日本基督教団中津教会

中津教会での出来事を書いていきます。

使徒言行録4:32-37「主にある共同体」

2017-07-13 16:38:42 | フォトギャラリー
「使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた。」
                              使徒言行録4:33

 使徒言行録4章33節bを新共同訳聖書は「皆、人々から非常に好意を持たれていた。」と翻訳しています。口語訳と新改訳はχαρις を「好意」ではなく「恵み」と理解して、「大きな恵がそのすべての者の上にあった。」(新改訳)と翻訳しています。
人々から好意を持たれたというのではなくて、きっと好意をもたれていたことでしょうが、使徒たちや信者たちの上に大きな恵があったと理解しています。
カリスは普通「恵み」と訳されます。この語はそもそもは「喜ばれること」という意味でした。 「神に喜ばれる」場合と、「人に喜ばれる」場合と、二つのケースについて、この同じ語が用いられました。
ここに「民衆全体から好意を寄せられた」とありますが、教会が「民衆全体から恵みを寄せられた」のです。この「好意」は気持ちだけではなく、人々は教会に施しをしたとも考えられます。
教会に好意を寄せた人たちは、教会が、互いにすべてを分け合って暮らしている様子を目撃します。そしてその生活ぶりは非常に魅力的でした.

バルナバの本名はヨセフです。「バルナバ」って呼ばれていました。「バルナバ」っていうは「慰めの子」という意味があります。本名のように、バルナバと呼ばれるほど、この人は人々を慰め、励ますことが上手な人でした。バルナバは、慰め主・助け主である聖霊に満たされた人だったので、人々を慰めたり励ましたりすることができました。
バルナバはクプロ島に住んだ一財産家の子で、彼はイエスがベテスダの池で全身不随の人を癒やしたのを見て感動して、それから信仰の道に志しました。バルナバはクプロ島に住んだ一財産家の子で、彼はイエスがベテスダの池で全身不随の人を癒やしたのを見て感動して、それから信仰の道に志しました。当時財産のある人たちがそうしていたように彼も自分の畑を売って教会の活動を助けたのです。パウロをエルサレムの教会にとりなし、マルコという弟子を育てて、助けて 保護者教会の一致のために励んだ人でありました。
 彼が率先して多分の財産を神にささげたことは、他の人々の奨励、又刺激となったのです。クリスチャンのみならず、周りの人々に感化を与えていったのです。
 保護と平和 一致と平等のために働いたバルナバでした。その愛はキリストから与えられたものです。
 ゼロメという人が言いました。「当時、弟子たちは信仰は若く、新しく、主の血しおはその心に暖かく感ぜられた。彼らがその売った物の値をもって来て、使徒達の足下においたというのは、彼らがこの世の富を、足の下に踏んでおいたことを示すものである」
 わたくしどももまた金銭を頭の上に頂くのではなくて、これを足の下に踏まえ、金銭に支配されるのではなく、金銭を支配し、これを神の国のためにいかしていければと願っています。

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