こもれびの日々

人生、経験することにおいてはどんなものでも無駄はないといいます。
無駄な日々はこもれびのようなものでしょうか?大藪光政

マイツールの素晴らしさ!について・・・

2008年05月01日 | Weblog
マイツールがビスタにても動作に問題ないことがわかった記事を、「マイテックの徒然草」に寄稿していますが、つい最近マイツールに関係されている方から、次々にメールが届きました。見知らぬ方とはいえ、マイツールを活用している者にとっては、とても親近感が湧いてきます。

マイツールをご存知でない方には、わけのわからない話になりますが、日本のトロンが、バカな日本の政治家の為に見捨てられてアメリカのマイクロソフトのWindowsに、日本のパソコンが乗っ取られたことを思い出してください。

そして、そのマイクロソフトは自社のWindows OSを武器に、日本のアプリケーションを締め出したのです。一太郎や桐、そしてマイツールもそうです。マイクロソフト社のやり方が、ヨーロッパでは独占禁止法に引っかかって莫大な賠償金を払う判決が出ているのをみても頷けます。

ところが面白いことに、そのマイクロソフトが開発しているVBやアクセスは、OSが変わるたびに、VBで開発したアプリケーションは、バージョンアップの設計変更を余儀なくされているのです。これって変でしょう。

ソフト会社は、それで儲かるのですが、使う立場の中小企業は、経費が掛かってたまりません。

しかし、なんとマイツールはWindows,95,98,Me,2000,XP,ビスタとなんでもOKですから、驚きです。XPからは、特別な命令は使えないものがありますが、業務で使う分は、まったく支障がありません。使えない命令の一部は、別の命令を使ってルーチンを組めば使えますから・・・音声読み上げ命令みたいに、いらない命令が使えないぐらいでしょう。リコーさんが使えないといっている命令でも使える場合があるので、ほとんど問題ありません。

また、マイツールは自身が組んだプログラムバグが非常にわかりやすく、すぐに確認できますからこれも大きな利点です。それに何といってもスピードが速い!また、ネットワークとしての活用や、バーコードやPDFソフトとの連携もできますよ。オマケに複合複写機との連携で自動製本もできます。なんでも来い!です。

あと、一般のSEがマイツールを知らないから、セキュリティ上もメリットあります。但し、マイツールをマスターしょうと思えば一週間で、すぐ組めますから、すぐにわかってしまいますね。プログラムを隠す方法も沢山ありますが・・・面倒ですね。だから他のSEの方、絶対マイツールを勉強しないでください。

VBも、一週間で基本をマスターできますが、複雑なプログラムは手が掛かって大変です。バグ探しも大変です。やはり、業務ソフトプログラムはマイツールが楽です。開発納期が圧縮できます。

ということは、コストがあまり掛からないということですよ。

何故、日本の中小企業の皆さんがマイツールを使わないのか不思議です。こんなに良いものが、ただで転がっているのに・・・。

恐らく、システムの真髄がわかっていないのだろうなあ〜。

まあ、せいぜいマイクロソフト社にライセンスを毎回しっかり払って、時間を掛けて開発してください。と、云いたいですね。



寒い日は、暖をとりながら読書するのがいい・・・

2008年02月10日 | Weblog
      

この間読んだ漱石の『草枕』の中に次のような詩があった。


(原文のまま)
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- 湯のなかに浮いたまま、今度は土左衛門の賛を作って見る。-

雨が降ったら濡れるだろう。
  
霜が降りたら冷たかろう。
  
土のしたでは暗かろう。
  
浮かば波の上、
  
沈まば波の底、
  
春の水なら苦はなかろ。

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この詩を読んで、ふと何処かで聞いたことのある詩だと思いました。

そうそう、金子みすずの詩に似ているなあと。

もし、影響を受けたとしたら『草枕』は、1907年頃に出版されたものであるから、金子みすずは1903年〜1930年の人生でしたから、金子みすずは、この漱石の草枕を読んで、この詩に目が止まったのか、それとも何処かでこの詩と出会ったのかもしれません。

では、金子みすずの詩を下に書き出して見ます。

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- - つもった雪 -
   
上の雪
   
さむかろな。
   
つめたい月がさしていて。
   
下の雪
   
重かろな。
   
何百人ものせていて。
   
中の雪
   
さみしかろな。
   
空も地面(じべた)もみえないで。

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どうです。なんだか雰囲気が似ていませんか?

