漫筆日記・「噂と樽」

寝言のような、アクビのような・・・

【三つの銅貨・その一枚目】

2012年06月19日 | ものがたり

【三つの銅貨・その一枚目】

昔々、ある商人の所へ、
一人のみすぼらしい男が訪ねて来て、
「下働きでも何でも良かんべぇから、オラを使ってくだせぇ」と頼みました。

男の身なりを見て哀れんだ主人が承知すると、
男は下男として働き始めたのですが、

それから一年たったある日、下男が主人の所へ来て、

「長ぇこと世話になっただが、
 今日で一まず辞めべぇと思うだから、給金を清算してくだせぇ」と言いました。

主人が下男の働きぶりを考えて金を渡そうとすると、
下男はその中から、銅貨を一つだけ取っただけで出て行きました。

そして男は、山の中にある誰も知らない池まで行くと、
「おらが真ッ正直に働いたのなら、この銅貨は沈まねぇはずだ」と言って、

その銅貨を池の中へ投げ込みました。

銅貨はブクブクと沈みました。

彼は再び商人の所へ戻ると、
また雇ってくれるように頼み、また以前と同じように働き出しました。

それからちょうど一年、
今度も前と同じように下男が、給金の清算を言ってきたので、

主人は彼に給金をやりました。

すると下男はまた、
銅貨を一つだけ取って店から去り、
前と同じように池へ来て、銅貨を池の中へ投げ込みました。

銅貨はやっぱりブクブクと沈みました。

彼は又しても商人の所へ戻りました。

一年たつと主人は、
その仕事振りをほめて、前より多めにお金を出しました。

それでも下男は、やっぱり一枚だけ銅貨をもらうと、
今度もまた例の池へ行き、

「おらが真ッ正直に働いたのなら、この銅貨は沈まねぇはずだ」と言って、

その銅貨を池の中へ投げ込みました。

すると、なんとまあ!、銅貨は三つとも水面に浮かび上がって来たのです。

男は、満足そうにうなずきながら、
その銅貨を掬いあげて、こんどは母の待つ故郷の家へ向かって歩き出しました。

その途中で男は一人の油売りに出会いました。

その油商人は商売終りで、
これから途中の寺に寄って、お参りしてから家に帰る処で、

それを聞いた男は、
その商人に一枚の銅貨を渡して、

「このカネで御本尊にローソクを上げて下せぇ」と頼みました。

油商人は「どうせついでだから」と気軽に引き受け、
いつも寄る寺へ着くと、頼まれたローソクのお金を出そうとして、

財布をひろげた拍子に指がすべって、
男から預かった銅貨が石畳の上へころがり出ました。

チャリーン、

その時です、
銅貨から小さく炎が上がり、チョロチョロと燃え出したのです。

お寺に参詣していた人々は驚き、
人々が集まりだし、だんだん騒ぎが大きくなりだしました。

商人も驚き、あわてて、

「この銅貨を落としたのは確かに私です、
 でも私は持ち主ではありません、
 ただ見知らぬ下男風の人から、ローソクを上げるようにと預かってきただけなのです」と言いました。

人々は事情を聞くと、
「これはきっと尊いお方が、下男になって御示現なされたのだ」と、

さらに興奮して言い合いました。

やがて人々はローソクを一本づつ手に持つて、
いつまでも燃えている銅貨から、だいじそうに火を移して家に持ち帰りました。


  ==================  (続く)

【示現】じげん
 [1] 神仏が霊験を示すこと。
 [2] 仏・菩薩が人々を救うために種々の姿に身を変えてこの世に現れること。






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