を聴いた時は時間の感覚が無くなる。つまりゼロの方向に傾いている。
よくない演奏は逆に時間が無限大の方向に傾いている。
一人で演奏する時はその感覚を操りやすいが、こと指揮をする、ということになると若干話が違ってくる。
大勢を率いて、皆がその感覚になるには相当の精神力を要求される。
曲が大曲であればある程。
今度の日曜日はその精神力を多いに必要とする曲を演奏する。
セルゲイ・ラフマニノフ作曲「晩祷」
「降りてくる」のを静かに待ちたい。
 
東日本大震災緊急支援募金募集中。国際NGOワールド・ビジョン・ジャパン

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4 コメント

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Unknown (和)
2012-02-20 14:25:56
[ 降りてくる ]

いいですねえ

先生のとこに降りて来て、その波動で堂宇に聖なる雪のように

居合わせた人が幸せになれるようになるような…

10年近く一つの宗教曲だけやってた解散コンサートです
法悦昇天ライブ(笑)になれば
降りてきてもらうような・・・ (Mastin)
2012-02-20 22:28:07
「降りてくる」・・・確かに、そういう現象がありますよね。何かが降りてくるためには、その何かが着地点として選んでくれるような人生を自分も歩む必要がある、なんて考えるようにしています。
和さん (Noboru)
2012-02-21 16:03:13
昔の人もそういう体験をしたからこそ聖堂は上へ上へ建てられたのかもしれませんね。権威の象徴とは別のところで。
Mastinさん (Noboru)
2012-02-21 16:05:39
なるほど、そうですよね。
自分がまだ駆け出しの、例えば副指揮などをやっていた時は、そういう事を考えたことも、そういう風に感じたこともなかったですね。
参考になりました。

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