私の直覚ですが、どうも詩作の気持ちが似すぎているので・・・恐らく感性豊かな金子みすずは、漱石の草枕を読んで、上の詩に目が止まり、そしてそれが自然体として自身の詩となっていったような気がします。

ですから決して剽窃などではなく、するどい観察のもとでそれを発展させていったのではと、勝手に推理します。

『草枕』に対する読後感を『書物からの回帰』に、昨日書いておきましたが、そこでは作品そのものについては、触れることはしていません。

でも、このことについては気楽に語れるこの『こもれびの日々』が適しているかな・・・と思い少し触れたわけです。

書物からの回帰』では、漱石の草枕について悪く言うと支離滅裂、よく言うと融合小説、学者小説・・・などと極端に述べていましたが、支離滅裂とは云っても滅茶苦茶という意味ではありません。混沌としているという意味です。

草枕は形而上から形而下に移行しながら(無有回帰)、最後は、列車に乗った元亭主が那美さんから遠ざかるシーンで画工がそこに『憐れ』を見出すことで終わりますが、今まで存在していたものが消えてゆく(有無回帰)・・・『もののあわれ』を発見することを意図して描かれたものと思われます。

つまり無から有、そして有から無へと移行していくこの無常観を女性特有の『もののあわれ』で締め括ったようです。

金子みすずの詩もそうした無常観をベースにしたものではないか?と思いますが、どうでしょうか? 若い頃に読んでもピンと来なかったものが、今頃読むと味わえるというのは、やはり人生経験からくるものでしょうけど、感性が在る方は若くてもピンとくるので・・・怖い面もありますね。

By 大藪光政
 
 
   

2008/01/14 お正月が去って・・・

2008年01月14日 | Weblog
ブログを昨年の六月から初めてから、ちょうど六ヶ月たちます。
現在、仕事に使うブログも含めて全部で12本のブログを立ち上げました。

何故ブログか?は、便利だからです。HPでも記事は作れますがいったん設定しますとブログの方が編集のみに専念できます。それで"あれよあれよ"という間に12本立ち上げてしまったのです。

ブログのセットも最初だけの設定で済み、その使い勝手もサイトによって様々ですが、大体似たり寄ったりです。最初はジャンル別に立ち上げることを考えていませんでしたから、後でジャンル別にした結果、このブログである『こもれびの日々』と、『あれこれの木』、『ショルティの散歩道』は、似たようなジャンルになっています。

ショルティの散歩道は、このブログサイトが1000文字の制限をしていますから、短い感想を述べるに止まっています。それで、このブログサイトとあれこれの木だけが大変似通って継続しています。

後で気付いてみると、このタイトルがあれこれの木なのに、こもれびの日々の方に樹齢の古い木を巡った感想を多く載せています。如何にタイトルを付ける時の根拠がいい加減かおわかりでしょう。

それは、ちょうど生まれて名を付けられても、その名を反映した人格にはならないのと同じですね。というのは立派な言い訳です。仕事だとやはり、しっかりした目的を設定してそれから構築しますので、こんな失敗はやってはいけないことです。

ブログの中で、一番書き込んでいるのが『書物からの回帰』でしょう。これは、アクセスもかなりあって驚いています。本当は、殆どのブログを作った目的が実は、無料ストレージ(別途のメモリー)としての利用だったので、そんなことは意識していませんでした。しかしアメーバさんのブログサイトでのアクセス解析は、目で見て楽しめますのでよく眺めます。

話は変わりますが、今年の福岡は、お正月からまだそんなに寒くないのですが、なんとなく遠出をせずにおとなしく過ごしています。こんな天気だと山に行ってもそんなに寒くないだろうとは思いますが・・・。

