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【感】土佐から来たぜよ!坂本龍馬展を見る

2017-06-19 06:07:00 | 日記
今年2017年は坂本龍馬没後150年で、高知県立坂本龍馬記念館は全面リニューアルで一年間の休館中。
その間、全国4箇所で所蔵品の巡回展が行われ、6月1日~25日まで目黒雅叙園で開催中。


(暗殺場面がポスターになってる。)

これはぜひ見ねば。と、かみさんを誘って行って来たぜよ。


(こちらが龍馬さんです。)

中国歴史ものと並んで幕末ものも好きで、特に司馬遼太郎の「竜馬がゆく」は学生時代から何度読み返したか判らない。龍馬に関しては、かみさんに解説するくらいの知識は持ってるぞ。


(目黒雅叙園。久しぶりだ。)

展示会場は目黒雅叙園の百段階段。
昭和10年築の木造建築で東京都の有形文化財に指定されてるそうだ。
その百段階段途中の各和室に龍馬ゆかりの品が展示されている。



(こちらが百段階段。実際は99段なんですよ。)

土佐の郷士時代から江戸の剣術修業、脱藩、海軍操練所、志士として活躍、海援隊と、龍馬の各時代ごとに部屋を分けて、書簡を中心に陳列されてる。


(実寸大龍馬像。かみさんと握手。)

会場前でシェイクハンド龍馬像がお出迎え。身長は当時では大柄の175cmくらいだったよな。


(姉の乙女への手紙。)

筆まめだったのか龍馬の書簡は数多く残っているそうだ。
「竜馬がゆく」で読んだ実物が目の前にあるのは感慨深い。


(日本を洗濯したく候う。)

大河ドラマになったから、かみさんも何となく判るようなので、ドラマで演じた俳優名で実際の人の解説をしてあげる。


(下関海戦の図。)

薩摩藩と長州藩が手を結び、倒幕のきっかけとも言える薩長同盟の朱の裏書きは、日本が変わる一大事の筈なのにくどくどと言葉を重ねず、簡潔にさらっと書いている。器の大きさが伺えるな。


(薩長同盟裏書き。)

日本初の新婚旅行をした。と言われているのも龍馬で、寺田屋騒動で負った傷を癒すために妻のおりょうを伴って薩摩に行った際に霧島に登ったのがそれだそうだ。


(霧島へ新婚旅行時の手紙。)

寺田屋で襲われた時に使った高杉晋作から贈られたとされるスミス&ウェッソン(同型)もあった。
20年程前にかみさんと京都旅行に行った時に見学した寺田屋の風景が思い出されたよ。


(寺田屋騒動の時と同型のピストル。)

寺田屋は行ったよね。と、かみさん。
酢屋も近江屋跡も行ってるんだけど、あまり記憶にないようだな。


(龍馬の脇差し「備前長船」。)

脇差しの長船は最近見つかったそうだ。模造刀に見えるくらいピッカピカで、刃紋も美しい。
龍馬の愛刀「吉行」も見たかったけど、残念ながら展示なし。ホームページには載ってたのにな。


(海援隊旗。)

(海援隊で出版した、)

(今で言う和英辞書かな。)

海援隊時代は交易の仲介や海運業、出版業、カステラの製造と販売もしていたらしい。海援隊の前身の亀山社中は日本初の株式会社と言われてたよな。(諸説あり)



(新政府綱領八策。)

大政奉還後に新政府の綱領を示しておきながら、その政府に参画する意志を持たず、「世界の海援隊をやる」と西郷隆盛に言ったそうだが、展示物で龍馬の足跡を見ていくと、さもありなんと頷ける。

合理的な現実主義者のようで時代の最先端を行きつつも、自由活達で愛嬌もある。「土佐にあだたぬ」と武市瑞山が評したそうだが、日本にもあだたぬ奇跡のような人物だったのかもしれない。


(湿板写真。)

(この写真だね。)

その後は、雅叙園が初めてのかみさんと館内を見て回った。



(庭園が綺麗だ。)

久しぶりに都心に出て、有意義な日だった。いつかは本場高知県の記念館に行きたいな。


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