そんなある日、近くを散歩していますと、小さな境内があったので行って見ますと、それはそれは大変小さな神社であることがわかりました。家から直線にして800mぐらいのところなのです。
私もそうですが、皆さんも旅行などで遠出をされるかもしれませんが、自分のすぐ近くをよく知らないということが意外とありますね。人間の脳を癒して活性化させるには、いつもとは違った空間を体験することが大切だと言われています。

ですから、近所の知らないところを散歩すればただで脳を癒せます。それで、話は元に戻りますが、そこの神社の言い伝えが書かれた板を読みますと、なんと昔は『亀山城』と云われていたそうです。そうしてあたりを見回すと確かに小さな小山ですが、そのとっぺんの神社からは、おそらく海が近くまで迫って見えていたと察しがつきます。

むむっ!なんと自分はお城の近くに住んでいたとは!びっくり!が、しかしその経緯には朝廷が二つに分かれていた時代の南朝の天皇が九州に来ての経緯で・・・どうも亀山城といっても、どの程度のものか・・・わかりません。おそらく砦ぐらいのものでしょう。それよりも近くの住民は、この神社のことを妙見さまと言って親しんでいたそうです。

この妙見さまという言葉はよく聴きますが、ネットで調べると『妙見さまは妙見菩薩とおっしゃって密教の仏様じゃな。この仏様は、北辰、つまり北極星を神格化したと言われておってな、東洋占星術と密接な関係があるのじゃ』といった説明文が出てきました。

農耕民族はやはり、稲作の豊作を祈願したりするので、そうした意味での地域の大切な守り神なのでしょう。それでお賽銭も入れずにショルティと一緒に神にお祈りしました。近くには、商売の神様でもある宮地嶽神社にはお参りせずに、この亀山神社に初参りとあいなりました。

何を祈ったって?実は、祈る時何も考えていませんでした。その代わり後で、すぐそこに海が迫っているイメージを描いて見ました。香椎宮のすぐ近くに住んでいるときも、そうしてイメージしたことがあります。昔は、埋め立てなどされていないところが多かったので、入り江がすぐそこまで迫っている史実がよくあります。そういえば箱崎宮も、宗像大社も海のすぐ近くですね。

実に幸せなところに住んでいるということを、こうした福津市の郷土歴史を紐解くことでわかってきました。

by 大藪光政

英彦山の鬼杉に会ってきました・・・

2007年11月16日 | Weblog
英彦山に鬼杉があるのは、昔から知っていました。しかし、当時は関心がなくて見に行く気はまったくありませんでした。その理由のひとつに、かなり歩かないと辿りつかないということです。

しかし、今では道路も完備されてかなり近くまで車が行けます。それで最近大きな、そして樹齢のある木に会いに行くのがいつのまにか、趣味になっていましたので、行って見ようという気になりました。

家内に言っても、「あなたひとりでゆけば!」とつれない返事の一言です。「いゃあ・・・一人で見るのと連れと一緒に見るのとでは、感動も違うし・・・」と言えば、「それじゃあ・・・ショルティと一緒にいったら?」と言われてしまいました。

英彦山は、たまに日田に行く途中、近くまで行きますが、以前子供が小さいときに、家内と英彦山のしゃくなげ荘の温泉に行ったきりです。後は、ずっと遡って田川高校の一年生の時に、友人とキャンプに行き、蚊の大群に襲われた苦い経験があります。

今回は、ショルティを車の助手席に乗せて行きました。ショルティはもう、車には馴れて、乗り物酔いの薬は買わなくてすみます。いつもは子供用の乗り物酔い防止の薬を飲ませていましたが、鍛えられて大丈夫になりました。

最初は、英彦山神宮に行きましたが、何かイベントがあっているみたいで、駐車場が満車で、待たせられ・・・真横のお餅を焼いているおじさんに、「鬼杉までどのくらいありますか?」と聞きますと「いゃあ・・・ここからは、二時間半はかかるよ!」と言われこちらがため息をつくと「しゃくなげ荘の先まで、車が通って行けるから・・・そこで車を止めて歩いてゆけば十五分くらいだよ」と言われ、なあんだ、それなら楽チンと早速来た道を戻りました。

それで、しゃくなげ荘の前から横に入る道を通って行きますと、近くに駐車場があったので、そこに車を止めて案内看板を見ました。すると鬼杉まで2〜3kmは、十分あるみたいです。

しかし、歩いてゆくとなかなかたどり着きません。途中で下山しているおじさんたちに、鬼杉までにどのくらいかかるのですか?と聞きますと「えっ・・・鬼杉までは・・・そりやあ・・二時間はかかるでしょうに・・・」と言われてしまって、一瞬、これは話が違うと思い・・・もう中止しょうか?とショルティの顔を見つめて思いました。

そう決心すると、猛烈な競歩で山道を歩き始めました。山道を歩くと随分時間が長く感じます。景色が色々変って変化に富んで、時間が長く感じるのです。途中、本当に行き着くのか?不安になります。

そこで、山仕事の人に出会いましたので、鬼杉まであとどのくらいあるのか?また聞いてみました。すると「えっ・・・鬼杉まで・・・そりやあ・・・一時間はたっぷり掛かるよ。距離は近いが山道は急だから、平地の倍は掛かるよ・・・」それを聞いて、うんざりしました。しかし、ここまで来て引き返すのは愚かです。

それで、ショルティと励ましあいながら、前へ前へとさらに急ピッチで走るように歩きました。するとようやく、鬼杉はこちらの看板に当たりました。そして、そこからは、一人歩きがやっとの道無き道が続きます。石がごろごろして、木の根が露出して足が引っかかりそうです。

時々、ショルティが怪我をしないように見ながら・・・といっても自分の方が転んで怪我をしそうです。私は二足ですが、ショルティは四足ですから・・・転ぶのは私の方かな?でも、犬も転ぶことはあるので、一概に言えません。

急な斜面の道らしからぬ道を登って行きますとだんだん不安になります。それは、以前英彦山で遭難した記事を読んだことがあるからです。英彦山ぐらい・・・と思うのは危険で、その証拠に人が何人か亡くなられています。

とくに、冬山は危険です。それと夕暮れの登山は、すぐ山は日が暮れて暗くなりますから、道に迷う危険があります。途中、余程断念しょうか?と思いましたが、タイミグよく、その時に限って下山している人に出合います。

そして、もちろん「鬼杉まであと、どのくらいですか?」と聞きます。すると「もうそこですよ・・・」と言ってくれます。しかし気を良くして登っても、なかなかたどり着きません。そこでまた不安になると、また下山する人に合います。「鬼杉まで後どのくらいですか?」すると「すぐそこですよ」と同じ返事がします。

もういい加減に嘘つくなよ・・・と切れかけていたら・・・突然、グループで休憩しているのが見えてきました。そしてそこに偉大な鬼杉が大きく聳えて立っていました。今まで見た中で、一番ダイナミックで力強い杉の木です。

根元からほぼ同じ大きさで聳えて、周囲が12mあり、上の方が台風で折れていますが、高さが38mあります。こんな力強い木は見たことがありません。圧倒されて、しばし、無言の感激でした。

そこで、一休みをしましたが、回りは、神宮とは打って変わってわずか五、六人しかいません。実に静かなものです。「お宅の犬が、こちらのおかずをじっと見てよだれをたらしていますが、ドッグフード以外はやらないことにされているのでしょう?」と声を掛けられ、我に返って見ると、ショルティが、じっとお座りして貰うのを待っています。

それで「いや、何でも食べさせています」といったら、おばさんが、「まあ、それじゃあ、唐揚でもあげましょう」といったので『待て』と『よし』の合図だけは言ってやってくださいとお願いしてお言葉に甘えました。

お礼に、いろんな芸をショルティにさせたので、おばさんは、喜んで結局、ひとケース分もくれたので、ショルティは大喜びでした。

後でわかったのですが、なんと不思議にも片道をわずか35分足らずでこなしたのです。実際距離は、片道、万歩計で3Kmありましたから、往復山道を6km歩いたことになります。自分でも意外と平地並みの速さで歩いたことになります。

しかし、帰り道は足が痛くて辛かったです。それで、しゃくなげ荘で温泉に浸かって大事をとりましたが、帰宅して家の玄関先の階段を上がるのに痛くて、苦労しました。このままでは、明日起きたとき、一生起き上がれないのでは?と思うくらい痛いし、階段の上下に無理がありました。

翌日、少しは楽になりましたが、やはり階段の上下は無理でしたが、ショルティの散歩での平地歩きは、なんとか歩けました。そして二日目には不思議なくらい、足が軽くなって、楽になって階段の上下も行けるようになりました。

山登りは、日頃使わない筋肉を使うから痛いのですね。
そして、不思議にも辛かった英彦山の鬼杉までの登山にまた行ってみたい気持ちになりました。山登りってこんな魅力があるのだな・・・と痛感しました。

by 大藪光政

若杉山の綾杉と大和の大杉を見に行く・・・

2007年10月15日 | Weblog
若杉山に、香椎宮の綾杉(神功皇后手植え)から枝分けしてこの地に植えた杉があるというので、調べていましたら、なんと平成12年、地元にて「森の巨人たち百選」が発表されると、地区の人達から、もっと大きな木があるとの話があり、調査の結果「大和の大杉」を確認したという話題の巨木があるのを知って早速出かけて見ました。

下からすぐに枝が5本に分かれ合計の幹回りが16.15m樹高40mの巨樹で、近くでは大きすぎて写真が撮りにくい状況でした。恐らく、離れて見ていると、普通の大杉が寄り添って伸びているぐらいにしか見えなかったので、発見が遅れたのではないでしょうか?

遠くからではまず気付かないところです。しかし、木の根元まで近づきますと、木元が一本からなっているのに気付きます。

香椎宮からの枝分けとして有名な綾杉もかなり大きくて、本当にこんなところまで綾杉の分け木を植えに来たのか?と疑問になるのですが、立派な綾杉です。

そして、大和の大杉は、その綾杉から500m程登ったところにあります。その大杉を見る観覧台の足場まで篠栗町が作ってくれていました。でも、こうして人に知られてしまうと、特に普通は人がめったに入らない森の中ですから、心無い人が誰もいない時、この大杉の外皮を剥いで持って帰る人がいるみたいで、木の育成に悪影響を及ぼすようです。現にその痕が見受けられました。

本当に、巨木にとっては、人に知られることは不幸なことですね。大和の大杉は推定樹齢が2000年とのことですが、私自身、他の巨木を見ていてもそれぐらいは経っている次第です。

2000年前の福岡市と篠栗近郊一帯は、野と山とそして海岸線だけのシンプルな美しい風景だけだったことを想像するだけでも気持ちの良いものです。

今回は、遠くに出かけなくても、すぐ近くの山に、こんなに大きなそして樹齢を重ねた巨木が存在しているなんて・・・「神秘な世界は実は、すぐ傍にあるのだよ」という不思議な実感を味わってしまいました。

by 大藪光政

胡蝶の夢を見た!

2007年10月02日 | Weblog
荘子の話で胡蝶の夢と言うのがありますが、これについては、池田晶子さんも著書に引用しているところがあります。すなわち、「荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだ所、夢が覚める。果たして荘周が夢を見て蝶になったのか、あるいは蝶が夢を見て荘周になっているのか。」

これはたとえ話で、解釈は色々人によって違いますが、夢が現実で、現実が実は夢であったなどと思えば・・・私は、現実とは何か?を問うているような気がします。それは、哲学的に問い詰めれば現実と言う存在は定かか?そして『存在』とは、何を意味するのか?と展開されるでしょう。ここで哲学をされる方はすべて絶句されるのです。

ところで、この胡蝶の夢を実際に体験することは今まで一度や二度は会った気がします。でも、その時はまだ哲学することもなく、変な気持ちで正夢みたいな感じでした。

そこでタイトルの通り、今朝私はこの胡蝶の夢をしっかりと見たのです。と言っても、蝶になったりの化身ではなく、夢の中での自分の五感がしっかり冴えて感じられたので大変驚いたのです。夢の内容は誰でも見るような内容ですが、余りにも五感が夢の中とは思えぬほど感じられたので夢の中が、かなりリアルに感じられ、現実的な実感を味わったと言うことです。

この体験を冷静に考えますと、脳に記憶された出来事を、さも今体験しているような状況で五感が連動して働くことが可能である事を証明しています。でも体験したのは、この私ですからこればかりは第三者に対して言葉で説明しても証明にはなりません。恐らく今日の脳科学技術をもってしても無理でしょう。

夢については、フロイド先生が詳しいかとは思いますが、何せ自分での実体験には怖さよりも意外性の驚きがあります。これは私だけでなく歴史的にも古くから言われていることですし、現代においても多くの方がこうした夢を見られていると思います。それを口にして言うか言わないかの違いか?それとも、朝の夢はもう忘れてしまったのか、どちらかでしょう。

でも、今朝の夢は気分の良い夢だったので良かったです。

この間、「科学との出合い」というブログを新しく立ち上げました。これもご覧ください。

2007/09/19 神木をたずねて・・・その2/2 (杉の木)

2007年09月23日 | Weblog
天瀬町出口に、出口神社?があるという情報を頼りに神木を探しに行ったのですが、この神社はグーグルの地図情報には載っていません。どうもグーグル地図にも地域格差が見受けられる?人里が寂しいところは無表示です。存在していても、表示してなければ存在しないのか?その事実の有無に挑戦した気まぐれな道中でした。

しかし、流石に林業の日田です。山間に入って行きますと、ものすごい杉の木が道路の左右を挟んで整然と列を成し、杉の木トンネルを作っています。まさに車まるごと森林浴をしながらのドライブです。
そこで、休憩の一息ということで天瀬の川沿いにうなぎの寝床みたいに作られた旅館に入って露天風呂に浸かりました。この露天風呂からは滝がすぐそこに迫って見えていて自然との同居といった感じです。でも自然に接するには、努力が要ります。旅館の受付から露天風呂までの階段や渡り廊下のを辿った道程の遠いこと!

天瀬の旅館を出発する前に、旅館のフロントでこの『出口神社』?を知らないか?と聞きましたところ、どうもそうしたへんぴな神社まで行ったことが無いみたいで『?』でした。仕方なくまた直感を頼りに、山道を走りました。『出口』というのは地名ですから、近くまで行けば地域の人に聞けばわかるだろうと思っていましたが、道中誰に合うことなく車は進みます。本当に、僻地は無人の里ですね。

やっと石材加工店が店を開けていたので、そこで聞くことにしました。しかし、人影はありません。代わりに灯篭やらお地蔵さんやらがいっぱい転がっています。中に入って声を掛けても誰も出てきません。墓石は要りませんから、たくさんあるお地蔵さんのひとつでも記念に頂いて帰ろうかと余程思いましたが、罰が当たってはたまりませんから、あきらめて仕方なくまた車を進めました。

そして丁度お腹も空いてきましたのでレストランはないかと思って走りましたが、こんなところにレストランなんてあるはずもありません。すると前方に『田舎料理』みたいなお店が右側にあるという案内板がありましたので、そこで食事と道案内をお願いすればよいと思ってハンドルを右に切って入ったところ、なんとすぐ正面に神社があるではありませんか!そしてその名は『老松神社』と掲示してありました。神社の造りは大変古風で、小さな建築物ではありますが大変古く威厳がありました。そしてすぐそばに大きな杉の木が天高し、と言わんばかりに天に沿って伸びていました。直感で、ここだ!と思いました。恐らく出口神社は地名から表現された代名詞で、本当はこの『老松神社』がそれであると!

神社の正面には、竜の木版レリーフが飾ってあって、思わず「むむっ・・・」と想わされる出来栄えです。そして、肝心のご神木をよく見ますと雷の被害防止に避雷針が装備されていて、この神木に対する地域の人の心遣いが伺われます。狭い境内なのですが地域にふさわしい大変立派な神社です。

インターネットの情報では、避雷針が神木に付いているとの情報があったので、もう疑う余地はありません。早速、この神木に触れてツーショットを撮りました。なんと今日はついているのだろうと思いながら、そろそろお腹のご機嫌をとらねばと、すぐそこにある民家を改造したような『田舎料理』のお店にいったところ、窓が暗いので休業かな?と思って友人に聞きに行ってもらったところ、なんとご病気でお店をお休みにしているとのこと。おかげで昼ご飯は当分ご縁がなくなりました。

帰りに、日田駅前にある寶屋という料理店に入って、昼食とも夕食ともつかない感じで川魚料理を頂きました。川魚を食べながら今日の神木との出会いについて語りました。無名の神木に出会うよさとは回りに観光客のいないことです。それはせっかくの神木との出会いですから、俗っぽさがあっては興ざめがします。雑念があっては神木に、はるかな時の流れを訊きだすことはできません。

神木にとっての時の流れとは、その生命体の歴史であり、すなわちその存在です。その神木に時の流れを訊きだすとは、自己が発する問いかけを自己が受け止める作業となります。ですから、神木の発する無言の答えは、問いを発した者への『存在』へと巡るのでしょう。

風と共にそよぐ木の葉と、こもれびによる響き、それはあまりにも複雑になりすぎた世間すなわち人類への神木からの無言歌ではないでしょうか?

by 大藪光政

神木をたずねて・・・その1(イチイガシの木)

2007年09月19日 | Weblog
この間の日曜日に、日田の方へ神木を見に行きました。本当は、祝日の月曜日の予定でしたが、台風接近の影響で雨がひどくなるのではとの心配から、日にちを変更したのです。一応事前に下調べをインターネットでしていたのですが、いまひとつ場所が明確でなかったので、見つかるかな?とは思っていました。そのへんは、気まぐれ性格でどうでもいいや・・・といった感じです。グーグル地図もあまりあてにならないのと役に立たないことから開き直って出かけました。

最初は、大行事神社ですが、近くまでは来ているなという直感が働いて、道路に立っている地元の案内図を見ると、どうも場所が怪しいのです。こちらの予想とは反対方向に描いてあります。しかたなく、自分の直感を信頼して反対方向に行きました。車が一台しか通らない道です。

少し入り込んだところで、丁度人がいましたから「大行事神社はどこにありますか?」と聞きますと、おじさんは、「そこだよ・・・」と私の後ろを指しました。なんと道路の右側に神社があるではありませんか!
それで、早速入ったのですが、なにやら地元の人たちが清掃したり、物を運んだりして何かを準備していたので、何かの行事が始まるのかな?と思っていましたら、すぐに長老が寄ってきて、どこから来たの?何しにきたの?と質問攻めです。

「ご神木を見に来たのです」と答えると「ほう・・木の研究にこられたのですか?」と質問されるので、「いや、研究ではなくただ見に来たのです。」と言いますと、少し怪訝な顔をして・・・私の顔を覗き込み、それで?といった顔をしています。そこで「この神社で一番古い木はこの木ですか?」と逆に質問すると、「そうじゃろうなぁ〜わしは樹齢なんぞわからんが・・・この一位樫の木が一番古かろう・・・」と答えてくれました。この樫の木は、根元から少し上が腐れたのか空洞になっていますが、その空洞にも根を下ろした二重構造の状態で長年の齢を送っているのには生命の力強さを感じました。また、近くで見上げると結構な高さがあります。

長老に、「もうひとつ地元の地図には神社があるみたいですけど、近いのですか?」と質問したら、「ああ・・・あの地図は逆になっていて、ここがその地図の神社だよ・・・」と教えてくれました。なんと、直感は当たっていて、あの地元の地図が間違っていたのです。

地元の人たちが、集まっているわけは敬老会が境内の室内で催しされるからだったのです。なんだか、地元の人と話しているうちに、先方もすっかりこちらに打ち解けて熱心に色々と地域の木に関することを教えてくれました。そうしているうちに、なんだかその酒席に同席したらさぞ楽しいだろうなと思って、友人に「一緒に一杯やりたいなあ〜」といったら、「それなりな、話題を持っていないとね。」と言われてしまいました。

後で、わかったのですが大行事神社は樹齢1000年の古い大楠があるはずだったのですが、それが一位樫の木だったわけが、どうも同名の神社が日田にもあったみたいで、下調べの情報とグーグルの地図とが一致していなくて、まったく予想していないイチイガシのある『大行事神社』に来てしまったようなのです。われながらいい加減な訪問だったわけですが、最近楠木は見たばかりでしたのでそれが運命の巡り合わせで良かったと思っています。
by 大藪光政

『求めない』とは?

2007年09月14日 | Weblog
今日の朝日新聞で、面白い本の紹介が載っていました。それは『求めない』という題の本です。「求めない・・・すると心が広くなる」、「求めない・・・すると恐怖心がなくなる」、「求めない・・・するとひととの調和が起こる」と続いております。

そして、たちまち九万部突破!大増刷と見出しがあり、全国から感動の声として、色んな読者の声が掲載されています。

これも変な現象ですね。なんだか宗教や哲学めいた『求めない』という
売り文句で人を誑かせているみたいです。人の求める行為が生きる上での障害になっているとでも言いたいようですが、それはおかしいでしょう。『何』を求めないか?が欠落しています。その『何』かによって、人にとって求めたくなるもの、或いは求めて得ることが出来ても悪しきことであったり善きことであったりするはずです。『求めない』という行為だけを捉えて、どうするつもりでしょうか?

こうした『求めない』という題の本に関心を抱きこの本を『求める』行為の読者を著者も出版社もよしとしているのは何故でしょうか?

著者の直筆でしょうか?「求めない・・・するとしっかりした顔になる」と筆で書きサインをしていましたが、そうしますと私は、「常に求めています・・・だから、だらしない顔になっています」と書かなければならない。恐らく、このことを天におられる池田晶子さんに報告したら、「あら、私の作法が・・・お役に立ててうれしいわ!」というでしょう。池田流に言わせれば、求めないものがなんであるか?を隠したまま、さも教えを説くような行為は、詐欺みたいなものだ!と切って捨てるに違いありません。

著者は言うかもしれません。この本の中身も読まずにけちを付けてくれるなと。しかし、私はこう切り返します。『求めません』この本を!だから中身が読めないでしょうと!私を反省させようとしたければ、私にあなたの本を『与えてください』というだけです。

ちなみに、我が愛犬ショルティは、散歩もおやつも、そしてメス犬も・・・『求めます』、こうした素朴な動物ですら、生きる上において色んな欲求を求めます。ましてや人間はもっと求める性を持っています。求めると言う行為は生きている証ではないでしょうか?

by 大藪光政

読書に苦労する目の問題!

2007年08月30日 | Weblog
昔の文庫本を図書館から借りてきて読みますが、文字が実に小さいのです。今の新聞は読者の高齢化に対応して文字を大きくして読みやすくしていますが、昔の文庫本を読むのには疲れます。

内容が、難しければなお大変です。哲学書なんぞは、内容と文字の見にくさで本当につらい読書となります。

私は、左の目と右の目の度数差が大きく、効き目は左目なのに度の軽い右目で読書できるように、メガネはで来ています。若い頃は、それでなんとか良かったのですが、だんだん遠視が入ってくると、ちょっとやっかいになりました。

それに、右目ばかりで本を読んでいるとかなりのストレスとなり、疲れがひどくなってきました。それで、左目だけにソフトコンタクトを入れてバランスをとってみたのです。

そして、二通りの選択ができるようにしてみました。ひとつは、メガネ無しで裸眼と片目だけのコンタクトで読書ができるようにしてみました。

もうひとつは、片目だけコンタクトを入れて、かつ中近両用のメガネを使って読書ができるようにしてみました。

パソコンをするときは、前者のメガネ無しで作業が出来ますが、細かい字を読む読書には後者のメガネ兼用でやった方が楽なようです。

とにかく、微妙な度数の調整でなるべく疲れないように読書したい一心です。レンズは毎日使い捨てでやっています。不精な私にはこれが一番楽です。

コンタクトを用途別に使っている人がいました。読書専用、車の運転専用、テレビ見るとき専用、スポーツ専用と四つに分けて使っているそうです。これはちょつとコンタクト代がかさむと思うのですが、なんとその人の職業はコンタクト・メーカーの営業マンでした!

これも役得というやつですか!